雨ははたしていつ止むか?   作:川に揺蕩う論理の箱

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探偵とのバディ

「そろそろ、話したらどうなんだ」治安官は、ヘルメットのバッジを触りながら、いう。「いつまでも、だんまりを決めこんでも無駄だとおまえもわかっているはずだろう。………いいか、()()()()()。おまえさんの友達がいただろう? あのデカブツだ。あいつはすべてを話してくれたぞ。話せ、そうすれば、おまえはもっとマシな人生を歩めだろうよ。───アレックス、これはお前のために言ってるんだ。こんな場所にいつまでもいたいのか? 違うだろう?」

 

 アレックスと呼ばれた若い男は〈アレックス〉という言葉にすこし眉を上げたが、それだけだった。話すつもりはなかった。

 

 治安官は一度黙ることにした。ヘルメットをかぶり直し、彼は無機質な真っ白なテーブルに置かれているミネラルウォーターを手に取り、飲んだ。照明の白い光で浮かぶ埃のむこうの殺し屋を睨んだ。空調の音が鮮明に聞こえた。

 

「アレックス、安心してほしい、おまえさんが黙秘権を行使するなら、私はそれを否定はしない。私はドラマのように、おまえさんを拷問して、口を吐かせるつもりもない。たとえ、人殺しであろうが、おまえさんのことを人として扱うつもりだ。いいか、私が心配しているのはね、アレックス。お前さんが裁判にたったとき、民衆がおまえさんを糾弾することなんだ。私はこの仕事について長いものだから、そんな光景を何度も見たことがあるから、言える。いますぐ、ここで懺悔の言葉を吐く方がいいってね。おまえさんは知らないだろう? 民衆が、反省をしない犯罪者にかける言葉の残虐さを。民衆のあの冷酷の目を。……ああ、頼む、アレックス………! ここで、懺悔の言葉を言って、すべてを話してくれ!」

 

 治安官は話すうちに、興が乗ったのか、感情的になり、目が潤み、いまにも涙を流しそうだった。が、この殺し屋は話さない。ただ、治安官の背後にある、無機質な壁をなにかを込めて見ているだけだった。

 

 この部屋の隅には監視カメラが置いてあるが、それはブラフだった。それはあくまで容疑者を監視されているという恐怖を与えるための、いわばパノプティコンのようなものだった。しかし、この殺し屋はそれを受け入れているかのようだった。

 

 ────結局、殺し屋は何も話さなかった。尋問を担当した治安官は、涙を流し、彼の末路を憂い、取調室を出た。彼は長官に何も引き出せないことを謝った。長官は首を横に振り、彼の肩を優しく叩いた。治安官は部屋を出ていった。殺し屋以外誰もいなくなった取調室を、マジックミラーを通しても見た。彼はぴくりとも動かなかった。

 

「ふむ、やはり話さないか」バイロン長官は腕を後ろに組みながら、言う。メガネをあげなおし、「さすが、殺し屋といったところか。一筋縄ではいかない。………まあ、いい。朱鳶班長、この男の監視を引き続きしてくれ、殺し屋だ、いつ自殺をするのかわからないぞ」

 

「はっ、了解しました、長官」

 

「頼んだぞ、私はこれからある男に連絡をする」

 

「ある男ですか? 長官、恐れながらその男は誰なのでしょうか?」

 

「なに、私の昔の部下だ、今は治安官を辞めてしまったが、君のように優秀な人物だ。きっと彼なら今回の事件を解いてみるだろう、───それではよろしく頼む」

 

 その後、バイロン長官は廊下を歩き、自身の部屋に入った。

 

 部屋には自身のデスクワーク、その上に置かれた夥しい量の紙の束、パソコン、電話が置かれており、その横に事件の概要を書かれたホワイトボードーが置いてあった。来客用のテーブルは手前に置かれており、茶色の絨毯がそのテーブルの下に引かれていた。そして壁には真っ赤な空を背景にした屍の上に立つ騎士の絵画が飾られていた。それはかつて金持ちが助けたお礼にくれたものだった。空調はよく効いていた。窓のカーテンは開かれていて、そこから月光が差していた。

 

 バイロン長官は椅子に座り、電話番号を入力し、相手が出るのを待った。なかなか、相手は出なかった。彼は苦笑いを浮かべ、窓の景色を眺めて待った。

 

 長いコールが続き、やっと相手は出た。

 

「はい、もしもし、こちら、私立探偵のヴィセントですが。………こんなくそ遅い時間まで、電話をかけてくれるなんて、大変光栄ですな、ね、バイロン長官」

 

「久しいな、ヴィセント、依頼がある。いや、頼み事というべきかな」

 

「頼み事、ですか? バイロン長官、珍しいですね、治安官が、それもかの有名なバイロン長官が私なんかを頼るなんて」

 

「元気そうで、何よりだ、ヴィセント、それについてはすまないと思ってるよ、私の部下が君に失礼な態度をとっているは知っているつもりだ」

 

「いえいえ、………滅相もない。だって、誰だって、どこぞの馬の骨もわからぬ、()()(彼はこの言葉をたっぷり時間をかけて言った)なんて嫌がるじゃないですか」

 

「……こんな時間にかけるのはすまないと思ってる。しかし、君にしか頼めないことなんだ」

 

「はあ、まあ大丈夫ですよ、長官。私個人としてもあなたのことはよく思ってますし、あなたとは良き関係でありたいものですから。それで、その頼み事というのは」

 

「礼を言う、君がそう言ってくれると思ってた、さて、君に頼みたいことだが、君を朱鳶班長と組んでほしいんだ」

 

「組む?」ここで、電話を持ち替える音が聞こえ、沈黙が続いた。数秒して、「バイロン長官、つまり私に戻れと言いたいのですか」

 

「いや、違う。君はそのままで構わない。あくまで、朱鳶班長と調査をしてほしいんだ、───むろん、君には嘱託捜査官という重苦しい肩書きが必要だが。まあ、それも形式上だ。ルールの範囲内だが、君がやりたいようにやるといい」

 

「なるほど、あなたが言いたいことはわかりました。ですが、理解できません。なぜ、私にわざわざ頼む必要があるんです? 治安官には彼女のような優秀な治安官がいるでしょう」

 

「それを言わせるか?」

 

「ええ、私はもうあなたの部下ではない。動くには、相応の理由が必要です」

 

 バイロン長官は考える。眼下の景色をみた。「わかった。君と私の仲だ。………まず、ヴィセント。君はここ最近起きたブリンガー長官の例の事件を知っているだろう」

 

「ええ」

 

「わかっているなら、話がはやい。知っている通り、治安局とはいえ、一枚岩ではない。さまざまな派閥が分かれていて、同時に腐っている。ブリンガー長官の件、連続殺人事件、そして今回おきた事件。治安局は、内通者が誰か他にいるのか、と緊張感が走っている。私とて、それは例外ではない。私の部下に、裏切り者がいないか、信頼できる部下に洗わせているところだ」

 

「なるほど、それで」

 

「私が思うには、今回の事件、連続殺人事件、いずれも何かの組織が絡んでいる。そんな中で、白か黒かわからないものに今回について任せるのは本望ではない。そこで、だ。ヴィセント、君だ。私は君がいかに優秀で、清い正義感を持っているのか知っている。私は信頼しているのだよ、君を。君と朱鳶、青衣、ジェーン、セス、君たちなら、今回の事件を解決できるはずなんだ」

 

「それが、理由と」

 

「ああ、それに君は今回の事件について()()()()()()()()()()()()()()

 

「……わかりました、やりましょう」

 

 バイロン長官は安堵し、「……ありがとう、───それで、日程なのだが、早速だが明日の早朝にきてもらえるか。急を要するときだ、頼む」

 

「ええ、いいですよ、まあ、遅刻しても、怒らないでください」

 

「はっ、それはどうかな、昔のように怒ってやろうか」

 

 ヴィセントは軽く笑った。「はいはい、わかりましたよ、ちゃんと行きますよ、それでは切りますね、それでは良い夢を」

 

「ああ、おやすみ」

 

 そのとき、ヴィセントは思いついたように、「ああ、それと今回の件は青衣が提案したのでしょう。彼女には貸しひとつと言ってください、それでは」と、いった。

 

 そして電話が切れた。

 

 

 

 

 その日の深夜、殺し屋の監視を部下に任せた朱鳶は扉を開けると、ある男が両手を合わせ、テーブルに置いてるのをみた。彼の両手には手錠がかかっていた。それは、彼女が夜の街を眺めたとき、夜道をふらふらと歩いていた男だった。男は朱鳶を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

 

 朱鳶は椅子に座ると男は両手をあげ、タバコを吸う動作をし、

 

「久しぶりだね、きみ、タバコを持っているかい?」と、訊いた。

 

 

 

 ─────────

 

 

 あくる日の朝、ヴィセントは髭剃りと洗顔を終わらせ、茹で卵を食べ、コーヒーを2杯のみ、チョコレートを3ピースを食べると電話がかかってきた。

 

 電話に出る。弁護士からの依頼だった。

 

 彼は自身の分野ではないとし、断った。

 

 コートを羽織って、外へ出た。

 

 冬の寒さを体現した青空だった。太陽は鋭かったが、暑くはなかった。一面はミルクをこぼしたかのように真っ白で、陽光できらきらと光っていた。その道を歩く通行人。彼らが歩くたびに、そこに汚れがついた足跡がつき、彼らの尾には細長い影が雪へ焼き付くのだった。彼らが降るたびに、影の腕が短くなっていた。

 

 冷たい空気には土の匂いが混じっていた。

 

 ヴィセントは白い息を吐きながら、小さな雪だるまがフェンスに置かれている家を抜け、歩き出した。そして駅に着いた。

 

 駅は人が多かった。ヴィセントは並ぶ列の最後にいた。

 

 やがて、電車が来た。

 

 やはりそこにも人が多かったが、気にせず乗った。電車に設置された小型の液晶モニターには昨日起きた事件について報道されていた。もう間も無く、裁判所へ連れていかれるだろうよ、と、隣の二人組は話していた。彼は報道されているあの若い男の顔をみつめた。どこにでもいる平凡な顔つきだった。成人したものに、若い男の一般像を描かせたら、こうなるのだろうか。たしかに、その意味では、彼は殺し屋としての素質を十分に備えていた。

 

 十駅ほどで目的の駅についた。彼は吐き出される人々に紛れて、降りた。そして、大動脈に流れる血流のように長い列をなして、出口へむかった。

 

 駅を出ると左へすぐ曲がり、ルミナ分署へ向かった。

 

 ルミナ分署の駐車場にはパトカーがいくつか置いてあり、それらは雪が積もっているものが4割、積もってないものが6割だった。入り口には治安犬がいた。彼はその犬の頭を撫でて、入った。

 

 長い黒髪を後ろに結んだ治安官が受付として立っていた。彼女は他の来訪者の対応をしていたため、ヴィセントは番号札を取り、椅子に座った。二番目だった。

 

 すぐに来訪者は去り、彼の番が来た。

 

「おはよう、今日もいい朝だと思わないか」と、彼は訊いた。

 

 彼女は二度ほど瞬きをし、笑った。「ええ、おはようございます。いい朝ですね」

 

 要件を聞かれ、彼は名前と事務所が書かれた名刺を彼女の前に置き、バイロン長官に会いたいと言った。

 

 彼女は名刺を見て顔をあげ、言った。「予約はしてますか」

 

「残念ながら、してないな」

 

「していないのなら、お会いすることは難しいかと」

 

「バイロン長官が来てくれ、と頼まれたとしてもか」

 

「……彼と面識があるのですか」

 

「ああ、そうだな。面識はある」

 

「失礼ですが、ご用件はどのような種類でしょうか」

 

「個人的なものとも言えるし、仕事のものと言えるだろうな」

 

「なるほど、もう一度聞きますが、ブロンド長官とお知り合いなんですよね」

 

「ああ、そうだ、彼に、ヴィセントが来たと伝えてもらえてたら、いい」

 

 彼女は黙り、ヴィセントと目を合わせた。彼は、微笑むことにした。彼女はペンで軽く白い歯を叩いた。

 

「了解しました。連絡を取るので、すこしお待ちください」

 

 彼女はすぐそばにある電話機に番号を入れ、電話をした。

 

 すぐに相手は出た。彼女は要件を伝える。頷く。

 

「バイロン長官はただいま会議中なので、その後会えると」

 

「どれぐらい時間がかかりそうかわかるか?」

 

「大体30分ほどかと」

 

「わかった、ありがとう、ここで待っておくことにするよ。ああ、それとひとつ、いいか」

 

「はい」

 

「ここは、禁煙か」

 

「ええ、ここでは吸わないでください。吸うなら、あそこの喫煙室まで行ってください」

 

「了解した」

 

 ヴィセントはもう一度礼を言うと踵を返し、青い椅子に座った。入れ替わりでクマのシリオンが受付にのそのそと歩いていく。彼女は笑みを浮かべ、それに対応した。ヴィセントは黙って、まわりを見渡す。

 

 ルミナ分署に入っていくものは治安官が多く、また朝のパトロールなのか外へ出ようとするものも多かった。受付は忙しなく動いており、パソコンを打つ音や電話がかかる音。それに対応する話し声などが聞こえた。そして、ピッと承認する音も。

 

 時間はゆっくりと歩み寄っていく。ヴィセントは席を立ち上がり、喫煙室に行き、そこでタバコを吸った。中には、常連であろう仕事の話をしている治安官たちがいたが、彼がくると話をピッタリとやめ、一瞬彼を見、世間話に切り替えた。

 

 灰皿にタバコを捨て、喫煙室を出たときには半時間が過ぎていた。すると、ルミナ分署の入り口に朱鳶と手首を摩っている男が話しているのをみかけた。その男は30代ほどで、なかなか顔は整っていた。ヴィセントは椅子に座って、バイロン長官が来るまでの暇つぶしに話を盗み聞きした。

 

 ───どうやら、夜を目的もなく出歩いたことで捕まっていたらしい。というのも、深夜徘徊が一度だけならまだしも、何度もやっているため、不審者と思われたからであった。彼は笑っていたが、朱鳶は怒っていた。厳重注意で済んだが、これからはしないでほしいとのことだった。

 

 彼は善処するといい、手を振り、去っていた。

 

 朱鳶は腰に手を当て、ため息をついた。

 

「おはよう、働き詰めで大変だな」

 

「ああ、ヴィセントさん。おはようございます」

 

「肝が据わっているものだな」

 

「え?」

 

「さっきの男だよ、今のご時世で夜道を歩くなんてな」

 

「ああ、彼ですか。そうですね、肝が据わっているのか、怖いもの知らずなのか、わかりませんが、やめてほしいものです。………それにしても、ヴィセントさんは今日はどうしたのですか? 運転ライセンスの更新とかですか?」

 

「いや、会いたい人がいてね」

 

「会いたい人?」

 

「ああ、あんたもよく知っているだろうさ」

 

「はあ」

 

 5分後にバイロン長官がきた。彼はあのときの変わらなかった。変わったとするなら、白髪が増えたことと顔の皺が増えたことぐらいだった。

 

「来たか、ヴィセント」

 

「ああ」

 

「朱鳶もいるな。ちょうどいい。ついてくるといい」バイロン長官はカードをヴィセントに渡した。「懐かしいだろう」

 

 カードを受け取ったヴィセントは、自身のカードを眺めた。「これ、いつの写真ですか」

 

「さあな、ずいぶん前だ」

 

「生意気な顔してるな」

 

「今も変わらん。それでは行くぞ」

 

「はっ」朱鳶がいう。

 

 ヴィセントは返事をしないで、ついていった。

 

 バイロン長官の個室についた。カーテンは下ろされていた。あかりはついていた。彼らは来客用の席に座った。バイロン長官はコーヒーで構わないか、と訊いた。彼らは頷いた。そうしてバイロン長官がコーヒーを入れている間、ヴィセントはポケットからタバコを取り出して、火をつけようとした。が、それを朱鳶に奪われてしまった。ヴィセントは肩をすくめた。

 

 ヴィセントは太ももを支えにして頬杖をついて「朱鳶はタバコを吸わないのか?」

 

「いいえ、吸いません。タバコを吸うなら、しかるべき場所で吸ってください。ここは長官のオフィスです、喫煙室ではありません」そういうと、朱鳶はタバコを自身の胸ポケットにしまった。

 

 ヴィセントは軽く笑った。「これは失敬」

 

 バイロン長官はコーヒーを彼らに渡しながら、「楽な姿勢で構わないし、どんなことをしてもいいが、話は聞いてもらおう」

 

「わかってますよ」

 

「さて、余計な前置きはなしだ。わかっているだろうが、朱鳶班長。君はこれからこの横にいる男とペアを組み、事件の調査をしてくれ」

 

「え?」朱鳶はいう。「この人とですか?」

 

 コーヒーを一口のみ、ヴィセントは「悪くない話だ。こっちも、そっちも、ね。それで、報酬は」

 

「ちょっと!」朱鳶はいう。

 

「何がおかしい? 俺はこれを仕事にしてるんだ。バイロン長官はいまここでは依頼者だ、金の話をするのは当たり前だろう?」

 

「たしかに、そうですが……」

 

「それはお前がこの事件を解決できたらだ。事件の解決のために必要な金は予算として落としてやる」

 

「つまり、俺の仕事の成果次第ということか、悪くない。それで行こう」

 

「わかった。話は以上だ、質問はあるか?」

 

 質問は出なかった。

 

「よし、では話は終わりだ」

 

 その後、彼らは部屋を出て、特務捜査班のオフィスにむかった。

 

 道中、タバコの代わりに飴を舐めているヴィセントは「意外だな」と、いった。

 

「何がですか?」朱鳶は彼に目を向けないでいった。

 

「バイロン長官に質問あっただろ」

 

「………何があろうとも、それが上司の命令であるなら、従うまでです」

 

「ふうん」

 

「そんなあなたこそ、普段から他人にあんな態度をとるのですか?」

 

「別に、普段はもっとわきまえているつもりだ」

 

「普段って、あなた、バイロン長官とどんな関係なんですか」

 

「かつての上司の部下の関係。聞かなかったか?」

 

「それは聞きましたけど……」

 

「───とにかく、いまはそんなことどうでもいいだろう。目下、我々はすべきなのは調査だろう、オフィスに今回の事件と連続殺人事件の資料はあるか」

 

「ええ、あります」

 

「じゃあ、そいつをもらうとするよ」

 

「わかりました」

 

 オフィスにつき、朱鳶は自身のテーブルにいき、青いファイルを二個、手に取った。それをヴィセントに渡した。

 

 ヴィセントは飴を噛み砕き、黙ってファイルを眺めた。数秒して、ファイルを閉じ、朱鳶に渡した。

 

「とりあえず」ヴィセントはテーブルに視線を落とし、それを人差し指で叩いて、「現場へいってみるか、話はそれからだ」

 

 ヴィセントは顔を上げ、「ええ、そうですね」と、考えるように腕を組み、片方の手をほおに当てる朱鳶をみた。思うことは少なかった。嫌いではない。それが彼が彼女に抱いた印象だった。青衣から訊かれたときと変わらなかった。

 

「それではいきましょう」と、声かけるまで彼女をみていた。「……あの? ヴィセントさん? 何か顔についていますか」

 

「いや」彼は首を振った。「なにも、そうだな、早く行こうか」

 

 

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