「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件 作:chickden
超級ダンジョン『シブヤ』。
これまでS級探索者チームが幾度となく挑むも、あまりにも強い魔物と、その数を前に、未だ一層の全貌さえ確認されていない伝説的ダンジョン。
全てが規格外な『シブヤ』は、その出現も異質だった。
通常、ダンジョンは『兆し』と呼ばれる歪みが観測が成された後、半年ほどかけて形づくられる。
『兆しの場』は、まず政府や大手民間企業などの管理下に置かれる。その後に先遣調査隊がダンジョンを調べてから、一般開放されることになるのだが。
――シブヤは、一夜にして渋谷スクランブル交差点の中央に大きな口を開けるダンジョンとして姿を現した。その際、近くにあった建造物は消滅。駅もなくなり、約一万を数える死傷が出て、行方不明となったのである。
突然のイレギュラー。
事態を重く見た政府は自衛隊を派遣するも、最新装備を手にした部隊も一層で壊滅。シブヤは今も国の管理下にあり、許可ない一般の出入りは禁止されている。
◇◆◇◆
『こちら偵察隊。三時方向よりレッサーワイバーン二匹の接近を確認、ハヤテさん、指示を』
「本体はまだポイズンジャイアントと交戦中だ、時間を稼げ」
『了解。お早い対処を願います』
「わかってる! いくぞ皆、陣形を固めよ!」
”いけーハヤテ!”
”amazing! Hayate's fighting style is coolcoolcool!”
”相変わらずのパワーイズパワー、いいぞもっとやれ”
スペシャルチームがシブヤに突入してから、二時間。探索は順調と言えた。
世界中が見守る配信の中、今はついに現れた大物、ポイズンジャイアントと戦っている最中である。
「ねね、クロエちゃん。もっと前に出た方がいいんじゃないかなぁ?」
「いーんだよ初子さん☆ ここなら後方で本体支援しながら、背後の警戒も出来ちゃうんだから!」
「うーん、勿体なーい。せっかくハヤテが『一緒にトドメを刺そうよ』とまで言ってくれたのにぃ。目立つチャンスだよ!?」
「あはは☆」
割と本気で不満そうなマネージャー、初子の地団駄に、クロエは困り顔で笑ってみせた。
「ほらほら、そんなこと言ってたらダメ☆ 初子さんも、今日はマネというよりB級探索者としての参加を求められてるんだから、一緒に魔法魔法☆」
「ちぇー」
ブツブツと口先を尖らせ、手にした和弓の弦を引く。
弦と弓の間に矢の形をした炎が渦巻き始める。魔弓を用いた『魔法』だ。
「ファイヤーアロー!」
放たれた炎の矢が一直線にボイズンジャンアントへ向かって飛び、その胸に刺さった。燃え上がる炎が魔物の実を焼く。
「お見事、初子さん☆ じゃあ、私も!」
クロエは杖を構えると目を見開いて、遠くで皆が戦っているポイズンジャイアントを凝視した。彼女の目の中に、魔物の周囲で渦巻く魔力の奔流が映る。その流れを頭の中で『固定』した。――いや。
正確には、そうイメージした。
「
ポイズンジャイアントの動きが鈍り、が止まった。
クロエの得意魔法は、魔物の動きを縛る技だ。地味だが強力、彼女の特異な目があってこその
「なんだ、魔物が動きを止めたぞ!?」
「チャンスだ、上がれ上がれ!」
前方で声が上がる中、ひと際目立つ声が響く。
「さすがだクロエちゃん、それでこそ俺が認める選ばれし異能! 各自、援護せよ。とどめは俺が決める!」
指揮を執っていたハヤテが黄金の鎧をガッシャガッシャと鳴らして走り出し、腰の剣を抜いた。
「黄金剣、一の型!」
鞘から引き抜かれた剣身も、黄金。輝きが、薄暗いダンジョンの中に光を満たす。
「
抜きざま振り上げた黄金剣の光が、ポイズンジャイアントの巨大な身体を下から一直線に切り裂いた。
”出た! ハヤテの黄金剣、一の型!”
”ウエノ08のボスだったポイズンジャイアントも、これで倒したんだろ?”
”これは余裕っしょー”
一瞬の静寂。
そして次の刹那。
――ずずぅん、と大きな地響きを上げながら、ポイズンジャイアントの巨体がダンジョンの石床に倒れ込む。
”決まったー! さすがハヤテだ日本スペシャルチーム最高!”
「ふぅ……ありがとう皆。俺を信じてついてきてくれたおかげだ。まあ、ウエノ08で一度経験済みの相手。俺にとっては、一度解いたテストをやり直すようなものだったがね」
配信カメラに向かって白い歯の笑顔をキラリ、ウインクも飛ばす。
このとき感激のあまり失神した女性視聴者が、世界中で1000人を数えたという。『世界のハヤテ』誕生である。
「ほらクロエちゃん、私たちもカメラの前に行きましょ!」
「え、いいですよ初子さん。私は前線に立たずアシストしただけなんですから」
素の口調で答えるクロエを、初子が腕を引っ張って無理やり引きずった。
「ダメダメダメ。マネージャー命令です、ちゃんと目立つのも仕事ですからね」
そして二人がハヤテに近づいていくと。
「おお、クロエちゃん!」
ハヤテは破顔した。
カメラに向かって二人を映すように仕草で指示を出すと、馴れ馴れしく彼女の肩を抱き寄せた。
「そして、今回俺に続く活躍をしてくれのはクロエちゃんだ! 俺の指示を完璧に理解し、最高のタイミングでアシストを入れてくれた。俺という識者がいてこそ、キミという最高の楽器は鳴り響く……そうだろう?
”アシスト?”
”クロエの
”動き止めてたよな。ポイズンジャイアント相手にも効くとか凄い”
”さいっきょ! クロエちゃんさいっきょ! うおおおお!”
「え、あの……☆ はいはーい☆ みんなありがとうねー! 今日は一緒に居る皆さんの強さに圧倒されちゃってましたけど、どうにか私も頑張らないとなって! てへ☆」
「キミの
――あれ? とクロエは不思議に思った。
ポイズンジャイアントの弱点は、腹。どこかで聞いたことがある。どこだったか。
思考を巡らした結果、思い至る。――あっ。
「
口から漏らしてしまって、しまった、と思った。
ハヤテの顔が、ほんの一瞬だけ引きつったからだ。そのことを隠すように、彼は大袈裟に笑った。
「ははっ、クロエちゃん冗談が上手いな! まさかキミまで、あの中高生……もしくは子供部屋おじさんの妄想日記を読んでいたとは。まあ、トップランカーとしては、どんなデマが流れているか把握しておくのも仕事のうちだからね。目を通さないわけがないだろう?」
”シブヤ攻略日記?”
”あーあの嘘松ブログwww”
”知らない。そんなのあったんだ”
「視聴者の皆、聞いてくれ! やはりあのブログはデタラメなんだ。ここに最高ランク探索者が集っている。その俺たちにして、ポイズンジャイアントは腹が弱点だと知っていたとしても、狙うのは容易じゃない! そんな相手を、一人で倒して回る、なんてことが物理的に可能だと思うかい!?」
”無理ぽ”
”不可能ラッセル”
……それは、確かに難しいだろう。公平に考えて、クロエもそう思った。
でもそれならなぜ、ブログ投稿者の『R』は、ポイズンジャイアントの弱点が腹だと知っていたのか。
「まあ、哀れな話だよ。きっと彼は、俺の配信の隅々までチェックして、俺が仲間内で話した何気ない一言すらも盗み聞きして、それを自分の発見みたいに書いたんだろう。俺という『本物』に憧れるあまり、自分もそうなったと錯覚してしまった……悲しいじゃないか。だからこそ、この俺が正してやらないとな」
それは違う、とクロエは確信していた。
ハヤテさんは、ポイズンジャイアントの弱点を、どこかで公言したことなどない。ウエノ08攻略後の彼の番組や書き物は、勉強のためにそれこそ全てチェックしていた彼女だ。
だが今は、そのことを胸の内に秘めることにした。
せっかく調子よく探索が進んでいるのだ、空気を壊したくない。
「子供にはよくあることです。どこかで読み齧った情報を、あたかも自分が発見した真実のように語ってしまう。だからこそ、我々大人が、彼の稚拙なブログを否定していかねばなりません。『R』くん、見てるかい? キミの目の前で流れているこの配信こそ、真の『攻略』だよ」
と、そのとき通信が入る。
『ハ、ハヤテさん。レッサーワイバーン二匹、苦戦中です。本体はまだですか!』
「おっと。忘れていた、皆、偵察隊の加勢にいくぞ!」
おおおー、と本体が三時方向へと走っていった。
クロエと初子は、その場につい残ってしまう。
「どしたのクロエちゃん、私たちも早く皆を追わないと」
「……初子さん。この間、お預けした虹色の魔石。あの本当の持ち主を調査はして頂けてるのでしょうか?」
唐突な問いに、初子は戸惑った。
調査は終わっていた。だが、その結果は――。
「えっと……」
「いいんです。言ってください、別に今さらここで聞いたところで、スペシャルチーム参加へのモチベーションを下げることはありませんから」
「そっか」
この子はもう確信しちゃってるのね、と初子は悟った。このチームの中に、その候補が居なかったことに。
「虹色の魔石から採取できた指紋を、つてを使って照合に回してもらったんだけど。……結論として、このチームの中に該当者は居なかったわ」
「……ですよね」
クロエにはわかっていた。
彼女には魔力を見ることができる目がある。そして探索者は、たとえ魔法が使えない人間でも、能力に応じた魔力で身体が覆われているものだ。
チームの顔合わせのとき、彼女はその目で全員の魔力を測っていた。あの中に、ハヤテを大きく超える強さを持つものはいない。
もちろんこの診断方法は確実ではない。戦闘で魔力が激増するタイプもいる。
それでも彼女はこれまでの経験から、このチームにそのタイプはいないと感じていた。初子の答えは、その予感を裏付けただけだ。
「えっと、あの……クロエちゃん?」
「大丈夫☆ 行こ初子さん、シブヤ探索はまだ始まったばかりだもん、これくらいなんでもないナイ☆」
「そ、そうね。行きましょ! そして頑張って、私たちがシブヤ一層クリアの偉業を成すの!」
「はい! 今日もこれからがんばるぞい☆」
――――。
探索開始から、四時間が経過していた。
クロエは、後方支援に徹しながら、静かに耳を澄ませている。
目のチカラは温存することにした。
あれは疲れる。
澄ました耳に聞こえるのは、仲間たちの荒い息遣い。
武器が石床や壁に擦れる音。時折響く、ハヤテの自信に満ちた号令。配信コメントの流れる音だけが、まるで別世界のように陽気だ。
――静かすぎる。
それが、クロエが抱いた最初の違和感だった。
もちろん戦闘中は喧騒に包まれる。だが、戦闘と戦闘の間にあるこの静寂は、まるで嵐の前の静けさというより、嵐が過ぎ去った後の静けさに似ていた。
(もっと……もっと、悲鳴の溢れる展開になってても不思議ないはず)
彼女の脳裏に焼き付いているのは、数年前にネットで見た、シブヤに初めてテレビ局の取材が入った時の衝撃的な映像だ。
あの時、ダンジョンは絶えず魔物の咆哮と、人々の絶叫で満たされていた。
一つの群れを倒しても、その血の匂いに誘われるように、すぐさま次の群れが壁の向こうから現れる。息つく暇もない、波状攻撃。それが、映像から見る超級ダンジョン『シブヤ』の代名詞のはずだった。
なのに、今聞こえるのは自分たちの足音だけ。
敵は現れる。
だが、散発的だ。
まるで迷子になった子供のように、一体、また一体と現れては、日本最強のチームによって各個撃破されていく。
「ふん、この程度か。シブヤも評判倒れだな!」
先頭を歩くハヤテが、倒したハイオークの死体を蹴り飛ばして言った。他のメンバーも同意するように笑う。
「ハヤテさんがいれば余裕ですね」
「俺、スペシャルチームに入れてよかったっす」
ネット配信のコメントも似たようなものだった。
”伝説のダンジョン(笑)”
”いや、ハヤテだからこそだぞ。簡単に見えてるのはハヤテが凄いだけだ”
”もう一層クリア目前じゃね?”
完全に「楽勝ムード」に染まっている。
その熱狂の中心で、クロエだけが冷たい水を浴びせられたような感覚に陥っていた。
(違う…)
心の中で、彼女は呟く。
(これは、『シブヤ』じゃない)
少なくとも、彼女が知っている、あの絶望的なまでに赤く血に染まる生命で満ち溢れていた『シブヤ』ではない。
まるで、誰かが大掃除をした後のように、がらんとしている。
「どうしたのクロエちゃん、顔色が悪いわよ?」
隣を歩く初子が、心配そうに顔を覗き込んだ
慌てて笑顔を作るクロエだ。
「ううん、なんでもない☆ ちょっと疲れちゃっただけかも☆」
嘘だ。
疲れなど微塵も感じていない。
感じているのは、この順調すぎる探索に対する、得体の知れない恐怖だった。
◇◆◇◆
――その頃、西岡蓮司は妹の七海とお出かけ中だった。
彼女が、蓮司からのプレゼントである「レインボークリスタル」のネックレスに合う服を買いたいと言い出したのだ。
是非とも蓮司の目で、服を選んで欲しい。
そういったら、早速今から出ようと突然連れ出された七海である。
「今日はハヤテたちスペシャルチームの配信があるんだよ!?」
「……なんだっけそれ」
蓮司は眼鏡をクイクイ。
「そんなことよりも、妹の願いを叶える兄で俺はありたい。出掛けるぞ七海」
「え……。いや、うん。そこまで言うなら……ついていかなくもないけど」
しかし彼は服にも町にも疎いインドア派だったので。
「だから、生クリーム増し増しにチョコソースとキャラメルソースはくどいって言ってるでしょ!」
とりあえず町で迷った挙句、先に腹へと何か入れることになったのだ。
女子がキャッキャ言いそうなファンシーな店で、蓮司は生真面目な顔でクレープを選んでいる真っ最中だった。
「いや、問題はそこではない。大事なのは、この店の自慢の逸品を如何に効率よく摂取するか。ふむ、苺もオススメなのか。これでさらにアルゴリズムが複雑となった。それより七海、さっきからスマホでちょこちょこなにを見ているんだ?」
「ハヤテのシブヤ配信だってば! ハヤテを推すのはヤメたけど、世界中で話題なの。見ないと遅れちゃうでしょ!」
「ああ……出る前に、なにか言っていたあれか」
七海はスマホに目を落としたまま続けた。
「今、一層を進んでるんだけど、結構順調みたい」
「ふむ。……まあ、あそこの一層は概ね狩り尽くした後だからな。リポップする敵は限られているようだったし、残っているのは雑魚ばかりだろう。それよりツナのトッピングまであるらしいぞ七海、これはいったい、チョコソースと合うのか? クレープとは奥が深い」
「え、兄貴いま何か言った? ていうかまだトッピングの話続けてる!?」
七海はちょっと怒り顔。
「一度に全部入れようとしないで、合うチョイスで複数食べれば良いでしょ!」
蓮司は彼女の言葉に目を丸くし。
「おお?」
眼鏡の位置を直したのだった。
◇◆◇◆
蓮司が言う通りだった。
いま、シブヤ一層には魔物が残りカスのようにしかいない。データ収集の為に、あらかた蓮司が狩り尽くしたのだ。ネットのブログにもそう書いたが、誰も信じなかった。
奇しくも、クロエが持った感想「誰かが大掃除をしたあとのよう」は、一部の真実を捉えていた。
気が緩みきったスペシャルチームが最奥に近づいた頃。
『限られたリポップする魔物』
が大きな広間で彼らを待っていた。それは、ポイズンジャイアントよりは強く、グレーターデモンよりは弱い敵。だが、日本スペシャルチームの誰一人としてまだ遭遇したことがないレベルの敵。
――レッサーデモン。
赤黒い石のような肌、背中の大きなコウモリ羽。
スペシャルチームの面々は、それを見て息を飲んだ。
「あ、あれは、グレーターデモン……?」
「か、海外の動画で見たことある、無限の魔力で魔法を連発しつつ宙を舞う、凶悪な魔物」
「ボス……なのか? ついに俺たちは最奥にきたのか?」
チームメンバーの声は、全てハヤテの耳に届いていた。
彼はメンバーの方に振り向くと、カメラ目線で黄金剣を掲げてこう言った。
「臆するなおまえたち!」
黄金の鎧がキラキラと光を放つ。
”おお、ハヤテ本気だ”
”歴史が変わる!”
”やれ、ハヤテ”
「今日、俺たちは歴史に名を刻む! ――総員、構え!」
そしてレッサーデモンに剣を向け。
「聞けグレーターデモンよ、俺の名はハヤテ。貴様の命を刈る鎌を手にする者。悪魔ではなく人間だ! しかし悪魔よ、俺は貴様を倒すが人間を恨むな、恨むなら俺を、ハヤテを恨んで死んでいけ!」
口上を述べた。そして。
「突貫ーっ!」
伝説となるバトル配信が始まったのだった――。