それが上下だと特に。
山永は大人しく迷彩でも着とけばいい。
その日は食事を取り、ベッドに横になって、多少なりとも山永は睡眠が取れた。ぐっすりというわけではなかったが、ルリのお陰で多少は眠れたようである。トーマスからは下着とここの会社の制服を借りられたので有難く使わせてもらおうと山永は思った。どうやらこの会社はホライゾンという名らしい。ヴィーグルのロゴにそっくりな、隼だか鷹だかのワンポイントが入ったポロシャツが制服である。とりあえずそのポロシャツと添えてあったチノパンを履いてみた。朝飯にでも行こうかと思っていた所、
――コンコン――
“Good morning, Yamanaga. Lurienna.”
"Good morning, Luri. Breakfast?"
"Yes."
"OK, Wait a moment."
パパっと半長靴を履き、ブースのドアを開ける。
" Thank you for waiting."
[お待たせ]
"......!?"
ルリはなんとなく山永の全身を見て目を丸くすると、顔を反らしながら口元を押さえだした。
"...What?"
"...No...it’s nothing..."
[……いえ、なんでも……]
そう言いながら、肩がわずかに震えている。いやノーじゃないだろと山永は渋い顔をした。
"...So, why are you laughing now?"
[だったらなんで笑ってんだ?]
"…f—hehe…"
堪えきれなくなったのか、とうとう吹き出した。
"...Sorry, but it doesn’t suit you."
[……すいません、でも、その服、似合ってなくて。]
"......"
微妙に凹んだ顔をする山永。そんな彼を見て自分でも驚いたのか、ルリエンナは一瞬きょとんとしてから、慌てて口元から手を離す。
"...You are laughing too much, aren't you?"
[……笑いすぎじゃね?]
"Yes, sorry, but..."
[ええ、すいません、でも……]
まだ笑いを完全に抑えきれていない。
“…It’s just…”
[……なんというか……]
ちらりと、もう一度だけ山永を見る。
“…It really looks like you’re wearing borrowed clothes.”
[……“借り物感”が、すごいです]
またフフッと俯くルリ。なんだよと思いつつも、まともな笑顔を見たの初めてだなと彼は思った。
午前中は、ルリはラースとずっと面談に行っていた。一方山永も本国と連絡を取ることができ、中隊長、先任、人事、1科の総務系統と代わる代わる話が続いていく。その後は4師団司令部1部の本谷3佐という幕僚らしき人物に引き継がれた。それはもう各段階で現状、経緯、健康状態、いま持っている装備などなどを何度となく説明させられゲンナリである。一応ブービーが報告してくれていたので一から話す必要はなかったが、法令上問題があるのかないのかなど含め、面倒な話が噴出している。何せ勝手に車両と武器を持ち出して国境越え、あまつさえ市街地で戦闘まで起こしているので、何かしらハレーションは起きるだろうと山永も思ってはいた。
本谷3佐から法務幹部の何某2尉に代わり、法令関係の話に進んだところ、起訴はあるかもしれないが、有罪まで持っていくのは難しそうだということだった。訴追されると言われただけでも山永の肝は冷えたが。その中でやはり無断越境が一番面倒だとは述べていた。恐らく緊急避難が適用されそうだとも言われてはいる。とりあえず今後の話だが、直ちに迎えは難しいとのことである。なにせ勝手にソマリランドに入っているし、そもそも現状本国も今世紀最大と言っていい大事件に防衛省も国会もてんやわんやで機能が停止している。しかも山永は密入国者、加えてソマリランド政府も混乱中で、他所の軍隊がノコノコ入っていける状態ではないそうだ。
とりあえず現状の状況が落ち着き、まともに外交が行えるようになるまでは帰国の道は遠そうだというのが結論である。
「……こげんなるやろうち思っとったが、ホントになったなァ」
ラウンジでソファーでだべりながら独り言の山永。
『まあいいじゃん。生きてんだから』
ヒマリが軽い感じで返してきて、独り言ではなくなった。
「そう言われたらそうやけどな……いつんなったら帰れるのやら……。」
『……ルリさん口説く時間増えていいんじゃない?』
「……またそいか。」
思わず溜息を吐く山永。
「てかお前、オイを口説くっちゃなかったとかいな?」
『うーん、なんか最近ルリさんと宗清くっつけるよう暗躍する、メスガキ妹ムーブの方が楽しいかなーって思ってきた。あたし結婚できないし』
なんじゃそれ、てかメスガキってなんやと山永。こいつの論理回路はホントにようわからんと彼は思った。
「しかし、着替えの足らんな。てか生活用品も。買い出し行かれんかね」
『それこそルリさん誘ったら?あの人もそういうの無くて困ってんじゃない?……デートデート!』
「……お前っちゅーヤツは。」
まあデートはさておき現地の案内は欲しい。基盤を手に入れたものの、買い物をするにしたって現地の作法もよく分からない。ルリと、あのラースとやらに頼んでみよう、そう彼は思った。
"Yamanaga."
ちょうどその時ルリが外扉を開け、ラウンジに入ってくる。どうやら向こうも質問攻めは終わったのだろう。
"Hey, Luri. Can you do me a favor?"
[なあルリ、頼みたいことがあるんだが]
"What is it?"
[なんですか?]
「……ヒマリ、日用品って英語でなん?」
『daily necessities』
「さんきゅ。...I need clothes and daily necessities. Can I go out and buy them?」
[服と日用品欲しいんだが、買いに出かけてもいいか?]
するとルリはまるで予期していたかのように、
"Of course, yes.
I've coordinated it with Lars."
[もちろんどうぞ。
ラースとは調整済みです]
「はやっ!」
思わず日本語が出た。ルリは気にした様子もなく、
"I need supplies as well, so let’s go together.
I can guide you if we’re going to the market."
[私も必要なので、一緒に買い出しに行きましょう。
マーケットなら案内できます]
"...You are amazing as always."
[……相変わらずすごいな、あんた]
そう言われ、ルリはキョトンとしている。
"…Am I?"
[……そうですか?]
"Yeah. Amazing."
[ああ。すごい]
"…I see."
[……そうですか]
顔を逸らすルリ。照れてるなと山永。ポケットの中でヒマリが女誑し〜と宣っている。ともあれ、二人は買い出しに出かけることになった。
行く先はガバイレマーケット。ラースから社用車のプロボックスを使っていいと言われたので有難く使わせてもらう。市場の近くに路駐して向かった。山永は路駐になんだか酷く抵抗を感じる。自分でもいかにも日本人的感覚だなとは分かっているのだが。このマーケットは観光客向けなどではなくガチの地元民用市場である。ジブチよりもさらに露店感が増した、まさにアフリカのマーケット感のある佇まいだった。それにしてもやはりアフリカは暑い。ただジリジリと焼くような日差しはジブチと変わらないが、湿気が少ない。まだカラッとして我慢なる暑さではあるなと彼は感じている。ふとそういえば、山永はルリが国境越えからソマリ語までやたらとここいらについて詳しいなと思った。
"You are familiar with here. You lived in here?"
[あんたここに詳しいな。住んでたのか?]
"Yes.
I was stationed here before the Djibouti base."
[ええ。
ジブチ基地の前の任地はここでした]
道理でと山永は納得した。違法検問のあしらいといい、ソマリ語使えたりといい、地理の詳しさといい、明らかに経験から来る対処だった。マーケットの入口をくぐる二人。
"Where is a clothes store?"
[服屋はどこだ?]
"Men’s clothing is over there.
Follow me."
[男性物は向こうですね。
ついてきてください]
本当に雑多な露店市場だ。なんだか怪しい品も多い。
"We’re around the right area.
Go ahead—take your time."
[この周辺です。どうぞご自由に]
「……あ、Can I pay with cashless?」
[キャッシュレス使える?]
そういえば彼は現地の金など持っていない。もちろんドルも。
"It depends on a shop.
I’ll ask."
[店によりますね。聞いてみます]
そういうと目の前の店のおばちゃんにルリはソマリ語らしき言葉で質問。
"They accept it. Visa or MasterCard."
[使えるそうです。VISAかマスター]
"Thank you."
助かったと山永。50年前ならこの時点でルリに金の無心をする以外なかっただろう。確認が取れたので下着と上下スウェットを探して漁る。割と雑然と置かれていて、探すのに一苦労だ。しかも新品と中古が混ぜてあって探しにくい。下着類は7着以上、スウェットは2着以上欲しいのだが、上下揃ってたり揃ってなかったりと何かと視認性もイマイチ。ジブチでも思っていたが日本ってちゃんとしてたんだなぁと再確認する山永。
"I'm sorry for the wait."
[……待たせてすまん。]
"It’s fine."
[気にしないでください]
ルリは少し考え、
"Let me know if you need help."
[手伝いが必要なら、言ってください]
"...Thank you, but it's my job."
[……ありがとう。でも大丈夫だ。]
"I see."
[そうですか]
流石の山永でも女性に自分のパンツを漁らせるのは非常に抵抗がある。というかルリは気にしないのだろうか。こうもまじまじと見られるとこちらが恥ずかしいと思ってしまう山永。
"If you feel embarrassed, you can go to other places."
[もし恥ずかしかったら別のとこ行っていいぜ?]
"No. Why?"
[いえ、別に。なぜです?]
"No, don't mind it."
[いや、気にしないでくれ]
心底不思議そうに言われた。山永はもしかしてそういうの気にするの日本人だけかと思い始めてきた。とりあえずTシャツを7枚、パンツを6着、スウェットを上下チグハグだが2着集められた。本当に品質がバラバラだ。しかも値札が書いていないのがケチな山永の性格に合わない。
ふと、ヒマリに、
「ヒマリ、お前ソマリ語も行けるん?」
『あったりまえじゃん』
「じゃあ、値段聞いて」
“Immisa ayey wada ahaanayaan?”
[全部でいくら?]
“Boqol konton doolar.”
[150ドルだよ]
「いくらだって?」
『150ドルだって』
「……高くね?」
『高いね。』
"Hey, Yamanaga."
[ちょっと、山永]
「ん?」
振り向くとどこか不機嫌なルリ。
"If we’re negotiating the price, let me handle it."
[値段交渉なら私が]
"Is it OK?"
[いいの?]
"Of course."
[もちろんです]
そういうと店主と話し出す。
『……妬いてるね、あれ』
「そこまで行くか?」
『絶対ヤキモチ』
「お前恋愛脳すぎるやろ」
『分かってないな〜』
訳分からん問答を繰り返していると、ルリが山永の方を向いた。
"How about forty-five dollars?"
[45ドルでどうですか?]
"Of course, yes."
[もちろんいいぜ]
ルリがそれを聞くと、さっきまで早口だったソマリ語が止まり、値札もない棚に視線を落とす。
"......"
指先でTシャツの端をつまみ、
軽く引っ張って、生地を確かめる仕草。
――いまさら品質チェックを始めるのが、いかにもだ。
やがて、ため息ともつかない息をひとつ。
“Konton iyo konton.”
[50ドル]
ルリは首を振る。
"......"
ほんの一拍。
“Shan iyo afartan.”
[45]
おばちゃんは山永を一度だけ見て、
次にルリを見る。
そして肩をすくめた。
“Haye.”
[分かったよ]
取引成立のようだ。
ルリに進められ、山永はヒマリで決済を済ませ、袋を受け取った。
店から歩き出してから、ほんの一瞬だけ山永の方を見る。
"See?"
[ほら]
それだけ言ってまた前を向く。ただ、歩幅がほんの少しだけ軽くなっているようだった。
ヒマリが即座に、
『ドヤった!今ドヤった!』
「……一言だけやん」
ルリがちらりと彼の方を見やる。日本語が気になるのだろう。
"Sorry, Luri.
I kind of stole Yamanaga from you."
[ごめんねルリ。山永取っちゃって]
ピクっと肩が震える。
"I don’t understand what you mean."
[意味がわかりません]
ぷいっと顔を逸らすルリ。あらかわいいと山永。本当にヤキモチだったのだなと彼は思った。
ルリさんは自分の存在価値アピールできるとお目目がキラキラするようです。
褒められて伸びるタイプ?