異世界から転生者である勇者を追いかけてきた魔法使いの王女、無事現代文明に敗北する   作:蘇芳ありさ

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初めての冒険は近場と相場が決まっています

 

 

 

 それは素晴らしい目覚めとなった翌朝の出来事でした。

 

 

 夜更かしの習慣ゆえか、それとも生来の血色の悪さゆえか。

 

 とにかく朝が苦手な私にしては珍しいほど快適な目覚めの後に、これまた私の知るソレとは異次元の朝食を頂いた衝撃に震えていた時のことになります。

 

 

 いや、本当に何ですかね。あのパンは……。

 

 塩スープに漬けるまでもなく柔らか、かつ芳醇で。

 

 カビを落とす必要もないとか、もうね……こんなところでも格の違いを見せつけてくるのはやめてくださいよ、と肺の中を空っぽにしたときに気付きました。

 

 

「リアちゃん」

 

「はい?」

 

 

 呼ばれて顔を上げれば、今から登城する貴族のようにバッチリ正装をキメたおじさんが、パンッと手を合わせて謝罪してきたのです。

 

 

「ごめん! 今日は平日だから、俺、今から仕事に行かなきゃいけないんだわ……!!」

 

「あ、職場に向かわれるのですか」

 

「うん。今日くらいは仮病を使って休んでもいいかって思ってたんだけど、予定を確認したらどうしても外せない仕事があってさ」

 

 ……ふむ?

 

 今からおじさんが勤め先に出向かなければならないのは理解しましたが、なぜ私に謝罪してくるのか要領を得ませんね……。

 

 

「本当にごめんね? リアちゃんもこっちに来て、まだ分からないことばかりで不安だろうに……この埋め合わせは明日たっぷりするから、今日のところは何とか一人で凌いでください……」

 

 

 ああ、そういうコトでしたか。

 

 まったく、おじさんきたら過保護なんだから……。

 

 

 確かに私はこの世界に不慣れで、帰還の目処も立っていません。

 

 知っているのはわずかに冷蔵庫の開け方と、あの快適な(トイレ)の使い方くらいとなると、なるほど、おじさんが留守を任せるのが不安になるのも分かります。

 

 

 しかしそれはおじさんの予定を確認もせずに渡界してきた私と、個人的な愉悦目的で退路を断ってきた師の負うべき責です。

 

 おじさん自身は何も悪くありません。

 

 

「わかりました。たしかに今の私では役者不足に感じるでしょうが、私とて魔王討伐を成した勇者パーティの一員。この場において、おじさんが帰還するまでの間、見事にこの家を守り通すことを誓います。……妻として」

 

 

 最後はちょっと言い澱んでしまいましたが、おじさんの反応は……あれ? 変わらず不安そうなのですが……?

 

 

「うん、とにかく一応、ね? 何かあった時のためにそれなりのお金は渡しておくけど、お昼は冷蔵庫にサンドイッチが何個かあるし、足りなかったらプリンとどら焼きもあるから、極力外出しないように頼むよ?」

 

「…………」

 

 

 ハイッと、やたら精巧に印刷されたこの世界の紙幣を受け取った私のテンションは垂直落下してしまいましたが、どうか顔に出ていませんようにと祈るばかりです。

 

 

「あとこれ、予備のスマホを使えるようにしておいたから……何か分からないことがあったらコイツで調べて? 使い方は──」

 

 

 ……ええ、これは私でなくても分かりますよ。

 

 安全な隠れ家から勝手に出かけることを禁じ、二重、三重の予防線を張られたわけですから……これは完全に信用されてませんね。

 

 

 そんなに不安ですか?

 

 

 いかに不慣れな異世界であろうとも。

 

 世に五人と存在しない魔法使いの一人である、この私が。

 

 考え無しに行動して、致命的な事態を招かぬよう。

 

 片時も目の離せぬ幼児のように言い聞かせてきますか、普通……?

 

 

「じゃ、そういうワケだから……くれぐれも外に出ないように頼むよ?」

 

 

 そう言っておじさんは、最後まで心配そうな顔のまま勤め先に向かいました。

 

 バタンと閉じられる鋼鉄製の扉を前で、私はそれを呆然と見送ったのです。

 

 

「そ、そこまで信用なりませんか……?」

 

 

 これはアレです。自尊心が傷つきましたね。

 

 真理の探究者である魔法使いとしてもプライドも、おじさんの傍に侍る唯一の女性としての矜持も、です。

 

 ……こうなった以上、私のやることは一つしかありません。

 

 

「ええ……おじさんが自らの不明を詫びるほど完璧に、妻の務めをこなすだけです」

 

 

 もちろん自信はあります。

 

 なんせ私は、あの怠惰極まりない大賢者(クソじじい)の弟子として家事を一手に担っていましたからね。妻の務めぐらいチョチョイのチョイですよ。

 

 

「しかしまぁ、こちらは随分と生活様式が違いますからね。向こうのやり方を押し通して失敗したでは目も当てられません。まずはこちらのやり方を一から学ばなくてはなりませんが……」

 

 

 そうなると、早速おじさんに預けられたスマホの出番になりますが……正直なところ、いかに使い方を教わろうともこの異界の神器には苦手意識が拭えません。

 

 

 よく分からないモノを、よく分からないまま使えばどうなるか。魔法使いなら失敗談には事欠かないものです。

 

 ですが背に腹は代えられないのもまた事実。魔法で過去の記憶を再確認した私は、震える手でスマホを操作しました。

 

 

「本当に頼みますよ、Google先生……」

 

 

 検索サイトなる叡智の泉に現れ出でたる女神に何を尋ねるか……こちらの都合で呼び出しておきながらお待たせして申し訳ありませんが、たっぷり熟慮の時間を設けました。

 

 

「──やはり、まずはこれですね。ええと、『新妻の一日』と」

 

 

 すると出るわ出るわ。膨大極まる回答が……。

 

 

「ふむふむ、なるほどなるほど……やはり文明こそ異質でも、ヒトの営み自体にそこまでの差はない、と……」

 

 

 何というかホッとしちゃいましたね。

 

 この世界で家事に専念する女性は専業主婦と呼ぶそうですが、家事の中身自体は炊事、洗濯、清掃と、私たちのよく知るものばかりでした。

 

 

「少し拍子抜けしたのも事実ですが……おや? こちらの《団地妻の日常》なる情報は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アレから軽く数時間は経過してしまいましたか。

 

 げに恐ろしきは《インターネット》ですよ。果てのない情報の連鎖がもたらす智慧の旅から戻ってくるのが大変でしたね。

 

 

 ……しかしその価値はありました。

 

 やはり初めての夜はおじさんを信じてお任せするのがいいみたいですが、いずれは私も積極的に動くことが求められそうです……。

 

 

「いや、夜の営みについて調べてたんじゃないですよね? どんだけピンク色に染まってるんですか、私の脳内は……?」

 

 

 そうそう。まずはこちらの世界の家事のやり方について調べていたんですよね。お恥ずかしい。

 

 ブンブンと片手を振って妙な空気を追い払った私は、コホンと咳払いしてから目的の物を探しました。

 

 

「ありましたね……。これがこの世界で広く用いられている清掃用具。吸引力の変わらないただ一つの掃除機。ダ⚪︎ソンのコードレスクリーナーですか」

 

 

 言ってることは半分も理解できていませんが、とにかくコイツでギュイーンとやれば屋内が綺麗になるらしいです。

 

 問題はギュイーンとなるくらいですから、壊さないように慎重な操作を求められる点ですが……使用動画を拝見したところ、細身の女性が振り回されている様子もありませんでしたから、そこまで暴れ馬でもないようです。

 

 今は私でも使えると信じて、こちらの『ハイパーターボ』と表記されている箇所を指で押し込み──。

 

 

「きゃうっ!?」

 

 

 び、ビックリして腰が抜けちゃうかと思いましたよ。

 

 無理無理、無理です。私にはこんなに轟音を撒き散らして威嚇してくるアイテムを使いこなすのは不可能です……!!

 

 

「と、とりあえず『切る』と書かれた箇所だけでも…………ふぅ、なんとか止まってくれましたか」

 

 

 やはり私が《掃除機》に挑むのは早かったようですが、そうなると困りましたね。

 

 もはや雑巾掛けぐらいしか掃除のやり方は思いつきませんが、無駄に時間も消費してしまいましたし、この部屋数だともう少し人手が……。

 

 

「……仕方ありませんね。ここは魔法使いらしく魔法で解決しましょう」

 

 

 幸いにも召喚(サモン)自動人形(オートマタ)の魔法は問題なく発動してくれました。

 

 神々の従者であるゴーレムには性能面で遠く及びませんが、日常生活の補助を任せるのに十分な機械仕掛けのメイドが目の前で組み上がります。

 

 

「久しぶりですね。気分はどうですかイゼリア」

 

「はい、お嬢さま。長らく放置されていたので気分は最高とまでは申せません」

 

「悪かったですね……でも事情は説明したじゃありませんか」

 

「はい、私では魔王軍の(つわもの)どもからお嬢さまを御護りするにはあまりに非力。役立たずのガラクタには薄汚い倉庫がお似合いですね」

 

 

 ああ、これ完全に拗ねてますね。

 

 より正確に表現するならば、こうした反応を私が望んでいると察したのか……このあたり、意識の一部を共有しているオートマタの扱いは面倒なんですよ。

 

 

 しかしここで従者の顔色を伺うようでは主人失格。

 

 粗略に扱った件はいずれ詫びるとして、今は主命に服させなくてはいけません。

 

 

「不満は後で聞きます。今は仕事に専念なさい」

 

「失礼いたしました、お嬢さま」

 

 

 それが解っているのか、私がイゼリアと名付けた少女はケチのつけようのないお辞儀で応えました。

 

 

「よし。それでは一応、念のために確認しますが……イゼリアにこちらの《掃除機》を使いこなす自信はありますか?」

 

「お嬢さま自身がよく分かっていない物をわたしが使いこなすのは不可能です。屋内の清掃をお望みなら、ここは横着せず拭き掃除しかないかと」

 

「ですよねー。それじゃあ雑巾を探すところから始めますか」

 

 

 なお目当ての雑巾を探すのに手間取ったものの、掃除自体はイゼリアの尽力もあって比較的短時間で終わりました。

 

 何と比較したかはさておき……浴室を利用した洗濯もつつがなく終了し、午前中に終わらせるべき家事はなんとか昼食前に完了した次第です。

 

 

 

 

 

 そうして、妻の務めをつつがなく遂行した昼食の席──これまた理想の携帯食としか言いようのないサンドイッチにパクつく私の傍に控え、給仕の仕事に専念していたイゼリアが呆れたように尋ねてきました。

 

 

「ところでお嬢さま。これまで質問を控えていましたが、こちらの宇宙世紀と思しき近未来の住居は一体……?」

 

 

 早速こちらの頭脳から余計な知識を仕入れていますが、質問自体は極めてまともです。

 

 イゼリアには私の運命共同体として、共にこの困難な世界に立ち向かってもらう必要があります。説明の労を惜しむべきではないでしょう。

 

 

「ええ、それがですね──」

 

 

 なので私はすべてを説明しました。

 

 

 父王である髭もじゃの勅命。

 

 次元扉(ディメンジョン・ゲート)を完成させた師の思惑。

 

 それらに翻弄される私の境遇。

 

 それら、これまでの一切合切を、です……。

 

 

「なるほど。つまり勇者さまを誘惑して、彼の子を身籠ったという事実を盾に婚姻関係を迫ろうと躍起になるも、歯牙にも掛けられず黄昏ていたワケですね?」

 

「一言も説明していないコトで締め括るのはやめなさい」

 

 

 まったく……これだからこのメイドはやりにくいんですよ。

 

 

「私の立場も考えてください。私もあと半月もしたら15歳なんですよ?」

 

「立派な行き遅れですね」

 

「……ええ。そんなコトになったら私に負い目のある父王はまだしも、妹なんて政略結婚の駒としか思っていない兄達が何を画策するか、分かったものじゃありませんからね」

 

「左様でございましたか。わたしはお嬢さまが随分と夜伽の知識を蓄えておられるから、てっきりソレ自体が目的だとばかり」

 

「うぐっ!? せっかくのどら焼きが不味くなるような話はやめなさい……」

 

 

 ……一応断りを入れておきますけど、誓って夜這いなんて考えていませんからね。

 

 

「それはさておきですね……私はおじさんを安心させたいんですよ。そんなに心配しなくても留守番ぐらいへっちゃらですってね」

 

「なるほど」

 

 

 あ、その目はカケラも信じちゃいませんね。

 

 

「と、とりあえずイゼリアのおかげで掃除と洗濯の目処は立ちましたから、あとは炊事。そして、そちらで使用する食材を購入するための買い物です」

 

 

 どら焼きを完食した私は立ち上がり、むんっと宣言しますが、イゼリアはその方針に不安げです。

 

 

「それはハッキリと無謀では? こちらに来てからお嬢さまの外出経験は0回。周囲に生息しているモンスターの把握もできていないのでしょう?」

 

「大丈夫ですよ。こちらのスマホで調べたら、外には《車両》という鋼鉄の軍馬が徘徊しているみたいですが、彼らは基本的に《車道》という専用の獣道から出られないそうです。なので、残りはファッ⚪︎&サヨナラ目的のヨタモノくらいですが、こちらの脅威度は小規模な野盗と同レベルのようですから、私とイゼリアの敵ではありません」

 

「はい。お嬢さまに手出ししようとするヨタモノは、この手で残らず粉砕して差し上げましょう」

 

「決まりですね。それではおじさんから預かった大事な紙幣を持って出かけるとしますか」

 

 

 目指すべき最寄りの食品卸売店。スーパーマ⚪︎エツの場所はスマホで確認済み。

 

 いざ行かん。異世界に降り立った私の記念すべき初めての冒険に……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんて意気揚々と靴を履いて玄関から出てみましたが、外は凄いですね。

 

 驚くべきことに、おじさんの住居は巨塔の如き石造りの建物の中にありました。

 

 

 玄関から出てすぐのところに地上まで通じる階段があって助かりました。

 

 もしこれが見つからなかったら、イゼリアを連れて飛び降りるしかありませんでしたからね。

 

 

「────────」

 

 

 そして地上に降りても延々と広がる石材と鋼鉄の世界。専用の車道には大小様々な車両が群れをなして咆哮し、その隅に追いやられた車両にも雑多な人々が溢れ返り……なんでそんなに見てくるんですかね?

 

 

「……もしかして私たち目立ってますか?」

 

「はい、間違いなく……理由までは不明ですが」

 

 

「むむ……変ですね。自分で言うのもなんですが、私の存在はつい最近までまったく知られていませんでし、地味な見た目をしているから自国民でもスルー確定なのに」

 

「はい。クロイツベルン王国第三王女にして、大賢者アンブロシウスの高弟と言っても、所詮は名ばかり。お嬢さまの顔と名前など、身内の他に知られているはずが……」

 

 

 と、二人して首を捻っているときでした。

 

 

「もしもし君たち? ちょっとお巡りさんとお話ししてもらっていいかな?」

 

 

 ちょっと軽薄そうな二人組の男性が声を掛けてきたのは……。

 

 

「…………」

 

 

 見た目はおじさんと同年代。

 

 片方は髪の毛がやたらモジャモジャしてる長身の男性で、もう片方はいかにも丁稚然とした威厳のない男性。

 

 ファッ⚪︎&サヨナラ目的のヨタモノにしては友好的な雰囲気ですが、私たちに何の用があると言うのでしょうか……?

 

 

「構いませんが、その前に確認させてください」

 

「うん、何かな?」

 

「貴方の名乗りにあった《お巡りさん》って何ですか?」

 

「そこから?」

 

 

 困ったように頭を掻いた男性ですが一応説明してくれました。

 

 なんでもお巡りさんというのは、この国の治安維持に責任を持つ衛士たちに、独自の司法捜査の権限が与えられた特別な存在だとか……これは厄介ですね。

 

 

「……お嬢さま」

 

 

 イゼリアも私にだけ聞こえるような小声で警告を発しますが、ぐれぐれも軽挙妄動を慎むように視線でその場に留めます。

 

 ……無論、イゼリアが何を危惧しているか分かるつもりです。彼らの話が本当ならば、その権限はあまりに強大だからです。

 

 

 もちろん私たちの王都を巡回する衛士たちも、住人同士の諍いを発見すれば仲裁くらいはするでしょう。

 

 しかし彼らにはどちらが悪いか判断し、場合によっては相手を投獄するような権限はありません。

 

 せいぜい騒ぎを起こさないように注意し、人だかりを解散させる程度の仕事しかできません。

 

 殺人や傷害、窃盗のように、言い逃れもできない犯罪の現場に立ち会ったのら話は別ですが……その場合でも犯罪者の尋問と調書の作成は、宮廷に詰める高級官僚である司法官たちの仕事です。

 

 

 ……ところが。このお巡りさんと名乗った二人組の男性には、不審とみなした人物を独自に尋問、私たちの身柄を現場判断で拘束する権限まであるというのです。

 

 これではまるで、教会の権威が絶頂を極めた時代の異端審問官も同然です。

 

 女神様自ら当時の聖女様を通して介入するまで続いたという、魔女狩りの悪夢──目の前のお巡りさんが悪名を世界に轟かせた異端審問官の同類とまでは思いませんが、彼らの心証を損なえば愉快なことにはならないでしょう。

 

 この世界に虚言感知の手段があるかは分かりませんが、ここはあるものと思って、開示できる情報は包み隠さず公開した方がいいかもしれません……。

 

 

「それじゃ、お巡りさんがどんな仕事か分かってもらえたようだから、まずはお名前から教えてもらえるかな?」

 

「……私の名前はツェツィリアーナ・フォン・クロイツベルン。大賢者アンブロシウスに師事する魔法使いで、クロイツベルン王国の第三王女です」

 

「はぁ? 王女とか魔法使いとか、なに言ってんだこのガキ?」

 

「山田。個人的な感想でももう少し言葉を選んで」

 

 

 ……なんでしょう。私としては嘘偽りを交えず正直に答えたつもりですが、もう一人のチンピラみたいなお巡りさんの不興を買ってしまいましたね。

 

 

「ちなみに後ろの娘は私のメイドで、名をイゼリアと……自動人形ですが、制御は完璧ですので暴走の危険はありません」

 

「ああ、そうなんだ。じゃあセシリアーナさんでいいのかな? 君たちはこの近くでご両親と一緒に住んでるの?」

 

「名前は呼びにくかったら略していただいて構いませんが、私は昨日からこの世界にあるおじさんの家にお邪魔して」

 

「ああ、そうだったんだ。ちなみにパスポートは?」

 

「パスポート?」

 

「ありゃりゃ、そっちもよく分からないか……」

 

「えー、町田署応答願います。……こちら山田。現在、不審な外国人少女を職質中。パスポートは未所持で、年齢は12歳前後。全体的に栄養状態が悪く、痩せぎすで……やたら目つきの悪いメイドさんを連れてますが、なんか魔法使いがどうとか、第三王女がどうとか……いえ、尋問しているのは源部長なんで、ウソは言ってないと思います」

 

 

 ……なんでしょう。

 

 私としては聞かれたことに答えただけなのに、どんどん場の空気が剣呑になっていく気がします。

 

 例外は初見から朗らかな雰囲気が変わることない髪もじゃさんだけ……これはもしや、私の誠意が伝わっているのでしょうか?

 

 

「そっか。君たちは旅券も持たずにこの国を訪れて、おじさんのお家で世話になってるんだ」

 

「は、はい。急に押しかけてしまって申し訳ありませんが、おじさんは私にとても良くしてくださって……」

 

「どうも源部長は組織的な売春組織の存在を疑ってますね……保護しますか?」

 

 

 …………これはいかに無知でも分かります。

 

 なんというコトでしょうか。私が情報の取捨選択を間違えたばかりに、とんでもない疑いがおじさんに掛けられて──。

 

 

「あっ!? おいコラその杖どっから出しやがった!!」

 

 

 私が杖を取り出したことで実力行使に撃って出たのでしょう。掴みかかるチンピラ風味のお巡りさんを耐物理遮断障壁(シールド)で防ぎつつ、私はこの場を逃れるための魔法を編み上げました。

 

 

「すみません──“世界時間停止(ワールド・ストップ)”」

 

 

 瞬間、世界がモノクロに凍結する。

 

 世界そのものを対象とするこの魔法が解けるまでの数分間が私の生命線。

 

 

「これは──お嬢さま?」

 

「ええ、逃げますよイゼリア」

 

「ふむ、目当ての店舗にですか?」

 

「違います、おじさんの家に──私たちに初めての冒険はまだ早かったんですよ!!」

 

 

 ただちにイゼリアを魔法の範囲外に逃した私は、彼女の手を掴んで一目散に現場から逃走しました。

 

 初手からこんなに手を出しにくい敵を配置してくるなんて、この世界は反則です……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の少女が何処からともなく取り出した杖を構えた次の瞬間、その姿が背後のメイドともども忽然と消えたことに、彼女たちに職質をしていた警察官は珍しく驚いたような声を漏らすのだった。

 

 

「ありゃ、逃げられちゃった」

 

「逃げられちゃじゃねえよ! つか、どうやったら逃げられるんだよ!! 俺町田署に無線で報告しちまったから逃げられましたじゃ済まねえのによ!?」

 

「慌てない慌てない。そんなに悪い子じゃなかったし、どうせまた会えるっしょ。今日のところは二人で始末書でも書こうよ」

 

「だからどうして、そんなにのほほんとしてられるんだ。アンタはよ……」

 

 

 全身を余すことなく使って憤慨する年下の警官をおざなり宥めて、その男はいうのだった。

 

 

「しかし世の中広いね。まさかホントに魔法があるなんて思わなかったよ」

 

 

 

 

 







イゼリア

機械仕掛けの自動人形。主人であるリアと意識を共有する事実上の使い魔。
その戦闘力は決して低くないが、破損時の修復コストがシャレにならないという理由で魔王戦役時は後方に留め置かれる。
また主人の睡眠時にはまったく動けないという明確な欠点もある。


お巡りさんたち

岡⚪︎県の地方署に勤務する下っぱ警官。
周囲の評価はそれなりだったが、今回とんでもない報告をしてしまったので色々と心配される。
年齢はチンピラ風味の子が25歳で、放っておくとアフロになる方は27歳。
実は高校時代の友人に美嘉村慶一郎という地方公務員がいる……。


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