The Soul's Portrait   作:遅執書者

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02.肖像

 URA式典会場。

 この日は毎年恒例の表彰式典が行われていた。一年を通して成績が良かったジュニア級・クラシック級・シニア級や距離別などで特に秀でていたウマ娘を発表し称える催しである。トウカイテイオーは見事に年度代表ウマ娘と最優秀クラシック級ウマ娘に選出され、後のライバルと並んで登壇していた。

 

 

 

 それと同時にとある面々が会議室に集められていた。

 

 シンボリルドルフはテイオーの登壇を見た後すぐにその場を離れ会議室へと足を運ぶ。

 大きめの会議室の入り口に張られたトレセン学園の文字を確認して中へと入る。そこにはすでに数人が着座していた。

 前列の中央に堂々と瞑目しているドレス姿のメジロラモーヌと、そこからやや離れた中列に並んで座っている制服姿のフジキセキとヒシアマゾン。最奥の隅にこれまた並んで座っている男性二人はどちらも古馴染みがある顔だった。

 

「おいフジ、アタシらだけじゃないか……」

「大丈夫だから安心しなよ。学園の制服も立派な礼服だからね」

 

 式典会場には礼服として勝負服を着ていたルドルフを見てヒシアマゾンが小声で呻き、フジキセキがそれにフォローを入れていた。

 

 同時に会場に居れば一目で目を惹くだろうメジロラモーヌの姿があることに疑問とそれ以上の悦喜を抱いてルドルフは彼女に話しかける。

 

「やあ、ラモーヌ。邂逅遭遇というものか、このような場所で会うのは珍しいね」

「そうかしら」

「君もこのパーティーに参加していたのかな? もしそうならこの後のエスコートは任せてほしいのだが」

「お断りよ。このあと用事があるの」

「それは残念だ。それでラモーヌ、君がここにいる理由を聞いても? もしかしなくても私と同じかな?」

「請われたから。それだけよ」

 

 ルドルフがこの場にいるのはこの日時に会議がしたいと理事長から秘書を通して要望があったからだ。

 ともすれば素っ気ないラモーヌの返答を幼馴染かつ彼女の気質を解しているゆえに気にせず言葉を投げかける。

 何故かはわからないがラモーヌを相手にするとやや饒舌になるきらいがあった。

 

 

 

「皆さんお待たせしました。もうすぐ理事長が来ますので席に座ってお待ちください」

 

 いつの間にか入ってきていた理事長秘書の駿川たづなが会議室内を見渡してトレセン学園理事長の到着を告げる。

 

 少人数にしてはやけに広い会議室と集められた者を見ても議題に心当たりが無いままたづなさんの言葉を聞いてラモーヌの隣に腰を下ろす。そして間もなくトレセン学園理事長の秋川やよいが足早に部屋に入ってきた。

 

「会議ッ! 式典の途中だが少し時間を頂こう」

「このあとディナーパーティーがありますので手短に進めますね」

 

「始めにこれはURAやトレセン学園の公的なものではなく私個人による人選と招集であることを明らかにしておこう。会場まで足を運ばさせてすまないが集まってくれて感謝する」

「皆さん見知っているとは思いますので簡単にメンバーをご紹介しますね。シンボリルドルフさん。メジロラモーヌさん。フジキセキさん。ヒシアマゾンさん。それとベテランのトレーナーさんが二人です」

 

 たづなさんが理事長の言葉のあとに阿吽の呼吸で説明を引き継いでいく。

 

「本題ッ! の前に議題に関わる前提の説明をしよう!」

「当トレセン学園に永らく伝わっている話の一つなのですが、皆さんは『セントライトの肖像画』をご存知でしょうか?」

 

 セントライト――初代三冠ウマ娘にして生ける伝説の名を耳にし、ルドルフがすぐさま反応を返す。

 

「同じ三冠ウマ娘としてもちろんのこと。初めて三冠を歴史に残した畏敬すべき方だが、トレセン学園に肖像画を残されているのは寡聞にして存じません」

 

 トレセン学園にある肖像画と聞いてすぐ浮かぶものは理事長室に掲げられたお歴々とあとは音楽室くらいなものだった。

 

「知らないのも無理はありません。その肖像画は今はもうトレセン学園には置いてありません。セントライトせんぱ……様の本宅にあります」

「……? 無いものが何故トレセン学園で永く語り継がれることになったのです?」

「三冠達成を記念して描かれた肖像画ですが在籍中は学園に飾られていまして、それは名前を変えて語り継がれました。今に伝わるは『見ると速くなる絵』。この噂をご存じでしょうか?」

「! それは確かに昔からある……」

 

 ルドルフにとってはつい先日テイオーとの間で話題に上がったものだった。

 

「本題ッ! 『見ると速くなる絵』は確かに存在する。私も話を聞いたのみだがセントライトやハイセイコーなど確かな蹄跡を残した者の肖像画はそれを見る者にも恩恵をもたらしたという。今回それらではないが……たづなよ、例のものを!」

 

 見たことはないが存在は確たると断じる理事長の呼びかけに応じてたづなさんが「少々お待ちください」と言葉を残して会議室を出て行った。

 その後すぐに台車に置かれたホコリ除けとしてか除幕布が被せられた大きめの物を載せて戻ってくる。

 

 

 

 布が取り払われて現れたもの、それは一枚の絵画であった。

 

 同時に静かに席を立ったラモーヌがその絵の横に立ち、着座している面々を一望する。

 

「ここに描かれているのは私、メジロラモーヌですわ。折角ですもの……どうぞ、ご覧になって」

 

 台車に置かれているためかラモーヌの背丈ほどもあり妙に迫力を感じる絵だとルドルフは一目見た瞬間に思った。そして今は先ほどの言葉を受けて近くに寄って見たいという欲求が沸き上がってきている。

 

「もう少し近くで見てもいいかな?」

「どうぞ。いいわよ、遠慮しないで。他の方々も」

 

 思わず声に出してしまうと許諾が得られたため他の面々も続々と席を立ち前に寄せていく。

 それは一般的な肖像画ではなくある種動きのある中を切り取ったように感じるもので、何よりもメジロラモーヌの持つ魔性さというものがただの絵にも関わらず放たれているものだった。

 

 

 

 皆が絵に見惚れている中、理事長はその所有者へと感謝を伝える。

 

「謝意ッ! メジロ家の至宝を持ち出してほしいという此度の要望に応えてくれて感謝する」

「その言葉、受け取ります。それと訂正を一つ。家のではなく、私のですわ。それで理事長、他のものも?」

「うむ。順次運ばせよう。頼んだぞたづなよ!」

「では運んできますね」

「それは何とも、楽しみですわね」

 

 理事長の指示を受けて再度会議室を出ていくたづなさんを見送り、ラモーヌは呟きを漏らした。

 

「……思ったよりも大きいな」

「その言い方誤解されますよ」

 

 まるでG1レースを前にしたかのような高揚感とレース後のラモーヌを前にしたかのような感覚の中、やや離れた位置から観賞しているトレーナー達の会話が聞こえた。おそらくは絵画のサイズの話をしているのだろう。

 

 

 

 

 

 追加で運ばれてきた台車が二つ。最初のものと同様に布が被せられていたが次々と取り払われる。

 この二つもやはり絵画であった。

 

「……ああ」

「なるほど」

 

 トレーナー達が納得するかのような声を小さくあげ、他の者からも嘆息が漏れる。

 

 

 

 少人数にしてはやけに広く、そして出入口付近が開けていた会議室。その空いた場所に改めて三枚の絵画が並べられた。

 見るべきものは三つしかないが、さながら美術館の特別展示ブースのようだった。

 

 中央に置かれたメジロラモーヌの絵は台車含めておよそ等身大で、その両脇に置かれた絵は二回り以上小さく見える。

 

「せっかくの機会ですので所有者の方から皆さんへ簡単にご説明をしていただけますか? まずはメジロラモーヌさんからお願いします」

 

 たづなさんの言葉を受け、ラモーヌは再度自分の絵の隣に立つと堂々と言い放った。

 

「説明……ねぇ。見たまま感じたまま、受け取ればよろしいのではなくて?」

 

 絵の中のメジロラモーヌは勝負服を纏い、光沢のある赤いシーツに仰向けになりながらも妖艶といえる微笑を見る者へと投げかけている。周りに散りばめられた真珠、永遠の愛の花言葉を持つ黒い薔薇と舞う花びら、勝利や栄光を意味する月桂樹の葉の装身具も描かれている。

 

「そうは言ってもだなラモーヌ。この場にいる皆の共通の疑問として、この絵は誰がいつ描いたものか教えてくれないか?」

 

 ルドルフはこの中で最も気軽に声をかけることができるのは己であろうと、皆が抱く疑問だろうことを尋ねた。

 その質問を受けたラモーヌは一度目を瞑りいつものように腕を組んでそのまま話す。

 

「……描いたのは素人よ。当時、高校生だったかしら。十年前のね」

「聞き間違いかな? メジロ家お抱えの画家が君のトリプルティアラを祝して描いたと言われたほうがまだ納得がいくよ」

「そう。無理もないわね」

 

 十年前。それこそまだお互いにトレセン学園にすら入学していなかったその時期に描かれたという話に皆が絶句する。

 その後その絵を描いたという人物への質問が飛ぶが、両腕を組みかえたメジロラモーヌは微動だにしなかった。

 

 

 

「それでは次の絵画の説明をお願いできますか?」

 

 その言葉にトレーナーの一人がその絵の隣に進み出で、描かれているものを見ると軽く頬を搔いた。

 

「この絵に描かれているのは自分が担当するマルゼンスキーです」

 

 海辺の水平線に半分見える太陽と、青と赤の狭間といえる色の空。柔らかな逆光の中、彼女のイメージカラーに合った赤色の水着と水に濡れて少し透けたアウターを纏ったマルゼンスキーが背中を向けつつもこちらを振り向いているものだった。

 そういえば彼女が全盛期の頃、ドラマやら流行った曲やらに夏の海をテーマにしたものが多かった印象があるがおそらく関係はあまり無いだろう。

 

「忘れもしません。これはマルゼンスキーがクラシック期の夏にファンからの贈り物として学園に届いたものです」

 

 今は是正されてはいるものの彼女のクラシック期にはレース選出に少し問題があり、それは当のトレーナーならば忘れられないものだったろう。

 続いて来歴も話すが正規の手続きで学園に届いたファンメイド以外の情報は無いとのこと。

 

 しかして改めて見ると実に取り扱いに困る絵だと思う。

 

「いやはや、彼女のことはよく知っているがこの眼差しは一度も見たことはないかな。じっくり見ていると少し気恥しくなってしまう、とは大げさかな」

「言わんとすることは十分にわかります。なのでトレーナー室には飾れないんですよねぇ」

 

 トレーナー室には飾れないということはトレーナー室ではない場所に飾っているということ。そういえば先日テイオーとの話で出てきたマルゼンスキーのトレーナーが所有している絵がまさにこれだと気づいた。先の言葉通りじっくり見れば普段見たことのない表情のマルゼンスキーの視線の先には誰かがいて、それゆえにか逆光でよく隠れてはいるが頬に赤みが差している。

 

「払暁かしら。それとも、黄昏かしら」

 

 絵が披露されたときから興味深げに見ていたラモーヌが問う。

 

「これを初めて見たときは日の出かなと思ったけれど、今は例え日の入りだとしても悪くはないかなって思いますね。よく見ればこのマルゼンスキーは笑っているので」

「あら、そう。情熱的なのね」

 

 満足そうな顔をするラモーヌの横でその言葉を聞き、マルゼンスキーとそのトレーナーの間にあるものに思わず尻尾が大きく揺れた。

 

 

 

 入れ替わりでもう片方のトレーナーが三枚目となる絵の横に立つ。

 これにもまた国民的な人気をもつウマ娘が描かれていた。雨の中を走り勝利した姿。跳ねた泥は後方からレースをした勲章と言えるだろう。

 

 無邪気さのある笑顔は何よりもそのレースに心が躍った証。跳ね付いた泥はイニシャルを飾った帽子に最も多く付いている。不良バ場と一目でわかる耕されたターフに、先の二枚の構図と違って同じ絵の中にさらに勝利したあとの手を掲げた後ろ姿も描かれている。

 

「……見ての通り、シービーだ」

 

 ルドルフは自分がデビューする前年の、神話を現実に再演させた一幕目を思い出していた。

 

「唯一の雨天、不良バ場。ここまで揃っていれば簡単だ。私も現地で見ていたよ。皐月賞の勝利――三冠の第一歩を」

 

 その言葉にシービーのトレーナーは口の端を少し釣り上げた。

 

「……これも貰い物だ。過程も同じ。菊の後に届いた」

 

 言葉少なめに話が続く中ラモーヌがシービーの絵についても口を開いた。

 

「シービーは、どうしたのかしら。これを見て……何て言ったのかしら」

「……泥を、取っとけばよかったかな。と」

「絵の具の代わりに本物の泥を塗ろうと考えたのか。彼女ならやりかねないな」

 

 ラモーヌは面白そうに目を細め、ルドルフは自由人ならではの発想と彼女ならば本当にそうしたければするだろうという信頼から苦笑をこぼした。

 

 

 

 

 

「皆さん、『見ると速くなる絵』を見た感想はいかがですか?」

 

 一連のお披露目が終わるとたづなさんが各人へ所感を求めた。

 

「素晴らしい絵だと思う。何よりも勝負服に似た圧力を感じる。が、見ただけで脚が速くなったとは思えないかな」

「感じるわね、愛を」

 

 ラモーヌの返答の通り三枚ともにその題材をよく捉えて雰囲気があった。特にラモーヌの絵からは特別異質な、まるで重賞レース中に相手が領域を発動せんとする圧力を感じる。

 

「フジキセキさんとヒシアマゾンさんも是非感想を教えてくださいね」

 

「なぁアタシとフジって場違いじゃないかい?」

「すまないね。このサプライズに私もヒシアマも気圧されてしまっているようだ。ほら、とりあえず感想を言おうじゃないか」

「あ、あぁ。ラモーヌ先輩とシービー先輩の絵からはビリビリきたよ」

「私もラモーヌの絵には驚かされたかな。目が離せなかったよ」

 

 ヒシアマゾンは場の雰囲気と題材に少し気後れしていたようだが疎外感を覚えないようにフジキセキが傍で共感を寄せていたのだろう。

 

「トレーナーさんがたも他の絵を見た感想はいかがでしたか?」

 

「雰囲気のある絵だなとしか思わなかったかな」

「……同じく。ウマ娘だけに感じる何かがあるのか?」

 

 

 

「追加ッ! たづなよ、あれを持ってきてほしい」

「あの、本当に見せるんですか……?」

「うむ」

 

 全員の感想が終わり次第また理事長がたづなさんに指示を飛ばす。そうして戻ってきたたづなさんが持ってきた絵を皆に見せるべく前を向ける。それは特徴的な緑色の制服と緑色の帽子を被った女性が笑顔で封筒を差し出しているものだった。

 そして皆の視線が絵と本人との間を行きつ戻りつしているうちに、持っている本人が顔を隠すように少し背を丸めて額と両手で絵を支えていた。

 

「あの、これってもしかしなくてもたづなさん……ですよね?」

「……懐かしい」

「正解ッ! 正真正銘たづなを描いたものだ」

「ふぅん」

 

 見覚えのある部屋でたづなさんがにこやかに『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』の銘が入った案内書類を手渡しているこの絵は、受け取った者のこれからの未来を祝うかのように思えるものだ。真っ先に反応したトレーナー達はおそらく似たような光景に覚えがあったのだろう。

 

「うぅ……思ってたより恥ずかしいですね……。コホン。それで皆さん……この絵からは何か感じますか?」

 

 言われて改めて注視する。にこやかな顔だが……誰かが門限を破ったり夜間に学園から脱走したりする時に見せる圧力の片鱗を感じる、かもしれない。そしてその雰囲気があるため身が引き締まるような、集中力が増すようなそんな感覚も湧いてきている、気がする。

 

 ルドルフ以外も含めて何かしら感じるものがあると答えたのはウマ娘全員に及んだ。

 

 

 

「仮説ッ! 『見ると速くなる絵』には相性がある」

「見る側の得意とする距離や戦法によっておそらく分類されると想定しています」

 

 得意とする距離と戦法。先ほどの各々の感想を思い返すとメジロラモーヌの絵に反応した者はルドルフ自身とフジキセキ、ヒシアマゾン。ラモーヌ本人は所有者ゆえか特に過剰な反応も言及も無かった。ラモーヌの得意とする距離はマイルと中距離。戦法は王道の先行、差しもいけるだろう。ヒシアマゾンが戦法から外れているためおそらくは距離が条件だろうか。

 マルゼンスキーの絵には誰も何も言わなかった。彼女の得意距離はマイルだろう。また得意とする戦法は逃げ。そしてこの中に逃げを得手とする者はいない。

 ミスターシービーの絵にはヒシアマゾンだけが何かを感じ取っていた。シービーの得意距離は中・長距離。得意戦法は追込。そして追込を得意とするのはヒシアマゾンだけ。

 確かにその分類で考えれば類型があるのだろう。ではたづなさんの絵に全員が反応していたのは?

 

「そう。それで、今更……何のために?」

 

 新たな謎が湧いたところでラモーヌがさらに踏み込んだ事を問う。噂話の前提が正しければセントライトが在籍していたころからあるこの話を、何故今になって蒸し返したのか。

 

「先達たるセントライトが在籍していたころからある話なのは先の説明で理解しました。確かに何故今になってまたこの噂話を掘り返したのか疑問があります」

 

「今回ご観覧いただいたこの四枚の絵ですが、すべて同一人物によって描かれているものです。メジロラモーヌさんには申し訳ありませんが情報を一部公開させてください」

「それは本当なのか?」

「……ええ、確かですわ。絵を贈りたいと言うので、家を通して学園に送りましたの。実物を見るのは、初めてね」

 

 思わずラモーヌへ確認を入れると、件の人物はいずれもマルゼンスキーとシービーへ絵の贈呈をしたという。

 

 

 

 四枚の絵を描いた人物を特定している。そして急な『見ると速くなる絵』の正体を暴いた今回の会議。つまり理事長は……

 

「登用ッ! 現在かの画家をスカウト中だ。ゆえに今回このような場を整えた」

「今後このような絵が増えていく――または増やしていく、ということですか?」

「うむ。これらは必ずやウマ娘たちの力となると確信している。そのためには取捨選択できるだけの数が必要――と理想を言えばそうなのだが……」

「学園の広報担当も兼ねて正式にオファーを出しているのですが何ともいえない手ごたえでして、率直に言ってしまいますと難航しています」

 

 残念そうに言うたづなさんにラモーヌが手を招くような動作をしながら問いかける。

 

「ふぅん。その方、画家になったのかしら。

 行き違いがあればお互いに不幸ですもの、私の見解をお伝えしましょう。

 分不相応、かしら。その人……未だに素人でしてよ。これらを描けても」

 

 ラモーヌはその後もその人物は絵を生業としていないこと、ついでに無理やり描かせても良いものはできなかった話をした。

 

「ふむぅ。嘱託職員として雇用ならびにアトリエ付きの社宅を貸与……いや画家ではないということを忘れてはならぬ。だが何としても絵を描いてほしい。どうしたら……?」

 

 

 

 うなる理事長の姿をそのままにたづなさんが腕時計を見る。会議が始まってから一時間が迫ろうとしていた。

 

「話の最後となりますがフジキセキさんとヒシアマゾンさんにお願いがあります」

「お、なんだいアタシの出番かい」

「私とヒシアマの両方というと寮関係の話かな?」

「ええ、お察しの通りです。理事長お願いします」

 

 招集メンバーの人選の理由が紐解かれる。議題の絵の所持者であるラモーヌとトレーナー達。つい先日日誌で『見ると速くなる何か』について絵である可能性が有ると報じたルドフル。理由が思い当たらなかったフジキセキとヒシアマゾンは寮関係の何かで呼ばれたようだった。

 

「探索ッ! 栗東寮および美浦寮、そしてトレーナー寮を対象に定期的な監査を実施する。もちろんプライバシーには配慮するから安心してほしい」

「なるほど。だから私とヒシアマも招かれたんですね」

「ええ。寮長として各部屋を見回ってください。トレーナー寮の方は警備または設備部門が確認する予定です」

 

 ルドルフは両寮長が見回るとなると生徒達への布告は生徒会から出すべきだとして口をはさむ。

 

「申し訳ありませんが生徒会長としてその監査の目的をお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんです。隠す必要はもうありませんので説明させていただきますね。

 先ほどの話に上がった人物の描いた絵。それがどうやら生徒個人の所有物としてもこれ以外に何点かあるようでして、確認が必要なんです」

「それは確かなのですか?」

「面談の際に本人からお聞きした話ですので確実でしょう」

 

 ヒトにとってただの絵にしか見えないこれらのような絵であればトレーナー室に飾ってあるだけなら大した事にはならないだろう。

 だが、個人が所持しているということはトラブルの元になる可能性がある。見せびらかせばその圧に気づく者はいるだろうし、噂話も相まって取り合いや盗難などにも発展しうる。

 しかし『見ると速くなる絵』についてはまだ公にはできない情報なため、部屋を訪ねるだけでは十分とは言えまい。備品の確認や消防法適応の確認を前面に調べることと、全距離及び全戦法を網羅した人選も必要ではなかろうか。

 

「なるほどねぇ。話はわかったよ! それでもし見つけたらアタシたちはどうすればいいんだい?」

「その場では何もしなくても構いません。それらしい物や気配があれば私までご連絡ください」

「それならば生徒会からも見回りを告知するとしましょう。それと調査方法について私から少し提案があるのですが――」

 

 

 

 

 

 こうして少人数での突貫的な会議は終わった。

 ラモーヌは当初の言葉通り用事があると言って早々に退出し、学園長達とルドルフはテイオー達がいる会場へ戻り、フジキセキとヒシアマゾンは学園へ戻っていき、トレーナー達も赤いカウンタックの送迎が来たり、それをもう片方が手を振って見送ったりしたようだ。

 

 

 

 学園への帰り道、何も知らされず急に呼び出された先で面食らってしまっていた女傑は気合を入れなおす。

 

「あぁーっ……アタシとしたことが雰囲気に吞まれちまってたよ。帰ったらちょっと走ろうじゃないか」

「ふふふ。やっと調子が戻ってきたかな? でもまぁ私もヒシアマも何で呼ばれたかさっぱりだったし、ルドルフとラモーヌが話の軸になってたからね」

 

 フジキセキは「ラモーヌを相手にしているルドルフに話しかけるのは野暮ってもんだよ」と殊更軽く言って笑った

 

 

 

 

 

 トレセン学園最寄りの商店街。その一角に喫茶店に改装したての店があった。

 

 式典会場からの帰り道、ラモーヌは送迎の車を停めさせてまだClosedの看板が下がったままの店に入っていく。

 

「いらっしゃいませ~! ……じゃなかった。お帰りなさいませお嬢様! なの」

 

 喫茶店の名前には『M・J・R』と掲げられていた。

 

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