「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
尾行後、次の日。蓮司は熱を出して臥せっていた。
フェイズシフトウォッチの使い過ぎで体力を消耗しすぎたのだ。
「兄貴ー。鮭雑炊持ってきたよー」
気だるい身体をベッドから起こし、七海を部屋に迎え入れる。
入ってきた彼女は周囲を見渡し、いかにも珍しいといった顔をしてみせながら続けた。
「すご。兄貴の部屋のパソコンが、電源落ちてる」
「……使わないときは電源を落とす。そんなの当たり前のことではないか」
「当たり前っていうけど、二十四時間稼働させてることがほとんどじゃん」
「むむむ――ごほん、ごほん」
言われて咳込む蓮司であった。
それが誤魔化しの為の咳き込みであったのか、本当に咳き込んだのか。どちらにせよ消耗が目に見てわかるその有様に、七海は慌てた。
「ごめん兄貴、皮肉を言うつもりじゃなかったのに」
雑炊を横に置き、七海は兄の背中をさする。
「すまないな。七海が世話をしてくれるお陰で、今朝に比べたらこれでもだいぶ楽になってるよ」
「朝帰り、……心配したんだからね」
昨晩彼は家に帰らなかった。
帰れなかった、というのが正確か。
シンシアが『シブヤ』に入っていくのを確認したのが既に夜半。
渋谷駅は崩壊していたので、そこから歩いて電車のある駅に戻る頃には既に終電が終わっている時間だ。
スムーズに歩けたとしても、である。
蓮司の昨晩に関しては、スムーズに歩けもしなかった。
ダンジョン『シブヤ』の管理事務所から離れ、フェイズシフトを解いた瞬間にうずくまってしまった。そうなのだ、このアイテムは体力を消耗する。
それをほぼ半日、使いまくっていたのだから、そうなるのは当たり前と言えた。
真冬の夜だ。
無防備に外で眠ったり気を失ったりすれば、命の危険すらある。
彼は頑張って意識を保ちながら、……つまり無理をしながら近くの駅まで、時に這いずりながらも歩いていった。暗闇の渋谷から、途中、ひとけのあるコンビニにたどり着いたときは大袈裟でなく『命を長らえた』と感じた蓮司だ。
ゲームに予言された2月14日を前にして死んでしまっては、話にならない。
コンビニを見つけるごとに、砂糖たっぷりの温かいコーヒーを飲みながら駅に着き、電車で家まで帰りついたのは朝の6時頃だった。
そこには兄を心配して一睡もせず、鬼の形相で彼を待っていた七海がいたのだが、察した彼女は一瞬で顔を蒼ざめて、ベッドに蓮司を運んだものである。
「ふう……美味しかった。ありがとうな、七海。面倒を見てくれる者が居る、それがありがたいことだとここまで実感したのは初めてだ」
「いいんだよ兄貴。今はまた、寝て。とにかく回復しないとね」
「うむ、その意見は正しい。肯定だ」
そういうと、蓮司は大人しくまた横になったのだった。
「そうだ。伝えるのを忘れていた」
蓮司が思い出したとばかりに、いったん瞑った目を開けた。
「なに? 兄貴」
「この先、父さん……リュウゲツの取材を名目に、誰かが我が家に接近を試みてくるかもしれない。もしそうなったら、断って欲しいんだ」
「え? それはどういうこと?」
「クロエちゃんたちに、俺の――『R』の素性がバレ掛けてる。接触を避けたい」
「あー……」
それを聞いた七海は、しばし無言になり。
「ごめん兄貴! 昨日その連絡があって、私、取材の約束を受けちゃった……!」
「え?」
蓮司は目を丸くして。
七海はしどろもどろになった。
「だって、お父さんの偉業を日本でも知らしめたいから、とか、本にしたいから、とか! 私、嬉しくて、つい!」
「ああな」
蓮司は苦笑する。七海の気持ちが痛いほどわかる彼だった。
きっと妹は、取材の申し込みを受けて、嬉しくも誇らしい気持ちになったに違いない。それで取材を受けるな、というのも酷な話か。
「どうしよっか、兄貴……」
「構わない、受けてくれ。ただ、俺のことはなにを聞かれても話さないようにな。ニートのロクデナシ、とでも言って誤魔化しておいてくれ」
そう言って笑顔を見せ、心配そうな顔をしている妹の頭を撫でた。七海も、いつもの憎まれ口を叩くわけでなく、それを受け入れる。
「うん、わかった。約束する」
七海は頷いたのだった。
◇◆◇◆
少し時間は戻る。
その頃、初子は悩んでいた。クロエに頼まれた『リュウゲツ』のことを調べ終えたのである。だが、この情報を素直にクロエに伝えるべきか。
リュウゲツの家族、子供たちが二人。
今、日本で暮らしている。
そして、その兄の名は『蓮司』なのだった。確かクロエは言ってた、『R』の本当の名前は『蓮司』なのだと。
状況が揃ってしまった。
たぶん自分が『R』にたどり着いたのだろうという予感がある。
それだけに、この情報をクロエに知らせることに躊躇いを覚える。会うことで、さらにクロエが『R』に傾倒してしまわないだろうか。そして、もし『R』がロクでもない人間だったなら。
(確かに彼は、あの時クロエちゃんを身を呈して守ってはくれたけど……)
どこまで信じていいのか。
まずは自分の目で見極めないと、と初子は思った。
そこで、まずは単独でインタビューをすることに決めたのだった。
クロエには知らせずに、自分一人で。
(それもこれも、クロエちゃんの為だし……)
少しの後ろめたい気持ち。
クロエの信頼を裏切っているような、そんな気持ち。
だけどそれを振り切って、決意する。なぜなら彼女は今、クロエの保護者も同然なのだ。
これは、初子がクロエを大事にするあまりに取ってしまった行動だ。
あくまで彼女のために。
彼女のために、初子はクロエにいったん情報を伏せる決断をしたのだった。
インタビューの申し込みは、全く以てスムーズに承諾された。
電話を受けてくれたのはどうやら妹さん、名前は確か、七海さんと言ったか。
明るくハキハキした声で、初子の言葉に応えてくれた。
「お父さんの本が出るんですか!?」
すごく嬉しそうな声。
ごめんね七海さん、私の本当の目的は、そこじゃないの。
純粋に喜んでそうな彼女の声音に、チクリと良心が咎める。
そして心の中で、クロエにも謝った。
(ごめんねクロエちゃん、『R』を……蓮司くんを見極めることができたら、ちゃんと紹介するから)
取材の約束は、2月14日になった。
それもまた、蓮司にとって運命の日なのだった。
ハヤテが復活祭を行うと決めた日と同じ。
運命が収斂していく日。
◇◆◇◆
結局蓮司が体力を回復するまでには三日掛かった。
そしてこの三日で判明したこともある。
フェイズシフトウォッチが壊れていたのだ。
使いすぎだったのだろうか。気が付くとそれは動かなくなっていた。
(少々便利に使いすぎたか……)
残念ではあるが、これまで十分に役立ってくれた。
ありがとう、という気持ちすらある。道具に対しての思い入れというものを知った蓮司だった。名残惜しげにウォッチを机の引き出しに仕舞い込んだところで、不意に彼は気がついた。「おや?」と。
(あのゲームの中の俺は、確かフェイズシフトウォッチを使えていたはずだ)
なのに現実のこれは、もう使うことができない。
これから2月14日までに、修理なりすることができるのだろうか。もしそうでないのなら――。
(予言と、ズレがある……?)
あの予言がそもそもでたらめだったのだろうか。
いや、そうは思えない。事実、尾行の結果として、シンシア嬢が異世界からの先兵である可能性が高そうなことは見てとれた。
ならばこのズレは、なんと解釈すればよいのか。
(未来は不確定、ということか?)
あの予言に触発された俺の行動が、なにかしら未来を変えつつある可能性。
いやこれは、多分に希望的観測である。その自覚がありつつも、期待をしてしまう。
もしかしたら、シンシア嬢との戦闘も回避できるかもしれない、と。
平和的交渉なりで、うまく状況を流せるかもしれない、と。
――蓮司はそれを強く願った。
戦いたくない。クロエとシンシアのあの仲睦まじい姿が、彼のまぶたの裏に焼き付いている。あの時間を、壊したくなかった。確信に近い思いがあったのだ、シンシアは本当にクロエのことを大事にしているのだろう、と。
改めて彼は、シンシアと直接会うことを決意した。
自分の正体を明かすことにもなるが、試す価値はある。未来を変えられる可能性がそこにあるのならば、なおさらだ。
体力の回復した今、起こすべきは行動だ。
蓮司は再び赤坂の事務所ビル裏へと向かっていくのだった。
――――。
その日、シンシアがビルから出てくるのを確認できたのは午後のことだった。
今日は先日と違ってラフな格好ではない。私服ではありそうなものの、人目を意識したさっぱりと綺麗な恰好だった。仕事に向かうところではないか、と蓮司は理解した。
表通りに出たところで、蓮司は魔力を隠す指輪を外した。
膨大な魔力が彼の周囲に渦巻き始める。シンシアは敏感に、その魔力に気がついた。緊張した面持ちで、後ろを振り返る。蓮司の方へと振り返る。
多くの人々が歩く表通りの中、二人だけが足を止めた。
一瞬、彼と彼女の時間だけが止まったかのように、共に微動だもせず目だけを合わせる。
そして蓮司が口を開いた。
「初めまして、……ではないかな、シンシア嬢。あのときはイエローだったが」
蓮司が近づいていくと、シンシアはゴクリ、と喉を鳴らして口を開いた。
「あなた……、『R』?」
「その名で会話をするのは初めてになるか。ならば改めて名乗るべきだろう、俺は『R』。ネットでブログを書いているしがない探索者だ」
肩をすくめた蓮司に対して、シンシアはクスリと笑ってみせる。その顔に、緊張はあっても敵意はない。
「ずいぶんと謙遜するのね、『しがない』が聞いて呆れる。私、こう見えてこの国の言葉には少し詳しいんだから」
「よかった。『外国』の方らしかったから、どこまで言葉が通じるか不安だったんだ。これなら問題なく、意思を確かめ合うことができそうだ」
「意思……確認?」
いぶかしげに首を傾げたシンシアを、蓮司はお茶に誘った。
「少し付き合って貰えないかな」
「……これから仕事だったんだけど、いいわ、付き合う。あの『R』がわざわざ顔出しで私に会いに来たんだもの。その意味を私も知りたいし。そこの喫茶店で話をしましょ」
「わかった」
二人は近くの喫茶店に入った。
そこは、蓮司が最初に張り込みで使っていた喫茶店だった。
彼が入店すると、例のウェイトレスがほのかに驚いた顔を見せ、そして笑顔になった。
「いらっしゃいませー」
迎える声が、どことなく弾んでいる。
蓮司たちを席に案内しながら、彼女はこそっと彼に耳打ちをした。
(出待ち、成功したみたいですね。おめでとうございます)
クスクスと笑いながら、自分の幸せのように笑顔を見せる。
蓮司も小声で礼を言う。
(ありがとう、おかげさまで)
二人の注文を聞いたウェイトレスが、しばらくすると緑茶とシナモンティーを持ってきた。ごゆっくりどうぞ、という言葉は、たぶん心の底からのものだ。彼女は蓮司に片目を瞑ってみせると、笑顔で店の奥へと去っていった。
「……なによ、もしかしてここの常連?」
「そういうわけでもないのだが」
蓮司は苦笑した。
お茶で軽く口を湿らせつつ、さてなにをどう聞いていくか、と自問する。
しかし先に切り出してきたのは、シンシアだった。
「あなた、魔力のコントロールが得意だったりする? デズニのときも、ドームTOKYOのときも、全然わからなかったんだけど」
「ああ、それなら」
言って蓮司は指輪を嵌めた。
彼の魔力がみるみるうちに抑えられていく。
「……なるほどね。そんな
そうなのか。さすが母さんだな、そんなものをポンと出してくるなんて。
蓮司は心の中だけで頭を掻きつつ。
「さすがだな、良い目をしている」
「……公開情報だもんね、私の『目』のことも知ってて当然か」
「魔力を視覚で感知できるのだろう? 世界ではキミとクロエちゃんだけがそれを可能としているらしいが」
「まあね。便利と言えば便利だけど、むしろその便利さに溺れていたみたい。あのとき赤犬さんがまさか『R』だなんて、想像もしてなかった」
「人は利器に頼りすぎると、時に盲目となるものだ。デバッグツールを当てにし過ぎて、単純な数字上のエラーに気づけない、そんな話もよく耳にするしな」
シンシアはクスリと笑った。
「それ、フォローしてくれてるんだよね?」
「そのつもりだったが」
「ふふ、想像通りの人。不器用そうだわ……でも、誠実」
シナモンティーで濡れた唇が艶やかだ。
彼女は蓮司の目を見た。
「で、なにが目的?」
「おや。まさかそんな直球でくるとは想像の外だったが」
「合わせてあげてるの、不器用そうなあなたに。誠実さへの報酬、と考えて貰ってもいいわ。あとありがとね、あのときクロエを助けてくれて。感謝してる」
私じゃ、止められなかったから。
そう続けるシンシアに、蓮司は自分の顎に手を添えて疑問を口にする。
「そこだよ、それがわからない」
「わからないって、なにが?」
「シンシア嬢が率直に来たので、俺も率直に行こうと思う」
そう枕詞を述べた上で、蓮司は続けた。
「キミのチカラならば、あのときクロエちゃんを止められたはずなんだ。なのに、なぜそれをしなかったのか」
「なに言ってるの? 私にそんなチカラはないわよ?」
「いや、あるんだ。俺はそれを知っている。キミの本当のチカラは、俺をも凌駕する特別なものだろう? なにせ――」
言葉を一瞬区切り。
「シンシア嬢は、異世界の先兵なのだから」
ゴッ! と。
魔力が吹き荒れた。可視できぬ蓮司にも、その圧だけは身体で感じられる。空気が一変したことを悟ったが、おくびにも緊張はしない彼である。
「やめておけ。ここで俺とやりあったら関係ない人も巻き込んでしまう。それはクロエちゃんが望むことではないだろう?」
見開かれたシンシアの目が、しばし蓮司を睨みつけていたものの、やがてその目は閉じられ。
「……なんなのよあなた、その余裕」
言いのけて、どこか口惜しげに唇を結ぶ彼女。
蓮司は肩をすくめた。
「クロエちゃんを盾にすれば、キミは引き下がると思っていた。そしてこれで確信できた。キミにとってクロエちゃんは、本当に大切な存在なのだ、と」
「そうよ。クロエは私にとって――」
なにかを言いさして、シンシアは首を振った。
「いいえ、なんでもないわ。それより、どこから私の素性を知ったの?」
「それは言えない」
「……
「さてね」
「あいつは、戦った相手に感情移入しやすい奴だったから」
少し遠い目をして。
「ね、『R』。アグレージは強かった?」
「強かったよ」
「そっか」
「尊敬に値する強者だった。戦えたことを光栄に思っている」
「……あいつが聞いたら喜びそう」
シンシアは少しの笑みを浮かべ、シナモンティーに口を付けた。
そんな彼女を眺めながら、蓮司は口を開く。
「シンシア嬢の見立て通り、俺は腹芸が苦手だ。だから単刀直入に行こうと思う」
「ふふ。自己分析に長けてるのね」
「今日、俺が正体を見せてまでキミに接触したのは、戦わぬ道がないかと模索したかったからだ。キミは確かに異世界の先兵だったが、クロエちゃんへの友情は本物だ。そして俺もクロエちゃんを大事に思っている。そこに、なにか和睦への道がないものだろうか」
「ないわ」
キッパリと、即時の返事をするシンシア。
「むしろあなたとクロエが、互いを大事に思ってるというのが一番の問題ですらあるくらい」
「どういうことだそれは」
「言えないわよ。言う意味もないし」
要件はそれだけか、という顔をしながら、シンシアは「ふう」と溜め息をついた。
「あなたの言う通り、私はクロエを大事に思っている。だからこそ、あなたと戦わなくてはならない。ここでは戦わないとしても」
「意味がわからない、シンシア嬢」
「わからなくていいわ。あなたはわからないまま死んでくれれば、それでいい。場所と時間を決めましょう、戦いの」
蓮司は無念そうに唇を噛んだ。
そして。
「2月14日、なのだろう? キミが今、脳裏に浮かべた日は」
「……気味が悪いわね。その通りよ」
二人の間に緊張感が走る。
無念そうな目でシンシアを見つめる蓮司。
初めて敵意を少し浮かべた目でその彼を見る、シンシア。
「場所は、そう、『シブヤ』がいいでしょ。あのダンジョンの中なら、誰に迷惑を掛けることもなく戦える」
結局、事態を打開はできなかったか、と蓮司は心の中で首を振った。
このまま戦えば、負けてしまう公算が高い。
だが。
「飲まないなら、あなたの寝床がわかり次第、問答無用で襲撃を掛ける。今度こそ、そういう戦いになるだけよ」
彼女は本気だろう。
だから戦わざるを得ない。『シブヤ』で。
「了承だ。その勝負、受けよう」
こうして二人が約束をしたその日の夜、ハヤテの復活祭がダンジョン『シブヤ』の入口前で行われることが大々的に発表されたのだった。
2月14日。
――全てがそこに集まるかのように。