「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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探偵物語

 

 尾行は順調だった。

 というより、対象であるシンシアがあまりにも無防備すぎた。

 

 彼女は赤坂のビルを出てからというもの、ずっと上機嫌だ。

 イヤホンをしているわけでもないのに、首でリズムを取り、時折小さく鼻歌さえ漏らしている。その足取りは軽く、まるでこれからデートに向かう少女のよう。

 

(……不可解だ)

 

 付かず離れずの距離を保ちながら、蓮司は眉をひそめる。

 彼女の服装はラフな私服。ダンジョンに潜る装備でもなければ、仕事に向かうような緊張感もない。

 そういえば、ここ最近彼女の名前をネットニュースで見かけない。クロエちゃんが謹慎中であることは知っているが、相棒である彼女もまた、オフなのだろうか。

 

(行動パターンの解析不能。今の彼女からは『先兵』としての殺気はおろか、探索者としての気配すら感じられない。ただの……休日を過ごす女の子だ)

 

 電車に揺られること数十分。彼女が降り立ったのは、吉祥寺だった。

 住みたい街ランキング常連のこの街は、独特の空気を纏っている。

 

 駅前には戦後の闇市をルーツに持つ混沌とした商店街『ハモニカ横丁』があり、少し歩けば井の頭公園の豊かな緑が広がる。都会の利便性と自然、そして古着屋やライブハウスといったサブカルチャーが絶妙なバランスで共存する、若者の街。

 

 雑多な人ごみの中を、シンシアは楽しげに歩いていく。

 ショーウィンドウに飾られた服を眺め、クレープ屋の甘い香りに鼻を鳴らす。

 その背中には、警戒心のかけらもない。蓮司が物陰に隠れるのが馬鹿らしくなるほどに、彼女は平和そのものだった。

 やがて彼女は、駅から少し離れた閑静な住宅街にある、一棟の高級マンションへと入っていった。

 

(自宅、か? ふむ、セキュリティが堅そうだな)

 

 オートロックのガラス扉の向こうに消えていくシンシア。

 蓮司は一瞬躊躇ったが、ここで見失うわけにはいかない。懐からフェイズシフトウォッチを取り出し、ボタンを押した。

 

 一瞬、世界から音が消える。

 位相をズラした蓮司は、住人が出るタイミングですれ違うようにエントランスへと滑り込んだ。

 

 シンシアに追いつき、エレベーターに同乗する。

 狭い密室、すぐ目の前にシンシアがいた。

 ドームTOKYOでの一件がある。あの時、彼女は位相ズレした自分の気配を察知しかけた。

 

(細心の注意を……)

 

 蓮司は息を殺した。

 彼女の死角、監視カメラの死角、空気の流れすら計算に入れて、機械のように正確にポジショニングを調整する。その動きはデジタル制御されたロボットの如く、無駄がなかった。

 

 チン、と音がして最上階へ。

 彼女はある一室のインターホンを押した。

 

「はーい」

 

 モニタ越しではない、直接の声。そしてドアが開く音。

 顔を出した人物を見て、蓮司は心臓が止まるかと思った。

 

「いらっしゃい、シンシア」

 

 ラフな部屋着姿で、少し眠たげな目をこする少女。

 ――クロエだった。

 

(なッ……!? ここ、クロエちゃんの家なのか!?)

 

 仰天し、思わず後ずさる蓮司。

 図らずも俺は、推しの住所を特定してしまったということか!?

 

 これはファンとして、超えてはならない一線を超えてしまったのではないか。いやしかし待て、部屋着姿のクロエちゃん……なんという破壊力。まるで天使が羽を休めるために地上に降り立ったかのような尊い、しかしそこに漂う親近感。そうだよな、彼女にだってプライベートはある。俺たちと同じ人間なのだから。

 

 などと蓮司が脳内で高速演算(という名の混乱)を繰り広げている間に、シンシアは部屋に入り、パタンとドアが閉められてしまった。

 カチャリ、とロックされる音。

 

「……しまった」

 

 我に返る彼だ。

 これでは中の様子がわからない。シンシアの目的が何なのか、ここで観察を終えるわけにはいかない。

 どうする。入るか?

 ……クロエちゃんの部屋に? この俺が?

 

(いや、それはどう考えても不敬罪だ。というか住居侵入罪だ。三十歳男性がやっていい行動のラインを大幅に超えている)

 

 蓮司は苦悶した。

 倫理観と、使命感と、そしてファン心理がないまぜになり、脳内CPUがオーバーヒート寸前だ。

 

 だが最終的に、彼の背中を押したのは『義務感』だった。

 シンシアが『予言』通りの存在ならば、クロエちゃんに危険が及ぶかもしれない。確認しなければ。

 

「……緊急避難的措置、と定義しよう」

 

 蓮司はフェイズシフトを一度解除し、スマホを取り出した。

 鍵は最新式の電子ロック。物理的な鍵穴よりも、彼にとっては遥かに御しやすい相手だ。 ケーブルを接続し、ハッキングツールを走らせる。

 

「セキュリティレベルは高いが……アルゴリズムに癖があるな。開発者は左利きか?」

 

 ブツブツと呟きながら、数秒でパスを解析。

 カチリ、と音がして解錠される。

 蓮司は音もなくドアを開けて侵入し、再びフェイズシフトウォッチを起動した。

 

 玄関には二人の靴。甘い芳香剤の香り。

 奥から、キャッキャと騒ぐ声が聞こえてくる。

 

「……こっちか」

 

 気配を殺して進む。

 たどり着いたのは、どうやら寝室のようだった。

 パステルカラーを基調としたファンシーな内装。大きなクマのぬいぐるみ。

 まさに『女の子の部屋』という空間に、蓮司は眩暈を覚えるが、目の前の光景はさらに彼を混乱させた。

 

「ちょ、ちょっとシンシア! やめてよぉ!」

「いーじゃない。ほら、これも可愛い!」

 

 シンシアが、タンスからクロエの下着を次々と取り出し、床に放り投げていたのだ。

 

「っ!?」

 

 蓮司は硬直した。

 宙を舞うピンク、水色、純白の布切れ。

 キャッキャと逃げ回るシンシアと、それを追いかけて下着を拾うクロエ。

 

(い、いかん! 俺はいま、見てはいけないものを見ている! エラー! 視覚情報に致命的なエラー発生!)

 

 蓮司は必死に目を逸らそうとするが、任務(観察)のために視線を戻さざるを得ない。

 

 チラッ。ドギューン!

 チラッ。バキューン!

 

(ぬぬぬ! なんという精神攻撃……! これがS級探索者の戦い方か!)

 

「もー、そんなことしに来たなら帰ってもらうよ!?」

 

 顔を赤くして抗議するクロエ。耳まで真っ赤だ。

 

「なに言ってるの。下着のチェックは心のチェックよ、クロエ。復帰した時に恥ずかしくないよう、身だしなみの準備ができてるか吟味してあげてるだけ」

 

「わけわかんないよシンシア!」

 

(うむ、わけがわからない)

 

 蓮司はクロエに完全同意しつつ、必死に己の理性を繋ぎ止める作業に入った。

 いくら聖人君子を気取っても、彼もまた健康な男子である。目の前のパラダイスに反応しないわけがない。

 

(落ち着け。素数を数えるんだ。いや、円周率だ。……3.141592、違うここはC言語だ。#include <stdio.h>……int main(void)……紳士たれ、紳士たれ……)

 

 虚空を見つめ、部屋の隅でプログラム言語を呪文のように唱え続ける不審者(透明人間)

 

 ひとしきり悪戯をして満足したのだろうか。シンシアは最後に一枚、淡いレースの下着をパラリと投げると、悪戯っぽく笑って部屋を出ていった。

 

「もーほんと困るんだからね!」

 

 クロエは散らばった下着を慌ててかき集め、タンスにしまう。

 その背中を見ながら、蓮司はふぅ、と息をついた。

 クロエちゃんも大変そうだ。あのシンシア嬢には、いつもこうして振り回されているのだろう。

 ――だが。

 

 蓮司の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。

 二人が、本当に仲良さそうに見えたからだ。

 

「クロエ、ごっはん、ごっはん!」

 

 リビングから、グラスをチンチンと鳴らす音が聞こえてくる。

 

「はいはい、今いくよ。まったくもう……」

 

 クロエは呆れたように、けれど満更でもなさそうに溜息をついて、リビングへと向かった。そこにあるのは、心の垣根なんて存在しない、親友同士の空気だった。

 

「……で、あの話はどうなったの?」

 

 朝食には遅く、昼食には早い時間。

 いわゆるブランチを取りながら、シンシアはクロエに訊ねる。

 

「初子さんがちゃんと進めてくれているみたい。判明したら、取材の形でインタビューを申し込みましょう、って」

「インタビュー……? リュウゲツの家族として?」

「うん。リュウゲツさんの本を刊行するから、という名目で」

 

 父さんの、本?

 部屋の隅で聞いていた蓮司が首を傾げる。

 

「調べてみて、なんで日本では無名なのかわからないくらい海外では活躍している人だと知ったわ。だから私、あの人を紹介する本を書いてみたくなって……」

 

(へー、クロエちゃんが父さんの本を)

 

 蓮司は驚いた。

 ちゃんと父を評価してくれる者が、ここにいた。日本ではマイナーな父を、クロエちゃんはリスペクトしてくれているのだ。

 

(さすがだな、父さん。あなたが残した物は、届くべき人にちゃんと届いている)

 

 嬉しさと誇らしさが、蓮司の心を満たしていく。

 そして、少し羨ましい、と思った。

 

 蓮司も父と同様、ダンジョンの攻略情報を載せたブログを始めた。

 自らのブログがクロエに読まれていると知ったときは嬉しかった。

 その情報をクロエが活かしてくれたのも、凄く嬉しかった。

 だが、本来あれは、誰かに伝えるつもりで書いたものではない。父のブログとは、本質が違う。

 

 九割方はただの『記録』のつもりで書いているものだった。正確に記録したい、というこだわりは強くあるが、別に何かを誰かに伝えたくて書いていたものではない。

 

(誰かに、伝えようという気持ち、か)

 

 思えば父の隠しページも、蓮司に異世界の話を伝えるためのものだった。

 蓮司は腕を組む。

 自分は、その境地へと進むことができるのだろうか、と。

 

 自信はない。

 だが、うらやましい、と思ってしまった以上――そうした気持ちに気づいてしまった以上は、無視はできない。

 もがいて、あがいて、望む物を勝ち取るしかない。

 

 と、一人頷く蓮司だったが、彼は気づいていない。

 彼もまた、ドームTOKYOにて強く気持ちを伝えようとした経験があることに。

 クロエに気持ちを届けるため、自らの安全圏を壊して行動したことに。

 

 自分の『気持ち』だけはプログラマ的思考での把握に遠い場所に居る男、それが西岡蓮司という人間なのであった。

 

「クロエ……目の下にクマできてるよ」

「えっ? ヤだ!」

 

 シンシアとクロエの声が、蓮司を思索から引きずり戻す。

 おっと、そうだ。ここに居る目的は、シンシアの情報を得るためだった。

 蓮司は姿勢を正して、二人の会話に耳を傾ける。

 

「寝ずに原稿を書いてたりしてるんでしょ。ちゃんと休まなきゃダメだから」

「……なんかやってないと、気が気じゃなくて」

「クロエの気持ちもわかるけどね、『R』さんの正体に、ここまで近づいたんだから」

 

(ん?)

 

 話題が妙な雲行きになったことに、蓮司は眉をひそめた。

 シンシアが続ける。

 

「クロエの予想では、『R』さんはリュウゲツの縁者なんでしょう?」

「そう。あのブラックさんは、リュウゲツさんの家族な可能性も高いと思ってる」

「だから、インタビューで良い情報を引き出せたら、『R』さんの特定もできる」

「うん」

 

 なん……だと?

 蓮司は再びビックリした。どこからどう情報を得られたのはわからないが、自分の正体が高精度に予想されてしまっているではないか。

 

「楽しみだね、そのときが。わかったら私にもすぐ教えてね、クロエ」

「わかってるよ、シンシア」

「ふふ、ありがと」

 

 頭を抱える蓮司。

 父の本を出したい、というクロエには協力したい。だが、それはだいぶ危険を伴うことになってしまう。

 

(七海にも言っておかなくてはならないか。そういう申し入れがあっても、断るように、と)

 

 ……すまないクロエちゃん。

 どうやら俺は、父を日本に広く紹介したいというキミの心に応えることができない。

 

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる蓮司なのだった。

 

 ――――。

 

 その後の時間は、穏やかなものだった。

 食事を終えた二人は少しゲームをし、テレビを見て笑い転げ、スマホを見せ合ってハシャぐ。

 そこにいるのは、S級探索者でも、『英雄の弟子』を演じる若き才能でもない。

 ただの、年頃の女の子二人。

 

 とりとめもない話題が飛び交っている。どうしてあんなに楽しそうなのだろう。

 シンシアが何かを言うたびに、クロエがコロコロと鈴を転がすように笑う。

 蓮司は部屋の隅、観葉植物の陰で体育座りをしながら、その光景を眺めていた。

 

(ああ……平和だ)

 

 とても、尊い時間だった。

 完全に不法侵入の覗き魔でしかない自分が、申し訳なくて、少し落ち込む。

 そして同時に、疑問が湧き上がる。

 

(シンシア嬢も、とても良い子じゃないか)

 

 クロエちゃんに向ける眼差し。その優しさ。

 こんな子が、異世界からの先兵? 世界を滅ぼすボス?

 ありえるだろうか。

 

 だが、母――サエコが、なんの根拠も意図もなく、あんなゲームを作るはずがないという確信もある。

 蓮司は、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

(……この時間が、真実だといい)

 

 笑い合っている二人。

 この温かな時間が、嘘偽りのない真実であってほしい。

 そして、いつまでも続いてほしい。

 そんな世界を、彼は切に願った。――だがやはり。

 

 そうもいかないのだと、思い知らされることになる。

 

 夜も更け、日付が変わる頃。

 夢のような時間が過ぎ去り、シンシアは笑顔のままクロエの家を辞した。

 

 蓮司もまた、静かにその後を追う。

 彼女が向かった先は、帰路ではなかった。

 電車を乗り継ぎ、歩き、暗い夜道の中たどり着いたのは――『シブヤ』。

 

 廃墟と化した街は、光と闇のコントラストが異様だった。

 ダンジョンの入口付近は、厳重な警戒のために何十基もの投光器が設置され、真昼のように明るい。だが、その光が届かない場所は、口を開けた深淵のように漆黒の闇に沈んでいる。

 

 シンシアは、迷うことなく光の中へと歩いていく。

 武器も持たず。装備もなく。

 ただの私服姿のまま、立ち入り禁止のゲートをくぐる。

 

(……警備員たちは、彼女に気づいていないのか?)

 

 蓮司はフェイズシフトウォッチを使い、管理事務所の様子を覗き見た。

 数多くのモニタが並ぶ部屋。

 その一つに、堂々と正面から歩いてくるシンシアの姿が映し出されている。

 

 だというのに。

 警備員たちはコーヒーを飲み、談笑し、誰もその画面を見ていなかった。いや、視界には入っているはずなのに、脳が認識していないかのように無反応だ。

 

 認識阻害の魔法か、あるいは、もっと別の干渉か。

 シンシアは誰に止められることもなく、悠然とダンジョンの暗闇へと吸い込まれていく。

 その背中は、昼間の無邪気な少女のものとは別人のように、冷たく、孤独に見えた。

 

「……やはり、こうなってしまうのだな」

 

 モニタルームから離れ、蓮司は呟いた。

 予言は正しかった。

 彼女は、あそこに『帰って』いったのだ。

 

 蓮司は拳を握りしめる。

 もう、見ているだけの時間は終わりだ。

 

(話をしなくてはなるまい、シンシア嬢と……)

 

 彼女の正体が何であれ、クロエちゃんとのあの時間が嘘だったとは思いたくない。

 だからこそ、直接会って、問わねばならない。

 蓮司は決意を固め、シンシアが消えた闇の奥を睨みつけたのだった。

 

 

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