「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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シンシア・レイン

 

 ――『勇者』が、死んだ。

 

 敵勢力の勇者に敗れたわけではない。

 千の軍勢に屈したわけでもない。

 

 原因は、元来の虚弱。

 歴代最強と謳われた彼女は、その類まれな戦闘力とは裏腹に、ガラス細工のように脆い体質を持っていた。

 

 ただの風邪。そこからの併発。

 あらゆる敵に対して無敗を誇った偉大な英雄は、病魔という理不尽の前に、静かにその瞼を閉じた。

 

 あまりにも、呆気なかった。

 

 血の匂いも、剣戟の音もない。

 白いシーツに包まれた彼女は、戦場で見せていた勇者の顔ではなく、ただの眠る少女のようだった。

 

 シンシアは、その最期を見届けていた。

 ゼッゼッ、と呼吸が浅くなり、やがて静かに途切れる、その瞬間まで。

 

 戦い抜いた者に与えられるはずの終わりが、これなのか。

 そう思ったとき、胸の奥に、どうしようもない怒りと虚しさが込み上げた。

 だが同時に思った。これで彼女は開放されたのだと。

 

 ――『勇者』という呪縛から。

 

 だからこそ、シンシアは評議会の冷たい決定に声を荒げた。

 

「なぜです! 彼女は死んだのよ!?」

 

 感情が高ぶりすぎて、吐き気さえする。

 

「このまま眠らせてあげてください! 転生術だなんて、そこまでして彼女から安らぎを奪わないで!」

 

 彼らは死んでしまった勇者を、……その圧倒的な『兵器』としての価値を惜しむあまり、禁忌とされる大魔法を用いての『勇者復活計画』を企てたのだ。

 

 それは、イゼルバーンではない他の世界――いま侵略中の世界に『勇者』の魂を転生させるというもの。

 いずれ時がくれば、転生した彼女は記憶を取り戻す。相手の世界の『勇者候補』と共鳴したそのとき、再び剣を取るだろうと彼らは言う。

 

「そのとき、……覚醒した彼女が、目の前の剣を手にするかわかりませんよ評議長。彼女は戦いに疲れていたのですから」

「大丈夫だよシンシア。転生に使う記憶マトリクスは、彼女がまだ若かりし頃のものだ」

 

 評議長は、こともなげに言った。

 

「キミと共に幾つもの世界を渡り歩き、侵略中の世界を『ギアス』により次々と支配下に入れていた、あの全盛期の記憶だよ。それさえ取り戻せば、彼女はすぐにキミと共に共闘を始められるだろう。人格など、記憶の集積に過ぎないのだからね」

 

 シンシアはその日、反勇者システム派の組織へと逃亡した。

 許せなかったのだ。

 保存した記憶マトリクスによる、強引な人格の上書き。それは、死ぬまで勇者として生き、戦い抜いた末にようやく安息を得た彼女への、最悪の冒涜だと思った。

 

「貴方はどう思う? アグレージ」

 

 共に反勇者システム派へと転向した生ける鎧(リビングアーマー)に、シンシアは訊ねた。

 彼は『勇者の鎧』から生み出された魔物だ。誰よりも近くで、彼女の孤独な戦いを見守り、その血と汗を吸ってきた者でもある。

 

「私は彼女を守る鎧だ。彼女が再び戦いを望むならば、その傍らで彼女を守り通すのみ」

「じゃあ、なんで私についてきたのよ。勇者派のままで居れば、その願いは叶ったはずだわ」

「……同時に。共に時間を過ごした者として、勇者の心が行き着いた先を無視もできない」

 

 虚ろな鎧が、重々しく答える。

 

「反勇者派に転向した我々が、侵略先であるE03の勇者候補をことごとく倒せば、あちらの世界に勇者は現れず、彼女も勇者として『覚醒』せずに済む」

 

 それは、『勇者としての戦い』に疲れ果てていた彼女が、最期に望むであろうこと。

 ダンジョンシステムを発動してから一定期間内に、あちらの世界から『勇者』が生まれなければ、軍を擁しての武力侵略が許可される。

 

 勇者システムが生み出す強制力、『ギアス』などなくても、我々にはあの世界を侵略するチカラがあるのだから、そうしてしまえばいい。

 彼女一人に、世界の命運という重荷を背負わせる必要などないのだ。

 

「とはいえ」

 

 と、アグレージが続けた。

 

「生きることは戦うことと同義であると私は思っている。だから転生した彼女も、それが大であれ小であれ、きっと何かと戦い続けていると思いはするがね」

「……そうね」

 

 それはそれで、彼女らしいとシンシアも思う。

 彼女は戦いから目を逸らしたりしない。世界が弱肉強食であることを、誰よりも理解しているから。

 

 彼女が『勇者としての戦い』に疲れてしまったのは、勇者システムそのものに疑問を感じたからだった。

 このシステムは、正確なルールを提示せぬまま、世界の命運を敵世界の『勇者』一人にベットさせてしまう行為だ。

 情報を得られるかの能力も強さの内だと言ってしまえばそれまでだが、果たしてイゼルバーンはそこまでの強者と言えるのだろうか。システムの優位の上に胡坐をかいた、欺瞞の強さではないのか。

 その疑問を無視できるほど、彼女は無神経ではなかった。

 

「シンシア殿。私はこう願っている。転生先での彼女の戦いが、世界の命運などではなく、彼女自身の大事な物を守るための戦いであればいい、と。どうせ転生させられるのであれば、今度こそは自分のために生きて欲しい、と」

 

 シンシアは深く頷いた。

 そして――この世界で、知ってしまったのだ。

 転生先の彼女、クロエに出会って。

 彼女が自分の『推し』である『R』のために生きて(たたかって)いることを。

 

 奥底に封印された『勇者』の記憶に導かれてしまいながらも、彼女は『R』を崇拝し、彼のために強くなろうとしていた。

 誰かに強いられた戦いではない。自分の意志で、自分の好きな人のために戦うその姿は、かつてのどの瞬間よりも輝いて見えた。

 

(……そんなクロエを、『R』と戦わせてしまってはいけない)

 

 自分が焦がれた者と殺し合うなんて運命を、彼女に背負わせてはいけない。

 覚醒してしまえば、彼女は『勇者』の記憶に塗りつぶされ、『R』を敵として認識してしまうだろう。

 

 そんなことになるくらいなら、私が『R』を殺す。

 クロエの手を、彼女が愛した『R』の血で染めるわけにはいかないのだ。

 たとえ私が、彼女に恨まれようとも。

 

 ――ああ、なのに。

 

 ◇◆◇◆

 

 渋谷の廃墟に風が吹きすさぶ。

 倒れながら、血に塗れながら、シンシアは呟いた。

 

「……私の手は、あなたに届かなかったわ、『R』。ごめんねクロエ、あなたに業を背負わせてしまう」

「どういうことなんだ、シンシア嬢!」

 

 蓮司は木刀から手を放して問うた。

 いまシンシアから木刀を抜けば、彼女の胸から一気に血が噴き出てしまう。

 

「クロエが自分で言ったでしょ? あの子は『勇者』、イゼルバーンからの転生者よ」

「転……生者だと? イゼルバーンの勇者が、クロエちゃんだというのか!?」

「勇者候補のあなたに共鳴し、目覚めてしまった今。彼女の『勇者』としての魔力の形を、この世界の全てのダンジョンが認識した」

 

 シンシアは血を吐きながら続けた。

 

「あなたにも、今なら見えるはず。魔力が見えない人にですら見えてしまう、濃い魔力」

 

 立ちすくんでいるクロエの周りに、黒いカスミが渦を巻いている。

 それを見て、蓮司は息を飲んだ。

 シンシアがシブヤから供給していた魔力の量など、比較にならないほどの圧力を持った塊だ。そうか、この魔力の一端は、ドームTOKYOで見ている。クロエが、ハヤテを屠ろうとしたときの、強大な魔力。あのときはどうにか弾き返すことができたが、今回はその比ではない濃さだ。

 

「漆黒の、勇者。それがイゼルバーンでの、彼女の二つ名」

 

 シンシアが呟いた。

 ぼんやりと立っていたクロエが、やっと二人の方を見た。

 

「ずっと、不思議だった」

 

 ポツリ、と。話し出す。

 

「何をしても、何をしても、心の奥底からなにかが急かしてきてたの。これじゃない、これは違う、って。これは私がやることじゃない、って」

「クロエちゃん……」

「ありがとうございます『R』さん……あなたを追い掛けていたら、真実にたどり着けた。ずっと聞こえてた声の正体、それは『目覚めろ』だった。あれもこれも、違ってた。私が目指していたのは『目覚めること』なんだって、いまわかった」

 

 ぼんやりとした声だ。

 感情が篭もっていない。こちらを見る目にも、感情が篭もっていない。

 蓮司が唇を噛んでいると、シンシアがゼーゼーと声を出した。

 

「違って……ないよ、クロエ。あなたがやりたかったことは、『R』の真実を世間に示すことだったじゃない……。信仰にも近い『R』への推し活、それがあなたの本当」

「え、俺への? 推し? えええ?」

 

 蓮司が、少々場にそぐわない驚きの声を上げた。

 反射的にテレているのだろうが、この場にいるだけもがそれを無視する。

 

「違うのよ、シンシア。だっていま、私の心は晴れ晴れとしてる。ずっと掛かっていた頭の中のモヤが消えて、全てが理解できる。私は、『R』さんと戦いたかった。命を懸けて、戦いたかった」

「それはクロエ、あなたの本当じゃない。ただ『勇者』の記憶から生み出された、妄執」

「そんなことない。『R』さんの正体を追ってきたのも、戦いたかったからだと思うとすんなり納得ができる。だって私は『勇者』だもの。相手側の『勇者』と戦いたく思うのは当然」

 

 そこまで言って、クロエは「あ」となにかに思い至ったように。

 

「そっか、でもまだ『R』さんは勇者候補の段階なんだよね。戦うわけには行かないのか」

「そうだ。俺はまだ勇者じゃない、でも……そうだな。話を聞いて、胸を借りたくなってきたよクロエちゃん。少し戦って貰えないかな?」

「え、いいの? 確実に死んじゃいますよ今の『R』さんじゃ」

 

 キョトンとした顔をするクロエだ。

 シンシアがゼーゼーと息をしながら、蓮司を詰る。

 

「バカ……、逃げな、さいよ。クロエがああ言ってるん……だから」

「逃げない。推しのピンチを前にして逃げるなんて選択肢は、少なくとも俺にはない」

「なにを……言って」

「だが俺だけではきっと足りない。キミの協力が必要だ、シンシア。このエリクサーを飲んで、共に戦って欲しい。クロエちゃんを助けるために」

「あの魔力を見て……どうやって勝てる気に、なれるの、よ」

 

 蓮司は笑った。

 

「推し活は『愛』だからな。愛は計算も超える最後のチカラと決まってる」

 

 その笑顔が、どうにもバツの悪そうなものだったので。

 

「なに、言ってるのよ、おばか?」

 

 シンシアは息を切らせながらも、笑ってしまった。

 思わず咳き込んでしまう彼女。

 

「ほら、早くエリクサーを飲んで。血がダバダバだ」

「……仕方ないわね、飲ませなさい?」

「どうやってだ?」

「口移しで、よ」

「は!?」

 

 蓮司は狼狽えた。

 シンシアは続ける。

 

「こう見えて死にかけ。強引に嚥下させてくれないと、吐いちゃうわよ」

「いやしかし、クロエちゃんの前で……!」

「いいから、ほら!」

「わ、わかった」

 

 蓮司はシンシアに口づけをして、エリクサーを飲ませた。

 シンシアの顔色が、見る見る良くなっていく。身体を貫いていた木刀も、復活する肉に盛り返されてスポンと抜けた。

 

「……シンシア、あなたは私の従者じゃなかったかな。『勇者』に歯向かうだなんて、宗旨変えでもしたの?」

 

 クロエの声には、ちょっとだけ苛立ちが乗っていた。

 それを聞いたシンシアが、蓮司に小声で話す。

 

(いいわ。この様子だと、まだ『中』にクロエは『居る』)

(どういうことだ……?)

(口移しで嫉妬したのよ。完全に勇者になってるなら、あの子は宗旨変えくらいで苛立たない)

(じゃあ……!)

 

 二人は同時にクロエの方を見た。

 

「まだ間に合う、という認識でよいかなシンシア嬢」

「そうね。あなたの愛の奇跡に期待するわ、『R』」

 

 ――レッドとイエローの共闘、再び。

 

 

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