「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
その日、世界中の注目が再び『シブヤ』に集まっていた。
S級探索者ハヤテ率いる日本スペシャルチームが、ついに前人未踏の地下二層へと足を踏み入れる。その様子は、各国の配信サイトで同時中継され、歴史的瞬間を一目見ようと数百万人がモニタの前に釘付けになっていた。
そして、その中の一人が西岡蓮司だった。
もっとも彼の場合、歴史的瞬間などには興味がない。推しとして、クロエの活躍を見るために居間の大型テレビ前に居るのだ。
「兄貴起きて、もうお昼だから! 始まっちゃってるよ!」
「む、むむ……。なんだ七海……。今ちょうど、シブヤ二層の実マップデータと、ゲーム内未実装エリア『Area_SBY2』の整合性チェックが終わったところなんだが……」
いや、ソファで寝ていただけなので、完全に寝ぼけている蓮司である。
昨晩から徹夜で『ダンジョン&マジック』のデータ検証を行っていた彼なので、夢の中ではまた作業中だったのだろう。
「もうっ! クロエちゃんを応援するんでしょ!」
「はっ! そうだった!」
蓮司はガバと起きた。
――――。
「よし皆、隣の者の顔を見ろ。それは日本最高峰の才能を持つ者だ。そしてそれは皆自身も同じ。『ホンモノ』が今、ここに集結した。一層の死闘を乗り越えた我々は、もはやただの探索者ではない、歴史を創る『勇者』だ! そしてその先頭に立つのが誰か……」
ハヤテにより開幕の激励。
ネットも興奮の坩堝となっている。
”ハヤテ! ハヤテ! ハヤテ!”
”ハヤテ・ザ・ゴールドナイト!”
”偉業を成し遂げてくれー!”
「安心して欲しい! 俺を信じ、俺についてくれば、必ずや栄光を掴める! さあ行こう、俺たちの力であの哀れなブログ野郎の妄想に『真実』を叩きつけるんだ!」
”うおおおおおおーっ”
大歓声のコメントと共に、激励が終わった。
その間に蓮司にお茶を入れていた七海が、ごはん替わりの苺大福をいくつか差し出す。お茶と苺大福の組み合わせは蓮司が好むものだった。
「一層からやり直すんだったか? 彼らではまた苦戦してしまう気もするが」
「大丈夫じゃないかな。一層はこの間の探索で各種センサーを設置済みだろうから、強敵は避けて通ることができると思う」
何回も掛けて探索をする場合、ダンジョンの中に等間隔のセンサー類をこっそり設置していくことがセオリーとなっている。
ボスや中ボス的な存在はだいたい復活しないので、リポップする強めの魔物をセンサーを見つつ避けていけば、比較的楽に前回の到達地点まで移動できる、という塩梅だ。
「そういうものなのか」
蓮司は頷いた。
ダンジョン&マジックではそこまで時間を掛けて攻略するダンジョンが実装されていないから、知らぬ知識だった。なるほど賢いな、と頷くと同時に「自分には必要なさそうだ」とも考える。何故なら今のところ、道中で苦戦をしたことがない彼である。
「今回クロエちゃんは先遣チームのリーダーだって話だよ。『目』のチカラを期待されてるみたい」
「ああ。あの、魔力の流れを見れる、という例の『目』か」
はて、と蓮司は首を捻った。
「だがあの『目』のチカラは、とても消耗が激しいと聞いた覚えがあるぞ。偵察隊としての活用は、あまり向いてないのではないか?」
「そうなの? 私はそこまで詳しく知らないから……」
一見、理に適ってそうでありながら、その実は適材適所と言えない気がする。誰が役回りを決めたのだろうか。『魔力を見れる『目』を持つから、偵察隊として使う』、考えはわかるが、少々安易に決めすぎてるのではないかと不安を感じる蓮司だ。
「あ、でも兄貴、そこはちゃんとサポート役が居るから大丈夫って言ってた気がする。同じように『目』のチカラを持つ人が居るんだって」
「ほう。あのチカラを持つ人間が、二人も居たのか」
代わる代わる担当すれば、平気なレベルの負担なのだろうか。
わからないが、事実クロエちゃんがその役に付いているのだから、納得済みには違いない。――まあ成算はあるのか。
蓮司にはそれ以上のことはわからない。
彼女が身を切る思いで、この負担の大きい役割を受けているなど、想像もできなかったのである。
◇◆◇◆
二層に着いた。
ここからが本番だ、とクロエは喉をゴクリと鳴らす。
この先、先遣チームとして先々の脅威を見つける仕事が始まる。二層攻略の成否は、自分たちに掛かっていると言ってもいい。嫌が応にも緊張してきた。
「大丈夫? クロエちゃん」
「……平気です初子さん、じゃあ、先に進みましょう」
クロエがハヤテに挨拶をする。
「先遣チーム、クロエ以下六名。今から先行します」
「ああ、存分に羽ばたいてくるといい。この俺の審美眼に選ばれた原石にして至高の輝き、それがキミだ、クロエちゃん。 その輝きで、俺の選択が常に至高であることを世界に証明して欲しい」
「はい、行ってきます」
クロエ、初子、そしてシンシア。
残りの三人は、なにかあったときに前衛職を担当する盾役二人とカメラマンだ。
六人構成のチームが先に二層を進む。
本体から離れると、ほどなくシンシアがクロエの横について。
(イヤになっちゃうね、ハヤテ。私たちが『目』を使う負担も知らないのに、気楽に言ってくれちゃって)
と小さく囁いた。
クロエは目をパチクリ。驚きの表情でシンシアの顔を見る。
「言ったでしょ。私はクロエと仲良くなりたかったんだ、って」
クスっと笑ってまた小声。
(ハヤテは、そのために利用しただけなの、ふふ)
長身なのに、その笑顔は小悪魔的だ。
クロエが思わずプッと笑ってしまったのは、彼女もハヤテに良い気持ちを持っていなかったからだ。胸の中が少しスッとした気がして、クロエはシンシアに微笑んだ。
「悪い人なんですね、シンシアさんは」
「シンシア、でいいんだよ。私もクロエって呼んでるんだから」
「わかりましたシンシア。……じゃあ早速ですが仕事ですよー☆」
口調を変えて、周りにも聞こえる声で。
「予定通りシンシアは、浅くてよいので広域に対して『目』を使っていく感じ☆ 強力そうな魔力反応を見つけたなら、私に報告報告ぅ☆」
「了解! チカラが弱い私が広域サーチ、その後にクロエが本格的な観測。予定の行動を開始します」
――――。
「良かった。クロエちゃんのチームもカメラで追ってくれてる」
「そりゃそうだよ兄貴、クロエちゃんはチームの中でも人気者だもの。なにせ『ザ・レインボーシャイン』だよ?」
「なにそれ」
居間。蓮司が七海の顔を見る。
「一層攻略で虹色の輝きに包まれてたじゃん。あれでクロエちゃんは世界的にも有名人になったの。『ザ・レインボーシャイン』は、海外での彼女の異名なんだって。最近日本でも流行ってきてるみたい」
「なんか、格好いいな」
「二つ名が付くと、さすがS級って感じだよね。ハヤテにも『ゴールドナイト』っていう呼び名があるしさ」
なるほど、二つ名、異名か。
強い者にはそれぞれ特徴があるものだ。その象徴を、他者が敬意を込めて名に冠するのは自然とも言える行為。歴史上でもよくあることだ。たとえば『越後の龍』と『甲斐の虎』だな。上杉謙信と武田信玄、両者の圧倒的な武威と、決して相容れない好敵手という関係性までが、その二つ名に凝縮されている。まさに情報の最適化だ。
「推しならちゃんと把握しておいてよね。義務教育の範疇だよ」
「世界がクロエちゃんに称号を与えた……これは凄いことだな」
呟く蓮司の顔は誇らしげだった。
推しが認められていく過程は快楽だ。まるで自分が認められたような気持ちになって、彼は苺大福を頬張った。美味い、格別だ。何個でも食べられてしまう。
「あ、それ私のだよ!」
「おお済まない、つい夢中で」
もぉー、と頬を膨らませる七海だか、蓮司は悪びれた様子もなく声をあげた。
「見ろ七海、クロエちゃんが動くみたいだぞ」
――――。
「北西ルートに大きめの魔力感知したわ。クロエ、詳細を『見て』ちょうだい」
「わっかりましたぁ! シンシアから引き継ぎますね☆」
シンシアに代わり、クロエが『目』を凝らした。
視界がみるみる内に変化していく。そこは、世界が魔力の輝きだけで構成させた世界。
このチカラの使い方は、先日蓮司とニアミスしたときに覚えた。
蓮司とアグレージの激しい戦いによる魔力の輝きが、彼女をこの技に目覚めさせたのだ。『目』を使うことで今のクロエは、物質の裏にある物でも『透し見』することができる。
「……うーん、確かに大物☆ たぶんあれは、ポイズンジャイアント」
「さすがクロエね、そんな具体的にわかっちゃうなんて」
シンシアは感心した。
同じ目を持つ者として、クロエの練度には驚かざるを得ない。
「じゃあ、そのルートは避けて別の道を――」
「いえ。ポイズンジャイアントを倒すルートを本隊に提示しましょう☆」
「え、なんで?」
「対になるルートには『
クロエが言い切ると、横から初子が訊ねた。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「あのルートはトラップです、いま『目』で確かめてみてますが、広間全体に怪しい『魔力』が感じられます」
「そ、そう……。クロエちゃんが言うなら、信じるわ」
初子が息を飲む。
クロエの能力は、彼女が想像していた枠を超えて成長していた。まさか、トラップの内容まで言い切るなんて、と。
しかし、トラップの特定に関しては、実は理由が他にあった。
シンシアがクロエにこっそり耳打ちする。
「あのブログね? 『R』の」
そう、蓮司のシブヤ攻略日記だ。そこに、トラップのことが記載されている。クロエはその情報を元に『目』でトラップの有無を確認したが、具体的なトラップ内容は蓮司の受け売りだった。それで問題ないと思った。彼女は『R』のことを信じていたから。
「シンシアも、ホントにちゃんと読んでるんだね」
「当たり前じゃない」
二人は目を合わせると、クスクス笑いあった。
クロエは初めての同志が本物だったことに胸を熱くした。
「なに笑ってるの二人とも?」
「なんでもありませんよ、初子さん☆」
そういって、またシンシアと目を合わせる。
大きな声では言えない。ネットの人たちはまだ『R』さんのことを信じていないから。下手に私が肯定するようなことを言えば、火に油を注ぐだけ。迷惑を掛けてしまう。だけど、いつかきっと。
「本隊に連絡お願いしますよー☆ ルートは北西。ポイズンジャイアントに突撃ですっ☆」
――――。
「やるねクロエちゃん。トラップルームを見破るなんて」
蓮司がお茶を啜りながら感心する。
「そうなんだよ。あそこには大規模な『
「へー。そうなんだ、兄貴も引っ掛かったの?」
「引っ掛かった。というか引っ掛からないと、ゲーム内のトラップIDが特定できないからな。『ダンジョン&マジック』の解析データだと、マップ座標(X,Y,Z)に『Trap_Event』があることは分かっても、その中身が『毒』なのか『爆発』なのかはマスクデータになっていて読み取れないんだ」
「え。じゃああの攻略日記に書いてあるトラップの内容って、全部わざと踏んで確かめたデータ……?」
「そうだが」
しれっと応える蓮司。
「仕様が確定しないと、俺の作った『完全攻略データベース』に空欄ができてしまう。プログラマとして、NULL(空値)を放置するのは気持ち悪いんだ」
蓮司の超然とした態度に「そこまでするか」と呆れる七海だ。
「まあ、その検証ログをブログ形式で公開してるだけなんだが」
「……でも兄貴が無茶して得た情報が、もしかしたらクロエちゃんの役に立ったかもしれないしね。悪いことじゃないか」
「クロエちゃんの? なぜ?」
「だってクロエちゃん、兄貴のブログも読んでるみたいだったから。ほら、前のときもデモンが飛ぶのは羽根じゃなくてツノの能力だ、って。あれってたぶん、兄貴の記事から飛んで読んだんじゃないかな?」
しばし蓮司は固まって。
「ククク、クロエちゃんが! お、俺の攻略日記を読んでくれている!?」
カチカチになった声を出した。
「そう思うんだよねー」
「おおお!? なんという光栄! 喜びの極み!」
「あ、いや。確証はないけど。あくまで想像だよ?」
「ふふふ、遣り甲斐でてきたぞ妹よ! よーし、こうなったら『ダンジョン&マジック』の全ソースコードを解析し尽くして、中にある全てのダンジョン攻略法を彼女に捧げてやる! それが俺の『推し活』であり、デバッグ作業だ!」
喜びに震える蓮司。
「想像だからね!? ね、聞いてる兄貴!?」
もちろん聞いていない。
彼は思考に埋没していた。
(そうだな、ブログを更新するなら、まずはアグレージが言っていた『異世界』の話と『勇者システム』に関しての情報を集めないと)
実は蓮司、アグレージが喋ったことや、その内容に関してはまだブログに記していなかった。なぜなら彼にとっても話が飛躍していたからだ。
それに、アグレージの言っていた『勇者』や『侵略』という単語が、ゲーム内に一切存在しないことも気になっていた。
(もしかしたら、これらは『DLC(ダウンロードコンテンツ)』や『続編』用の没データなのかもしれない。あるいは俺の解析権限(アドミン)でも閲覧できない、サーバー側の隠しパラメータか)
ちゃんと調べてから、ブログを更新しよう。
クロエちゃんに見られてるんだから、頑張って真実を見つけねば。
苺大福を頬張りながら、決意する蓮司だ。
「だからそれ、私の!」
そして、今日も平和な家族風景なのだった。
――――。
「ポイズンジャイアント……。フッ、また『いつもの相手』か了解した」
ハヤテはそう応答し、続ける。
「クロエちゃん、君たちにはステージの露払い、
黄金の剣の柄に手をかけた彼が、味方を鼓舞し始める。
「諸君、聞いたか! この俺の采配通り、クロエちゃんが完璧な舞台を整えてくれた! これより我々は、
”本体キター!”
”ポイズンジャイアントwwチームハヤテなら余裕っしょw”
”雑魚狩りタイムだぜぇーっ!”
ついに戦いが始まる、とネット民も沸いた。
ハヤテたちがポイズンジャイアントに挑み始めた横をすり抜けて、クロエたちの先遣チームはまた先行する。
「ハヤテさんに言われた通り、本隊が戦っているあいだ
はい、と班の皆が返事する中、前を歩くクロエにシンシアが近づいていく。
そして小声で言った。
「ねえ、クロエ。『R』さんって、どんな人だと思う?」
ちょっと小悪魔的な表情でクスと笑い、
「あの人、絶対トラップをわざと踏んでるでしょ。じゃないと、全部のトラップを日記に網羅するなんてことできるわけない。普通じゃないわよね」
――と、首を傾げ「いったいなんの為に、そんな無茶を」と続けた。
問いを受けたクロエは少し考えたあと。
「きっとすごく真面目で、後から来る人のために道を切り拓こうとしてくれる……優しい人なんだと思います」
「ふーん。クロエの中の『R』さんは、そういう人かぁ」
「シンシアの中の『R』さんは?」
クロエが問い返す。
シンシアは躊躇なく応えた。
「……凄く強い人、かな。当たり前だけど。でも、ただ強いというだけでなく、それこそ勇者候補になるような」
「勇、者?」
「ううん、なんでもない。ねえ、クロエはどうして『R』さんをそこまで信じられるの? 私も信じてるけど、あなたほどの確信は持てない」
真剣な目を向けるシンシア。
クロエはしばらく黙っていたが、やがてさらに小さな声で答えた。
「……私、一度だけあの人の『後ろ姿』を見たことがあるんです」
「え?」
「シブヤの入口で。ジャージ姿で、木刀を持った人。でもすぐに消えちゃって……まるで、この世界から消えたみたいに」
シンシアは息を飲む。
「それって――」
「わかりません。でも、あのとき感じた『チカラ』は本物でした。レッサーデモンなんて比べものにならないくらいの」
クロエの目が、遠くを見る。
「だから私、追いかけてるんです。あの人に追いつきたくて」
「そっか」
シンシアはクロエの横顔を見て、小さく笑った。
「じゃあ、私も手伝うよ。その人を見つけるの」
「シンシア……?」
「だって、言ったでしょ。私はクロエと仲良くなりたいの。友達の手伝いをするなんて、よくある話じゃない」
ニッコリ笑った顔が、クロエの目には眩しかった。
こんなストレートに感情を向けられたことはない。初子さんとはまた違った、心地の良い感触。
「それにほら、チームメイトでもあるし。仲間だからね、私たち」
「……ありがと、シンシア」
二人が微笑み合ったそのとき。
「――っ!?」
クロエの顔色が変わった。シンシアも同時に『目』を凝らす。
「これ……嘘でしょ?」
北東から、魔力の塊が近づいてくる。それは、本隊が戦っているポイズンジャイアントと同じもの。ただし。
――クロエが声を震わせた。
「
クロエの言葉に、先遣チームの全員が身体を硬直させたのであった。