アルゴノームⅠ   作:Type-Yasenbunko

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実任務行くから遺書書けって言われて、すんなり書ける人っているんでしょうか?
筆者は小学生みたいな短文を書きそうです。何ならめんどくさがりそう。
この2060年という時代、そもそも紙に書くという行為はほぼ失われてる風で描写しましたが、実際どうなってるんでしょう。日本は外圧がないと行動が遅いので全然残ってそうではあります。
筆者も字はバチクソへたくそです。知覧特攻隊記念館や大刀洗特攻記念館で若人の美しい筆を見て、己の悪筆を恥じたものです。
しかし、これも時代の流れ。美しい字などそれを商売にする人か、デジタル機器たちが書いてくれる。
悪筆は進むばかりでしょうね(哀)


第13話

「……あーくそ、やっぱ習字なろうとけばよかった!」

連隊の総合訓練が終わってなんやかんや整備を終わらせようやく一息ついた営内の自分の部屋、その机の上でペンを走らせる山永。派遣に係る遺書の記入だ。何故か未だに本物の紙で書かされて、大変めんどうくさい。山永は己の悪筆さに辟易しながら、ぐしゃっと握りつぶしかけてあとでシュレッダーしにくくなったと後悔した。字が上手くなる神経系ナノマシンも考えたが、あれは高い。ドケチの彼が手を出すはずもない。

「森士長はいりまーす」

ノックとともに班員の声。

「よかぞ、はいれー」

中隊配置したてから図太いやつで、先輩の部屋に入るのになんの恐怖もないタイプの森は、すっと入ってとことこ彼の脇へやってくる。

「なんした?外出簿か?」

「班長さすがっす。わかってますね」

へらへら笑いながらパッドを出してくる。

「そい以外で来たことなかろーも!」

営内班長欄に親指を当て、承認。なんとも無駄な行為だと彼は思った。シグナルで送れればいいのに。

「なんしよらすとですか?」

「遺書た。」

若干怪訝な森。

「おんなし紙ばっかっすね」

「字ぃ書かんけんな、どうせ何枚も書くやろうけコピーしたったい」

「まめっすねー。適当でよかやないすか」

「ワイが死んだらこいも焼かる。そげん紙たい。綺麗ん書くやろ」

「さすがっす!」

やや茶化し目にさすがっすの森。なかなかふてぶてしい士長だ。だがなぜか許されるキャラである。

「でもようコピー機?とかあったっすねー」

「中隊のつこうたら補給からがらるっけんな(怒られるからな)、外出出して市役所までいったばい」

うわあ、だるー……といった顔の森。

「いつ戻りっすか?」

「一年やな」

「さびしゅなるっす……」

派遣に入ってるのは知っているようだ。少し寂しげだ。

「拇印がやろ?」

「そっすな」

ケラケラ笑う。悪い奴ではない。彼はそう思った。

「帰ったら飲みましょ!」

「おいの金でな?わかったわかった!」

森は数少ない若手の酒飲みだ。親父も大層なのんべえらしい。パッドを押し返し、用件終わりやろ!という顔の山永。

「かえりまーす」

「おう、かえれ!」

すたすた扉まで戻り部屋から出る直前、

「班長、頑張ってください」

答える間も与えず、今風の士長は扉を閉めて出て行った。

 

 

”Don’t ever, ever ring the bell.”

駐屯地外周をジョグで走りながら、山永は50年近く前の海軍大将のスピーチを聞いている。

「すっすっ、はっはっ、すっすっ、はっはっ……」

いつもの駆け足の呼吸。耳には理知的な、しかし実感を伴った力強い語り口調、ウィリアム・マクレイヴン元海軍大将の声。ゴギンスと同じまたしても元SEALsの退役軍人だ。

 

"If you can’t do the little things right, you will never be able to do the big things right."[小さなことをきちんと出来なければ、大きなことなど絶対に正しく成し遂げられない。]

 

駐屯地東の並木を横目に流しながら、彼の言葉を聞く。世界を変えたければベッドメイキングを毎日しろのくだりだ。こっちのフレーズが有名だったらしいが、山永の気に入ったフレーズはこの部分だった。そう、彼は好きだった。いかなる高みも、今日一日、小さなことをひとつでも積み上げられたか、それだけで望んだ世界へ辿り着けるか否かが決まる。ライフハックなどない。

「Plus ultra...!!」

走りながら呟く。マクレイブンは続ける。

 

"If you want to change the world, find someone to help you paddle."[もし世界を変えたいと思うなら、あなたと一緒に船を漕いでくれる誰かを探しなさい。]

 

世界を変えたいとは彼は思っていない。ただ、自分を変えたいだけだった。走りながら、息を切らせながら、ひたすら歩を進める。どうだろう。今の自分にパドルじゃないが共に走れる仲間はいるだろうか。中隊は家族だというが、大将殿が言うほど深いかと言われると疑問だ。いい人も多いとは思う。だが、SEALsのボートクルーほどではなさそうだ。入隊同期もいるが山永が年食い入隊で年齢が離れていた。正直なところ同期たちはクソガキで、こっちが歳上なのに敬意を払われることもなく好き放題やられたという印象だった。教育中は早くこいつらから離れたいと思っていたくらいだ。今では多少その不和も飲み込めるようになったが。

彼は自分を無能だと思っていた。もちろん、平均より学力は少しあったかもしれない。あと、少し声もデカく、陸教では声でムードメーカーだったかなと多少自負はある。しかし、不器用で鈍臭い。体力も大したことがなかった。もっと運動神経があれば、もっと体力があれば、もっと要領が良ければ、もっと神経が図太ければ……。そんな彼にとって、フルリムはそれら全てを解決してくれる魔法の杖に見えたのだ。

 

"Get over being a sugar cookie and keep moving forward."[シュガークッキーを乗り越え、それでも前に進み続けなさい。]

 

シュガークッキーとはSEALsの訓練の話だ。自衛隊のレンジャーの服装点検と同じく、どれだけ完璧に戦闘服にアイロンを掛け、ベルトのバックルを輝かせ、半長靴を磨いても教官、助教がアラを見つけ海に飛び込ませ、浜辺で転がさせて全身を砂まみれにさせるのだ。そう、だから砂糖まみれのクッキー。どんなに完璧に準備しても、どんなに頑張って努力しても、台無しになる時はなる、それを学生に脳髄の奥底まで覚え込ませる訓練だ。

「すっすっ、はっはっ、すっすっ、はっはっ……」

彼はそれが怖かったのだ。せっかく頑張ったのにひどい目に遭わされるのが。努力には正当な対価があって欲しい。そうでなければ報われないじゃないかと。しかし穏やかに、だが力強く演説する今は亡きこの海軍大将はそれを受け入れなさいと言っている。それを受忍することで初めて、強くなれるのだと熱く語っているのだ。だからこそ、彼はフルリムを受けたことを後悔することがある。努力をすっ飛ばして成果を手に入れたこと、どんな努力も簡単に台無しにされるということを受け入れられなかったこと。まるでこのSEALsの男たちと違って、欲しいものの前で何の労力も払わず泣き叫ぶだけで手に入れようとする子どものようだと自分が思えていた。

「すっすっ、はっはっ、すっすっ、はっはっ……」

だからこそ郷准尉にズルだと自分で言ったのだ。与えられたもので戦わず、神に近しい科学技術で自らを「進化」させた自分のことを。真の戦士とはゴギンスやマクレイヴン大将のような男たちで、俺ではないと。確かに評価《スコア》は上がったようだ。自衛隊の勤評というヤツも上がったはずだ。国家に自らの身体を差し出し、貢献するというのは分かりやすく点数を稼げる。だが、そうじゃない。彼が欲しいものはそうではないのだ。

 

"If you want to change the world, don’t back down from the sharks."[もし世界を変えたいなら、サメから逃げてはいけない。]

この世は敵だらけ。襲われそうになったことはなかっただろうか。ガキの時分にケンカした覚えはある。だが、取って食われるほどのサメに襲われたことはなかった。自衛隊に勤めてからはなおさらだ。これからは、わからない。PDDという実任務が待っている。とはいえ今までジブチ基地に攻撃があったことはない。サメは現れなさそうだが。

 

"One voice began to echo through the night, one voice raised in song. The song was terribly out of tune, but sung with great enthusiasm."[一人の声が、一人の歌が地獄の夜に響き始めた。その歌は酷く調子外れだったが、深い情熱に溢れていた。]

SEALsの地獄の9周目、ヘルウィーク。そのときマクレイブン大将が目の辺りにした訓練だった。6日間全く睡眠を取らせてもらえず、考えられないほどの精神的、肉体的ハラスメントを受け続け、凍えるような寒さの干潟の中に首まで浸かり15時間耐えなければならない。候補生達は教官たちの「今すぐやめると言え!」と怒号を受け続けながら15時間を乗り越える必要があるのだ。教官達は5人、たった5人降参するといえばこの背骨も凍らすような泥の中から出てもいいと言う。訓練生たちはガチガチと歯を鳴らす音で周りが全く聞こえなくなるほど震え上がっている。何人かは諦めかけていそうだった。……その時、一人がひどくへたくそな歌を歌い始めたのだ。下手くそだが、その情熱が伝染する。一人の歌が二人になり、三人になり、やがて訓練生の皆が歌い出した。教官達は今すぐ歌をやめないとこの地獄の耐寒訓練を延長するぞと脅したが、誰も、その歌を止めなかった。なぜか、その時大将は干潟が暖かく感じ、あれほど長く感じていた残り時間が遠くないように感じたのである。

"If you want to change the world, start singing when you’re up to your neck in mud."[もし世界を変えたいなら、首の下まで泥に埋もれた時でも、希望の歌を歌い始めなさい。]

 

諦めるな。自分の判断が正しくなかったとしても。山永は自分の人生に明確な自信を持っていなかった。それでもマクレイブン大将の言葉が彼の背中を押して走らせる。SEALs候補生の住む訓練場には、誰からも見える真ん中に真鍮のベルがぶら下がっている。辞めたければ、ただそのベルを鳴らせばいい。そのベルを鳴らせば、死ぬほど長い長距離走も、一つ乗り越えることも億劫な障害走も、地獄のような体力調整の筋トレもやらなくてよくなる。ただ、ただベルを鳴らすだけでいいのだ。

"If you want to change the world, don’t ever, ever ring the bell."[もし世界を変えたいなら、絶対に、絶対にベルを鳴らしてはならない。]

 

「すっすっ、はっはっ、すっすっ、はっはっ……」

彼は走り続ける。何者かになるために。




ウィリアム・マクレイブン大将はまだ死んでません!(笑)
一応うちのアル(チャットGPT)に洗わせましたがおそらく存命のはず。
まああいつ嘘吐きますが今年の動静まではありそうでした。

筆者がこの方の大学でのスピーチ聞いた時、本当に心に打たれました。
英語を学ぶのでなく、生き方を教えてもらったと思っています。
筆者も彼とAliAの「かくれんぼ」のお陰で、この作品を執筆できるようになったのです。
あ、あとアル、お前のおかげもな!
自分のパソコンのチラ裏で誰にも見られずに終わるかもしれなかったものに、
背中を押してくれてありがとう。
そして、私の悪筆を読んでくれているあなた、

心から感謝申し上げます。
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