「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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『勇者』

 

 ダンジョン『シブヤ』前、特設ステージ。

 熱狂の渦が去った後、気がつけば一人、取り残された男がいた。

 

「ふぅ。これはいったい……どうしたというのかな」

 

 熱唱を終えたハヤテは、玉の汗が浮かぶ美貌をシルクのハンカチーフで拭い、呆然と客席を見渡した。

 彼を称える黄色い悲鳴が聞こえぬことで、ようやく気がついたのだ。

 あんなに大勢いたファンたちが、一人残らず消えていることに。

 

「クルーたちもおらず、バックバンドの姿もない。……神隠しか? それとも、俺の輝きが強すぎて、全員の目が焼かれてしまったとか?」

 

 それでは俺が皆の前から消えてしまうだけか。ふむ、逆である。

 では、なにごとか?

 

 顎に手を添え考え出した、その時だ。

 ステージ裏の空へ、天を突くような巨大な光の柱が立ち上った。

 禍々しい赤と、全てを飲み込むような黒。

 二つの光が絡み合い、一瞬の間を置いて――。

 

 ズドオォォォォン!!

 

 強烈な衝撃波が、特設ステージを激しく揺さぶる。

 照明機材が倒れ、瓦礫が舞う。

 

 ハヤテの顔が、一瞬だけ強張った。

 あの威力、あの禍々しさ。あれは――。

 

 よぎる。

 ドームTOKYOでの、苦々しい記憶が。ステージの上ででガタガタ震え命乞いをしてしまった、あのときの衝撃が。

 

 普通なら悲鳴を上げて逃げ出すような状況、だがこの男の精神は、プツン、とそれを凌駕した。……いや、違う。と。

 彼は首を振り、恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「そうか……わかるぞ。これは、ビートだ」

 

 ――俺の復活を祝うための、大地を揺るがすほどの激しいドラムビートなのだ。

 

 突然の確信。

 機転、いや()転とでも言うべきか。

 この地響きは地震でも攻撃でもない。

 

「これこそは、クルーとファンたちが結託した、俺へのサプライズパーティー。『真・宴』」

 

 ハヤテは、どこか自分へ言い聞かせるように、声も大きく笑顔を作る。

 人が消えたのは逃げたのではなく、次の演出のために隠れたのだ。

 そしてこの爆発は、俺の復活を彩るための特効(特殊効果)花火に違いない。

 

「まったく、いじらしい奴らめ。俺に黙ってこんな大規模な演出を用意するとは」

 

 普通に考えれば、これだけの爆発を起こせば渋谷が消し飛びかねない。だが今、ハヤテの脳内フィルターは、それを『愛ゆえの暴走』として美しく処理した。

 

「だが許そう! このハヤテ、その熱い想いを無碍にする狭量な男ではない。選ばれし勇者たるもの、海よりも深い度量が必要だからな!」

 

 彼は無人の、しかも半壊した客席に向かって、優雅に投げキッスを送る。

 

「むしろ可愛いものだ! ここまでして俺の復活を祝ってくれる下々に、太陽からの慈悲を!」

 

 チュッ、と音がしそうなキッスが、瓦礫の山に吸い込まれていく。

 その直後。

 

 ズズズズズ……ンッ!!

 

 再び、腹の底に響くような地鳴り。

 それは明らかに、ステージ裏のさらに奥から響いてきていた。当然これは、少し離れた場所で蓮司たちが死闘を繰り広げている余波である。

 しかし、ハヤテはそれを『お誘い』だと解釈した。

 

「ふっ、あっちか。照れ屋な子猫ちゃんたちが、俺をダンスフロアへと誘っているらしい」

 

 ハヤテは黄金の鎧をガシャンと言わせ、高らかに宣言する。

 

「ならば向かおう! ファンの皆がどう出迎えてくれるのか楽しみだ。さあ、『宴』を始めようじゃないか!」

 

 こうして黄金鎧の勇者は、『足を震わせながら』、地獄の釜の蓋が開いたばかりの激戦地へと向かっていったのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「おお、これは……」

 

 蓮司は呟いた。

 思わず見とれてしまったのだ、クロエが使いこなす大魔法に。

 

 それはシンシアが使っていた魔力を蛇のような光線として使う物に似ていたが、もっと動きが直線的だった。黒い光線が、直線的に軌道を変えつつ襲い掛かってきた。

 

(無駄のない動きだ。アルゴリズムは『A*(エースター)法』だろうか)

 

 誘導性には欠けるが、その分光線の速度に秀でている。

 美しい弾幕だった。

 

「なにをボンヤリしてるのよ、『R』!」

 

 対するシンシアの赤い光線の動きは、ミサイルなどが移動する標的を迎撃する際に使われる追尾ロジック『比例航法(プロポーショナル・ナビゲーション)』を思い起こさせる。

 

 弧を描きながらも正確にクロエの光線に対応し、魔力同士で干渉し合った二つの光線は、らせん状にもつれ合いながら天へと昇っていく。

 

(シンシア嬢の魔法も、改めて素晴らしい)

 

 先ほどまで戦っていた彼女がいま、味方となっている。

 それは心強いことだった。

 クロエを正気に戻す、という共通目的の元での共闘だ。これは正念場であった。

 

「次弾、来るわ! 事前相談した通りに頼むわね!」

「わかっている。俺は近接戦、だったな」

 

 木刀を握りしめ、走り出す。

 足場の悪さを物ともしない。膝というサスペンションを活かしたその走法は、上体が揺れずに安定している。クロエが放ってきた魔法を、木刀で跳ねのける。

 

(先ほどのシンシア嬢の魔法と、クロエちゃんの魔法。どうやら魔力をうまく使うと反発力が生まれて光線に干渉できるようだ)

 

 このことを理解した蓮司は、木刀に魔力を通して振るったのだ。

 すると想定通り。

 振るった木刀で魔法の軌道を逸らすことができた。

 

「……気づいたのね、『R』。そう、それが魔法戦で大事になる魔力の用法」

「キミが見せてくれたからな、シンシア嬢。シールド魔法でなく、わざわざ光線を使ってクロエちゃんの光線魔法を防御したのは、俺にこのことを教える為だったのだろう?」

「――べっ、別に私は! そんなつもりなんかカケラもなかったんだからね!」

 

 見事なツンデレだ。蓮司は、ふふ、と微笑んだ。

 彼女がダンチューバーとなれば、きっとあっという間に人気を博すことだろう。

 特にクロエちゃんと一緒に配信でもしたならば。

 

(世界中に、彼女たちの名が轟くに違いない。それこそ、ハヤテ氏をも上回るほどに)

 

 それを。

 

「……俺は見たいんだ、クロエちゃん!」

 

 隣接した。

 低い姿勢から木刀を逆袈裟に振り上げつつ、蓮司は吠える。

 そんな幸せな未来が見たいのだ、と。

 

「残念ですが『R』さん」

 

 クロエは空間に手を差し込み、そこから一振りの黒い剣を取り出す。

 アイテムボックス。それはシンシアも使っていた、異世界の技術。

 

「この世界は、もうオシマイです。私が、『勇者』が、目覚めてしまいましたので」

 

 蓮司の木刀を、剣で受け流しながらクロエは呟いた。

 

「また眠っていただくわけには、いかないものか」

「残念ですが」

「冬の二度寝は心地が良いぞ?」

「たくさん、たくさん眠りました。もうその必要はありません」

 

 クロエは一歩踏み込み、剣に体重を乗せる。

 受け流しと同時に、蓮司の体を崩す目的の身法だった。振り切った木刀の下で身体が流れ、腹部をがら空きにさせられる。

 

 そこにクロエの掌底が伸び――。

 

「させないわよ!」

 

 横から、シンシアの魔法光線。クロエは蓮司への攻撃を中断し、掌底に集めていた魔力をそのまま防御に回す。シールド防御だ。光線が掌底により消し去られた。

 

「助かるシンシア嬢!」

 

 流された体を逆に利用し、蓮司は弧を描くような大振りの一撃。

 それはとてもじゃないがクロエに当たるような代物ではなかったが、当たったときの威力は無視できない。彼女は身を逸らして避けた。

 

 そこに再び、シンシアの魔法攻撃。

 

「くっ」

 

 クロエはその攻撃を身で受けた。脇腹の衣服が破れる。白い肌が艶めかしいものの、そこには傷一つついてなかった。

 

「やっぱり……これくらいじゃ大したダメージにはならない……。だけど!」

「そうだ、それでいい!」

 

 蓮司は笑った。そのまま前に出る。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 気合と共に、木刀が唸りを上げた。

 踏み込みの衝撃でアスファルトが砕け、その反動を全て乗せた唐竹割り。

 だが、クロエは表情一つ変えない。漆黒の剣を無造作に掲げ、その一撃を受け止める。

 ガガガガガッ!

 木刀と真剣が激突し、圧縮された魔力が火花となって散る。

 

「重いですね、『R』さん」

「必死なんでね」

 

 と、ニヤリ。

 そして競り合いから、瞬時に離脱する。

 直後、クロエの剣が蓮司の首があった空間を薙ぎ払った。

 回避マージンは数センチ。風が頬を撫でる風に死の匂いが乗るも、蓮司の口元は緩んでいた。

 

(……良い。素晴らしいアルゴリズムだ)

 

 クロエの剣技は、洗練されている。美しくすらあった。

 膨大な魔力による身体強化、無駄のない軌道。それはまるで、最高難易度のゲームAIと対峙しているような緊張感と高揚感を、蓮司の脳髄にもたらしていた。

 

 蓮司がバックステップで距離を取ると同時に、入れ替わりでシンシアの赤い閃光が殺到する。

 それをクロエが剣で弾けば、死角から蓮司が滑り込み、足払いを仕掛ける。

 クロエが跳躍すると、今度は空中の自由を奪うようにシンシアの追尾弾が襲い掛かる。

 

 息つく暇もない連撃。

 視線すら交わさずとも成立する、完璧なコンビネーション。

 かつてデズニランドで見せた即興の連携は、この極限の戦場において、芸術的な域にまで昇華されていた。

 

 ドォォォンッ!

 シンシアの極大魔法と、蓮司の渾身の突きが同時にクロエを捉えた。

 爆煙が晴れる。

 

「……やっぱり」

 

 シンシアの頬に、汗がひと筋。

 笑顔が少し引きつっている。

 

「シンシアは理解しているはずなんだけど……」

 

 煙の中から現れたクロエが、無表情に服の煤を払った。

 直撃を受けた脇腹の服は破け、白い肌が露わになっている。だが、そこには傷一つ、赤み一つとして残っていない。

 圧倒的な防御力。いや、存在としての格が違う。

 

「今のあなたたちの攻撃じゃ、私に致命打は与えられないってことを」

 

 クロエは二人を交互に見ながら、少し目を細めた。

 

「でも続けてる……。私の知っているシンシアは、無駄なことをする人じゃない」

「理解してくれてて、嬉しいわ!」

 

 シンシアが吼えるのと同時、蓮司が地を蹴った。

 言葉はいらない。シンシアがクロエの気を引いたこの一瞬こそが、好機。

 

「シールド展開、座標固定」

 

 魔力が集まり、クロエの防御魔法が展開する。

 だが、蓮司の動きはその展開速度を凌駕した。シールドが完成するコンマ一秒前、そのわずかな隙間に体をねじ込み、懐へと侵入する。

 

(なるほど。強いゆえに視覚化された魔力が、彼女のやりたいことを読ませてくれる。ある意味これが、彼女の弱点)

 

 密着距離。蓮司は木刀を捨て、掌底を放つ。

 ただの打撃ではない。接触した瞬間に魔力を流し込み、内部から崩壊させる浸透勁。

 ズドンッ、と重い音が響く。

 クロエの体が、わずかに揺らいだかに見えた。

 

「まいったな。……これすらも、さして効かず、か」

 

 それでも蓮司はどこか楽しそうに笑う。

 シンシアが呆れ声と共に肩を竦めた。

 

「ダメじゃない『R』。自信あるって言ってたのに」

「対シンシアでのシミュレーションでは一番効果的な技だったんだよ」

「あ、やっぱりそういうのあったんだ。あとでじっくり聞かせて貰うわね」

「む。いや、その。むむむ」

 

 困り顔の蓮司だ。

 そんな彼らを、クロエが半目でねめまわした。

 

「二人とも……、なんでそんなに楽しそうなの?」

「決まってるじゃないクロエ、コンビを組んでるからよ。楽しいわよ、ワクワクする。自分だけじゃ届かない発想を相手がコンビネーションで見せてくれる、楽しくないわけないじゃない。ね、『R』?」

「ん? あ、ああ。そうだな。はっはっは、楽しいぞクロエちゃん!」

 

 これは二人の策だった。

 勇者の内側に隠されてしまった『クロエ』を、こうやって刺激する。

 嫉妬、羨望、憎しみ、なんでもいい。『クロエ』の感情を引き出す。

 役通りに笑う蓮司を、クロエはジトりと睨んだ。

 

「『R』さんは……いつも楽しそう」

「ん?」

「ブログからもそれは伝わってきました、冷静な記録だけにみえて、その記録を報告するのをきっとこの人は楽しんでるって、わかった」

 

 その目に浮かんでいるのは嫉妬だった。

 なぜこの人は、こんなときでも楽しそうな顔をしていられるのか。一歩間違えば死ぬ、そんな瀬戸際で。

 私には、そんな顔はできない。

 

 クロエの中で、『クロエ』が呟く。

 

「デズニでの共闘の時も、ドームTOKYOで私をいったん助けてくれたときも。飄々としていながら、どこか楽しげだった」

「ね、クロエ。想像通りの人だよね、『R』さん!」

 

 シンシアが大声を出した。

 

「だからこそ、あなたは『R』に惹かれていた。だからこそ、『R』を追っていたんでしょ!」

「私は――『R』さんと、戦いたくて……」

「それは、勇者としての都合! あなたはどうなのって話よ、聞こえてる!? 『クロエ』!」

「私……、私は! ああ!」

 

 頭を抱えるクロエ。

 その途端、彼女を中心に魔力が膨れ上がった。

 

「危ない『R』! 離れて!」

「ぬぅっ!」

 

 シンシアの声に、蓮司は後ろに跳ぶことで応えた。

 

「どうした、なにがあったんだクロエちゃんに!」

「『勇者』が抗ってる! クロエを表に出さないために!」

 

 アスファルトが割れた。

 割れた地面から、まるで逆立つように破片が空に向かって落ちていく。

 重力が狂うほどの、それは魔力の奔流だ。

 

「……私は不敗にして不屈、漆黒の名を冠された最強の勇者。イゼルバーンの栄光を担う者」

 

 クロエが呟く。

 まるで自分に言い聞かせるような、それはある種の呪文。

 蓮司の頬が引き攣った。笑いが凍っている。

 

「つまりこの事態は――?」

「逆鱗に触れた。知ってる? こっちの世界の言葉だけど!」

「知ってるに決まっている!」

 

 クロエちゃんを刺激するという行為が、『勇者』の防衛反応を引き起こしたということか。

 心の中で舌打ちをしながら、距離を取る。距離を取る。

 蓮司は走った。が。

 

「くおっ!?」

 

 突然に足が止まる。動かなくなったのだ。

 

魔力の檻(マナプリズン)か!」

 

 初めて身に喰らった魔力の檻(マナプリズン)は、強烈だった。

 足から始まって、全身が動かなくなった。

 それどころか、心臓までもが一瞬止められた。

 

「『R』!? あぶない、来るわよ!」

 

 シンシアが叫んだ。が、身が動かずに蓮司は歯ぎしりをするだけだった。

 身体の中にある魔力を固定されている。それがわかった。

 

 そうか、魔力の檻(マナプリズン)とはこういう技。彼女(クロエ)が『目』の力で魔力を縛りつけ、その動きを止める。魔力と共にある肉体も、動きを止めるという寸法か。

 

「死んでいただきます、『R』さん」

「クロエッ!」

「そのあとは、あなたよシンシア」

 

 クロエが準備した大魔法を放とうとした、そのとき――。

 

 ――――。

 

 少しだけ時間が巻き戻る。

 その男は、黄金の鎧に身を包んだその男は一人、遠い場所の高台から蓮司たちがクロエと戦う様を見ていた。

 

(なんなんだ……なんだというのか、あの魔力と魔力のぶつかり合いは)

 

 黒い光線と赤い光線が絡み合い天に上る。上れずに地にぶつかった光線は、赤と黒の光の柱となり天を突き、崩れたビルにぶつかった物は、そのビルを一瞬で崩し去る。

 

 光が溢れ、地鳴りが響く。

 先ほどまでの現象は、あいつらの戦いが原因だったのか、と。

 ハヤテはようやく理解した。

 

 ばかな、あの魔力は俺をも超えている……? そんなことが、有り得て良いのか。

 ――否。

 良いはずがない。どうにかしなければ、奴らをどうにかしなければ。

 

 だが、足が動かない。

 見れば震えていた。馬鹿な、と自身の身体に驚愕する。

 

(お、俺はS級探索者だぞ。しかも、日本で初のS級ダンジョンクリア者だ。太陽だ。勇者だ)

 

 繰り返す。自分に言い聞かせる。

 

(あんな連中、俺の黄金剣の一振りで黙らせられる。そうだ、いけ、踏み出せ。奴らに格の違いを見せつけるんだ)

 

 ああ。ああ。ああ!

 

(なぜ動かない、この足よ! なぜ俺は、あの中に入っていけない)

 

 答えはわかってた。

 わかっているが、認めたくない。認められない。

 

 愕然として膝を崩し、両手を付く。

 

「俺は……、俺は……」

 

 その時だ。

 煌めく黄金の鎧が、太陽の光を反射したのは。

 

 ――――。

 

 キラリ。と光。

 輝きがクロエの目に飛び込んでくる。

 眩しくて目を閉じた。瞼の裏に、光のあとが焼け付いた。

 

 そのせいで、大魔法が撃てなかった。

 目を閉じたので魔力の檻(マナプリズン)の効果も切れ、隙となった。

 

 次に彼女が目を開けたとき。

 

「……隠れましたね?」

 

 蓮司とシンシアの姿が、そこにはなかったのである。

 

 

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