異世界から転生者である勇者を追いかけてきた魔法使いの王女、無事現代文明に敗北する   作:蘇芳ありさ

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おじさんと再会できたと思ったらこのザマですよ

 

 

 

 ──拝啓、親愛ならざる大賢者様。これはあなたの仕業ですか?

 

 ええ、確実にそうでしょうね。異論は認めません。

 

 

 まったく、どうして私はあの老人が作った魔法を考え無しに使ってしまったのか。

 

 せめて自動補正の術式だけでも解析しておけばこんな事にはならなかったのですが。

 

 

 ……言い訳にもなりませんが完全に油断していました。

 

 もともとあの老人は無類の女好きでありながら、弟子の私にはなぜか口説いてこようとする気配すら匂わせませんでした。

 

 私の穿いてる下着を頻繁にチェックするのも、本人に言わせると親心だそうで。

 

 たしか、『君も女の子なんだから、もっと色気のある下着を穿きなよ。今どきドロワーズなんて、中世以前の歴史を誇示することしかできない貴族社会でしか使われていないよ』でしたか?

 

 ハッキリと大きなお世話ですが、彼が私に何かしてくるにしもその程度でしたし、直前の態度も私たちの関係に大して興味なさそうだったので、きっと油断していたんですね……。

 

 

 ……その結果がこの惨状です。

 

 現在、私の目の前にはおじさんの顔があります。

 

 驚愕に狼狽の重ね塗りをしたような表情で、二の句を継げずに大口を開いたおじさんの顔が口付けを交わせそうなほど近距離にあるのです。

 

 そしてその手は突然頭上から落ちてきた私をすっぽりと包み込んでいますが、もちろんこの状況は私が意図して作り出したものではありません。

 

 

 自室の姿見に次元扉(ディメンジョン・ゲート)の魔法を使用して、おじさんの世界に転移したところまでは私のした事です。それは認めます。

 

 後ろから「お・じ・さ・ん」と声を掛けて、少しぐらいは驚かせてやろうと思っていたことも認めます。

 

 しかしながらおじさんの頭上から膝の上に落下して、ここまで驚かせるつもりはこれっぽっちもありませんでした。

 

 

 もちろん私の魔法制御は完璧でした。私が転移先に指定した座標はギリギリまで一切揺らぎませんでした。

 

 それが実体化の直前になって妙な補正が働いたとなると……犯人はあの老人以外あり得ないでしょう。

 

 

 ……これは確実に視られていますね。

 

 観測されていますよ。この惨状を。

 

 

 とりあえずあの老人を愉しませてやる義理は私の中のどこを探しても見つからないので、対抗術式を展開して悔しがらせてやります。

 

 私とおじさんの間で窮屈そうにしている愛用の杖に意識を向けて、チョチョイっと対防諜用の複合型多重結界を展開──良し。当面はこれで凌げるでしょう。

 

 あとは多大な迷惑を掛けてしまったおじさんに謝罪と、事情を説明しなければいけませんが、こういう時なんて謝ればいいんでしょうか?

 

 おじさんとはあの親族やクソじじいと比べるべくもない気安い関係ですが、さすがにこういう時ぐらいはもう少しキチンと……いえ、今さらですね。いつも通りに挨拶しましょう。

 

 

「──すみませんおじさん。来ちゃいました」

 

「──来ちゃったかぁ」

 

 

 それが正解だったのか、大きく息を吐いたおじさんはいつも通り笑ってくれました。

 

 それはいつも通り何の憂いもない、私の大好きなおじさんの笑顔でした。

 

 

 

 

 

「ところでリアちゃんはどうしてこっちに?」

 

「ええと……それはなんて言いますか、長くなるので後ほど改めてお話ししたいのですが」

 

 

 それからしばらく経ちましたが、私は依然としておじさんの上に座ったままです。

 

 魔王の支配する地域を実力で突破する過酷な旅で、満足に暖も取れず身を寄せ合った私たちにとって、この距離感は逆に正解です。

 

 もともとあの老人に帰還の手段を確立するよう依頼していたおじさんも、私がこちらの世界に転移してきたこと自体はそこまで意外ではないのか、今では優しく抱きしめた私の髪を撫でたりしています。

 

 

 ……しかし、しかしです。

 

 私としては他の事が気になりすぎて、望外の幸福を満喫する気分になれませんでした。

 

 

 もちろん初めて目にするおじさんの部屋が新鮮だったのもあります。

 

 ソファーやテーブルなどの家具類はあちらの世界とそこまで差はないのですが……明らかに異質な文明の利器と申しましょうか。用途はもちろん材質から動力まで不明な大小様々な物品がですね、室内の至る所に散りばめられているんですよ。

 

 魔法使いなんて、本質的には未知の解明に情熱を燃やす学者の親戚ですからね。下手をしたらおじさんを質問責めにしそうなほど知識欲が荒ぶっているので、しばらく冷却期間が必要だったのもありますが……。

 

 

 ……それ以上にですね。

 

 抱かれ慣れたおじさんの身体から伝わってくる違和感が気になりすぎて、正直他のことまで頭が回らないんですよね。

 

 私の首筋に触れるおじさんの指は、はたしてこんなに柔らかかったでしょうか?

 

 甘えるように頬ずりをした胸板も、以前はもっと──。

 

 

「……おじさん、ちょっと失礼しますね?」

 

「えっ、リアちゃん?」

 

 

 ペロンとおじさんのシャツを捲れば一目瞭然でした。

 

 分厚い胸板は明らかに薄くなり、六つに割れた腹筋は指でなぞっても段差を感じることすらありません。

 

 おじさんの身体を本人以上に知り尽くしている私が言うんですから間違いありません。

 

 おじさんは魔王を倒した時よりも弱くなっています……。

 

 

「り、リアちゃん……」

 

 

 ……この異常なレベルダウンの原因は何でしょうか?

 

 本人が戦いから離れすぎて肉体が自然に劣化した?

 

 いいえ。おじさんがこちらの世界に帰還したのは昨日ですよ。そんな短期間でここまで衰えるなんてあり得ません。

 

 でも、そうなると、他に原因は……あまり考えたくありませんが、魔王が復讐のため消滅の寸前に放った夢魔の集団による生命力搾取(エナジードレイン)

 

 今は気配もありませんし、こちらの世界に侵入できるとも思えませんが……向こうの世界ですでに憑かれていた場合はどうでしょうか?

 

 私が来たことで精神世界(アストラル・サイド)の奥底に引っ込んだと考えるならば、なるほど、気配がないことも納得です。

 

 

「おじさん」

 

「……何?」

 

 

 私に答えるおじさんもどこか他の事が気になってるような……体温も心持ち高くなっている気がしますし、これは正解、ですかね……。

 

 

「おじさん、私の言うことをよく聞いてくださいね。……おじさんは夢魔(サキュバス)の集団に取り憑かれています」

 

「えっ……?」

 

「おじさんの身体が異常なほど衰弱していることと、私がその原因を調査すべくおじさんの身体をチェックし始めた途端、おじさんの肉体がある種の興奮状態に陥ったことが何よりの証拠……。今からおじさんの精神世界に侵入して退治するので、許可をいただけますか?」

 

「ちが、違うんだ……。違うんです……」

 

 

 私が杖を構え直してまっすぐに見上げると、さめざめと泣き腫らすおじさん。

 

 あれ? この反応は……?

 

 

「おじさんリアちゃんにシャツを捲られて、体を直接触られたもんだから……ちょっとだけ、ちょっとだけイケナイ気分になっちゃっただけなんです……」

 

 

 …………。

 

 

「だったらおじさんの身体が異常に細くなってるのは? 以前はもっとこう、ムキムキでしたよね……?」

 

「ああ、それはなんて言うか……元の時間軸に復帰したための弊害かな?」

 

「元の時間軸ですか?」

 

「……うん。おじさんってほら、リアちゃんの世界に呼び出されて半年ぐらい滞在してたでしょ?」

 

「ええ」

 

「で、元の世界に帰るにあたって同じくらい時間が経過してましただと、こっちの生活が色々と成り立たなくなっちゃうからね。女神様にお願いして呼び出された直後のタイミングに送り返してもらったんだよ」

 

「……なるほど」

 

「だから俺の体が以前のガリヒョロなのはたぶんその所為……。でも別に弱体化しているワケじゃないから、いきなり落っこちてきたリアちゃんに怪我をさせず受け止めることができたってワケだよ。納得してくれた?」

 

「…………はい」

 

 

 じゃ、じゃあ何ですか?

 

 今のは何もかも私の勘違いで、私のしたことは、その……おじさんをエッチな気分にさせただけってコトですか?

 

 

「色々と申し訳ありませんでした」

 

「いや、こっちこそ……なんていうか申し訳ない」

 

 

 私が捲ったシャツを元に戻して誠心誠意謝罪すると、露骨に安堵したおじさんはそう言ってくれました。

 

 

 なんというコトでしょう。あまりの恥ずかしさに分解消去(ディスインテグレート)の魔法を自分自身にかけて消え去りたい心境です。

 

 しかし一方で……どこか気分が高揚している私自身も存在します。

 

 

 これまで私のことを妹のようなものだと子供扱いしてきたおじさんが、初めて私を明確に女性と意識して。

 

 意中の女性と触れ合う男性として当然覚える喜びを覚えた結果がこれなのだとしたら。

 

 ……なんというか、悪い気分にはなりませんね。

 

 

「ところでそういうワケだから、そろそろ俺の膝から降りてくれると有り難いんだけど……?」

 

 

 そんな私の気分に水を差すつもりは無いんでしょうけれども、こういうところは相変わらずですね。

 

 

 まったく……。

 

 今ならこれまでのすべてに感謝する意味を込めて。

 

 おじさんがどうしてもと本気でお願いするんでしたら。

 

 もう少しだけ今のまま続けるのも悪くないと思ってるのに、仕方ありませんね……。

 

 

「すみません。ちょっとお手を拝借します」

 

「ほい。あらよっと」

 

 

 とりあえずおじさんの手を借りて、隣の席に移動したものの……見るからに清潔そうな木製の床を靴の裏で汚すのは躊躇われます。

 

 脱いだ靴を収納(ストレージ)の魔法で亜空間に移動させ、ついでとばかりに魔法のローブも同じ処置をしておきますか。

 

 これでおじさんほどではないけど、上は紺色のジャケット、下は同色のフリルがついた白色のプリッツスカートとかなりの軽装に……なんでしょうか。おじさんが露骨に目を逸らしてきましたね。

 

 

「と、ところで俺はそろそろ晩メシの時間なんだが、リアちゃんはどうする?」

 

 

 これまた露骨な話題逸らしですが、こちらはあり得ないほどのご迷惑をお掛けしてしまった身です。乗ってあげるのがヒトとしての礼儀というものでしょう。

 

 

「そうですね。私も昼間はバタバタしちゃって何も摂っていませんから、ご馳走していただけるんでしたら有り難いです」

 

「あー……期待させちゃって悪いが、以前の俺はかなり横着だったからなぁ……。冷蔵庫にあるのは冷凍食品くらいなんだわ」

 

「冷凍食品?」

 

 

 聞き慣れない単語に私の知的好奇心がググッと鎌首をもたげます。

 

 

「まぁ身も蓋もなく言ったら、向こうの世界の保存食みたいなもんだよ」

 

「保存食!!」

 

 

 ついこの前まで食べていたのにおかしな話ですが、何とも懐かしいですね。

 

 

 完全に水気が抜けてカピカピに乾燥した干し肉や、カビの生えたパンといった日持ちする保存食は、本来であればあまり口にしたくない食べ物ではあります。

 

 ですが他に食べられるものもなく、みんなで知恵を絞ってなんとか美味しく食べようと奮闘した旅の記憶は、私にとって掛け替えのない思い出のひとつです。

 

 だから大いに期待しておじさんの動きを見守ったのですが、冷蔵庫という原理不明な氷室より取り出されたる品々は私の想像を大幅に超えてきました。

 

 

「こ、これがこの世界の保存食ですか?」

 

「うん。大体そんな感じの横着料理ね」

 

 

 カラフルかつ材質不明の包装が剥かれて現れ出でるは、完全に凍結していること以外はケチのつけようのない調理済みの食材……。

 

 そしてこのまま食べたらお腹を下しそうという唯一の欠点も、おじさんがガラス扉を開けて金属の箱の中に押し込んで、しばらく内部をブーンと振動させ、チンッとやったら解消される始末ですよ……。

 

 

「ほいっ。若鶏の唐揚げと栃木名産の餃子。デミグラスソースのハンバーグにひじきの煮付け。それとご飯にインスタントの味噌汁ね」

 

 

 そうして食卓に着いた私の前に並べられたのは……どれもこれも私たちの世界には概念すら存在しない未知の料理ばかりなのです。

 

 

「どったの? どれでも好きなものを食べて……あ、やっぱり箸よりフォークとスプーンの方が良さげ?」

 

「い、いえ……こうして挟んで頂くんですよね? それなら大丈夫ですが……」

 

「そ。ほんじゃ頂きます」

 

「頂きます」

 

 

 以前おじさんに尋ねたところ、生命を頂いた食材に感謝する意図があるということに感銘を受け、真似するようになった両手を合わせるポーズと一緒にそう呟き、私は若鶏の唐揚げなる料理を口に運んだ。

 

 

「あっ……」

 

 

 ……私は一口で理解してしまった。

 

 この料理は鶏肉の表面にパン粉を(まぶ)して油で揚げたものだと。

 

 

 なんという芳醇な味わい。

 

 そしてなんという手間暇。

 

 

 私たちの世界の人間は鶏肉を食べるのにここまで複雑な過程を挟みません。

 

 宮廷で働く料理人ならばこの料理の真似事くらいはするかもしれませんが、庶民なら火を通した時点で満足してそのまま食べるでしょう。

 

 だっていうのにこっちでは長期保存の効く冷凍食品がこの仕上がりですよ。干し肉とかカビパンとかが生きていける世界ではありませんよ。

 

 

 これは勝てない……。食にかける情熱が。基礎となる文化レベルが。お客様に美味しいものを食べさせてあげたいという、思いやりの精神そのものが。

 

 私たちとおじさんでは、最下級のモンスターと魔王ぐらいかけ離れてる……っていうか何ですか? この餃子とかいう苦手なキャベツをこの上なく美味しく食べさせてくれる天上の料理は……!?

 

 

「どう? リアちゃん、美味しい?」

 

「はい、はい……。美味しいです。とても……」

 

 

 ご飯という主食と、味噌汁というスープも、言葉にならないぐらい美味しい……泣きたくなるのをグッと堪えた私は言葉に出さず決意しました。この味を持ち帰るのが私の使命だ……。

 

 

 長期化した魔王戦役に予算を取られてた弊害と、王位から遠いこともあってそれぞれの母親から顧みられる事なく、いつもお腹を空かせている私の弟妹たち──あの子たちにいつかこの料理をお腹いっぱい食べさせてあげたい。

 

 私はきっと、そのためにこの世界を訪れたんだ……なんて浸っていたら、なんかおじさんが妙にニヤニヤしてますね。

 

 

「……何ですかそのニヤケ顔は? まさか私のことを食うに困って異世界に流れ着いた哀れな王女だと思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 我ながら卑しい邪推を披露してしまいましたが、おじさんは微塵も動じる事なく手を振ってきました。

 

 

「違う違う。前にも言ったけど、こっちには異文化交流ならぬ異世界交流をテーマにした漫……物語がいくつもあるけどさ。まさか自分が当事者になるとは思わなかったから、なんか嬉しくって」

 

 

 ふむ、そっちでしたか。

 

 

「リアちゃんって結構気軽にこっちに来れる? 今日も泊まっていく感じ? もし時間に余裕があるんだったらこっちの世界を色々案内したくてさ……。ああ、早くイオンモールやディズニーランドに連れて行きてえ……」

 

 

 相変わらずおじさんの言うことは私の理解を超越していますが、この世界を案内してくださると言うなら私の返事は決まっています。

 

 

「ご迷惑でなければ、是非」

 

「よっしゃ! おじさん頑張っちゃうよ!!」

 

 

 ……手を叩いて喜ぶおじさんは実に楽しそうです。

 

 まったく……こっちは深刻な敗北感を食欲で紛らわすので精一杯だっていうのに。

 

 

 でもそういうコトなら遠慮は要らなさそうですね。

 

 もう逃して差し上げる気はこれっぽっちもなくなりましたから、覚悟してくださいねお・じ・さ・ん♪ 

 

 

 

 

 







おじさん

年齢は27歳。職業は公務員という社会の歯車。
この年でおじさん呼ばわりはヒドイかもしれませんが、王女さまとは10歳以上離れてますし、向こうでは髭を剃るのをめんどくさがってましたから、多少はね……。
ちなみに結構なオタクでネット中毒者。厚遇を約束した各国王族の誘いお断りして、ソッコーで帰還したのも半分ぐらいはこのため。
残りのもう半分はハードディスクの中身が漏洩してないか心配だったというから筋金入りである。


リア

主人公。年齢はもうすぐ15歳。
他国から降嫁してきた正妃と、自国の最大貴族である公爵家から嫁いできた側室がバチバチにやりあってる国で、髭もじゃがうっかりメイドに産ませてしまった第三王女。
そのまま宮廷に留め置いていたら本人が危ないのと、不幸にも魔法使いの素養があったために大賢者に引き取られる。そのため両親の愛情を受け取れずかなりの人間不信だったが、勇者パーティーが奇跡的な善人揃いだったために笑顔を取り戻す。
ちなみに勇者パーティの内訳は聖女、聖騎士、旅の傭兵、斥候兼任の弓使いで、それぞれFGOのジャンヌ、ギャラハッド、ランサーの兄貴、赤い弓兵みたいな性格です。
ちなみに大賢者の中身はマーリンですね。マーリンシスベシフォーウ。


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