The Soul's Portrait   作:遅執書者

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03.邂逅

 人生の転機となったのは今から十年前の高校時代の夏。

 

 よくある夏休みの課題の一つ。地域などで行われるボランティア活動に参加して証明書を提出するというもので、はじめは友人と一緒に地元のごみ拾いに参加すればいいやと考えていたところに叔母からちびっ子ウマ娘徒競走大会にボランティアとしてこないかと誘われた。

 昔からあんたウマ娘のレース見るの好きだったじゃない、との言葉とともに。

 

 この世界にいる見慣れない隣人たるウマ娘。その存在は生まれる前から知っていたが、今になるまでその知っていた名前を見ることは一切なかった。

 最初はテレビでレースが流れるたびに見ていたが、いつまで経っても見たことのない名前やレース名ばかりでいつしか見ることすらやめてしまっていた。

 叔母はテレビにかじりつきだった昔の姿を見知っていたから出てきた言葉だったのだろう。

 

 友人とゴミ拾いの約束があるから行かないと断り文句を伝えると叔母は「若いの一人連れてくからって言っちゃってあってぇ」と軽佻に言い、それでも渋い顔をしていると姉には内緒で小遣いをあげようと言い出した。

 

「五千……八千……一万……わかったわよ一万五千……ダメ? ふーん、そう。一万二千……十秒ごとに千円ずつ減ってくわよ。はい今減った」

 

 少しづつ上がっていく値段に一万を超えた時点でかなり揺らいでいた。もしかして二万まで行くかと期待した俺の考えを読み取ったのだろう叔母はすぐさまカウントを逆にする。これ以上減らされてはいけないと俺はその場ですぐに参加を承諾した。日当は一万と千円です。

 

 

 

 当日は叔母の車に同乗し現場入りをした。広場には前日からテントや天幕が設営されていて本当に雑用だけでいいらしい。渡されたスタッフを表す黄色の腕章をつけて一番大きい天幕へと入っていった。

 

「よろしくお願いしまーす」

「はい、今日はよろしくお願いしますね」

 

 挨拶を交わし、配属先について決めるとのことでいくつか質問をされる。

 

「それじゃ最後の質問だけど、君って柔道とか空手とかやったことある?」

「無いです」

「経験無しっと。うーんじゃあ幼年組の補佐と簡単な雑務を担当してもらおうかな」

 

 人を見て配置してるんだなと、結構失礼なことを考えながら答えを返していたら真の雑用が決まっていた。なお叔母はそのまま天幕の中で受付とかするらしい。

 

 道具をいろいろ持って移動するがてら同じ方向へ行く年配の方達に世間話ついでに話を聞いてみた。

 

「あの、俺こういうの今日が初めてなんですけど柔道とか空手ってなんか関係あるんですか?」

「あー私ら見たいなヒトだと当たり所悪いと怪我とかしちゃうから最低でも受け身の取り方を知ってて欲しいんだよね」

「小さい頃は力加減甘いこともあるので、それで怪我をさせたらいかんし、こっちも怪我しちゃうとちょっとね」

「親戚とかに小さいウマ娘ちゃんがいるなら受け身だけの講習とかやってるから調べてみるといいよ」

「へぇー。そうなんですねぇ」

 

 その後、午前中は幼年組のレースでゴールテープを持っていたり、順位関係なく参加賞の紙製メダルを配ったりしているうちに正午となった。

 

 

 

 

 

 午後からは初等部のレースが始まり、コースとレーンと順位がきっちりと決められる勝負の世界となった。雑務は午前とは違って勝者の名前と記録写真用の確認及び走破タイムの記載を任される。

 

 午前中は誰がゴールをしても笑顔と拍手が起こっていたが、ここからはもう違っていた。

 レース毎に勝利を喜ぶ声とそれ以上の悔しむ声や泣き声が混ざり合い、彼女たちの競技人生はもう始まっていると確信するほどに。

 掛け声、レース、記録……を何度も繰り返し、日がまだ高いうちに今大会最後のレースが終わった。

 記録を終え、後片付けの指示に従う。どう考えても午後のほうが短かったわりになんだかすごく忙しかった気がする。

 

 会場いっぱいに広がっている応援席を忘れ物などの確認ついでにちびっ子からビブスを回収する仕事を任じられたので巡回に出る。そうして半分ほど回ったところでまだビブスを着用したままの子を見つけたので横合いから話しかけた。

 

 「すいませーん。ビブスの回収してます。ビブスください。えっと……」

 

 呼びかけを何度もしてようやく認識されたのだろうか、ビブスを外しこちらへ差し出されたそれを受け取ろうとするが、その子は端を握りしめたまま離さなかった。

 一枚の布を介して手を繋ぎ合う中、順位が振るわなくて悔しいのかなと思いながら改めてその子の様子を観察する。

 足元や服は綺麗なままで髪や尻尾の毛の乱れだとか全力疾走をした後のようには見えなかった。

 一点だけ他のウマ娘たちと違うところがあるとすれば、それは表情だった。

 眉間が寄り、への字に口を結び、その眼はずっと皆が走っていたであろうコースにおそらく声をかける前からずっと定められていた。

 

 その顔に記憶の中で面影があった。

「君は……」

 目線がようやくこちらに向き、それと同時に無言で手が離され、踵を返してゆっくりと離れていく。

 その姿を半ば呆然と見送っていた。

 

 

 

「うーん。足に力が無いな。あまり走れなさそうか」

「おい。職業病はいいがここではやめろって」

「おっと、すまんすまん」

 

 俺とは逆回りで合流したのだろうビブスを抱えた中年の二人組が知らぬ間に近くに立っていた。

 

「……メジロラモーヌ?」

「お、若いのに熱心だな。そう今のがメジロの子だ。今回シンボリからは誰も来てないから注目株だったんだが出走取消だとさ」

 

 残念そうに首を振る姿が目に入った。

 

「それじゃあ俺達はコーンとロープ持ってくからこれ頼んでいいか?」

 

 と言いながらすでに片手で山になっていたところへ追加される。

 

「あ、はい」

「頼んだよ~」

 

 

 

 

 

 その後、家に帰ってからもしばらくの間あの表情がずっと脳裏に残り続けていた。

 

 俺の浅い知識ではメジロラモーヌはトリプルティアラを初めて取ったことぐらいしか覚えてない。が、逆を返せば、あのウマ娘は今は走れなくてもトリプルティアラを取るぐらいのすごい走りを身に着けるということだ。

 

 そんな彼女を元気付けたい。応援するためにはどうしたらいいか?

 毎日のふとした瞬間にそんなことばかり考えていた。

 数日が過ぎてからシンプルに彼女の未来を伝えればいいと頭に浮かんだ。

 

 そしてティアラ路線のレース名をただ羅列しただけのファンレターが出来上がった。

 いや、それ以下のメモ書きでしかないと、一晩を経てこんなもの見せても何の慰めにもならないと考えた。

 確実に訪れると信じさせられるような未来予想図でなければならない。

 だが、何も思いつかない。

 

 

 

 亡羊と憔悴のまま八月も残り僅かとなったある夜、夢を見ていた。

 生前の育成ゲームをしている夢だ。

 その中ではキャラクターのほかにもう一つ重要な要素があった。

 夢の中の自分はそれを天井まで回している最中だった。ランダムで手に入るものだが同じものを五枚揃えないと最強にならないのだ。――これは実際に在ったことだ。

 それは……カードという名の絵だった。

 

 

 

 ハッと目が醒めた。これだと思った。鮮明に見た直後だから今ならできる、そういう根拠のない自信があった。

 だから彼女には将来の姿を贈ろう。

 

 今考えれば上から目線の増上慢だと解るけど、当時の俺はそのことすら考えられずにいた。

 

 生まれて初めて見る、見知った顔のウマ娘に会えたことに。勝手に抱いた親近感のために。

 喜びのあまりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる年を迎えたメジロ家では年賀の贈答品の識別を行っていた。まず最初に使用人によって物品と贈主と受取人の確認がされ、ある程度まとまったのちに目録にまとめて報告。その後当人が臨席の上で確認する。すでに社交の場へ顔を見せているメジロラモーヌにも宝石や花が束で贈られ、その中にその絵は混じって在った。

 

「次は絵画一点。贈り主は先ほどと同じく渡辺様とありますがお問い合わせしたところ部下のご親族様からとのことです」

 

 絵が贈られてきたことは何度かあり、だいたいが新進気鋭の何某が描いたというものだった。

 

「そう」

 

 宝石も、花も、絵も、この胸の内に燻る何かに勝るものは無かった。

 

「作者が付けた題名は『愛』とのことで、モチーフは架空のウマ娘のようです。より詳しく調べるのでしたらこの後ほかの者をお連れしますがいかがいたしますか?」

「連れてくるように」

 

 使用人の中で最も絵画に詳しい者に改めて見てもらう。

 

「技術的な評価は塗りムラが無い点が良い、ただそれだけです。特筆するような技術があるでもない。ですが素人が描いたとしてはうまく描けてますね」

 

 評価は微妙なものだった。

 

「そう……。これは私の部屋へ」

 

 何故皆わからないのか。この絵を一目見た時から何かを見つけたかのように、燻っていたものは痛みすら感じさせるほど熱を帯びていった。

 

 

 

「まるでねえさまみたい」

 

 或る日妹のアルダンが花を飾り立てに部屋に来ていた。その際に飾ってあった大きなこの絵を見てそう呟いた。

 

 なるほど。私が将来レースを十全に走れるようになった姿がこれかしらと。その考えはおぼろげな輪郭だったものをこの上なく正確なものへと変えていった。早く『走れるようになりたい』と思う、それに伴い身を焦がすようなレースへの渇望――愛に気づいた。

 啓示とも言うべきこの気づきには確かに感謝している。

 

 けれども。

 

 このきっかけが無かったとしても間違いなくそう遠くないうちに自覚していたという自負も同時にあった。

 

 

 

 聖火を継いでいく祭事がある。ある場所から別の場所へ、何人もが各々のトーチを掲げて炎を運ぶ。

 もらい火を受け、灯された炎は同じと言えるものか。

 

 否。

 

 炎は単独では存在しえないもの。確たる熱意、くべる心血、吹き込む執念が必要だから。

 最初は同じ火でも掲げる者によって注がれるものは別となり、炎も変性する。

 故に僅かな不満も同席していた。この火がいずれ私だけの、愛になるまで。

 

 

 

「アルダン」

「なんでしょう?」

「あなた、絵は好き?」

「ねえさまもおえかきするのですか?」

「そうね。おばあ様に絵の講師をお願いしようかと。あなたも、どうかしら」

 

 絵の講師と油彩の道具にこの絵を描いた者を呼んで一緒に絵を勉強させる。

 

 これは大きな感謝とほんの少しの……、私なりの返礼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春休みを目前にした時期、叔母を経由して招待状が届けられた。差出人はメジロラモーヌとあった。

 それを渡すために預かってきた叔母のほか、その上司だという自称社長のナベさんもついてきて『とても貴重な機会だから是非出向いてほしい』と力説される。とくにメジロラモーヌから招待される者は滅多にいないとかなんとか。

 

 招待状の中身は簡単にまとめると、冬に贈った絵のお礼と感想を直接言いたいので是非メジロ家へお越しください的なニュアンスのものだった。

 押しに押されて春休みになったらと返事をしたがその場ですぐに具体的な日時まで詰められあっという間に予定が組みあがってしまった。

 

 

 

 ものすごく緊張していたが当日の顔合わせはあっさりと終わり、そのままお茶会のような場にでも招かれるのかと思っていたところ、アトリエ然とした部屋に通される。描きかけのままで置かれているよくわからない抽象的な絵について所感を聞かれたが何と答えかは覚えていない。その後は年配の方と同席し、スケッチブックに静物画や石膏像のデッサンをとって終わった。

 正直思っていた内容とは違ったものだったが、一回限りの対面だろうし何より所在なさげなお茶会などよりは気が楽だったのは事実。

 最初の際の感想で、絵を気に入ってくれていた様子だけで割と満足感があり翌日にはいい経験だったと自己完結をしていた。

 

 その翌週、次の勉強会の出席はどうされますかという連絡が来た。

 ははーん。どうやら俺はメジロ家の勉強会のメンバーに数えられているらしい。なんで?

 初回の訪問の様子を鑑みれば、メジロラモーヌの絵の練習に混ぜてもらっているのだろう。これはもっと上手くなれってことを暗に言われているのだろうか?

 確かに秋の終わりに描き終わったあと画材はそのまましばらく出しっぱなしにしたままで、今ではもう箱の中に追いやってしまっている。

 とりあえず断る選択肢はないので翌週も参加すると答えを返した。

 

 

 

 隔週だったものがそのうち週毎になり、使用人の中でもよく会う人と話すくらいに馴染んできた頃、ようやくメジロラモーヌから何故俺を絵の勉強会に誘ったのかと聞く機会があった。

 

「ただのお礼、でしてよ。絵……お好きなのでしょう?」

 

 言外に、だからあの絵を描いたのでしょう? と聞こえてきた気がした。

 

「買いかぶり過ぎというやつです。本格的に描いたのはあれが初めてでした」

「あら、そうなの」

「ええ。それに先生にはあまり褒められていませんしねぇ」

「他人のつけた価値なんて、どうだっていいのではなくて。私は私の、貴方は貴方の、絵を描けばいい」

 

 主はメジロラモーヌの絵の上達であり、その場にいる俺は雑音でしかない。同席している場ではそれなりに丁寧に応対してもらえていたが歓迎はされていないだろうとは感じた。

 

「あの絵、どうやって描いたのか聞いてもよろしくて?」

「ああ、はい。単に寝食を忘れるほどに思いつめたあと十数年分を込めて、ですね。八月の終わりから描き始めてできあがったのは十一月の末だったかな」

「そう。心血を注げばまた同じようなものが描けるのかしら?」

「うーん、どうでしょう? もしかしたら描けるかもしれないし、もう描けないかもしれない、ですね」

 

 これは本心からの言葉。あの絵を再現できたのは描きあがるまで何度も夢を見たからで、一作目にして会心の作と言えた。

 

「見たいのよ、貴方の愛を注いだものを。

 だからこそ腹立たしいわ。あの絵は、貴方の思う私の愛であって、私の愛そのものでは無い」

 

 睨みつけるような鋭い眼差しに思わず心臓が跳ねた。俺の絵に影響を受けたメジロラモーヌの姿に満足感と自尊心がくすぐられ思わず頬が緩んだのだろう。

 

「……うれしそうね?」

「ああ。君も、バーミリオンを見つければきっと解るよ」

 

 朱に交われば――。それを垂らした者の、先の愉しみがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面識ですか? ええ、はい。知っております。

 

 私が幼少のみぎりからその方は姉様の客人として出入りしていました。しばらくして当時一緒にお絵かきしてくれるお兄さんというのが最初の印象でしたね。

 

 私から見れば絵の上手な方でしたよ。幼いころ好きだった本のタッチを真似ていろいろ描いて貰いましたから。

 

 切っ掛け……ですか。いえ、本当に簡単な話です。一緒に絵を描いた時期があったし、姉様がトレセン学園に入ってからも時折絵を描きに来ていましたのでその際に話をしたり。

 

 そのあとくらいの時期から、あの絵の作者だということで家の中では一目置かれる存在……絵の先生扱いされだしましたね。

 

 あの絵とは何か? ですか。今理事長室に置かれているのでてっきりそれをご覧になっているのかと思いましたがどうやら違うようですね。

 

 なるほど。単純に学園内で姉様と親しげに話していたから気になっただけでしたか。

 

 他にもマルゼンスキーさんやミスターシービーさんとも談笑していた?

 

 そのお二方も絵のモデルとしていたので接点があるのやもしれません。

 

 

 

 

 

 どうでしたか?

 

 オグリさん世代の絵が無かった? なるほど。確かにあの世代の絵は見たことがないですね……。

 

 解ります。私も描いて欲しいと思います。……いえ、私ではなく、私たちの世代の絵を。

 

 そうだ。私たちが行くとあまり出てきてはくれないのですが、良い場所がありますよ。

 

 喫茶店なのですが、商店街の少し入り組んだところにありまして、そこでなら運が良ければ絵を描いてもらえるかと。

 

 お正月の商店街でよく見る抽選くじがありましてそれで特賞を当てれば、ですけどね。

 

 え、そんなうまくいくかわからないだなんて、そんなことはありません。

 

 くじなんですからつまるところ運勝負。私たちの世代で最も運が良いのはサクラチヨノオーさん、あなたしか考えられません。

 

 だってあなたは私たちの世代のダービーウマ娘じゃないですか!

 

 

 

 ちなみに喫茶店の名前は『M・J・R』といいます。

 

 いえ、メジロではありません。『エム・ジェイ・アール』ですよ。ふふ。

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