迅雷の戦鬼、桜花を背負い我が道を征く   作:桐谷 アキト

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超かぐや姫最高ですね!!

やっぱりハッピーエンドな物語しか勝たん!!


3話 白兎

 

 

少年がいた。

黒く焼け焦げた無数の家屋と、同じく焼け焦げた黒い死体が転がる中、血と泥に塗れながら立ち尽くす少年がいた。

父親譲りの黒髪を血と泥に汚し、母親譲りの翡翠の瞳を持つ少年は、冷たい雨に体を打たれながらそれでもなお立っていた。

とうに泣き尽くしたのだろう。

瞼は赤く腫れているが、今はもう一筋の涙もこぼれていない。しかし、その瞳の中には力強い光が宿っていた。

 

暗く淀んだ雨雲の中で轟く雷光のように鮮烈で眩い光が。

 

それは決意の光。彼は絶望で立ち尽くしてなどいなかった。力強い意志を持ってこの景色を目に焼き付けていたのだ。

そんな彼の傍には一柱の女神が立っていた。

息を呑むほどに美しい女神は少年と同じように眼前の凄惨な光景を眺めたまま少年に問うた。  

 

『………あなたは何のために力を求めるの?』

 

女神の静かな問いに少年は確かな決意を以って答えた。

 

『…………もう失わないために』

 

少年は決意を掲げる。

刃のような鋭い意志を。これから迎えるであろう困難に立ち向かう覚悟を。

 

『父ちゃんも、母ちゃんも、村のみんな山賊に殺された』

 

ここには1日前まで村があった。

だが、その村はその翌日には死んだ。蹂躙されたのだ。

山賊に村を襲われ、穀物や金品は奪われ尽くされ、村人は鏖殺された。

 

『………俺だけが生き残っちゃったから……だから、もう失いたくない』

 

この村で生き残ったのは今立っている少年のみ。

両親は自分を守り死んだ。親しかった友達も村のおじさんおばさん達も全員殺された。

 

『………守られるのはもう、嫌だから。……今度は、俺が誰かを守りたい』

 

守られ生き残ってしまったからこそ、少年は誰かを守ることを強く望んだ。

しかし、それを為すには力が必要だ。どんな強敵が相手でも捩じ伏せられるような、どんな悪意が相手でも斬り伏せられるような力が。

 

『……………父ちゃんや母ちゃんみたいな誰かを守れる、英雄になりたい……です』

 

だから少年はーーー誰かを守れる英雄になることを決意する。

 

かつて父と母がそうしてくれたように。

 

今度は自分がそう在れるように。

 

 

自分を守り、未来を繋いでくれた両親(英雄)の姿が、あの炎に彩られた視界の中で焼きついていたから。

 

 

だから少年は女神の『戦鬼(英雄)』となった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

東の空より朝日が上り、広大な街並みが照らし出される。

高い市壁に囲まれるオラリオにも朝の日差しは届き始めており、清涼な空気に都市全体が包まれる中、【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】本拠、桜の社の中庭で翠月が鍛錬をしていた。

 

「……………」

 

大薙刀を振るう翠月。

両腕で、あるいは片腕で弧を描くように幾度となく宙に紫の軌跡を生みながら薙刀を大きく振るい、流れるように巧みな足捌きで細かく動く。

風に揺られ桜の花びらが舞う中で薙刀を振るう姿は一種の『雅』を感じさせ、薙刀を用いて舞う剣舞は迅雷のように苛烈でありながら、疾風のように流麗であり美しかった。

見る人がいれば思わず足を止めて見入ってしまうほどにその『剣舞』は見事なものだ。

 

ナルカミ・翠月が本拠で過ごす時のルーティンは鍛錬から始まる。

魔法剣士である彼は薙刀の剣舞の他にも魔導士の鍛錬として魔力を放出することで『魔力』も鍛え続けている。日が出る前から起き、自室で瞑想を行いながら『魔力』を放出し、日が出れば薙刀を持って中庭で剣舞を踊る。

それを昼まで続け、昼食を挟んでから再び鍛錬を行う。中庭で夜まで続け、夜には再び瞑想をする。あるいはダンジョンに潜り数日間の『小遠征』を行い探索を行なっている。

朝から夜まで鍛錬を続けており、時折休息を挟むのが彼の日常だ。

並大抵の冒険者ならば1日も持たないような過酷な鍛錬を彼は五年間続けている。

それは一ヶ月近くの遠征を行った後でも例外ではない。遠征で負った傷はまだ癒えていないし、激しい運動をすれば傷口が開くのは確実だが、それでも彼のルーティンは変わらない。

 

 

『終わり』が来るその時まで決して立ち止まってはならないと、盲目的に『死に急ぎ』続けているのだ。

 

 

「……………」

 

 

中庭に面している廊下ではサクヤが座っており、無言で彼の鍛錬を見守り続けている。

傍にはタオルと救急箱が置かれている。彼の鍛錬の合間に水やらタオルなどを渡せるように、また万が一傷口が開いた時にすぐに手当てができるようにだ。

彼の鍛錬を見守る表情は心配そうではあったが、同時に強い意志が感じられた。彼の身を案じるだけでなく、彼の行動を記憶に焼き付けるように女神は唯一の眷属をまさに母親の如く見守り続けているのだ。

無論、最初からこんな暴挙を容認していたわけではない。自分で自分自身を殺しかねない自殺行為そのものであるこの鍛錬に体がもたないと何度も苦言を呈した。

だが、普段は主神の言うことを多少はごねるが聞き入れる翠月もこれだけは決して聞き入れてくれず、自分はこうあるべきだと言わんばかりに狂ったように戦い続けてしまうのだ。

 

5年前の喪失は自分のせいで起きてしまったのだと己を責め続ける彼は止まることを決して許さない。

 

あの日、彼の心は一度決定的に砕けた。

その時まで彼の原動力であったはずの『高潔』は、今や後悔や憎悪で形作られた『怨嗟』へと転じ歪な形に変わり果てた。

 

その結果、多くの人が彼を見限った。

 

『かつての英雄は壊れた』。

 

いつしか、オラリオで囁かれるようになった翠月の評判。

正義の派閥と双璧を成していた高潔の派閥を率いる団長として名声を轟かせていた翠月。打ち倒した悪は数知れず、打ち立てた偉業も数知れず。

大勢の人々が彼と彼が率いるファミリアに尊敬と称賛の声を上げ、多くの子ども達が彼の姿に憧れ、英雄を夢見た。現在オラリオで冒険者になっている新米の年若い少年少女達の中には、彼に憧れたものも少なくはない。

 

だが、変貌し孤独に戦い続けるようになってから、その羨望は一気に畏怖へと裏返った。

返り血を浴び、自らも傷つきながらも狂ったように戦い続ける悍ましい姿に大勢の人々が衝撃を受け、恐怖を抱いてしまったのだ。

在りし日の姿とはかけ離れた狂気に満ちた修羅の姿。他を突き放し狂ったように突き進むその姿に多くの人が『壊れた』と思ってしまった。

初めこそ周囲の人々は心配そうにしていた。彼に無茶はダメだと、そんなことは望んでいないと何度も引き留めようとした。だが、それでも止めることは叶わなかった。

そうしていくうちに、人々は次々と彼から離れていき、今や彼の妄執を咎めるものは、リナやエイナを筆頭に数えるほどしかいない。

 

サクヤもいつしか彼の無謀に苦言を呈することをやめ、静かに見守り続けるようになった。

だが、それは他の者達のように見放したわけではない。むしろ、彼女は母として子である翠月を今でもちゃんと愛している。

20年前、彼を眷属として見出したあの日から、彼女は彼のことをずっと愛し続けている。

なのに、苦言を呈さなくなったのはひとえに自責によるものだった。

彼の絶望を癒すことができなかったから、今の彼が生まれてしまった。だから、こうなってしまったのは自分の責任であり、自分の罪だ。

子が苦しんでいた肝心な時に、母として何もできなかった不甲斐なさを、その罪を忘れないように彼の妄執から目を逸らさないのだ。

 

 

 

人も、神も、自らの行いを後悔して己を責め続けていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ウダイオス単独討伐という偉業を達成した遠征を終えてから二ヶ月が経過した。

今日も今日とて朝から鍛錬を行なっていたが、夕方に差し掛かった頃、彼の姿は本拠ではなく本拠の外にあった。

 

「今日も質の良いのが買えたな」

 

メインストリートを歩きながら満足気に呟く彼へ荷車を引いており、その中には野菜やパン、肉などがこれでもかと載せられていた。

ありていに言えば、彼はお使いをしていたのだ。

【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の団員が一人しかいない以上、食材の用意、調理、掃除、洗濯といった家事を全て自分でやらなければいけない。無論、主神であるサクヤも家事は積極的にしてくれている。だが、完全に任せきりというのは一人の人間としても、一人の男としてもプライドが許さなかった。

だから、団長といえども、【惨鬼】と呼ばれようとも家族の為に買い物をするのは当然のことなのだ。

大量の食材を荷車に載せ本拠への帰路を進む翠月だったが、不意に鼻腔をくすぐった香ばしい芋の香りに足を止める。

 

「………ジャガ丸くんか」

 

その視線の先には屋台があり、女性の店主が切り盛りしていた。その看板には彼がつぶやいた名称ー『ジャガ丸くん』と綴られている。

オラリオ名物の芋の揚げ物の名前である。かくいう翠月もこの揚げ物を気に入っていた。昔はとある天然娘とも一日中食べ歩きをしたぐらいだ。

 

「………久々に買うか」

 

久々に嗅いだ香ばしい匂いに翠月の足は自然と店へと向き、早速店主に声をかけていた。

 

「カリアさん」

「はい、いらっしゃい‼︎おや、ナルカミさんじゃないか‼︎久しぶりだねぇ‼︎今日は主神様のお使いかい?」

 

牛人の妙齢の女性ーカリアは気さくに応じた。

ジャガ丸くん常連の翠月とは顔見知りなのだろう。気さくに彼の名を呼んだ彼女は後ろの荷車を見てすぐに外出の目的を察したようだ。

 

「そんなところだ。ジャガ丸くんを六つ欲しい」

「六つね。味はどうする?」

「そうだな、プレーンと抹茶クリーム味……それと、ブラックペッパー味を二つずつくれ」

「いつものだね。用意するから待ってて」

「ああ。………あ、いや、すまん、あとカスタード味とチーズ味、それに桜餅味も二つずつくれ」

「おっ、今日はたくさん注文するね。お腹が空いてるのかい?」

「………まぁ、いい感じに小腹が、な」

「ふふっ、すぐに出すから待ってて。おーい、ヘスティアちゃーん」

「ヘスティア?」

 

カリアが店先で他の客相手にジャガ丸くんを売っていた一人の少女の名を呼ぶ。

『ヘスティア』という名に聞き覚えがあった翠月がまさかと振り向いた先で呼ばれた人物は少女と呼べるほど小柄だったが、それに反して胸の主張は激しく服を内側から押し上げている。

 

「はいはーい、店主君、どうしたんだい?」

 

幼い容貌と成熟した胸元という相反する身体的特徴を有する彼女は長い黒髪のツインテールを揺らしながら、カリア達の元に戻ってきた。

青みがかかった瞳でカリアを見上げる彼女は整い過ぎた容姿の中でも幻想的な雰囲気を醸し出している。

一見すればただの美少女にしか見えないが、サクヤと同じ一柱の女神だ。

 

「ナルカミさん、この子はヘスティアちゃん。うちでバイトしてる女神様だよ」

「初めまして、ヒューマンくん!」

「それで、こちらの彼がうちの常連のナルカミ・翠月さん。コノハナサクヤヒメ様のとこの眷属で団長さんなんだよ」

「初めまして、【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の団長を務めているナルカミ・翠月です。神ヘスティア、以後お見知り置きを」

「うん、よろしく!それにしても君、サクヤのところの眷属なんだね」

「サクヤ様とは仲が良いんですか?」

 

じゃ包んでくるからね、とジャガ丸くんを袋に詰めて行くカリアを横目に翠月はヘスティアのことを内心で気さくな女神だなと思いつつサクヤのことについて尋ねる。

 

「うん、彼女とは神友でね。天界にいた頃はよく遊びに行ったものさ。下界に降りていたのは知っていたけど、まさかファミリアを作っていたなんてね。でも、サクヤが主神なんていいじゃないか。サクヤは優しいし、面倒見いいだろ?何てったって、天界でも有数の善神であり、母性がとてつもない母神(ママ)だからね」

 

神々の間でサクヤは包容力と母性に満ちた神格者として天界では屈指の善神だと評価されている。

同時に、桜花と高潔を司る女神であり、天界でも屈指の美神でもある。優しさと美しさを兼ね備えた母神として天界では有名だ。

その評判を翠月は関わりのあるファミリアの主神達から聞いていたため知っていた。だからこそ、ヘスティアの言葉に仮面の下で表情に影が差した。

 

「…………ええ、本当に。サクヤ様は優しいですよ」

 

こんな俺でもまだ眷属として愛してくれるんだから、とは言葉にはできずに瞳の中に悲しみの色を浮かべながら答える。

普通なら見限ってもいいはずなのに、今でもなお翠月を眷属として愛してくれている。感謝してはいるが、申し訳なさが勝ってしまう。

こんな自分なんて早々に見限っていいのにと彼は思わずにはいられなかった。

 

「そっか、それはよかった」

 

そんな翠月の様子に気づかず、ヘスティアは感慨深そうに呟きながらうんうんと頷く。

その時、ちょうど注文していたジャガ丸くんを詰め終えたのか、カリアが翠月に袋を差し出す。

 

「ナルカミさん、お待たせ。注文してた物詰め終わったよ」

「ありがとう」

「いえいえ、これからもうちをご贔屓にしてね」

「勿論」

 

袋を受け取り代金を渡した翠月は店を後にしようとするが、そこでふと思い出し足を止めた。

 

「………あぁ、そういえば何で聞き覚えがあるかと思ってましたが、思い出しました。貴女が自堕落すぎてヘファイストス様のところから追い出された女神様ですか」

「な、なななな何でそれを知ってるんだ君はぁっ⁉︎」

「以前夕食の時にサクヤ様が話していたので」

 

以前の夕食の時にサクヤがヘファイストスから愚痴を聞いたと言ってヘスティアの名前を出していたことがある。

何でも下界に降臨したのち、【ファミリア】も作らずに神友であるヘファイストスの所に転がり込みだらけまくっていたからヘファイストスがブチギレて追い出したそうだ。

最後の温情として廃教会の隠し部屋を紹介してもらってバイトしながら眷属集めをしているとか。

予想外な人物に自身の黒歴史を知られていたことに頭を抱え悶えるヘスティアに翠月は応援の言葉を贈る。

 

「サクヤ様から聞きましたが、眷属集め頑張ってください」

「う〜ありがとう、まぁ今日で断られた人数が30人超えちゃったんだけどね!」

 

あはははと笑うヘスティア。

どうやらファミリア作りは難航しているらしい。

とはいえ、少し話しただけだが、翠月は彼女はサクヤと同じ善神だと人となりを理解した。

だから眷属もすぐにできると思うのだが、それでも眷属ができないのはおそらく容姿のせいだ。小柄な容姿はともすれば幼女に見えなくもない。

見た目が子供だからか、授かる神の恩恵は同じであっても断るのだろう。理解はできないが、選ぶ権利は誰にだってある。仕方ないと割り切るしかない。

 

「いつかは巡り合えるでしょう。それまでは根気よく続けるしかないと思います」

「うん、そうだね。地道に声をかけて行くよ」

「それがよろしいかと、では俺はこれで」

 

そう言って軽く頭を下げて店を後にしようとしたが、一歩目を踏み出した時翠月はふと足を止めてヘスティアへと振り返る。

 

「…………神ヘスティア、差し出がましいことは承知ですが、最後にアドバイスをしても?」

「え?う、うん、なんだい?」

「これからファミリアを作るのでしたら眷属は大事にしてください。そして、英雄の名誉なんかよりも、生存の幸福を大事にできるように導いてあげてほしい」

「…………」

 

【ファミリア】を興し、眷属が冒険者として名を上げていくのならばいつしか必ず、英雄の名誉を求めるようになるだろう。

だが、そんなもの翠月にとっては無価値だ。英雄の名誉なんかよりも、どんな状況であっても生きて幸福を得ることこそが何よりも大事で尊いものなのだ。

それを翠月は嫌というほど思い知っていた。

だからこそ、サクヤの神友であるヘスティアには伝えておきたかった。ヘスティアの眷属が亡くなれば、優しいサクヤは悲しむだろうから。

そんな忠告にヘスティアは僅かに瞠目する。

彼の忠告の真意を読み取れたわけではない。だが、眼差しに宿る大きすぎる感情に彼が経験した壮絶な過去の一端を感じ取ったのだ。だから、ヘスティアは真剣な表情を浮かべ頷く。

 

「………うん、分かった。先輩冒険者の、神友の眷属の言葉だ。しっかりと、眷属の子には伝えるよ」

「………ありがとうございます。あなたがこれから良き眷属に巡り会えることを祈ってます」

「こちらこそありがとう。ファミリアを作る前に大事なことを聞けたよ。流石はサクヤの眷属だね」

「………それは何よりです、では」

 

そう言って改めて会釈をし、翠月は今度こそ露店を後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

荷車を引きながら、紙袋一杯に詰まったジャガ丸くんを頬張る翠月の表情は暗い。

ジャガ丸くんが不味いというわけではない。美味さは健在だ。六種類買ったから飽きるということもないし、香ばしい芋と油の香りが食欲を刺激してくれる。夕方前の軽食にはもってこいのものだった。

それなのに彼の表情が暗い原因は先ほどのヘスティアとの会話だ。正確には、ヘスティアへのアドバイスだった。

 

「どの口がほざいてるんだか……」

 

自嘲気味に嗤う翠月。

先程のアドバイス、あれはもともと言うつもりはなかった。

だが、何故か口をついて出てしまったのだ。彼女には伝えるべきだと、そう思ってしまったから。

しかし、その言葉を口にする資格は彼にはない。

なぜなら、翠月は英雄の名誉も、生存の幸福も、どちらも選ぶことができず無様な生き恥を晒しているのだ。

サクヤの導きに背いている自分が、どの口で言っているのだろうと嘲笑うしかなかった。

そう己を嘲笑いながらジャガ丸くんを食べ続け、やがて本拠に着く頃にはサクヤに持って帰る分以外をあらかた食べ終わってしまっていた。

そして、中に入ろうと正門に手をかけた時、

 

「あ、あの‼︎」

 

彼を呼び止める声が聞こえる。

誰だと振り向いたその先には一人の少年がいた。

 

まず第一印象は白兎だった。

汚れを知らない真新しい処女雪を連想させる真っ白な髪と、血のようだが光に反射すれば美しい輝きを放つであろう深紅の瞳。

白髪と赤目というウサギを連想させるような特徴のヒューマンの少年。

身長は170Cにも満たずあきらかに鍛えられていない貧相な外見はいかにもな子供。背格好から察するに田舎から上がってきたばかりなのだろう。

典型的なオラリオに来たばかりの冒険者志望の子供だ。そう一瞬の観察で判断した翠月は半身で少年を見下ろした。

 

「何の用だ?」

「あ、あの、ぼ、僕ファミリアを探していて……僕をここのファミリアに入団させてください‼︎」

(………………ああ、この子もか)

 

ある程度察しはついていたが、やはりファミリア入団希望者だったようだ。

過去の栄光の噂でも聞いたのだろう。深紅の瞳の中に確かな憧れの輝きを宿す少年の眼差しに翠月の表情は自然と暗くなる。

自分に憧れ門を叩く子供達は今も後を絶たない。その度に自分に憧れたと言ってくるが、もう自分はその言葉を嬉しく思えないし、過去を誇れることはできない。

期待と羨望に満ちた子供達の気持ちを拒み追い返すのは心苦しかった。

最近は遠征に行っていたのもあって入団希望者などはサクヤの方で門前払いをしていたが、運悪く自分が帰宅する瞬間に居合わせてしまったのだ。

翠月にとっても、少年にとっても運が悪かったとしか言えないだろう。少年には悪いが無駄な期待は持たせずにすぐに断ろう。

そう決意し口を開こうとした時、門が内側から開いた。

 

「あら、翠月おかえりなさい。食材は無事買えた?……って、その子は?」

 

運が悪い事にサクヤが門を開けて出てきてしまったのだ。当然少年の存在に気づいてしまう。

 

「サクヤ様、なぜ外に?」

「そろそろ戻ってくるかなって思ってたのよ。それで、その子はもしかして?」

「ええ、入団希望者です。ちょうど声をかけられまして……」

 

少年は女神を間近で見るのが初めてだったのか、ポーと頬を赤くして見惚れていたが、翠月の言葉にハッとすると口早に話し始める。

 

「あ、あの、僕ベル・クラネルって言います。ここのファミリアに入団させてください‼︎」

「ふふ、ご丁寧にありがとう。私はこのファミリアの主神のコノハナサクヤヒメよ。それでこっちが団長のナルカミ・翠月よ」

「えっ⁉︎ここが、あの【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】だったんですか⁉︎」

「あら、もしかして知らなかったの?知ってて来たのだと思っていたのだけれど……」

 

サクヤが意外そうな表情を浮かべる。翠月も同じ表情を浮かべた。

てっきり自分たちの本拠の場所を知ってた上で来たと思っていたからだ。だが、ファミリアの存在は知っているらしい。

彼女の指摘にベルは少し気まずそうな、はずかしそうに自身の事情を語り始める。

 

「え、ええと、その、僕、冒険者になりたくてオラリオに来たんですけど……その、どこのファミリアからも門前払いされて……それであちこち歩いてた時に偶然ここを見つけたんです」

「………なるほど、それでここに入る俺を見て、何とか入れてもらおうと必死に声をかけてきたってところか」

 

恐らくは見た目のせいだろう。翠月の目から見ても、彼は子供にしか見えず冒険に夢を見てわざわざオラリオに来た田舎者だ。

どの神であっても授かる恩恵は同じであっても、【ファミリア】に加入許可を出すのは往々にして団長ー『人間』だ。

外見で判断することが多い自分達からすれば、彼が門前払いされるのは、人の性とも言えるだろう。

相当数のファミリアから断られたのか、彼からは見事なまでの哀愁が漂っていた。

 

「は、はい……で、でもっ‼︎」

 

図星だったようで肩を落とすベルだったが、すぐに顔を上げるとキラキラと歓喜に満ちた瞳を浮かべた。

 

「ここが()()【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の本拠なんですよね‼︎僕、昔旅商人のおじさんからあなた達のお話をたくさん聞いたんです‼︎たった()()で二大派閥に肩を並べる最も『高潔』な()()()()()()()()だって‼︎‼︎」

「…………ッ」

 

ベルの口から語られた【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】の評判にサクヤは表情を悲痛に歪める。

彼が語った評判は間違いではない。しかし、それはあくまで()()()までの話だ。今はもう、そう呼ぶものはいない。

久々に聞いた純粋すぎる憧れの言葉に、サクヤは嬉しいと思う反面、申し訳なさも感じていた。

そして、評判の本人である翠月はというと、

 

「………………」

「………あ、あの」

 

眉ひとつ動かさなく、あまりにも冷淡な眼差しだった。

なんの反応も見せない翠月にベルは歓喜から一転困惑に満ちた様子で彼の顔色を窺う。

 

「ベル・クラネル君」

「は、はいっ‼︎」

「………すまないが、君を入団させることはできない。というより、うちには入らないほうがいい」

「…え?ど、どうしてですか?」

 

当然の疑問に翠月は少しの疑問のあと、何かを堪えるように一度目を伏せるもすぐに目を開きベルを真っ直ぐに見た。

 

「…………『終わったファミリア』だからだ」

「終わった、ファミリア?」

 

反芻するベルに翠月は頷き続ける。

 

「………君が聞いた噂は確かに事実だ。だが、それはあくまで過去の話。五年前までの話だ」

「………過去?」

「そうだ。これから先どこかの神の下で一冒険者として活動するようになるなら、いずれこのファミリアの現状も知ることになるだろう。そうやって人伝に俺のことを聞くぐらいなら、先に知っておいた方がいい」

 

冷徹な翡翠色の瞳がベルから外れ、視線の先で聳え立つバベルに視線を向けながら、淡々と翠月は事実を告げる。

 

「五年前、俺達【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】はダンジョンで壊滅した」

「……え………?」

 

衝撃の事実にベルは呆然とする。

だが、これは紛れもない事実。覆しようのないが、冒険者としては決して珍しくはない喪失の悲劇だ。

 

「よくある話だ。いつも通りにダンジョンに潜って戦って……()()()モンスターに襲われ俺以外の3人の団員が死んだ」

 

ダンジョンに潜る以上、これは避けては通れない可能性であり、ひどく言えばよくある話なのだ。それが翠月にも当てはまっただけ、それだけの話だ。

 

「かつて『高潔な守護者』と謳われていた英雄はもういない。ここにいるのは、仲間を誰一人守れず、ただ無様に生き恥を晒すだけの『死に急ぐ破綻者』だ」

 

既に自分は英雄にあらず、壊れた破綻者でしかない。

だから、君の憧れはもういないんだと目を伏せて言外に示した翠月は愕然としているベルに背を向ける。

 

「話は終わりだ。ここはもう君の憧れの場所じゃない。すまないが、他を当たってくれ」

「は、はい…………あ、あの!急に来たのに話を聞いてくれてありがとうございました!」

「…………」

 

ベルは何か言いたげだったが、それをグッと堪えて口早に礼を言って頭を下げるとトボトボとその場を立ち去ってしまう。

その背中が横道に帰るまで肩越しに見送った翠月は今度こそ正門を潜ろうとした時、不意にサクヤが呟いた。

 

「珍しいわね」

「何がですか?」

「あの子のことよ。いつもなら門前払いしていたのに、なんであんなことを話したの?」

「……………………自分でも何故かは分かりません」

 

長い沈黙の後に翠月はそんな問いかけを返す。

彼とて自分の言動が分からなかったのだ。普段なら、入団希望者は動機など語られても一蹴して一言二言話して終わりのはず。

だが、今回はそうではなかった。その理由が彼自身も理解できていなかった。

強いて挙げるならば………

 

「ただ……」

「ただ?」

 

続いた言葉にサクヤが耳を傾ける中、翠月はベルが消えていった横道の方を見ながら呟いた。

 

「気まぐれ、それだけです」

 

気まぐれで、話した。それだけのことだった。彼にとってはその程度のことだったが、サクヤは違う受け取り方をした。

 

「そう…」

 

素っ気無く返したサクヤだったが、藤色の瞳は嬉しそうに細められ、穏やかな微笑が浮かんでいた。

 

「何はともあれ、買い物お疲れ様。早速夕食の準備をするわ。お風呂は温めてあるから、先に入ってきたら?」

「いえ、今日は俺も手伝いますよ」

「あらいいの?」

「はい、しばらくはゆっくりできますしね」

「そう?なら、一緒に作りましょうか」

「ええ。……あ、実は帰りにカリアさんのところでジャガ丸くん買ってきたんですよ」

「まぁ、ならそれも今夜のおかずね。しかも、私の好きな味もあるじゃない。嬉しいわ」

「ちなみに、女神ヘスティアがカリアさんの店でアルバイトとして働いてましたよ」

「ヘスティアが?あらあら、ヘファイストスにバイト先で紹介されたのかしら」

「おそらくは」

「ふふふ、それなら、今度会いに行こうかしら、きっと面白い光景でしょうから」

 

仲良く言葉を交わしながら今度こそサクヤと共に正門をくぐり屋敷に入ろうとしていた矢先、不意に翠月を呼ぶ声が彼の背後から聞こえてきた。

 

「あ、いた!ナルカミ氏ーーー‼︎」

 

特徴的な呼び名で己を呼ぶ人物を彼は知っている。

振り返ってみれば、予想通り、一人のハーフエルフの少女エイナがこちらに走ってきていた。

全力疾走してきたのだろう。翠月達の前でようやく止まったエイナは両膝に手をついて荒い呼吸を必死に整えている。

 

「どうした?エイナ」

「エイナちゃん?そんなに慌ててどうしたの?」

 

これには流石に2人も面食らって思わず追い返してしまう。

その問いにしばらくしてようやく息を整えたエイナが一つの封書を翠月に差し出しながら答えた。

 

「ぎ、ギルドより【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】団長ナルカミ・翠月氏に緊急強制任務(ミッション)を発令します‼︎先ほど、ギルドにダンジョン深層にて遠征中の【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナ氏からの救援要請が来ました‼︎」

「っ、フィンから?依頼内容を見せてくれ」

 

旧知にして友好関係にある有力ファミリアの団長よりの救援要請。

流石に只事ではないと感じたのか、翠月は表情を険しくしてエイナが差し出した封書ー即ち、依頼書を確認する。

 

「………翠月、内容は?」

「………少し面倒なことになっているようです」

 

素早く目を走らせて内容を確認し、更に険しくなった翠月を見てサクヤが依頼内容を尋ねる。封書から視線を外した翠月は依頼の内容を伝える。

50階層での野営中に未知のモンスターの大群の襲撃を受けたとのこと。それだけならば、多少の異常事態であれば都市二大派閥の一角【ロキ・ファミリア】は揺るがないが、そのモンスターがとりわけ厄介だったようだ。

武器を腐食させる体液を吐くらしく、しかも体内に内包されている量は相当量ある上に、倒したら破裂して腐食液を撒き散らすらしい。

不壊属性の武器ならば凌げるらしいが、それも少数しかないため多勢に無勢。さらには、51階層につながる通路からモンスターが際限なく湧き出てきているらしく、撤退戦の移行すらできないとのこと。

死者こそ出ていないが、負傷者多数。かつ、武装多数損失。事態は急を要すると判断し、可及的速やかに50階層に到達できる都市有数の冒険者である翠月に救援を依頼したということなのだ。

話を聞いたサクヤは苦い表情を浮かべる。

 

「………ロキの子からの救援、しかも、50階層なんて……でも、強制任務だから強くは抗議できないわね。ギルドもずる賢い判断をするわ」

「でしょうね。何にせよフィン達が壊滅したら、それこそオラリオにとって致命的です。俺としても友好関係を築いている以上、行かない理由も、断る理由もありません」

 

オラリオの存在意義的に【ロキ・ファミリア】が壊滅するのは避けるべき事態だし、ファミリア間で友好関係を築いている関係である以上、断れない事案だ。

ただ、一つ気がかりというか、裏の意図を二人は察した。

 

「…………恐らくだけど、フィン君ったらあなたとの関係を強固にしようとしてるわね」

「フィンの性格ならあり得ますね。というか、俺のことはあくまで保険として考えてるでしょう。救援要請に応じて、救援に向かう。真意はどうであれ、それだけでも対外的なパフォーマンスにもなります」

 

フィンはかなり聡明で頭の切れるオラリオ随一の優秀な指揮官だ。そんな彼ならば、窮地に追い込まれていようとも、危機を脱する策などいくらでも編み出し、その高い指揮能力で実現し突破してしまうだろう。

本来であれば自分の手助けなどいらないはずだ。だが、それでも救援を頼んだのは、対外的に強固なつながりを見せるため、あるいは予備策としてだろう。

とはいえ、あくまでそれは仮定の域を出ない話だ。フィンの真意をこの文面だけで図るのは彼でも不可能。

 

「それでも、あなたは向かうんでしょう?」

 

サクヤは困ったような微笑を浮かべながらそう言った。

彼女とてわかり切っている。これを読んだ彼がどう行動するかなど。

そして、彼は彼女の予想通り、

 

「無論です。強制任務というのもありますが、断る理由がありませんから」

 

迷わず行くことを選んだ。

翠月はいつも通りの様子で、特に緊張などもなくさも当然のように言い放つ。思惑がどうであれ、友好ファミリアから救援要請が来たのだ。彼の心情的にも断る理由は一つもなかった。

それに、50階層への救援に自分に選んだのは最適な判断だと言える。

 

「俺のステイタスなら半日もあれば深層に辿り着けます」

 

ナルカミ・翠月の行軍速度は尋常じゃないくらいに迅い。

仲間がいない単身であり、尚且つスキルの補正もあるからこそなのだが、それでも彼の迅さは数多いる冒険者達の中でオラリオ最速と称される冒険者に並ぶと自他ともに認めているほどだ。

それだけの脚を以ってただその救援地点に向かうという一点に集中し駆け抜ければ、半日でフィン達の元へ向かうことも不可能ではない。

 

「リナに任せた装備もそろそろ完成する頃合いでしょう。丁度いいです。試運転がてらに救援に向かいます」

「分かったわ。それなら、軽食を用意するからその間にリナちゃんの所に行って装備を取ってきなさい。その程度は誤差でしょう」

「分かりました。エイナ、強制任務を受諾する。準備が整い次第、すぐに向かうからギルドに伝えておいてくれ」

「は、はい‼︎」

 

エイナに振り返りそう言った翠月は中庭に荷車を置くと足早にリナがいるであろう【ヘファイストス・ファミリア】の工房へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「リナ、急にすまない。今いるか?」

 

【ヘファイストス・ファミリア】の本拠たる工房に顔パスで入った翠月はそのまま真っ直ぐにリナの工房に向かい扉をノックしながら

リナは丁度休憩をしていたのか、すぐに出てきた。

 

「翠月?いや、丁度休憩してたから構わない。それはそうと、急にどうした?急いでるようだが」

「ギルドから強制任務がおりた。至急、50階層に遠征している【ロキ・ファミリア】の救援に行けとのことだ」

「それはまた急だな。しかも、50階層か……なるほど、それで装備のことを聞きにきたわけか」

「そういうことだ。出来ているか?」

 

簡潔に伝えただけで理由を把握したリナに翠月も前置きは省いて装備の完成を尋ねた。

リナは待ってたと言わんばかりにニヤリと笑うと、工房の扉を開け放ちながら答える。

 

「ああ。丁度さっき調整が終わったばかりだ」

「そうか、出来は?」

「完璧だ。お前自身の目でも確かめてみろ」

 

リナに促され、翠月は中に入る。

そして、工房の中にあるソレに瞠目した。

 

「ほぉ……これは……」

 

思わず翠月の口から感嘆の声が溢れる。

工房の中央に佇む人型のマネキン。そこに嵌め込まれた真新しい防具と傍に立てかけられている一振りの薙刀。

防具の色は以前の鮮やかな金翠とは打って変わって、漆黒と金を基調とした深い光沢のある黒金色の鎧に赤いラインが刻まれている。

フォルムは以前よりも鋭くなり、重厚さの中に鋭利さも加わっている。

右肩には鬼面を想起させるプロテクターがあり、目の部分に赤の宝玉が嵌め込まれていることから妖しさすら感じる。その様は、この防具の元になった素材の持ち主ーウダイオスの顔を鬼面の形に嵌め込んだかのような印象だ。

これまで翠月の戦いを支えてきた防具『閃雷』シリーズは剣客を連想していたが、新たな装備はそこに獣の如き荒々しさと凶悪さが加わり一新されていた。

 

「どうだ?会心の出来だろう?」

「………ああ、流石だな。以前よりも遥かに優れたものだとわかる」

「素材が良かったのもあるがな、私としても過去一番の傑作だ」

「ありがたいな。それで、この防具の名は?」

「閃雷シリーズ改『骸纏』。ウダイオスのドロップアイテムをベースに仕上げた一品だ。そして、こっちが……」

 

リナは薙刀に視線を移す。

翠月の愛刀であった『千鳥参式』もその装いを変えていた。

刀身に刻まれる花吹雪の意匠は変わらないが、薄紫だった刀身は黄昏時を思わせる鮮やかな黒紫色へと変化。元々防具に合わせていた金色の柄も、新たな防具『骸纏』に合わせるかのように黒金色へと変わっていた。

『骸纏』同様、以前の千鳥参式と比較しても明らかに武器としての完成度が高く、放つオーラも強大となっている。

翠月の新たな愛刀ーその銘は、

 

「千鳥肆式ー『骸狩』だ」

 

参式の次ー肆式『骸狩』。

それがこれからの翠月の冒険を切り開く刃の名だ。

目を見張る翠月にリナが得意げに尋ねる。

 

「満足いただけたか?」

「ああ。どちらもいい名だ。気に入った」

「そうかそうか、なら良かった」

 

翠月の満足げな反応にリナも笑みを浮かべて何度も頷くと、台の上に畳んでおいた新調された戦闘衣を手に取り翠月に渡す。

 

「無論『夜嵐』も修復・改良しておいた。こちらも性能は引き上げたが、デザインは変えてないから名は『夜嵐・改』と言ったところだ」

「ちなみに、その性能は?」

「簡単に言えばお前の『雷』により耐えれるようにした。柔軟性も上がっているからお前の動きを阻害することはないだろう。当然()()()()()()()()にしてある」

「ありがたい」

「急いでるんだろう?ここで着替えていけ。私は外に出ておく」

 

二人にしか分からない会話をしたリナはそういうと外に出ていき、扉が閉まったと同時に翠月は己が着ている服を脱ぎ

早速戦闘衣に着替えて装備を身につけていく。

しばらく、金属音だけが鳴り響くだけだったが、やがて装備の着用を終え、最後に新しい面頬を嵌めた翠月は最後にこれからの相棒ー『骸狩』を手に取った。

途端、手に伝わる手頃な重さと絶妙な握り心地。

 

「…………ああ、やっぱり馴染むな。あいつの装備は」

 

10年以上彼女に装備を頼んでいたからだろう。

武器の掴み方の癖も完全に把握しており、初めて持つはずなのに、何年も振るい続けたかのように手によく馴染んだ。

軽く振れば鮮やかな黒紫の軌跡を描き、心地よい風切り音が耳に届き、頬が自然と緩んだ。

 

「振り心地もいい。前よりも振るいやすいな」

 

翠月の手に握られた薙刀の刀身が、彼の喜びに呼応するように黒紫の輝きを増す。軽く振りいつも通りの最高な出来栄えに満足した翠月はいよいよ外に出た。

外ではリナがいつの間にかいた赤髪の青年と話していたが、翠月が出てくるやすぐに彼へと視線を向けると満足げに頷く

 

「やっぱり似合ってるな。よく馴染むだろう?」

「ああ、これまでで一番だ。いつもいい仕事をしてくれる」

「はは、それは光栄だ」

「…………っ」

 

二人は仲良く談笑しているが、その少し離れたところで赤髪の青年は表情を強張らせていた。

それもそのはず。いくら防具や武具になったとはいえ、彼の装備のベースとなっている素材は深層の階層主ウダイオスのドロップアイテムだ。

アイテムになってもなお、深層の階層主のオーラは衰えておらず、未だ未熟な鍛治師である青年は翠月自身が纏う威圧感も相まって気圧されたらしい。

とはいえ、そんなこと二人にとってはどうでもいい話だ。

 

「さぁ、行ってこい、翠月。これからはその子達がお前の冒険を支える。お前の手で更なる高みに連れて行ってくれ」

「………ああ、行ってくる」

 

送り出すように背中を叩かれた翠月は【ヘファイストス・ファミリア】を後にし、軽食を補充すべく一度桜の社へと戻る。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「サクヤ様、ただいま戻りました」

「お帰りなさい、軽食は用意できているわよ」

 

戻ってきた翠月を玄関で出迎えたサクヤの手にはお盆があり、そこにおにぎりが山のように積まれていた。

サクヤは翠月が纏う新生した装備を見るや感嘆に頷く。

 

「そう、それがあなたの新しい装備ね。いいじゃない、よく似合ってるわ。リナちゃんもいつもいい仕事するわね」

「俺も同感です」

 

満足いく出来栄えに着用者の本人も満足げだ。

それから翠月は玄関の式台に腰掛け、サクヤが用意したたくさんのおにぎりを大口を開けて頬張り、ものの数分でおにぎりの山を食べ尽くすと最後にお茶を一息で飲み干して再び仮面を被る。

腹を満たし、いよいよ出立の準備が整い玄関を出た翠月にサクヤは『主神』としての表情を向け告げた。

 

「行きなさい、私の愛しい眷属。桜花の女神コノハナサクヤヒメの名に於いて命じます。今回の冒険も無事に帰ってきなさい。そして、あなたの雷こそ、何者にも勝り、何者よりも疾い無双の一刀であることを示しなさい。

それで無事に帰ったら、一緒に美味しいご飯を食べましょう」

「御心のままに」

 

最後だけ『母』としての顔で我が子の出立を見送り、唯一の眷属は片膝をつき恭しく頭を下げ短く返す。

そして、女神の言葉に応え立ち上がった次の瞬間には、その姿は掻き消えた。

後に残るのは彼の移動によって発生したそよ風のみ。

遠くを見れば、屋根伝いにバベルに向けて駆ける鬼人の背中があった。

あっという間に遠くなる愛しの眷属の背中を見送るサクヤは祈るように一言。

 

「…………死なないでね」

 

ただ無事に生還してくれれば、それでいい。

いつまでも彼の幸福を、彼が刻み進む物語を見守っていきたいからと、サクヤは唯一の眷属の無事の帰還を望んだ。

 

 

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