「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
「これを着るの?」
「そうだよクロエ、フルフェイスのガードヘルメットと安全スーツ。魔物が出なくなった廃棄済みのダンジョンといっても、ダンジョンだから。事故がないようにってね、遊びにくるのは一般人なわけだし」
モコモコしたスーツとヘルメットを装着した二人は、ひと昔前の宇宙飛行士のような恰好になった。今の二人に違いがあるとすれば、ヘルメットの装飾品である耳の形が猫であるかウサギであるか、あとはスーツの色の違いくらいのものだ。
クロエは猫耳ピンク、シンシアはウサギ耳イエローという出で立ちだった。
「動きにくいね、シンシア」
「遊びだからね。あんまりハジケた動きをされて、怪我されたら困る。そんなトコだと思うよ」
「なるほど、そういうことかぁ」
同じ女子着衣室内。
二人からほどほどの距離を置いた場所で、同じように頷く者がいた。
「そっか、そういうことなんだねお母さん」
「素人が急に身体を動かすのは怪我のモト。動きが鈍くなるくらいが丁度いいんだろうさ」
サエコからほぼ同じ説明をされた七海だった。
二人の姿は七海がクマ耳ブルースーツ、サエコがキツネ耳ブラックスーツ。その頃男子着衣室では、蓮司も同じように安全スーツを着ているところである。
クロエたちも含めた五人は、同じツアー回での参加になったのだ。
着衣室を出た一行は廃ダンジョンの入口前で合流した。
「なに兄貴、赤スーツのイヌ耳とか格好良すぎ。ちょっとズルくない?」
「配られたから着ただけなんだ、俺に文句を言うのは筋違いだろう七海」
「わはは。まるでなにかの主人公みたいな姿だな、蓮司」
「母さんまで。……我が家の女性陣は理不尽にすぎる」
ワイワイと騒ぐ蓮司たち。
彼らだけでなく、周囲の皆も同じように楽しげな嬌声を上げていた。
これからダンジョン探索ツアーズが始まる、皆それを期待してのバカ騒ぎだ。
「ねえねえ、クロエ。あそこの人たち楽しそうに喧嘩してるけど、家族での参加なのかな」
騒ぐ蓮司たちを見ていたシンシアが、小声で囁いた。
「ふふ、楽しそうに喧嘩って。シンシアったら、うまいこと言うね」
「だって話を聞いてると面白いんだもん。あのお兄さんは、きっと家でもあんな扱い。だけど、ちゃんと家族から信頼されてるのがわかる」
「仲の良いご家族なんでしょうね。クリスマスに家族でデズニなんて、とても素敵」
どこか羨ましそうな声で、クロエ。
母親とは今、微妙な距離感になってしまっている彼女だから、蓮司たちの楽しそうな姿が目に眩しい。
『クロエを女優にする』という母の夢を裏切ってしまった彼女は、家を出ることを父に薦められて、
そんな寂しそうな目をしているクロエに、シンシアは、コツンとフルフェイスのヘルメット同士をくっつけた。
「羨まない羨まない。ハタから見たら、きっと私たちだって羨ましがられてるんだよ?」
モフモフ宇宙服然とした安全スーツのまま、彼女に抱きついて笑い掛ける。
クロエは驚いた顔をして。
「そうなの?」
「そうに決まってるじゃない。だって、こんな美少女同士のカップルなんだもん、ここに来るまでも、ずっと周囲から注目を受けてたこと、クロエは気づいてなかったでしょ」
「……気づかなかった」
と、キョトンとした声で答えた。
「羨ましいことなんて、ホント人それぞれ。自分が持ってる幸せを大事にしないとね、クロエ」
「シンシアって、良いこと言うのね」
「うふふ。年の功、年の功」
「あ、二歳しか違わないのに偉そうにしてる! もー!」
「百と二歳ね、百と二歳」
どこまで本気かわからない声とフルフェイス内の表情で、彼女は笑うのだった。
「探索者の皆さんこんにちはー! 今日はダンジョン探索ツアーズにようこそ!」
声が響いた。
アトラクションの案内をする女性クルーが、マイクを片手に現れた。
どうやら開幕の時間だ。ざわついていた集団が、次第静かになっていく。
大多数が自分を見てきたタイミングで、女性クルーは元気よく演技を始めた。
「本日未明、デズニ廃ダンジョンよりSOSの緊急連絡がありました! 今日探索者の皆さんに集まって頂いたのは他でもありません、これからデズニ廃ダンジョンに赴いて、内部で救助を待っている研究員を、魔物の手から守って欲しいんですよ!」
若い女性クルーは劇団員かなにかなのだろうか、ノリノリだった。
彼女だけ、フルフェイスヘルメットもモコモコな安全スーツを着ていない。
「皆さんの横には今、支給された武器が置いてあります。近距離用武器のプラスティカルソードと、遠距離用魔法武器のホラグラフィスタッフです。お好きな方を手にしてください!」
廃ダンジョン前広場の端には、これらの武器が格納されたボックスエリアがあった。
女性クルーの指示に従い、各々好きな方を手にしていく。
「私は近距離ソードかな、クロエはやっぱり杖?」
「うん。現実のダンジョンでも杖使いだしね」
「たまには剣を使ってみたら良いのに」
「ダメダメ、私なんか。私は魔法が良いんだ」
「クロエならきっと剣も、華麗に使いこなすと思うんだけどなー」
プラスチック製の柔らかい剣と、同じくプラスチック製の杖。
それぞれを手にしながら、二人は女性クルーのもとに戻る。すると、彼女はわざとらしい悲鳴を上げた。
「きゃああぁぁーっ! 魔物だ、魔物が出てきた! 廃ダンジョンから魔物が出てきちゃいましたよ! まずは魔法使いの皆さん、杖で応戦してー!」
ホログラムの大型オークに、クロエたち魔法使いが杖を向けると、杖の先から光弾が発射されて、大型オークに当たった。そのまま大型オークは倒れた。
「お見事です皆さん! あ、でも次はスケルトンの群れが! 剣士の皆さん、前に出て迎撃を!」
プラスチックの剣を選んだ剣士たちが、ノソノソと前に出ていく。ちょっと動きにくそうにも見えるのは、安全スーツのせいだ。やはりこれは、無茶な動きをさせないための、保険でもあった。
剣士たちがそれぞれ、ホログラムのスケルトンに向かって剣を振り下ろすと、カランカラン、と音を立ててスケルトンが崩れ落ちる。
「お見事です、さすが探索者の皆さん! この調子で、廃ダンジョンに入って行きますよー。ダンジョン探索ツアーズ、開始です!」
ひと際元気な声で、女性クルーがガッツポーズを作った。
そして彼女を先頭に、一行は廃ダンジョンの中へと潜っていくのだった。
◇◆◇◆
廃ダンジョンの中はリアルだった。……というと語弊がある。リアルなのは当たり前なのだ、確かにここはかつての活性ダンジョンだったのだから。
魔物が普通に出て、普通に探索者が潜っていた場所。
だが今は、ボスを倒されて長い時間が立った為と、日本ダンジョン協会が当時新しい技術として開発した『ダンジョン不活性装置』のお陰で、新しく魔物が発生しない安全な場所となっている。
このアトラクションは、ダンジョンから供給される魔力を利用してホログラムの魔物を作りだし、安全なプラスチック製武器でそれと戦ってもらう、というものだった。
「あはは! クロエうまいうまい、百発百中!」
「シンシアだって、一撃必殺のクリティカル判定が出まくりじゃないですか」
「そりゃあね、本業だから」
二人はツアー客の中でも目立っていた。
といっても変装と安全スーツやフルフェイスヘルメットのお陰で、『あの』クロエとシンシアとは、微塵も気づかれていない。
「おー、今回はエース級の探索者さんが居ますねぇ。お二人、強い!」
女性クルーに褒められて、なんかテレてしまうクロエだ。
「え、そんなこと……ないですから」
目立ちすぎてたことに気がついて、恥ずかしさに思わず手が止まる。
そこに巨大オークが迫ってきた。
「おーっと、巨大オークが接近してきたぞ~! どうなる!?」
女性クルーが、明るい声で実況を入れる。
クロエは少し恥ずかしくなり、杖を下ろしかけた。 その一瞬の隙を突くように、ホログラムの巨大オークが棍棒を振り上げる。
もちろん当たってもダメージはない。 ただの光の演出だ。
――そう、そこにはなんの痛みもない。それでも。
クロエの身体は強張った。
脳裏にフラッシュバックするのは、幼い頃に遭遇したスタンピードの記憶。 目の前で振り下ろされる暴力の予感に、足がすくんだ。
(あ……)
動けない。
ホログラムの棍棒が近づいてくる。あの時は、そこから反射的に身体が勝手に動いたけど。あれれ、今回は。クロエは思わず目を瞑った。
――ドォォォンッ!
爆音と共に、巨大オークの身体が「く」の字に折れた。
光の粒子となって砕け散るホログラム。
なにが起こったのか、と目を開けたクロエの目の前に、赤い犬耳スーツを着た男が立っていた。振り抜いたプラスチックの剣が、まだ残心を残している。
「大丈夫か?」
蓮司だった。
フルフェイスヘルメットの奥から、籠もった声が響く。
「は、はい……!」
「油断は身を危険に晒す。ゲームであればこそ、敬意を以て、真剣にやる方がいい」
淡々とした口調。
まるで学校の先生に怒られたような気分になり、クロエは反射的に縮こまった。
「す、すみません!」
「……いや、ひと言多かったかもしれない。ここは遊び場だったな」
蓮司は少しバツが悪そうにヘルメットを掻くと、クロエに向けて手を差し伸べた。
モフモフとした安全スーツの手が差し伸べられた。
「立てるか?」
「ありがとう……ございます」
その手を取って立ち上がる。
一瞬、電気が走ったような感覚があった。手袋越し温かさに、なぜか涙が出そうになった。自分でも説明できない気持ちが湧き上がり、クロエは狼狽える。
(あれ? あれ……?)
「ん、どこか怪我でもしたか?」
「い、いえ大丈夫、です」
「そうか。ならよかった」
クロエが何かを問いかけようとした、その時。
「兄貴ー、かっこいー!」
後ろから青いクマ耳スーツの女の子――七海が飛びついてきた。
「こら、スーツで抱きつくな。重いじゃないか」
「どこに行ってたんだか探してたんだよ? 兄貴の姿が急に見えなくなったから」
人混みの中でのフェイズシフトウォッチの機能検査をしていた蓮司である。
七海の言葉を聞いて、どうやらこのテストは成功だったようだ、と彼は満足げに頷く。
(ふむ……人がたくさん居るところでの動作確認は、上々か)
「そしたら急に現れて人助け、これには驚き! さすがだね!」
「大したことじゃない。ほら行くぞ、置いていかれる」
蓮司はクロエに軽く手を振ると、七海を引きずられるようにして列の先頭へと戻っていった。
「クロエ、大丈夫?」
駆け寄ってきたシンシアが、心配そうに顔を覗き込む。
「いまの人、なかなかの動きだったね。なんか急に現れて、ビックリした。どこから出てきたんだって感じだったけど」
「私、目を瞑っちゃってて。でも、なんか凄そうなオーラは感じたよ」
「魔力の感じからすると、普通っぽいのにねー。凄い人っているもんだ」
「うん」
クロエは去っていく蓮司の後ろ姿を見ながら頷いた。
「はいはい、こっち見る。ねえクロエ、わたしたちも負けてられないよ? 絶対二人でハイスコアワンツーフィニッシュするんだから。恥ずかしがってないで、真面目にやってよね!」
「シンシアって、けっこうムキになるタイプ?」
クロエは笑ったのだった。
――――。
そうこうしながら、ワイワイキャッキャ。
ツアーの一行は騒ぎながらダンジョンを進んでいく。
「いやー、楽しいね! まるで本物の探索者になったみたい!」
客の一人が興奮気味に叫び、プラスチックの剣を大振りする。 ホログラムのゴブリンが光の粒子となって消えていく。
誰もが笑顔だった。 安全な冒険を楽しんでいた。
――その時までは。
バチッ、と。
どこかでなにかがショートする音が響いた。
同時に、女性クルーの明るい声が途切れる。
「え……? あれ、コンソールが効かない」
カチカチ、カチカチ。
操作不能になったコントロールパネルを、手元で必死に弄る彼女。
「きゃあ!」
と悲鳴が響いた。
安全なはずのホログラムゴブリンに殴られて、倒れた客がいるのだ。
「なんで……? そんなことになるはず、ないのに」
女性クルーが狼狽えていると、そこかしこで悲鳴が上がった。
ホログラムの魔物たちの攻撃が、人にダメージを与えている。
「いたっ! 痛いよこれ!」
「ちょっ、急に強くなっちゃった!」
突然、ダンジョンの証明が赤く明滅を始めた。
『緊急警報、緊急警報! システムに異常あり。廃ダンジョンからの抽出魔力に異常を検知しました』
緊張感のある声での放送が流れ始める。
『クルーは速やかに、お客さまを安全なところまで誘導を』
放送の間にも、ホログラムの魔物はツアー客を叩いていた。
シンシアが眉間にしわを寄せる。
「クロエ、これって……」
「そうね。ツアーのアトラクションイベントじゃあ、なさそう」
「うん。本当の、アクシデント」
そのとき声が上がった。
「蓮司、ツアー客を守りな!」
後方にいたサエコが、前に出てきた。
蓮司が答える。
「了解だ、母さん」
言うが早いか、ホログラムの魔物を一撃で屠り出した。彼がプラスチックの剣を振るうと、どのホログラムも、すごい勢いで吹っ飛んでいき、壁や天井に当たって光の粒へと回帰していく。
「すご」
とシンシアが目を丸くした。
「あの犬耳赤スーツ、マジですごくない?」
「……うん」
クロエも目を丸くしている。
そのあいだにサエコは女性クルーからマイクを借り受け、
「七海、おまえは倒れている人に肩を貸して後方へと誘導しろ! そのまま、私らから付かず離れずで、安全な位置をキープ!」
「はいお母さん!」
七海も走った。
サエコは続ける。
「誰か、他に経験者は居ないか!? 来るぞ、前方! 大量のホログラムモンスターたちだ!」
見ればそこには、魔物の大軍勢が近づいてきていた。
ホログラムだが、今はどうやら廃ダンジョンの魔力の暴走により物理的な打撃力を得ている。あの数、一般人にとっては危険だ。
「シンシア……!」
「わかってる、クロエ」
二人はサエコの前に出た。
猫ミミピンクとウサギ耳イエローは、サエコの激に答えたのだ。
「私たちは本職の探索者です」
「任せて司令官、あのくらい簡単に処理しちゃうから」
「助かるピンク、イエロー」
サエコは頷いて。
「これより、ホログラム掃討作戦を開始する!」
蓮司たちとクロエたちによる、共闘が始まろうとしていた。