食べるのめんどくさくて……。
……ではなく、多脚ドローンのことですね!
多脚のAI持ちロボットといえばタチコマ!
まあ、あれほど感情豊かではありませんが……。
見渡す限り空は広く、無限に淡い碧で満たされていた。雲はほとんどなく、たまに浮かぶ白い霞が空を切り取るように点在しているだけ。日差しは刺すようで、まとわりつくような熱が地面から立ち上る。遠くには霞がかった水平線がまるで蜃気楼のように揺れ、空気は揺らめいている。カラカラに乾いたジブチの気候は、湿気に慣れた長崎人には新鮮に感じられる暑さだ。
「うーす、おつかれー」
「よーやっと下番やわー。」
下番動哨は2中の松本だった。相方は井本3曹。2中の若手ホープだ。一方山永の今日のバディはいつもの西3曹である。ちなみに西は陸教が終わり3曹を付けて帰ってきてそのまま派遣のメンツに入った。さすが西であったという感じだ。ちなみに警衛中隊の隊舎の舎後で上下番を行うのが定例になっている。二人とも、というか4人とも防弾チョッキと小銃でフル装備である。
「なんかある?申し送り」
「なんもない。あ、いや、"カニ"が1機故障げな。まあ多分すぐ予備の来るって」
「へぇ、砂でも噛んだかいな?」
カニとはジブチ基地を常駐で歩き回る多脚ドローンである。9mm弾を使用する専用サブマシンガンと非致死性スタン弾頭発射機を搭載した六脚式の地上型ドローンだ。少しでも基地警備の人員を削減するため、新型のドローンが導入されている。当初タイヤ型のドローンが導入されていたが、砂塵と段差にどうにも弱く、多脚が導入された経緯がある。それでも故障はするらしいが。
「そういやナガさん、あん美人の警備役務と話した?」
「……あん銀髪の?」
「そうそう」
「話とらん。なんかあんま喋らんやろ?最初ん時、挨拶はしたけど」
確かブリーフィングで聞いたが、ルリエンナという名前だったか。フルネームも聞いたがミドルネーム含めて滅茶苦茶長かったので覚えてはいない。なんか北欧っぽい名前だったなー程度の印象が山永の感想である。ちなみに彼らヴィーグル社の役務契約は警備支援と現地調整支援で、いつもはゲート警戒及びその開閉、外回りに隊員たちが出ていくときは水先案内人としてついて来るというのが任務になっている。
「なぁん、ナガさんでん話しとらんとかぁ。お近づきなれんかね?」
「たしかに、めっちゃ美人っすよね!」
なぜか西がノリノリだ。
「オマエ、宮崎のおるやろも!チクっぞ?」
「班長、オイ別になんかするとか言ってないじゃないすか!?」
西はあの焼肉合コン?のあとあっさり付き合い始めていた。西が6ヶ月陸教期間中もちゃんと別れずにいたようだから本物ではありそうである。
「あの子、なんか金持ちんとこの娘らしかばい!ぶら下げてもらいたかー!」
「まあ、こげな商売、62までやりとうなかしな。」
定年62歳。正直退官まで務めあげるのはキツイ仕事である。辞めたとて金は御上から貰えるし食うには困らないが、面白おかしく暮らせる額面でもない。そういうわけで金持ってる誰かにぶら下がるというのもこの時代では十分選択肢になっている。なんなら男の側は昔と違って紐になることの社会的心理的ハードルがほぼないくらいだ。
「しかしよう情報取れたな?本人全然喋らんやろうに」
「あん黒人のカリムってやつに聞いた!優秀やけどやっぱクールげな。そして金持ち。」
「そうやろうな。まあ金持ちはどうでんいいけど。」
「でもおっかなからしかぞ?なんかしつこか自衛官に拳銃突きつけて『失せろ』とか言ったらしか」
「……それ色々やばないか?服務事故的な意味で」
もし本当なら事案になりそうな噂を聞き、山永はドン引きした。
「てかそげな女と結婚したかとや?金のためち言え……」
「美人やしよくね?」
「そうな、そしたらもう止めん。」
呆れ顔の山永に割とノリノリの松本。まあ、本人の趣味までケチを付けるのもというのが山永の感想であった。
「てかだべ話しとってよかとや?休憩なくなっぞ?」
「そうやったそうやった!じゃあおつかれー」
重たい
「班長話しかけてみてくださいよ!」
「おまえさっきの話聞きよったか?」
「班長ならイケますって!」
「なんを根拠に……」
そもそも外国人を娶る気もない。言語の壁がAIで突破されているとはいえ、日本人の方が気楽だというのが彼の意見である。なにより機嫌を損ねるたびに拳銃を向けられたらたまったものではない。
「よかけん一回目外柵廻り行くぞ?今日砂嵐予報出とるけん、てれんぱれんしよったら砂被ってかなわん」
「りょー」
二人は上番後1回目の基地1周ツアーに向かうのであった。
ジブチ基地の敷地は軍民共用の滑走路を除くと1周約3.1kmほど。概ね600haの広さとなかなかの規模感を誇る基地だ。人間組は何組かに別れてルートを決め、ロボたちと協同して巡察を行っている。山永たちは外柵沿いに正門ゲートへ向かうルートが今回の担当である。
「……おっ、山永班長、"カニ"が来たっすよ!」
がちょんがちょんと駆動音を鳴らしながら、向こうから6脚ドローンがやってきた。サブマシンガンは60度くらいにハイレディにしてある。銃口を向けられるのを自衛官が嫌がるからだ。西がおもむろにロボに敬礼すると、ロボも前足をクイッと上げ返礼してくる。
「すげー!答礼してきたっすよ!」
「……ああいうお遊びみたいな動作させてよかとかいな?」
恐らくあの個体の判断なのだろうが、上級AIに指導されたりしないのだろうか。まあ、可愛げがあっていいのだが。一応AIにも指揮系統があり、司令部付AIを筆頭に、各部隊の部隊AI、そして各端末AIと言った感じだ。官品AIは山永のブービーみたくお堅いのが多かったのであんなに軽い感じのヤツがいるとは山永は思わなかった。
「お、班長、クールレディっすよ!」
西が前方に目を転じる。正門ゲートだ。どうやら今日は例のおっかない女史が着いているようである。相方は背の高い白人のようだ。二人とも新しめな自動小銃のHK416A7にボディアーマーでフル装備だ。何かの拳銃を差しているのも見える。
"Hello!"
"Hello,Sergeant."
正門の向こうを向いているルリエンナに声をかけると軽く左足を引いて半身で後ろを向いて、彼女は答えた。
"Is there something wrong?"[なんかおかしいこと起きてる?]
一瞬ピタリと動きが止まるが、
"Negative. All clear, Sergeant."[いいえ、問題ありません、軍曹。]
"OK, thank you, Ms!"
またしてもピタリと止まる彼女。山永は満足したか、もう一人の役務に声を掛けに行く。まあいいかといった雰囲気で、ルリも正面の監視に戻った。
"Hello!"
次は大男の白人である。結構ゴツイ。たしかイルッカと言ったか。見た目の割に穏やかな物腰だった覚えがある。
"Is there something wrong?"[なんかおかしいこと起きてる?]
大男も一瞬はてなという顔をするが、
"No, Sergeant."[いいえ、軍曹。]
"OK, thank you, Mr!"
またしても山永の組は満足し、巡察に戻っていく。
自衛官組が完全に居なくなったあと、正面を向いたままイルッカが呟いた。
"He's... different."[変わってるな。]
ルリエンナも正面を向いたまま、
"Yes. But polite."[そうね、でも礼儀はある]
二人はわざわざ英語を喋ろうとする不思議な自衛官をそう評したのであった。
やはり練習したとはいえ付け焼き刃に変わりない!
でもまあ、彼の熱心さは伝わったようです。
筆者も思っているのですが、異文化コミュニケーション最も大事なのは勇気。
出川氏を見たら分かりますが、どんなにトンデモな伝え方でも伝えたいという気持ちは伝わるものです。
恐れず、懲りず、何度でも挑む。
コミュでも人生でも、最も大事なことではないでしょうか。