The Soul's Portrait   作:遅執書者

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注意:ホラー要素はありません


01.噂

 二つの栄光と一つの無念に彩られた一年が過ぎた。

 年末の有記念は吃驚させる結果で世間を賑わせ、正月休みに入ったばかりのトレセン学園は依然として多くの人が残っていた。

 

 トウカイテイオーもそのうちの一人。

 

「カイチョー、こっちの書類全部分け終わったよー」

「ありがとう、テイオー。助かるよ」

 

 学園の生徒会もまた会長たるシンボリルドルフを含む幾人かが残っていた。

 帰省メンバーの中に副会長のエアグルーヴの名前があることを知ったテイオーは誰はばかることなく生徒会室へ入り浸り、ついでに簡単な作業を手伝うことで特段慕っているルドルフに構ってもらってもいた。

 

 本日割り振られた雑務は生徒会への意見投書の確認、いわゆる目安箱の中身の整理を終えたところである。

 

「スマホから出来るのに結構入ってたんだねー」

「同心協力。皆で学園を良くしていこうという気持ちに感謝しているよ」

 

 目安箱の中身は大半が無記名である。肝心の内容は大きく分けて四つに分類して精査するという。最も多い要望は食堂のメニューへのリクエストなどで、次いでトレーニングやレース及びトレーナーに関するもの。それに学業関連が続く。それ以外の前三つに入らないものはすべてその他としてまとめる慣習らしい。

 

 その他をひとまとめにした紙束を再度確認のために捲りながらテイオーは疑問を口にした。

 

「ねぇねぇ、言われた通りに分けたけどその他の要望が同じものしか無いのは何でだろ?」

「ふむ。その要望は『見るだけで速くなる何か』について探してほしい、または本当にあるのか調べて欲しいといったものではないかな」

「そうそう! あれ、もしかしてもうカイチョーがチェック済みだった?」

「いや、そうではないのだが……その話は私が生徒会に入った頃からあるものでね」

「ええっ!? 本当にそんなのあるの!?」

「奇異荒唐と言おうか、噂話すら聞いたことは無かったよ。しかして要望が増えた時期があったので本格的な調査を提案してみたが結局のところ調べられてはいないんだ」

 

 その増えた時期というものが折悪くルドルフ自身のクラシック期と重なっていたため他のメンバーが慮ってか難色を示したとのこと。

 

「さて、そろそろお昼時になるしこの辺りで切り上げるとしようか。今日も手伝ってくれて感謝するよ、テイオー」

 ルドルフが書類を整えると同時に生徒会室のスピーカーから正午を告げる音楽が流れ始める。

 

「おぉ~時間ピッタリ! さすがカイチョー!

 あ、そうだ。ボクこう見えて学園内の噂話にすっごく詳しいからこの噂もちょっと調べてみるね。何かわかったらカイチョーにも教えてあげる!」

「ああ、期待して待っているよ」

 

 テイオーの言葉に微笑を返すルドルフへ挨拶を告げて寮へと戻る。名残惜しいが昼食の後はトレーニングの予定が入っていた。

 

 

 

 

 

 テイオーが去った生徒会室ではルドルフが持参した茶色成分多めの弁当を広げていた。

 今はそれこそ怪我をする前のような元気さを見せるテイオーだが、ダービーの骨折から思うようにいかないリハビリ、そして涙を吞んだ菊花賞を見守ってきたルドルフは独り言ちる。

 確かに、期待していると。

 折れず、曲がらずに後を駆けてくることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食に限らずトレセン学園で食事をしようとするなら幾通りか方法がある。最も一般的なのは食堂を利用することで、申請すればキッチンを借りられるし、食堂の時間を逃して空腹を涙ながらに訴えれば寮長が世話を焼いてもくれる。一般的でない選択はわざわざ買い食いしに行くとかトレーナーにお願いするとかで、商店街の福引で特賞を当てるぐらいの確率でゴルシから食べられる物をもらうこともできる。

 

 テイオーは正月休みでも通常通り開かれている食堂に直行せず自室に向かった。理由は先ほどの噂話を誰かしらから聞いてみようと思うにまずは同室の顔が浮かんだから。

 

「たっだいまー」

「あ~テイオーちゃんお帰りー」

 

 同室のマヤノトップガンは年明け早々に学園に戻って来ており、今はベッドの上で寝転びながらパラパラと雑誌を捲っていた。

 

「マヤノはもうお昼食べた?」

「ううん、まだー。今日はきっとテイオーちゃんが戻ってくると思って」

「ならちょうど良かったよ。マヤノにちょっと聞きたいことがあってさ~食堂行こ」

「おっけー。食堂へ向かって、テイクオーフ!」

 

 そう言ってマヤノトップガンは軽やかにベッドから飛び降りると飛行機の真似のように両手を広げたよく見るポーズを決めた。

 

 

 

「それでさっき読んでた雑誌って何だったの」

「大人の夏コーデ特集~。テイオーちゃんもあとで見る?」

「ボクはいいかな。というか年が明けたばっかりなのにもう夏服見てるの?」

「大人のオンナは今から水着に備えるんだって!」

 

 食堂の一角でそんな話を展開しつつも食べ終え、テイオーはお茶を一口啜り本題を切り出した。

 

「話は変わるんだけどさ、マヤノは学園の噂とかって聞いたりする?

 今日、『見ると速くなる何か』があるって話を聞いたんだよね~」

「ん~? マヤはあんまり気にしたことないかなぁ。でもそんなのがあったら面白いと思う」

「そぉ~?」

「うん。だって、どうしてそうなるかわかんないから」

 

 テイオーの狙い通りに話題に興味を示すマヤノトップガン。彼女にとって未知とは興味を惹くものだった。その天才的な直観は大抵のものを一目見れば理解し、そして既知となってしまう。しかしその直感が働かないものやわかってしまっても覆せないものに強く好奇心を抱く習性があった。

 

「見れば速くなるんでしょ? お手本みたいにすっごく速い人を見たらわかるかも?」

「テキセーとかキャクシツとかあるから真似できるとも限らないんじゃないかなー?

 ボクは代々伝わる必勝法ノートとか秘密の蹄鉄とかだと思う。あるとしてもね?」

「ねね、案外マンガとかドラマだったりして? テイオーちゃんは年末特番のLoveだっち見た?」

「見てないけどそのうちトレーナー室に後輩が持ち込みそう。テレビでっかいし」

「テイオーちゃんのとこは大きめのお部屋なんだっけ? いいなー、色んなもの置けそう!」

「みんな慣れてくると私物が増えてくるんだよね~。そういえばマンガも置いてあって水の上走ってるのとかあったなぁ」

 

 何を見たら足が速くなるか、という話からだんだんと原型が無くなりつつあるところに

 

「やぁ、ポニーちゃんたち。食後のティータイムかな?」

「あ、フジ」

「フジ先輩だー」

 

 栗東寮きっての天才肌二人が食事を終えても話し込んでいることに興味を持ったのだろうフジキセキがやってきた。

 

 学園を二分する寮の監督者であり、幅広く人気を得ているこのウマ娘ならば噂話を知っている可能性が高いとふんでテイオーは同じことを尋ねる。

 

「フジは『見たら速くなる何か』って知ってる?」

「うーん? ……トレーナーさんが君たちを見たらとかかな?」

「そりゃぁトレーナーから見て適切なトレーニングをすれば誰だって速くなるよ」

「ええーっ! トレーニングつまんないよ~」

 

 全身で拒否感を表すマヤノトップガンを微笑ましく見るフジキセキと、それを聞いて眉を寄せるテイオー。

 

「あとはそうだね……別の観点から考えれば勝負服なんかも当てはまるんじゃないかな?

 着れば速くなるってね」

「それって大舞台で着るんだから、速くなった結果着れるんじゃないの~? ホンマツテントウダヨ」

 

 確かに勝負服を着ているウマ娘はみんな速いと言える。テイオーはますます眉間に力が入っていった。

 

「ふふっ、でも所詮噂は噂だからね」

「あっ、やっぱり最初から噂だって知ってたじゃん! もー!」

「ごめんごめん」

 

 頬を膨らませて目も細めるテイオーへ、茶目っ気たっぷりに謝るフジキセキだったがすぐに真面目な顔に戻すと声量を絞って話し始めた。

 

「私が知っている内容はね、その出所っていうのかな?

 どうしても勝ち運に恵まれない子が仲の良い後輩に伝えているらしいんだよね。だからテイオーもマヤノも今まで聞いたことは無いんじゃないかな」

「まぁ確かにボクのチームにはそういうのとは縁が無いかなぁ。マヤノもまだデビュー前だし聞いたこと無いのも不思議は無いよね」

「……んん~」

「って、どうしたの? おーい、マヤノ?」

 

 両手に紙コップを持ったまま中空に視線をさ迷わせているマヤノトップガンから漏れた唸りに思わずテイオーは声を掛けた。

 

「そっか。マヤわかっちゃった……」

「えっ?」

 

 視点が定まっていないマヤノトップガンが呟いた言葉にテイオーはわけがわからなかった。

 

「うん。フジ先輩の言う通り、勝負服と同じなのかも……」

「ちょっと待ってマヤノ! ……えっ、本当にあるの?」

「でもどうやって? あ、そっか。

 テイオーちゃん! フジ先輩! マヤ、ちょっとお話聞いてくるね!」

「ちょっと待――って、行っちゃった」

 

 自問自答で何かに気づいたマヤノトップガンは一方的に告げると食堂を飛び出していった。

 

「おや、マヤノが何か思いついたみたいだね。でもやっぱり噂は噂に過ぎないと私は思うな。それよりもテイオーは大阪杯で復帰するんだよね」

 

 応援してるよとウインクしながら言うと、マヤノトップガンが置いて行った食器とコップを回収して去っていく。

 

「うーん……まぁいっか。午後トレ行こうっと」

 

 同室なのだから夜になれば部屋で話せるし、どこに行ったのかわからないまま追いかけるよりも予定通りトレーニングに行くべきだとテイオーは判断した。

 

 

 

 しかし、『見るだけで速くなる』という何かが本当にあるのならばどう思うか?

 生徒会室で聞いた段階ではただの噂話でしかないと考えていた。でも直感が抜きんでているマヤノが思い当たるものがあるのならば実在する?

 

 菊花賞の前哨戦で見た同期の皆が本気でレースに向き合っていたこと。その本気に応えるには自分自身も万全の調子でなくてはダメだと考えたこと。そして――その末に菊花賞を回避したこと。

 その気持ちを安易な何かで触られたくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園のトレーナーには休日は存在しない。テイオーの所属するチームのトレーナーももちろん学園に居た。

 少人数のチームではあるがベテランと呼べる経歴のトレーナーであり、テイオーの他にもう一人が現役として集中的に鍛えられている。

 

 冬の午後は短い。

 もう日が暮れたトレーナー室でテイオーは一方的にトレーナーに話を振っていた。

 

「そろそろ全力で走ってもいいんじゃないかなー? カイチョー風に言うなら『調子は最高だ』ってやつだし」

「――そうだな。でも主治医の先生に診てもらってからだな」

 

「それでさぁ、四月の大坂杯には有で勝ったあの娘も出てくるっぽいよ。楽しみだよねー? だってボクが勝ったらクラシック有も勝ててたってことだし」

「――そうだな。相手がシニアでも無敵のテイオー様だもんな」

 

「今日もカイチョーは格好良かったなぁ。ボクが手伝ってるからもうしばらくゆっくりできるよね。ちなみに今日はね――」

 

 おもにテイオー自身の調子が良いことを自信気に、大阪杯に向けて得た情報を、そして毎日のようにトレセン学園生徒会長と何をしたかを話すテイオーの傍らでデスクワークをしているトレーナーの図があった。

 

「そういえばトレーナーは『見ただけで速くなる何か』って知ってる?

 今朝、カイチョーのとこで聞いたんだけど。あ、あとフジからも聞いたもんね」

「んあ? あー……聞いたことあるなぁ。確か俺が新米の頃からある話だな」

 

 唐突に話の質が変わったことに面食らったトレーナーからは少し変な声が出た。

 

「へー? やっぱり昔からあったんだ。トレーナーが知ってること、教えて?」

「入ったばっかの俺に良くしてくれる先輩がいてなぁ、確かかの初代三冠ウマ娘がどうのこうのってくだりだったかなぁ」

「どうのこうのって、良くしてくれた人の話覚えてないじゃん」

「いや入ったばっかのトレーナーってクッソ忙しくてだな……あーどんな話だったっけかなぁここまで出かかってるんだがなぁ」

 

 喉元まで持ってきた手を上下に振るトレーナーへ目を細めて不満気なテイオーに、陽気に笑いかける。

 

「でもまぁそんなわけわからんのに縋りつかなくても、俺がテイオーを全力で支えるし全力で走れるようにするから安心しろ」

 

 

 

 ダービーでの骨折は夏休み前にはギプスも取れていただけに回復も早いと思っていた。しかしリハビリには思っていた以上の時間が必要だった。年が明けた今現在はトレーニング強度を上げている最中にある。

 伸び盛りの半年間というブランクは思った以上に大きいが、もう一度全力疾走するテイオーを見られるのならば労苦を厭わないであろうトレーナーへ、頬を緩めて『ニッシッシ』と信頼を寄せるトウカイテイオーの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栗東寮。

 

 食堂が閉まるギリギリに戻ったマヤノトップガンが食事を終えて自室に戻ってきたのは夜遅くだった。

 一応は昼の出来事について聞きたいこともあったテイオーは当てがはずれたため戻ってくるまでスマホゲームを動かしていた。嗜好が似ているのかよく見かけるTISNという名前の上に自分のゲームネームであるWGHIを刻み込まんとしていたのだ。

 

「おかえりー」

「うん。ただいま」

 

 昼間の飛び出していった勢いとは打って変わって静かに帰ってきたマヤノトップガンに気負いなく言うも、そのまま話を続けて聞き出すのは戸惑われた。

 もうワンプレイほどハイスコアを狙いながらもマヤノトップガンの方をちらりと様子を見やれば、ベッドの縁に腰掛けながら静かに何かを思案しているかのように見えた。

 

「よーしWGHIが一位っと、それでマヤノはお昼じゃ急にどうしたのさ」

「えーっとねぇ、そのね……うん」

「やけに歯切れが悪いけど珍しく勘違いでもした? もしそうなら初めて見るけど」

「ううん! マヤ的にあれは間違いないよ。でも思っていたようなものでもなくてんんーーって感じなの」

 

 両手を握りこぶしにして否定するもすぐにまた思案を巡らす様子のマヤノトップガンにテイオーは最大の疑問を投げかけた。

 

「よくわかんないけど、結局マヤノが思い当たったものって何だったの?」

「えっとね、絵だよ! マルゼンちゃんのトレーナーさんの部屋に飾ってあるやつでね、それがすごいの!」

「へぇ~絵ねぇ……いやちょっと待って。あのあと他所のトレーナーの部屋まで行ったの!?」

「うん。いつでも遊びに来ていいよって言ってたし」

「ダメだって! それ絶対シャコウジレーだよ!」

 

 社交辞令とは人間関係を円滑にする目的で使われる形式的な挨拶や誉め言葉で、必ずしも本心とは限らないので相手との関係や距離感から見極めをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。噂に詳しいだけあって一日片時で解決とはすごいじゃないか」

 

 翌日、いつものように生徒会室を訪れたテイオーは事の顛末をルドルフへ伝えていた。

 

「本人とはあまり話をする機会がないが、マヤノトップガンの天眼通とも言える能力は疑うところではない」

 

 ルドルフとマヤノトップガンに直接の接点は無いものの今のようにテイオーを介して、同じ生徒会に属するナリタブライアンも何かと強い縁があるようで聞き及んではいた。

 

「それでね、契約してるトレーナーならともかくさすがに面識もない人の私室に押しかけてまで見せてもらうことはできないかなって」

「そうだな。テイオーの言う通り節度は大事だ。しかし本当にあるのならば私も興味があるな」

「! じゃぁじゃぁ、カイチョーなら面識あるよね? 今から一緒に見せてもらいに行こうよ」

「すまない。興味は確かにあるが、生徒会の仕事を投げ出してしまうわけにも行かない」

「ちぇー。まいっか。それで今日は何をすればいいかな?」

「そうだな。テイオーには今日は――」

 

 一日で判明した噂話は流れゆく日々に埋もれていく。

 なによりもテイオーにとってルドルフの手伝いの過程で発生しただけの若干の興味しかなかったことと実物を確認していないこと。

 少しばかり気になっていた話が解決した。単にそう言えるだけの印象のうちに復帰をかけて忙しくしているテイオーの記憶からすぐにも追いやられるものとなった。

 

 

 

 

 




フォントはお借りしました。ありがとうございました。

師走になってしまったので供養も兼ねて
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