迅雷の戦鬼、桜花を背負い我が道を征く   作:桐谷 アキト

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チェンソーマン観てきました。

レゼに脳を焼かれました。もうデンレゼしか勝ちません。

デンレゼ最高‼︎最強‼︎

以上‼︎‼︎‼︎




2話 祈望

 

 

多くの亜人とヒューマンが行き交う都市。

北の目抜き通りから外れ、西側に3区画ほど抜けた先に彼の本拠地はある。

その物々しい姿で周囲の驚倒を浚いながら、しかし全く意に介さずに彼はその血だらけかつ大荷物を担いで通りを歩き、閑静な住宅街へと入る。

そうして北西区画の片隅まで歩いた先には、周辺の建物よりも二回り以上大きい屋敷が立っていた。

高い塀に囲まれた極東様式の屋敷。黒灰色の瓦屋根と木の色の壁や朱色に塗られた柱が落ち着いた雰囲気をくれる。所々、西地方の建物の様式も加えた折衷型の屋敷。

敷地のあちこちにはファミリアの主神を象徴する桜の木が何本も植えられており、正門には桜花の紋章が刻まれている。

この屋敷はナルカミ・翠月が所属するファミリア【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の本拠、通称『桜の社』だ。

翠月は門を開き屋敷の中に足を踏み入れる。

門を開けば、左右に魔石灯の石提灯が等間隔に並べられた石畳の道が中の屋敷に続いており、石畳の両側には綺麗に整えられた芝生と植栽が広がっている。

色とりどりの花々が揺れる中で、一人の女性がちょうど屋敷から出てきて帰ってきた彼を出迎えた。

 

「おかえりなさい、翠月」 

 

彼に声をかけたのは腰まで伸びた艶やかな黒髪をストレートに下ろしている容姿端麗な美しい女神だ。

誰でも一目で気づくだろう。彼女は善神にして、高潔と慈愛に満ちた美しい神物だと。

それほどまでに彼女の纏う空気は気品に満ち溢れ、穏やかだった。

夜色の艶やかな黒髪は背に流れ、その双眸は藤の如き鮮やかな紫色を帯びている。

なだらかかつしなやかな女性らしい豊かな肢体を包むのは、鮮やかな桜色の着物。その佇まいは華やかであると同時に儚く、見る者を魅了させるような『華』があった。

彼女こそ『女神』と呼ばれるに相応しいと言っていいほど、高潔で、優美だった。

そんな彼女こそ翠月が契りを交わした女神であり、『高潔』を司る超越存在ー桜花の女神『コノハナサクヤヒメ』だ。

 

「サクヤ様、ただいま戻りました」

 

出迎えてくれた彼女の姿を認めると、翠月は仮面の下で笑みを浮かべ帰還を伝える。

その声音には確かな『親愛』が込められていた。

 

「ええ、今回も遠征お疲れ様」

 

サクヤは端麗な顔立ちを和らげ柔和に微笑む。

それはまさに母が子の無事を喜ぶそれと同じで、慈愛の微笑みを彼に向けるが、彼の全身を見た瞬間困った子供を見るような笑みに変わる。

 

「こんな傷だらけになって……また無茶したわね」

「そうでもありません。この程度は傷には入りませんよ」

「そんなわけないでしょう。あとで手当てしてあげるわ」

「いえ、その必要は……」

「そう言っていつも放置するのはどこの誰かしら?あなたの悪い癖よ」

「…………分かりました。あとで手当てをお願いします」

「それでいいのよ。お風呂は温めてあるから、まずは入ってきて汚れを落としてきて。お風呂出て手当てをしたらご飯にしましょう」

「………はい」

 

翠月は早々に抵抗を諦める。

『母は強し』という言葉を彼女ほど体現した存在はいないだろう。そう断言できるほどに、彼女の意思は強かった。

彼女自身の意志の強さもそうだが、彼にしてみれば彼女は死んだ親代わりに自分を育ててくれた恩神であるからこそ、こう言ったときは強く出れなくなるのだ。

外では悪鬼羅刹の如き佇まいで周囲を威圧して怯えさせているというのに、主神の前では人間味溢れる姿を見せている。

二人の間柄は主神と眷属であると同時に、まさしく母と子そのものだった。

 

「それにしても、今回もすごい大荷物ね。どこまで潜ったの?」

「今回は45階層までです」

「あら、じゃあ到達階層の更新はしていないのね。だったら、そのドロップアイテムは?見たことがないものだけれど」

「これはウダイオスのドロップアイテムです。今回単独で討伐しましたので」

「…………はぁ〜〜、またなんて無茶を」

 

サクヤは額に手を当ててため息をつく。

深層の階層主の単独撃破。普通ならばその偉業を称賛するのかもしれない。だが、彼女はそれを素直に賞賛することはできなかった。

 

「………本当なら説教したいところだけど、無事に帰ってきてくれたからいいわ。そんなことよりもまずはお風呂ね。薬湯にしておいたからちゃんと浸かりなさい」

「…………ありがとうございます」

 

彼女は桜花の女神であるが故に植物に詳しい。だからこそ、薬草にも詳しく、薬草を使った薬湯の調合もできる。

その効果は覿面であり、数日で傷が塞がるほどだ。だが、その代償としてか薬効の表れとして傷口に染みると鋭い痛みを伴ってしまう。

染みる激痛に何度呻き声を上げたか、もう数えるのをやめたほどだが、既に慣れたものだ。

翠月の感謝にサクヤは首を横に振る。

 

「いいのよ、私はこれくらいしかできないから」

 

そう悲しみを宿した声音で呟くと翠月の頭に手を伸ばして優しく撫でながら穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「何はともあれ、今回もあなたが無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」

 

本当ならばこんな無茶をした彼をこの場で叱るのが道理だ。

しかし、そんなことよりも愛しい我が子が無事に帰ってきたことが何よりも嬉しかった。

藤色の瞳を細め喜ぶ彼女に翠月は小さく頷き、バックパックを中庭に置くとサクヤと共に屋敷の中へと入る。

極東様式の屋敷であるため玄関を潜った後は脚甲を脱いで上がった翠月は一度装備の保管室へ向かうと自身の装備を外して着替えの浴衣を持ってから、屋敷の奥にある脱衣所へと向かう。

 

脱衣所の戸を開けて仮面を外し、左顔面にある大きな傷跡を加味しても端正に整った顔を露わにしてから着物とインナーを脱ぐ。

中から表れたのは見事なまでに鍛え上げられた肉体だった。

大きく隆起した筋骨隆々とした肉体ではない。だが、極限まで無駄を省き鍛え上げられた肉体は息を呑むほどの覇気を感じる。

そんな肉体には全身のあちこちに生傷と古傷があり、獣に噛まれたような噛み痕、剣や爪で切り裂かれた裂創、殴られたような殴打痕、焼かれたような火傷痕など多種多様な傷跡が彼の肉体には刻まれている。

それだけの傷痕を全身に刻みながらも彼は顔色ひとつ変えない。彼にとってこれらの傷痕はもはや喚き立てる程のものではない。これまで何度も経験したからもう慣れてしまったのだ。

実際、彼の肉体には顔をはじめとして夥しい古傷が無数に存在しており、それらの傷痕の総量に比べれば、今できている生傷など些細な問題だった。これらの傷痕こそがこの五年間1人で戦い続けてきた軌跡であり、彼をレベル6に至らせた証でもあった。

衣擦れの際の激痛も意に介さずに翠月は戸を開けて浴室へと入って行く。

 

【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の浴場は極東様式を導入した風呂だ。大小様々な石を組み合わせて作られた石造の床が広がり、木造りの壁の奥にあるのは5人は入れそうな大きな風呂だ。翠月が足を伸ばしても余るほどに大きい。

すでに浴槽に張られたお湯は薄い緑色に染まっており、木材の香りと共に薬草の香りも漂って翠月の鼻腔をくすぐる。

このオラリオで名を上げていき、いざ本拠となる屋敷を建てようとした時にサクヤだけでなくファミリアのメンバー総意で作られた浴場。今はもうサクヤと翠月しか使わないお風呂だった。

 

翠月は手前の壁に並んでいる二つの蓮口の前に立ち、熱湯を浴びる。髪や肌にこびりついていた血が洗い流されていき、石造の床を赤く濁った血と水が流れていく。

傷口で固まっていた血も溶かされ剥がれていき、傷口に熱湯が入り込んで鋭い痛みを翠月自身に伝える最中であっても、表情をぴくりと動かすこともなく、目を閉じたまま静かに熱湯を浴び続けた。

流水の音だけがしばらく響いた後、翠月は湯船に向かい肩まで湯に沈める。ギリギリまで張られていた湯船からお湯がこぼれ水音を立てる中、胡座で浸かる翠月は小さく息をつき漸く声を発した。

 

「ふぅ………相変わらず、よく効くな」

 

サクヤ特製の薬湯。それ浸かった瞬間に傷に効いているのだと実感できるほどであり、湯船に浸かったことでさらに血が出るも、次第に痛みが引いていってるのがわかった。

安心する湯の温もりに一瞬頬を綻ばせた翠月だったが、一転して悔恨の滲む表情を浮かべる。

 

「……………まだ、足りない」

 

今回の遠征結果も満足いくものではなかった。

深層の階層主ウダイオスの単独撃破という他のものなら『偉業』に該当するようなことを成したとしても、自分の感覚では命懸けの冒険ではなかった。

精神力、体力の消耗もそれほど大きくはなく、この程度かと内心落胆すらしていたほどだ。大した経験値も稼げていないだろう。ステイタスを更新せずとも、長年の経験からそれぐらいは容易にわかってしまった。

だからこそ、断言できる。

 

「…………今回も偉業たりえなかった」

 

今回の遠征も自身の器を昇華させる偉業ではなかったと。

五年間積み重ねてきてもなお、この先の階位に至ることができない。

 

「………くそっ、こんなところで立ち止まってる場合じゃないんだよ、俺はっ」

 

まだ足りない。ここで立ち止まっている場合じゃないのに、なぜこの先へ進めない。

自分には更に力が必要なのだ。もっと高みに昇る必要があるのだ。

 

でなければ、あの日()()()()()()()()()意味がない。

 

「…………じゃなきゃ、俺だけが生き残った意味がないだろうがっ」

 

表情が悲痛に歪み、翠月は悔恨と怨嗟が滲む呟きを口にする。

何もなし得ない自分になんの価値もない。

偉業を成し遂げなければ生きている意味がない。

戦鬼(オニ)』に堕ちたのならば、それに見合うことを為さねばならない。なのに、こんなところで停滞してしまっている自分が只管に憎かった。

 

 

「……………」

 

 

浴室に怨恨が静かに響き、浴室の外にいた一柱の女神だけがその呟きを聞いていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

やがて十二分に湯船に浸かった翠月は湯船から上がり脱衣所で普段の部屋着でもある浴衣に着替える。

脱衣所を出た後は屋敷の一階にある畳が張られた広間へと移動する。そこには6人は座れそうな長方形の食卓があり、机の上には所狭しと色とりどりの料理が並んでいた。

 

「あらちょうどよかったわ。今最後の一品が出来上がったところなの」

 

湯気が上がる料理を乗せた皿を持ちながらそう声をかけるのは着物の上に白いエプロンを着用したサクヤだ。

サクヤの方針で「皆で食卓は囲むべき」とファミリアのルールの一つとして定められており、遠征やダンジョンアタックで翠月が不在の時以外は2人で一緒にとるようにしているのだ。

 

「…………今日は豪華ですね」

「ええ、あなたが遠征から無事に帰ってきたんだもの。帰還祝いよ。元々、帰還予定も伝えてくれてたでしょ?その予定に合わせて作ってたの」

「なるほど」

 

翠月は遠征の日程予定をあらかじめ目処を立てており、サクヤに伝えている。彼女はそれを元に作り置きなどもしていたらしく、それを温めたり新たに作ったりしたようだ。

鼻をくすぐる芳醇な香りに誘われ、いざ食べようと座布団に座ろうとした時、最後の一品を置いたサクヤが待ったをかける。

 

「待ちなさい。食べる前にまずは手当てよ」

「…………食べてからじゃ駄目ですか?」

 

待ったをかけられた翠月は若干不満げに咎める眼差しを向ける。だが、サクヤの意思は揺るがない。

 

「駄目よ。薬湯で消毒したんだから綺麗なうちに塞いでおかないと、それに五分もかけないわ」

「…………わかりました」

 

いつのまに取り出したのか救急箱を片手に持つサクヤに早々に抵抗を諦めた翠月は食卓から少し離れた畳の上で座ると浴衣をはだけさせて上半身を晒し、血が渇き始めている生傷を露わにして素直にサクヤの手当を受ける。

そして、宣言通りに包帯を巻かれたりと手当てを受けてきっちり5分後。すっかり翠月の手当てに慣れてしまったサクヤは時間通りに見事終わらせた。

 

「さて、じゃあ手当ても済んだし早速食べましょうか。待たせてごめんなさいね」

「いいえ、手当てありがとうございます」

 

手当ても終わりサクヤの許可も降りたために翠月は改めて座布団に座り料理に向き直る。サクヤも翠月の隣に座るとどちらともなく、2人は掌を合わせて一言。

 

「「いただきます」」

 

手を合わせて挨拶をした2人は、早速箸を取り食事を始めた。

といっても、2人の食事ペースは同じではなく、翠月が料理を片っ端から頬張っていたのだが。

実のところ彼は大喰らいである。191cの高身長の体を維持するためであり、その食事量は一般男性のおよそ8倍だ。その為、食卓いっぱいに並べられた料理であっても、翠月なら平らげることが出来てしまう。

そうしてサクヤの料理にいつものように舌鼓を打ちながら、食事を堪能して腹を満たした翠月は再び手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」

「ふふ、お粗末様。この後はどうするの?」

「ステイタスの更新をしたら寝るつもりです」

「そう、わかったわ。じゃあ、ここで早速やりましょうか。道具を持ってくるから少し待ってて」

 

そう言ってサクヤは立ち上がるとどこかへと消えていき、すぐに器具一式を持って戻ってくる。

翠月はそれを見るやすぐに浴衣を再度はだけさせて上半身を露わにし、背中を向けた。サクヤは彼のそばに座ると作業に取り掛かる。

持ってきた器具一式から針を一本取り出し、人差し指の腹に刺して赤い血を浮かび上がらせると、翠月の背中に人差し指をそっと添えた。

慣れた手つきで指を動かし、血の軌跡を描いていき、最後に背中に人差し指を押し付ける。

瞬間、翠月の背中から碑文を彷彿とさせる桜色の文字群が浮かび上がった。

横書きの形式で連なる複雑な文字群。五枚花弁の桜花の紋章と合わさった刻印。それこそが、女神コノハナサクヤヒメと契りを交わした証、眷属に刻まれた神々の恩恵ーステイタスだ。

神々の扱う神聖文字を、神血を媒介にして刻むことでさまざまな能力、可能性を可能な事象として発現させる神々のみに許された力。その神聖文字に干渉することで、神々は眷属に蓄積された経験値を抽出しステイタスを組成して成長の礎へと変えていく。このステイタスの更新は契りを交わした主神のみが行われる手作業である為、大人数の団員を抱えるファミリアでは日割りや優先順位を進めて数を捌いているのだ。

だが、このファミリアに眷属は1人しかいないので、好きなタイミングで行うことができる。

 

「はい、終わったわ。紙に書くわね」

 

翠月のステイタスの更新を終えた後、錠をかけて他者から見えなくさせ、用意していた羊皮紙に更新したステイタスを共通語に訳していく。

やがて作業が終わり、羊皮紙を受け取った翠月は目を細める。

 

(…………やはり、この程度だったか)

 

ナルカミ・翠月

 

Lv.6

力:SSS1700 → 1780

耐久:SSS1640 → 1680

器用: SS1154 → 1176

俊敏:SSS1570 → 1590

魔力:SS1150 → 1198

狩人:D

耐異常:E

雷轟:E

魔導:E

精癒:F

 

アビリティはS,A,B,C,D,E,F,G,H,Iと十段階で能力の高低が示されている。

基礎能力を示す五項目の基本アビリティのみに熟練度が発生し、0〜99がI、100〜199がHとSからIまでの能力段階と連動しており、熟練度はその能力分野をどれだけ酷使したかによって上昇度合いが変化する。

またアビリティの能力高低および熟練度は、戦闘対象の力が自信と同等あるいは格上であるほど上位の経験値を得やすく、結果として値が上昇しやすいがその一方で、格下の相手に対しては経験値は低くなる。

これに加えてLvの上昇に際して発現が任意可能な発展アビリティや魔法、スキルを加えたものがステイタスの全容だ。

 

しかし、アビリティは基本IからSの十段階で表示されるはずだが、翠月のステイタスはSSSやSSと記されている。

それはステイタスの限界突破をした証だ。熟練度の限界値はS999だ。だが、ごく稀にその上限を突破することがある。翠月はその稀有な例であり、五項目全てを限界突破しているのだ。それを成したのは彼が有するスキルのおかげでもある。

 

「トータル200オーバー。スキルの効果もあるのかもしれないけど、やっぱり単独での深層遠征になると限界突破しても得られる経験値は多いわね」

 

サクヤは彼のステイタスの上がり幅に感心の声を上げる。アビリティはSに迫るにつれて成長幅が極端に狭まっていくからこそ、限界突破をしてもなおこの上がりように感心しているのだ。

だが、受け取った翠月は己の成長に一切の喜びを示さなかった。

 

「……………」

 

羊皮紙を掴む指に力が込められてクシャと潰れ、ギリッと歯が軋む音がサクヤの耳に届く。

顔を見ずともわかる。彼は未だランクアップできない状況に苛立っているのだと。

Lv.6に到達してはや5年。数多の死線を潜り抜けて、数多の強敵を屠ってきた。獲得できた経験値の大きさはステイタスを見れば明らかだが、ここまでしてもまだ次の階位に至ることができていない。

十分にステイタスは高めたはずだ。偉業も成し遂げたはずだ。

なのに、至れない。その事実がどうしようもなく翠月を苛立たせ、焦燥に駆り立てた。

 

「翠月」

 

彼の様子を見ていたサクヤが彼の名を呼び、静かに告げた。

 

「あなたが焦るのは分かるわ。でも、その時は必ず来る。焦らずあなたのペースで進めばいいの」

 

だから、と彼の胸に手を回して後ろから優しく抱きしめ、豊かな胸を押し付けて2人の隙間を埋めると慈愛に満ちた言葉を贈る。

 

「時には休んでいいのよ。立ち止まることは何も悪いことじゃない。だから、どうか忘れないで。貴方の無事を、貴方の幸せを願う家族()がいることを」

「………………」

「今回も遠征お疲れ様。しっかり休んでね」

 

翠月から体を離したサクヤは最後に微笑むと、立ち上がり昼食の片付けをし始める。その様子を横目に翠月は浴衣を着直すとスッと立ち上がり襖へと手をかけた時にサクヤへ小さな声で「……………ありがとうございます」と言って居間を後にした。

 

「…………」

 

板張りの床を踏み鳴らしながら翠月は屋敷の廊下を歩く。

日光が差す廊下を歩く彼は階段を上り二階へと上がり、いくつかの部屋の前を通り過ぎると二階最奥の部屋ー己の自室へと向かいドアを開けた。

翠月の自室は一人で過ごすにはいささか大きく、二、三人分の部屋といっても差し支えないほどに広い。その広い部屋の壁の一面には大型の本棚が置かれ、分厚い本が無数に並べられている。テーブルには無数の道具が綺麗に整頓され、巻物や魔石灯のランプなどが置かれている。

その反対側の部屋の片隅には小型の保存庫が置かれ、極東の酒を保存した大型の徳利もあれば、ワイン瓶も多数保存されている。更には鍛錬道具もそこかしこに転がっている。

 

部屋の中央には大型のベッドが鎮座していた。

高身長である翠月用に大型に作られたのもあるが、それを加味しても翠月が三人は並んで寝られるほどにそのベッドは大きい。

異なる生活感が共存している様はまさに()()()()()()ことを前提としており、翠月は足を踏み入れると一直線にベッドの向かいの壁に向かう。その壁にはとある武器が飾られていた。

 

種類は4。

青銅色の刀身と黒い柄に黄金の装飾があしらわれている翠月の身長よりもなお長大な大型の戦斧と、二振りの長剣。

縦の長さは200cを超え、横幅も80cを超える赤茶色の重厚な盾が二つ。白い杖に大小2つの桜色の結晶が両端に備え付けられている長剣より少し短い一振りの魔杖。

そんな4種の武器が壁に飾られていた。

状態を見るに丁寧に手入れをしているのは明白。彼がこれらの武器をとても大事にしているのだと伺えた。

各所に傷なども見られることから、確かに使い込まれており、ただのコレクション目的でないのも確かだ。

翠月はそれらの前に立つと手を伸ばして、大戦斧の刀身の腹に指を沿わせる。

 

 

「…………皆、ただいま。今回も、何も成果はなかったよ」

 

 

悔恨が込められた悲痛な声音。

悲しみに歪められた表情を浮かべる彼は武器を見上げると自嘲気味に笑った。

 

「本当に情けねぇ。あれから5年も経ってるのに、未だ何の進展もない。……ただ、無様に生き恥を晒してるだけだ」

 

自分を嘲笑うような、あるいは責めるような口調で語る彼は唇を震わせながら、少しの沈黙の後に絞り出すように問いかける。

 

「………なぁ、俺はどうすればいい?いつまで戦えばいい?」

 

その問いかけに答えるものは誰もいない。

孤独に虚しく響いたその問いかけに返事がこないことなど彼とてわかっている。

それでも、問わずにはいられなかった。

 

 

「いつになったら……俺は、終われるんだ?」

 

 

答えはまだ見つからない。

 

 

5年前のあの雷雨の日、『高潔』を失ってしまった彼の世界からは色彩が消えた。

 

 

暗雲に呑まれ涙雨が降り続ける世界で色を失った彼は一人彷徨い続けている。

 

 

 

いつの日か、『終わり』が来ることを願いながら。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

翌朝。朝の鍛錬と朝食を済ませた翠月は遠征の後処理を済ませる。

ダンジョンから持ち帰った魔石やドロップアイテムの換金、武具の整備、道具の補充、報告書の提出などなどやることは山積みだ。

それを翠月は一人でやらなければいけない為、長ければ丸一日使うことだってよくある。正門で準備を終えた翠月は昨日背負ってた巨大なバックパックとウダイオスのドロップアイテムを持ってサクヤに見送られながら出発した。

 

都市の中央から八方位に放射状に伸びた大通りの一つ、北西のメインストリートを歩く。その通りは通称『冒険者通り』とも呼ばれており、特に冒険者の往来が激しい。

ギルドをはじめ、多くの武器や道具屋、酒場など冒険者必用の店々が軒を争っていた。

時刻は朝の10時。多くの冒険者がダンジョンに向かう直前の時間帯なので、大通りは特に冒険者の波で溢れていた。

その人波の中を翠月は巨大なバックパックとドロップアイテムなどを持ってかき分けて歩く姿は一際目立った。

翠月が所属する【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】は所属団員一人でありながら、都市の派閥において第三の強豪派閥だ。都市ナンバー2の実力を有する彼の存在は誰もが知るところであり、様々な羨望とやっかみ、何より畏怖を向けられる。単独であろうとも、彼の歩みを止める者は誰もおらず、誰もが鬼人の道を開けて行った。

 

「……………………」

 

周囲でヒソヒソと話す声を全て無視し、彼はギルド本部に到着。

記念碑が設置されてある広い前庭を通り、白い柱で作られた荘厳な万神殿に足を踏みいれる。こここそがオラリオの運営を一手に担うギルド本部であり、ダンジョンとそれに関わるすべての管理も努めている。冒険者登録から始まり、迷宮から回収される利益を都市発展に反映させる為、ダンジョンの諸知識・情報を冒険者達に進んで公開、更に探索のためのサポートも行うのだ。

ギルド本部へと入った翠月はまず換金所へと向かう。今回の深層遠征で獲得した大量の魔石とドロップアイテムは換金することができるのだ。いざ換金所へと向かおうとした時、ちょうど手が空いていたのかエイナが駆け寄ってきた。

 

「あ、翠月さん、朝からご苦労様です。早速換金でしょうか?」

「ああ、いつも通り頼む」

「かしこまりました。では、お部屋にご案内いたしますね」

 

通常ならば換金所で換金を行う。翠月も都市有数の冒険者ではあるが、例に漏れずに換金所で換金を行うのが常だ。

だが、今回は遠征。数が数なだけに、かつ有力派閥の特別待遇として個室に案内されて鑑定を行なってもらう形になるのだ。

そうして個室に案内された翠月はバックパックを床に下ろす。

 

「今回も換金するのは魔石のみでよろしいでしょうか?」

「ああ、ドロップアイテムは他に持っていくから、魔石だけ持って行ってくれ。あと、これが今回の報告書だ」

「承りました。では、早速取り掛かりますね。報告書もありがとうございます」

 

懐から出された報告書を受け取ったエイナの後ろからは何人もの鑑定職員とギルド職員が総出で魔石をバックパックから取り出して換金作業に移っていく。

それらを横目にエイナは報告書の中身を簡単に確認し感心したように頷く。

 

「相変わらず読みやすいですね、流石です」

「……まぁな。何度もやっていれば慣れる」

「それもそうなんですけどね。正直なところわかりにくく書く人もいるんで参考にしたいぐらいです」

「そこはお前達の領分だろう。書き方ぐらい教えてやれ」

「あははは、しててそれなんですよね」

「なら、どうしようもない」

 

雑談を交わす二人。共通の知り合いがいるというのもあるが、ギルド職員の中では彼女が翠月との関わりが一番ある。

といっても、5年前まで彼の所属【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】を担当していたギルド職員は別の者だったのだが諸事情によってギルド職員を続けることができなくなったため、まだ新人ではあったが共通の知人からの紹介で自然と関わるようになっていたのだ。

最初の一年間はエイナが新米だったり、翠月が【惨鬼】と呼ばれはじめたのもあって翠月を怖がって会話すらできなかったが、2年、3年とギルド職員の経験を積んでいくうちに慣れていき雑談を交わせるようになっていた。今では【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】担当と言っても過言ではない。

 

「あ、ナルカミ氏。魔石の回収が終わったそうですよ」

「そうか。なら、俺は次に行く。夕方頃にまたここに来るから換金は任せたぞ」

「はい、お任せください」

 

量が量だけに換金作業もそれなりに時間がかかる。

その間は他の後処理を行なうために、翠月は魔石だけ取り出されて幾分か軽くなったバックパックを手に取り個室を出て次の場所に向かった。

場所は変わり、翠月は北東のメインストリートを歩いている。その通りは、オラリオが誇る魔石製品製造の心臓部にして、大勢の職人が集まる工業区だ。

男の仕事場といった雰囲気を醸し出す生産系の仕事が盛んな大通りには、女性や子供の姿は全くない。多くの作業衣を着た労働者が歩く中、翠月は目的の建物へと向かう。

しばらく歩き、たどり着いたのはとある平屋造りの建物ーすなわち、工房。その煤だらけの工房の前には鮮やかな紅髪の女神が佇んでいた。

 

「あら、ようやく来たわね、翠月くん」

 

待ちくたびれたかのように翠月を出迎えた女性は、顔の右半分を覆うほどの眼帯を身につけており、髪の色と同じ燃えるような紅の左目を翠月に向けていた。

 

「ヘファイストス様、お久しぶりです」

 

軽く会釈をした女神の名は鍛治の女神ーヘファイストス。

世界でも名を知らしめる鍛治師の派閥【ヘファイストス・ファミリア】を率いる永久現役社長兼主神である。

物々しい眼帯をつけておきながら、やはり女神と言うべきその美貌は一片も曇ることはない。白の上着に黒の脚衣、手袋といった簡素かつ男装めいた格好は、まさに麗人という言葉が相応しい。

翠月の会釈に手を挙げて返したヘファイストスは、笑みを浮かべる。

 

「遠征から戻ってきたって聞いたから待ってたけど、今日は少し遅かったわね」

「魔石の回収に少々お時間がかかっただけですよ」

「そう。まぁ、話は聞いてるわ。ウダイオスのソロ討伐おめでとう。その黒い大剣がドロップアイテムかしら?」

「はい」

 

流石は鍛治の女神。こちらが言わずともこの黒い大剣がウダイオスのドロップアイテムだとすぐに気づいた。

 

「それじゃあ、今日はドロップアイテムの換金と装備のメンテナンスだけじゃなくて…」

「ええ、この大剣の加工もお願いしたい」

 

翠月の発注は基本的に専属契約を結ぶ鍛治師に行うのだが、その際に必ずヘファイストスを通すことになっている。

何がきっかけで彼女のお眼鏡に適ったのかは翠月自身知らないが、神々の中でも【神匠】と称される彼女からの優遇など他の冒険者達からすれば羨ましい以外ないだろう。

 

「これがウダイオスのドロップアイテム………あの子が喜びそうな素材ね。どんな装備が出来上がるのか今から楽しみだわ」

 

翠月の手にあるウダイオスのドロップアイテムを観察するヘファイストスは専属契約を結んでいる鍛治師の反応を想像してくすりと笑う。

 

「それで、『彼女』は工房に?」

「ええ、まだ作業中だけどそう時間はかからないはずだから案内するわ。換金は他の子達に任せましょう」

「お願いします。換金して欲しいものはここに書いてありますのでそれだけを。他は【ディアンケヒト・ファミリア】の方に持っていきますので」

 

換金して欲しいものをまとめたリストをヘファイストスに手渡す。ドロップアイテムは基本的に武具や防具の素材に使われることが多いが、回復系の道具などの原料にも使われる。

その為、翠月は武具用と道具用でドロップアイテムを仕分けしており、リスト化していたのだ。

 

「承ったわ、丁寧にありがとう。いつも助かってるわ」

「いいえ」

 

深層の貴重な資源を持ち帰れる数少ない派閥である翠月は【ヘファイストス・ファミリア】のお得意先の一つだ。

貴重な素材の提供元であると同時に、丁寧にリスト化までしてくれる。そんなありがたい存在、ヘファイストスが感謝しないはずがなかった。

 

「じゃあいきましょうか」

 

へファイストスが呼んだ団員達がバックパックを預かり、奥に持っていくのを横目に翠月は彼女に案内され工房の中に足を踏み入れた。

まず強い鉄の香りが鼻腔に満ちて、次いで暗闇の中で輝く炉の赤い炎が視界を照らす。

屋外でも聞こえてきた金属の打撃音が耳を聾するほど強く鳴り響き、金槌が鉄に打ち付けられ火花が舞っていた。

その無数の炉や鍛治師の間を通り抜け、一度工房を出てまた別の工房ー先程の工房よりもかなり小さい工房に辿り着き、その工房の重厚な扉を開けて彼女を発見する。

 

「——————」

 

大型工具に囲まれながら、鉄床の上の金属塊を金槌で叩く横姿。灼熱の火炎を擁する炉の熱光に照らされる彼女の周囲には赤橙色の火花と共に淡紫の燐光が舞っている。

熱光と紫光に照らされる横顔は白磁色。無数の汗に濡れ、煤に肌と服を汚してもなお、彼女は足元に広がる淡紫の魔法円の輝きも相舞って凛々しく美しかった。

その雰囲気も他の鍛治師とは一線を画しているが、何よりも異質なのは彼女が出す金槌の音だ。

他の鍛治師とは違い明確にリズムを取りながら打っており、その金槌の旋律に合わせて淡紫色の燐光が明滅し弾けている。その様はさながら演奏だ。

金槌を以て金属音の旋律を奏で、紫光を舞い上がらせる様子は彼女が楽器を演奏しているかのようにも感じた。

一定の距離まで二人が近づいた時、ちょうど金槌の演奏が終わった。カァンと一際大きな金槌の音が響き、紫光が空中に溶けるように消え、魔法円も消える。

金糸のような美しい金髪を後頭部で纏めている彼女は間髪おかずに鉄床の上にある金属塊ー否、防具の一部を鋏で持ち側に置いておいたバケツにためた水に一気に浸す。

ジュウと湯気が立ち上り、急速に冷やされる防具。タオルで水気を取り、磨き、金槌で叩き細かい部分を修正。そんな作業をしばらく続けて、満足気に頷いた彼女はようやくこちらへと振り向いた。

 

「待たせたな、二人とも」

 

二人の姿を視界に収めた彼女はクールに笑うと立ち上がり近づく。

 

「すまないな、ちょうど仕上げの段階だったんだ」

「構わない。お前の金槌の音は聞いてて気持ちがいいからな、待たされたなんて思ってはいない」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

翠月の掛け値なしの賞賛に彼女ーリナは整った容貌を崩して笑う。

【ヘファイストス・ファミリア】の副団長リナ・ヴィクトリアス。数多の上級鍛治師が所属する鍛治大派閥のナンバー2にして、【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】と専属契約を結んでいるLv.4の鍛治師だ。

夕焼けの如き金橙色の髪に炎のような赤いメッシュが一筋あり、朝焼けを思わせる紫色の瞳を有する秀麗な顔立ちの彼女の耳は尖っている。その種族は『ハーフエルフ』。ヒューマンとエルフの間に生まれたハーフだ。

エルフの血を濃く受け継いでいるのか、手足はさらりと長く、エルフらしく容姿端麗で身長は170Cを超えている。

それだけならば、彼女はそこらのエルフと何ら変わりはない。だが、彼女が他のエルフやハーフエルフと違うところは、鍛治師であることだ。

種族によく見られる性格としてエルフは気位が高く、潔癖だ。それはハーフも然りであり、煤で汚れる鍛治師の仕事など滅多に選ばない。

ヒューマンかつ鍛治師だった父の影響もあるのだろうが、それでもハーフエルフの、ましてや女性が鍛治師なのはそうそうないだろう。

さらに言えば、纏っている作業衣もエルフらしからぬものだ。ヘファイストスと似たデザインの黒の脚衣に、上は密着するタイプの白のタンクトップとグローブのみであり、肩や腹だけでなく汗に濡れた胸元すらも晒している。肌の露出を嫌うエルフからすればありえない服装だ。

そう言ったことも相舞ってエルフ達からは『異端』扱いされているが、本人は『やりたいことをやっているだけだ』と気にすらしていない。

 

「それで?今日来たのはいつも通りのメンテナンスか?昨日遠征から帰ってきたんだろ?」

「それもあるが、こいつの加工も頼みたい」

 

そう言って翠月はウダイオスのドロップアイテム『ウダイオスの黒剣』を彼女の前に差し出した。床に半ば突き立てるように立てられたソレにリナは一瞬驚きに目を見開くも、次の瞬間には目を輝かせる。

 

「こ、これは、まさかっ」

「ご察しの通りだ。ウダイオスのドロップアイテム、こいつで装備を作ってくれ」

「……………まさか、これほどの素材にお目にかかれるとは。しかも、私の手で扱える日が来るとはな。翠月、感謝する」

 

貴重な深層の資源。しかも、階層主の未確認ドロップアイテムだ。素材を扱う者として興奮しないわけがない。

感謝の意を示したリナはウダイオスのドロップアイテムから翠月へと視線を戻す。

 

「このアイテムを早く加工したくてウズウズしているが先にお前の装備を見よう」

「頼む」

 

そう言って翠月は金翠の防具ー『閃雷』シリーズと愛用の薄紫の薙刀ー『千鳥参式』、夜空色の着物ー戦闘衣『夜嵐』を彼女に手渡す。

預かった装備一式を受け取り、作業台の上に並べたリナは片目にスコープを装着してじっくりと眺めてポツリと呟く。

 

「……………そうか……今回も、随分と暴れたんだな」

 

薄紫の瞳を淡く輝かせる彼女はそう言ったきり、無言で観察を続ける。翠月もヘファイストスも彼女の観察に口を出さずに静観する。

やがて観察を終えたリナは手に取っていた籠手を作業台に下ろすと首を横に振った。

 

「…………以前も修復はしたが、相当ガタが来ているな。ここまで来るともう私の『調律』でも限界はある。ウダイオスのドロップアイテムもあるんだ。それを加工して装備を一新したほうがいいだろう。戦闘衣も修復だな」

「………そうか。こればかりは仕方ないな」

「むしろ、5年もよく保ったと思うぞ。お前の『雷』に耐えうる装備は不壊属性でない限りはそうそうない。何度も『調律』で修復してきたが、歪みは蓄積されてきている。今回の遠征でそれが限界に達したというだけだ」

 

少し惜しむような反応を見せる翠月にリナはきっぱりと断言する。

だが、装備を撫でる手は優しく、向ける眼差しは誇らしげだった。

 

「………とはいえ、ここまでお前の戦いを支えられたんだ。作り手としては誇らしいな」

「…………」

 

彼女とて鍛治師の誇りはある。

いくら彼が死に急ぐような戦い方で装備を酷使し、他の者よりも遥かに速い速度で装備を摩耗させようとも、彼の戦いを支えているのは事実。

だからこそ、鍛治師として誇らしくはあった。

だが、同時に友人としては悲しかった。

 

「なぁ、翠月」

「なんだ?」

「………いつまでこんなことを続けるつもりだ?」

 

沈痛の眼差しを浮かべ、静かに投げかけられた問い。その問いかけに翠月は光なき虚ろな眼差しを向けて淡々と問い返した。

 

「………こんなこと、とは?」

「惚けるな。お前はいつまで死に急ぐように戦い続ける気だ?」

「…………」

 

全てを見透かすような淡紫の眼光に翠月は答えない。

それをわかっているのか、リナは答えを待たずに更に続けた。

 

()()()()が死んでから5年。その間、お前は余程のことがない限りは一人で戦ってきたな。今回の遠征もそうだが、どれだけ自分の身体を傷つけた?」

「………さぁな。そんなこと一々覚えてない」

「だろうな。お前はもう自分を顧みない。顧みないようにしている。自らを戒めるようにな」

 

専属鍛治師として10年以上付き合いのあるリナは昔から翠月のことをよく知っている。

だからこそ、今の翠月はかつての彼とは別人だということもよくわかっている。

 

「翠月、お前は変わってしまった。かつては高潔な守護者とも呼ばれていたのに、今となっては死に急ぐ戦闘狂だ。もうかつての面影は消えた」

「…………」

「どれだけ傷つき瀕死になろうとも孤独に戦い続ける戦鬼。今のお前は納める鞘を喪った『刃』そのものだ」

 

今の彼の有り様を断定するリナ。

彼女は彼の『変貌』の理由も知っている。

知っているからこそ、彼を剥き出しの『刃』と例えた。

剥き出しの『刃』は斬るものを選ぶことができない。ただ無作為に周囲を傷つけることしかできない。それは、自分も例外ではなく、『刃』へと堕ちた彼は自らの傷を厭わなくなった。

だが、そんな例えを翠月は理解できずに怪訝な眼差しを向ける。

 

「…………さっきから何が言いたい?」

()()()()()()()()()()()()()と言ってるんだ。妄執に取り憑かれた者の行き着く先は無惨な死だけだ」

()()()()()

 

淡々と断言する翠月。

本心からの言葉にリナは口を噤み、ヘファイストスすら目を見張る。

リナを見つめる翡翠の双眸に光はなく、何も映していなかった。

 

「俺にはお似合いの末路だ」

「翠月……」

「無様に生き恥を晒してるだけの俺の行き着く先としては妥当だな。むしろ、俺の終わりはそれ以外あり得ないし、許されないし、認められない。まともな死なんざ望む資格すらないんだよ、俺には」

「………ッ」

 

淡々と語る彼の言葉に宿るのは怨嗟。

しかもそれは他者ではなく己自身へと向けられている。

5年前の喪失の日を境に彼の心は歪み壊れ、『高潔』は『怨嗟』へと転じた。

故に、彼は戦い狂うその先で無惨に死ぬことこそが、自分に相応しい末路だと思ってしまっているのだ。

背負う必要のない罪を背負い、自らに罰を課して孤独に戦い傷つき続ける彼はまさしく破綻者であった。

その姿こそが当たり前だと言わんばかりに無感情に、淡々に告げる彼にリナは沈痛の表情を浮かべるが、それすらも彼には何にも響かない。

 

「……お前が何と言おうとも、この考えが変わることはない。話を戻すぞ、装備はどれぐらいかかる?」

 

翠月はもう話す必要はないと話題を切り替え、装備完成の目処を尋ねる。

明確な拒絶を以って説得を突き放した翠月にリナは何かを言おうとしたがそれを飲み込んで彼の問いに答えた。

 

「………素材が素材だからな、万全を期したい。二ヶ月くれ。戦闘衣も含めて完璧に仕上げてやる。その間は予備を使ってくれ」

「分かった、任せたぞ。採寸は必要か?」

「いいや、必要ない。装備の具合から判断できるからな」

「流石だな。なら二ヶ月後にまた来る。そろそろ換金も終わるはずだからな」

「………ああ。いや、ちょっと待て」

 

リナに背を向けて換金の受付に向かおうとした翠月をリナが呼び止めた。

呼び止められた翠月は肩越しに振り返り、煩わしげに目を細める。

 

「……今度は何だ、もう話は終わったはずだ」

「すぐ終わる。最後に一つだけ言わせろ」

「何だ?」

 

虚な翠眼をまっすぐ見たリナははっきりと己が本心を伝える。

 

「いくらお前が己を死に追い込もうとも、私の装備が死なせない。私の装備はお前の自滅願望を叶えるためではなく、お前を生かすために存在するのだと言うことを忘れるな」

「……………」

「話は終わりだ。引き留めて悪かったな。何かあったらまた来てくれ」

 

確固たる決意の眼差しに反して柔らかく微笑んだリナから目を逸らし、翠月は今度こそ彼女の工房を後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「………貴女は本当にそれでいいの?」

「何がです?」

 

翠月が去った後、事の成り行きをずっと静観していたヘファイストスがようやく口を開き、開口一番に問うた質問にリナは首を傾げる。

 

「彼のことよ。あの日から5年経ったけど、彼のアレは年々悪化している。もう壊れていると言ってもいいわ」

「………そうかもしれませんね」

「彼にはもう『制御装置(ブレーキ)』がない。本当に死ぬまで戦うことをやめないでしょうね」

 

神であるヘファイストスから見てナルカミ・翠月はもう『壊れた』人間だ。

5年前、ある事故を経てから彼の心は狂い別人に変わってしまった。『変貌』と称しても過言ではない。

そんな『変貌』を経た彼は孤独な戦いに身を投じた。

どれだけ傷を負おうとも、どれだけ装備を摩耗しようとも、彼は他者を頼らない。自分すらも顧みない。

LV.6になってしまったからこそ無理が効くようになってしまったし、余程の困難でない限りは乗り越えられるようになってしまった。

 

「貴女が例えた通り、彼はまさしく『刃』よ。しかも、鞘が無い分、常に鋭くある必要があってその鋭さは自分すらも傷つけてしまっている。彼自身が一振りの妖刀のようになってしまっているわ。私としては正直、手の施しようがないとまで思ってしまっている。壊れた魔剣が直せないように、妄執に呑まれた彼ももう戻らない。死んでようやく安らぎを得られるようになってしまった」

 

武器と同じように己自身すらも武器と同じく傷つけ壊し続ける彼を見て彼女は半ば諦めかけていたほど。

サクヤが親身に接し続けるのは主神としての矜持や眷属への愛情があるからだ。だが、ヘファイストスにとっては所詮他神の眷属。

だからこそ、リナに問うた。

 

「それでもなお、貴女は彼の為にこれからも装備を作り続けるの?」

 

副団長にまで上り詰めた彼女がいつまでも彼との専属契約を結び続け、彼の装備を作り続けることにヘファイストスは勿体ないとすら感じた。

彼女ならばもっと大勢の冒険者の為にその腕を振るった方が鍛治師として報われるのではと思ったのだ。

 

「はい」

 

だが、その問いに対しリナは一瞬の躊躇もなくそれでいいと頷いた。へファイストスは一瞬驚いたそぶりを見せるもののすぐに平静になる。

 

「その理由は?」

「信じているからです。今は『高潔』を見失っていたとしても、いつの日か必ず『高潔』を取り戻す。彼ならばいつか乗り越えてくれると信じています」

「いつになるかもわからないのに?」

「私はハーフエルフです。種族的に彼よりも長生きできます。余程のことがない限りは私は彼より先に死ぬことはない」

 

だから、とリナは彼の半身の薙刀ー『千鳥参式』を手に持つと慈しむように優しく刀身に残る傷跡を撫でながら己の覚悟を示す。

 

「だから私は彼の為に金槌を振るい続けます。私の親友や妹が慕い尊敬した英雄ー【迅雷】が帰ってくるその日まで。そして、彼が困難に直面した時、彼の力になれるように私は鍛治の腕を磨き続けます」

 

彼女の淡紫の瞳には今もなおかつての彼の英姿が映っている。

桜花の女神の眷属であり、彼女の高潔を正しく具現した一人の英雄。

その刃は護るべき者達の未来を切り拓くために振るわれ、その雷はあらゆる障害を打ち砕くために迸っていた。

大勢を護り救ける為に誰よりも前に出て、猛き雷光を纏い薙刀を振るって戦い続けてきた高潔の守護者。

 

高潔の誇りを掲げし雷刃の英雄ー【迅雷】と呼ばれていた翠月の姿が。

今でこそ在りし日の姿はない。あの日までの笑顔は消え、瞳からは光が消え虚となり、纏う雷光も輝きが変わってしまった。だが、それでも彼女は彼に言葉が届かずとも待ち続ける。

彼が『高潔』を取り戻し英雄に回帰する日を。

 

「それこそが、私【魔鎚の戦律者(スフォルツァンド)】リナ・ヴィクトリアスが鍛治師を続ける理由です」

 

彼の、彼のファミリアの為に装備を作り続けること。

それこそが彼女が鍛治師を続ける理由であり、鍛治師の誇りなのだ。

そう己の決意を笑顔を以って示してみせたリナにヘファイストスは微笑む。

 

「そう。それなら、貴女の好きなようになさい」

「無論です。これからも変わらず続けますよ」

「まったく翠月君も罪な男ね。こんなにも想われてるのに全く応えないんだもの。主神として一言言ってやりたいぐらいだわ。ウチの子を蔑ろにするなってね」

 

ヘファイストスは一度嘆息した後、不満をあらわにし愚痴を呟くが、それにリナは苦笑いを浮かべ「勘弁してあげてください」と返した。

彼女の言葉を否定はしない。彼女の言う通り彼を想っているのは事実だし、彼の態度に思うところがあるのも当然だと思う。だが、そんなことよりもリナの胸中は安堵に満ちていた。

 

(ただ生きてさえいてくれればいい。生きてさえいれば何度でもやり直せるんだから)

 

自分の感情なんてどうでもいい。ただ彼が無事に生きていてくれるのならば、それでいい。

死ねばそこで終わりだが、生きてさえいるのならば、変わる機会はいくらでもあるのだから。

 

 





【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】
団長ナルカミ・翠月氏ソロによる今回の遠征成果

遠征期間:28日

到達階層:45階層

獲得ドロップアイテム:『ウダイオスの黒剣』をはじめ、その他深層域のモンスターと稀少種モンスターのドロップアイテム493点。

獲得魔石:大小含め842個。

換金額内訳
『魔石』:1億500万ヴァリス(ギルドにて換金)
『ドロップアイテム』
武具関連:3億5200万ヴァリス(ヘファイストス・ファミリアにて換金)
道具関連:2億4500万ヴァリス(ディアンケヒト・ファミリアにて換金)

総計:7億200万ヴァリス

一応内訳は書きましたが、まぁ荒稼ぎしましたよという認識でいいかと。


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