「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
「……勝てない」
これで何度目のチャレンジだったろう。
三層ボスの『先兵シンシア』は、想像以上の強さだった。
蓮司はデズニで共闘したときのことを思い返す。
(確かにあのとき、まだまだ余力を残しながら戦っているとは思っていたが)
それでもドームTOKYOで戦力分析をしたときは、ここまでのチカラを秘めているとは感じなかった。少なくともゲームキャラ『蓮司』が正攻法で戦おうとして、こんな連敗するほどには見えなかった。
「兄貴……、またこのエンディングだよ?」
「うむ」
シンシアに負けると、英語でテキストロールが流れる。
曰く。
”20XX年2月14日。勇者候補が倒されたこの世界に、再び勇者が立つことはなかった”
”勇者システムによる一騎打ちは成立せず、この世界は『異世界イゼルバーン』から押し寄せた魔物の軍勢によって蹂躙されることになったのである”
要するにバッドエンドだ。
蓮司がシンシアに負けたら、彼らの世界は崩壊する。
「ねえ兄貴。これって、本当に起こっちゃうことなの?」
七海の心配そうな声に、蓮司はすぐに答えられなかった。
ゲーム内の話だよ、と言ってやるのは簡単だ。しかし三層プレイ前に彼が七海に語ったように、このゲームは『予言書』としての側面を持っている。
それは、これまでのREN社の行動やプロテクトの中身が証明していた。理屈はわからないが、未来が予見されているのだ。これまでも、そしてたぶんこれからのコトも。
そして彼は、事実を事実と認める性質だったので。
「そうだな。このままだと、俺たちは破滅の未来を迎えるようだ」
「そんな!」
おためごかしは言わない。
妹の気持ちはわかっていながら、自分が思っていることを正確に述べてしまう彼なのだった。
「どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃだよ! 兄貴!」
「わかってる」
わかっている、のだが。
言いながら、彼は再プレイを試みる。また三層にたどり着き、シンシアと戦う。
行動パターンの分析は、ある程度できている。
ゲーム内ショップで、とても高価な魔法の回復薬『エリクサー』も購入してきた。これは蓮司が初めてとった行動だ。
最初に虹色の石を売ろうとしてから以来は、足が付きそうなダンジョン関連ショップでなにかを売買したことはない。正体を隠す方が賢明と判断したからだ。
それを排してまで、ゲーム内とはいえ今回はアイテムを持てるだけ持って、シンシアに挑戦している。これで勝てるなら、現実でもそうする覚悟で挑んだ。――が。
「つよい……!」
また負ける。
パターンを読んでも、相手のモード切り替えが上手い。コンマ以下のところで、対応が間に合わなくなる瞬間がある。そこから一気に劣勢になる。
単純に、速度からなる手数が多かった。蓮司を以てして、ゲーム上でも対応が間に合わない。飽和攻撃を受けている気分だった。シンシアの戦法はある意味で力技、自分の利点である速度を活かして、正面からの戦いを強いてくる。
圧倒的な速度差の前には、蓮司の分析力も通じない。
それを始めて思い知らされる彼なのだった。
横でずっと見ていた七海がウトウトし出したので、ベッドに連れていく。
一人になっても蓮司は『シミュレーション』を続けた。勝つ為に、いきなり戦うことにならずこういったシミュレート機会を得れたのは僥倖だ。なんとしても勝機を見つけてやる。
そうじゃないと、この『ダンジョン&マジック』の解析もここで終わってしまう。
世界が終わってしまうのもツラいが、それ以上にプロテクトを通じた開発者――母だろうが――との対話が終わってしまうのがイヤな彼なのだった。
(俺が見立てていた強さと、ここまでの差……なにか秘密がある気もするのだが)
考えるには情報が足りない。
仮説を立てることすらできない。何故なら自分は、シンシア嬢のことをあまり知らないから。
情報がないのに思考を巡らせようとするのは愚かだ。
どういう方向に発想が向かったとしても、それは気休めにしかならない。
蓮司は、「ふう」と息をついた。
情報がないのならば、得るための行動を起こすのが早い。
「直接、探ってみるか……」
シンシア嬢を。
蓮司は、シンシアの所属事務所など、ネットで公開されている情報をまず集め始めたのだった。
◇◆◇◆
「ええい、どいつもこいつも! 俺の輝きを理解していない愚民どもめ!」
都内某所、ハイグレードオフィスの最上階。
ハヤテの怒声が響き渡ると同時に、高級そうなワイングラスが床に叩きつけられて砕け散った。
部屋に控えていたクルーたちが、ビクリと肩を震わせる。
S級探索者にして日本の英雄、城戸ハヤテ。彼は今、苛立ちの頂点にいた。
ドームTOKYOでの醜態。
赤犬マスコットによる一撃KO。
一時期よりはマシになったとはいえ、ネット上には彼の『不敗神話』に疑問を呈するアンチの声が確実に増えている。
「ハヤテさん、落ち着いてください。世論調査では、依然として貴方を支持する層が過半数です」
「過半数? バカを言うな! 俺は太陽だぞ!? 万物を照らす太陽が、半分の人間にしか支持されていないなど、それはもう日食と変わらないじゃないか!」
ハヤテはデスクをバンと叩く。
「それもこれも、あの小娘……クロエのせいだ!」
ギリリ、と歯ぎしりをする音が聞こえんばかりの形相だ。
「俺があんなにも目を掛けてやり、スポットライトのお裾分けまでしてやったというのに。恩を仇で返すとはまさにあのことだ。エキシビジョンだぞ? あくまでショーだぞ? あそこで本気の殺意を向けてくるなど、常軌を逸している!」
「おっしゃる通りです!」
「あんなことは前代未聞です。ハヤテさんの慈悲深さに付け込むなんて、許せません!」
クルーたちが一斉に追従した。
彼らにとってハヤテは絶対の王であり、また金の卵を生むガチョウでもある。機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
「そうだとも! あんな『前代未聞』の不祥事を起こされた俺は、被害者なんだよ!」
ハヤテは自身の髪をかきむしりながら叫んだ。
だが、その言葉を口にした瞬間。
彼の手がピタリと止まった。
「……待て。今、俺はなんと言った?」
「え? あ、いえ、前代未聞の不祥事だと……」
「前代未聞……」
ハヤテはゆっくりと顔を上げ、そしてニヤリと口角を吊り上げた。
その瞳に、狂気じみた名案の光が宿る。
「そうか、逆転の発想だ。前代未聞のことで評判を落としたのなら、それを上書きするほどの『前代未聞』をやってのければいいだけの話じゃないか」
「は、はぁ……。と言いますと?」
「決まっているだろう。――復活のファン感謝祭を行う」
ハヤテは立ち上がり、窓の外――渋谷の方角を指差した。
「場所は、ダンジョン『シブヤ』の入口前だ」
クルーたちが息を呑む。
「し、シブヤの入口!? あそこは立ち入り禁止区域ですよ!?」
「それに、まだ危険が完全に去ったわけでは……」
「だからこそだ!」
ハヤテは怯むクルーたちを一喝した。
「安全なホールで握手会? そんなものは二流のやることだ。日本の英雄が現場に戻るんだぞ? 派手にしないでどうする。本来一般人が決して立ち入れない特別な場所――
「し、しかし……」
「許可? 警備? そんなものは金の力と俺の名声でどうとでもなる! すぐに手配しろ、これは決定事項だ!」
ハヤテは陶酔したように両手を広げた。
彼の脳裏には既に、廃墟のシブヤで喝采を浴びる自分の姿しか映っていない。
「日程はそうだな……近々で一番盛り上がる日がいい」
彼はカレンダーに目をやり、白い歯を見せて笑った。
「2月14日。バレンタインデーだ。俺から世界への、愛の贈り物――ギフトといこうじゃないか」
――奇しくも。
その日は、蓮司がプレイした『ダンジョン&マジック・シブヤver』で示されていた破滅の日付と、完全に一致していた。
つまり、ゲームの中で『勇者候補』である蓮司が死に、世界の終わりが始まると予言された日。
こうして誰が知ることもなく、運命の日に向けて物語の歯車が動き出す。
ハヤテ主催の『英雄の復活祭』が、用意されることになったのだった。
◇◆◇◆
蓮司はシンシアの情報を集めた。
まずはネットで一通り。現在彼女が所属する事務所、探索者になるまでの経歴、世間での評判や、得意な戦法など。
今さらながら、驚くほど経歴が謎に包まれていたことに気づく。
彼女はハヤテと同じ大手事務所に所属しているのだが、それよりの前歴が不明であった。アメリカからの移民で、現在は日本の国籍……らしい、ということが浮かび上がってきただけだ。
彼女は、ダンジョンの中で魔物と戦っているところをハヤテに見いだされ、その場でスカウトされたのだという。戦う姿は、まるで踊っているかのように華麗。飛び散る魔物の血も意に介さず激しく踊る。
故に付けられた二つ名は『血しぶきの踊り子』。
彼女の所属しているのは大手企業が手掛ける芸能事務所だ。
東京は赤坂、そこに建つとあるビルが、丸々彼女の事務所のものだった。
最上階は社長の物でなく、ハヤテのオフィスになっていると風に語られているが、その真偽を知るものは、彼らと深く関わる者たちだけである。
「さて、と」
赤坂にやってきたは良いものの、これからどうするか。
蓮司は降り立った駅前で腕を組んだ。
正面切って事務所に入ろうとしても、単に追い返されてしまうだけだろう。
「赤坂に来るのは初めてだな」
長く都内に住んでいる彼だったが、こんな洒落た土地には縁がなかった。
前職は丸の内のビルでプログラマとして働いていた彼ではあるが、そことはまた違った感じのビル街だ。オフィス街と国際色豊かな繁華街が融合したとでも言えばいいのだろうか、洗練のされかたが高級感に溢れていて洒落ている。
国際色豊かなのは、ここには数多くの大使館が点在しているからだろう。
レストランやショップなども、異国情緒に溢れた店構えのものが散見され、街を歩いている不思議な気持ちになってくる。果たしてここは、本当に日本なのか? と。
幼少の頃に過ごしたアメリカを少し思い出しながら、蓮司は見通しの良さそうな二階建ての喫茶店へと入った。ここからなら、件の事務所ビルに出入りする人間をチェックできる。
ホットの梅昆布茶を注文すると二階に移動し、窓からビルの入口を眺める蓮司。
さすがに大手だ、場所柄もあるのか、出入りする人間が多い。
道を歩く人の群れは、少し距離があることも加わって、まるで人形のようにも見える。たくさんの人形が、あちらへと、こちらへと秩序なく歩いていた。そんな中から、蓮司は一人の女の子を探して目を皿にしている。
初日は、それらしい人影を見つけることが出来なかった。
気がつけば冬の早い日没が訪れて、遠くから誰かを特定するのは無理な視界となってしまう。この日飲んだお茶は、全部で五杯。腹をタプタプさせながら、蓮司は帰路についたものである。
二日目も、同様だ。
違っていたのは頼んだメニューくらいか。朝早くから張りこみに来たので、まだモーニングメニューがあった。蓮司はまずピザトーストセットを頼み、もう少し腹になにか入りそうだったので、卵サンドセットも続けて頼む。
「ご馳走さま、美味しかったよ。ありがとう」
その後は昨日通り、腹がタプタプになるまでお茶を飲み、帰路につくのだった。
三日が過ぎ、四日が過ぎ。
どうも店員の女の子に顔を覚えられた節がある。蓮司がいつも通りのモーニングメニューを頼もうとすると、
「今日もピザトーストからですか?」
ニッコリと微笑まれてしまったのだ。
「ええ、……はい。それで頼みたい」
「いつもあのビルを見ているみたいですが……、あれですか、タレントさんか、探索者さんの出待ちでしょうか?」
話し掛けられて、ドッキリする。
蓮司は別に対人恐怖症でもなければ、物怖じする、という意味でのコミュ障ではない。
それでも見知らぬ人から急に声を掛けられると、なんだろう、とドギマギしてしまうものだった。
(ふむ。連日すぎて、ちょっと怪しかっただろうか)
場所を変えながら張りこむべきだったか。
そう思いながら、ウェイトレスに返事をした。
「バレてしまうか、お恥ずかしい」
「あ、いえいえ。そんなことはありませんよ! 実はこの店、そういった人が多いんです!」
「そうでしたか」
どうも定番の場所だったと聞いて、余計に気まずい。
今日は場所を変えて張りこむか、と席を立とうとした、そのとき。
「えっとですね、お客さんは大人しくて、毎日礼儀正しく対応してくれていたので特別に教えちゃいます」
ん、なんのころだろう。
蓮司はウェイトレスの方を見て、動作を止めた。
「あそこのビルのタレントや探索者の出待ちなら、裏に回った方がいいですよ」
「え?」
「出待ちを嫌う人が多いらしいんですよね。だから、裏から事務所に入っていくタレントさんが多いんです。大手ですからね、お兄さんみたいに張り込む人が多いんですよ」
「そ、そうなのか……?」
蓮司は目を丸くした。
なぜこの子は、そんなことをわざわざ教えてくれたのか。
「なぜ? って顔してますね」
そんな蓮司を見て、ウェイトレスはクスクス笑う。
「さっきも言いました。お兄さん、礼儀正しくしてくれたんで」
聞けば、毎日「ご馳走さま」と「美味しかった」を欠かさないところが、気に入ったのだという。
「張り込んでる人って、それに夢中で店員に雑な態度を取る人が多いんです。お兄さんは違うなーって」
えへへ、と笑うのだ。
「なので、張り込むなら裏手を見張れるところにしてください。あ、これ内緒ですよ? 知れ渡っちゃうと、ウチのお客さんが減っちゃうかもしれないですから」
皆さんの無駄足がウチの重要な収入源なんです! と胸を張り、明るい笑顔で。
それには蓮司もさすがに苦笑した。
蓮司は彼女に礼を言うと、ピザトーストのセットを腹に入れて店を出た。
言われた通りビルの裏手に回ってみると、そこは表通りの華やかさとは無縁の、搬入業者や関係者だけが出入りする静かな通用口だった。
(なるほど。確かにここなら目立たずに出入りできる)
蓮司は物陰に身を隠し、長期戦を覚悟して呼吸を整えた。
情報を得たからといって、すぐに結果が出るとは限らない。解析と同じだ。正しいパスを見つけても、処理が終わるまでは待つしかない。
――だが、今回は運が良かったらしい。
張り込みを開始してから一時間ほど経った頃だろうか。
重厚な鉄扉が開き、プラチナブロンドの髪をなびかせた女性が、一人で姿を現したのだ。
(……シンシア嬢だ)
さして周囲を警戒する様子もなく、彼女は軽い足取りで歩き出す。
蓮司は音もなくその背後を追い、彼女の尾行を始めたのだった。