「あら、蒼海。大丈夫? 疲れているみたいに見えるけれど……そうね。よかったら
彼女は小さな体には重そうな頭をこてん、と傾げて、笑顔を浮かべながら問いかけてきた。
太陽の光が彼女の緑混じりのサイドテールの銀髪に反射し、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
正しく睡蓮の様な可憐さと愛らしさを合わせ持った彼女の名はナヒーダ。
草神である彼女は可愛らしさとは裏腹に、聡明さを兼ね備えている。
彼女の問いかけに「じゃあお言葉に甘えて……」と俺が頷くと、彼女は嬉しそうに嫋やかに微笑んだ。
幼稚園児くらいの小ささがあるが、彼女は何百年も生きている神である。
産まれた時に先代に比較され、優秀では無いからと幽閉されていたが、その過去を知るのは旅人か、俺くらいだ。
ナヒーダも知らない。だが、それをわざわざ何かが起きる可能性があって話をする命知らずでも無いし、野暮でも無い。
……こんな健気な子を傷付けるような事は俺には出来ない。
「ふふっ、ならそこに座って待ってて ちょうだい? 今お茶を淹れるわ」
ナヒーダは小さな体で椅子を引きながら、「はい、どうぞ」と言って俺の目の前に置いてくれる。
そんな様子に思わず笑みがこぼれてしまう。
「ありがとう、ナヒーダ」
「どういたしまして。お菓子も用意するわね」
ナヒーダは紅茶の入ったティーポットと、いくつかの焼き菓子が乗ったお皿を持ってきて並べる。
「はい、どうぞ召し上がれ?」
嬉しそうな声音で、それを抑えながらナヒーダは俺に言う。
彼女は自分の立場を理解している。
他の人間達はどうしてもナヒーダを特別視してしまう。
それは、ナヒーダが草神だから。
尊敬を抱く者。恨みを抱く者。
彼らから向けられる感情はとても真っ直ぐで、痛いくらいだろう。
ナヒーダは前に『もっと気楽にしていいのに』と彼女特有の難しい比喩で言った事がある。
そうは言ってもそれが簡単な事では無いのは、彼女もわかっているのだ。
ナヒーダもきっと傷付くだろう。
それでも彼女はいつでも誰かを気遣う。
人間が動物の営みに愛しさを感じるように、彼女は人外として人間をの営み愛しているのだ。
……そんなナヒーダが俺は好きだし、尊敬している。
そんな事を考えながら、俺は焼き菓子を一つ手に取り口へ運ぶ。
一口で口内に広がるのはバターの香りとふんわりとした優しい甘さ。
少しだけ混じった柑橘系の果物がまた良いアクセントになっている。オレンジ、だろうか?
「どう? 美味しいかしら?」
問いかけてくるナヒーダに俺が頷き返すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして俺が食べる様子を見ながらゆっくりと紅茶を飲む。
今いるのはスラサタンナ聖処の近くの木が生い茂る場所だ。
ナヒーダは俺が来るのを心待ちにしていたらしく、来た時に「早く来ないかしらとずっと待っていたのよ?」なんて言うものだから、俺は申し訳なく感じた。
俺は教令院に通っている。
今更感はあるが、割と歳がたっていても、あそこには入れるものらしい。
今日はお休みで、ナヒーダとはいつも休みの日にこうして会っているのだ。
「ナヒーダは今日は何してたんだ?」
「
勿論お仕事もしていたけれど……あなたが来るまで散歩をするのが好きなのよ。
さっきはキノコン達が集まって跳ねているのを見かけたり、木に止まった暝彩鳥が歌っていたからそれに耳を傾けたりしていたわ。
きっとあの子は飼われているのね。綺麗な毛艶をしていたもの。」
ナヒーダは楽しそうにそう話す。
その様子は無邪気な子供のようであり──。
だが、言葉選びをする様子は大人のような落ち着きも感じられる。
「ナヒーダは可愛いな」
思わず口から漏れてしまった言葉だが、それは本心だ。
彼女はとても可愛い。
「え?……ありがとう……。ふふ、少し照れるわね」
ナヒーダは少しだけ頬を染めている。
その様子もまた可愛く感じる。
小動物、ハムスターとかの類に似ている気がする。
ナヒーダと戯れる穏やかな時間がゆっくりと過ぎていく。
「もうこんな時間なのね。
……あら?蒼海は眠そうね、大丈夫かしら?」
くすくすと笑う彼女はとても嬉しそうだ。
だが、そう言われるのは仕方ない。何せ俺は昨日遅くまで本を読んでいて寝不足だ。そんな俺を見てナヒーダは微笑む。
……この女神、天使かもしれない。
「少し横になるのはどう?」
ナヒーダはそう問いかけてくる。
確かにこのまま寝てしまっても良いだろう。
日差しも熱いが、木の下なので風は通る。
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
俺が横になるとナヒーダは俺の隣に座り、俺の頭を優しく撫でてくれる。
それがとても心地良くて俺はすぐに眠りについてしまった。
「……おやすみなさい、蒼海」
そんな声と共に俺の意識は闇に落ちていった。
※※※
ナヒーダは蒼海を膝枕で寝かせながら、彼の頭をゆっくりと撫でる。
「本当に……可愛い子」
そう呟きつつ、ナヒーダは彼の寝顔を見つめる。その目は慈愛に満ちており、まるで親が子供を見るような眼差しだ。
「
ナヒーダはそう呟くと、蒼海の額に軽く口づけをする。
そしてまた優しく頭を撫でた。
「ずっと……一緒にいたいわ」
ナヒーダは慈愛に満ちた声で呟くが、そのエメラルド色の眼はどこか妖しい光を帯びているように見えた。
※※※
「ん……ふあぁ」
俺が目を開けるとナヒーダと目が合う。
どうやら、膝枕をされていたようだ。
そう理解し、慌てて頭をどけようとするがナヒーダがそれを許さなかった。
「いきなり動かしたら危ないわ。もう少しこのままでいて頂戴」
ナヒーダにそう言われ、俺は大人しく膝枕される事にした。
小さな手で制されてしまうと、どうしても庇護欲が湧いてしまうのだ。
なんというか、力を入れたら壊れそうな。陶器のような繊細さが彼女にはある。
「ナヒーダ、その……重くないか?」
俺は恐る恐る尋ねるが、彼女は笑顔で首を振る。
「いいえ? 全然平気よ」
ナヒーダはそう言うと俺の髪を優しくすいてくる。
それがとても心地よくて思わず目を細めてしまった。
そんな俺の様子に満足したのか、彼女はまた笑う。
「ふふ……可愛いわね……」
ナヒーダはそう言って微笑むと俺の頬をつついてきたり、頭を撫でたりしてくるので俺はされるがままになっていた。
(なんか……子供扱いされてる気がする)
「ねぇ、蒼海。あなたは今幸せかしら? あなたがいた世界と、ここは明らかに違うでしょう?」
ナヒーダに問いかけられて、俺は少し考える。
確かに異世界に来てしまった事に対する不安はある。
それに向こうではもう会うことのできないかもしれない家族や友人達を思い浮かべると胸が痛くなる事もある。
だが、それでも俺はこの世界を好きだと言える。
ナヒーダの言う様にここは俺のいた世界とは全く別のものだ。
それでも共通点はあるし。
何よりここには俺を受け入れてくれる人達がいるからだろう。
それに、最初はゲームの中、なんて思ったりしたが今は違う。
等身大で生きているナヒーダ達は、俺の知るゲームのキャラクターではない。
病気をしたり、悩んだり、上手くいかない事もある。
だけど。彼女達は確かにここに存在しているのだ。
「ああ、俺は幸せだよ。ナヒーダがいてくれるから、かな」
俺がそう言うと、ナヒーダは少し驚いた顔をした後嬉しそうに笑った。
その笑顔は、まるで花が咲いたような可憐さがあった。
ナヒーダの笑顔を見ると、俺も自然と笑みがこぼれてしまう。
「そう……なら良かったわ」
ナヒーダはそう言って俺の額に口づけをする。
小さな唇は柔らかく、ほんのりと暖かい。
「え」
俺が戸惑っている間に彼女は顔を離すと満足そうな表情をしている。
普段は身長差でとても小さく見えるナヒーダが今は大きく見える。
「ふふ……可愛いわね」
ナヒーダはそう言うとまた俺の頭を撫でてくる。
俺はされるがままになっていたが、不思議と嫌な気はしなかったしむしろ心地良さを感じていた。
まるで母親に甘えている子供のような気持ちだ。
「ねえ、蒼海。まだ寝てていいのよ?」
ナヒーダはそう言って俺の頭を優しく撫でてくれる。
その優しい手つきに俺は思わず目を細めた。
(気持ちいい……)
そんな事を考えていると不意に眠気が襲ってくる。
ナヒーダは俺の瞼を手で覆うようにしてくるので俺はそれに抗う事が出来なかった。
視界が暗くなり、意識が遠のいていく。
そんな中でもナヒーダの手の感触だけははっきりと感じられた。
「おやすみなさい」と囁く声が聞こえたような気がしたが、俺はそれに答える事が出来ず深い眠りに落ちていった。
※※※
「……何やってるんだ? 今、色んな奴らが君達を探してるみたいだけど、本人は呑気に昼寝か?」
「あら? また来たのね『 』」
ナヒーダは突然木の上から降りてきた人物に驚く様子もなく、ただ淡々と言葉を返す。
その反応が気に障ったのか笠を被った少年は不機嫌そうに眉を寄せた。
「君達は危機感がなさすぎるんじゃないか?」
彼はそう言いながらナヒーダ達を見下す。
「別に大丈夫よ。ここは安全だから」
ナヒーダが柔らかな声でそう言うと放浪者はため息をつく。その様子からは呆れのようなものを感じ取れる。
「はぁ……君さ、もう少し危機感持ったほうがいいんじゃないか? ──僕みたいなやつに襲われる可能性だってあるんだ」
そう言って彼はゆっくりとナヒーダと距離を詰める。
だが、それに対して彼女は特に嫌がったり怖がったりする様子もなくただ微笑んでいるだけだ。
「あら、それは困るわね。でも、あなたはそんな事しないわ。無駄だもの」
ナヒーダは平然とそう言ってのける。
その態度からは信頼のようなものが感じられるが、放浪者はそれに苛立ちを覚えたようで眉間にシワを寄せた。
「無駄なのはその男に対する態度なんじゃないか? 君はそいつを甘やかしすぎてる」
放浪者はそう言いながらナヒーダの膝で寝る蒼海を指差す。その口調には棘があり、明らかに敵意のようなものが含まれていた。
「そうかしら?」
ナヒーダは首を傾げるが、その仕草はとても可愛らしいもので思わず見惚れてしまいそうになるほどだが、放浪者は気にしない。
彼にはそんなことを感じるような心など無いのだ。
「ああ、そうだ。どんなに甘やかそうが、その男が君に振り向く事は無い。君がその男を見るソレは愛玩動物に向けるようなものなんじゃ無いか?」
「あら、酷いわ。
ナヒーダの言葉に放浪者は一瞬固まるがすぐに鼻で笑った。
それは明らかな嘲笑だ。
「好きだって? ハッ、笑わせてくれる。君が好きなのは彼の持つ知らない知識だ。君はただ知識欲が強いだけ。だから、今の関係性に満足しているんだろう?」
それでも。ナヒーダは何も言わずただ微笑む。その反応を見て放浪者は嘲笑を深める。
「本当に馬鹿馬鹿しい……君のソレが愛だと? 笑わせてくれるな」
その言葉に込められた感情の棘を隠そうともせずに彼は言う。
しかしナヒーダはそれを気にした様子もないようで静かに微笑んでいるだけだったが不意に口を開いた。
「それでも、
それは間違えない事実。
それに、あなたはどうしてそこまで彼の事を嫌うのかしら?」
ナヒーダの問いに放浪者は一瞬だけ言葉に詰まったようだが、すぐに答える。
彼は、人形らしく整った顔立ちをしているが、その瞳は冷え切っている。
「それは……君達の進む未来が、僕には想像もつかないからだ」
その答えを聞いたナヒーダは驚いたような表情を浮かべた後、納得したように頷いた。そしてまた微笑む。
「そう……。あなた、心配してくれてるのね? でも、大丈夫よ。私は蒼海と共に歩んで行くわ。それがどんな道であっても」
ナヒーダはそう言うと蒼海の頬を優しく撫でた。その仕草は愛しいものを見る慈愛に満ちたものだ。
「そう……なら良い。僕は君の選択を見届けるだけだ」
放浪者はそう言って笠で顔を隠すと、そのまま歩いて去っていく。
残されたナヒーダは眠る彼の頭をそっと撫でながら呟く。
「そう。蒼海。あなたは私の……」
その続きの声は、誰にも聞かれることなく風に乗って消えていく。
彼女の俯き、髪で隠れたその表情からは感情が読み取れないが、祈るような声は草原に響いた。
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