「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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『R』

 

「な……なに、これ……」

 

 シンシアでさえ、その威圧感に足がすくんでいた。

 あれは、もはや魔法ではない。

 一人の少女の、純粋で、それゆえに狂気じみた『信仰』が形作った、断罪の鉄槌だ。

 

(まずい……止められない……!)

 

 シンシアが唇を噛みしめる。

 クロエの目に、正気の光が無かった。

 彼女の内圧は、完全に限界を超えていたのだ。

 

 戦闘中ずっと抑え込んでいた『チカラ』。

 嘘への嫌悪。Rへの思慕。そして自分と、ハヤテへの怒り。

 ないまぜになったそれらが一気に決壊し、暴走を始めていた。

 

 観客席にもざわめきが広がっていく。

 

「おい、あれ……デカすぎないか?」

「演出、だよな……?」

「いや、なんかヤバくない? 肌がピリピリする」

「ハヤテさんでも、あれが当たったら……」

 

 対峙するハヤテは、完全に顔色を失っていた。

 彼はまがりなりにもS級探索者。その勘が、全力で警鐘を鳴らしている。

 あれは本物だ。直撃すれば、防御魔法ごと消し飛ぶ。

 

 だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 英雄が、少女の魔法に怯えて逃げ出すなどあってはならない。

 

「は、ははは! さすがクロエちゃん!」

 

 ハヤテは引きつった笑顔で、必死に虚勢を張った。

 

「見事な魔力だ! どうだい『R』くん、見てるかい? これが本当の『チカラ』だよ! キミには一生縁のない、本物のパワーだ!」

 

 クロエの瞳が、さらに暗く沈んだ。

 

「まだ、言うの……」

「いやいや、十分だよクロエちゃん! もう大丈夫! キミのチカラは『R』くんにも伝わったはずだ!」

 

 ハヤテの声が、露骨に上ずっていた。

 額には脂汗が浮かび、握った剣が小刻みに震えている。

 

「彼はきっと、テレビの前で反省してるよ! 『自分には関係のない世界だ』ってね! だからほら、その魔法は引っ込めよう、ね? その規模は会場が危険に――」

「黙ってって、言ってるのに」

 

 クロエの声は、もはや感情すら失っていた。

 

「いつも、いつも、いつも。あなたは嘘ばかり」

 

 漆黒の球体が、ゆっくりと回転を始めた。

 その標的は、ただ一人。黄金の鎧をまとった、偽りの英雄。

 

「クロエ、お願い、止まって!」

 

 シンシアが叫ぶ。

 だが、その声は届かない。

 

「私は探索者になって、やっと『本物』を目指せると思った」

 

 クロエの目から、一筋の涙がこぼれた。

 

「なのに結局、嘘つきの仲間になっただけだった」

 

 杖を握る手に、力が込められる。

 

「もう関係ない。全部、消えちゃえばいい――」

「ひっ……!」

 

 ハヤテが、情けない悲鳴を上げた。

 黄金の剣を構えることすら忘れ、腰を抜かしてその場にへたり込む。

 輝かしい鎧が、恐怖で歯を鳴らす男の姿を晒していた。

 

「た、助けてくれ! 誰か! 金なら払う! いくらでも払うから!」

 

 その瞬間、会場中が息を呑んだ。

 英雄の仮面が、完全に剥がれ落ちた瞬間だった。

 

「消えて」

 

 クロエが杖を振り下ろす。

 その刹那。

 赤い影が、二人の間に割り込んだ。

 

 ◇◆◇◆

 

「うぐぐぐ! イケナイ、クロエちゃん!」

 

 赤犬安全スーツのマスコット着ぐるみ――蓮司が、両手を広げて漆黒の魔力球を受け止めていた。

 

「えっ……!?」

 

 クロエの目が、大きく見開かれる。

 ジュウウウ!

 スーツが焼ける音がする。凄まじい圧力が、蓮司の全身を押し潰そうとしていた。

 だが、彼は一歩も引かない。

 蓮司は、魔力球を受け止めながら考えていた。

 

(クロエちゃんの暴走……これほどとは)

 

 彼は試合を、ずっとバトルエリアの隅から観察していた。

 表彰式まで待つつもりだった。目立たないように、マスコットの仕事を続けるつもりだった。

 だが、それどころではなくなった。

 

(このまま放置したら、彼女は人を殺す)

 

 そして、彼女自身も壊れる。俺の光が、輝きが壊れてしまう。

 

(……仕方ない)

 

 蓮司は腹を決めたのだった。だからこそ、彼はこの場に飛び出してきた。

 

「チカラを持つ者は、いつもそのチカラに問われ続けるんだ」

 

 ヘルメット越しに、籠もった、しかし力強い声が響く。

 

「『自分はチカラを持つに相応しいか』と。相応しくないとチカラが判断したとき、チカラは牙を剥く。持ち主を暴走させる……!」

 

 蓮司は踏ん張る足に、さらに力を込めた。

 ドーム会場の床にヒビが入る。

 

「負けちゃいけないクロエちゃん! キミは強いんだ!」

「……っ!」

 

 その言葉に、クロエの目が揺らぐ。

 

「いつもファンのことを考えて、笑っていられる強さを持っている! 俺は知っている、キミの配信をずっと見てきたから!」

 

 涙で滲んだ視界の中、クロエは赤い安全スーツを見つめていた。

 覚えがある。

 この温かさ。この声。

 

「思い出すんだ、自分にとって大事なことを!」

 

 あの日、ホログラムの魔物から守ってくれた人。

 一緒に戦ってくれた人。

『ゲームであればこそ、敬意を以て真剣にやる方がいい』と言ってくれた人。

 

「……レッド、さん……?」

 

 クロエが呆然と呟いた瞬間。

 

「うおおおおおおーっ!」

 

 蓮司が気合一閃、受け止めていた魔力球を真上へと弾き飛ばした。

 漆黒の塊は軌道を変え、ドームの天井へと飛んでいく。

 

 バギィィィン!!

 バトルフィールド全体を覆っていた特殊バリアが、魔力球と接触した瞬間に粉々に砕け散った。

 ガラス細工のように降り注ぐ魔力片の中、アナウンサーがマイクを落とす。

 

「S級十人がかりでも壊せないはずの特殊バリアが……。嘘、だろ……?」

 

 静まり返る会場。

 蓮司は破片を払いながら、転がっていた黄金の文字板に近づいた。

 懐から小型カメラを取り出し、淡々とシャッターを切る。

 

 パシャリ。

 静寂の中に、その音だけが響いた。

 

 「……任務完了」

 

 呟いて、蓮司はカメラをしまった。

 

「は、ははは! 皆さん驚いてくれたかな!?」

 

 最初に我に返ったのは、ハヤテだった。

 へたり込んだ姿勢のまま、彼は必死に声を張り上げる。

 

「もちろん全部演出だよ! この赤犬くんの登場で分かっただろう? 俺たちの迫真の演技に!」

 

 顔面蒼白で、鎧はズレ、髪は乱れている。

 だが、口だけは回った。

 

「いやぁ、クロエちゃんも赤犬くんも名演技だった! 探索者の戦いというのは、このように危険なもので、なればこそ我々は――」

「うるさい」

 

 静かな声だった。

 ハヤテが言葉を止める。

 見ると、赤犬マスコットがゆっくりと近づいてきていた。

 

「ま、待ってくれ。キミには感謝しているんだ。さっきの見事な――」

「あまり」

 

 蓮司の右腕が、ゆっくりと引かれた。

 

「クロエちゃんを」

 

 拳が、固く握りしめられる。

 

「追い詰めるな」

 

 ドゴォッ!!

 鈍い音が、ドームに響き渡った。

 赤犬マスコットの右ストレートが、ハヤテの顔面に深々と突き刺さっていた。

 

「おごぉッ!?」

 

 ハヤテの身体が、ボールのように吹き飛んだ。

 黄金の鎧が悲鳴を上げ、ドームの壁まで転がっていく。

 

 そして――ピクリとも動かなくなった。

 正真正銘の、ノックダウン。

 

 再び訪れる静寂。

 五万人の観客が、声を失っていた。

 

 蓮司は拳を下ろし、ふう、と息をついた。

 少しだけ、スッキリした気分だった。

 

「あなたは……」

 

 背後から震える声がして、蓮司は振り返る。

 そこにはクロエが立っていた。

 涙の跡が残る頬。だが、その瞳には、さっきまでの暗い炎はもうなかった。

 

「あなたはもしかして、クリスマスのときの……」

「え?」

「私です、ピンクです! あのとき一緒に戦った……!」

 

 蓮司の動きが、ピタリと止まった。

 

「ピンク……? えっ、あっ!?」

 

 ヘルメットの中で、彼の顔が驚愕に染まる。

 

「ま、まさか、あのときのピンクがクロエちゃんだった……だと……!?」

「そうです! 私ですクロエです!」

 

 クロエが一歩、近づいた。

 

「やっぱり、あのときの……! あなたがレッドさんで、そして――」

 

 確信を込めた瞳が、蓮司を見つめる。

 

「――『R』さん、だったんですね?」

 

 その言葉に、蓮司は完全に固まった。

 一瞬だけ、二人の間に温かな空気が流れる。

 

 再会。そして、確信。

 探し求めていた人が、目の前にいる。

 だが。

 

「だ、ダメだクロエちゃん! 俺はキミの前では喋らないと決めているんだ!」

 

 突然、蓮司がパニックを起こしたように叫んだ。

 さっきまで思わず説教染みたことを言ってしまっていた彼ではあるのだが、それはそれ。

 

「それは、どういう……?」

「だって、キミの配信を壊してしまうから! 俺は無言でキミを見ているだけでいい! そう、それだけでいいんだ!」

「え、ちょ、ちょっと待って……」

「これ以上は喋れない! さらばだクロエちゃん! 俺は遠くからキミを応援している!」

 

 意味不明な供述と共に、蓮司はウォッチのボタンを押した。

 

「あっ!?」

 

 蓮司の姿が、掻き消えた。

 煙のように、蜃気楼のように。文字通り、この場から消失した。

 

「ま、待って! 待ってください!」

 

 クロエが手を伸ばすが、届かない。

 彼女の指先は、虚空を掴んだだけだった。五万人の観客が、その瞬間を目撃していた。 会場は騒然となる。

 

「消えた……? 人間が消えた……?」

「なんだったんだ今の……」

「あのマスコット、何者だよ……」

 

 意識を取り戻したハヤテが、腫れ上がった顔で必死に叫ぶ。

 

「こ、これも演出だ! 最新鋭の転送マジックを使った……!」

 

 だが、誰も聞いていなかった。

 あの圧倒的な強さ。

 クロエの暴走を止めた力。

 ハヤテを一撃で沈めた拳。

 そして、消える間際に見せた、どこか優しげな背中。

 

 クロエは、蓮司が消えた場所をじっと見つめていた。

 その頬を、また新しい涙が伝っていく。

 

「……見つけた」

 

 小さく、彼女は呟いた。

 

「やっと、見つけた……」

 

 ◇◆◇◆

 

 この日からネットの片隅で、ある噂が囁かれ始めた。

 

"そんなマスコットが居たのか? 何者だよ"

"ハヤテを一撃って、S級でも無理だろ"

"てか、クロエの暴走を素手で止めたんだぞ? 人間か?"

"なあ……もしかして、あれが『R』じゃね?"

"まさかwww あいつはネットの中だけの存在だろうに"

"でも、消え方おかしかったぞ。あれ、ブログに書いてあった『位相シフト』じゃね?"

"……マジで?"

 

 信じる者は少数だった。

 なぜなら件のシーンはテレビは放映されず、動画でも配信されなかったからだ。クロエの魔力に中てられて、撮影環境がこのとき死んでいたからだ。

 絶妙に運が良いハヤテなのである。彼は『持って』いた。

 

 だがそれでも、会場に居た者らから話は伝播する。

 その少数の声は、確実に広がり始めていた。

 

『R』は実在するのではないか。

 そして彼は、ハヤテをも凌ぐ『本物』なのではないか、と。

 少しずつ、少しずつ。

 さらに物語はまだ、ここでは終わらない。

 

 クロエは知っている。

 あの人が『レッドさん』であり、『Rさん』であることを。

 そして――。

 

 クロエの脳裏に、あの日――デズニランドでの記憶が蘇る。

 あの黒い安全スーツの女性司令官が、彼の名前を呼んでいた。

 ツアー客を守りな、と言いながら呼んでいた。

 そうだ。確かあの人の名前は――。

 

「蓮司さん……だ」

 

 こうして、ドームTOKYOに於ける波乱の闘技場(バトルグラウンド)は、幕を閉じたのだった。

 

 

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