「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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エキシビジョン

 

「さあ始まったァ! 本日のメインイベント! S級探索者クロエ・シンシア組 vs 英雄ハヤテによるドリームマッチだぁぁっ!」

 

 アナウンサーの絶叫と共に、試合開始のゴングが鳴り響いた。

 ここはドームTOKYOの中央、安全装置でもある魔法障壁で囲まれた特設フィールド。三人の探索者が、それぞれの武器を構えて立っている。

 

「さあ来たまえ、俺の可愛い弟子たちよ!」

 

 ハヤテが黄金の剣を優雅に掲げ、二人を手招きした。

 

「今日という日を、キミたちの成長を世界に示す舞台にしてあげよう。師匠として、これほど誇らしいことはないからね!」

 

(弟子……)

 

 クロエの眉が、微かに動く。

 

(私たち、あなたに何かを教わったことなんて、一度もないのに)

 

 だが、それ以上は表に出さない。

 今日の役目はハヤテを勝たせること。プロとして、感情は殺さなければならない。

 

 ここまでも――と彼女は頷く。

 ここまでも、彼女はハヤテを利用しようとしてきた。『あの人』を探すために、使えるものは使おうと、覚悟をしてきた。

 だから今さらだ。今さら良い子ぶるつもりもなければ、資格もない。

 粛々と、自分の役割をこなそう。

 

 そんなことを考えている間に――。

 

「はあっ!」

 

 シンシアが先手を取った。

 疾風の如き踏み込み。彼女の剣技は鋭く、そして美しい。白銀の刃が軌跡を描き、ハヤテの黄金剣と激突する。

 

 カィィィン! と甲高い音が響き、火花が散る。

 

「おお、速いねシンシアくん! さすが俺が見出した逸材だ!」

「ハヤテさんこそ、重いわ!」

 

 鍔迫り合いの中、ハヤテは余裕の笑みを崩さない。

 もちろんそれは、これが演武に近い激突だからだ。

 

 実際にはシンシアの手数は彼の防御反応を容易く上回ることができる。彼女はあえて剣速を落としているのだった。

 互角の攻防を『演じられている』のだが、ハヤテはそんなことにも気づけない。

 

「そこよクロエ!」

「わかってるっ!」

 

 シンシアがバックステップで距離を取ると同時に、後方に控えたクロエが杖を掲げる。

魔力弾・連射(バレット・シャワー)!」

 

 無数の光弾がハヤテへと降り注いだ。

 彼は黄金の剣を回転させ、それらを弾き飛ばす。

 

「甘い甘い! まだまだだよクロエちゃん!」

 

 弾かれた魔力弾が観客席に向かって飛び散るも、バトルフィールドを包み込む防御バリアに激突し、バチバチと音を立てて消えゆく。

 

『うおおおお! すげぇ迫力!』

『これがS級同士の戦いか!』

 

 おおおおおー、と。

 観客は興奮のるつぼと化した。

 鉄壁のバリアで守られた安全な場所から戦いを見守れるのは至福だ。このバリアが開発されてなかったら、闘技場(バトルグラウンド)は成立しなかったと言われるほどの、強力な力場なのだ。

 

 だから、誰も気づいていない。クロエの魔法が、本来なら人を容易く壊してしまうほどの威力を持っていることに。本気で撃ったら、ハヤテが微塵となって血煙と共に弾けてしまうものだということに。

 

(抑えなきゃ……もっと、もっと弱く……)

 

 手加減をするというのは、全力を出すことよりも精神を削る。

 特に、相手が『本物』ではない場合はなおさらだ。少しでも気を抜けば怪我をさせてしまう。それだけじゃない、イベントも台無しだ。

 クロエはそんなプレッシャーの中で、微細な魔力コントロールを行っていた。

 

 しかしそのことを、会場の中で唯一見破っている者がいた。

 赤犬安全スーツの男――蓮司だ。

 

(ふむ。クロエちゃんの魔力コントロールは見事なものだ、ちょうど良い塩梅で、ハヤテ氏の実力に合わせている)

 

 強ければ彼が怪我をする。

 弱ければ迫力が出ない。

 

 自分の『役』を理解して冷静に加減をしていることは、これまで配信で見てきた彼女の能力から逆算してみればすぐに理解できる。

 彼女のチカラは、魔物に十分すぎるほどの殺傷能力を発揮していた。

 ハヤテはS級だが、それでも人間だ。そして大抵の場合において、防御は攻撃よりも難しい。クロエが本気だったら、彼がひとたまりもなかったことは容易に想像できた。

 

「この『ショー』をエンタメとして昇華しようとしているんだな」

 

 蓮司は感心しながらも、少し落胆した。

 彼女のチカラを測っておくつもりだったが、これではまともなデータ取りは不可能だ。シンシアも似たようなもの、彼の目からみたら、その手加減はあからさまだった。

 

 対してハヤテだ。

 彼はとても気持ちよさそうに二人の攻撃を弾き返したりしているが、それは二人にコントロールされてのもの。まだ余裕はありそうなものの、額に汗が浮いている。

 

 さらに言えば、ときおり悪戯心からなのか演出のつもりなのか、シンシアがギリギリのラインを見極めた剣戟を彼にお見舞いすることがあった。

 そのときの反応具合から、ハヤテに関する戦闘データがだんだんと集まっていく。

 開幕三分も経つ頃には、『解析完了』と蓮司が頷くほどに。

 

(なるほど。ハヤテ氏のチカラはだいたいわかった)

 

 弱くはないが、特筆して強いものとも思わない。

 これならば表彰式の場で、彼の隙をついて文字板の情報を得ることは容易だろう。

 

 蓮司が満足げに頷いたその頃、試合は中盤に差し掛かっていた。

 激しい攻防の合間、シンシアが小声でクロエに囁く。

 

(ねえクロエ……結局、『R』さん、来なかったね)

(……うん)

 

 飛び入り参加枠の受付は、とうに終了していた。

 観客席を何度見渡しても、それらしき『強者』の気配はない。

 

(来てくれると、思ってたのに)

 

 クロエの声には、隠しきれない落胆が滲んでいた。

 

(仕方ないわ。私たちの勝手な期待だったんだもの)

(でも……会いたかったな)

 

 その言葉を最後に、二人は再び演技に戻る。

 ハヤテの大振りな斬撃を、シンシアがわざと受け止める。

 クロエは見え見えの魔法弾を撃って、逆に弾き返されてピンチを誘う。

 押し込まれるふりをしながら、クロエは内心で溜息をついた。

 

(こんな茶番に付き合って、何をやってるんだろう、私は)

 

 ……『R』さんは来なかった。

 そう悟ったときから、虚しさを感じている自分を自覚していた。

 期待してたんだな、と思わざるを得ない。今日『R』さんと会えることを、思っていた以上に私は期待していた。勝手に夢見ていた。

 

 だって仕方ない。

 私は『R』さんに心を奪われている。あの人が居なかったら、自分がとうに死んでいただろう、という気持ちもある。尊敬している。

 ああでも、シンシアに言わせたら「クロエのは尊敬を超えて、信仰に近いわね」とのことだっけ。彼女、笑ってたな。

 

 気持ちが戦いから逸れていたそのとき。

 会場の中央に立ったハヤテが、マイクパフォーマンスを始めた。

 

「ふふふ、やはり現れなかったね」

 

 剣を構えたまま、彼は観客席に向かって声を張り上げる。

 

「『R』くん、見ているかい? キミは結局、この神聖なリングに上がる勇気すら持てなかった」

 

 クロエの手が、杖を強く握りしめた。

 

「臆病者だね。所詮、ネットの中でしか吠えられない負け犬だ」

(……負け犬?)

 

 クロエの魔力が、微かに揺らいだ。

 制御していた力が、ほんの少しだけ漏れ出す。

 負け犬って、どういうこと? あの人は、戦う必要がないからここに来なかっただけ。その気になれば、私たちなんか簡単に吹き飛ばされるに決まってる。

 

 それだけの魔力を、あのとき私は見た。

 シブヤの管理事務所から飛び出して、ジャージを着たあの人の後ろ姿を一瞬だけ見掛けたとき。

 

 あのとき私は悟った。『本物』とはこういうものなんだ、と。

 そんな『R』さんを、こともあろうに負け犬呼ばわり……?

 

 手が震える。

 たぶん今、私はひどい顔をしているだろう。湧き上がってくる怒りを収める為に、眉間にシワを寄せてるに違いない。

 

「クロエ、大丈夫?」

 

 異変を察したシンシアが、素早く近づいて彼女の肩に手を置いた。

 

「……うん。大丈夫」

 

 クロエは深呼吸をして、なんとか自分を抑え込もうとした。

 大丈夫。まだ耐えられる。これくらいの侮辱、聞き流せばいい。

 ハヤテさんが『R』さんを侮辱するのは、今に始まったことじゃない。いつも通り、これまで通りに、心を落ち着けていこう。

 

 ――だが、ハヤテの言葉は止まらない。

 

「キミの書いているブログ、読んだよ。傑作だった」

 

 彼は哀れむように首を振りながら、芝居がかった口調で続ける。

 

「『シブヤ二層は既に攻略した』? 『ボスは討伐済み』? ははは! 俺たち……そう、ここにいるクロエちゃんたちと共に命がけで討ち取ったあのポイズンジャイアントの群れが、残りカスだとでも言いたいのかい?」

 

 ピクリ、と。

 クロエの肩が大きく震えた。

 

「そうだろ、クロエちゃん? 君もあんなに頑張ったのに、それを否定されるなんて許せないよね?」

 

(やめて)

 

「俺たちが成し遂げた偉業を、安全な場所から嘲笑う。流した汗と血を、妄想で踏みにじる。……そんな卑怯者には、俺やクロエちゃん、シンシアくんのような『本物』の輝きに永遠届かないのだろうね」

 

(やめて、巻き込まないで。私をあなたと一緒にしないで)

 

 クロエの中で、何かが軋む音がした。

 

(……私たちは何もしていない!)

 

 脳裏に浮かぶのは、がらんどうだったシブヤ一層の光景。

 罠が全て解除され、魔物が一匹もいなかった通路。

 二層もだ。あのブログに記されていた、正確無比な攻略情報。

 

 誰かが先にいた。

 誰かが、私たちを守るように道を切り拓いてくれていた。

 

 その人の背中を、私たちはただ追いかけていただけなのに。

 

 このときクロエの胸に去来したのは、怒りではなかった。

 それは、深い、深い、自己嫌悪。

 

(……ハヤテさんにああ言わせてしまっているのは、私なんだ)

 

 あの人が嘘をつけるのは、私たちが黙っているから。

 あの人が増長し、『R』さんを侮辱できるのは、私たちがその土台を支えているから。

 

 ――私が、『R』さんを傷つけている。

 その事実に気づいた瞬間、クロエの世界が反転した。『役割』をこなすことができなくなった。ハヤテを利用する、という『役割』すらも。

 

 自分が許せないからだ。自分を縛るこの茶番が許せなくなってしまった。当然、その元凶である目の前の男も、やはり許せない。

 

 罪悪感が、どす黒い憎悪へと変質していく。

 もう、自分を止められなかった。

 

「俺たちはシブヤを攻略した! 俺が歴史を創ったんだ! その事実は、誰にも――」

「……黙って」

 

 小さな声だった。

 だが、その声には、凍てつくような冷気が宿っていた。

 

「クロエ……?」

 

 シンシアが振り返る。

 そこには、これまで見たこともないクロエの姿があった。

 俯いたまま、肩を震わせている。

 握りしめた杖の周囲で、魔力が不穏に渦巻いていた。

 

「ねえ、シンシア」

 

 クロエが顔を上げないまま、静かに問いかけた。

 

「私たちは、いつまでこれを続けるの?」

「……え?」

「『R』さんの功績を奪って、嘘つきの片棒を担いで。いつまで、こんなことを続けるの?」

 

 シンシアは言葉に詰まった。

 彼女はその辺に関して、強く思うところはない。利用できるものは利用する。ハヤテのことも、そういった一つに過ぎない。

 だからどうしても、クロエの心の奥底までは気持ちを届けられない。だが続ける。自分はクロエの友だと思っているから。友達に、こんなところで激高なんかさせられない。

 

「我慢しようよ、クロエ。あんな人の言葉なんか、聞き流せばいいのよ」

「聞き流せない」

 

 クロエの声が、震えていた。

 

「シンシアは平気なの? 『R』さんが、あんな風に言われて」

「……平気じゃ、ないわ」

「でしょ?」

 

 クロエがゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、涙と、そして暗い炎が揺れていた。

 

「なのになんで、我慢しなきゃいけないの……?」

 

 彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

 母の期待に応えるために、女優を目指すふりをしていた日々。

 本当の自分を殺して、嘘の人形を演じ続けた時間。

 

(ずっとずっと、自分の心に嘘をついていることを知っていた)

 

 あの日、探索者の道を選んだとき……母を裏切ってまで自分の道を歩むと決めたとき。私はこれから本当の道を歩くと思っていた。なのに。

 

「……私は、また嘘の道を歩いている!」

「クロエっ、落ち着いて!」

 

 シンシアが手を伸ばした。

 だが、その手は見えない力に弾かれる。

 クロエの周囲の空気が、重く、冷たく澱み始めていた。

 

「許せない……」

 

 彼女の唇から、呪詛のような言葉が漏れる。

 

「私のことは、いい。私たちがピエロなのも、我慢できる」

 

 バチィッ!

 クロエの足元の床が、見えない圧力でひび割れた。

 

「でも、あの人のことを、これ以上悪く言うのだけは――!」

 

 彼女が大声を上げた瞬間、会場の空気が凍りついた。

 

「――もう許せない!」

 

 クロエの頭上に、巨大な魔力の塊が出現した。

 普段の虹色の輝きではない。

 光を吸い込むような、おどろおどろしい漆黒の球体。

 見る者の本能に『死』を予感させる、それは圧倒的な破壊のエネルギーだった。

 

 

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