声かけてくれたんだろうって。
彼女はウマ娘だ。
その実力は確かなものだ。
現役時代、GⅠで1着こそなかったものの、その走りの成果は確かに掲示板に現れていた。
引退し、表舞台から去っても、彼女の残した軌跡がなくなることはない。
彼女はウマ娘だ。
トレーナーが好きな女の子だ。
トレセン学園での日々を共に過ごし、小さな日常も、大きな舞台でも、共に駆け抜けた、そんなトレーナーを、人として、異性として好いている。
彼女は、ナイスネイチャは...
ーーー
ナイスネイチャが最もよく訪れる商店街の一角。
買い物袋片手に彼女がそこを訪れると、いつもと変わらない顔触れと挨拶を交わし、献立に必要な食材を買っていく。
この商店街に長くいるもので、彼女を知らないものはいない。
「おぉ、ネイちゃん!いらっしゃい!この前みたいに旦那さんは一緒じゃないのかい?」
気のいい壮年の店主がそう声をかける。
挨拶のたびにこうして軽口をかけてくれる人だが、今日は切り口がいつもと違った。
この前、久しぶりにトレーナーと訪れたからだろう。
「いやいや、あの人はちょー忙しいんですって。この前だって久しぶりに休めただけで...それと、ネイちゃんはもうよしてくれませんかね...アタシもうそんな年でもないですって」
ナイスネイチャが卒業した後、当時新人だったナイスネイチャのトレーナーは担当が増え、少しずつ研鑽を積み、今ではトレセン学園の実力派の一角だ。
「はっはっは、ネイちゃんはいつまでもネイちゃんだよ...それに、ああしてデートするくらいアツアツな仲じゃないか。昔とちっとも変ってないさ。新婚さんなのか、熟年夫婦なのかわからないねぇ...いやぁ、それにしても感慨深いもんだねぇ...あんときゃまだネイチャは学生だったろう?ネイチャがトレーナーを連れてきたって初めて聞いたときは、商店街中で噂になったもんさ。」
「ちょっとちょっと...あんまし昔のことは勘弁してくださいな。おっちゃん、話しだしたら止まんないでしょー?」
ーーー
適当なところで話を切り上げたナイスネイチャは、目当ての商品を買って帰路に着いた。
トレセン学園からそう遠くないマンションの一室。
今の彼女の住処にして、元、トレーナーの彼と二人の家である。
「たっだいまーっと...」
時刻はまだ夕方前、今頃はトレセン学園でウマ娘たちの指導をしているであろう彼の姿はなく、返事はない。
慣れた様子でエプロンを付け、夕飯支度を始める。
冷蔵庫の中はネイチャが知り尽くしている。
一人の部屋で、淡々と時間が過ぎる。
(あの人は今何してるのかな...もうそろ夕方だし、トレーニング的にはクールダウンの時間だよね)
もう数年前にもなる学生だった頃の日々を、ナイスネイチャは今でもふと思い返す。
今頃の時間はストレッチとか、クールダウンの時間。もしかしたら、もうちょっと練習がしたいと言って追加のトレーニングをせがんでいる娘がいて、彼を困らせているかもしれない。
少しだけ、ナイスネイチャはもやもやしていた。
一緒にいる時間でいえば、おそらく今の方が長いだろう。大人になって、互いの気持ちを確かめ合って、結ばれたことはとても嬉しい...しかし、自分がトレセン学園で過ごしたような時間を彼がほかのウマ娘と過ごしていると思うと、歯がゆい気持ちになる。
彼がトレーナーとして評価されることは嬉しい。どうだ、私のトレーナーは凄いんだぞと言ってやりたい気持ちになるし、実際に言ったこともある。しかし、それはそれ、これはこれだ。
もしかしたら、彼に思いを寄せるウマ娘がいるかもしれない。
私がそうだったように。
あの人に限って目移りはないと、十分に理解しているし、信頼している。
ただ、もし、自分が脇役でしかないと自分に言い聞かせて、それを覆さなかったら、彼に自分の気持ちを告げなかったら...きっと、トレーナーとの今の日々はなかっただろう。
もし、そうだったら、彼の隣には別のウマ娘がいて、自分は本当に脇役だった。
(あの人の隣だけは、脇役じゃ我慢ならないもんね)
こんなふうに思ってしまうのも、昼間に昔のことを話したせいだろう。
数日前、トレーナーがデートをしようといって、休みを取ってきた。
担当の子たちも増えて、今が一番忙しいだろうにだ。
ネイチャは初めは仕事のことを考えて少しだけ躊躇ったが、結局、一日デートを楽しんだ。
付き合っているときもそうだったが、二人で出掛けることがあるとなんとなく最後にはあの商店街へ行ってしまう。
2人の、そしてたくさんの人との思い出のある、大切な場所だ。
(担当の子も大切だけど、ネイチャとの時間も大切にしたい、かぁ...えへへ)
夕飯の支度をすっかり終えてしまったナイスネイチャは、彼の帰宅を待つほかにすることがない。彼が遅くなる日は先に夕飯を取ることもあるが、そういった連絡を今日は受けていないので、もうじき帰ってくるだろう。
そうと分かっていても、今日は無性に早く彼に会いたかった。
部屋の飾り棚に目をやる。
自分が引退レースの時に履いていた蹄鉄シューズや、圧倒的に3着の多い、今までに挑んだレースの思い出、引退して、結婚してから築いた彼との記憶が詰まっている。
その中でも一際古い、一枚の写真を手に取った。
彼と初めての勝利を飾った、メイクデビューのときのもの、彼女が挑んできた名だたるレースに比べれば、観客も、自身の実力も不足していた、若い思い出。
自分はまだ幼く、彼もまだ貫禄とは程遠い。
しかし、カメラに向かってともに笑う顔は、今と何一つ変わらない。
懐かしんでいると、スマホに一つ通知が届いた。もうすぐ帰宅するとのこと。
(突然エントランスで待っていたら、あの人、驚くかな)
写真を棚に戻すと、我慢ができなくなった彼女は、急ぎ足で彼を迎えにいった。
短くてすいません
つい4か月くらい前にほんとーに今更ながら、ウマ娘にハマりました。
ネイチャ、タイシン、カフェ、ラブズ...推したい子がいっぱいです。
全然関係ないんですけど、xを始めたのでよかったら。
ウマ娘のことしか喋ってません
https://x.com/5dXrHiigmO26672