アルゴノームⅠ   作:Type-Yasenbunko

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心の底から仕事やめてェって思ったことありますか?
筆者はあります。
これは一体何の意味あんだろってやつですね。
まあ、巡り巡って意味あったなァとかなってそれはそれでなんとも言えなくなるのですが。


第4話

検閲とは、自衛官が聞きたくない単語シリーズの一つである。また、その聞きたくないシリーズNo.1といえば行軍である。

ひとまず営庭にて中隊の隊容検査が終わり、フリーマーケットの店の商品のように広げられた背のうの中身を詰め直し、改めて小隊が集められた。

「ほいじゃSP(発進点)通過時刻は18:00、小隊の集合時間は17:30とする。忘れもんして遅るんなよ!そしたら後は各人ごと、分かれ!」

隣の1分隊の宮田1曹から『分かれ』を受け、敬礼の後みな三々五々に散らばっていく。今回山永は演習分隊で本来の2分隊から1分隊に移っていた。現在時14:44、営内に戻って仮眠を取るもよし、ぐだぐだと行軍発進前に同期たちと管を巻くもよし。山永は営内に帰ろうかと思っていた。

「……はぁ。」

ため息が止まらないのは、ゴリラの遺伝子でバカみたいに筋肉強化されたにも関わらず"重い"と思える背のうだ。リムなしの隊員は概ね20~30kgの背のうが基準となるが、フルリムの彼のような人間たちは倍以上の50kgが基準で背のうの中身《入組品》を規定されている。つまり、結局重たいのである。

「……っこら、しょっ!」

50kg自体は彼にとっては片手で持ち上げられる重みだが、それとて10時間以上背負わされていればとんでもない負荷だ。よくもまあこれほど中身を詰めさせるもんだと思った。定番の戦闘服やら下着やらの着替え、戦闘糧食、水分、仮眠覆い、……まあこれはわかる。しかし自分が使うわけでもない対戦車誘導弾用の電池、無線機《コータム》の電池、なんに使うのか36(サブロク)と言われる登攀用のザイルまで詰め込まれている。しかもご丁寧に普通の隊員よりデカい、隊員たちから空挺背のうと呼ばれている背のうでだ。これが今やパンパンである。もちろん、これに足して個人携行火器としてMAGも首から掛ける訳である。

「行くか……」

これを背負ったまま40km歩かされると思うと溜め息が出る。ともあれここに居てもしょうがない。

「……山永班長。」

声を掛けられた。今年の新兵の宮脇1士だ。

「なんした?」

「班長の背のうは、どんくらいの重さです?」

「……持ってみ!したら分かる。」

恐る恐る声をかけてきた若人に朗らかに答える彼。もそもそと宮脇は持ち上げようとして、持ち上がらず。

もともと線の細い今風の体型だ。あまりパワーがあるようには見えない。今度は気合を入れて踏ん張る姿勢戻りながら持ち上げようとして、やはり上がらず。

「……っ!……持ち上がらんす。」

「そういうことよ!」

ニヤッと笑って若人の肩を叩く彼。

「それにしたっちゃワイは身体ん細すぎる。こいがしょえる位にはならんばなァ」

「がんばるっす」

「おう!」

行軍前の暗い気分が少し晴れた。ありがとう若人よと腹の中で感謝する彼。

「部屋にでん戻っぞ!ここおったっちゃしょんなか(いてもしょうがない)

「了解ッス」

重たい背のうと武器たちを背に腕に、えっちらおっちら部屋に戻る彼らであった。

 

17:24、ゾロゾロと背のう付きのフル装備を纏った隊員たちが営庭脇の道路上に集まってくる。みな一様に暗〜い顔だ。

「はあ……」

誰にも聞こえないよう、誰にも見えないよう、心底嫌そうな顔で深いため息を吐く山永。どんなに改造されていても、ダルいモノはダルい。あと30分程度で行軍が始まるのだ。頭の中は『自衛隊辞めてェ』で一色だった。行軍直前と体力検定の3000m走出走直前は本当に自衛官の気分を萎えさせる。

「パラついてきよんな……」

宮田1曹が呟く。確かに雨だ。小声で”こら雨衣《雨ガッパ》着るばいな”と言っているのが聞こえた。すると遠くから、

「……3中たぁぁい!雨衣着用!雨衣着よぉぉう!」

お通夜だった隊員の士気がプレス機にかけられたが如く更にペシャンコになった。せめて歩き出してからなら、まだ諦めもつくのに。おっぱじまる前の精神的追い討ちは実に効果的だ。

「ツイとらんなァ。1分隊、雨衣着っぞォ!」

「……背のう降ろすともやぐらしかなァ(めんどくさいなァ)。なあ、ヤマ」

隣にいた1分隊副分隊長の門脇2曹が彼に声を掛けてくる。

「マジっすわ。降ろすとも背負うとも一苦労っす……」

「ワイごた改造されたサイボーグでん、そう思うとやな。」

ハハッと笑いながら、門脇班長は軽口を飛ばす。

「残念すが、思うっス。脳ミソもなんも思わんごと一緒に弄ってくれればよかとにです。」

「そいまで行ったら流石にマズかろ。」

更にニヤリと軽口。実際門脇2曹の言うとおりだ。快・不快に関わる感情反応の中枢を遮断すると本当の危険にすら反応できなくなる。中国軍の初期型リムで感情中枢を殺すリムも試されたらしいが、案の定危険に気付くべきタイミングで気づくことが出来なくなり、事故を起こして失敗に終わったというウワサが流れている。やはり気付きは大事なわけである。無感情なロボットを作っては役に立たない証左であった。

「雨足んつよならんとよかな(強くならないといいな)

「そうっすね」

ヒップバッグから雨衣を引っ張り出しながら、彼も心から同意する。手早くセパレートの雨衣を着込み、クソ重たい背のうをしょって機関銃に手をかけたあたりで、

「3中たぁぁい!前進準備ィ!」

やべえやべえと急ぎ列に戻る彼。

「3中たぁぁい!……前へェッ!」

楽しい夜の遠足が始まった。

 

4行程目。最初の地獄坂が見える。見上げるような坂だ。ダムのフチ目掛け一気に上る行程。

「ふぅッ……」

思わず見上げてしまったことを後悔する山永。先は長い。ここでテンション下げてもいいことなど何も無い。食い込む背のうをひょいと跳ねさせ、肩紐の食い込みを緩める。これでも私物の肩パッドを付けてマシにしている方だが、やっぱり圧迫して痛い。

ふと思い出した。はてだれが教えてくれたのか、”キツイ、ツラいと思った時はどこがキツイか探してみろ。実際、どこもキツくないから”、と。頭、別に痛くない。肩、背のうでちょっと痛い。腹、別になんとも。腰、もともとちょい痛いが平常運転。足、豆もできてないし膝も別になんともない。自分の身体を精査しているうちに、何がしんどかったのか分からなくなる。なんだ、大したことないじゃないか。結局気の持ちようかよ。

日が暮れてきた。夜間行軍はこれからだ。

 

彼が嫌いな行程がやって来た。この行程の道は林道で木が高く、とにかく暗いのだ。しかも今日は月齢が0で、本当に漆黒の闇である。見えるのは背のうに1箇所、半長靴に2箇所付けた蓄光テープだけ。しかもこの道は勾配が急な上滑落の危険がある。真っ暗な中、ゾロゾロと揺れ動く薄ぼんやりとした隊員たちの蓄光テープだけが頼りない道しるべ。マジで怖い。

ふと、前の蓄光テープがよろよろ右にズレていく。マジかよ。

「……古賀さん!古賀さん!」

寝ていた。入隊が2期上の古賀3曹が前のはずだ。背のうを引っ掴み、無理やり隊列に戻す。

「わりぃ……」

やや申し訳なさげに古賀3曹。逆によく寝れるなと彼は思った。彼からすると足踏み外して転げ落ちないか不安で、歩きながらなんて寝れたもんじゃない。そもそも彼は寝ながら歩くのは嫌い派だった。起きた時めちゃめちゃ疲労感があるのだ。人によっては寝ながら歩いた方が気付いたら終わってていいじゃんと言う隊員もいる。ともあれまだ行程が始まって20分。早くこの暗闇から抜けてくれと山永3曹は心から祈るのであった。

 

「班長」

「なんした」

真夜中の大休止のことだった。演習分隊で参加した為にあまり喋ったことの無い荒木士長に声をかけられた。

「なんで歩くとです?」

「歩くと静かやけんたい」

彼の後ろを歩いていた荒木士長はそんなことを考えながらさっきの行程を歩いていたのだろうか。とはいえ俺も陸士の頃はよくそんなこと考えてたなと思いながら半長靴を脱ぎ、靴と足に空気を入れる。

「車でも静かですよ」

ぐぬ、と詰まる彼。確かに車輌は全て全電動化され、音などしない。話しやすく、教育の際もきちんと訓練や演習の主旨、意義を教えてくれることで有名だった彼にだからこそ、荒木は聞いているのだった。

しかし、こればかりは彼にも分からない。

「ぐちゃぐちゃに疲れとっても任務ば達成できるがごつ、一回疲れるったい」

今度は荒木が押し黙る。

「……やっぱ車でよくないです?」

「そいば言うな……」

梅肉タブレットを出して舐める彼。熱中症防止に衛生小隊から配られるやつだ。酸っぱい。

「ワイも舐めとけ。やる」

黙らせるために、彼はそのちっちゃいピンクのタブレットを荒木に渡した。

「……」

なんだか不服そうな荒木陸士長。そんな顔するな。俺だって納得してない。そう思いながら動的休息に勤しむ彼だった。

 

右手に茶畑が見えてきた。またしても、地獄坂だ。山永は茶畑が見えると萎えるという特性を持っている。なぜなら茶畑が見えるとここからは大野原演習場までひたすらに登り続けるからだ。というかそもそも、大村駐屯地を出て大野原演習場へ向かう時点で、海抜の低いところから高いところへ向かう訳で、基本登るしかない。

「ふぅ……」

わざと突き出させた背のうの骨に機関銃の負い紐を引っ掛け、少しでも首や肩の痛みに変わらぬよう工夫をしている。早く日が出てくれればいいのに。不思議なことに日が差せばこの眠気もだいぶどこかへ行ってくれる。というかなぜ官品リムで眠気に強くなる遺伝子のリムも入れてくれないのだろうか、と心底彼は思った。するとふと、西に見える山の稜線から、薄ら日が覗くのが見えた。大村湾の上に薄墨を広げ、赤い朱をぽつと差したような、なんともフォトジェニックな朝。……綺麗なものだ。このクソ行軍中でなければ。

「……」

すこし気が紛れる。ありがとう朝日と思いながら、歩を進めた。膝に負荷をかけぬよう、力任せには踏みつけない。どしんどしんと踏みつけるとその時こそ力強く歩けるかもしれないが、必ず後で膝に来る。疲れた時こそ歩調を守るのが大事だと彼は思っていた。

さあ、RP(分進点)通過まであと3行程だ。




ぐちゃぐちゃにされた時になんかキレイな物見せられて、なんかうまく反応できなかったりします。
なんで今こんないいモン見せんだよ!ってね!
でも、気づけただけ、幸せってやつです。
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