「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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2月14日

 

 瓦礫の山と化した渋谷。

 ダンジョン『シブヤ』の入口前。常緑の冬蔦が崩壊したビルを覆うこの廃墟街は、通常立ち入り禁止区域として厳重に国が管理している。

 

 が、今日はいつになく多くの人間が集まっている。

 この人混みを一つの括りで言い示すなら、彼らは「ハヤテのファン」たちだ。

 

「へえ、初めて来たよ渋谷の跡地」

「映像で見るより迫力あるなぁ。ホントに廃墟じゃん」

「ここは今、国の指定区域なんだろ? そんな場所を貸し切って復活祭をするなんて、さすがハヤテだよ!」

 

 彼らは、物珍しそうに周囲を見回しながらざわついている。

 視線の先には、瓦礫の中に不釣り合いなほど煌びやかな特設ステージがあった。

 派手な電飾、金銀ラメ入りで彩られたそこでは、ハヤテが以前発表した歌が流れている。(ラブ)を語るメロディアスなソングから、血沸き肉躍る戦いのブルースロックまで、それは様々だ。

 

 彼、ハヤテの姿は、そこにまだない。

 いつ登場するかも、ファンたちはまだ聞かされていない。

 それがまた、彼らの期待を高めている。

 

 ざわめき。ささめき。

 大勢が集まっての呟きが、時に地鳴りのようにひとけのない廃墟の奥へと響き渡り、どこかに消えてゆく。

 会場の外には一抹の寂しさ、転じて内では熱狂的な熱さ。

 今か今かと主役の登場を待ちわびる熱気が、次第に寒空の下で湯気のように立ち上っているのだった。

 

 その時だ。誰かが叫んだ。

 

「上だ! 空を見ろ!」

 

 声に釣られ、集まった皆が一斉に空を見上げた。

 冬晴れの青空から、一つの影が降りてくる。

 パラシュートだった。

 大きく『H』の文字が描かれた特注のパラシュートを操り、その男は舞い降りた。

 

『キャアアアアア! ハヤテェェェェ!』

『空から来たぞ! さすが天使! いや太陽!』

 

 悲鳴にも似た歓声の中、ハヤテはステージ中央へ華麗に着地する。

 間髪入れず、待機していたクルーたちが群がった。

 パラシュートを手際よく外し、代わりに彼の象徴である『黄金の鎧』を装着させていく。まるでF1のピット作業のような早業だ。

 

 その間、ハヤテはされるがままになりながらも、クルーなど存在しないかのように振る舞っていた。

 優雅にステージの端まで歩き、ファンに向かって手を振る。

 

「ありがとう……! 俺という太陽に照らされし惑星たち――愛すべきファンたる皆々よ!」

 

 投げキッスを一つ。

 それだけで数人が失神する騒ぎとなる中、鎧の装着を終えたハヤテはマイクを握った。

 

「心配を掛けたね。俺も心を痛めていたよ、君たちを不安にさせてしまったことに」

 

 彼は沈痛な面持ちを作り、またすぐに、力強い笑顔を見せる。

 

「だが、安心してくれ。あの事故で俺は確かに傷ついた。子供を守るための名誉の負傷とはいえ、骨も折れた。……だが、知っているかい? 骨というのは一度折れると、以前よりも太く、強くなって再生するんだ」

 

 ハヤテは胸を張る。黄金の鎧が日光を反射してギラギラと輝いた。

 

「俺もまた同じ。死の淵から舞い戻り、以前よりも強く、気高く生まれ変わった! 今の俺は、過去のどの瞬間の俺よりも輝いている!」

 

 詭弁を詩的に飾り立てるその手腕は、ある意味で天才的だった。

 観客たちは涙を流してその言葉に酔いしれる。

 

「太陽は沈んでも、必ずまた昇る! さあ、それでは始めようか。世界を照らす、復活の祭を!」

 

 ドォォォォン! と派手な特効花火が打ち上がる。

 会場のボルテージは最高潮に達した。

 こうして、運命の2月14日が幕を開けたのである。

 

 ◇◆◇◆

 

 場所は変わって、都内のとある喫茶店。

 初子はスマホで流れる『ハヤテ復活祭』の中継を眺めながら、呆れたように溜息をついた。

 

「相変わらずね、あの男は。よくもまあヌケヌケと……」

 

 画面を閉じ、腕時計を見る。

 まだ午前も早め。待ち合わせの時間には少し早すぎたようだ。

 初子はコーヒーを一口飲み、これから始まる『仕事』のシミュレーションを始めた。

 

 名目は、伝説の探索者『リュウゲツ』に関する書籍化のインタビュー。

 だが、真の目的はそこではない。

 

(相手は大学生の女の子、西岡七海さん。リュウゲツ氏が亡くなったのは彼女がまだ小学生低学年の頃……。本人から得られる情報は少ないはず)

 

 だからこそ、そこを突き崩す。

 父の記憶が薄いことを利用して、「もっと詳しいことを知っているご家族はいませんか? 例えば、お兄さんとか」と水を向けるのだ。

 

(うまく刺激して、転がして……本命である『蓮司』くんの情報を引き出さないと)

 

 少し意地悪なやり方かもしれない。

 純粋に父の本が出ると喜んでいる女の子を、利用するような真似だ。

 初子の心に、チクリと痛みが走る。

 

(ごめんね。でも、私は汚い大人でいいの)

 

 すべてはクロエのためだ。

 あの子がこれ以上傷つかないように。変な男に騙されていないか、危険な道に進もうとしていないか。それを見極めるのが、大人の、保護者の役目なのだから。

 

「……よし」

 

 覚悟を決め、プランを固めたその時だった。

 

「――随分と早いですね、初子さん」

 

 声を掛けられた。

 七海さんがもう来たのかしら、と初子が顔を上げる。

 しかし、そこに立っていたのは予想外の人物だった。

 

「クロエ、……ちゃん?」

 

 マスクとサングラスで顔を隠しているが、間違いない。

 クロエだった。

 どうしてここに。私は誰にも言わずに来たはずなのに。

 初子は狼狽えた。後ろめたい感情を隠そうと、必死に平静を装う。

 

「ど、どうしたのクロエちゃん、こんなところで。まだ謹慎中じゃ……」

「……あまり、私を良い子だと思わないでください」

 

 クロエはサングラスを外し、真っ直ぐに初子を見つめた。

 その瞳に、迷いはない。

 

「え?」

「利用できるものなら、なんだって利用する女です。たとえそれが、恩義ある初子さんだったとしても」

「り、利用って……」

「わかっていました。初子さんが、私に内緒で行動を起こすことくらい」

 

 クロエは淡々と言った。

 彼女は初子が自分を出し抜いて『R』の身元を調べようとすることを読み切り、あえて泳がせていたのだ。初子がたどり着く場所こそが、正解の場所だと信じて。

 

 初子は一瞬、言葉を失った。

 だが驚異的な早さで気持ちを立て直し、冗談めかした声を出す。

 

「参ったわね……。いつの間に、そんな悪女になっちゃってたのかしら」

「初子さんが私のことを考えて行動してくれているのは、わかってます。だけど……」

 

 クロエの声は、少し硬い。

 

「私、そんなに頼りないですか?」

「クロエちゃん……?」

「弱いままですか?」

 

 目を逸らしながら、呟くように聞くクロエ。

 

「お母さんのことで落ち込んでたときのままですか?」

「そんなこと……っ」

「じゃあ、もっと信じて欲しかったです。こんなことをせずに」

 

 その言葉は、刃物のように初子の胸を抉った。

 守っているつもりだった。導いているつもりだった。

 けれど、それはただの独りよがりで、目の前の少女を一番傷つけていたのは自分だったのだ。

 

 初子は何か言おうとして――言葉を失う。

 クロエの瞳には、怒りがあった。同時に、悲しみもあった。信じたかった人に、信じてもらえなかった。その痛みが、滲んでいた。

 

(遠い……。クロエちゃんが、遠い)

 

 声が出ない。

 自分は彼女を裏切ってしまったのだ。ここでなにかを口にできる資格を今の自分は持っていない。そう自覚するしかなかった。

 ――その時、背後でドアベルが鳴った。

 

「すみませーん! お待たせしましたー!」

 

 元気な声と共に、一人の女性が小走りで近づいてくる。

 西岡七海だ。

 彼女の登場に、凍り付いた空気が揺れる。

 初子がどう対応すべきか迷った、その刹那。

 

「本日はインタビューに応じてくださってありがとうございますッ☆」

 

 パァッ! と。

 クロエの表情が劇的に変化した。満面のアイドルスマイル。

 だが初子にはわかってしまった。その笑顔が、自分と七海を隔絶するための『仮面』であり、自分に向けられたものでは決してないことが。

 

「今回リュウゲツさんの本を書かせて頂く、担当のクロエです☆ よろしくお願いしまーす!」

「えっ、えええええっ!? ク、クロエちゃん!? 本物の!?」

 

 驚く七海に、クロエは流れるように席を勧める。

 そして、立ち尽くす初子の方を見向きもせずに言った。

 

「ごめんなさい七海さん。連絡を入れた初子は、ちょうど今から席を外すところなんです。……そうですよね? 初子さん」

 

 振り返ったクロエの顔は笑っていた。

 けれど、目は笑っていない。

『ここは自分が仕切る』と。無言の圧力が、初子の存在を拒絶していた。

 

「あ……う、うん。そう、ね……」

 

 初子は、逃げるようにその場を離れるしかなかった。

 背後から聞こえる七海とクロエの楽しげな会話が、遠く感じる。

 喫茶店のドアを出た瞬間、寒空の下で初子は立ちすくんだ。

 

(……終わったんだわ)

 

 私の役目は、もうない。

 信頼を裏切った報いは、これほどまでに重く、冷たい。

 初子は滲む視界を拭うこともできず、ただ一人、雑踏の中へと消えていった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ノリノリのロック調ソングが、廃墟となった渋谷の街に響き渡る。

 復活祭のメインは『ハヤテ夢のリサイタル』。当日まで伏せられていたサプライズ内容である。

 

 観客たちもノリがいい。

 曲調に合わせて、時に立ち上がり拳を突き上げ、バラードでは涙し。

 ファンである彼らにとって、ハヤテの生歌は天竺の有難いお経よりも価値があるものらしく、誰もが恍惚の表情で至福の時間を過ごしていた。

 

 では、ファンでない蓮司はどうなのか。

 彼は少し離れた物陰から、煌びやかなステージと狂乱の観客たちを眺めやり、普通に頭を抱えていた。

 

(……入れない。物理的に、無理だ)

 

 シンシアと約束した決闘の場所は、ダンジョンの中だ。

 しかし、その入口である大穴のすぐ手前にステージが設置されており、さらに周囲をファンの波が埋め尽くしている。どうルートを取っても、衆人環視の中を突っ切ることになる。

 

 こんなときに、フェイズシフトウォッチが使えれば。

 心の底からそう思ったが、壊れてしまった以上は仕方ない。無いものねだりは非生産的だ。

 蓮司は脳内で、別の侵入アルゴリズムを検索し、シミュレートしていく。

 

(プランA。人目を気にせず、正面から突入する)

 

 ――却下だ。

 単純に目立ちすぎる。シンシア戦という難局を乗り切ったのちに、全国へ『身バレ』という別の致命的なエラーが発生する可能性が高い。それでは勝利条件を満たせない。

 

(プランB。映像、音響設備をハックしてステージに混乱を起こし、その隙をついて突入する)

 

 ――これも、リスクが高すぎる。

 数千、数万の群衆だ。一度パニックが起きれば、制御不能な暴走(スタンピード)に発展しかねない。

 

 俺の都合で、一般人に死傷者を出すリスクなど論外だ。最終的に回避できない戦いとなれば、それも甘受する覚悟はある。だが、どう考えてもそれは今じゃない。俺はまだ、そこまで非情な計算式を組めない。

 

(となれば、プランC……)

 

 蓮司は視線をステージ裏のテントに向けた。

 裏方から適当な着ぐるみでも調達して、演出の一環を装いながら紛れ込む方法だ。前回の『赤犬』での成功例もある。これなら身バレも防げるはずだ。

 

 蓮司はスタッフのフリをしてバックヤードに近づき、忙しなく動くクルーの一人に声を掛けた。

 

「お疲れ様です。演出用の着ぐるみなどは置いてませんか? ちょっとチェックしたくて」

 

 その瞬間だった。

 クルーの顔色が青ざめ、次いで鬼の形相で怒鳴られた。

 

「バカ野郎ッ! 声がでかい!」

「む?」

「おまえ急に入ったバイトか!? ハヤテさんの前で『着ぐるみ』なんて口にするなよ? あの人は今、重度の着ぐるみアレルギーなんだ。犬のぬいぐるみを置いただけでも過呼吸起こすんだぞ!」

 

 ……なるほど。

 蓮司は無言で頭を下げ、その場を離れた。

 どうやらドームTOKYOでの『赤犬ショック』は、ハヤテの精神に深刻なバグ(トラウマ)を植え付けてしまったらしい。

 自らの行いが巡り巡って今、俺自身の首を絞めることになるとは。これも因果応報というやつか。

 

(困ったな。着ぐるみの線は絶望的だ)

 

 このままだとシンシアの元にたどり着けない。約束を果たせない。

 その場合はきっと、彼女が宣言した通り、不意打ちや巻き込みありの『戦争』になる。俺の家族にも危険が及ぶことになるだろう。

 

 それは断固として避けたかった。七海の身の安全の為にも、そしてクロエちゃんの心の平穏の為にも。

 

(どうすればいい? ハヤテ氏の歌が終わるのを待つか? いや、セットリストを見る限りあと二時間は歌う気だぞ、あの男……)

 

 悩んでいる間にも、約束の時間は刻一刻と迫ってくる。

 ちょっとの遅れなら許して貰えるだろうか。シンシア嬢が几帳面すぎなければ助かるのだが、彼女の剣技を見る限り、時間は秒単位で守りそうなタイプに見える。

 

「……弱った」

 

 背後から聞こえる「俺は太陽~♪」という熱唱をBGMに、蓮司は途方に暮れる。

 世界の命運を左右する戦いの前に、まさか『約束の場所に行けない』という理由で詰むとは。

 どこか現実逃避気味に、二月の晴れた空を見上げる蓮司なのだった。

 

 

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