迅雷の戦鬼、桜花を背負い我が道を征く   作:桐谷 アキト

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気づけば設定イメージして書き上げちゃったので投稿!!


1話 凱旋

 

 

 

 

雨が降っていた。

 

灰色に濁る空から降り落ちるその雨は、少量だったが、ひどく冷たかった。

 

「…………っ………っ」

 

そんな涙雨が降る中、男は走っていた。

白い病衣に身を包む彼は靴も履かずに裸足で石畳の道を無我夢中で走る。

とはいえ、服装からも分かる通りに彼の体は万全ではない。

病衣姿かつ裸足であることから、どこかの病室を抜け出してきたのは確かだが、それだけでなく、体のあちこちに巻かれる濡れた包帯には赤い血が滲んでいたから。

 

彼の向かう先には、灰色の空に聳え立つ巨塔がある。

そこまでそれなりに距離はあるが、それでも構わずに男は走り続けた。

傷口が裂け血が出ようとも、全力疾走で肺が悲鳴を上げようとも、男はただひたすらに走り続けた。

 

「——————‼︎」

「———‼︎———ッッ‼︎‼︎」

 

男のはるか後方から誰かが叫んでいる。

それはよく知っている知己の声だったが、それすらも彼を止めることは叶わずに男はひたすら走った。

 

………だが、消耗し切った肉体だ。そんな全力疾走など長く続くわけもなく、普段なら絶対に引っかからないような段差に引っかかって盛大に躓いた。

 

「ぐっ……⁉︎」

 

疾走の勢いそのままに石畳の上を転がった男は、小さな呻き声をあげるもののすぐに立ちあがろうと四肢に力を込める。

 

「………っ?……っ」

 

立ち上がれない。

いくら力を込めようとも立ち上がることすらできず男は四つん這いで蹲ることしかできなかった。

そこで男はちょうど自分の真下にある水溜りに映る自分の顔を視認した。

 

「——————」

 

水面に映った男の顔は絶望に染まっていた。

夜色の濃紺の髪が水に濡れて頬に張り付いており、顔の左半分は包帯に覆われている。

翡翠の瞳に光は無く、暗く淀んでいた。

 

「ぁ……あぁ………ああぁぁ……」

 

包帯に滲む血が水溜りに堕ちた時、男は頭を抱え呻きながら全てをはっきりと思い出し理解する。

自分の身に何が起きたのかを。その顛末の一部始終を。

そして、自分がここにいることが何を意味しているのかを。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ………‼︎」

 

男は灰色の空を仰ぎ慟哭をあげる。

包帯に包まれていない目からはとめどなく涙が溢れ、血と混じり膝下の水溜りを赤黒く滲ませた。

男の脳裏に絶望の記憶が走馬灯のように浮かび上がり、意識を失う直前に見た『彼女達』の最後の顔が、地上に自分だけがいるという現実が、否応なく自覚させられる。

 

彼女達を守ると誓った。

共に地上に帰ろうと約束した。

 

それなのに自分だけが地上に帰ってきてしまった。

家族同然のように思っていた彼らに守られ、自分一人地上に逃がされてしまった。

 

「どう、してっ……俺がっ……俺だけがっ………」

 

自分一人だけ生き残っても何の意味もないのに、自分は彼女達に守られ生き残ってしまった。

そして、自分はあの時の状況を判断できないほど無知ではない。

だから、否が応でも分かってしまう。

彼女達との再会はもうありえないと。

 

 

だって、()()()()()()()()()のだから。

 

 

その最悪の事実は『高潔』を体現していた彼にとっては絶望的なまでに重くのしかかり、揺るぎなかったはずの男の心に遂に亀裂を生じさせた。

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」

 

 

涙雨降る夜に男の慟哭はどこまでも響いた。

 

 

 

その日、《戦鬼(オニ)》は生まれた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『———オオオオオォォォォォォォォォォォォッッ‼︎』

 

白亜の空間に無数の咆哮が木霊する。

地面を踏み鳴らす足音と共にそれは響き、薄闇の空間に幾度となく轟いた。

 

その音の主は肉や皮が存在しない白骨だけの戦士達だ。

随所で鎧のように激しく隆起し尖った骸骨の戦士達は、それぞれが骨の剣や骨の斧、骨の盾を装備しており、その姿はまさに凶戦士だ。

そんな怪物達が軍隊の如く徒党を組んで骨を震わせて威嚇している。

そして、軍勢の最奥に鎮座するのは白骨の戦士達とは比べものにもならない巨体を有する漆黒の怪物。

白骨の戦士達と同じく骸骨のみの姿のソレは下半身を地面に埋めたままだが、それでも高さは10Mはあり、前のめりに折れまがる背骨が意志を持つように震えている。

頭部には鬼を彷彿させる二本の角を生やしており、闇が充満する巨大な眼窩の奥では朱色の怪火が小さくゆらめいている。

巨躯の中心に規格外の大きさの結晶ー魔石を紫紺に輝かせる漆黒の骨の巨人は、まさに王が兵士に命じるが如く、左手に持つ全長6Mの黒き大剣を掲げて咆哮を上げる。

黒き骸王の命に従い、白骨の凶戦士達は雄叫びを上げ、武器を掲げて一方向に向けて進撃した。

 

 

「——————」

 

 

そんな骨の軍勢と相対するのは()()()()()()()()()()()

夜空を思わせる濃紺色の髪を短く切り揃えており、髪の隙間から見える左顔には額から瞳、頬を斜めに奔る深い傷痕がある。それは獣に裂かれたような傷跡で痛々しい。

口元には黒い面頬を装着しており、意匠も相まって獣のような独特さがあった。

四肢を覆うのは黄金に翡翠のラインが刻まれた重厚な防具。

その身を包むのは夜空色ー深い藍色の着物ー極東の衣服。

胴体を包む防具は四肢を包むものと同じく金色に翡翠のラインが刻まれているプロテクターだ。それが心臓を守るように左胸に当てられている。

そのプロテクターと着物の背には一輪の桜花のエンブレムがある。

その花、この男が所属する【ファミリア】の主神を象徴するものであり、この男が一柱の女神と契りを交わした眷属の証でもある。

 

男の手には極東の武器が、一振りの『薙刀』が握られている。

男の身の丈を超えるほどの長さの穂の先端には反りがある分厚い刃が備わっており、薄紫の刀身には彼の背負うエンブレムと同じ桜花が花吹雪のように意匠として刻まれている。

 

だが、男の外見で何よりも特徴的なのは、額から伸びる血の如き赫色に輝く角と同じく赫色に輝く瞳だ。

獣の如き縦に割れた瞳孔を持つ血色の赫い瞳は異質かつ禍々しく、黒き骸王と同じようにその様は鬼を彷彿とさせ、その佇まいはまさに『鬼人』と呼ぶべきだろう。

 

黒き骸王と白骨の軍勢を虚ろな眼差しで見ながら、鬼人は悠々と歩き薙刀を軽やかにクルクルと回すと、とんっと軽い動作で跳ねる。

その刹那、その姿がかき消え、薄紫の軌跡が宙を無数に奔った。

 

『『『『—————————ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』』

 

薄紫の軌跡が奔った直後、間髪入れず前線にいた白骨の凶戦士達ー《スパルトイ》は骨片、あるいは灰となり地面に崩れ落ちた。

瞬殺した雑兵達の残骸には目もくれず、鬼人は次々と《スパルトイ》を屠り続け、黒き骸王ー《ウダイオス》に迫らんとする。だが、地面から放出された大小様々な黒骨の剣山に阻まれてしまった。

 

「…………」

 

剣山の射出を躱した鬼人の瞳が煩わしそうに細められる。

直撃もしていなければ、掠りもしてないが、物理的に邪魔であるため鬱陶しいのだ。

その後も、自身を追いかけるように剣山は伸び、時には前方に槍衾の如く突き出し、あるいは周囲を囲むように壁のように漆黒の骨柱を展開してくる。

何度も経験し辛酸を舐めさせられたからこそその厄介さをよく知っている。

だから、鬼人はこの壁を突破するために唄を歌った。

 

「◼️◼️——————【◼️◼️】」

 

短く歌が紡がれた直後、閉ざされた地下空間であるこの場所に雷が落ちた。

落雷地点の周囲にいたスパルトイはそれだけで粉々に粉砕された。

その落雷の中心点には鬼人がいた。

瞳や角と同じ赫色の雷電が彼の身体から迸り、鎧の如く彼の身体を覆っている。

瞳からは赫い眼光が溢れ、雷光の尾を引いていたのだ。

白と黒のモノクロに満ちた世界に生じた鮮やかな『赫』を纏う彼は急ブレーキして強引に進路を変え、ウダイオスを正面に捉えて驀進。

雷鳴が如き轟音を響かせながら、鬼人は赫い閃光となる。

 

「———っ」

 

赫い雷が炸裂し、ウダイオスを守るように進撃していたスパルトイの軍勢を容易く貫通しウダイオスに肉薄した。

漆黒の剣山を出す間もなく、自身の懐に接近されたウダイオスは右腕を振りかぶり迎え撃つ。

 

『オオォォォッ‼︎』

 

大気を唸らせながら振り下ろされる右腕。

地面を平地にするどころか深く陥没させられるほどの強大な威力を誇り、並大抵の者ならば容易く押し潰されることだろう。

だが、生憎、目の前の鬼人は『普通』には該当しない。

 

『ウゥゥッ⁉︎』

 

雷鳴が轟きウダイオスの右腕が粉砕された。

宙には右拳を突き出す男の姿がある。

男を叩き潰さんと振り下ろされたはずの右腕は、他ならぬ男の剛拳によってあっさりと砕かれたのだ。

黒い骨片が宙を舞う中、鬼人はウダイオスの後方に着地し地面を削りながら衝撃を殺して再び驀進。

背後からの強襲に今度は左肋骨が全て抉られ砕け散った。

 

『オオォォォッ⁉︎』

 

己の核である魔石を守る最後の砦たる肋骨が半分砕かれたことで、ウダイオスの顎骨から絶叫が迸る。

怒り任せに黒大剣を振るうが、男を潰すことは叶わず逆に雷電の薙刀に弾かれ、強制的に斬り合いに持って行かれた。

6Mを超える大剣と撃ち合うのは半分にも満たないサイズの棒切れのような薙刀だ。普通なら撃ち合えるはずがない。

だが、目の前の矮小な存在はそんなウダイオスの予想を嘲笑うように、薙刀で平然と撃ち合ってくる。

激突の度に凄まじい轟音を打ち鳴らし、ウダイオスの左手が重さに軋む。

しかし、ウダイオスにとって予想外なのは男が己の剣についてきていることだ。

同じ重さを目の前の男も感じているはずなのに、それをおくびにも出さずにウダイオスの黒大剣の剛撃に合わせてくるのだ。

何十合もの撃ち合いの末にウダイオスの黒大剣が薙刀の回転によって大きく弾かれ、ウダイオスの巨体が仰け反る。

胴体がガラ空きになるという致命的な隙を彼が逃すはずもなく、一っ飛びでウダイオスの顔の前まで肉薄すると、左足を振り抜きウダイオスの左顔面を粉砕した。

 

『グウゥゥゥゥゥゥッッ⁉︎』

 

下顎は完全に砕け、上顎と左頬骨は大きく破損。

剥き出しの口内から絶叫を上げるウダイオスは、明確な脅威から身を守るように特大の剣山を生み出すが、それは男に当たることはなく、宙にいるはずなのに容易く回避され、あっけなく距離を取られてしまう。

だが、ウダイオスにとってはそれでよかった。

これは追撃ではなく、防御を固めることを目的としているのだから。

ウダイオスは大きく距離が空いたことを幸いに、左腕を振りかぶる。

 

眼窩の中の朱い怪火を燃やしながら、左肩、左肘、左手首の核関節を煌々と発光させる。

燃え上がる流星の如き紫の輝きはあまりにも禍々しく、その構えがウダイオスの渾身の切り札であることは確か。

 

「………終わらせる気か」

 

しかし、距離をとったことで再びスパルトイの猛攻に晒される男は、その禍々しい光輝を前に動揺するのではなく、待ってたと言わんばかりに嗤ったのだ。

待ちに待った光景に男は自身の周りに群れるスパルトイを薙刀の薙ぎ払いで一掃すると、薙刀の鋒をウダイオスに向けて構え告げる。

 

「いいぞ、決着をつけよう」

 

その言葉と共に纏う雷が激しさを増す。

雷鳴が如き轟音が連続で鳴り響き、迸る雷電の余波が稲妻となって周囲の地面を砕く。

ウダイオスの紫の光輝に対抗するように男の赤の雷電が暴れ狂った。

お互い強力無比な一撃を放つために『魔力』を溜めていき、やがて男が先にチャージを終えた。

 

「———【◼️◼️◼️◼️】」

 

一言唄い、両足が床を蹴った。

直後、床は踏み込みの衝撃で粉々に砕け、再び一条の雷光となる。だが、それは先ほどの驀進の時よりもはるかに鋭く、強大な稲妻だ。

雷電そのものとなった男が稲妻となって、進路上のスパルトイを破壊しながらウダイオスに突貫する。対するウダイオスも遅れてチャージを終えると、核関節の光を炸裂させて、その巨体からは想像もつかないほどの攻撃速度で赫い稲妻を迎え撃ち激突した。

 

 

「『—————————ッッ‼︎‼︎』」

 

 

赫雷の稲妻と漆黒の大剣が衝突する。

真正面から激突した必殺。赫い雷電が滾り狂ったように雷光を迸らせ、ウダイオスの三つの核が新星の如く莫大な輝きを放ち、猛り狂う。

赫い雷光と紫紺の光輝が荒れ狂う中、二つの力は拮抗していたが、それも束の間。黒大剣からピシリと小さな破砕音が響いた直後、黒大剣は甲高い音を立てて破壊された。

 

 

『ルゥオオォォッッ⁉︎』

 

 

己の必殺を破られるどころか武器を破壊された事実にウダイオスの眼窩の怪火が驚愕に揺れる。

そして、武器を失ったウダイオスが最後に見た光景は、全てが遅くなり白黒となった世界の中で、薙刀を振りかぶる赫い雷電を纏う見るも恐ろしい鬼人の姿だった。

薙刀を振りかぶる男は薙刀に纏わせる雷電を一層激しく迸らせながら一言。

 

 

 

「————————————【◼️◼️】」

 

 

 

雷轟一閃。

雷の轟きと共に薙刀は振るわれ、雷電の斬撃が放たれる。

ウダイオスの巨体にも匹敵するであろう極大の雷光の斬撃が、戦慄に震えるウダイオスを核の魔石ごと両断し破壊した。

 

『———————————————ッッ⁉︎』

 

ウダイオスの絶叫をかき消す雷鳴の轟きが収まった時、そこにウダイオスの姿はなく、大量の灰が、怪物の屍の残滓が残されるのみだった。

黒き骸王を雷轟を以て下した男は地面に降り立つと小さな息をつく。

 

「……………ふぅ、終わったか」

 

決着がつき静寂が満ちた空間の中で、男は安堵の息をつく。

直後、男の体を覆っていた雷光が空中に溶けるように消え、同時に額から生えていた角も光の粒子となり崩れる。

瞳を閉じて再び開かれた時には赤かった瞳が本来の色である若葉の如き鮮やかな翡翠色へと戻っていた。

 

「ウダイオスの単独討伐。初めてだったがなんとかなるもんだな。この程度の傷で済んだ」

 

それなりの激闘であったはずなのだが、当の本人からすればさほど命の危険を感じるほどではなかったらしい。

全身の至る所に生傷を作ってはいるものの、それはいずれも見た目ほど派手ではなく、致命傷どころか大したダメージもない。これまでの道程でも男に致命傷を与える存在はおらず、先ほどのウダイオス以上に、それこそスパルトイを蹂躙した時と同じく容易く蹂躙できてしまっていた。

とはいえ、消耗を考慮して最短でこの階層に向かったからこそこの程度のダメージで済んだのだが、男にとってはその程度些事だ。

それに、今この場にそれを咎める者など一人もいないのだから。

 

「…………とりあえず、戦利品を回収して次の階層に行くか。今回は45階層まで到達すれば上々だな」

 

男は腰に巻いている小型のバックパックから、液体の入った小瓶を開けて中身を一気に飲み干しながら、周囲に眺める。

周囲にはウダイオスの残骸は灰となり消えてしまったが、灰に埋もれる巨大な魔石や、雑兵であるスパルトイの魔石やドロップアイテムも大量に転がっている。

それらは全て売れば金になる代物だ。別に彼も、彼が所属する【ファミリア】も資金に困っているわけではない。だが、男が置かれている諸々の状況を考えるとお金はあるに越したことはない。

だから、男はバックパックを開きせっせと魔石とドロップアイテムを回収していき詰め込んでいくと、バックパックを背負って次の階層へと歩みを進めた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

世界には『大穴』があった。

大陸の片隅にひっそりと口を開けるそれは、人類がその目で確認する以前から存在しており、無限の怪物を産む魔窟でもあった。

大穴より溢れ出る異類異形のモンスター達は地上にのさばり、世界のありとあらゆる領域を席巻した。一時なすすべなく蹂躙された人類は、地上の支配者であった尊厳を取り戻す為、同胞の復讐を遂げる為、種族の垣根を超えて協力しあい反撃に打って出る。

後世にて『英雄』と称えられるもの達の活躍により、モンスターと一進一退の攻防を繰り広げた人類は、やがてモンスターの根源である『大穴』の元へと到達した。

 

大穴の奥には、地上とは異なる別世界が広がっていた。

数多の階層に分かれる『地下迷宮』は陽の光がなくとも不可思議な光源に満たされ、目にしたことのない草花が隆盛し、ここでしかない採取不可能な鉱物が存在している。

地上にはない貴重な資源、モンスターから得られる『魔石』。この地下迷宮ーいわゆるダンジョンと呼ばれるそこには、確かな『未知』が存在していたのだ。

そして、『大穴』の上に『蓋』という名目で塔と要塞が築かれ始め、モンスターの地上進出を防ごうとするもの達が有志を募る一方で、人類の中から『大穴』の向こう側の世界、地底に広がる未開の地を切り拓かんとする酔狂な探索者たちが現れるようになった。

いつしか、冒険者という言葉は、その多くが未知の誘惑に抗えなかった彼らを指すようになる。

 

その男もまた、そんな『冒険者』の一人だった。

 

場所は迷宮都市オラリオ。

かつて『大穴』の上に建てられた要塞が盛衰を繰り返し、築き上げられた大陸屈指の大都市。

広大な面積を誇る円形状の都市は、堅牢な市壁に取り囲まれている。外界と隔てる市壁の内側は大小様々な建物が立ち並び、都市中央には、天をつく白亜の巨塔が聳え立つ。

地中に開く大穴、ダンジョンの入り口を塞ぐ『蓋』として建設された摩天楼施設『バベル』。そのバベル、すなわちダンジョンを中心にしてオラリオは今もなお栄え続けている。

その都市に存在する『ギルド』。ダンジョンを運営管理する機関の本部に、その男は姿を現した。

 

『お、おい、あれ……』

『黒髪に仮面……間違いねぇ』

『あ、ああ、あの人だ』

『またすげぇ魔石の量だ。どこまで潜ったんだよ……』

『あれで億いくんじゃねぇか?』

 

男の存在に気づいた冒険者達が遠巻きに見ながら口々に呟く。

冒険者達の視線の先には、極東の着物の上に防具を身につけ、右手に薙刀を持つ紺髪翠眼仮面の長身の男が悠々とした足取りで歩いていた。

筋骨隆々というわけではなく、どちらかといえば細身だ。

だが、190CMに届こうかという高身長かつ、夜闇の如し濃紺色の髪の隙間から見える翡翠色の眼が抜き身の刃を思わせ、彼自身が一振りの刀のような鋭い覇気を感じさせる。

 

元々の評判も相まってそれだけでも畏怖を抱かせるには十分なのだが、今回はそれに加えて彼自身の様子と彼が背負う荷物がそれに拍車をかけた。

彼自身は体のところどころに生傷を作っており、既に血は止まっているものの、赤黒く乾いた血が衣服を染め上げる様は怖気すら感じる。

そして、彼は山のような巨大な荷物を背負っていたのだ。一人で持てるバックパックの限界重量ではないかと思えるほどに、小さな小屋に相当する巨大なバックパックを涼しい顔で背負っており、更には、薙刀を持つ反対の手には薙刀よりも長大な漆黒の柱のようなものを持ってすらいたのだから。

生憎、ここに優れた冒険者は彼しかいないため、気づかなかったが、わかる人にはそれが『大剣』だと気づいたことだろう。

 

何はともあれ、鮮血に塗れた様子と山のような荷物を抱え、片手に異質な物体を抱える姿は、さぞ奇妙かつ異質で恐ろしく写ったのだろう。

冒険者達は彼に近づこうとはしなかったし、近くにいた冒険者達は自然と後退り彼のために道を開けてしまうほどだ。

 

畏怖や驚嘆、羨望などの様々な視線を集める中、男はそれらを意に介さずに真っ直ぐに窓口へと向かい、待機している受付嬢の一人に近づく。

彼の歩く先にいる受付嬢ー男と似た澄んだ緑玉色の瞳とセミロングのブラウンの髪、ほっそりと尖った耳が特徴のハーフエルフの女性は強張った表情かつ背筋をピンと伸ばし、自分より遥かに高い彼を見上げた。

 

「お、おはようございます。み、翠月さん。え、えぇっとぉ…ご、ご無事で何よりです。こ、今回の『遠征』の結果はど、どうでしたか?」

 

少し緊張しているハーフエルフの彼女ーエイナ・チュールに男ーナルカミ・翠月(ミツキ)はバックパック、薙刀、大剣を下ろすとその外見とは裏腹に穏やかな様子で応えた。

 

「今回は45階層までだったから、到達階層の更新はできなかったが、代わりにウダイオスを片付けといたぞ。一応ソロでな」

「はいぃっ⁉︎階層主を単独撃破したんですかっ⁉︎それも、ウダイオスをぉっ⁉︎」

 

さっきの緊張した様子はどこに行ったのか、エイナは目を丸くして驚愕の声をあげてしまう。

翠月が成し遂げたことがそれだけ常識はずれのことだったからこその驚きであり、周囲で聞き耳を立てていた冒険者達が一斉に驚愕の声を上げる。

 

『ま、まじかよっ、深層の階層主をソロでっ⁉︎』

『そんなの誰もやったことねぇ偉業じゃねぇかっ⁉︎』

『さ、流石だっ。あの人は格が違うぜっ‼︎』

 

驚愕の声はたちまちに単純な賞賛や感心の声へと変わる。

元々男の名声を、実力を知っていたからこそ、深層の階層主の単独討伐という偉業を果たしたとしても驚きはあれど流石だという気持ちの方が強かった。

 

「じゃ、じゃあ、その黒いドロップアイテムはもしかして……」

「ああ。ウダイオスのドロップアイテムだ。倒したら出たんだよ」

「ウダイオスのドロップアイテムっ⁉︎未確認の情報じゃないですかっ⁉︎」

 

階層主の単独討伐だけでも驚愕ものなのに、その階層主の未確認のドロップアイテムを入手してきたという更なる新情報にエイナはもう驚愕が止まらない。

周囲の冒険者達もこれでもかと目を丸くしている。

これまでに未確認だった深層の階層主のドロップアイテム。単独討伐の偉業に加えて、未知の一つを己が実力で解き明かしたのだから。

だが、翠月は大して驚いていないようで平然と答えた。

 

「ああ、恐らくソロでやったから出たんだろう。集団戦じゃこれまで出たことなかったからな」

「そもそも、ウダイオスをソロで倒そうなんて考える人そうそういませんからね?」

「それもそうか」

 

緊張がほぐれたのかエイナは少し慣れた口調で話す。

元々二人は全く知らない間柄ではない。ある女性を知人に持つという共通点があり、その繋がりでダンジョン関連の話は彼女とすることが多い上に、報告書関連も彼女に渡すことが多かった。

先ほど緊張していたのは、ダンジョンから戻ってきた彼の格好が異質で驚いていたからなのだ。

だが、慣れた様子のエイナだったが、突然口を噤むと少し躊躇った後意を決して口を開く。

 

「あ、あの、翠月さん」

「なんだ?」

「やはり、そろそろ団員を募集してみてはどうでしょうか?」

「………なぜ?」

 

空気が冷えた。

エイナの一言に翠月の纏う雰囲気が変わり、周囲の気温が下がったと錯覚すらしてしまうほどだ。

その唯ならぬ雰囲気に周囲の冒険者達や受付嬢達がビクッと震えて距離を取る中、エイナは冷や汗を流しながらもそれでも必死に言葉を紡いだ。

 

「そ、その、やはり一人でダンジョンに潜り続けるのは危険ですっ。いくらあなたがオラリオ屈指の冒険者だとしてもダンジョンでは何が起こるかわかりませんっ。だから「必要ない」っっ」

 

切実な思いを込めて紡がれたエイナの言葉を翠月は一蹴した。

悲痛な表情を浮かべる彼女に翠月は悲しそうに目を伏せるも、それは一瞬ですぐさま抜き身の刃の如き、冷徹な眼差しへと変わった。

 

「団員は今後も募集しない。そもそも、今から募集してどうする。新しい団員の面倒を見る気は俺には毛頭ないし、そんなことしてる暇があるなら俺一人で戦った方がましだ」

 

冷たい声音で彼ははっきりとそう断言した。

今の彼の発言の通り、彼が所属するファミリアの構成団員は彼一人しかいない。

【ファミリア】とは、下界に降り立った神々のもとで結成される組織のことだ。

文字通りの超越的存在である神々が下界生活という名の娯楽を楽しむため、彼らの美学に則った規則ー全知全能である『神の力』の封印ーが決められている。

いわば全知零能の身に成り下がっている神々は、そこで『恩恵』という力のきっかけを下界の者たちに与え、代わりに彼らに養ってもらう一種の利害関係を結んでいた。

自分だけの徒党を旗揚げし、競争させる、神々の娯楽の一環と捉えてもいいだろう。そして、『恩恵』を授かった者たちを、神と契りを結んだ一派という意味で、眷属(ファミリア)と、そう呼ぶのだ。

ナルカミ・翠月も一柱の女神と契りを交わし、神の恩恵を授かり眷属となったのだが、彼女の眷属は彼一人なのである。

基本的に【ファミリア】には複数の団員が所属している。派閥の主神の意向に沿った多種多様な活動が行われており、それらにあった目的の者達が眷属となり、団員となるのだ。

主神の意向もだが、同時に所属する団員の能力によっても【ファミリア】の評判は変わってくる。

更に言って仕舞えば、仲間がいるということは、一人で乗り越えられない困難に遭遇した時に乗り越える為の助けになるし、緊急時の安全マージンを取ることができる。実力が高い冒険者達ならば、自分一人では到達できない階層に進むことだってできる。それだけ仲間というのは重要なのだ。

 

そして、周囲の冒険者達の反応からもわかる通り、翠月は多くの冒険者達にとって畏怖の対象でもあるが、同時に羨望の対象でもある。ならば、その下に集う団員だっていていいはずなのだ。

実際、彼が所属するファミリアにも入団希望者は数は減ってきているが今も後を絶たない。かつての名声と都市ナンバー2が団長を務めているということから、『英雄』を憧れ夢見る者達が門を叩くのだが、彼はその悉くを拒んでいる。

弱者に手間をかけるのは時間の無駄だと言わんばかりに、彼は誰も受け入れず、誰かの手を借りることもなく一人で淡々とダンジョンに潜り続けている。

エイナは人伝かつ推測だがその理由を知っていたからこそ、拒絶されてもなお諦めたくなかった。

 

「………仮に、団員の育成を手間だと思うのならば、有力派閥の方々とパーティーを組むべきです。あなたなら【ロキ・ファミリア】との関係も良好ですし、きっと快く引き受けてくれるはずです。あの人達とならあなただってそこまで怪我をすることもなくなりますっ」

 

彼は都市の二大派閥の一角である【ロキ・ファミリア】との関係は良好だ。主に幹部達とではあるが、ダンジョンでのパーティーを組むという要望ならば彼女達ならば応えてくれるはずだ。

知人でもある彼を死なせたくないが故の提案だったが、彼の意思は変わらなかった。

 

「………パーティーも不要だ。俺は一人でいい」

「っっ」

 

共に苦楽を乗り越える仲間は必要ない。

背を預ける後輩を育てるつもりもない。

彼の歩む道に他者の存在というのは、もはや邪魔でしかない。俺は孤独で戦うべきだと自らにそう強く言い聞かせるように、翠月はエイナの提案を否定した。

その冷徹な眼差しの中に一抹の寂しさが宿っていたのに気づくいたが、それに対し自分がとやかくいうことなど、とてもではないができなかった。

 

「っっ……分かりました。出過ぎた真似をして申し訳ありません。ともかく、『遠征』お疲れ様でした。【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】団長ナルカミ・翠月氏。先程の報告を以て今回の遠征完了を確認いたします。ご無事の帰還、何よりです」

「………ああ」

 

佇まいを正して一人の知人から一人のギルド職員へと切り替えた彼女は話題を変え改めて翠月の遠征報告を受け取り、ねぎらいの言葉を送る。

 

「正式な報告はまた後日お願いいたします。本日はどうかゆっくりお休みになって遠征の疲れをとってください」

「そうさせてもらう。流石にウダイオスソロは疲れた。換金も明日にするよ」

「はい、是非そうされてください」

 

エイナにそう言われた翠月は頷き、武器とバックパックを背負うとエイナに背を向けて施設の正面玄関へと歩く。

彼らの周囲にはいつのまにか人だかりが出来ていたが、誰もが翠月が何かを言う前に自然と道を開けていく。

翠月は周囲のどよめきや視線を無視して、玄関まで一直線に開いた道を悠々と歩いてそのままギルドを後にした。

そんな彼の背中をエイナは悲痛な眼差しで見送る。

その時、彼が手に持つ薙刀の刀身に刻まれた桜の紋様が一瞬だけキラリと光った気がした。それが涙のように見えた。

そして、彼がギルドから去った後もギルド内は相変わらず騒がしく、その大半がやはり翠月のことだった。

 

『あの人、すげぇよな』

『ああ、ソロで深層行くなんて普通しねぇよ』

『しかも、階層主も討伐しちまったらしいからなぁ』

『第一級冒険者の中でも別格でしょう』

『ああ、やっぱ格が違うぜ』

 

彼のレベルは都市屈指の6であり、実質的な実力はオラリオナンバー2。

最も現オラリオの頂点に近い男とも評され、その実力は誰もが認めるところだ。

たった一人でありながら、数十人もの構成員を抱えるオラリオ二大派閥と肩を並べる、まさしく一騎当千を具現した傑物。

彼のことを冒険者達は口を揃えてこう言う。

 

曰く、最高峰の魔法剣士。

曰く、雷光の豪傑。

曰く、不死身の守護者。

 

彼の戦いを、彼が成した偉業を知る者達が彼を称賛し、そう呼ぶのだ。それだけならば、彼は英雄として称賛され、羨望の眼差しを向けられるだけだ。

だが、同時に彼は畏怖の対象にもなっている。それは彼の異名が関係している。

 

『二つ名に違わねぇ威圧感だったな』

『ああ、さっきなんてビビっちまったよ』

『そりゃあんな血塗れの姿ならなぁ。知ってるか?あの人、ダンジョンじゃ怪我しても簡単な手当てするだけで回復薬使わないらしいぞ』

『ああ、聞いたことある。精神回復薬だけ飲んで精神力回復したら、またモンスターと戦うんだろ?【ロキ・ファミリア】の連中が話してたぞ』

『なんつぅ戦闘狂っぷりだよ。流石【惨鬼(オニ)】だな』

『死に急ぐように戦い続けているものね。前見たことあったけど、正直怖かったわ』

 

冒険者達が口にする【惨鬼(オニ)】。

それは翠月の現在の二つ名であり、同時にその異名こそが畏怖を向けられる最大の要因である。

 

彼は誰ともパーティーを組まずにたった一人でダンジョンに潜り続けている。

誰も背中を守る者はおらず、誰も隣で戦う者はおらず、誰も傷を癒す者はおらず、ただ一人傷を負い血を流しながら、その歩みを止めずにひたすら修羅の道を突き進んでいる。

それは相手が誰であろうとも変わらない。モンスターの大群や階層主、そして悪意ある冒険者達であってもだ。

 

極東では戦いに取り憑かれ修羅道に堕ちた者を『鬼』と呼ぶことがある。

何かしらの執念に取り憑かれ、戦いに身を堕とした姿はスキルの特性もあいまってまさに『鬼』そのもの。

傷を負って血を流しながらも歩みを止めずに、敵の返り血を浴びながら戦い続けるその姿があまりにも凄惨であったことから、『死に瀕しようとも戦い狂う戦鬼』という意味からーーー【惨鬼】という忌み名にして二つ名で呼ばれているのだ。

 

守護者にして破綻者。

彼のこれまでを考えれば、そう例える他ないだろう。

だからこそ、大抵の冒険者達は彼に羨望を抱くと同時に畏怖も抱くのだ。

むしろ、畏怖を抱く者の方が多いかもしれない。

 

 

かつては高潔な守護者と謳われていた彼は、ある日を境に豹変し、死に急ぐ戦闘狂に変貌してしまったのだから。

 

 

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