なんか、山永は真面目な子を手玉に取るのが得意すぎますね。
別に悪意がある訳では無いですが、これはやられた側はたまったもんじゃないでしょう。
……人誑し?
一度目の仮眠、その終了の15分前に山永はアラームをかけていた。いつもの電子音が流れるかと思ったら急に黒板を引っ掻くような音が鳴り、山永は跳ね起きる。
「……ちょっ!?おま、ヒマリか?!!」
『おっはよー!バッチリ起きれたっしょ?』
「さいっあく。なんなんこん音?」
『さあ?昔の【黒板】引っ掻く音だって』
「聞いたことんなかな。バチクソ嫌な音やったわ。」
ヒマリのいたずらにやられ、しっかり身体を起こした山永はいそいそ半長靴を履き、ルリエンナに声をかける。またタブを弄っているのを見て山永はやれやれと思った。
"Good morning, Lurienna. Nature call. I'll go out."
[おはようルリエンナ。トイレ行ってくる]
“…Alright. Stay within sight.
And keep your radio on.”
[……分かりました。視界の範囲にいてください。
通信は繋いだままで。]
山永がギョッとする。
「ぇ?!いや、No. I'll go away from here!」
[いや、遠くに行くし!]
ビクッと肩が跳ねるルリエンナ。意図を察したらしい。
“…Ah—
I didn’t mean right next to you.
Just… a safe distance.”
[……あっ——
すぐそばという意味ではありません。
その……安全距離の話です。]
声の端にほんのり照れが混ざる。続けて咳払いして冷静さを取り戻し、
“Go.
I’ll monitor the perimeter.”
[行ってください。
周囲はこちらで監視します。]
なんか誤魔化されている気がする。まあいいやと拳銃の付いた腰周りを着用する山永。後部ドアから外に出る。結構寒い。無線を切るなと言うのもご無体な話だなと思いつつ近くの木の陰で用を足す。まあ、プッシュトークのボタンさえ押さなければ音は向こうには拾われまいが。
「なんかの羞恥ぷれいやんな」
『ヘンタイ』
「なんでオイか!」
さっさと用を済ませ、今度は運転席に乗る。
"I'm here."
運転席に座り、ドアを閉める。
“…You took longer than expected.”
[……思ったより時間かかりましたね。]
ルリエンナはタブから目を上げず、しかし声はほんの少しだけ緩い。
"...Really? I hurried up ASAP."
[……マジ?最速だったんだけど]
"I see."
[そうですか]
"Whatever alright, my turn’s done.
Hey, Lurienna — it's your turn."
[まあともかく、俺は終わった。
おいルリエンナ——お前も行っとけ。]
一瞬指が止まるルリエンナ。すぐに復帰すると、
“…I’m fine.”
[……結構です。]
またしても貝の口がパタンとしまった。すると山永は毅然と、
"No. Go before it gets worse.
I know you didn't deal with it until we came here."
[ダメだ。我慢できなくなる前に行け。
分かってんだからな、お前がここに来るまで済ませてなかったこと。]
指が止まる。
肩がほんのわずかに揺れ、視線が横へ逸れる。
“…You don’t have to monitor everything about me.”
[……私のすべてを“把握している”必要はありません。]
声は冷静だが、わずかに硬い。
羞恥を理性で押し込めているタイプの声。
山永が言いかける前に、続けざま、でも少しだけ早口で言う。
“…But…
Fine. I’ll go.”
[……ですが……
分かりました。行きます。]
そしてタブレットをダッシュボードに置きながら、ほんの少しだけ小声で、
“…Please don’t say it like that.”
[……そういう言い方は、やめてください。]
"I see, I see. But, you don't forget your gun. And shut your radio down when you go."
[わかったわかった。それと鉄砲忘れんなよ?あと行ってる時は無線も切っとけ]
“…Understood.”
[……了解しました。]
山永に顔を見られぬよう、ホルスターの付いたデューティベルトを締め、そそくさと出ていく。
"After you finish it, sleep directly."
[終わったらそのまま寝ろよー]
“…Yes.”
[……はい。]
なるべく音を立てぬよう静かに助手席のドアを閉め、ルリエンナはどこかに消えていった。
ピピ。車両AIOSの警告音。モニタにルリエンナが映る。しばらくして外の砂利を踏む小さな足音。
助手席のドアが静かに開き、ルリエンナが乗り込んできた。
なんだかわざと山永と目を合わせない。デューティベルトを外す音とシートベルトを留める音だけが、カチ、カチンと車内に響く。
“…Back.”
[……戻りました。]
いつもの凛とした感じが少し崩れている。しょんぼりしているというか諦めているというか、そんな雰囲気だ。なんかキャラ崩壊してねと山永は思った。すると続けて報告してくる。
“…Clear.”
[……クリアです。]
いや、そういう報告は求めていない。小便帰りにそう言われても。やや呆れ気味に山永は諭した。
"Hey, Not here.
Go to the backseat and sleep."
[いやここじゃねえって。
後部座席行って寝ろよ]
言われた本人は一瞬だけ目が泳ぎ、自分がなぜ助手席に座ったのか理解できてしまう。
そして――
少し硬い声で。
“…Right.
I don’t know why I sat here.”
[……そうですね。
どうしてここに座ったのか、自分でも分かりません。]
かすかな自嘲が混じる。
シートベルトを外しながら、いつもの冷静さを取り戻そうと努めて――
“…I’ll move to the back.”
[……後ろに移動します。]
立ち上がる前に、
ほんの一言だけ、
聞こえるか聞こえないかの小声で。
“…Sorry.”
[……すみません。]
"No problem. ...Use a blanket. It's cold."
[気にすんな。……毛布使えよ?寒いからな]
“…Thank you.”
[……ありがとうございます。]
ゴソゴソとセンターコンソールから後部へ移動し、コテッとシートに横たわると毛布を被る。
"Good night."
ルリエンナに言われる前に被せるように山永がおやすみを言う。ちゃんと寝ろよという圧である。
"...Good night, Sergeant Yamanaga."
一拍置いて、ルリエンナもおやすみと返したのだった。
ルリエンナのプライドが羞恥で木っ端微塵に打ち砕かれた翌朝。2回目の仮眠を終え、ルリエンナがゴソゴソと起きてきた。ちなみに2回目は2時間交代にしようという話になっていた。
"Good morning, Sergeant."
"Good morning. You had good sleep?"
ルリエンナは背筋だけは無理やり正しつつ、
“…Yes. Adequate enough.
Thank you… for the shift.”
[……はい。十分に休めました。
交代時間、ありがとうございました。]
"My pleasure. ...I wanted to say this words."
[どういたしまして。……言ってみたかったんだよな、この言葉]
“…Don’t say it like that.”
[……そういう言い方、やめてください。]
"Why?"
[なんで?]
若干眠そうな目が見開かれた。
“…Because.”
[……だって。]
一拍置いて、視線を逸らしながら、
“…Your tone changes.
That’s all.”
[……声の調子が、違うんです。
それだけです。]
"That's so?"
[そうなん?]
よく分からんと山永は思った。どういたしましてってだけなのに。
"Alright, have a breakfast. The menu is bad taste bread, though."
[うし、朝飯だ。メニューはクソまずいパンだが。]
またセンターコンソールにパンを二つ、ぽふっと置く。耐久パンだ。割と不人気で陸自では有名である。
“…Is that so?”
[……そうなんですか?]
"Yeah, It's too dry."
[ああ、パサパサだ]
いまいち信じてなさげに、ブルーベリー味のロールパンの袋をぺりりと破いて一口かじり、
“…I see.
But… is it that bad?”
[……なるほど。
でも、そんなに悪いですか?]
"...You think so, That's OK."
[……それならいいや]
どうやらルリエンナは耐えられるらしい。とはいえ一応山永はペットボトルを渡す。
"Here."
[ほい]
"Thank you."
あむあむと食べるルリエンナを眺めてても仕方ないので山永もさっさとパンを食べる。これと激パサカロリーメイトモドキのコンボがやばいのだ。口の中が圧倒的砂漠になる。
"I'm sorry for talking to you eating, but tell me today's action."
[食ってる最中に悪いが、今日の行動を教えてくれ]
パンを飲み込み、即任務声。
“…Understood.
Today’s action: continue southbound to Gabiley.
Maintain low profile.
Avoid populated areas.”
[……了解です。
本日の行動はガバイレまで南下。
ロープロフィール維持。
集落地帯は回避します。]
タブレットを操作しながら、冷静に続ける。
“…I’ll navigate.
Request permission to adjust the route if needed.”
[……ナビゲートは私が行います。
必要に応じてルートを修正してもよろしいですか?]
"Of course, Yes."
“Thank you. And Same as the Borama route:
we don’t have enough fuel.
According to my calculations, refueling at Luugaya is optimal.
I recommend routing through it.”
[ありがとうございます。それと前回のボラマと同じく、燃料が足りません。
私の計算ではルーガヤでの給油が最適ですので、ルーガヤを経由することを提案します。]
タブを操作しながら続ける。
“…Additionally,
to verify this vehicle’s fuel efficiency,
I request access permission to the vehicle AIOS.”
[……加えて、
この車両の燃費も確認したいので、車両AIOSへのアクセス権を要望します。]
「聞いたかハーケイ。彼女にアクセス権を付与してやれ」
『了解。開示区分はいかがしますか?』
「注意まで」
『了解』
"You're authorized. If you want other information, you can access in authorized range."
[許可されたぞ。もし他の情報が欲しかったら、許可された範囲でアクセスできる]
"Thank you."
"By the way, you have estimated the route risk?"
[それで、ルートの危険見積もりは済んでるのか?]
“Yes.
I selected this route after estimating the risks of all paths and waypoints.
However, the data was offline, so it may not be fully up-to-date.
Do you want to check it?”
[はい。
各種ルートと経由地のリスクを見積もった上で、このルートを選定しています。ただオフラインでの情報だったので最新ではありませんが。
確認しますか?]
なるほど、だからあんなにタブとにらめっこしていたのかと山永は理解した。プロフェッショナルな彼女が戻ってきたなと感心する。
"No, take your plan. I trast you."
[いや、あんたのプランで行こう。信じてるからな]
"I trust you." を聞いた瞬間——
ピクっと肩が震え、タブを操作する指が止まる。
声は落ち着いているが、ワンテンポ遅れて返す。
“…Understood.
I’ll proceed with this plan.”
[……了解しました。
この計画で進みます。]
なんやかや、山永は薄ら気づいている。この子はドギマギしているのだろう。こんな三十過ぎのおっさんに。変わった趣味である。多分二十代中盤くらいなのになぜ俺に?
"Yes, I got it. I want to get to the destination by today."
[うし、分かった。今日中には着きたいな]
そう言うとバサバサのブロック菓子を水とともに流し込む山永だった。
可哀想なルリエンナさん。
なにが可哀想って、帰ってきた時の「クリア」を山永が「あースッキリした」って聞こえるやんと思ったこと。
当の本人は「周囲に異常なし」と報告してたつもりなのにまさかそういう風に思われているなど露も思っておりませぬ。
……まあ天然っぽいって言われればそういうキャラにも見えますね。