「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
瓦礫の山と化した渋谷。
ダンジョン『シブヤ』の入口前。常緑の冬蔦が崩壊したビルを覆うこの廃墟街は、通常立ち入り禁止区域として厳重に国が管理している。
が、今日はいつになく多くの人間が集まっている。
この人混みを一つの括りで言い示すなら、彼らは「ハヤテのファン」たちだ。
「へえ、初めて来たよ渋谷の跡地」
「映像で見るより迫力あるなぁ。ホントに廃墟じゃん」
「ここは今、国の指定区域なんだろ? そんな場所を貸し切って復活祭をするなんて、さすがハヤテだよ!」
彼らは、物珍しそうに周囲を見回しながらざわついている。
視線の先には、瓦礫の中に不釣り合いなほど煌びやかな特設ステージがあった。
派手な電飾、金銀ラメ入りで彩られたそこでは、ハヤテが以前発表した歌が流れている。
彼、ハヤテの姿は、そこにまだない。
いつ登場するかも、ファンたちはまだ聞かされていない。
それがまた、彼らの期待を高めている。
ざわめき。ささめき。
大勢が集まっての呟きが、時に地鳴りのようにひとけのない廃墟の奥へと響き渡り、どこかに消えてゆく。
会場の外には一抹の寂しさ、転じて内では熱狂的な熱さ。
今か今かと主役の登場を待ちわびる熱気が、次第に寒空の下で湯気のように立ち上っているのだった。
その時だ。誰かが叫んだ。
「上だ! 空を見ろ!」
声に釣られ、集まった皆が一斉に空を見上げた。
冬晴れの青空から、一つの影が降りてくる。
パラシュートだった。
大きく『H』の文字が描かれた特注のパラシュートを操り、その男は舞い降りた。
『キャアアアアア! ハヤテェェェェ!』
『空から来たぞ! さすが天使! いや太陽!』
悲鳴にも似た歓声の中、ハヤテはステージ中央へ華麗に着地する。
間髪入れず、待機していたクルーたちが群がった。
パラシュートを手際よく外し、代わりに彼の象徴である『黄金の鎧』を装着させていく。まるでF1のピット作業のような早業だ。
その間、ハヤテはされるがままになりながらも、クルーなど存在しないかのように振る舞っていた。
優雅にステージの端まで歩き、ファンに向かって手を振る。
「ありがとう……! 俺という太陽に照らされし惑星たち――愛すべきファンたる皆々よ!」
投げキッスを一つ。
それだけで数人が失神する騒ぎとなる中、鎧の装着を終えたハヤテはマイクを握った。
「心配を掛けたね。俺も心を痛めていたよ、君たちを不安にさせてしまったことに」
彼は沈痛な面持ちを作り、またすぐに、力強い笑顔を見せる。
「だが、安心してくれ。あの事故で俺は確かに傷ついた。子供を守るための名誉の負傷とはいえ、骨も折れた。……だが、知っているかい? 骨というのは一度折れると、以前よりも太く、強くなって再生するんだ」
ハヤテは胸を張る。黄金の鎧が日光を反射してギラギラと輝いた。
「俺もまた同じ。死の淵から舞い戻り、以前よりも強く、気高く生まれ変わった! 今の俺は、過去のどの瞬間の俺よりも輝いている!」
詭弁を詩的に飾り立てるその手腕は、ある意味で天才的だった。
観客たちは涙を流してその言葉に酔いしれる。
「太陽は沈んでも、必ずまた昇る! さあ、それでは始めようか。世界を照らす、復活の祭を!」
ドォォォォン! と派手な特効花火が打ち上がる。
会場のボルテージは最高潮に達した。
こうして、運命の2月14日が幕を開けたのである。
◇◆◇◆
場所は変わって、都内のとある喫茶店。
初子はスマホで流れる『ハヤテ復活祭』の中継を眺めながら、呆れたように溜息をついた。
「相変わらずね、あの男は。よくもまあヌケヌケと……」
画面を閉じ、腕時計を見る。
まだ午前も早め。待ち合わせの時間には少し早すぎたようだ。
初子はコーヒーを一口飲み、これから始まる『仕事』のシミュレーションを始めた。
名目は、伝説の探索者『リュウゲツ』に関する書籍化のインタビュー。
だが、真の目的はそこではない。
(相手は大学生の女の子、西岡七海さん。リュウゲツ氏が亡くなったのは彼女がまだ小学生低学年の頃……。本人から得られる情報は少ないはず)
だからこそ、そこを突き崩す。
父の記憶が薄いことを利用して、「もっと詳しいことを知っているご家族はいませんか? 例えば、お兄さんとか」と水を向けるのだ。
(うまく刺激して、転がして……本命である『蓮司』くんの情報を引き出さないと)
少し意地悪なやり方かもしれない。
純粋に父の本が出ると喜んでいる女の子を、利用するような真似だ。
初子の心に、チクリと痛みが走る。
(ごめんね。でも、私は汚い大人でいいの)
すべてはクロエのためだ。
あの子がこれ以上傷つかないように。変な男に騙されていないか、危険な道に進もうとしていないか。それを見極めるのが、大人の、保護者の役目なのだから。
「……よし」
覚悟を決め、プランを固めたその時だった。
「――随分と早いですね、初子さん」
声を掛けられた。
七海さんがもう来たのかしら、と初子が顔を上げる。
しかし、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「クロエ、……ちゃん?」
マスクとサングラスで顔を隠しているが、間違いない。
クロエだった。
どうしてここに。私は誰にも言わずに来たはずなのに。
初子は狼狽えた。後ろめたい感情を隠そうと、必死に平静を装う。
「ど、どうしたのクロエちゃん、こんなところで。まだ謹慎中じゃ……」
「……あまり、私を良い子だと思わないでください」
クロエはサングラスを外し、真っ直ぐに初子を見つめた。
その瞳に、迷いはない。
「え?」
「利用できるものなら、なんだって利用する女です。たとえそれが、恩義ある初子さんだったとしても」
「り、利用って……」
「わかっていました。初子さんが、私に内緒で行動を起こすことくらい」
クロエは淡々と言った。
彼女は初子が自分を出し抜いて『R』の身元を調べようとすることを読み切り、あえて泳がせていたのだ。初子がたどり着く場所こそが、正解の場所だと信じて。
初子は一瞬、言葉を失った。
だが驚異的な早さで気持ちを立て直し、冗談めかした声を出す。
「参ったわね……。いつの間に、そんな悪女になっちゃってたのかしら」
「初子さんが私のことを考えて行動してくれているのは、わかってます。だけど……」
クロエの声は、少し硬い。
「私、そんなに頼りないですか?」
「クロエちゃん……?」
「弱いままですか?」
目を逸らしながら、呟くように聞くクロエ。
「お母さんのことで落ち込んでたときのままですか?」
「そんなこと……っ」
「じゃあ、もっと信じて欲しかったです。こんなことをせずに」
その言葉は、刃物のように初子の胸を抉った。
守っているつもりだった。導いているつもりだった。
けれど、それはただの独りよがりで、目の前の少女を一番傷つけていたのは自分だったのだ。
初子は何か言おうとして――言葉を失う。
クロエの瞳には、怒りがあった。同時に、悲しみもあった。信じたかった人に、信じてもらえなかった。その痛みが、滲んでいた。
(遠い……。クロエちゃんが、遠い)
声が出ない。
自分は彼女を裏切ってしまったのだ。ここでなにかを口にできる資格を今の自分は持っていない。そう自覚するしかなかった。
――その時、背後でドアベルが鳴った。
「すみませーん! お待たせしましたー!」
元気な声と共に、一人の女性が小走りで近づいてくる。
西岡七海だ。
彼女の登場に、凍り付いた空気が揺れる。
初子がどう対応すべきか迷った、その刹那。
「本日はインタビューに応じてくださってありがとうございますッ☆」
パァッ! と。
クロエの表情が劇的に変化した。満面のアイドルスマイル。
だが初子にはわかってしまった。その笑顔が、自分と七海を隔絶するための『仮面』であり、自分に向けられたものでは決してないことが。
「今回リュウゲツさんの本を書かせて頂く、担当のクロエです☆ よろしくお願いしまーす!」
「えっ、えええええっ!? ク、クロエちゃん!? 本物の!?」
驚く七海に、クロエは流れるように席を勧める。
そして、立ち尽くす初子の方を見向きもせずに言った。
「ごめんなさい七海さん。連絡を入れた初子は、ちょうど今から席を外すところなんです。……そうですよね? 初子さん」
振り返ったクロエの顔は笑っていた。
けれど、目は笑っていない。
『ここは自分が仕切る』と。無言の圧力が、初子の存在を拒絶していた。
「あ……う、うん。そう、ね……」
初子は、逃げるようにその場を離れるしかなかった。
背後から聞こえる七海とクロエの楽しげな会話が、遠く感じる。
喫茶店のドアを出た瞬間、寒空の下で初子は立ちすくんだ。
(……終わったんだわ)
私の役目は、もうない。
信頼を裏切った報いは、これほどまでに重く、冷たい。
初子は滲む視界を拭うこともできず、ただ一人、雑踏の中へと消えていった。
◇◆◇◆
ノリノリのロック調ソングが、廃墟となった渋谷の街に響き渡る。
復活祭のメインは『ハヤテ夢のリサイタル』。当日まで伏せられていたサプライズ内容である。
観客たちもノリがいい。
曲調に合わせて、時に立ち上がり拳を突き上げ、バラードでは涙し。
ファンである彼らにとって、ハヤテの生歌は天竺の有難いお経よりも価値があるものらしく、誰もが恍惚の表情で至福の時間を過ごしていた。
では、ファンでない蓮司はどうなのか。
彼は少し離れた物陰から、煌びやかなステージと狂乱の観客たちを眺めやり、普通に頭を抱えていた。
(……入れない。物理的に、無理だ)
シンシアと約束した決闘の場所は、ダンジョンの中だ。
しかし、その入口である大穴のすぐ手前にステージが設置されており、さらに周囲をファンの波が埋め尽くしている。どうルートを取っても、衆人環視の中を突っ切ることになる。
こんなときに、フェイズシフトウォッチが使えれば。
心の底からそう思ったが、壊れてしまった以上は仕方ない。無いものねだりは非生産的だ。
蓮司は脳内で、別の侵入アルゴリズムを検索し、シミュレートしていく。
(プランA。人目を気にせず、正面から突入する)
――却下だ。
単純に目立ちすぎる。シンシア戦という難局を乗り切ったのちに、全国へ『身バレ』という別の致命的なエラーが発生する可能性が高い。それでは勝利条件を満たせない。
(プランB。映像、音響設備をハックしてステージに混乱を起こし、その隙をついて突入する)
――これも、リスクが高すぎる。
数千、数万の群衆だ。一度パニックが起きれば、制御不能な
俺の都合で、一般人に死傷者を出すリスクなど論外だ。最終的に回避できない戦いとなれば、それも甘受する覚悟はある。だが、どう考えてもそれは今じゃない。俺はまだ、そこまで非情な計算式を組めない。
(となれば、プランC……)
蓮司は視線をステージ裏のテントに向けた。
裏方から適当な着ぐるみでも調達して、演出の一環を装いながら紛れ込む方法だ。前回の『赤犬』での成功例もある。これなら身バレも防げるはずだ。
蓮司はスタッフのフリをしてバックヤードに近づき、忙しなく動くクルーの一人に声を掛けた。
「お疲れ様です。演出用の着ぐるみなどは置いてませんか? ちょっとチェックしたくて」
その瞬間だった。
クルーの顔色が青ざめ、次いで鬼の形相で怒鳴られた。
「バカ野郎ッ! 声がでかい!」
「む?」
「おまえ急に入ったバイトか!? ハヤテさんの前で『着ぐるみ』なんて口にするなよ? あの人は今、重度の着ぐるみアレルギーなんだ。犬のぬいぐるみを置いただけでも過呼吸起こすんだぞ!」
……なるほど。
蓮司は無言で頭を下げ、その場を離れた。
どうやらドームTOKYOでの『赤犬ショック』は、ハヤテの精神に深刻な
自らの行いが巡り巡って今、俺自身の首を絞めることになるとは。これも因果応報というやつか。
(困ったな。着ぐるみの線は絶望的だ)
このままだとシンシアの元にたどり着けない。約束を果たせない。
その場合はきっと、彼女が宣言した通り、不意打ちや巻き込みありの『戦争』になる。俺の家族にも危険が及ぶことになるだろう。
それは断固として避けたかった。七海の身の安全の為にも、そしてクロエちゃんの心の平穏の為にも。
(どうすればいい? ハヤテ氏の歌が終わるのを待つか? いや、セットリストを見る限りあと二時間は歌う気だぞ、あの男……)
悩んでいる間にも、約束の時間は刻一刻と迫ってくる。
ちょっとの遅れなら許して貰えるだろうか。シンシア嬢が几帳面すぎなければ助かるのだが、彼女の剣技を見る限り、時間は秒単位で守りそうなタイプに見える。
「……弱った」
背後から聞こえる「俺は太陽~♪」という熱唱をBGMに、蓮司は途方に暮れる。
世界の命運を左右する戦いの前に、まさか『約束の場所に行けない』という理由で詰むとは。
どこか現実逃避気味に、二月の晴れた空を見上げる蓮司なのだった。