「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
「すまない妹よ、木刀を折ってしまった」
夜も22時を回った頃。
三十歳無職の蓮司は、帰宅するなり玄関で妹――西岡七海に、きっちり45度の角度で頭を下げた。
「は?」
七海は怪訝な顔で兄を見つめる。ポニーテールにまとめた薄い茶髪を揺らして聞き返した。
「木刀って、居間のアレ? なに馬鹿なこと言ってるの兄貴は。あれはタダの木刀じゃない、木刀+2『オサフネ』なのよ。兄貴みたいなヒョロい無職がなにしたって、折れるわけ――」
――ない。
そう続けようとした七海が目を丸くする。
蓮司がジャージの懐から、真っ二つになった木刀をゴトンと床に置いたのである。
「ホント、すまなかった」
木刀+2『オサフネ』は、魔石で魔法付与された探索中級者用の武器だ。素人が振ったくらいで折れるような代物じゃない。
にわかに信じられず、七海は折れた木刀を手に取った。
「確かにこれ、私のオサフネ……ど、どうして折れてるの!?」
「強い敵が居たから、二刀流で殴る為に俺が折った」
「は? 俺が折った、って……人の腕力程度で折れるわけないじゃない」
「嘘じゃない」
「それに、強い敵ってなにさ。兄貴、引きこもりじゃん!」
と、言って気がついた。
あれ? そういえば、ここって玄関だよね。なんで兄貴がこんなトコに居るのか。
「もしかして……、兄貴、どこか外に出てた?」
「ああ、ちょっとダンジョンに」
「は? ダンジョン……?」
彼女が目を丸くした、そのとき。蓮司は折れたオサフネの片方を無造作に手に取ると、
――ボキッ!
と、さらにへし折ったのだった。
「な、嘘じゃないだろう? 今日も行ってきたんだよ、ダンジョンに。……シブヤの」
七海は口をあんぐり。
驚きで言葉を失ったのだった。
◇◆◇◆
「なるほど。その青い魔物が凄く強かった、と」
「ああ。奴の強さの源が『回復力』にあると気づけなかったら、危なかったかもしれない」
「それで、木刀を折って二刀流にする必要があった、と」
「そういうことになる」
居間で話を聞きながら、七海は軽く呆れた。
そんな荒業を大真面目にやってのけるのが、いかにもこの兄らしい。
テレビでは今日も、ハヤテのシブヤダンジョン挑戦についての話題で持ち切りだ。
”まだ一層たりとも攻略されてない超高難易度ダンジョン『シブヤ』。そこにハヤテがスペシャルチームを率いて挑戦しようというのです!”
テレビのナレーションを聞きながら、溜め息をつく七海。
兄の言葉を信じるならば、話題沸騰中の『シブヤ』を、世間に先駆けて攻略してしまったらしい。
「こんな話を、信じろっていうの?」
「……そうだな。俺はつくづく人から否定されてきたが、妹にまで信じて貰えないとなると、いささか寂しい」
「だから、信じろって? 3年間も引き篭もってニートしてた兄貴を!?」
「そうなる」
信じられるような話じゃあない。だが、七海の前に座っている兄の目は、まったく濁っていなかった。ただ真っすぐに、妹である自分の方を見ている。
あーもう、と七海はこみ上げる感情のままに、大きな声を上げた。
「なんだよ兄貴、そういうトコだぞ!」
「ん? どういうところだ? 急に怒鳴られても理解が追い付かないが」
「だからそういうトコだってばさ!」
こみあげてきたのは腹立たしさだ。声を出し始めたら、困ったことに止まらなくなった。
「エリートだと思っていた兄貴が引きこもり始めて早三年。どれだけ心配していたか。相談に乗ろうとしても、気晴らしに外に誘っても、兄貴の心には響かなかったじゃん」
「いや、それは」
「私がお兄ちゃんをどれだけ心配してるかを、わかって貰えなかった!」
「違うぞ七海。心配してくれているのはわかってた、だがそれはそれとして、俺も社会というものに疑念を持ってしまって……!」
蓮司はアタフタと両手を胸の前で振るが、七海の糾弾は止まらない。
「それなのに今、ケロっとした顔で勝手に社会復帰してる!」
「社会復帰とは言えないだろう? ちょっとダンジョンに潜っただけで」
「あの『シブヤ』をハヤテに先駆けて攻略したんでしょ!? 『ちょっと』ダンジョンに潜っただけってレベルじゃあないの!」
「落ち着け、七海」
「結局お兄ちゃんはいつもそう! いつも一人でパソコンを弄ってて、相談の一つもなく勝手に問題を解決しちゃう。心配するだけ損した!」
テーブルから離れ、リビング併設のキッチンへと向かう七海。
蓮司はしょぼんとした顔で、その場に取り残された。
「……すまん七海、至らぬ兄で」
「ほーんと、至らない兄貴」
軽い調子の声がキッチンから聞こえてくる。そして続くように、フライパンでなにかを炒める音。黙って座っていた蓮司の腹がグゥと音を立てたのは、焼けたニンニクの匂いが漂ってきたからだ。
七海はキッチンから戻るや否や。
「ほら兄貴、用意手伝って。あり合わせだけど、お祝いに食事作ったから」
動けないでいる蓮司に、七海はちょっとテレたように付け加える。
「どーせ兄貴のことだから誰にも言ってないんでしょ? ほら、これ持って」
「あ、うん」
「シブヤ一層攻略おめでと、兄貴」
そういって七海はワインを開けた。
料理はパスタ。トマトとニンニク、唐辛子、これをオリーブオイルで炒めただけのシンプルさだが、良い香りがした。さっきの匂いはこれか。
「い、いいのかこれ、俺が食べても……?
「久々でしょ、私の料理」
「あ、ああ」
フォークでパスタを巻き、口へと運ぶ蓮司。
「お、おいしい……」
「コンビニと比べて、どう?」
「コンビニ弁当は、あれはあれで旨いんだ。コスパが悪いとよくネットで言われるが、タイパも考慮に入れるなら――」
「あー。兄貴に聞いた私がバカだった」
呆れ顔で、でもどこかホッとした顔で文句を言う七海。
「……変わってなくて、安心した。お兄ちゃん、私が大学に受かったとき、こうやってお祝いしてくれたじゃない。あのときは全部コンビニだったけど」
クスクス笑い。
「それでも私、凄く嬉しかったんだ。お兄ちゃんが勉強を見てくれたお陰で受かったんだし、ほんとお兄ちゃんには頭が上がらない」
「そうか? だいぶ上がってそうな気もするが」
首を傾げる蓮司を無視して、七海は続けた。
「それに……覚えてる? もっと昔、お兄ちゃんはいじめっ子から私のことを助けてくれた。怒ったお兄ちゃんが小学校に乗り込んだって聞いたとき、本当に嬉しかったんだから」
それは蓮司が高校生だった頃の話だ。
妹がいじめられて、少し引きこもりがちになったことがあった。
彼は小学校に乗り込み、いじめの首謀者を殴り飛ばした。
『困ったときは結局腕力! 鍛えろ七海! そうすれば、少なくとも面と向かって苛められることはない! お兄ちゃんもヒョロそうに見えて鍛えてるから、直接同級生からなにか言われたことはないんだぞ!』
家に帰ると蓮司は七海にそう演説した。
彼の行為は大問題になったが、結局当人がスーパーハッカー的な手腕でもみ消したことを七海が知るのは、だいぶあとの話だ。
だから、彼女はこのコミュ障な兄が大好きだ。兄が外に出てくれたことが、なにより嬉しい。三年ニートした兄貴を信じろと? なんて意地悪言ったが、ぶっちゃけ『シブヤ』一層踏破などよりも、兄が外に出る気になったことを祝いたかった。
でも、そこを『シブヤ一層、攻略おめでと。お祝いしよ?』と言ってしまう妹。
それが七海なのだ。
――二人はワインを開けつくし、プリンを食べた。
その後に七海が作ったパスタをお代わりして、サラダも少し食べた。お腹を満たして笑いあう。
昔話に華を咲かせ、その話題は両親のことにも広がっていった。
「え、あの木刀、父さんの形見だったのか!?」
「そうだよ。それを折っちゃって、もー兄貴は」
「ごごご、ごめん七海。まさかそんな大切なものだったとは思わなくて」
「いーよ、お父さんも兄貴の窮地を救えたんだから、喜んでるでしょ」
クスクス笑う七海、そこから話は父の昔話へ。
「父さんの書いたブログがある?」
「あれ、兄貴知らなかったんだ?」
「知らなかったな」
母と共に主に海外で活躍していた二人の父は、級を持たないが凄腕のダンジョン探索者だった。父は生前、自身が攻略したダンジョンをブログの形で公開していたのだという。
そのブログはダンジョンの攻略方法や各種の心得などに溢れ、英語圏のダンジョン探索者にはバイブルのような扱いをされていた。日本でも翻訳されたサイトがあるらしい。
「私は父さんに似てダンジョンに興味を持って、兄貴は母さんに似てプログラムに興味を持って、ってね。えっと、そうここ、このサイトだよ父さんのブログが和訳転載されてるトコ」
「ふーん……
「今は父さんのブログというコンテンツをベースに膨らんだ、『ダンジョン攻略全般の投稿サイト』になってるけどね」
蓮司はサイトを見て回った。
メインコンテンツは、父のブログ以外の投稿型記事となっているらしい。
投稿型のダンジョン記事サイトで、エンタメ的な読み物としてのダンジョン体験記から攻略情報的なのまで、幅広く扱われている。
「動画サイトともリンクされてるんだな」
「けっこう人気あるサイトだよ? ダンチューバーのクロエちゃんやハヤテも書いてるし」
「え、クロエちゃんも?」
蓮司の目の色が変わったのに気づき、七海は目を細める。
「ふーん。兄貴、クロエちゃんが推しなんだ」
「そう! 彼女はわかってる人間だ。推せる!」
「そーゆーとこだぞ、兄貴。妹のこの視線を見ながら、なんで嬉しそうに女の子の話をしちゃうかな」
「実際、推しなんだから仕方ないじゃないか?」
諦めた顔で七海は溜め息をついたものである。
「そうだ。俺もここに攻略日記を書こうかな」
「は?」
「潜ってわかったのだが、ダンジョンというものには法則がある。まるで、よく出来たプログラムだ。攻略した過程を、美しい解法として記録しておきたくなる。それに……ほら、もしかしたらクロエちゃんが見てくれるかもしれないし」
「……ええと攻略記事って、ウエノ08とかシブヤ一層の?」
「ウエノ08のことは書かない。あれは仕様上、俺の行いはバグか隠し要素だったろうから封印する。バレたら俺がヤバい」
……シブヤの一層を攻略済み、という事実が発覚する方がこのタイミング的にヤバい気がするけど。そう思いながらも、七海の中に興味の種がもたげてくる。
この兄のブログが世に出たら、どんな反応があるのだろうか、と。
――なので。
「おもしろそう。シブヤ攻略ブログ、書いてみたら?」
無責任に、無表情に、でもどこか楽しんでいる風情で。
彼女は蓮司の背中を押してみたのだった。
◇◆◇◆
「おつかれさまでーす」
事務所の控室に、クロエのマネージャー、初子が入ってゆく。
中にはクロエが居るはずだ。だが、返事がない。
不思議に思って見てみると、クロエはノートパソコンの画面に釘付けだった。
「クーロエ、ちゃん!」
唐突に背後からクロエの胸を揉んでみせた。
小柄な身体の割に大きなおっぱいだ。うらやまけしからん、と初子は常々思っている。
「きゃっ!?」
「もー、なにをそんなに集中しちゃってるかなー。おねーさん嫉妬しちゃうぞー?」
「や、やめてくださいよーくすぐったい!」
自分の胸を揉む初子に、クロエは笑いながら抵抗した。
「A級ダンチューバーの癖に隙を見せたからじゃー」
「あは、あはは! もう初子さんたら!」
などと、しばらくじゃれ合っていた二人だったが、落ち着くと同時にペットボトルの水に口を付けた。
「はあ、はあ。……セクハラですよもー」
「珍しくこんなところで凄く集中してたから、普通に声を掛けても届かないかなって」
「初子さんこそ、もう帰ったと思ってましたよ。こんな時間にどうしたんですか?」
問われた初子は、懐から虹色魔石を出して。
「個人的なツテを使って内密に鑑定して貰ったわ。この虹色の石は間違いなく魔石、しかも紫魔石の十倍の魔力含有量を持つとのことです」
「やっぱり……。でも紫魔石の十倍だなんて、そこまでとは」
「クロエちゃんの『目』を以てしても、具体的な数字はわからないものね」
初子はクロエに石を返しながら苦笑した。
「どこで手に入れたのかとか、これはなんなのかとか、誤魔化すの大変だったんだから」
「すみません初子さん、お手数掛けました」
「まーこれがクロエちゃんのモチベに繋がるなら、私は協力を惜しまないけどね」
笑いながら、クロエが見ていたパソコンの画面を覗き込む初子。
「で、クロエちゃんは、なにをそんなに真剣になって見ていたの?」
「あ、……えっと、その。初子さんは
「このところ見てなかったわね。そろそろまたなにか書きたくなってきた?」
「攻略記事――」
初子は眉をひそめる。
エンタメでは楽しめるし、見る価値もあるサイトだが、攻略の方はあまり価値ある記事と見られることがない。
載っていても情報が古かったり、当たり前なことを書いている記事しか存在しないからだ。
もちろんクロエやハヤテがたまに書き込むように、広告的な意味を見いだして良い情報が載ることもある。だけどそんなときでさえ、本当に大事な情報が書きこまれることはない。
やり手であればあるほど、大事な情報を無料サイトなんかに安く投稿したりしないものなのだ。
自分の動画で発表するか、そうでなければ有名ダンチューバーに直接『売る』方が、名声や金に直結するからだ。
「あそこで攻略記事を書くはどうかなぁ、それよりエンタメ的な記事の方が――」
「いえ、違うんです初子さん。新しく掲載された攻略記事がちょっと気になって」
「へえ?」
クロエに促されて、初子はそのページを見た。
「え……なに、これ?」
と眉をひそめながらも、その顔には驚きが浮かんでいる。
そのページのタイトルには、こう書かれていたのだ。
『ダンジョン・シブヤ攻略日記』
「シブヤの攻略ですって!?」
これからクロエも参加する「スペシャルチーム」が探索する場所だ。
なにいってるのこれ、と初子は笑ってしまった。SS級ダンジョンの攻略記事なんかが、こんなブログなんかにあるわけない。金にも名誉にもならないこんな場所に、誰がシブヤの情報を流すものか。
同じことを思った人は多いらしく、そのページのコメント欄は荒れていた。
”偽情報乙”
”デタラメ書き込んで目立とうとする奴~”
”証拠みせろ証拠”
ほとんどのコメントが、ページ主を罵倒するものだった。
馬鹿馬鹿しい。
笑いながら初子はクロエの方を向いた。
「もー、びっくりさせないでクロエちゃん。こんな悪戯記事見せたりしてきてー」
「でも初子さん、内容読みました? なんか、妙にリアルなんですよね、この記事」
「そうは言っても。シブヤの攻略記事って、いくらなんでも無理があるでしょ」
「確かにそうなんですけど……」
歯切れの悪い答えに、初子は「おや?」と思う。
むしろクロエは、こういう悪戯記事を嫌うはずだ。
「……クロエ、ちゃん?」
「楽しみ、できましたね」
「たの、しみ?」
「はい。スペシャルチームでの探索です。この記事が本物なのかどうか、っていう」
◇◆◇◆
「七海。ブログ記事、大炎上してる」
「あはは、いーじゃん、いーじゃん」
「良くないぞ。これじゃあクロエちゃんに見てもらうどころじゃない」
「最後は腕力だよ兄貴、わからしていこう。殴り合って、そしてラストは夕陽の土手でみんなで寝転がる。友達できるよ」
なるほど、こうなるよねーと七海は一人腹を抱える。
(クロエちゃんばかり見てる兄貴には、良い薬だよ!)
とでも言いたげな顔の七海なのだった。