「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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クロエ

 

 ――あれは、いつのことだったか。

 私の記憶の底にある、鮮烈な『赤』の風景。

 ダンジョンから溢れ出した魔物たちが街を蹂躙する、悪夢のような災害『魔物の暴走(スタンピード)』。

 

 コンクリートのジャングルが血と炎で染まる中、私は自分の異常性に気がついた。

 手元にあった、おばあちゃんへのプレゼントに買った杖。ただの木製の杖を武器に見立てて、魔物を屠る才能。

 

 今にして思えば、それは私が『勇者』だった頃の記憶の片鱗が、危機に呼応して目覚めただけだったのだろう。

 思考よりも早く身体が動き、襲い来る魔物をなぎ倒し、逃げ遅れた人たちを背に庇う。

 

 まるで、息をするように戦えた。

 けれど、だからといって『クロエ』としての私が、怖くなかったわけじゃない。

 

 飛び散る血飛沫、魔物の咆哮、死の気配。

 そしてなにより、こんなことが当然のようにできてしまう『自分ではない自分』への、底知れぬ戸惑いと不安。

 

 私は麻痺していたのだと思う。

 恐怖を押し殺し、夢中で魔物を狩り続けることでしか、正常な心を保てなかった。

 

 それだけに、あの時。

 当時ダンジョン協会のアタッカーチームに所属していたあの人が、私に声を掛けてくれたときは、涙が出るほど嬉しかった。

 

「大丈夫? ほら、身体から力を抜いて……そう、まずは指の力。いったん、杖をそこに置いて落ち着きましょう?」

 

 私よりも遥かに強く、頼もしい大人たちが、事態の収拾に駆け付けてくれた。

 でもその人は――初子さんは、隊列から離れてまで、震える私の元に駆け寄ってくれたのだ。

 

 パニックになりかけた私に、優しく深呼吸をさせて。

 杖に食い込むほどガチガチに固まった右手の指を、一本一本、丁寧に剥がしてくれた。 そして、戦場の只中とは思えないほど穏やかな笑顔で、

 

「すごいね」

 

 と言ってくれた。

 

「あなたが救ってくれた命が、後ろにたくさんいたよ。まだ幼いのに、私たちにできないことを、あなたはやってのけてくれた」

 彼女は、血と泥にまみれた私の顔を拭い、真っ直ぐに目を見つめて言った。

 

「ありがとう。私は初子っていうの。あなたのお名前は?」

「……クロエ、です」

 

 これが、私と初子さんの出会い。

 不安と暴力で塗りつぶされそうだった私に、あの人は『呼吸』を思い出させてくれた。

 私が『クロエ』として今日まで生きてこられたのは、間違いなく初子さんのおかげだった。――そう思う。

 

 初子さんは、私に色々なものをくれた。

 教育方針の違いから両親とうまくいかなくなった私には、親代わりの愛情を。

 ダンジョン探索者になりたいと言い出した私には、生き残るための技術と心得を。

 そしてなにより、私が私らしくいられる『居場所』を。

 初子さんはダンジョン協会の安定した職を捨て、私専属のマネージャーとなってくれた。

 

「強くなりたいなら、目立った方がいい。世界に愛される探索者になりましょ」

 

 と言って。

 

 この世界では、目立つ者にはチャンスが向こうから寄ってくる。

 同時に悪意あるトラップも寄ってくるけれど、そこを選別し、泥をかぶる役目を、初子さんは全て請け負ってくれたのだ。

 

「クロエちゃんはS級になれる……ううん、S級どころじゃないかも。そんな枠を超えて、もっともっと活躍する子になれると私は思うのよね」

 

 だから私の時間を、クロエちゃんにあげる。

 初子さんはそう言って、笑ってくれた。

 のちに知ったことだが、初子さんは両親を魔物に殺されていたらしい。その復讐のために力をつけ、協会のアタッカーになったのだと。

 

 けれど彼女は、復讐ではなく私を選んでくれた。

 過去の憎しみではなく、未来ある私を生かす道を選択してくれた。

 嬉しかった。

 

 血の繋がった家族よりも、私にとって初子さんは大事な家族だった。

 なのに私は、あんなことで初子さんに文句を言ってしまい、傷つけて――。

 

 あまつさえ今――この手で。

 

 ◇◆◇◆

 

「初子……さん?」

 

 空からゆっくりと、力のない影が降りてくる。

 漆黒の翼をたたみ込み、呆然とした表情で地上に足をつけたクロエだ。

 彼女の視線の先には、瓦礫に寄りかかるようにして倒れる初子の姿があった。

 腹部が、ない。

 抉り取られたような傷口からは、もはや血さえ流れていなかった。

 それでも初子は、薄く目を開け、力なく笑ってみせた。

 

「なんてカッコ……してるのよ、クロエちゃん……。黒いドレスや羽とか……、あなたには似合わない、のに」

「なんで、こんなところに初子さんが居るの……? どうして……」

「七海さんが……電話してくれた、の。クロエちゃんが……、兄……『R』と会うためにシブヤにいく、って。心配で、来ちゃった」

 

 初子は、震える手でクロエの頬に触れようとして、力尽きて落とした。

 

「そしたら……そんな恐ろしい恰好で、シンシアちゃんや『R』さんと殺し合いをしてるんだもの。笑っちゃったわ」

「あ、ああ……」

 

 クロエは頭を抱え、絶叫した。

 

「でも、私は『勇者』で! 敵を倒さなきゃいけなくて!」

「……違うぞ。今のキミは『クロエちゃん』だ。初子さんのことを見て、心配で、思わず降りてきてしまった、ただの優しい女の子だ」

 

 淡々とした声が、すぐ横から聞こえた。

 いつの間にか蓮司が、クロエの真横に立っていた。

 彼の手には、銀色の指輪。

 

「――通信切断」

 

 蓮司は、クロエの指に『指輪』を嵌めた。

 カキンッ、と硬質な音が響く。

 途端、クロエを包んでいた漆黒のオーラが、嘘のように霧散した。

 禍々しいドレスも、翼も、全てが光の粒子となって消え失せ、喫茶店から飛び出してきたままの私服なクロエへと戻る。

 

 糸が切れた人形のように、クロエはその場に崩れ落ちた。

 蓮司は苦々しい顔で、その光景を見下ろしながら呟く。

 

「IP偽装作戦、トラトラトラ。……完了だ」

「ふふ、なにそれ……『R』くん?」

 

 倒れたままの初子が、不思議そうに問いかける。

 蓮司は彼女の傷口から目を逸らさず、静かに、けれど早口で説明した。

 

「簡単な理屈ですよ初子さん。『勇者』というシステムは、膨大な魔力を必要とする高負荷プログラムだ。個人の魔力だけでは維持できない。だから、この『シブヤ』というダンジョンサーバーから、無線給電のように魔力をダウンロードしていたんです」

 

 蓮司は、クロエの指に嵌めた指輪を指差す。

 

「ダンジョンは『勇者』特有の魔力波長をIDとして認識し、そこにエネルギーを送り続けていた。だから俺は、この指輪で彼女の魔力波長を偽装(スプーフィング)したんです」

 

 魔力を隠蔽する指輪。

 それを嵌めることで、ダンジョン側からはクロエが『勇者』として認識できなくなる。

 

「サーバーに対して、『ここに勇者はいない(404 Not Found)』と誤認させた。供給を絶たれたプログラムは、エネルギー不足で強制終了するしかない。……いわゆる、IP偽装とアクセス遮断です」

 

 プログラマとしての理屈を並べ立てる蓮司。

 その声は冷静だったが、握りしめた拳は白くなるほど震えていた。

 作戦は成功した。

 だが、その代償はあまりにも大きすぎた。

 

 ――――。

 

「……これ、大丈夫? 全員闇落ちパターンじゃないの? ReN?」

 

 薄暗いコンピュータールーム。

 モニタにて軍事衛星からの超望遠の高解像度地上映像を眺めながら、蓮司の母・サエコは『コンピューター』に話し掛けた。

 相手はコンピューター上に走っている機密のAIアルゴリズム『ReN』、『Recursive Entanglement Navigator(再帰的にもつれた世界の案内人)』だ。

 

「違うまス。クロエちゃんも、彼も、お元気になるまスよ。私も元気です」

「それは、またお祈り申し上げる感じ?」

「そうです。もう、布石はしていまス。あとはお祈り申し上げまス」

 

 ReNの言葉に、サエコは肩を竦めてみせた。

 

「文字通り、布『石』だーね。虹色の魔石……、果たしてアレが運命を変えてくれるかってね」

「お祈り、申し訳まス」

 

 ――――。

 

「なに……この光は?」

 

 呟いたのはシンシアだった。

 舞い散る魔力の残滓、その一つ一つが共鳴するように、淡い虹色の光を帯び始めたのだ。

 

 蓮司はハッとして、クロエの胸元を見た。

 

「虹色……? まさか、クロエちゃんが持っている魔石が」

「私の、ペンダント?」

 

 クロエが震える手で、服の中からペンダントを取り出す。

 七色の石は、まるで心臓のようにドクン、ドクンと脈打ち、熱を放っていた。

 

「まぶしいっ……!」

 

 シンシアが思わず腕で顔を覆うほどの輝き。

 だがそれは目を焼く光ではない。凍り付いた絶望を溶かすような、圧倒的な『温かさ』を持っていた。

 蓮司の脳裏に、母サエコがアメリカに帰ったとき七海に伝言してきた言葉が蘇る。

 

 ――『虹の光は願いを叶える』。

 

 科学的根拠などない。プログラマ的論理でもない。

 だが今、目の前にあるのは『計算外』の奇跡だ。ならばすがるしかない。

 

「クロエちゃん! 願うんだ!」

 

 蓮司は叫んだ。

 

「初子さんを助けたいと! 君のその想いを、全部その石に叩きつけろ!」

「えっ!?」

「理屈なんてどうでもいい! 願え! 君の声なら、きっと届く!」

「……はいっ!」

 

 クロエは両手で石を包み込み、祈るように額に押し当てた。

 涙が零れ落ち、石を濡らす。

 

(嫌だ、死なないで。置いていかないで)

 

 私には、まだ初子さんが必要なの。謝りたいの。ありがとうって言いたいの!

 お願い、神様でも悪魔でも何でもいい――!

 

「助けて!」

 

 少女の悲痛な叫びが、世界に木霊した。そのとき。

 

 カッッッ!!

 皆の視界が白一色に染まる。

 七色の奔流が天を貫いた。

 それは遠く離れた場所からも観測できるほど、巨大で、美しい光の柱。

 両ひざを付いたまま動けずにいたハヤテが、高所からそれを見て呟いた。

 

「なんだ……あの虹は?」

 

 ハヤテの宴を見に来ていて、避難誘導されていた客たちも口々に呟く。

 

「なんだか、あったかいね……」

 

 廃墟の渋谷が、優しい光に包まれていく。

 やがて、光が収束し、静寂が戻ったとき。

 パリン、と澄んだ音がして、クロエの手の中で魔石が砕け散った。

 砂のように指の隙間からこぼれ落ちる輝き。その向こうで。

 

「……あれ? 私?」

 

 えぐり取られていたはずの腹部に、温かな皮膚の感触があった。

 初子が、呆然と身を起こす。

 破れた服の隙間から覗く肌には、傷跡一つ残っていない。

 

「嘘……治ってる……?」

「初子さんっ!!」

 

 クロエが弾かれたように抱きついた。

 その勢いで再び倒れ込む初子だが、今度は痛みなどない。あるのは、愛しい重みと体温だけ。

 

「よかった、よかったぁ……! うわあぁぁあぁぁん!」

 

 子供のように泣きじゃくるクロエの背中を、初子は優しく撫でた。

 その光景を見て、蓮司は大きく息を吐き出し、へなへなと座り込む。

 

「……理由不明挙動だらけの奇跡だが、結果オーライか」

 

 シンシアと目が合う。

 彼女もまた、涙を拭いながら微笑んでいた。

 

「よかった。……本当によかった、二人とも」

「ああ」

「ありがとね『R』。全部、あなたの『愛』のおかげよ」

「よせ。俺はただの、ファンだ。本来は無言で見守る(スパチャる)だけのな」

 

 シンシアが目を丸くした。

 

「もしかしてあなた……クロエ配信の名物リスナー、『無言さま』!?」

「む。いや、俺はその――!」

「あー、そうなんだ! クロエ聞いて、『R』が『無言さま』だったんだって!」

「やめろこら! やめてくれシンシア嬢、俺はただ静かに――」

 

 瓦礫の山に、優しい風が吹き抜けていく。

 こうして、クロエを巡る長い一日は、誰も欠けることのない大団円を迎えたのだった。

 

 

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