俺たちが憧れ、尊敬する人達はみんな、いつだって自分と戦ってるんですわ。俺達には一番大事なそこが見えないがね。
「ヒーローってのはスーパーパワーがあるとか、コスチュームを着てるって事じゃない。自らの意思でもって世界を良くしようと戦う人々の事を言うんだ」
アラン・ムーア氏のこの言葉、流石スーパーヒーロー総本山の開祖様って感じでとてもすき!
"You're still looking outside for the stuff that's already inside."
[お前はまだ自分の外側に才能を探してやがる。すでにお前が持ってるのに]
"You're still looking for someone to save you."
[お前はまだ助けてくれる誰かを探してやがる]
"When you're already superhero."
[お前はとっくにスーパーヒーローなのに]
"Your pain ain't permanent."
[お前の辛さは永遠じゃない]
"You can get through this."
[お前は乗り越えられる]
"You're bigger than your pain."
[お前はこんなツラさよりよっぽどでけェヤツだ]
"You're better than that."
[お前はそんなもんよりすげェヤツなんだ]
ルリは凄まじい速度で黒旗から離れていく。その単純な速度はキソーよりも早い。しかしドローンの速度はそれ以上だ。敵のドローンも自陣営の機材とはいえ、電子攻撃下なのでスマートな機動を取れてはいない。だがそもそも時速200kmまで加速できる機体なので脅威度が低いということは決してない。その1機がルリの背中に飛び込もうとする。
"......"
ルリは後ろに目が付いているように右へサイドステップし、危なげなく自爆突進を躱す。周囲の味方ドローンカメラにより、アイセイフティのHUDにヴェリティがアラートで敵ドローンを表示していたからだ。
"......"
――ダンッ!――
機関銃を指切り単発で発砲すると通り過ぎた自爆ドローンが弾かれるように落ちる。移動間射撃にも関わらず相変わらず恐ろしい精度。
"......!"
サイドステップの勢いを殺さぬまま、右前にある3階建ての低層アパートのベランダに飛びつく。最小限の衝撃で手すりに取り付くと、タン、タンとまるで梯子を登るように各階のベランダに飛び上がっては掴まり、あっという間に屋上階へ躍り出た。寸分違わぬ圧倒的な精密動作である。
――ダン、ダン、ダン!――
屋上階にたどり着いた瞬間、追いすがってきたドローン3機を撃ち下ろすように叩き落とす。続くドローンは無い。山永にたかっているからだ。ルリは素早く狙撃銃《AXMC》にトランジッション。穏やかに息を吸い、吐くと、
"......!"
――ダン!ダン!ダン!ダン!――
発砲。銃身が反動で跳ねる、その復帰を待つ間にボルトを開き、排莢し、次弾を送り込む。照準が戻った瞬間、引き金が落ちる。猛然と300m先のドローン目掛けた狙撃。まるで精密工作機械のピストン運動のような超高速再装填を行い射撃する。ボルトアクションにも関わらず、セミオートマチックのような連射《ラピッドファイア》。狂気の精度で瞬く間に山永にまとわりつくドローンが破壊されていく。
"......Fuu......."
フォロースルー、息を戻す。山永が路地のカバーポイントへ下がっていった。よし、仕切り直しだ。ルリはより安定した射撃姿勢を取るべくバイポッドを立て、
"Thank you, Luri!"
あれほど鬱陶しかったドローンが瞬く間に撃墜されていく。ルリである。相変わらずバケモンだなと山永は失礼にも思った。家の陰へと下がりつつ、山永も
「執念深かのぅ!」
『諦めて帰ればいいのに!』
無論山永らも連中が諦めるとは思っていない。もし本当に連中が諦めたら、黒旗は今この瞬間ここで核を起爆するだろう。連中の目的は
(しかし……)
電子戦《EW》車は残っている。間欠的に妨害電波を発しているが、健在。敵の可能行動は二つ。戦力を集中するか、分散するか。集中するなら間違いなくあの電子戦車の近くにいる。逆に分散するならどこか分からない。山永は家屋の陰に隠れながら一瞬でHUDのマップを走査《一瞥》。山永のレコンと、恐らくルリ及びホライズンからの戦域情報をヒマリがまとめてくれた図面だ。港への最短北側迂回ルートに乗っているのは、
(電子戦車両!)
山永の腹は決まった。
"Luri! I'll attack north convoy! Cover......"
[ルリ!北側の梯隊をヤる!援護を……]
そう言いかけた時、迂回路に逃げず山永達をこの十字路に縫いとめていた車両が猛然と突っ込んできた。
「……?!!」
――パラララララララッ!!――
ルリの方に連射。続いてドローンが飛んでいく。さすがの彼女も頭を下げる。敵の車両の方からガシャンと音がしたと思うと、
――パラララララララッ!!――
上から突然、7.62mmが山永に降り注ぐ。見上げると、黒いマントがはためく様に、黒の影が急降下してくる。民家を越え、ジャンプしてきたのだ。
(うおッッ!!?)
さすがの山永も目を見開いた。ニンジャ機動もいいところだ。なお、1発被弾したが跳弾し、被害はなし。素早くバックステップし距離をとる。
(悪いが、着地狩りでしまいじゃ)
落下地点を予想し指向。そのまま引き金を落とし、
――ドドドンッ!――
しかし彼は先程の山永のように、両足着地の位置エネルギーを垂直に殺すことなく、横にベクトルを変えて前転、そのまま機関銃ごと手で押し出すように2回転目は前宙。路地の壁に足をつけるとその壁を凹ませながら壁を踏みしめ、山永に空中突進する。
「んのッ……!!」
山永もワザと膝の力を抜き重力に逆らわぬようしゃがみこみ、ローリング。すんでのところでエアタックルを躱す。
(狂っとんのォ!よかぞ、やっちゃる)
山永は何となく気づいた。コイツは特攻だ。生きて帰る気がない。そういう空気を出している。ローリングから復帰すると直ちに銃口を向け、射撃。しかし彼も既に立ち上がりまたジャンプしている。屋根の上からPKMの撃ち下ろし。背中にRPGを二本背負ってるのが見えた。山永もサイドステップしつつ応射。すると彼の機関銃が止まる。
(……ジャムか?!)
ここぞとばかりに追い討ちの射撃を加える山永。しかし彼はなんの迷いもなく機関銃を投げ捨て、
(……?!!)
フルパワーでサイドステップから屋根から降りダッシュ、ジャンプ、民家の壁蹴りで山永に飛びかかろうとしている。
「……!」
山永はまたしても崩れるようにサイドにローリングして躱し、振り向きながら射撃しようとするがまた彼が壁蹴りで帰ってくる。
(……ぁあクソッ!!)
ちらと左手に手榴弾が見える。組み付いて自爆する気か。確かに背面に押さえつけて爆破されれば機関部が破壊されて終いである。ヤツの左手もオシャカだが。まるで誘導弾のように何度も何度も飛びかかってくる。
(……)
脳内のナノマシンが無理やり冷静さを取り戻させてきた。顎を引き息を吸う。また口の中が鉄臭くなる。みるみる体感時間が伸びる感覚。そこへ彼が這うような低空で膝を狙うようなタックルを仕掛けてきた。
(……見えとる)
ひょいと膝を抱えるようにその場でジャンプしてタックルを躱すと、そのまま両足で踏みつける。踏みつけた後、慣性に巻き込まれてすっ転ばぬよう直ぐに踏みつけの反作用で小さくジャンプし地に降りる。
"......?!!"
流石に足をもつれさせ体勢を崩し、彼は頭から地面に突っ込んでズザザと滑りながら転ぶ。山永はその彼に銃口を向け、
――ピピッ――
――ドドドドドドッ!――
と、逃げ込んだ路地の奥側から、また別の車両《テクニカル》が現れた。
「……ッ!」
移動間の機関銃射撃など当てにはならないが、山永も思わず飛びずさる。ジャンプで平屋の屋根へ。すると先程踏みつけた黒旗のAMIが、背中からRPGを抜き、こちらへ照準していた。
(……!!?)
その瞬間、山永の頭の中にきぃいぃんと言う音が響いた気がした。
――ドシュゥッッ!!――
発火し、カウンターマスの火が後方に伸びていくのがはっきり見える。そのRPGの弾頭目掛け、
――ドンッ――
一発。発射筒から弾頭が泣き別れした次の10ミリ秒後、山永の12.7mmの弾丸がRPG弾頭を撃ち貫いた。
(……)
――ドンドンドンッ!――
流れるようにあれほど手こずった黒旗の彼を撃ち倒す。彼は何が起きたか理解できていないようであった。今度は車両の方から自爆ドローンが4機飛来する。屋根から飛び降りるように1機目を躱し、着地を狙う2機目を流れるように着地からの爆発的ステップで回避、3機目と4機目を全力ダッシュしながら民家の壁を使い壁走り。走高跳びのような、戦闘機のバレルロールのような回避。
「……」
完全な連続無酸素運動だ。全く息継ぎをしていない。瞬きすら惜しむその動きは人間から外れた機動《マニューバ》。換気・冷却ファンで煩いキソー頭部のHUDの光に照らされている山永の顔は、汗まみれながら、明らかに据わっているものだった。
『山永3曹、再度筋電位が異常値。ナノマシンの使用制限を推奨。』
たいそう間延びした声でブービーが山永に警告を与える。また限界域へと足を踏み入れていたのだ。その気の抜けたスローモー警告を聞いて山永はなぜかルリの声が頭に木霊した。
――"...Get a grip!"――
――[正気に戻れ!]――
そうだった。また死の淵に片足突っ込もうとしていた所をこの世に引き戻してもらう。後で礼を言わねばと山永はこの戦闘時に思う。だが、正気に戻ったとしてどうする。ひたすら逃げ回っていても埒があかないどころか核車両は離れるばかりだ。山永の脳みそがフル回転で自分の記憶をひっくり返して
――ナガ、リズムの大事ぞ!――
突然郷准尉の声が聞こえた。あれは、銃剣道の稽古の時だったか。
――
同期で少年剣士だった経験者にいいようにやられた時だった。その時は向こうの当てる気のない
(……リズム、流れ)
そうだ、と山永は思った。大嫌いだった銃剣道。だが、それが答えを教えてくれている。相手に乗せられていてはいつまで経っても相手の手の内だ。こっちのリズムを相手に押し付けねば。
「……ブービー、頼む」
どこか他人事のように、しかし強い意志を持って、山永は自らも間延びした声でブービーに乞い願う。HUDの情報表示部分に点滅する文字ポインタが少し、それこそ0.5秒ほどのラグのようなものを見せ、
『了解』
二文字で、ブービーは返す。山永の全身に今までとは違う形の力がみなぎる。
「……すぅぅ、」
軽く膝を緩め、
「はッ……!!」
ガンッと地面が抉れ上がる。サイドステップ。背後から突進して来たドローンを避けたのだ。
――どんッ――
通り過ぎていくドローンに一発。さらに追いすがる2機目。民家の屋根目掛けジャンプして回避。回避ついでに前宙しながらドローンに一発。着地しながら冷却ファンで煩い頭部有機ELモニタをずらっと目で走査《舐めるように掌握》。睫毛に溜まった汗がうっとおしい。すると二つのポインタを点滅させ、ブービーが強調してくれる。
(……よか仕事たブービー。後で褒めちゃる)
相変わらず俯瞰《メタ》視点のまま、山永はそう思った。2機ともたたき落とすべく、ピボットターンしながら、
――ドンッ!ドンッ!!――
いつぞやに見たルリのような射撃。するとまた、脳内に過去の記憶が流れてきた。また郷准尉。
――流れば読め!――
そうだ。流れだ。この世は全て流れている。逆らう訳でも、流される訳でもない。自分の持っている全てを使って流れを作る。それが、答えだ。
「すッ、ハッ!すッすッハッ!」
山永の呼吸が流れを生む。緩めるタイミング、締める場所。動と静。彼は今、世界と一体になって使命を果たすべく身命を賭している。
(……こうするとやな)
生々躍動。限界は踏み越えている。だが、身を壊す線は超えない。息を吸い、息を吐く。体を締め、力を抜く。鮮やかなステップ、滑らかな全身の身体操作、全てを眺める遠山の目付。浦2曹が見せてくれたアレだ。更なるドローンが敵車両後方から飛び込んでくるが、流れるようなマニューバで躱し、飛び、撃ち落とす。己の全てを差し出して、やるべき事を彼は成し遂げる。
『ナノマシン安定』
ブービーが文字とともに告げた。合ってるらしいなと他人事のように山永は思った。
(……)
クソ重たい装甲を自分の筋肉で推し上げ身体を操りながら、彼は気づく。
(……嗚呼)
あの辛いラスト1回の腕立て。あのもう辞めたいと願う駆け足の一歩。あの価値のないと思えた真夜中の行軍。あの意味のわからんくだらない訓練。様々な人が自分に伝えようとしてくれた無数の教育。
(……オイのやってきたことは、オイの貰ったもんは、合っとったとやな)
その全てに意味があった。その全てに価値があった。無駄だと言われたものが、無意味だと思えたものが積み重なって今、世界を創る。
(……)
彼は今、世界と一つになっている。
"......!"
ルリは黒旗の制圧射から頭を下げ、おもむろに仰向けに機関銃を保持したまま屋上の床に倒れた。ドローンから送られてくる画像をアイセイフティのHUDで見て周囲を確認する。続いて突進して来た敵自爆ドローンは3階を超えて急上昇し隠れたルリを視認しようとしたが、仰向けで据銃し待ち構えていたルリに一発で撃ち落とされる。
(……ムネキヨ!)
彼は露路の隙間で黒旗のAMIと戦闘中のようだ。山永の
"Verity! Prioritize target acquisition!"
[ヴェリティ!目標捜索優先!]
"Roger that."
[了解]
ヴェリティに指示を出すとルリはパラペットから飛び降りる。竪樋に捕まりつつ自由落下し、地上5mほどでブーツの靴底を削るように壁へ押し付けてブレーキを掛け、そのまま壁を蹴ってベクトルを直下から横方向へ向け変える。ほぼトップスピードで地面に着地するとそのまま今度は民家の屋根目掛けジャンプ。山永を援護する気だ。一つ、二つ目の民家の屋根に飛び乗ったところで山永が視認できた。
"......!?"
鮮やかにステップで躱し、ドローン1機撃墜。そのままジャンプしながら跳躍間射撃で2機。屋根から降りるように飛び降りながら1機。地形と空間と身体を存分に利用し、瞬く間に何機もの敵機を叩き落としていく。
"......beautiful."
ルリの口から思わず零れる。彼女が見てすら流麗で、無駄のない機動と射撃。全てを掌握し、移ろい、流れ、呑み込む水のような所作。それは強さへの評価ではなかった。速さへの驚嘆でもない。もっと根本的なものだ。人間の身体が、訓練と意志と恐怖と愛情と義務と、これまで受け取ってきた全てを一つに束ねた時、こんな動きになるのか。
"......!"
それはほんのコンマ数秒見とれていた程度の事だったが、ルリは正気に戻る。彼を援護せねば。
"Cover you!"
[援護する!]
直ちに残ったドローンに発砲しつつルリが言い、
"Love you!"
[愛してるぜ!]
ルリはまたしても一瞬、思考を停止させる。一拍にも満たない、戦場では致命的になり得る空白。だがルリの内側で、何かが明らかに跳ねた。
――なぜ今言う。
なぜこのタイミングで。
なぜそんな声で言える――
怒りに似た感情が湧き、同時に、胸の奥が熱くなる。恐怖ではない。羞恥でもない。もっと腹立たしく、もっと救いようのないなにか。
彼は死ぬ気ではない。
死地でふざけているのではない。
帰るつもりで言っている。
ルリはそれを理解してしまい、だからこそ余計に腹が立った。
"......Idiot!!"
[……ばか!!]
思わず言い返してしまった彼女だが、直ぐに冷静さを取り戻す。無論ナノのおかげでもあるが。そうだ。ふざけている場合ではない。何としても彼《バカ》をあの死地から救い出す。そして二人で、帰るのだ。
"Love you!"
彼らはそれを傍受していた。いや、山永とルリ、なんならホライズンからソマリランド軍、さらには黒旗戦線の回線まで全て、軍用無線や通信を掌握していたのだ。彼らはDEVGRU。Seal Team6、
"You hear that?"
[聞こえたか?]
どこか愉快そうな声。
"Affirm."
[ああ]
"Crazy bastards."
[バカな連中だ]
彼らは市内の各所に確保していたセーフハウス、その中でも黒旗の本命と思しきルート上のセーフハウスで待機していた。しかしそれもつい今しがたまで。指揮系統で撤収せよの命令が下っていたのである。
"What’s the call? They’re not quitting. Are we really bugging out, Chief?"
[どうする?連中が諦めてないのに、俺たちが逃げるのか、チーフ]
チーフと呼ばれた男は、一拍置き、
"Guess we’re going. It is 'Who’s gonna carry the boats?' "
[……行くか。誰がボートを運ぶんだ、って奴だ]
アイツらが折れずにボートを運ぶなら、俺たちが黙って見過ごす訳にはいかない。命令違反にも関わらず、このトループの要員は1人残らずそう思った。
1秒を重ね、1分を重ね、1時間を重ね、1週間を重ね、1ヶ月を重ね、1年を重ね、一生を重ねる。
他人と比べるのではなく、昨日の自分より1ミリでも進むために。その1ミリがいかに苦しくて惨めで悔しくても、それでも過去の自分を置き去りにするために。
"The purpose always is there.
The purpose never leave us.
Because the purpose is you."
その積み上げた先の自分を見て、「嗚呼、生きててよかったなァ」と言うために、人は幾つもの薄皮を重ねるんだと思います。