もちろんプロアスリートは尊敬の対象なので否定をするわけではないのですが、
自衛隊の銃剣道はなんか違うのです。
ただ、全てを投げ捨て、一撃に乗せるという戦い方はキライではありません。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。ただ刹那の先、プランク長に手を届かせるべく。
チェストォォォォッッッ!!
「ヤぁぁぁあぁぁさぁァッッ!!」
裂帛の気合いとはこのことだろう。ドゴンという床を踏みつける音とともに胸当てに
ここは駐屯地の体育館。濃紺の袴を着た隊員たちが木銃を持って脇に備え、二人の隊員が「道場」と呼ばれる四角い枠の中で剣道のように立ち会いを行っている。いわゆる銃剣道と言うヤツだ。
「一本ッ!!」
「……」
審判の旗が真上に上がる。山永はつまらなそうとは取られないよう、しかし明らかにそこまでの興味は持たずぼんやりとその試合を道場の外から眺めていた。実際のところ、このクソ寒いのにご苦労な事だと蔑んでいる。そもそも派遣訓練の訓練計画作成で忙しいのに。
彼は銃剣道が大嫌いだった。前の戦争から優に百年以上経つのに、まさかの三八式歩兵銃を模した木銃で、袴を履き、剣道の防具を付けた相手とつつき合うのだ。一体なんの訓練的合理性があってやっているのか。
「ワイが出れば一発やな!ナガ」
郷曹長改め郷准尉から声をかけられる。1月で昇任されたのだ。
「ダメですよ改造人間だしたら」
「そしたら他中も出せばよかさ」
渋い声で朗らかに笑う。
「わいどんも陸士ん時はよか剣筋しとったとになぁ」
「陸教帰ったらすぐ5曹の支援助教行って、それ終わったらフルリム処置受けましたけんね」
かれこれ一年近く、中隊の実員として使えなかった時期が彼にはあった。その時はなんとも申し訳ない気持ちでいっぱいだったのを覚えている。フルリム化処置のため自衛隊熊本病院へ入院し、10日以上かけて処置してもらい戻ってきたことも拍車を掛けていた。あの時はダウンタイム痛かったなぁと次の試合を眺めながら関係ない物思いにふける山永。
「まあ、確かにサイボーグだしたら意味無いわな!突いた木銃んへし折るる!」
またしてもはっはっはっと明るく笑う郷准尉。そもそも、もう木銃すらも見たくない彼からすると出られるようになっても困るのだが。
「オリンピックも改造人間は出れんすから、それでよかと思います」
本音をポロリという山永。目の前の試合は強い隊員同士のため、なかなか試合が動かない。剣先をフリフリちょんちょんしているだけで素人が見ると眠くなるヤツだ。だいたい銃剣道というのはほとんど相打ちばかりだ。小一本と言われる両者ともドドーンと突きに行く戦法では一応どちらが先に有効突きを出せたかで審判が旗を上げるが、彼からすると0.5秒先に相手の心臓を貫けただけで、自分もぶっ刺されてると思っていた。結局二人とも死ぬだろうからなんの意味もない。それなら銃口で相手を制圧するマズルストライクの練習をした方がナンボかましだ。こういう精神論的で主張の激しい「部活動」の真似事を課業中にやること自体、時間のムダだと彼は考えていた。しかし残念ながら、我が16連隊は銃剣道がめちゃくちゃ強い。優勝も何度もしている。部隊の誇りでもあるわけだ。
「はぁ……」
なまじ彼は頭がいいから分かっていた。連隊長からすると銃剣道をやらせるのは都合のいい点数稼ぎなのである。大して手間暇を掛けなくても勝手に全国一という箔を自分につけてくれる。この銃剣道訓練や課業中に銃剣道錬成を行う銃剣道訓練隊を潰そうとした歴代の連隊長もいたが、多くの連隊長はよくやった!来年も優勝してこい!……というスタンスである。きっと連隊長の通信簿によく出来ました的な花丸が付くのだろう。結局連隊長に限らず中隊長にしてもそうだが、彼らの任期2年の内にどれだけ爪痕が残せるかが大事なのだ。指揮官職というのはそんなもんなんだろうと彼は斜に構えて理解していた。
「どうや、計画作成は順調か?」
世にもくだらない妄想を拡げていたため、急に郷准尉に声をかけられハッとする山永。
「……ぼちぼちっす。」
「残業もよかが、ほどほどんせえよ!」
よく見ている。本当にいい小隊陸曹だ。
「ありがとうございます」
「ワイに潰れられたら2小隊が困るけんな!」
よか一本の入ったと郷准尉が喜んでいる。郷准尉も銃剣道で優勝経験のある連隊でも有数の手練だった。今でこそ中隊業務で忙しく木銃は握っていないが、懐かしいのだろう。
「……」
山永も銃剣道では郷准尉の教え子だった。あの頃は1秒でも早く銃剣道訓練隊を下番したかったが、郷准尉の指導は嫌いではなかった。
(まあ、たまに見るくらいは悪なかか……)
なんとも言えない気持ちになりながら、気合とともに伸びる木銃を彼は見つめるのだった。
いつもの夕暮れの屋上。なぜかロッキーのテーマを流しながら寒空の下二人の男がシャクトリムシの様な動きをしている。
「ンヒィぃぃッッ!」
「おうおうよかぞ!声ん裏返ってからが筋トレたい!」
森脇1士と山永だった。銃剣道の中隊対抗大会のせいで稼業時間が潰れた山永は、もはやヤケになって計画作成せず、そのまま小隊の後輩と筋トレに勤しんだのである。彼らがやっているのはいわゆる腹筋ローラーと言われる筋トレ器械で、二人で伸びたり縮んだりしている。それも膝をつかず立ったまんまで。
「はァッ……はァッ……はァッ……ム、リっす……」
「出来ん言いよったら出来んし、出来る言えたら出来るごとなっぞ!ほれあと1回ッ!」
「はァッ……はァッ……んぎぃッッ!!」
「そうたい、それよ!!よし休憩!」
べちゃりとボロ雑巾の様に潰れ、何とか酸素を取り入れようとする宮脇。
「はっ……班長……、……イカれとるっす……」
未だ息が整わぬ若人が愚痴を漏らす。
「よかなァ、褒め言葉た!そいは」
「はァ……なんで、……そこまでするすか?」
心底理解出来なげに聞かれ彼は汗を拭きながらしみじみと答えた。
「知り合いの区隊付に言われたっさなァ」
水分ば取れと宮脇にボトルを渡しながら、
「そん人、教え子の多かけん、ひょっこり教え子に会うたりするらしか。そんときデブやったらみっともなかろ?やけん絞っとかんばいかんって話さ。『班長、変わらんスね!』んごた言われたかそうな。オイも何人か教え子おるけんな。真似してこげまでするっさね」
「……いいっすね」
「……ワイはなんで筋トレし出したとや?しかもオイと一緒に」
ふと気になった。前も評したが宮脇は線の細いタイプだ。どちらかと言うと駆け足の方が向いてそうな体格である。
「家が金なくて。評価も低いし、よか就職口も無くて。でもなんかしたかったッス。そしたら自衛官候補生の募集のあって」
座らんねと言われ屋上のベンチに腰掛ける宮脇。
「家出てタダ飯で食ってくとも考えたッス。でもなんか、カッコ悪ぅ思うて。」
「うん」
「班長カッコよかっス。そげんなりたかなぁって思ったッス」
「なんや、飯でも奢って貰おうち話な?」
照れ隠しだった。満更でもなげな山永。違いますよとやや不満げに宮脇。
「まあ、いいわ!そんだらメシ行くか!外出出しとるや?」
「出しとらんす。」
若人が気まずげに答える。一年目がガシガシ外出すると先輩陸士から顰蹙を買うのである。点呼前の清掃をサボっていると捉えられるからだ。
「ほんだら明日んとば出しとけ!メシ食いいくぞ!」
ぱんぱんと宮脇の肩を叩き、山永は笑う。そしてそのまま、
「……カッコいいはな、狙ってなれんぞ?」
「……?どういうことっすか?」
「頑張りよったらな、気づいたらなっとるっさ!」
やはり意味がわからないと言った顔で、宮脇は先輩の笑い顔を眺めていた。
基本的に一人の筋トレの方が筆者は好きですが、誰かとの筋トレも良いものです。
カッコつけたい対象があなたにもありますでしょうか?
いるならゴギンスも言いました、Stay hardと!