夜。大半の人々が寝静まり、くらい和室の中で1人の女が静かに襖を開けた。
それから、上質な布団で目を閉じる青年を見て、静かに呟いた。
瞼を閉じ、規則正しい呼吸をする、ただの人間。
他の世界からやってきた、戦えなく弱い人間。
そうは知っていても、彼女の内では塒を巻くように様々な感情が渦巻いていた。
男性らしい体つきはしているが、神である彼女であれば容易に組み伏せることが出来る。
だが、それはしない。
「────……」
女、雷電将軍、否──影は、静かに彼の枕元まで歩み寄ると、膝を畳につける。
そうして、見える距離まで近寄れば、青年の頬を撫でた。
影の手は、柔らかく滑らかで、白く細い。
しかし、武人として、掌は固く、何かを磨り続け、研磨された刀の様な暑さがあった。
影の瞳は暗闇の中で紫に輝く。
それこそが彼女が人ではない証。
影は自信がなかった。
それは、自分が武人としては優れており、無想の一太刀が使えたとしても、今は亡き眞のように穏やかで、清らかで、美しい人間ではないからだ。
優しい、この青年のように。
自分の様な恐れられ、距離を置かれるような存在が、彼に触れても良いものだろうか。
彼と傍にいても許されるのだろうか。
──だが、その不安は。
この1人の青年の安らかな寝顔の前には、無意味だった。
影は、自分の作るように命じた人形【雷電将】や他の人、人ではない様々な存在が彼、蒼海を惹かれている事を知っている。
影自身もまた、蒼海に惹かれた1人だったから。
だから、彼が護りたかった。
かつて護れなかった片割れの様にならないように。
そう。影は、この蒼い髪の青年を護りたくなったのだ。
永遠に。
だが、今では『永遠』がどんなに難しいかを知っている。
「蒼海」
影は、彼の名を呼ぶ。
「……愛しています。」
そう言って影が、そっと眠る彼と唇を重ねようとするが────彼女はある事を思い出し、動きを止めた。
そして代わりに、彼の頬に優しく口付ける。
何故か分からないが、影はそれで充分だと思った。
満たされる事は無いが、それでも、十分だった。
───影はそっと立ち上がり、彼の元を去ろうとするが──思い留まると再び彼に近付き、布団に横になる彼の隣に潜り込んだ。
そして、その胸に頭を預ける。
(……温かい)
影は蒼海の胸に頭を寄せながら、安らかな表情で目を閉じる。
心臓の音が、安心感をくれる。
彼女が護りたかった男の熱を感じるだけで。
影はそれだけでも幸福だと思えた。
こうして2人が眠った後、誰かがそっとその部屋に入り込み、布団の直ぐ傍に近付いた。
2人の寝顔を暫く見つめた後、その人物は口元に微笑を浮かべるが、結局それ以上の事はせず───桃色の長い耳を少しだけ揺らすと、静かに襖を閉め、立ち去った。
※※※
───眩しい。
それに、なんか暖かくて柔らかな感触に包まれている様な気がする。
これはなんだ?
なんだか、懐かしい香りがする。
俺は、その香りに誘われる様に瞼を開くと────それが桜の匂いだと気が付くのと同時に、自分の胸の上に何かが見えた。
窓から射し込む朝日に眩しさに目を細めながらそれを見る。
三つ編みだ。
長い髪は紫色の髪の束が織り込まれており、それが朝日に照らされるとキラキラと光って見えた。
「っ!?」
俺は思わず固まる。
すると、俺の上に頭を置いていた人物も目を覚ました。
「おはようございます」と、その人物は俺に挨拶をしたが、俺はそれどころではない。
いやだって……なんで?
いやいやいや!!!
なんで俺の上で寝てたの!?
しかも俺の布団に入って!?
飛び起きたいけど、変に動いたら影が危ないし、飛び起きられない。
それに、今動いたら彼女の頭が布団に落ちるかもしれない。
そう、そんな事出来ない!! 神だし! 女性だし!
いや、だから大丈夫なんだろうけど、そういう話じゃなくて!!
「あの……なんでここに?」
俺がそう聞くと彼女は「貴方と一緒に寝たかったからです」と言った。
「いや……あの……え?」
俺が困惑していると、彼女は少し悲しげな表情になる。
「嫌でしたか? 私では」
俺は慌てて首を振る。
いや、別に嫌ではないけど!!
影って際どい着物を着ているから……色々目のやり場に困るというか!! それに、影は美人だから緊張するし!
「そうですか」
──影は安心した様に微笑んだ。
それから彼女は俺の胸に頭を預ける。
そしてそのまま再び眠り始めた。
────いや、ちょっと待って!? また寝ないで!? 俺動けないんだけど!!?
俺は心の中で叫んだ。
神ってマイペースなもんなのかな……と様々な7神(彼女を除き)を思い浮かべる。
ウェンティ、鍾離、ナヒーダ…………。
ああ、うん。
色々とマイペースだ。
そういう人たちを思い浮かべると、少しだけ心が落ち着いたが……ただ現実逃避してるだけじゃね、これ?
「……影、影さん!」
俺は彼女に声をかけてみるが、彼女は「はい」と返事をし、そのまま瞳を閉じたまま続ける。
睫毛長いし、人形みたいな綺麗さ──ってそうじゃない。
「あの……起きて! 起きてくれる!?」
俺が再び声をかけると「嫌ですか?」と聞き返された。
いや別に嫌じゃないんだけど!! むしろ嬉しいけど! でもさ!! 俺男だよ? 一応ね!? 分かってる? 分かってないのかな??
いや、普通の人間だし鍛えてないし、弱いから……影は俺を男と思ってないのかもしれない。
でも、それはちょっと困る。
「いや! そうじゃなくて!」
俺は慌てて否定すると───。
「では何故?」
と。首を傾げて尋ねられた。
その仕草が可愛くて思わずドキッとするけど、今はそれどころじゃ無い!!
いや、可愛いんだけど!! そうじゃないんだ!!
「えっと……あの、その……俺」
あ〜もう! どう言えば良いんだよ!? 色々マズイだろ
「そう!俺は男だから!」
俺がそう言うと彼女は少し驚いた様に目を開いた。
そして、直ぐに微笑む。
あ……なんか嫌な予感……。
「知っていますよ。貴方が男である事は知っています」
いや、ならさ!だからさ!! 分かってるならさ!!
この状況不味いじゃん!?
俺はなんとか起きようと腕に力を込めるが───ビクともしない。
え? なんで??
と思った瞬間──────柔らかな感触が唇に当たる。
「……??」
って、これキスじゃん!?!
なんで今キスされたんだ?と思いながらも慌てて離そうとするが──離れない!!
体が動かないんだけど!?
俺パニック状態に陥ると、何故か彼女が離れてくれて、ようやく体の自由が利くようになった。
「……あの、影……今のは?」
俺は動揺しつつも彼女に尋ねると、彼女は静かに口を開いた。
「寝ている時にしても意味が無いとおもいましたので、起きてからしました」
……いや、意味も分からないけど?
いやほんとなんで急にキスされたの?
どうして?? 訳が分からなくて混乱していると……。
「明日からは毎日こうして一緒に寝て頂きたいのですが」
と、彼女が言った。
「え?」
いや……うん? 聞き間違いかな?
気のせいだよな?? うん、きっとそうだ。
そうじゃないと困る!!!
だって相手は神だぞ!!?
そんな恐れ多い事出来る訳が無いだろ!?
──そんな中、ふと、一つ考えが過ぎってしまった。
口に出したらまずいよな……。
でも、気になるし……。
よし!! 心の中で決心した俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「その……もしかしてキスもセットだったり……?」
「はい」
いや、即答かよ!!
しかも笑顔で言ってきたし!?!
俺は思わず頭を抱えた。
「あの……影? 流石にそれは……」
俺がそう言うと、影は「駄目ですか?」と悲しげな表情になる。
こんな俺をみたら八重神子はニヤニヤしてきそうだな、と俺は思った。
そう考えながらも俺は腕を組んで考える。
「駄目というか……。そもそも男女が一緒に寝るのはよくないと思う」
そう言ってみたものの、影は首を傾げる。
「何故ですか?」
いや、何故って……そういえば、影ってそういう事って教わっているんだろうか? いやでも……大人だろうし教わっていると信じて言うか?
「え〜っと……その……」
俺が言葉に詰まっていると、影は俺の手を掴む。
「私と一緒に居るのは嫌ですか?」
そう、彼女の胸元に俺の手を握りしめながら持って行くと、上目使いで見詰めてくる。
「うっ……」
小さい、でもどことは言わないがデカイ。
その破壊力に思わず……たじろぐと、彼女は更に距離を縮めて来る。そして、首元に顔を近づけてきた。
「ちょっ!?! ちょっと待って!」
そんな俺の制止の声も聞かず──彼女は吐息をかけながら、耳元で囁いた。
「……蒼海」
甘い声と感じる柔らかさ。
心臓が激しく脈打つ。
───が、なんとか理性で持ち堪えた俺は彼女を押し退ける事にした。
「い、嫌じゃないって!? でもさ、ま、間違いがあったら困るし! その、な?」
俺が慌てて言うと、影は「間違いとは?」と首を傾げた。
こ、この神、天然なのか? それともわざとなのか!?
「そ、それは! だから……その……」
俺がしどろもどろになっていると、影は少し考える素振りを見せた後に、俺の頬に手を当てる。
そしてそのまま顔を近付けてきた。
「あ、え? ちょ!?」
彼女は再び唇を重ねてくる。
今度は先程より長くて濃厚なものだ。
俺は慌てて離れようとするが、体に力が入らない。
ただ呆然と彼女の唇を受け入れるしか無かった。
「っ……」
俺が息苦しさを感じ始めた頃を見計らったのか、やっと開放される。
だが彼女は俺の頬に手を添えたまま微笑んだ。
その表情はどこか妖艶に見えた……。
…………なんて考えてしまった俺を殴りたい。
いや! 殴ってくれ、九条裟羅辺りが!
そんな事を考えていると、影は微笑んだまま再び俺に顔を近づける。
「え? ちょ!? あの!?」
俺は慌てて抵抗しようと試みるが、彼女は俺の耳元に顔を寄せると囁く。
「……こういう事、でしょうか?」
影は、俺の顔を見ると満足気に微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、俺は顔が熱くなるのを感じる。
そして思わず視線を逸らすと、影の温もりが離れ「可愛いですね」と言いながら離れた。
……くっそ。こんな簡単にやられるなんて、思ってもいなかった。
俺が動揺していると、影はクスクスと笑った後「蒼海」と俺の名前を呼ぶ。
「は、はい」
俺は思わず敬語で返事をしてしまった。
そんな俺に影は再び微笑んだ後、言った。
「……約束です。明日からも毎日こうして一緒に寝ましょうね?」
その言葉に俺は絶句するしか無かった。
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