「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
秋空の広がる気持ちの良い午後。
部屋を飛び出した蓮司は、ジャージに木刀を手にした姿で『ウエノ08』へとやってきていたのだった。
上野は地方からの電車が多く止まるターミナル駅がある土地で、かつては『地方から都内への入口』として栄えていた。動物園があり、大きな公園がある。
かつて、と言ったのは今は東京に、より多くの電車が止まるようになったからだ。東京駅にその役目を譲って、落ち着いた土地となっていた。
代わりに、と言ってはなんだが『都内への入口』であった上野は今、『ダンジョンの入口』と呼ばれている。
大から小まで、『ダンジョン』が狭い範囲に乱立していたからだ。
中でも上野公園に隣接した場所に発現したダンジョン『ウエノ08』は、浅層が初級者でも安全に潜れる入門ダンジョンとして有名だった。ご丁寧に中層は中級者向けの難度で、深層ともなると日本でも屈指の高難度であるS級難度。
賑やかし勢からプロ勢まで。
幅広い探索者が潜る、ダンジョンの代名詞的な存在。それが『ウエノ08』だ。
隆起した巨大な洞穴とも思える入口の周囲には、警備員とその施設。
そのまた周囲にはダンジョン探索に必要な物資や武器、魔法具などを売る店が建っている。広場になっている入口前には人が蓮司のように『武器』を持った人々がワイワイと集まっており、まるで祭り会場のように出店までが立っている。
よく見れば恰好も様々で、最新の科学繊維で出来た衝撃軽減服に身を包む者も居れば、中世然とした鎧を身に纏う者もいる。武器と言うのも剣であったり鈍器であったり、はたまた銃であったりと、多様だ。
様々な恰好の中でも、蓮司の『よれよれジャージ』はちょっと浮いているらしい。さっきからチラチラと彼の方を見て困惑したり、嘲笑する者が、後を絶たない。
『なんだあの恰好?』
『あれでダンジョンに行く気か?』
ぼそぼそと笑われている彼は、だがお好み焼きのソースの匂いを嗅ぎながら「そういえばザ・シーフードを食べることも忘れて飛び出してきたな」と彼らの視線を意にも留めていないのだった。
入口はチェック制だ。
ダンジョンに入るには免許が必要で、係員に提示を求められる。
もちろん蓮司はそんなものを持っていないので、咎められてしまった。係員は大げさに溜め息をつくと、わざと周囲にいる他の探索者たちに聞こえるように言った。
「困りましたねぇ、お客様。ダンジョンに入るには、国家試験に合格して発行される免許証が必要なんですよ? まさかご存じなかったとか?」
その言葉に、周りからクスクスと笑い声が漏れる。
「それに、その格好は……。えーっと、何かこう、テーマ性のあるコスプレか何かですかね? ここの浅層は初心者向けとは言っても、皆さん命がけで挑まれてるんですが……ジャージなんかで来られると、ちょっと真面目にやってる方々に失礼というか……」
係員は困ったフリをしながら、チラチラと周囲の反応を伺っている。彼の意図通り、嘲笑の輪はさらに広がっていく。
『ニートが社会見学かよ』
『やめてやれよ、現実とゲームの区別がついてないんだろ』
係員は満足げに口の端を歪めると、蓮司にだけ聞こえる声で囁いた。
「ってわけだ。場違いなんだよ、君。わかるだろ? 怪我する前に、お家に帰りな」
許可されずウエノ08に入れなかった蓮司は、少し離れた場から入口の様子を眺めることにした。
実はクロエの緊急配信で救助隊が組織されたりで、普段より少し慌ただしいウエノ08周辺なのだが、そんな事情を彼が知る由もない。
眺める。その場を動かずになにかを観察するように入口付近を見ている蓮司。
10分ほど経っただろうか。不意に彼は呟いた。
「解析完了」
そういって歩き出す。
再び入口へ向かい、免許チェックの係員が前にいる人の免許を確認した瞬間。
(彼は必ず3秒、免許に目を落とす。その間に『ポジションA=彼の死角』となる、あの人垣の後ろにつく)
『はい確認。気を付けてねー』
(笑顔を入場者に向け、次の入場希望者が居るか周囲を確認する。このときが一番の
次の希望者がすぐに居ないことを確認したのち、係員は後ろを向いた。その瞬間に蓮司は素早く動く。
(このとき、きっかり5秒。彼は自身の装備チェックをしなおす。その隙に……!)
まるでそこに存在しないかのように、彼の身体は風景に溶け込んだ。
あれほど周囲に揶揄されてきたジャージ姿なのに、不思議と目立たない。
警備員の意識の死角、監視カメラのフレームの継ぎ目、空気の流れの淀み。全てを解析し、最適化された動きは、さながら完璧なソースコードを実行するかのような美しさを伴っていた。
(よし)
蓮司の口元に微かな笑みが浮かぶ。
それは悪意でも打算でもない。難問を解いた子供が見せる、純粋な歓喜の笑み。
――するり、と。
彼は入口チェックをすり抜けて、ウエノ08の中へと入り込んだのだった。
◇◆◇◆
ウエノ08ダンジョン。
石畳と石壁に囲まれた大きな通路が、蓮司の前に広がっていた。
天井は、高い。
なにやら光る苔のようなものが生えており、意外にもダンジョンの中は明るかった。
「なるほど。リアルに『ダンジョン&マジック』の中に入ったら、こんな感じなのだろうか。ざらざらした石が冷たいな」
入ってみると、そこは外の喧騒からいきなり離れていく。
石壁だけでなく、湿気た空気が喉にも冷たい。蓮司は、異なる世界へと一気に誘われたような気持ちになった。自分の足音と息遣いだけが、耳に届く。
少し進むと、二人組の冒険者たちがスライムと戦っていた。
粘体に向けて、刀を振るっている男と後ろに控える女。
「グリーンスライムか……」
それは『ダンジョン&マジック』でも最初期のダンジョンに出てくる下級の魔物だ。なるほど確かにこのダンジョンの浅層は初心者向けらしい。
(苦戦しているようだな)
刀はスライムに対しての相性が悪い。その上、持ち主は刀にまだ慣れてもいないらしい。蓮司はそう判断し、二人に近づいていった。
「手伝おうか?」
「た、頼む! なんかこいつ当たらない上に、斬ってもノーダメージで!」
蓮司は頷くと、男の横に躍り出た。
円を描くようにポヨンポヨンと跳ねるグリーンスライム。敵を正面に捉え続けるため、二人は少しずつ移動しながら武器を構えた。
蓮司はスライムに木刀を向けながら男に語った。
「こいつは捕食対象の周囲を円の動きで跳ね回りながら、規定リズムごとに飛び掛かってくるアルゴリズムを基本とする」
「そ、そうなんですね!?」
「なので、一番良いのはその規定リズムをグリーンスライムが踏む前に、先手で倒してしまうことだ。――たとえば、こういう風に」
木刀を両手持ちした蓮司が踏み込む。
体重移動、木刀への荷重の載せ方。スライムの表面張力が最も薄くなる瞬間の一点に、木刀の切っ先を最小限の力で滑り込ませる。
(ここだな、
まるで剣の達人のような見事さで、彼はグリーンスライムを叩いた。途端、パァン、と音を上げて弾ける粘体。一撃だ。どんなに強固なプロテクトも、セキュリティホールを突けば崩壊する。魔物も同じだ。
「い、一撃!?」
男は目を丸くしたが、蓮司は涼しい顔だ。
蓮司は引きこもりだが、今でも部屋でその身体を鍛えている。
全てのことは身体が資本だ、と幼い頃に両親から叩き込まれていた。
「おおっと、追加か」
ポトポトと、今度は複数のグリーンスライムが一度に落ちてきた。
ポヨンポヨン、ポヨンポヨン。リズミカルに彼の周囲で跳ねるスライムたち。
「グループ戦の場合、始めは8跳ね目」
蓮司が眼鏡をクイと上げたそのとき、一匹のグリーンスライムが彼に飛び掛かっていった。余裕の動きでそれに木刀を振るう。
――パシャアン! と小気味よい
「続いて、5跳ね目毎」
パシャアン! パシャアン! 飛び掛かってくるスライムを、完全に予測していた動きで叩き落とす蓮司。弾けたスライムは粘液として飛び散り、そこ後全て光の塵となって消えていった。
「す、……すごい」
今度は後ろに控えていた女が呟くように声を漏らした。
蓮司の動きには淀みがない。ここにいる男女が驚くのは無理からぬことだった。ジャージに木刀、という初心者も初心者という恰好をした男が、理解不能な技量をいきなり披露しているのである。
「とまあ、こんな感じか」
「すげえ、あんた中級層以上に向かう上級者さんだったんだな! 身なりで俺たちと同じ初心者だと思ってたよ!」
「いや、初心者だ」
「またまた、なに言ってるんだ。そんな動ける初心者がいるか、っつーの」
「初ダンジョンだ」
「冗談キツいぜ、まったくぅ」
背中を叩かれながら蓮司は咳込んだ。ゴホゴホ、なんだ俺は今、もしかして理不尽な扱いを受けているんじゃないのか? 眉をひそめる。
「木刀と馬鹿にしてたけど、悪くないんだな。俺も、もっと自分にあった武器を見直してくるよ」
二人は蓮司に礼を言い、入口の方へと向かって去っていったのだった。
「うむ。確かにこの木刀、振り心地も良いし悪くない武器だ」
一人残った蓮司は、その場で素振りをした。体重の乗った、見事な太刀筋。
蓮司は何故ここまで動けるのか。
身体を鍛えているから体力はある、それは解る。だが、身体の動かし方は反復練習などによる鍛錬がなければ、ここまで華麗に動かせることに説明が付かない。
ではなぜか。
簡単な話だ、彼は鍛錬を積んでいる。『ダンジョン&マジック』内の自キャラの
蓮司はプログラマだ。それも、極めて質が高いプログラマだ。
その彼の性質が、この業を為さしめる。目で見て覚えた動作イメージの通りに、身体を動かすこと。蓮司にとってそれは、プログラムの実行と変わらない。そこに緊張などない。感情もない。ただ美しさに沿って、効率的に身体を操作する。
――目錬。
目で見て鍛錬を積む。それが自然に蓮司の身体を動かしていくのだった。
「おおむね解析通り、か」
彼が『おおむね』と言ったのは、弾けたスライムから甘酸っぱい匂いが立ち上がったことが予想外だったからだ。もっと生臭さを想像していた蓮司は、少し驚いていた。
「ゲーム体験だけではわからないことが、やはりあるものだ」
彼は満足そうに頷いた。
データにない要素。それでいい、この「予想外」は心地好い。同じ予想外としても、かつて会社で押し付けられた業務外の駅前ビラ配りとは違う。
ここには美しい法則があり、その上で生まれる誤差はエラーでなく発見なのだった。
『ダンジョン&マジック』。
蓮司にとって、あのゲームはただの娯楽ではなかった。
かつて理不尽な社会に絶望した彼を救ってくれたのは、このゲームを構成するプログラムの「美しさ」だった。無駄がなく、完璧に計算された芸術品。それを解析する喜びが、彼の心を支える一つだったのだ。
そして今、その解析の最後のピース――ブラックボックスの謎を解くカギが、このリアルダンジョン『ウエノ08』にある。
蓮司は、三年間焦がれ続けた真実を確かめるため、ダンジョンの奥へと足を進めた。
浅層ではちょこちょこ見掛けた他の探索者も中層では減り、深層になる頃にはほとんど人の気配を感じなくなってきた。
当然だ。ここは先刻の配信で、A級探索者クロエのパーティーが逃げ惑っていたエリアである。普通の人間ではここまで到達することもできない。
――が、蓮司は普通ではなかったので、世間では強敵と恐れられている巨大なポイズンジャイアント相手でも弱点の腹を狙い、一撃で屠りつつ奥に進む。
そして進むほどに彼の中で確信が深まっていく。このマップ構造は、やはり『ダンジョン&マジック』の中にあった未実装マップデータそのものだ。見覚えがありすぎる。
嫌が応にも、蓮司の中で期待が膨らんでいく。ワクワクする心が止まらない。俺は今、真実に近づいているのだ、と。
「……む。ここは」
地形に見覚えがあった。配信でクロエが逃げ込んだセーフティーエリアの近くだ。
こっそりとエリアに近づいて覗いてみると、まだクロエたちがそこには居た。
「助け、なかなか来ないですね、クロエちゃん」
「だ、大丈夫ですよ! 緊急配信でこちらの状況は伝えてあります。すぐにでもダンジョン協会が救助隊を派遣してくれるはずですから!」
「……こんな、S級ダンジョンの奥まで?」
助けが来るかどうか、クルーの一部が不安に感じているらしい。
そうか仕方ないよな、と蓮司は頷いた。S級の奥までこれるパーティーは限られている。普通の救出とは難度が違う。
(俺が助けてしまいたいところだけど……)
推しと顔を合わせる? いや、そんなことになったら俺は緊張しすぎて死んでしまうかもしれない。魔物を倒すよりも、それは危険なことに思えた。
「掃除だけ……しとくか」
彼女たちが自力でも帰れるように、危険を減らしてしまおう。
蓮司はそう考え、実行した。周囲の魔物を皆殺しにするまで、実に10分。強敵のポイズンジャイアントも20体は倒した。そしてセーフティーエリアの近くに戻ってくる。
そこではまだ、メンタルブレイクしたクルーが嘆いていた。
「このまま、ここで死ぬのかな私たち」
「いざとなったら、私が命がけで皆さんを助けますから!」
「でも……!」
励まそうとするクロエだが、悲観的になっているクルーの嘆きは止まらない。
「ここってA級のクロエちゃんでも厳しいエリアだよね!? 私たちC級じゃ足手まといにしかならなくて!」
蓮司は姿を見せぬまま、セーフティーエリアの外で大きな声を上げた。
「大丈夫だ! このエリアの掃除は済ませた!」
「え?」
クロエが声の方を見る。
そこには人影が――なかった。蓮司はこのとき、もうこの場にいない。
必要なことは告げた。あとは彼女たちがどうにかするだろう、と、奥へと進んでいったのだ。
セーフティーエリアの外を恐る恐る見たクロエが、呆然としながら呟く。
「……魔物が、いなくなってる」
こうして彼女たちは、今のうちに、とばかりに自力で脱出することができたのだった。
◇◆◇◆
そしてしばらくの時が経ち、場面は『ウエノ08』の最奥に移る。
そこには、身の丈四メートルはあろうかという大きな悪魔『グレーターデモン』が立っていた。ダンジョンを支配するボスだ。
ここまで蓮司は楽勝で戦闘をこなしてきた。
魔物の動き……つまり『アルゴリズム』は、全てゲームの解析で理解している。
だが、グレーターデモン。
それは、彼が解析したゲームデータの中に、名前とビジュアルしか存在していなかった魔物だ。
赤銅色の筋肉質な身体は均整がとれて美しく、頭部はヤギ、ツノはバッファローに似ている。
周囲に渦巻く魔力は、特別な感知器官を持たない蓮司でもわかるほど濃密。
ここまででは遭遇しなかった、レベルが一段上の強敵だろう。
未知なる敵と蓮司の交戦は、突然始まった。
デモンがいきなり距離を詰めて襲いかかってくる。流れるような鋭い攻撃。しかし蓮司は、それを冷静に見ながらいなす。
「ふむ、攻撃パターンは大きく分けて三つ。これをA、B、Cとしたとき……なるほど、三回繰り返すと四つ目、パターンDが追加される仕様か。ここはフレイムリザードのアルゴリズムに通じるものがあるな」
合間にデモンへと攻撃を加える。
軽い攻撃なのは、様子を見ているからだ。今のフェイズは彼にとって、あくまでデータの収集中にすぎない。
「この雷撃魔法、詠唱完了までのシーケンスは2.5秒。予備動作を見逃さなければ回避は余裕か」
蓮司は唇を舐めた。
わかる。グレーターデモンと戦えば戦うほど、ブラックボックスだった未解析域のデータが補間できる。やはりあのゲームは、リアルダンジョンと大きな関わっているのだ。
それならば、この敵の解析作業は難しくない。
触れれば肉が弾け飛びそうなグレーターデモンの攻撃を、蓮司は余裕でかわす。もう読み切った。奴の攻撃が自分に当たる可能性、0.01%。
「解析、完了」
――反撃のときだ。
蓮司は拳を振り下ろしたデモンの腕を踏み台にして宙を舞い、落下の勢いを利用して木刀の一撃を頭蓋に与える。粉砕された頭から血がしぶき、鉄のような匂いが立ち込める。三メートルの巨体が床に倒れた。途端、奴の身体の中から魔力が噴出し、光の爆発が起こる。
デモンが光の塵となって消えると、鐘の音が響いた。
ダンジョンボス討伐を示す鐘だ。それは耳に、頭に、直接響いてくる。ダンジョン内を超えて、上野の町中に響き渡った。
「なんだこのシステムサウンドは。音量設定はないのか」
思わずUIを探してキョロキョロしてしまう蓮司。
「む、そうかクリアファンファーレか。……まあ、バグでなくてなによりだ」
グレータデモンの身体が塵になって消えていく。
その場には虹色の石が落ちていた。複雑な結晶構造。魔石だろうか?
「初めて見るな。……データにも、なかった」
ブラックボックス部分に眠るアイテムなのだろうか。蓮司は拾い上げて、光に透かして見た。
「……美しい。まるで色を最適化したデータ構造のようだ」
蓮司の腹が、ぐぅ、と鳴る。
そういえば今日はまだ、なにも食べていない。カップメンを食べ損なったのが効いている。
「腹が減った。これを売れば来来軒でチャーハン大盛りと餃子くらい食えるか?」
もし『まともに売ることができれば』数億を下らないであろうレインボークリスタルを手にしながら、あくまで庶民的なことを夢想する蓮司なのであった。