アルゴノームⅠ   作:Type-Yasenbunko

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ホントのほんとに戦後処理。
ヴィーグルたちのじ後回です。
そして、ルリの回想話。
灰は灰に、塵は塵に。
遍く衆生は土に還り、土に還れば何も思わぬ。
生者のみが生と過去に思いを致し、悔いるのです。


第52話「エピローグ&プロローグ」

無事ベルベラからソマリランドを出国したルリたちは、アラブ首長国連邦、アブダビのビジネスホテル――Centro Capital Centre Abu Dhabiに一時待機させられていた。

全員がオンラインで事情聴取を受け終え、あとは各国、各組織の判断が降りるのを待つだけ。処遇未定。宙吊り。そんな言葉がよく似合う状態だった。

 

山永の遺体は、ひとまず現地の病院へ搬送されている。死亡確認と死亡証明の取得のためだ。ヴィーグルは日本政府の依頼を受け、国際移送業者の手配を進めているらしい。事務的で、淡々としていて、だからこそ余計に現実味があった。人が一人死んだ後の世界は、驚くほど機械的に動いていく。

 

23時。

 

ルリは自室のベッドの上で、ヘッドボードに背を預け、右膝を抱え込むようにして座っていた。

髪は解かれ、肩口から胸元へ無造作に落ちている。服装はタンクトップにホットパンツだけ。シャワーを浴びたのかどうか、自分でも覚えていない。部屋の電気は点けていなかった。厚いカーテンの隙間から漏れる街の明かりと、空調の表示灯だけが、薄く室内の輪郭を浮かび上がらせている。

【挿絵表示】

 

 

彼女はその暗がりの中で、ただ壁を見ていた。

何かを見ているようで、何も見ていない目。

 

遺体は確認している。

確認した、どころではない。死体袋に彼を詰めたのは、ルリとマルコだった。自分の手で。自分の腕で。その重みを、まだ筋肉が覚えている。

 

銃創は十三箇所。

どれも十分に致命的に見えたが、恐らく喉を撃ち抜かれた一発が決定打だっただろう。医療関係者でなくとも分かる。あれは、助からない。どうやっても、間に合わない。

理解できる。理解できてしまう。だからこそ、余計に救いがなかった。

 

"......"

 

事情聴取や報告、確認、引き渡し手続き。そういうものが一段落したことで、ようやく「自分の時間」ができた。

だが、皮肉なことに、ルリにとって本当の地獄はそこからだった。やるべきことがなくなると、考えなくていいことまで考えてしまう。思い出したくない場面ほど、鮮明に浮かぶ。黙っていればいるほど、頭の中がうるさくなる。

それで、つい気になってしまった。

ヒマリに、山永の戦闘ログを見せてほしいと頼んだ。

ヒマリの本体である私物タブレットは、本来なら日本政府へ引き渡すのが正しい手順だったはずだ。だが、ラースは何も言わず、それをルリに渡してくれた。

あの状況では、誰もが色々なものを置いてきた。ヴィーグルはハーケイすら現地に残置して撤収している。混乱、武装勢力、各国の介入、現地当局の処理、証拠の散逸。もはや日本政府側から真相の細部に辿り着くのは不可能に近い。だからこそ、ラースは黙って渡したのだろう。あるいは、あれは手順違反ではなく、彼なりの弔意だったのかもしれない。

"......"

戦闘ログは、凄まじかった。

戦闘時間にして二十分足らず。数字だけ見れば短い。だが、その中身はあまりにも濃密だった。移動、応射、回避、接近、破壊、過負荷、再加速、被弾。秒単位で積み上がるクロノロジーが、異常な密度で埋め尽くされていく。

読んでいるだけで息が詰まる。追うだけで胸が苦しくなる。そして彼女は、耐えきれずヒマリに尋ねてしまった。

映像は、あるのかと。

"......"

額を膝に乗せ、右手で顔を覆う。

その姿勢のまま、しばらく動けなかった。

部屋の暗さが、さらに深くなった気がした。

映像は、凄まじかった。

敵から見れば、もはや人間ではなかっただろう。何かの化け物(フリーク)。あるいは、死ぬことを拒否した手負いの獣。血を流しながら、壊れながら、それでもなお前へ出る。まるで神話の戦神テュールか何かのような戦いぶりだった。勝つためではなく、何かを成し遂げるために、自分の全てを薪にして燃やすような戦い方。

戦闘の全てが残っていたわけではない。ヒマリが見せたのは、ブービーから共有された断片的な動画だ。それでも十分すぎた。幸か不幸か、彼の最期に至る部分が、そこには映っていた。その後はブービーも被弾し破壊されたため、残っているのはヒマリ側の記録だけらしい。

"......Idiot......"

[……ばか……]

そう零したところで、何も変わらない。責めたところで仕方がない。そんなことは分かっている。むしろ、バカなのは自分の方だと、ルリは思った。ラースに山永の技能を伝えたのは、自分だ。あの男がどれだけ無茶を通せるか。どれだけ戦場で異常な対応力を見せるか。どれだけ最後に頼れるか。それを教えたのは、自分だ。

自分が余計なことを言わなければ。

自分が評価しなければ。

自分が、彼ならやれると知らせなければ。

ああはならなかったかもしれない。彼が飛び出していくことも、なかったかもしれない。

"......"

自分が負の螺旋に陥っていることくらい、彼女にも理解できていた。これは結果論だ。後からいくらでも「もしも」を継ぎ足せる、無意味な自責だ。そんなことは、分かっている。

それでも止められない。自分が当事者だからだ。戦場の外で好き勝手に言っているわけではない。彼と同じ場所にいて、同じ瞬間にいて、幾つもの判断を積み重ねたうちの一人が自分だ。幾つもの分かれ道があった。どれもその時その時では妥当に見えた。そして、自分が選んだ全ての結果の先に、今がある。

だからこそ、彼女は自分自身を許せない。

ヴェリティは何も言わない。そういう設定だからだ。余計な慰めも、気遣いも、沈黙の演出すらしない。だが、あのヒマリでさえ、ルリが尋ねない限り何一つ言葉を発しなかった。

……彼女も、悲しんでいるのだろうか。

ふと、そんなことを考えた、その時。

"I know I’m not really the one to say this, but..."

[あたしが言うことじゃないけど]

AIの声なのに、妙に人間臭い間があった。

一拍。

言葉を選ぶような、ためらうような沈黙。

そして、ヒマリは続けた。

"...For his sake too, eat, sleep, and... keep moving forward."

[……彼のためにも、食べて、寝て、……前へ進んであげて]

"......I know."

[……分かってる]

分かってはいる。

頭では。合理では。

今の自分がやるべきことも、立て直し方も、体を壊せば何にもならないことも、全部分かっている。でも、納得ができない。

感情がまるで追いついてこない。

ヒマリもそこまで理解しているのか、それ以上は何も言わなかった。ただ、部屋のどこかで微かに電子音が鳴って、それきりだった。

――……確かに、丸一日何も食べてない。昨日も、ほとんど寝てない。――

ミシェルとエレナが、心配して何度か部屋を見に来ていた。大丈夫だと答えた。答えたが、少なくとも彼女たちはそれを額面通りには受け取っていなかったようだ。

――……そういえば、彼にも食事と睡眠のことで口うるさく言われたな。――

思い出す。

ハーケイの車内で。食事をしよう、ちゃんと寝ろと押し問答したこと。不眠で精神を崩しかけた彼を、逆に自分が宿舎の部屋で諌めたこと。

そこで記憶が止まる。

その先には、もう続きがない。

無限ループだ、とルリは思った。思い出して、刺さって、また思い出す。どこにも出口がない。

"......"

彼女はゆっくりと顔を上げ、天井を見た。

薄暗い天井は、ホテルらしく無機質で、清潔で、何の感情もない。そのくせ今は、妙に遠く見えた。

いい男だ、と思った。

いい男だった、と思い直した。

もしかしたら。

本当に、もしかしたら。

もう少し時間があれば、私たちは何か別の関係になれたのかもしれない。

そんなことを考えてしまう程度には、彼は彼女の中に入り込んでいた。

身内には、ついぞいなかった種類の男だった。

優しくて、強くて、馬鹿みたいに真っ直ぐで。

それでいて、時々どうしようもなく子供っぽくて。

よき父親というものに触れられなかった彼女にとって、その背中は妙にそういうものを連想させた。守ってくれそうな、大きな何か。

"......"

ふいに、頬に冷たいものが伝った。

【挿絵表示】

 

ルリは少し遅れて、自分が泣いていることに気づいた。

驚いたように目を瞬かせる。

まるで他人のことみたいに、自分の涙を認識する。

――……ああ。ホントに、好きだったんだな。――

その自覚だけが最後に残った。

言い訳も、合理化も、自責も、後悔も、その瞬間だけは全部どこかへ引いた。

ただそれだけが、偽りのない彼女の心だったのだ。

 

 

 

 

アフリカの角で起きた大事件から二年後。ルリは日本の地を踏んでいた。長崎市内の東の外れ。随分くたびれた古い団地の一角。

――ぴんぽーん――

「はーい」

中から壮年の男の声。玄関口に立っているのはルリだった。

「はーい、どちらさん?」

モニターで確認することもなく、鍵のかかっていない玄関を開け放って見えたのは、山永にどこか通ずる面影の男。男は銀髪の外国人女性が尋ねてきたことに怪訝な顔をする。

「……なんのご用件で?」

長崎訛りで、男は尋ねる。

「あの、ワタシ、ムネキヨの友人です」

ルリが日本語で答える。

「……息子がなんか?」

まだ、警戒したままの男。

「とても、お世話になりました。なんども助けて、くれました」

「……」

「……お礼を言いたくて。ご家族ですか?」

「父です」

訛ったまま、答える男。

「お父さん。似てます」

「そうですか」

ふっと小さく吹き出しながら、宗清の父は顔を緩めた。

「上がっていかんですか。お話ば聞きますよ。……母ちゃーーん!……宗清ん知り合いげな!上げてやっけん!」

後ろを向いて大声で叫ぶ父。奥から母であろう応答の声が聞こえる。

「どうぞ上がって」

彼の父にそう言われ、ルリは扉の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

《……ちがう。こうじゃない。こんなんじゃない。》

 

《こんな結末。いやだ。》




鬱ってます。
まあ、しょうがない?
彼女からすると人生で初めて、ワンチャンあったかもしれない男だったですからね。
小説版ゼータで富野御大も言ってましたが、こういう時は体動かす以外乗り越える方法ないッスわ。
まあ、こっからがアルゴノームの本尊。
もうちょっと続くんじゃ!
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