異世界から転生者である勇者を追いかけてきた魔法使いの王女、無事現代文明に敗北する   作:蘇芳ありさ

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まぁ、おじさんのことは嫌いではありませんが

 

 

 

 魔王討伐を成し得た勇者様の功績を讃えるパーティーから一夜が明け、現在会場となった王宮は荒れに荒れています。

 

 原因は勇者様をこの地に導いた聖女様のとある宣言──。

 

「……由々しき事態だ」

 

 目の前の玉座で病的なまでに痩せ細った髭もじゃが頭を抱えています。

 実父である国王陛下は相当苦悩していらっしゃるようですが、正直言って知った話ではありません。

 

「まさか勇者が余の招聘を無視して元の世界に帰還するなど……」

 

 そりゃ帰るでしょうよ。

 勇者様は女神様の写し身であられる聖女様の祈りに導かれて降臨され、魔王討伐という使命を見事にご完遂なされました。

 

 そして自らの使命を全うなされた勇者様は故郷である元の世界への帰還を望まれ、聖女様がその祈りを女神様に届けられた結果、あのどこか子供っぽいおじさん(・・・・)は私たちの世界から消えてなくなりましたが……当事者すべてが納得してそうなったのです。

 

 この際ハッキリと申し上げますが、魔王討伐において大した支援もせず、足の引っ張り合いしかしていなかった部外者の出る幕など、最初から無かったのでは……?

 

「なんたる事だ……。あの男を我らの血筋に組み込むことで王国は千年の繁栄が約束されるはずだったというのに」

 

「それがまさか、まさか……元の世界とやらに帰還してしまうなんて……」

 

「おのれ! 父上があれほどの厚遇を約束したというのに……恩を仇で返すとはこの事ではないか!!」

 

 兄達(バカども)も勝手なことを言ってますが、あの方はひたすら角を立てないように辞退されたでしょうに。

 

 それを『平民風情があまりの厚遇に恐縮しおったぞ』と解釈するのは勝手というものですよね。

 

 ヒトの価値観はヒトそれぞれ。魔王討伐の報酬に何を望むのか──父王を代表とする連合諸国の有力者は贅沢な暮らしを望むと思ったかもしれませんが、あの方は他の何よりも故郷と平穏な暮らしを望んでいたのです。

 

「なんてこと……なんてことなの!? 婚約者に逃げられたなんて知られたら、貴族社会で笑い物よ!!」

 

「お姉様しっかり!! こんなのはきっと何かの間違いですわ……!!」

 

「そうよ! あんなのは聖女様のご冗談……王宮の手の者が方々を探しているから、あの男はきっと見つかるはず……」

 

 姉達も現実から必死に目を逸らしていますが、それほどまでに今回の顛末は衝撃的だったようです。

 

 ……まぁ、どの国も勇者様の取り込みに必死でしたからね。土壇場で逃げられてショックだったのは分からないでもありません。

 

 なんせ、対魔王戦役の連合諸国が手も足も出なかった魔王を、たった半年で討ち取ってみせた個にして隔絶した武力……。

 

 勇者様さえ取り込んでしまえば、向こう数十年は諸外国の侵略に悩まされることもない。

 

 それどころか勇者様がご存命の間は他国に無理難題をふっかけ、断る気配を見せようものなら『あまり誠意のない対応だとウチの勇者様が黙ってないけど、いいの?』って脅迫までできちゃいますからね。そりゃ喉から手が出るほど欲しいでしょうよ。

 

「リアーナよ」

 

 ……おや。身内の醜態にゲンナリしていたら、国王陛下の矛先がこちらに向いてきましたね。

 

「どうなのだ……? そなたはこの件について本当に何も聞かされておらなんだか?」

 

「はい。女神様に誓って、何一つとして関知しておりません」

 

 明らかに疑念の視線を向ける髭もじゃにシレッと虚言を弄します。

 

 なんせ、私は途中から師の代理で勇者パーティーに参加していましたからね。

 

 おじさんが元の世界に帰りたがっていたことも知っていましたし、聖女様があの方をこの地に留めていることを心苦しく思っておられたことも知っています。

 

 もちろん魔王討伐のサポートを途中から私に押し付けた大賢者様(クソじじい)が、世界の垣根を超える帰還の術式を研究していたことも知っています。

 

 ですからこの世界の権力者が何を言おうとも、これは唯一無二の結末だったんですよ。

 

「うぬぅ……だとしたらとんだ無能ではないか! 貴様もこの国の王族ならば、なぜもっと早くに勇者をこの国に繋ぎ止めるべく動かなかった!!」

 

「そうだ! 貴様の母親は貴族とは名ばかりの平民の娘だったが、もう半分は我らと同じ貴い血を引いていよう!? ならば他国に嫁いだ妹のように、貴様も体でも何でも使ってあの男をたらし込んでおれば……!!」

 

 ……何ですかそれは?

 

 顔も知らない母親への誹謗中傷は聞かなかったことにするにしても、私を廃嫡も同然にあのクソじじいに弟子入りさせて厄介払いしておきながら、今になって王族たる者の心得ですか。ちゃんちゃら可笑しいですね。

 

 なぜなら私の王女としての身分は名目的なものです。政治的な事情から王位継承権を与えられず、幼少期に厄介払いされた私は臣民の納める血税で養われてすらおりません。

 

 にも関わらず都合のいい時だけ王族扱いですか……応える義理は、私の中のどこを探しても見つからないんですが……。

 

「……済んだ話はもうよい」

 

 その件について、多少なりとも後ろめたいものがありそうな髭もじゃがバカどもの罵声を遮りました。

 

「リアーナよ」

 

「はい、陛下」

 

「先にも言ったが、済んだ話はもうよい。それよりも問題はこれからの事だ」

 

 もっとも、その親心はさらなる無理難題に繋がりましたが……。

 

「大賢者の弟子として、魔王の討伐にも関わった其方(そなた)のことだ。勇者との関係も希薄ではないと余は信じる」

 

「えっ……? それはちょっと、どうでしょうか……」

 

「そなたの懇願ならば、勇者も決して無碍にはせぬであろう。よって、余は命じる。勇者の故郷を突き止め、往来する術を確立し、成功の暁にはそなた自ら翻意を促すのだ」

 

「えぇ……それはさすがに……」

 

「……出来ぬとは言わさぬ。大賢者には我が王家も莫大な支援をしている故な。必要ならばヤツを頼れ」

 

 …………つ、詰んだ。

 

 実際あのクソじじいは魔王戦役に関わる代わりに、連合諸国から大人のお店で遊ぶ金をせびっていましたからね。

 

 勇者様に逃げられたことを知った兄達がその怒りを、より直裁的な形で私に向けられなかったのが今は大賢者の弟子故ならば……その負債が私にのしかかるのも当然でしたか……。

 

 

 

 

 

「だから言ったじゃないの。半端な身分に甘んじてると後悔するよって」

 

 そんな勅命を押し付けられた夜に、魔法で隠れ家に帰還した私を意地悪な笑顔で出迎えるなりこのクソじじいは……。

 

「まぁ聞くだけ聞いて知らん顔が得策かもね。どうせ君が本気で逃げ回ったらあの連中に再捕捉は不可能なんだしさ」

 

「……そんな無責任なコトはしませんよ」

 

「あれ、厄介払いも同然に追い出された第三王女殿下にもまだ肉親の情が残ってる感じ? 流行らないと思うけどね、僕は……」

 

「何とでもおっしゃい。王族の義務などクソ食らえですが、私のことを姉と呼ぶ弟妹達まで見捨てるつもりはありません」

 

 フンッ、と顔を背けて狭い塔内の通路を通り過ぎると、大賢者とは名ばかりのロクデナシは無責任に後を追いかけてきました。

 

「ま、次元扉(ディメンジョン・ゲート)の魔法は完成させておいたし、君と彼との間には少なからぬ縁がある。会いに行く分には問題ないよ」

 

 ……って!?

 

「真ですか?」

 

「うん、本当と書いてマジと読むくらいには本当だよ」

 

 振り向いた先で待ち受ける満面の笑み……無視できない言葉で他人を揺さぶり、その反応を楽しむのがこの老人の悪癖です。

 

 これまでに何度も引っ掛かり、その度にもう二度と気を許すまいと警戒していたはずなのにとんだ醜態を晒してしまいましたが……今回は事が事です。不問とします。

 

「すでに実証実験は済ませたし、君でも使えるように調整してある。あとは()く理由があれば完璧だね」

 

「私がおじさんを追いかける理由……ですか?」

 

「そ。君が最大限警戒しているヒトデナシの師匠が開発した魔法に身を任せて、未知なる世界に渡る理由さ。国王陛下の勅命だけじゃ、神々の領域に足を踏み込む理由としては弱すぎやしないかい?」

 

 それは、言われるまで気づきませんでしたが……確かに……。

 

「……今回の勇者様のご帰還に、貴方は関わっていないんですよね?」

 

「うん。用意だけはしといたけど、それより先に聖女の祈りを女神が聞き届けちゃってさ。おかげでとんだ無駄骨だよ」

 

 ならば、勇者様の帰還は女神様のご慈悲……それに異論を唱えるのは、聖女様を擁する教会を敵に回すも同義。

 

「……気付いたようだね? 勅命を拒否するだけなら幾らでも方法がある。実力的にも君を思い通りにするなんて、あの連中には無理があるんだ」

 

「…………」

 

「だから理由を訊いてるんだよ。別に下の子達を人質に取られたわけでもないんだろ? 彼に恋愛感情があるなら話は別だけど……あ、もしかして図星?」

 

「まさか。おじさんも私のことは完全に子供扱いしてましたからね。そんな雰囲気になったことは一度もありませんよ」

 

「ええっ!? 二ヶ月も寝食を共にしといて何もないって、さすがに信じられないなぁ……?」

 

「その台詞、聖女様も含めてのものならば喜んで報告しておきますが」

 

 今度はあまりに的外れな邪推だったので、彼はなんとも残念そうな顔になりました。

 

 ……まぁ誤解されるのも何ですから明言しますが、誓って私に恋愛感情はありません。

 

 あるのはもっと別のもの……勇者様と聖女様を筆頭に、奇跡的なほど善良な方々に恵まれたあの二ヶ月間で空虚な私を満たしたものは、もっと素朴な喜びなのです。

 

「まぁいいか。野暮な追求はこの辺りにしておこう」

 

「そう願いますね」

 

「新しい魔導書は君の机の上に置いてある。君はそれを使って未知なる世界を楽しむのも良し。律儀に勅命を遂行しようとして苦労するのも良しだ。僕は退散退散。女の子の家に行ってくるよ」

 

 はぁ……珍しく賢者らしいことを口にしたと思ったらこれなんですから。各国の重鎮は何をトチ狂ってあの男に重きを置いてるんですかねぇ……?

 

 まぁ、彼が無能という言葉から最も縁遠いことは私も認めています。私が自分の部屋に掛けた魔法の鍵を勝手に解錠して、私の穿いてる下着を勝手にチェックしたであろう老人の置き土産を確認した私は、改めてその事を思い知りました。

 

「──これが次元扉の魔法」

 

 あまりにも複雑かつ難解な術式は、一目でこの魔法が神々の領域にある事を納得させる。

 しかも力量で劣る私が制御をトチっても大丈夫なように、自動補正のオマケ付き。

 ここまで至れり尽くせりだとあの老人の掌にいるようでちょっと悔しいが、有り難いものは有り難い。

 

「あとは私がおじさんと同じ立場になるだけの理由か……」

 

 凡庸を絵に描いたようなおじさんの容姿に心を惹かれたことは一度もない。恋に恋する年齢の私でもその点に関してだけは断言できる。私はおじさんと男女の関係になりたいわけではない。

 

 ……でも好きだ。初見でおじさんの中に暴力的なまでの光の力が荒れ狂っているのを見抜いてしまい、かなりの粗相をしでかしてしまったのに気にも留めなかったあのおじさんが。

 

 素朴で善良な性格なおじさんは一方でかなりの博識で、親しくなった私に色々な話を聞かせてくれた。

 

 思わずなるほどと唸ってしまう話もあれば、どうにも不可思議で消化できない話もあり……その中で最たる物はおじさんの境遇に纏わる話だろうか。

 

 何でもおじさんのように別の世界に招かれて活躍する人を、おじさんのいる世界の人たちは『転生者』と呼ぶのだとか。

 

『というワケで、もし俺の物語にタイトルをつけるとしたら…… さしずめ《異世界王道冒険譚 〜聖女様に呼ばれて勇者の真似事をさせられる俺だが、妹のような女の子に慕われたのでそろそろ本気を出すわ〜》かな?』

 

『何ですかそれは……長すぎて覚えられませんし、妹のような女の子と言われても嬉しくありません。勇者様におかれましては、もっと女性心理を勉強すべきかと存じますが』

 

 まったく……あの時は毛布に包まりながら笑い転げましたが、おじさんのような人たちの活躍が一般化する世界とかどんな魔境ですか。

 

「でもそうなると、最初の頃はろくすっぽ力も使えず、聖女様に護られていたというおじさんのように……私も同じ気分が味わえるかもしれませんね」

 

 となると、私の物語に付けられるタイトルは《転生第三王女苦労譚 〜大賢者とは名ばかりのクソじじいに弟子入りさせられた挙句、魔王討伐にも強制参加させられた私を労わる気配も見せず、無理難題をふっかける父王を誰かどうにかしてください》になりますか。

 

 ……それもまた良し。

 

 術式の効果で目の前の姿見が次元を超越するゲートに変貌する。私の姿がかき消え、その代わりにこの部屋と大差ないほど雑多な個室で寛ぐおじさんの姿が見えた。

 

 いつも通りに冴えない、それでいて無事な姿にホッとするおじさんの背中に口元が弛む。

 

「さて……第一声は何にしましょうか」

 

 今となっては髭もじゃ(父王)の勅命など建前に過ぎない。

 

 だったら洒落をきかせて「おじさんの子供を身籠りましたので嫁ぎにきました」ぐらいは言っていいかもしれない。私はそんな気分でおじさんの世界に飛び込みました。

 

 まさかその場所が真理の探究者たる魔法使いの私にとって、死地も同然の敵地となるなど……その時はカケラも想像もできませんでしたよ……。

 

 

 

 

 

 

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