「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
覚醒
「シンシア、やめてっ!」
廃墟となった渋谷に、クロエの声が響き渡る。
シンシアの動きが止まった。魔力で形成された巨大な処刑鎌が、彼女の頭上で動きを止める。
「クロ……エ?」
呆然とした顔をするシンシア。
クロエを見つめるその目が一瞬泳ぎ、軽く視線が逸れる。
「どうして、ここに……? あなたはまだ、謹慎中で……」
「どうして、って。それは私のセリフだよシンシア。なんでこんなところで戦ってるの、『誰と』、戦ってるの?」
「そ、それは……」
巨大鎌が霧散し、シンシアはクロエの方に向き直る。「私は……」と、目を泳がせて言葉もしどろもどろな彼女。
そんなシンシアを前に、クロエはゆっくりと話し出した。
「……初子さんがね、今日、私には内緒でインタビューの予定を組んでいたの。日本に住む、リュウゲツさんの娘さんに」
淡々とした口調。
だけどシンシアから目を逸らさずに、じっと彼女を見ながらクロエは話す。
静かな声が吹く風に乗り、廃墟の中に響いて消える。
「ふぅん、……そ、そうなんだ」
口ごもりながら答えて、シンシアは合間に軽く深呼吸をした。
「初子さんらしいね。クロエに会わせる前に、自分で相手をに確認しておきたかったんだと思う」
「うん。そうだと思う、きっと私のことを心配して。でも私、こっそり初子さんをつけったの。そこで初子さんに、酷いこと言っちゃった」
「ひどいこと、って?」
シンシアが少しだけ落ち着きを取り戻したように。
「……こんなことをするのは、私を信じてくれてないからだ、って」
「ダメじゃんクロエ。あの人が、あなたのことを、考えてくれてないわけない」
「そう、信じきれてなかったのは、私なのにね。それなのに私、一方的に初子さんを拒絶して、あの人を傷つけちゃった」
自嘲ぎみに呟き、クロエは少し俯いた。
苦笑をしてみせるシンシア。
「あとで謝らないとね。……で、どうして今、そんな話を?」
「もう、誤解で話を拗らせたくなかったから」
そういってクロエはシンシアを見つめ直す。
その目には、必死な光が宿っていた。彼女は急に声を大きく。
「誤解なんだよね、シンシア! あなたがここで、『R』さんと戦ってるだなんて! 異世界からの先兵とか嘘だよね!?」
返すシンシアの言葉は、「ああ」と、なにかを悟ったように。
少し困ったような顔で。
「そっか。知っちゃったんだ」
「否定してよ、シンシア!」
「リュウゲツの娘さんから、『R』にたどり着いたんだねクロエは。やっぱり『R』は、リュウゲツの身内だった。そこで、私の正体も知った」
彼女は溜め息をついた。
「クロエには知られたくなかったのに……。ねえ『R』! もしかしてこれも、あなたの策略なの!? この子を、ここに誘導したの? それなら許さないわよ!」
大声で『R』に問うた。
――が、答えは却ってこない。風の音に乗ってシンシアの声が、どこかに流れ去るだけだった。
「隠れた、か」
魔力を『目』で追おうとするも、周辺には自分が招いた『シブヤ』の魔力が満ちていて特定不能だった。たぶんまた、あの魔力を抑える指輪も付けたのだろう。
「ね、聞いてシンシア。『R』さんは妹さんと二人で暮らしているんだって。お母さまは今、海外でお仕事中。だけどやっぱり、
クロエの言葉が続くのを、シンシアは黙って聞く。
「妹さんはグリーンで、私はピンク。シンシアはイエローだったよね」
「……そうね。まだ二ヶ月くらいしか経ってないのに、なんだか凄い昔の話のよう」
「うん」
クロエは頷いた。
「でもねシンシア、私、あのときの感触はまだ覚えてる」
「感触?」
「皆で共闘した興奮、高揚、ワクワクする気持ち」
ああ、とシンシアの顔が和らいだ。「私も覚えているわ」と微笑んだ彼女の表情は、とても柔らかくて。
「あの共闘は、楽しかった」
だからこそ、クロエは泣きそうな顔になる。
「なんで!? なんでシンシアが異世界の先兵なの!? ずっとずっと、私を騙してたの!?」
「そうよ」
無情な声で、シンシアが言い切った。
「私はシンシア・レイン、勇者の元従者にして今はイゼルバーンの誇り高き先兵。ごめんねクロエ、あなたに近づいたのは『R』の身元を知るため。あなたが必死で『R』を探していることを知ったから」
「嘘!」
「嘘じゃないわ。予定していた手順とは違ったけど、結果的にこうして『R』を特定もできた。あとは彼を倒せば、私の使命は完遂する」
言ったのち、彼女は大声で。
「隠れても無駄よ『R』! いくらあなたが私の集めた魔力に紛れても、見つけ出す手段はある!」
と、足を動かそうとして――。
シンシアは自分の身体が微動だにできないことに気がついた。
クロエを見る。
「
「お願いシンシア。やめて。これ以上、『R』さんと戦ったりしないで」
「聞けない話だわ。これが私の役目だもの」
「じゃあ、力づくでも止めてみせる!」
「杖もないのに? 人間が、ブーストなしでこの
パキン! パキン! と。
砕ける音がした。それは、シンシアの身体を取り巻いていた魔力がひび割れる音。
魔力で作られた檻が、砕ける音だった。
「私を止めることなんてできないわ!」
「シンシア!」
「邪魔をしないでクロエ! ここで眠ってなさい!」
シンシアの手が、クロエに向かって振り下ろされる。
魔力の篭もった手だ。手加減をしているとはいえ、当たればただで済まなそうな、その一撃。クロエは思わず目を瞑った。
「良くないぞ、シンシア嬢。手加減アリとはいえ、クロエちゃんに物理的な攻撃を加えるのはライン超えだ。キミの中に、深刻なエラーが発生しかねない」
ガシィン! と。
割り込んできた木刀がシンシアの平手を止める。
「『R』!?」「『R』さん!?」
シンシアとクロエが同時に声を上げた。
「いったいどこから! 気配を消して接近してきてたの!?」
「フェイズシフトウォッチがなくとも、隠密は俺の特技だよシンシア嬢! 視線、死角、物陰、魔力の流れ、全てを動員させてもらってここに至った! さあ、また接近戦に付き合って貰うぞ!」
「そんなこと……! また
「クロエちゃんを巻き込んでか!?」
シンシアの予備動作が止まる。
明らかに彼女は、
「クロエちゃん、俺に力を貸してくれ! シンシア嬢を『止める』!」
「は、はい! 『R』さん!」
「敵に回るつもり!? クロエ!」
「いや違うぞシンシア嬢、クロエちゃんはいつだってキミの味方だ」
木刀での連撃で、シンシアの攻撃の起こりを潰しながら蓮司は叫んだ。
「キミがクロエちゃんの味方であるように」
「知ったようなこと言わないで!」
「クロエちゃんを巻き込んで大技を使えないのが、その証拠だろう」
「くっ!」
ダメージ覚悟で距離を取ろうとしたシンシアだったが、片足が一瞬だけ動かなかった。
「なっ!?」
「
局所的な、瞬間の檻。
それはクロエが初めてシンシアと共闘したとき、三匹のポイズンジャイアントを倒すときにシンシアへの連携として使った技だった。それが今、シンシアへと向けられて使われている。
「本気なのねクロエ!」
「本気じゃないと、あなたを止められないでしょシンシア!」
二人は初めて睨み合った。
憎しみではない、もっと必死な、なにか。そんな思いを互いの目に宿して、双方が唇を嚙みしめる。
「ナイスサポートだ、クロエちゃん!」
蓮司の踏み込み。
クロエの
その二つが機能的に組み合わさり、シンシアに適切なダメージを与えていく。
木刀を的確に振るいながら、蓮司は彼女に話し掛けた。
「シンシア嬢! キミからは俺に対する殺意こそあれ、憎しみを感じない。さっき、俺を殺すのは使命のためと言っていたが、それは本当なのか!?」
「本当に、……決まってるでしょ。あなたを殺して、使命を完遂しないと」
「完遂しないと、どうなるんだ。問題があるなら、俺に教えてくれ。俺はキミと戦いたくないという意思は示している。クロエちゃんが悲しむからと。共に問題解決への道を模索することは出来ぬものだろうか!」
「できないわよ! あなたが生きてること自体が問題なのだもの、『勇者候補』の『R』!」
距離を取ろうとするシンシア。
だが、そこでクロエがピンポイント
逃げられない。
「くっ!」
逃げそびれるシンシアに、蓮司は眉をひそめた。
聞きにくそうな顔で訊ねる。
「……キミがそこまで必死になる理由。もしかして、クロエちゃんになにか関係するのだろうか」
「――――!?」
シンシアが目を見開いて蓮司を睨む。
どうやらビンゴのようだ。蓮司は、
「やはりそうか」
と顔を曇らせた。
「……論理的な帰結というやつだ」
蓮司は木刀での連撃を加えながら、頭の中で情報を整理する。
以前、シンシア嬢はこう言った。
『あなたとクロエが互いを大事に思っていることが、一番の問題だ』
と。
あのときは意味がわからなかった。
だが今なら、一つの仮説が立てられる。
シンシア嬢は俺を殺したい。
だがクロエちゃんを悲しませたくない。
この二つは矛盾する。クロエちゃんは俺を慕ってくれている。俺を殺せば、クロエちゃんは悲しむ。
それでも殺さなければならない『使命』がある。『時間がない』と焦るほどに。
ならば。
その『使命』を果たさないと、クロエちゃんを悲しませる以上の何かが起きるのではないか。
――たとえば、クロエちゃん自身に危害が及ぶ、とか。
「もしかして、クロエちゃんが人質に取られているのか。キミが俺を殺さないと、クロエちゃんに危害が及ぶ、そういう状況なのか」
シンシアの目が、大きく見開かれた。
どうやら、当たらずとも遠からずといったところか。
「そういう話ならば、俺たちは『共闘』できる。共にクロエちゃんを守る為に、戦えるはずだ」
シンシアの腕が、力なく下ろされた。
抵抗をやめた彼女を前にして、蓮司の連撃も止まる。
クロエが一歩、前に出た。
「私のためなの? シンシア」
「クロエ……」
「もし、私のためにシンシアが、やりたくもないことをやってるのなら……そんなことやめてほしい」
「違う。私は……、私は自ら望んで『R』を殺そうとしている。『勇者』が覚醒する前に、事を成そうとしているだけ」
「なら! ちゃんと私の目を見て言ってよ! 知ってるよ、隠し事があるとき、シンシアは目を少しだけ逸らそうとする!」
叫んだクロエが、頭を押さえた。
「ううっ!」
「クロエ、クロエッ!? 大丈夫!?」
倒れそうになるクロエを、シンシアが抱えた。
蓮司もクロエを支えようとするが、シンシアに拒否される。
仕方ないので彼は、言葉だけを掛けた。
「大丈夫か、クロエちゃん!」
「だ、だいじょうぶで……うう……」
シンシアに抱えられたまま、眉間にシワを寄せているクロエ。
「病院だ、病院に連れて行こうシンシア嬢! 戦っているときじゃない!」
「……時間が、ない」
「そうだ、一刻を争う! この痛がりよう、重篤な病気の可能性も――」
「違うわ。時間がないの」
「シンシア嬢!? なにを言って……うわっ!?」
クロエを抱えたまま、シンシアが
蓮司が弾かれる。吹き飛ばされ、瓦礫の中を転がる蓮司。
「死んでちょうだい『R』。私が全てを抱えるから、その方が、断然マシ」
「意味がわからないぞシンシア嬢! 必要なのは医師だろう!?」
「違うわ、必要なのはあなたの死。それでクロエは、最悪の運命から逃れられる」
クロエの頭上に再び巨大な魔力の大鎌が形成される。
範囲致死攻撃。ゲームで蓮司が幾度も屠られた技だった。
あれを振られたら、終わる。
蓮司は木刀を握りしめて走り出した。
間に合うか、この距離で。振りまわされる前に、この木刀がシンシア嬢に届くだろうか。これまで、その戦法が成功したことはない。しかも今回は、抱えたクロエちゃんを避けながら、一撃でシンシア嬢を行動不能に追い込まなければならない。
ああ、なんだ。
成功する可能性なんか、ほぼ0パーセントじゃないか。足場も悪い。走る速度は、どうしても遅くなる。しかも、はは、ご丁寧に向かい風だ。破壊された渋谷の中に残る数少ないビルの残骸、それがビル風を起こして俺の行く手を阻んでいる。
――だが。
(やらないと、可能性は生まれない)
コンマ以下、何桁までゼロが続くことだろう。
そんな低い可能性を買うために、蓮司は走った。
「ごめんね『R』。デズニでのあなたとの共闘、楽しかったわ」
大鎌を振るおうとシンシアが腕を掲げた。
蓮司が歯を食いしばる。やはり間に合わない。だが、それでも走る。最後のときまで彼は走る。それが彼の対話方法だった、意思を伝える。諦めないという意思を、シンシアに、この世界に伝える。
――と。
シンシアの腕に、クロエの手が添えられた。
「クロ――!」
「ダメだよ、シンシア……」
腕が一瞬だけ、動かなくなる。
ほんの瞬間だけの、接触型
「シンシア嬢――ッッッ!」
蓮司は、彼女が抱えるクロエの身体を避けて、がむしゃらに突きを繰り出した。
シンシアの身体のどこに当たるか、そこまで考慮する余裕はなかった。
だからそれは、ちょっとだけ不運な不幸。
「あ」
シンシアの口から声が漏れ、次の瞬間、血がこぼれ出す。
蓮司の木刀は、彼女の胸を貫いていた。
それは間違いなく、急所だ。
「あ、あああ」
口から、ゴプリ、と血を噴きこぼして、シンシアが地に倒れる。
一緒に倒れてしまったクロエの方に手を伸ばし、見開かれた目からは涙が流れている。
「ごめん……クロエ、あなたに背負わせてしまう……私じゃ、届かなかった」
ひゅーひゅー、と、喉を鳴らしながら苦しそうに呟く。
「シンシア嬢!」
蓮司が悲痛な声を上げた。加減をする余裕はなかった。それほどの紙一重、ギリギリの攻防だったのだ。朦朧としたクロエが、接触型の
「待っていろ、いま、エリクサーを使う!」
どんな傷もたちどころに治すという、魔法の霊薬。
ゲーム内では何本でも買えるが、現実では一本しか在庫がなく、購入できたのはこれだけだ。
蓮司がエリクサーの瓶をシンシアの口元に近づけると、彼女は薄く笑って拒否をした。
「これは……、私なんかに、使わないで。あなたはこれから、もっと大変な目に遭うんだから……、『R』」
「なにを言ってるんだ、飲め、飲んでくれ!」
「私は止められなかった。だから、このまま目を瞑らせて。もう見たくないの、友達の悲劇なんて」
「いいから飲むんだ! キミを死なせてしまったら、俺はどんな顔をしてクロエちゃんの前に立てばいいかわからない!」
「そうね……。どんな顔をするのかしら、その顔も、私は見たくない。『R』……あなたも私は嫌いじゃなかった……。クロエほどじゃないけど、好きと言ってもいい。だから、二人が戦うところなんて見たくない」
蓮司の腕が止まった。
俺と、クロエちゃんが……、たた、かう?
「どういうことだ、俺とクロエちゃんが、なぜそんな」
「ほら、立たたないと。『R』。クロエはもう、目覚めてしまった」
横を見る。
そこにクロエは立っていた。
目もうつろに、力なく、腕をだらりと。
「思い……出した……、ワタシは……ワタシは」
虚空を仰ぎ見たクロエが、呟く。
「――『勇者』」