「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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二層で扉を守る者

 

 位相がちょっとだけ違う空間の狭間に、二階層のボスは立っていた。

 身長にして二メートル。ボスたちの中では小柄と言ってよい体躯。――いや、体躯と言ってよいのだろうか。何故なら敵は、がらんどうの鎧。『生きる甲冑(リビングアーマー)』なのだから。

 

 動き出した生きる甲冑(リビングアーマー)に、蓮司は木刀を構えた。

 しかし敵はすぐ襲ってくるでもなく、なんと人語を発したのだった。

 

『どうやって、……ザザ、この空間に来ることが……ザ……できたのだ。君たちのテクノロジー(技術)では、不可能と踏んでいた……ザザザ……のに』

 

 古い翻訳機械での声を聴いているかのように、途中にノイズが混ざるものの、それはまごうことなき日本語だった。

 

「……しゃべるのか。魔物が?」

 

 これには蓮司も驚いた。

 アルゴリズムに乗っ取って動く傾向があるとはいえ、魔物が知性体だということは、ときおり奴らが見せる表情から悟っていた。焦燥、怯み、怒り。奴らの感情は表情や動きに出る。『シブヤ一層』のグレーターデモンのように、こちらにわからぬ言語で喋る奴もいた。

 

『ザザ……ザザザ、――こんなもので通じるかな。戦う前に名乗りくらいは上げようと思ってね』

 

 だが、こちらにわかる言語を使ったのは初めてだ。

 彼はダンジョンの歴史にさほど詳しくなかったので知り得なかったが、これは世界でも初めての出来事だった。

 生きる甲冑(リビングアーマー)は剣を抜くと目の前で垂直に構えた。

 

『私の名はアグレージ。君は?』

「……蓮司だ。今日は色々驚かされる、入口で人に見つかりそうになるわ、魔物は喋るわ。なんとも大変だ、頭が忙しい」

『ふふ、我々は君たちが考えるより知性的な存在なのだよ。さあ始めよう、手加減はしない』

「そうか……。コミュニケーションが成ったついでに、手心を加えて貰える方が楽でよかったのだが」

『参る』

 

 ガシャン、ガシャン、と金属音を鳴らしながら、アグレージが走ってきた。

 蓮司の木刀と剣が激突する。

 弾き、体当たり、薙ぎ払いに突き。アグレージの洗練された剣技を、蓮司は体術でかわし木刀で受け流していく。それぞれの返しに打撃を与え、小さな攻撃を加えた。まだ本番ではない、まずは敵のパターンを解析しないと。

 

『強いな。先ほども聞いたが、どうやってこの空間に来た?』

「企業秘密だ」

 

 斬撃三連撃、回避。突きにカウンター。

 生きる甲冑(リビングアーマー)は個体によって強さが全然違う。一説では『魔物化前にその鎧を着ていた者の強さに依存する』という話があるものの、まだ研究中の分野だ。

 

 蓮司が見るところ、この生きる甲冑(リビングアーマー)は確かに強そうに思える。纏う魔力の圧が、グレーターデモンよりも大きい。こうして対峙しているだけで、圧迫感を覚えるほどだ。

 

 剣を振りながら、アグレージが語り掛けてきた。

 

『君のような者が現れてしまうと、我々の計画が狂ってしまうな』

「計画?」

『この世界の侵略だ』

 

 蓮司は眼鏡をクイと持ち上げる。

 

「侵略? このダンジョンの乱立は、キミの世界による侵略活動なのか?」

『先兵を派遣する準備だ。同時に、こちらの世界での『勇者』を選別する為のシステムでもある』

「勇者?」

『我々の世界では、争いを勇者同士で決着つける習わしがある。君は強いから、このまま進めば”勇者”になってしまうかもしれない』

 

 アグレージが振った剣を蹴り上げる蓮司。

 しかしアグレージは蹴り上げられた剣を一瞬手放し、そのまま踏み込んで甲冑での肘うちを繰り出してきた。

 

「うおっと!?」

 

 これまでの魔物では見たことがない新しい動き。

 それを蓮司は反射でかわした。落ちてきた剣を手で取るアグレージに、蓮司は驚きの声を上げた。

 

「すごいぞ、初めてみる連携だ。キミも強いぞアグレージ」

 

 これまでどの魔物も使ったことがない技だった。これは対処に困る。

 二人はお互い距離を取った。

 

『お褒めにあずかり光栄だ。少し話をしていいかね?』

「どうぞ」

 

 踏み込んできて剣を振るいながら、アグレージは言った。

 蓮司もそれを受け流しながら答える。彼の目は今、キラキラと興味に溢れていた。

 

 異世界! そういうものがあるとは、ずっと言われていた。しかし、理論でしかこれまで語られてこなかったのだ。そんな遠かったはずの存在が、彼の目の前で言葉を喋ってこの世の真実を語ってくれている。

 

 蓮司はちょっとした感動すら覚えていた。

 知りたい欲求が止まらない。

 

『勇者が出れば、決まりで”勇者同士の対決”を優先しなくてはならない。だが、勇者が一定期間しても出なければ』

「出なければ?」

『我々が軍を出して、一方的に蹂躙することが許される』

 

 アグレージが突いてくる剣をかわし、懐に一歩入り込む蓮司。

 

「つまりこのダンジョンは、俺たちの世界の者が『勇者』の称号を得るための試金石で、誰も勇者になれる者が居なかったら、いずれそちらの世界の軍隊がダンジョンから現れて俺たちの世界を蹂躙する、と?」

『我々の世界も一枚岩ではなくてね。勇者を崇める勢力と、それを古いとして物量で押し切りたい勢力がある。そして我々は後者だ』

「なるほど」

 

 ドン、と蓮司は肩でアグレージの胸鎧を突きあげた。

 この階層で拾った『力の指輪(リングオブマイト)』のお陰だろう、強い力が出せる。なるほど、ともう一度納得した。勇者になる為に、導かれる為のダンジョン。宝箱の中にあるものが、攻略の助けになるのはそういうわけか。

 

 勇者を認定する為のシステムと、それを妨害する勢力。

 それらがダンジョンの中には入り乱れている。

 

 突きあげた肩を、さらに力で押す。

 

「せいやっ!」

『ぐおっ!?』

 

 アグレージの甲冑で重い身体が、宙に浮いた。

 自由を失った魔物に、蓮司は空中で突きを与えた。アグレージの胸装甲に、穴が開く。 吹き飛ばされたアグレージが、ガラガシャン、と大きな音を立てて床に転がる。

 

『こ、ここまでとは……』

「解析完了だ。アグレージ、もうキミの攻撃は俺に通用しない」

『待て! このまま立ち去って貰うことはできないか!』

「は?」

 

 床に伏したままのアグレージが大きな声を上げた。

 

『私がこうして喋ったのも、キミには交渉の余地があると踏んだからだ。話を聞いて欲しい』

「……いいよ、続けてくれ」

『君が退いてくれるならば、私は君の家族や大切な者らの命を保証すると約束しよう。その後の生活の面倒も見る。君たちは君たちの世界の歴史が終わってゆく様の、生きた証人となるんだ。歴史の証人は我々にとっても有益、決して無下にはしない』

 

 蓮司は決して善人というわけじゃない。

 目的の為にはハッキングも厭わないし、立ち入り禁止の『シブヤ』に喜々として潜り込んだりもする。

 

「なるほど。そういう条件か……」

『別に、小国程度の人口であればまるまる面倒を見てもいい。案外変わらぬ生活になるのではないか?』

 

 なので、生きる甲冑(リビングアーマー)の申し出を聞いて『さほど悪くない』と思ってしまった。彼は、彼の見える範囲の平穏さえあれば、割とあとはどうでも良い。あちらの世界とやらと融合して、新しい真実を学べる可能性もある。興味は尽きない。

 

『悪くはなかろう? 特に君は、知的好奇心に溢れた者のようだ。我々はその好奇心を、一生満たし尽くせないほどの真実を君に与えることもできるんだ』

 

 蓮司の表情を見てのことか、生きる甲冑(リビングアーマー)の声が柔らかい物になっていた。

 

「確かに……、心が動く話だ」

 

 自分の家族、母と妹は当然として、クロエちゃん。

 ああでも、妹の友達や母の交友関係も枠に入れないと、皆が笑って暮らすことはできないか。クロエちゃんにしても、仕事仲間や友達、……いやリスナーたちだって彼女にとっては大事な存在かもしれない。

 

 蓮司は思い出した。かつてクロエに、配信中に庇ってもらったことを。彼女はきっと、視聴者一人一人を大切に思っている。そうなると、そいつらも助けて貰わないとならないか。そうじゃないとクロエちゃんの顔は曇ってしまうに違いない。

 

 ……あれ? そうなると、そいつらの家族も助からないことには、クロエちゃんは顔を曇らせてしまうんじゃないか? クロエちゃんに限らない、妹――七海の友達の家族、そのまた彼ら彼女らの友達に家族。

 

 どこで区切るのが皆が幸せになれるラインなのだろう。

 蓮司は悩んだ。自分で見える範囲を幸せの確保だけで良いはずなのに、考え出すと際限なくその幅が広がっていくのだ。

 

『どうしたのだ? なぜそんな難しい顔をする?』

「いや……」

 

 生きる甲冑(リビングアーマー)は、小国の人口くらい面倒見れると言った。だが、母は今、海外で仕事をしている。母に笑顔で居て貰う為に、そこから海外の友人などにまで幅を広げていったら、やがて必要なのは、世界中の人々になってしまうのではないか。

 

「すまない。やはりこの話はナシだ、この世界は俺が区別するには、広すぎる」

 

 蓮司はすっきりした顔で言った。

 なにより、ここでやめてしまうと『ダンジョン&マジック』の解析が終わらない。今の彼には、それが最重要課題なのだった。

 

 生きる甲冑(リビングアーマー)は鎧兜なので表情は見えない。が、残念そうな声で。

 

『……そうか』

 

 とだけ言った。

 

「というわけで決着をつけよう、アグレージ」

『こだわりが強く、ある意味で何者よりも強欲、か。そういう者こそが勇者になれるのかもしれん』

 

 戦闘が再開された。

 今度は一方的だった。解析が完了した今、蓮司の目には敵の弱点が手に取るようにわかる。アグレージはその重量を活かして強力な攻撃を繰り出してくるが、その身が宙に浮かされると自由を失ってしまう。そこが大きな弱点だった。

 

 蓮司はあらゆる手を使ってアグレージの巨体を浮かし、その装甲を的確に叩き続ける。

 

『強い……これほど、とは』

 

 最後の一撃。

 装甲が砕け、アグレージが膝をつく。

 

『この私は、かつて勇者だった者の甲冑から生まれた……。もしかするとその意思が、君に問い掛けるという行為をさせたのかもしれない。蓮司、勇者の素質を持つ男』

 

 光となって消えていく。

 

『その名を覚えて、私は逝こう』

 

 静寂が戻った。

 同時に、ずっと動きっぱなしだったフェイズシフトウォッチの動作も止まる。

 一気に身体全体が重くなり、蓮司はその場に倒れた。

 

「勇者……か」

 

 蓮司は倒れたまま眼鏡を外し、レンズを拭いた。

 

「俺はただのプログラマなんだがなぁ」

 

 ◇◆◇◆

 

 クロエはモニタールームに居た。

 すごい集中力で複数のモニタを見つめる彼女、その背後では初子が眠そうな顔で立っていた。

 

「ふわゎ。クロエちゃん、そろそろ帰らないと。明日も仕事をオヤスミするのは、さすがにマネージャーとして看過できないわよー?」

「わかってます。もうちょっと、もうちょっとだけお願いします」

 

 さっきもそういって、もう一時間経っている。

 どこかで強引にでも止めないとキリなしだわよね、と初子が軽く自分の両頬を叩いた、そのとき。

 

「ツッッッ!」

 

 目の前で、クロエが苦しみ出す。瞼の上から目を両手の平で抑え、歯を食いしばった。初子は慌てて彼女に寄り添う。

 

「ど、どうしたのクロエちゃん!?」

「な、なんて凄まじい光……! 目を瞑ってても、ああだめ、これは……エネルギーの塊!?」

 

 彼女の目に見えていたのは、激しく湧き上がる魔力を中心としたエネルギーの奔流。

まるで世界の法則が書き換わったかのような、巨大で神聖さすら感じられる波動だった。クロエは耐え切れず、その場に崩れ落ちる。

 

「クロエちゃん!」

「だ、大丈夫……です、初子さん」

「大丈夫なことないでしょ! 急に倒れちゃって!」

 

 クロエを抱き起して、初子が心配そうな声を上げる。

 しかしクロエはそれにも気づかぬ風に、震える声で答えた。

 

「今……、何かが終わって……そして、始まりました」

「え?」

「きっと討伐者さんが、また、扉を開けたんです。……三層に続く扉を」

 

 そんなこと言ってる場合じゃない、とクロエを背負って医務室へと急ぐ初子。背負われ、揺られながら、クロエは目を瞑ったまま、小さく、だが強く呟いた。

 

「待っていてください。私、必ずあなたに追いついてみせますから……!」

 

 世界はまだ知らない。

 一人の男が人類の新たな扉を開き、一人の少女が運命的な決意を固めたことを。

 男――蓮司は、その『偉業』をいつも通り、淡々とブログで公表した。

 

『三層への扉を開いてきたけど質問ある?』

 

 と。

 

 ◇◆◇◆

 

 そして、その更新を誰よりも早く見つけ、誰よりも愚かな反応を示した男がいた。『世界の英雄』城戸ハヤテである。

 彼は自身のツイXで、いつものように嘲笑を込めて呟いた。

 

『変わらず芸がないよね、”子供”は派手なことを言えば自分を見て貰えると思っている』

 

 同意のレスが続く中、そしてハヤテは宣言する。

 

『やれやれ。哀れな子供の夢を、またこの俺が終わらせてやるしかないか。俺たちスペシャルチーム、そろそろ二層攻略に動きます』

 

 世間は歓喜の声を上げたのだった。

 

 

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