〈コーヒーカフェ〉の店内は賑やかで、温かった。窓はブラインドが降ろされていて、外の景色が見えなかった。男が店員に訊くと、お客さまの要望ということだった。朱鳶たちは2階に上がった。2階には、ジャズ、制服姿の高校生たち、スーツ姿のサラリーマン、大男と若い男の二人組、そしてコーヒーの香りに包まれていた。窓側のテーブル席に、互いの自己紹介を終えた朱鳶たちはそれぞれ座った。男性と女性で分けるように座った。椅子に座るのは、アキラと青衣が会わせたいといっていた男。ソファーに座るのは、真ん中が青衣、その両隣に朱鳶、リンがいた。男の名はヴィセントといった。私立探偵だという。
雪は積もり、水たまりは氷となっていた。あたりは白に染まっていた。吐く息は白く、傘は白い化粧をしていた。時たま、氷に滑りそうになる通行人がいた。
「まったく、外は寒いな、青衣」窓の景色を見ながらヴィセントはいう。「いや、この話は無粋というべきか」
「我は知能機械人であるぞ、寒いという感覚はあらぬ」
「違いない」ヴィセントはいう。「それで、何を頼む? 俺は紅茶にしようと思っていてね」
「ふむ、白湯は……ないか。されば、ぬしと同じものを頼むとしよう」
変わらないな、といったヴィセントは、朱鳶たちに、「あんたたちはどうだ?」
「そうだね、僕はコーヒーをいただくとしようかな」アキラはいう。
「じゃあ〜あたしもコーヒーで!」
「私も同じものでお願いします」
男は店員を呼んだ。注文をした。そして男は「───それにしても、ビデオ屋ね……」アキラをちらりと横目でみて、リンをみつめた。
鋭い目つき。リンはその視線に狼狽した。リンは視線をテーブルにむけた。
「えっと、何かまずいことでもあったんですか?」そこにアキラは助け舟を出した。
「ん? ああ、なんでもない。ただ、俺も映画が好きなもんでね、今度、借りに行こうと思ってね」
「あ、ああ」リンは安堵したように、「よかった〜、探偵さんにそんな目つきで見られたら、びっくりしちゃうよ。なにか、やらかしちゃったのかなぁって」
「ぬしはまことに変わらぬ、昔から、そのように人を睨む癖は治せと言っているであろう」
ヴィセントは背もたれに体重を預けた。「難しい話だな、切り裂きジャックの真犯人を見破る方がまだ簡単だ」
「切り裂きジャックの真犯人を見破るか、ヴィセントさんなら軽くできそうだ」アキラはいう。
「どうも」
「あれ、お兄ちゃん、ヴィセントさんのこと知っているの?」
「うん、インターノットで話題になってね、治安官が苦戦した事件を解決した名探偵だって」
「へぇ〜ヴィンセントって本当に映画とか小説に出てくる探偵みたい」
「買い被りすぎだ、だいたいネットの噂なんて、どんどん規模が拡大するもんだ、俺が解決した事件はそこまで難しくない」
「その、気になったのですが、先輩とヴィセントさんはいつから知り合いなんですか? 聞く限りずいぶん、長い付き合いのように思えるのですが」
「10年前だ」ヴィセントはいう。
「10年前……つまり、旧都陥落から1年後ですか、先輩がまだ治安官になってないときですか」
「左様、我はその当時、ある事件の調査にヴィセントが協力を持ちかけられたてな、一度だけであるが、そこからたびたび連絡を取り合っているのだ」
「ある事件ですか? その事件というのは?」
「なに、大した事件ではない。とはいっても、浮浪者がひとりの女性を殺したという悲惨な事件だが、10年前は暗黒時代、殺人事件などそこら中起きていたものよ」
ここで、店員が飲み物を渡した。コトリ、とテーブルにコップが置く音が響く。
アキラは礼をいい、渡されたコーヒーを匂いを嗅ぎ、一口のみ、「───そういえば、ヴィセントさんが映画好きなんて、意外だな、───どんな映画が好きか聞いていいかな?」
「それは………」
そうして、ヴィンセントが好きな映画のジャンルを口に出そうとしたときであった。
ヴィンセントの視界の端に収めていた、言い争いをしていたあの大男と若い男の二人組が立ち上がった。大男はゆっくりと大足で入り口に向かうように、若い男はそのままの体制でポケットに手に入れて、周囲の客を見渡した。
ヴィセントはすこし待て、といった。紅茶を口に運んだ。すでに生ぬるかった。彼は大男と小男の二人組が何をしようと眺めていた。
大男はその体格にわりに背は丸まっていた。ゆったりと歩いているが、その足取りはどこか不上げで、機械製の幹よりも太い腕を何度も撫でていた。
一方、若い男はひとりひとり、どういう配置をしているのか確認するかのように緩慢な動作で見回していた。誰も気にしていなかった。誰もがおしゃべりに夢中だ。彼は確認し終えた。それから、彼は窓に近づき、垂れ幕ブラインドを下ろした。
外からここの様子がわからなくなった。そして大男は階段を下った。おそらく、ドアの前で立ち塞がったのだろう。
自動車が通る音が聞こえた。ジャズが鮮明に聞こえた。それは誰もが黙ったからであった。森閑としていた。青衣と朱鳶はすでに異変に気づいた。が、遅すぎた。ヴィセントは紅茶のカップを回した。赤い液体に渦ができた。
「お客さま、恐れながら、何か不満点はあったでしょうか?」店員のひとりと言いながら小男に近づいた。
若い男は黙っていた。店員はその肩を掴もうとした、若い男はポケットから拳銃を取り出した。
「いかん!」
「危ない!」朱鳶は叫んだ。
次の瞬間、プシュという音が聞こえた。
血が、舞った。
静寂。
店員が崩れる音が響いた。
そして、苦痛に満ちた叫び声。
それを冷静な目で若い男はみていた。
「おい、お前黙れ」若い男は言った。
店員は黙らなかった。
「黙れ」
もう一度若い男はいう。
それでも、店員は苦渋に満ちた声を出さずにいられなかった。
苛立った若い男は蹴った。みぞうち。店員は黙った。そして彼は店員の裾をつかんで、至近距離で、
「いいか、オレが黙れと言っているだろう! 黙らないと殺すぞ! いいか! 黙らないとお前の脳みそがこの店に飛び散ることになるぞ!」と、叫んだ。
ひとりの客がゆっくりと立ち上がり、背をむけて逃げ出そうとした。「待って!」朱鳶が叫ぶ。が、それを襲撃者は見逃さなかった。
プシュという音。
倒れる音。
その客は、まさに朱鳶たちがいたテーブルのすぐ横で倒れた。
叫び声がきこえた。
すぐさま、青衣と朱鳶は安否の確認した。
死んでいた。
頭を、一発撃ち抜かれていたのだ。
若い男は店員に微笑んだ。「見たか? な、わかっただろう?」
涙を流しながら店員は何度も頷いた。そして黙った。
「よし、よし、お利口さんだ、オレは頭がいいやつが好きだぜ、今すぐにお前さんをキスしてもいいぐらいにはな」
若い男は立ち上がり、テーブルに乗り上がり、叫んだ。「いいか! おまえら! 動くな! 馬鹿なことは考えるな! お前らは、ただここでいい子ちゃんでいるばいい! わかるな? ここに学校に行ったことがない奴はいないだろう! 先生が言ったとおりに従うだけだ!」
ちょうどそのとき、混沌に満ちはじめた2階の階段から知能機械人の店主と調理担当の店員が両手を頭の後ろに手にやり、登ってきた。最後の尾にあの大男がいた。彼はアサルトライフルを持っていた。
「アルか」若い男はいう。「お前、オレの言うとおりにしたか?」
店主たちを床に座らせたアルは頷いた。
「ようし、お前はノロマでグズだが、今回ばかりは褒めてやる。────わかったか! 助けは来ない! 死にたくないなら、大人しくここで待っておけ!」
朱鳶はアキラたちに小声で、「大丈夫です、彼らの言うとおりにすればいいです」と、いった。
アキラとリンは頷いた。
ヴィセントは紅茶を置き、慣れているな、と思った。だが、アルを眺め、荒い、とも思った。ヴィセントはポケットからコインを取り出して、何気なく数えた。合計で、4枚あった。一枚だけ手元に残して、あとはゆっくりとポケットに収めた。残りの一枚を強く握りしめた。それが幸運のアイテムがあるかのように。そして青衣に目をあわせた。
青衣は軽く頷いた。声なんて必要なかった。
「な、なにが望みなんだ」店員のひとりが震えながら言った。
が、襲撃者たちは答えない。若い男は、部屋の一番の奥の食べかけのパンケーキが置かれたテーブルに座り、腕時計を確認していた。アルは、階段前でつぶらな瞳で何か不審な動きをするものがいないか、確認していた。
「か、金か? 金が望みなのか?」
沈黙。
その店員はその沈黙に耐えれなくなり、咽び泣き出した。
店内は静かだった。が、客はパニックに陥っていた。ぐちゃぐちゃになった脳みそを見てしまったものは嘔吐したり、気絶していた。また、尿をもろしたものもいた。むろん、涙を流すものはいたし、ほとんどの人が恐怖で震えていた。
店内に満ちていたコーヒーの香りは血・アンモニアの匂いと織り交ぜになって、臭かった。その匂いさえ恐怖となっていた。
その恐怖に耐えれなくなったものがいた。それは女性の高校生で、気が狂ったのか、彼女は立ちあがろうとした。
そこに、
「落ち着いてください!」と、叫ぶ声がした。
朱鳶であった。その一言で十分に効果を発揮した。女子高校生は正気を取り戻した。恐怖は、一瞬だが拭われた。襲撃者たちは驚いた。すると、ヴィセントは動き出した。手元に収めていたコインを野球選手のように投げた。
アルの額をコインが打った。軽くのけぞった。隙。肉薄する青衣。鋭い音がして、三節棍が相手の頭を打った。そして鈍い音が聞こえた。相手は膝から崩れ落ちた。
コインが床に落ちた音が響いた。ブラインドの隙間から洩れ出た光できらりとコインは光った。
若い男は銃を構え、ヴィセントを打とうとする。
ヴィンセントは、若い男のほうへテーブルを蹴った。そしてそのテーブルを追うように走り出す。相手の視界が奪われた。その瞬間、迷いなく、一発、相手は打った。間抜けな音がした。銃弾はテーブルを貫通し、ヴィセントの横を掠った。頬から血が流れ出た。蹴られたテーブルは壁にぶつかった。若い男との距離はあと、一歩だった。驚愕な表情をした。が、表情は抜け落ち、即座にヴィセントの頭に照準をあわせた。機械のように。
再び間抜けな音がした。銃弾は、天井にぶつかり、かけらが散った。銃は床に落ちた。ヴィセントが腕を殴り、天井へむけさせたのだ。突き。避けた。いつの間にかナイフをもっていたのをヴィセントは気づかなかった。あるいは最初から持っていたのかもしれない。左手に持っているナイフは鈍い光を放っていた。
ヴィセントは接近した。
若い男はナイフを右手に持ちかえ、再び突きをした。
避けた。腕を掴んだ。
腕を掴んだまま、さらに相手の裾を掴んだ。そして回転し、相手を投げた。何かが外れる感触がした。相手の肩が脱臼したのだろう。
ナイフは投げた勢いで、宙を舞う。そのナイフをヴィセントは掴んだ。相手の喉仏が浮かんでいた。日焼けした細い首だった。相手の顔をみると脱臼しても表情ひとつ動かさなかった。肩をつかみ、ヴィセントは振り下ろした。
鋭い音がした。ナイフは相手の横に刺さっていた。あと数ミリで大動脈が裂かれていた。若い男は相変わらず表情ひとつしなかった。ただヴィセントをみていた。無音があたりに漂った。
「
ヴィセントはいった。
相手は答えない。
───パトカーの警報音がきこえた。誰かが呼んだのだろう。
若い男はゆっくりと首を横に倒し、壁にかけられた時計をみた。ヴィセントもつられて時計をみる。15時32分。
「ヴィセントさん!」アキラの声がした。
その声の方向に向けないで、「何もなかったか?」と、訊く。
「僕たちはなにも。それより、ヴィセントさんこそ、大丈夫かい? あ、頬から血が!」
「かすり傷だ、気にするな、それより状況は」
「あ、ああ、青衣さんとリンはみんなを落ち着かせている最中だよ、朱鳶さんは傷ついた店員の応急処置をしているところだ」
「なるほど、で、警察は誰が呼んだ?」
「えっと、それはわからないや、たぶん外にいる人が異変に気づいたんじゃないかな」
思わず、アキラは嘘をついた。が、それは悪手だった。ヴィセントはアキラをみた。鋭い目つき。アキラは、そこで、自身が最悪の選択をしたことを悟った。
「なるほどな、一見、筋が通っている。だが、1階はブラインドが下ろされている。店の外は雪で通行人も少なかったこともあり、外の異変には気づかないはずだ。それに、十中八九、あのアルという大男が閉店の看板を置いたはずだ。また、騒がしかったが、それだけでは、治安官を呼ぶ決定打にならない。なぜなら、人というのは日常にいると、どうしても最悪の可能性というのも排除するからな。………したがって、外の通行人がすぐに治安官を呼ぶ線は薄い。つまり、この店内にいる誰が呼んだというわけだ。───いや、まどろこしいのはやめだ。アキラ、あるいはリンかもしれないが、お前らが呼んだのだろう」
「それは───」
「いいか、言い訳はいらない。なぜ、わざわざ嘘をつく必要があったのか、それだけを言ってくれ、答え次第ではお前も捕まえないといけない」
アキラは視線を落とした。「すまない、誠意が欠けた発言だったと思う。たしかに、治安官をよんだのは僕らだ。だけど、詳しいこと言えないけど、まだ、あなたに僕らのことを話すことはできないんだ、……本当にすまないと思ってるよ、こんなことしか言えないなんて」
ヴィセントはため息をついた。そしてしばらく間を開けて、「わかった、お前たちが悪意がないことはわかった。ただのビデオ屋でもないことも、な。だが、少なくとも、外道ではないようだ。なら、お前たちがどんな裏の仕事をしているであろうが、俺には関係ない話だ。謝らなくていい、アキラ、おまえは早くあいつらを助けてやれ、俺は大丈夫だ」
「ああ、そうだね、……ありがとう、こんな僕を信じてくれて、感謝してもしきれないよ」
──────────────
若い男と大男がパトカーに連れていかれていく。アルはできる限り体を丸くようにして中へ入った。アルは泣いていた。ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝っていた。若い男は、黙っていた。強盗をするときとは真逆だった。怪我をしたものたちは、緊急車に運ばれていく。意識の有無を確認するために話しかけながら、店員は運ばれていく。
ヴィセントは〈コーヒーカフェ〉の壁に片足をぴったりとつけるようにし、体重を預けた。タバコを吸って、吐いた。彼は答えがくるのを待っていた。
「あたりか、ハズレか、できれば、前者がいい」と、ポツリと呟いた。
野次馬が集まる中、汚れた雪が積もった道路でひとりの治安官と話している青衣をみていた。朱鳶は、今回の事件についての報告と事後処理の指揮をしていた。
青衣が野次馬を避けながら近づいてきた。彼女の背後には雪の足跡がくっきりと残っていた。
「どうやら、ヴィセントよ、ぬしの推理は間違っていたようだ、同時刻に起きた事件はないそうな、しかし、油断することなかれ、このあと起きるかもしれぬ」
「いや、起きないだろうな」
「それは、いわゆるカンというやつか」
「ああ、カンだ」
青衣はヴィセントの隣を立った。彼女は腕を組んで、「して、ぬしの見解を教えておくれ」
「俺の渾身の推理なら、外れたとお前が言っただろう?」
「ぬしのことだ、別の可能性のことを検討していたのだろう?」
ヴィセントは肩をすくめた。タバコを一服して、「………長々とした説明か、結論だけ、どっちがいい」
「ふむ、それでは探偵の説明をお願いしようか」
「わかった、順序を追って説明するから、眠くなるだろうが、耐えてくれ。………そうだな、まず、今回の事件についての概要、いや正確にいうならその奇妙な点をあげようか。───ひとつめ(ヴィセントは指を一本たてた)、襲撃者が何も要求しない点。普通、店を襲撃する目的は決まっている。それは金だ。だが、今回は違う。あいつらは俺たちを脅かしたあとは、ただ待っていた。
───ふたつめ(立てる指は2本に増え)、計画のチグハグさ。あいつらは最初からこの喫茶店を襲撃をしようと決めていたのだろう。つまり、計画的犯罪ということだ。実際、入ったときには一階の窓はブラインドが下ろされていただろう。しかし、ここまで用意周到だというのに、その目的とはただ待つというだけだ、おかげで俺たちに制圧されたし、俺たちがいなくても、いずれ異変に気づいたやつが治安官を呼ばれて、詰みだ。
───三つ目(3本になった)、襲撃者の練度の違い。まあ、お前も気づいただろうが、あの───わかるだろう、あいつだ───、若い男は明らかに普通の強盗犯ではない。明らかに裏の世界を歩んできたやつだ。殺し屋だろう。が、そんな奴がバカみたいな強盗犯の演技をしていたということ、そしてその相棒は、本当の素人という、その練度の差………」
「そうであるな、ただの強盗事件というには奇妙なところ多すぎる」
「そうだ。と、するとだ、いくつかの可能性がある。まず、殺し屋がいるということは、ターゲットがくるのを待っていた可能性。そのターゲットは決まった時間にここにくるから、待っているということだ。が、だめだな。それはない。なぜ閉店にいた理由が説明がつかない。次に、陽動作戦、これだと良かったが、どうやら違ったらしいな。つまり、殺人とここを占領することで、治安官の戦力と注意を引き、その間に、本命を起こす可能性。まあ、これもおかしな点があるが、相手が大馬鹿の可能性をかけてみたが……まあ、ダメだったな」
「して、もうひとつ可能性を聞かせてくれ」
「もうひとつの可能性は、これは二つ目の可能性とつながるが、その本命というのが世間にバレないほど、小さなものであることだ。つまり、ある人物を誘拐する、とかだ。本来は、すぐに話題になるが、この事件が起きたんだ。話題になるのは、遅いはずだ、そして最後の可能性、それはすでにターゲットが店の中にいたということだ。あとはそいつにいちゃもんをつけて、殺す、そういうわけだ。待っている理由がこれでは説明がつかないからな、───では、どうするか、おそらくだが、この可能性を組み合わせたのが最も説明がつくだろう。つまり、陽動と暗殺、これらを同時にするのが目的だったというわけだ。………まあ、色々仮定したら、もっと可能性が出るが、それはオッサムの剃刀にしたがって黙っておくさ」
ヴィセントはため息をつき、タバコを吸った。「……まったく、長い説明をするもんじゃない。小説に出る探偵はよくあんなに長々と説明できるものだ、で、どうだ? お気に召したか?」
「うむ、ご苦労」と、青衣は芝居かかったようにいい、「先ほどの見解、しかと記憶した。あとで、上官どのに報告しよう、しかし、そのターゲットというのはいかようなものであるのだろうか」
「さあな、それ以上は推測なんかではなく、空想だ」
ヴィセントの頬に屋根の氷柱の水滴が落ちた。彼は軽く拭った。
犯人たちは、もういなかった。連れていかれたのだ。野次馬は解散していた。店主は悲しそうに、アキラ、リン、近所の仲間と話していた。治安官は朱鳶に敬礼をし、去っていった。
「ヴィセントよ」青衣はいう。「ぬしにひとつ、質問がいいか?」
「なんだ?」
「朱鳶のことをどう思ってる」
ヴィセントは青衣をちらりとみて、目を細めた。そして視線を元の場所に戻し、タバコを吸って「嫌いではないな」
「ほう? と、いうと?」
「若いが、それゆえの傲慢さがない、だからといって若さの実直さもないというわけではない、さすが期待の新星といったところか」
「ずいぶん、ぬしは朱鳶のことを高く評価しているのだな」
「だが」ヴィセントはいう。「あの実直さが自身を滅ぼすことになるかもしれないな」
青衣は黙った。そして近づいてくる朱鳶を見ながら「ぬしはまことに変わらぬな」
「そうか」
「うむ、変わらぬよ。何もかも」
「……そう簡単に人は変わらないだろうよ」
そして、ヴィセントは短くなったタバコを捨て、踏み躙った。