「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件   作:chickden

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クロエの決意

 

「刃が通らない!」「空に逃げられるぞ!」「ぐあっ!」

 

 悲鳴が飛び交う。レッサーデモンに突貫したスペシャルチームだったが、その圧倒的な力を前に為す術なく蹂躙されていた。刃による攻撃は赤銅色の硬い皮膚に弾かれ、鈍器で殴ろうとすると翼で宙に舞い、上空から容赦なく雷撃が放たれる。

 

「皆怯むな! 鈍器を持つ者は前に!」

「ダメですハヤテさん! 近づけば飛んでしまう!」

 

 味方が雷に焼かれる様を見て、ハヤテは歯噛みした。

 

「ぐぬぅぅぅ! グレーターデモンめぇ!」

 

 彼らは知らない。この『悪魔』がレッサー、つまり下位種であること。経験のない強敵を前に、上位種と勘違いするのも無理はなかった。

 

”おいおい、これがデモン……? 強すぎないか?”

”これが本番ってことか。スペシャルチームでも厳しいのか”

 

 遠巻きに撮影された不鮮明な映像でも、戦況の絶望感は伝わってくる。ドローンカメラは早々に撃ち落とされ、視聴者は固唾を飲んで画面を見守っていた。

 

”頑張れスペシャルチーム!”

”ハヤテ、黄金剣で決めてくれー!”

”無理しないでクロエちゃん……、危なくなったら逃げるんだぁぁ”

 

 ハヤテは後方に控えていたクロエに声を掛けた。

 

「クロエちゃんの魔法で、奴の動きを止められないか!? 少しの間でいい、その間に致命傷を与える!」

「や、やってみます、ハヤテさん……!」

 

 乞われてクロエは『目』に力を集中させる。途端、悪魔が纏う魔力の奔流に、一瞬の眩暈を覚えた。

 

(魔力量は……ポイズンジャイアントと大差ない。これはレッサーデモン……!)

 

 私たちは、その程度の敵にこれほど苦戦していたのか。もしこの先、本物のグレーターデモンが出てきたら?

 

 ――勝てるはずがない。

 その絶望感が、彼女の力を鈍らせたのかもしれない。

 

魔力の檻(マナ・プリズン)!」

 

 彼女の魔法はレッサーデモンの動きを鈍らせただけで、止めるに至れなかった。

 

「止まってないぞ、クロエちゃん!」

「……すみませんハヤテさん、動きを制限するのが精一杯のようです」

「仕方ない。――皆、一気にいけ! チャンスには変わりない、叩くんだ!」

 

 そのとき、レッサーデモンの金色の瞳がクロエを捉えた。

 

「きゃああーっ!」

 

 雷撃が彼女を襲う。動きが鈍くなった中の弱まった威力でも、クロエに魔力の檻(マナ・プリズン)のコントロールを失わせるには十分だった。

 好機と見て突撃していたスペシャルチームの面々が、力強いカギ爪で引き裂かれる。

 

”回復、回復を!”

”クロエちゃんの魔法が効かない!?”

”これが『シブヤ』か。スペシャルチームですらも、この有様”

 

 クロエは痺れた身体に鞭打ち立ち上がろうとした。

 必死な顔をした初子が、心配して寄ってくる。「大丈夫!?」と身体を抱えようとするも、クロエはそれを拒否した。

 

「初子さん……私はいいから、皆の援護を」

「で、でも!」

「ここであの魔物を自由に飛ばせたら、全滅しちゃいます。魔弓で牽制を」

「……わかった」

 

 初子はキリとした顔でレッサーデモンを睨みつけ、

 

「負けないわよ! よくもクロエちゃんを!」

 

 位置取りの為にクロエから離れていったのだった。

 

(……みんな、みんな頑張っているのに。私たちは、あのレッサーデモンにすら歯が立たない。なにか、なにか方法はないのかな。ここで起死回生となる、冴えたアイデア)

 

 クスリ、と自嘲気味の笑いをしてしまったことを、彼女は自覚した。

 そんな都合のよいこと、あるわけ……。

 

 ――いや。

 そうだ、あのブログ。ダンジョン攻略ブログ(ダンブロ)のシブヤ攻略日記に、なにか書いてあったような。それはなんだったか。

 頭がボンヤリして、思い出せない。少しでも気を抜くと、思考がフワフワ拡散しそうになる。クロエは、そんなダメージを受けた頭で必死に考えた。考える考える。必死になって『目』を凝らし、倒れたままにレッサーデモンの動きを見る。

 

 魔力の流れが視界に映る。

 魔物が魔法を撃つときに、生まれる魔力の波。防御するときに立ち上る、激しい奔流。そして空を飛ぼうとしたときに、集中していく魔力。

 

「――あ」

 

 そのとき彼女は気づいた。

 

 ――――。

 

 デパートの食事フロア。

 蓮司は両手にクレープを持っていた。彼ののどかな様子とは裏腹に、隣の七海はスマホの画面に釘付けになり、ハラハラした顔を見せている。

 

「どうした妹。なにをそんな焦って」

「あ、兄貴! スペシャルチームがピンチなんだよ、グレーターデモンが強くて、歯が立ってない」

 

 そういってスマホの画面を彼に見せた。

 

「こいつはグレーターじゃないな。レッサーデモンだ。そもそも一層のグレーターデモンは俺が全て狩ってしまったからな。管理時間ごとにリポップするレッサーやポイズンジャイアントくらいしか、もう残っていないと思う。レッサーならば問題ない、雑魚だ」

「そうなの!? でも、強いよ!?」

 

 七海の声に、蓮司は眼鏡をクイクイ。

 

「こいつを倒すには、まず飛行を封じるのがセオリーだ。まずはそこからだろうな」

「飛行封じって、兄貴、どうやって……?」

「それは――」

 

 ――――。

 

「ツノです! ツノを折ってください! それでデモンの飛行を封じられます!」

 

 クロエは倒れたまま叫んだ。

 ハヤテが振り向かぬまま反問する。

 

「なにいってるんだ!? それなら狙うのは羽だろう!」

 

 ――――。

 

 七海は不思議そうな顔を蓮司に向けた。

 

「ツノ? なんで? 飛ぶのを封じるなら羽根じゃあないの?」

「あの羽根は飾りなんだよ」

 

 と蓮司。

 

「あの羽根は飾りです!」

 

 とクロエ。

 

 蓮司は七海に説明を始めた。

 

「考えてもみろ、あの巨体が羽根程度で飛べるわけない。魔法が発見されたとて、物理の法則は生きたままなんだぞ?」

「な、なるほど」

 

 七海は蓮司の言葉に頷いた。そして聞く。

 

「じゃあ、どうやってあのバケモノは飛んでるの?」

「じゃあ、奴はどうやって浮かんでるんだ!」

 

 ハヤテもクロエに聞き返す。

 クロエと蓮司は、奇しくも同時に答えた。

 

「念動だ」「念動力です!」

 

 蓮司は肩を竦めながら。

 クロエは必死な顔で。

 

「羽根じゃないとして……なんで、ツノだなんてだなんてわかったの兄貴」

「羽根じゃないとして、なぜツノなんだクロエちゃん!」

 

 二人の質問に、それぞれがそれぞれの答え方をした。

 

「父さんが、教えてくれてたんだよ」

 

 と蓮司はクスリと笑い。

 

「昔読んだ、ダンジョン探索ブログにありました。デモン族は、羽根でなくツノで飛んでいる、と!」

 

 クロエはダンジョン攻略ブログ(ダンブロ)のことを思い出していた。

 

 ――『シブヤ』のことを書いた『R』は、デモンの攻略については直接触れていなかった。「興味ある人は、ここのサイトの元となった幻の日本人ダンジョン探索者『リュウゲツ』のブログ記事アーカイブを参照して欲しい」。

 

 そう書いてあるだけだった。

 ――いや。

 リュウゲツは俺たちの父だ、とも書いてあったっけ。確かに、たくさんのダンジョン攻略法をネットを通じて私たちに残してくれた『リュウゲツ』さんは、日本人ダンジョン探索者にとっても『父』といえる存在なのかもしれない。ああそして、『R』ももしかしたらまた、私たちに対してリュウゲツさんと同じようなことをしてくれようと思っていたのではないか。

 

 つまり、後進のために己のダンジョン体験記をブログ日記の形で公開して。

 

 ◇◆◇◆

 

「あ、クロエちゃんが魔法で攻撃始めた」

 

 七海がスマホの画面を見ながら興奮気味な声を出した。

 対する蓮司は驚いた声で。

 

「え、クロエちゃん!? なんでクロエちゃんがハヤテたちと居るの!?」

「クロエちゃんもスペシャルチームに召集されたじゃない。知らなかったの兄貴、ファンなんでしょ?」

「し、知らなかった。最近『シブヤ一層』のデータを使ったゲームの解析で忙しくて……!」

 

 そういうと蓮司は、七海の手からスマホを奪う。

「持ってかないで!」文句を言いながら七海は、蓮司の手の中のスマホ画面を一緒に見た。

「クロエちゃん、必死に魔法連発してるね。なにを狙ってるんだろう」

「……気づいたか。さすがクロエちゃんだ」

「なに、兄貴。どういうこと?」

「魔法でデモンのツノを狙っているんだ。そうだ、それでいい」

 

 そして蓮司の視界の中で、クロエの魔法がレッサーデモンのツノ一本を吹き飛ばす。

 同時にクロエが、全力の魔法を繰り出した。

 

魔力の檻(マナ・プリズン)!」

 

 限界までの魔力を振り絞る。だがやはり、レッサーデモンの動きを完全に止めるまでには至れない。

 

(どうすれば、なにか、なにか手は……!?)

 

 そのときクロエは思い至った。

 ポケットの中にある、虹色の魔石の存在に。

 

(助けて、討伐者さん……!)

 

 すがる思いで、魔石を手に取り握り締める。

 

 ――その途端。

 クロエの周囲が、虹色に輝いた。

 その姿をスマホで見ていた蓮司は、驚いた顔で感心した。

 

「ほう……クロエちゃん、本当に強いんだな彼女」

「なんなの兄貴、クロエちゃんの周りが七色に」

「あれは、可視化されるほど濃密になった魔力だよ。グレーターデモンと戦ったとき、似たものを見た」

「グレーターって、ええ……!?」

 

 蓮司は満足げに頷いくと、食後のクリームソーダを飲み干した。

 

「――行け、クロエちゃん」

魔力の檻(マナ・プリズン)×2(ダブル)!」

 

 クロエの叫びと共に、二重の魔力牢獄が今度こそレッサーデモンを完全に拘束した。デモンがクロエを睨みつけた瞬間、その目に炎の矢が突き刺さる。

 

「初子さん!」

「……もうクロエちゃんを狙わせたりしないから!」

 

 初子の『ファイヤーアロー』がデモンの雷撃攻撃を止めたのだ。

 動けないデモンに、ハヤテが叫ぶ。

 

「みんな続け! 今こそ雄たけびを上げるとき!」

 

 近接隊が一斉に殺到し、狂人な肉体を滅多打ちにする。

 レッサーデモンの強靭そうな肉体が、やわ肉のように叩かれまくる。

 

「離れろ、トドメは俺が決める! いくぞグレーターデモン!」

 

 輝く黄金剣。

 

「黄金剣・二の型! ――明星の輝き!」

 

 それは上方へと向けた突き技だった。レッサーデモンの顎から、頭の上に黄金の剣身が突き抜けたのだった。

 

”ヤッタ!”

”キターーーー!”

”うおおおおおハヤテ・ザ・ゴールドナイトォォォ!”

”スペシャルチーーーーム!!!”

 

 興奮と歓喜がネットを突き抜けていった。

 しかし、気が付いてる者はどこにもいない。レッサーデモンの頭をハヤテが剣で貫く前、既にデモンが絶命していたことに。

 クロエの魔力の檻(マナ・プリズン)×2(ダブル)の魔力が、デモンの心臓を潰していたことに。

 それはクロエ本人さえ気づいていなかったこと。

 

 ――かくして。

 ハヤテという英雄が誕生したのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 興奮していたのは、デパート食堂でスマホを覗き込んでいた七海も同じだった。

 

「やったぁ……! 倒したよ」

「やるなクロエちゃん。強いもんだ」

「ね、動き止めてたもんね」

 

 違う、動きを止めるどころじゃない。

 あれは魔物の心臓の動きまで止めるほどの魔力の檻(マナ・プリズン)だった。

 蓮司は惚れ惚れとスマホを見ながら、落ち着きを取り戻すように息を吐いた。クロエちゃんは成長しているんだな。なんとなく嬉しくなる。

 

 ――それにしても。

 

 と彼は眼鏡を外してレンズを拭く。

 

「クロエちゃん、父さんのブログを読んでいたんだな……」

「どしたの兄貴?」

「いや……なんでもない。少し、誇らしいだけだ」

 

 照れたように立ち上がる兄を、七海は笑いながら追いかけた。

 

「待ってよ兄貴! 私の服、選んでくれるんでしょ!」

 

 ◇◆◇◆

 

「ハヤテさん! まさに歴史的快挙! 死闘の末の勝利、今のお気持ちはいかがですか!」

「ははっ、死闘だなんてとんでもない! あれくらいはファンを飽きさせないための『演出』ですよ。あまりに楽勝すぎても、配信の『撮れ高』がありませんからねぇ?」

 

 黄金の鎧を輝かせながら、ハヤテはカメラに向かってウインクを飛ばした。

 

「おおっ! では、まだ余力を残しての勝利だと!?」

「もちろんです。言ったでしょう? 俺が『本物』の攻略を見せてやると。近い将来、この俺が二層の扉をこじ開けてみせますよ!」

 

 超級ダンジョン『シブヤ』の入口前は、無数のフラッシュと歓声で、まるで祝祭の会場のようだった。

 TV局やネットメディアに囲まれ、世界の英雄となったハヤテはご満悦だった。彼の後ろには、少し疲れた顔ながらも誇らしげなスペシャルチームの面々が並んでいる。

 

 その輪から少し離れた隅で、クロエは唇を噛み締めていた。

 無理やり作った笑顔が、引き攣っているのを自覚する。

 

「クロエちゃん、笑って笑って! 世界中が見てるわよ!」

「……っ!」

 

 隣に立つ初子に小突かれ、クロエはハッとして顔を上げた。

 

「ご、ごめんなさい初子さん……☆」

 

 笑えない。どうやったって、心からは笑えなかった。

 私たちが死ぬ思いで倒したあの魔物は、きっとボスですらない。ただのリポップする雑魚。

 

 あの後、二層への階段があった広間は、伽藍堂だった。皆は「やはりさっきのがフロアボスだったんだ!」と無邪気に喜んでいたけれど、私だけが知っている。あれは、誰かが狩り尽くした後の、残りカスだということを。

 

 この凱旋インタビューも、全部が茶番に見えてしまう。

 あの『シブヤ攻略日記』は、本物だった。私が潜って、この目で確かめたんだから間違いない。

 

「――さあ、次は我らがアイドル! クロエちゃんでーす!」

「あ、は、はいっ☆」

 

 マイクを向けられ、クロエはアイドルの仮面を被る。

 

「もー、魔物の強さにびっくりしすぎて心臓が口から出ちゃうかと思いました☆ でもそれ以上に、ハヤテさんを始め、皆さんの強さに地球がひっくり返っちゃいましたよ☆ てへっ☆」

 

 何を言ったのか、覚えていない。

 ただ、胸の中を渦巻く黒い感情だけが、やけに鮮明だった。

 

 ――自分が許せなかった。

 

 私たちは、私は、『本物』の討伐者さんが切り開いた道を歩いただけなのに、その手柄を横取りしている。こんな嘘が、まかり通っていいはずがない。

 

(今回で確信した。ウエノ08の攻略者も、絶対にハヤテさんなんかじゃない。他にいる……『本物』が)

 

「それにしてもクロエちゃんの活躍も素晴らしかったですね。最後、七色に輝く魔力のオーラは皆が目撃した一つの奇跡です。いつ、あんな力を?」

「え……魔力のオーラ? 七色の?」

 

 このとき初めて、クロエはあの時の自分の状態を聞かされた。

 そして悟る。レインボークリスタルの魔力に、自分たちが助けられていたことを。

 

(あのとき、魔物に魔力の檻(マナ・プリズン)が効いたのは……『ダブル』が使えたのは、全部このクリスタルのお陰だったんだ……!)

 

 私は間接的に、討伐者さんに助けられたようなもの。

 あの人がフリマにこのレインボークリスタルを売り払ってくれてなかったら、あの場で私たちは全滅していたに違いない。ありがとう討伐者さん、あなたはよほど凄い人なのでしょうね。

 

 その瞬間、まるで雷に打たれたかのように、天啓が閃いた。

 すごい、人……? ――待って。ウエノ08といい、シブヤ一層といい、そんな規格外の攻略ができる『すごい人』が、この日本に何人もいるはずがない。

 

 まさか。

 まさか、攻略者は……同一人物!?

 

 その考えに至った途端、目の前が急に開けた気がした。

 そうだ、きっと同じ人だ。

 だとしたら、あのブログはただの日記じゃない。

 

 あのレインボークリスタルをフリマに売った本物の『討伐者』さんを見つけ出すための、唯一の道標なんだ!

 

「……初子さん」

「ん?どうしたの、クロエちゃん」

 

 インタビューの喧騒の中、クロエは隣の初子にだけ聞こえる声で、しかし燃えるような決意を込めて囁いた。

 

「私、見つけます」

「え?」

「あのブログを書いている人……『R』さんを。そして、ウエノ08を本当に攻略した人を。きっと同一人物です。私、その人を見つけ出して、この欺瞞を終わらせます!」

 

 その瞳には、先ほどまでの迷いは微塵もなかった。

 驚く初子をよそに、クロエは再びマイクに向き直る。

 その顔には、一点の曇りもない、満開の笑顔が咲いていた。

 

「えへへ☆ これからも、もっともっと強くなってみんなを驚かせちゃいますからね! みんな、私の『本当の戦い』、これからも応援お願いしまーす☆」

 

 それは、世界中に向けたアイドルとしてのメッセージ。

 そして同時に、たった一人の『本物』を探し出すという、彼女の宣戦布告でもあったのだった。

 

 

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