「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
ハヤテの宣言から二週間。
一月の半ばにもなると、世間からも正月気分が抜けている。
代わりに日本国民の心に去来したものはなにか。
それは熱風だった。冬とは思えない大熱風。今日この冬晴れ抜けた空のもと、『ドームTOKYO』に向けて人が大行列を作っている。
東京は水道橋のドーム型会場に人々が集結しているのはその為だった。
前時代的なダフ屋が、列の隅でこっそり売るチケットはプラチナ級の値段。
それに手が出ない若者たちは、列の横に座り込みプラカードを掲げてチケットを求めるが、当然売る者などいない。
しかしそれでもいいのだ。
彼らは熱狂を一緒に楽しんでいる。
ハヤテが戦うという
”来るかな、本物の『R』?”
”来るわけねーだろwww”
楽しげな声が、さざなみのように興奮を運んでいる。
”でもさ、噂だとクロエちゃんがハヤテに挑戦するらしいぜ?”
”マジか!?”
”誰の挑戦でも受けるってハヤテが宣言したからな。他にも有名探索者たちが幾人も参加表明しているらしい”
”うおお、すげえ。それなら別に『R』が来なくても問題なく楽しめるな”
”『R』とか、そもそも居場所ねーよww”
さて、その頃。『R』こと、当の蓮司はなにをしていたのか。
彼はイベントスタッフとして既にドームの中に居た。
犬耳フルフェイスヘルメットを被り、宇宙服を思わせる赤い安全スーツ姿でなぜか会場設営をしている。
「おまえ、その恰好のまま作業するのはツラくないか?」
脱いでもいいんだぞ? と現場監督が促すも、蓮司は自らの手を胸の前で振った。問題ない、というゼスチャーだ。
「すぐ本番だ。俺はこのままで居た方がいいだろう」
「いや……本人がそういうなら構わんが、いや構う。わかった、おまえはもう控室に戻れ。作業はもう上がっていいぞ」
倒れられたら自分の責任になるわけで。
現場監督としては、それは困る。蓮司は姿勢よく斜め45度の角度で頭を下げると、控室に戻っていった。
その後ろ姿を眺めながら、現場監督は首を捻る。
「……てかあいつ、ラウンドマスコットだろう? なんでこんなところで会場設営の手伝いをしてたんだ」
蓮司は控室の中で腕を組んでいた。
「設営の手伝いをしてれば、賞品である『黄金の文字板』に近づくチャンスがあると思ったのだが、そんなこともなかったか」
ヘルメットの奥で、残念そうな顔をする蓮司だった。
彼は今、まさに『探索者』だ。文字板に彫られた異世界文字を、カメラに収める為にここにいる。
「そもそも現在、文字板はどこにあるのだろうか」
あまりにも自然なていで、控室にあったPC端末へとスマホを繋ぐ蓮司である。
会場のセキュリティプログラムをナチュラルにハッキングしてしまう。
「……これが今日の予定、か」
そこには本日の『流れ』が詳細に記されていた。
バイトとして蓮司が受け取っていた『今日の予定』を、さらに詳細に記したもの。試合として誰が乱入予定か、その試合が何分でどう終了なのか、具体的な展開まで記されていた。――台本、というものだ。
(一応、一般からの飛び入り枠も予定されており、そこには台本がないみたいではあるが……)
探索者同士の戦いは概ね『やらせ』のようだ。
最初からハヤテの勝利が決まっている。
そんなものなのだろう、と蓮司は達観したものだった。
強い怨恨から開催された
むしろ素人の飛び入り枠とはちゃんと戦う姿勢を見せているだけでも偉い、とすら思った。
「ふむ? よく見ればクロエちゃんとシンシア嬢のタッグもハヤテ氏とのエキシビジョンに参加するのか」
台本にはこう書かれていた『クロエ・シンシア組は善戦するも、最後はハヤテの必殺技を受けて敗退』。
「なるほど、彼女たちもプロとしてエンタメを理解しているわけだ。偉いな」
感心してしまった蓮司だ。
彼女たちが本気で戦えば、ハヤテ氏など問題にならない形で一蹴してしまうだろう。
それなのに、興行としての仕事を優先する姿勢。
きっとハヤテ氏のファンの気持ちも考えてのことなのだろう、クロエちゃんは優しい。
一人で納得しながら、蓮司はPCのキーボードを叩いた。
「それはさておき、文字板はどうなっているんだ?」
調べてみると、どうやら現在はシンシア嬢が保管しているらしい。
開幕式と表彰式にて、彼女がドーム中央の特設バトルエリアに持ち込むと、予定には記されていた。
「俺の役目は、試合の合間ごとにバトルエリアでラウンドプレートを持って歩くことだから……」
接近のチャンスはありそうだ。
そのときに、さりげなくこの小型カメラで文字板を撮影してしまえれば、なんの問題もない。
「おーい、赤犬バイトー。そろそろ開幕式が始まるぞー。集まれー」
廊下で蓮司を呼ぶ声がした。
「了解した」
呟くとスマホとPCを繋いだコードを外す。
(開幕式。最初のチャンスだ)
蓮司は控室を出ていったのだった。
◇◆◇◆
「私ヤだよ、シンシア!」
「そんなこと言わないでさ、クロエ。ね、お願い」
「イヤだってば、ハヤテさんと戦うだなんて。人と戦うなんてことに、自分の力を使いたくないよ」
クロエとシンシアが、控室で二人きり。
ちょっとした口論をしていた。
「勝敗も最初から決まってるんだからさ。あくまでエキシビジョンマッチなんだってば、これは」
「なおさらイヤだよ。皆が真面目に戦う中で、私たちだけ八百長だなんて」
本当は用意されている『探索者』対ハヤテの全試合が出来レースなのだが、クロエにはそれが知らされていない。
クロエは真面目だから、そういうのを嫌うだろうという、初子の配慮だった。
だがシンシアは、それをあえてバラしてクロエを誘っていた。
「ねえクロエ、考えてみて? 『R』さんてハヤテのことどう思ってるかな?」
「え? うーん。たぶん……興味ない、んじゃないかな」
「そう、興味がない。だから私はエサを用意したの、黄金の文字板ていうね」
諭すような声だ。シンシアは言う、『R』が興味を持つ材料は用意した、きっと彼は来ると。
「ただ、馬鹿正直に『ハヤテと戦う』とも思えない。黄金の文字板を盗みだすことを考えるかもしれないし、なんなら文字板の文字だけをカメラで撮ればいい、とか考えているかもしれない」
「……それは、そう」
「エキシビジョンに参加するなら、私たちは文字板の近くにずっと居られる。『R』が盗もうとしたり、カメラを使おうとすることは私たちの手で阻止できるの」
つまり、彼はハヤテと戦って勝つことで黄金の文字板を手に入れるしかなくなる。
「せっかく『R』を招く舞台を用意したんだもの。できれば強さも見てみたいと私は思ってる。その為には実力者と戦って貰わないといけない。クロエもそう思わない?」
その問いに、クロエは答えられなかった。
魔力のオーラをこの目で見れば『R』を特定できる自信はあるものの、彼の力をこの目で見てみたい、という欲求は彼女にも存在する。
だがそれはきっと、『R』にとって迷惑な話だ。だからクロエは、シンシアの問いに沈黙してしまうのだった。
「クロエは『R』さんに迷惑を掛けちゃう、って思ってるのかもしれないけど」
シンシアは今度は肩をすくめて。
「私は違うと思うな。あの人は実力を世間に認められた方が、絶対に幸せになれる」
「……そう、なのかな?」
「クロエだって、『R』さんの功績を世間に認めてもらうために色々と頑張ってたんでしょ?」
それはそうなのだ。
クロエは彼の正体にたどり着き、その偉業を世間に知らしめたかった。だけど、こういう場で大仰にそれをしてしまうのは、彼が望むことではないのではないか、という思いがある。
「違うわクロエ。あの人の実力は、むしろこういう大きな場で示された方がいい。これまで私たちが――ハヤテが創ってきた虚構を壊して、本当の実力者は誰なのかを世間に知らしめるには、大きな舞台が必要だと思う」
それも、わかる。
確かに大きな舞台でないと、『R』さんの実力を世間に認めさせることなどできない。密かに判明したところで、きっとハヤテさんが揉み消してしまう。ハヤテさんがそういうことに手慣れていることは、これまでの経緯で十分すぎるほどわかっていた。
「……そう、だね」
クロエは悩んだ末に、ゆっくりと頷いた。
「わかったわ、シンシア。エキシビジョンに出る。そして『R』さんがハヤテさんと戦わないと、文字板を手に出来ないようにする」
「そうこなくっちゃ!」
シンシアが指を鳴らした。
タイミングよく控室のドアが開かれ、マネージャーの初子が顔を出す。
「クロエちゃん、シンシアさん、そろそろ開幕式が始まるわよ」
はーい、と二人は返事をして控室を後にした。
◇◆◇◆
まばゆいスポットライトの中、ハヤテを先頭にクロエとシンシアが会場――ドームTOKYOの中に設営された中央特殊フィールドに入場する。
その後ろには、有名な探索者たちが幾人も。彼らは今日、ハヤテと戦う為に招かれた者たちだ。それぞれに皆が手を振りながら、ファンたち笑顔を向けていた。
そして彼らの最後尾。
ラウンドガール代わりの『赤犬マスコット』がトコトコとついてきてくる。
――蓮司だ。
彼は着ぐるみの内で魔力を抑える指輪を嵌めたまま、気配を消してただのラウンドマスコットに徹する。だがその視線は、シンシアが抱える黄金の文字板に釘付けだった。
(……遠いな。あと5メートル近づかないと解析できない)
シンシアがキョロキョロと周囲を見ていることには気づかない。
なので、彼女が隣のクロエに小声で話し掛けた内容なども知る由がない。
「周囲に気を付けてね、クロエ。『R』さんがいつ、この黄金の文字板を狙ってくるかわからないから」
「うん、わかってるよシンシア」
役者は揃った。
誰も予想することのなかった『裏の戦い』。蓮司vsクロエ・シンシア、黄金の文字板をめぐるその攻防。いまそのゴングが鳴ったのだった。