「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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クロエの苦悩と『シブヤ』の蓮司

 

「はぁ……」

 

 スタジオの控室で、アイドルダンチューバーのクロエが困ったように溜め息をついていた。アイドルダンチューバーで一番人気の彼女は、配信では見せない憂鬱な表情を浮かべている。

 

「どしたのクロエちゃん、そんな浮かない顔をして」

「あ、いえ初子さん。なんでもありません」

「なんでもないわけないじゃない。ん、ダイレクトメール……? あちゃー、またハヤテなのね」

 

 クロエのスマホを覗き見た彼女のマネージャー、初子はイヤそうな顔を声を隠さずに首を振った。

 

「なーにクロエちゃん、またあいつ『食事に行こう』とか言ってきたの?」

「えっと、あの……はい」

「もーしつこいね。マネージャーとして事務所から正式に抗議文出そうか?」

「そこまでしちゃうと大事になっちゃいますから……」

 

 消え入りそうなその声は、配信のときとは全く違う。配信では『みんな~☆ このダンジョンちょーヤバだよ☆』などとハイテンションだが、素の彼女は純朴で心配性な女子高生なのだった。

 

「クロエちゃんは優しいねー。いい子いい子」

 

 二十台後半の女性マネージャー、ボブカットが似合う初子。彼女はクロエの頭を優しく撫でた。そして問題のDMに目を通す。

 

『やあクロエちゃん、もしかして俺のこと考えてた? なんてね。それで、俺の配信はチェックしてくれたかな? 実は、シブヤダンジョンを攻略する為の日本スペシャルチームにキミを招集したいんだ。そのことを含めて話したいことがあってね。今度二人で食事でもどうかな。夜景の綺麗なところを予約してるんだ。もちろん、スイートルームもあるみたいだよ。返事はゆっくりでいいから。待ってるね』

 

 初子は露骨に眉をしかめた。

 

「今回は日本スペシャルチームの話をダシに使ってきたかー。前回はコラボ申請だったわよね」

「はい……」

「コラボも断ったのにね、クロエちゃん。嫌われてる自覚ないんだろうねー」

「いえ、そんな。嫌ってるわけでは。ただ……」

「ただ?

「ハヤテさんは、どうしても苦手で……。ダンジョンに対する姿勢というか、そういうものが……」

 

 それを嫌ってる、っていうんだけどな。

 初子はクロエの困り顔に苦笑しながら、軽く首を振った。

 

 業界では、ハヤテがすぐ女の子に声を掛ける男として有名だ。そして、その結果がいつも不誠実なことに終わるということも。

 名声や仕事を餌に女性に悪さをし、金の力と権力で揉み消す。そんな噂が絶えないハヤテを、純朴な女子高生であるクロエが苦手とするのはなんら不思議がない。

 

「まあねー。ああいう男は女の敵だと私も思うわ」

「そこまでは、言いませんが」

「クロエちゃんは純粋だぁねぇ」

 

 初子は、クロエのそういう潔癖な部分を好んでいた。

 おバカで勢いのある配信からは想像もつかないほど、彼女は思慮深く、真面目にダンジョンと向き合っている。その実力も折り紙付きだ。

 

 クロエの『目』は魔力の流れを視ることができ、戦闘ではある種の予知のように敵の動きを先読みできる。虹色の魔石が本物だと見抜けたのも、その力があってこそだ。

 

(まだ能力を使える時間は短いけど、鍛えればハヤテなんてすぐに追い越せる)

 

 初子はマネージャーとして、本気でクロエを応援していた。

 

「でもクロエちゃん。この話はちょっと興味あるんじゃない?」

「え?」

「日本スペシャルチームってとこ。参加すれば、きっとクロエちゃんの力もまた伸びるわよ」

「あ、……はい。気にならないと言えば嘘になりますが……」

 

 クロエは言葉を選びながら、マネージャーの顔を見た。

 

「本当はハヤテさんが『ウエノ08』を攻略したわけでもないのに、それを利用してチームを作るというのが、ちょっと……」

「もしかして、本当の討伐者に悪いとか、思ってる?」

 

 クロエは俯いてしまった。

 

 初子は嬉しそうに身震いした。うーん、純粋。そういうところがまた、私は好きなのよねぇ。――優しい目をクロエに向ける。しかし口にしたのは厳しい言葉だった。

 

「なに言ってるのクロエちゃん! クロエちゃんは今A級ダンチューバー、しかもまだまだ伸び盛り。今年中のS級だって私は視野に入れてるんだから」

 

 それには実績がもっと必要だ。利用できる話はどんどん利用したい。マネージャーとして、この話はどうにかして実現させたいところなんだけど。

 

「食事の件をお断りする返事はあとで一緒に考えてあげる」

「ありがとうございます、いつもお手数かけてしまってすみません」

「だけど、スペシャルチームの件は前向きに考えてみて欲しいな、クロエちゃん」

「…………」

 

 浮かない顔のクロエだったが、なにを思いついたのか探るような目を初子に向ける。

 

「そう言えば、ウエノ08の本当の討伐者さんって誰だかわからないままですよね」

「そうね、本当にハヤテじゃないなら、って話だけど」

「ハヤテさんでは無理です。もっと強い人が、他に居るんですよ」

 

 クロエは疑念を挟まない目で続ける。

 

「ウエノ08のボスを討伐するほどの人……もしかしたら、スペシャルチームに呼ばれているかも……しれませんよね?」

「あ」

「私が入ったら、初子さんはそのことを調べやすくなりますか?」

 

 クロエは真剣な眼差し。

 初子は一瞬息を飲んだ。それを調べる、ということはハヤテに対して『ノー』を突きつけることにも等しい気がするのだけれども。

 

 逡巡は、しかし短かった。

 その条件でクロエがスペシャルチーム在籍を受けてくれるなら、安い。

 初子は肩をすくめて頷いた。

 

「参りました、降参。調べるけど、くれぐれも要らないクチを聞かないでおいてよね? クロエちゃん」

「ありがとうございます! 変なことは言いません!」

 

 そのとき部屋の外からノックが響く。

 

「クロエさーん、そろそろ出番ですー」

「はーい☆ よーし、お仕事の方も頑張っちゃうぞー☆」

 

 いつもの仕事モードになったクロエが、明るい笑顔で立ち上がったのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「というわけで、今日はダンチューバーの萩尾クロエちゃんをゲストにお迎えして番組をお送りしましたー。また来週ー!」

 

 ダンジョン『シブヤ』。第一階層。

 人の気配がまったくない広い通路の端で、蓮司はスマホを閉じた。

 

「んー、やっぱりクロエちゃんいいね」

 

 よれたジャージ姿で満面の笑みを浮かべる彼の周囲には、ポイズンジャイアントの死体が山となっている。推しの番組を見ながら、近づいてきた魔物を木刀で屠っていたらこうなった。

 ちょうど最初に倒した魔物の死体が、光の粒になって消え始めた頃合いである。

 

 それにしても、なぜ彼がこんなところに居るのか。

 話は簡単、ハヤテの番組で見たダンジョン『シブヤ』が、ゲーム『ダンジョン&マジック』の未実装マップデータとそっくりだったからだ。

 あの美しくも難解なプログラムの謎を解く鍵が、ここにある。プログラマとして、その誘惑に抗うことなどできなかった。未解析なブラックボックスの先にある真実を、この手で暴くために来たのである。

 

『シブヤ』は国が管理する、SS級の超危険ダンジョン。

 瓦礫の山と化した元渋谷スクランブル交差点の中心にある。渋谷は『シブヤ』が出現したときに崩壊した。

 今や人けのない周囲には厳重な警戒網が敷かれているが、蓮司は面倒を避けるため、少しのハッキングテクニックと、ステルスゲームの要領で人知れずダンジョンに入ったのだ。『ダンジョン&マジック』の解析を進めるためには手段を厭わない彼だった。

 

「番組も終わったし、そろそろ先に進むか」

 

 解析してきた『ダンジョン&マジック』のマップデータに基づき、呑気に歩を進める。ポイズンジャイアントの群れが毒のブレスを吐いてくるが、蓮司はそれをひらりとかわし、木刀で腹を一撃。弱点が腹なのは既に知っている。

 

「思いのほか楽勝というべきか。データを精査し直して、出現する魔物のレベルを再確認する必要があるかもしれない」

 

 その後も出てくるのは、彼にとっては見慣れたレッサーデモンやジャイアントばかり。『ウエノ08』との違いは、一度に出てくる数が多いことと、波状攻撃を仕掛けてくることくらいか。

 

 ――数が多い。

 常人ならそれだけで死地なのだが、魔物の動きを解析済みの蓮司にとっては作業でしかない。

 彼がようやく「お?」と目を細めたのは、一階層の一番奥へと踏み込んだときだった。

 

「あれは、少し毛色が違うか?」

 

 大きな扉の前に鎮座していたのは、青黒い肌をしたグレーターデモン。ウエノ08で見た赤黒い個体とは明らかに違う威圧感を放っている。身にまとっている魔力が、青く可視化されているほどに強い。こんな魔物は初めてみる蓮司である。

 

「うむむ。俺自身はともかく、持ってるこの武器が不安だ」

 

 蓮司は手にした木刀を眺めた。居間から勝手に持ってきた、修学旅行土産のような木刀だ。確か妹が飾っていたはずのもので、使い込まれた色合いの年代物。これまでの戦闘データが、彼の頭の中で警鐘を鳴らす。この武器では火力が足りない、と。

 

(ここはいったん引くか。武器を調達してからまたこよう)

 

 彼が踵を返した、そのとき。

 

「グキャア!」

 

 青黒いデモンが奇声を発した。思わず振り向くと、白目だけの瞳と『目が合った』気がした。

 

「〇※▽■♯……?」

 

 理解不能な言語で何かを呟いた後、奴は裂けた口の片端を釣り上げた。嘲笑している。

 それは「逃げるのか?」という単純な挑発ではない。

 

(いまおまえは、弱い状態だな?)

 

 勝利を確信した捕食者の笑みだ。逃げれば、嵩にかかって攻めてくるに違いない。

 となれば背を見せるは下策だ。

 感情パラメータによる高揚状態は相手の心に余裕を作り、戦力アップのアドバンテージを与えてしまう。

 

「仕方があるまい。手にしたカードで解析を開始するのは基本の基本」

 

 木刀を構えた蓮司に、大きな羽根を広げたデモンが襲い掛かる。爪による攻撃をかわしつつ、その青い肌を木刀で殴りつけた。硬い表皮。だが、ダメージ自体は通っている感触がある。

 

(杞憂だったか? この木刀でイケるのか?)

 

 ――いや。良くない予感は晴れない。

 蓮司はデモンの雷撃魔法を避けつつ、とにかく殴り続けた。

 

「ふむ。発動シーケンスは1.5秒か。以前に相対したグレーターデモンのそれより、1秒速いな」

 

 しかし予備動作は変わらず判断可能。

 これならば避けることは難しくもない。

 

 デモンの攻撃パターンを解析しながら、避けつつ殴るを繰り返すこと数分。――おかしい、ダメージは入っているはずなのに、一向に奴が弱る気配はない。

 これまでの経験データからすれば、多少なりとも挙動に変化が出てもいい頃合いだ。

 

 叩くときの感触をより細かく精査する。

 硬いが、内部にダメージは浸透している。やはり攻撃は通っているのだ。ならば、なぜ奴は弱らない?

 

 ああそうか、と蓮司は眉をひそめた。わかったぞ。

 

「……そうかおまえ、回復能力が高いんだな?」

 

 蓮司の呟きに、デモンはまた、口の端を釣り上げて笑った。それが肯定の笑いであることは明白だ。

 こちらの木刀一本で与えられるダメージを、奴の自己再生能力が上回っている。道理で余裕なわけだ。

 

 蓮司は「なるほど」と頷いた。そして。

 

「解析完了。ネタがわかれば簡単だ」

 

 淡々とした声は、もはや戦いの終わりを告げているかのようだった。

 

「一刀でダメージが足りないなら、二刀にすればいいだけの話」

 

 木刀を自ら叩き折る蓮司。

 折った木刀を両の手で持つ二刀流となった。

 

「■〇▽♯※▲▲▲――!?」

「手持ちのカードをそのまま使う必要はないってことだ。破れば二枚として使うことだってできる」

 

 驚愕の表情を浮かべたグレーターデモンを相手に、二刀となった木刀を叩きつける。

 二倍になった連撃が、グレーターデモンへと襲い掛かった。

 

「♯※▽▲! ♯※▽▲!」

 

 自己再生の限界を遥かに超えたダメージに、青黒いデモンが床に臥すまで、そこから一分を必要としなかった。

 静寂が戻ったその場に残されたのは、青い顔をした蓮司。

 

「う。しまった……勢いで折ってしまったぞ、妹の木刀を……!」

 

 ただでさえ、引きこもりの兄に呆れている妹だ。これを折ったと知られたら、今度こそ本気で見限られるかもしれない。

 魔物よりも、妹を怒らせることの方が、彼にとっては大問題なのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 新宿。中心からは少し外れた夜のビル街。

 マネージャー、初子はホクホクと笑顔を浮かべていた。

 ハヤテとうまく交渉ができた。

 

 奴の手からクロエを守りながら、シブヤ探索の『日本スペシャルチーム』に入れることができたのだ。

 

「まだ、一人として第一層すらクリアしたことがない、世界一の難関ダンジョン……」

 

 一層のボスを見ることができただけでも、日本の歴史に名を遺す快挙になるかもしれない。それは、クロエを間近で応援する者として、この上なく魅力的なことだった。

 

「がんばろうね、クロエちゃん……!」

 

 夜空の月を見上げる彼女は、まだ知らない。

 その日蓮司が、シブヤ一層の攻略を終えてしまっていたことを。

 彼がネットにアップする『シブヤ攻略ブログ』が、日本中に大きな波紋を広げることを。

 

 

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