【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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遅れに遅れて本当に申し訳ありません……(´;ω;`)
これまで毎日投稿頑張ったので一日だけお休みを頂いたということにして頂けると……。

ということで、最終話です。
約11000字あります。詰め込みすぎました。反省です。


眠っていた平民と死んだはずの未来

「いらっしゃい──タリエ、リアン」

 

「よう、カル! お邪魔するぞ!」

 

「お邪魔します、カルさん。随分片付きましたね。もう前の工房とほぼ同じ環境では?」

 

「ああ……ロエマさんが……棚とか、手配してくれたから」

 

「へえ、すげえな! インクの匂いしかしないぜ。前とは見違えるみてーだな!」

 

「あはは、そうですね──ここが『先輩の隠れ家』だった時と今とでは、何もかも大きく変わってしまって……」

 

 

 

「それにしても、ここは静かですね。王都の騒ぎが嘘みたいだ」

 

「元々、目立たない隠れ家だったからな……静かだし、おかげで、気が楽でいい……」

 

「ここに比べて、今の王都は『王子死亡』って話題で持ち切りだからなー。もう一か月ぐらい経ってるのに、聞き飽きたぐらいだぞ」

 

「ええ。エリザベト王女殿下が腐敗貴族を一掃できたのも、世論が完全に味方についたおかげですからね。僕とカルさんへの訴えが取り下げられたのも、その流れですし……」

 

「あれで、次の王は……王女様で確定だろうしな……」

 

「ま、結果オーライってやつだな! こんな一気に解決するとは思ってなかったぜ!」

 

 

 

「葬儀も、盛大だったしな……王女様、いくら金かけたんだろうか……」

 

「まあ王子の葬儀ですからね。体裁を整えるためにも下手なことはできないんでしょう」

 

「だよなー。まあ兄貴のなら何でも、山ほど人呼んで派手にやるべきだけどな!」

 

「……そういえば、マドリーさんとネルちゃんは? 一緒じゃなかったんですね?」

 

「ん? ああ、あの二人は『準備があるから』って遅れるんだと。準備って何だよ、女って面倒くせー」

 

「準備……ですか。まあ、今日は大事な日ですからね。気合が入ってるんでしょう」

 

「準備といえば……うちも。最近は、かなり時間がかかるようになって──」

 

 

 

「──ふわぁ………………あれ? もう皆、来てたのか?」

 

 

 

「……あっ? 今、起きてきたのか?」

 

「そうだな……今日も、相変わらずお寝坊みたいだ……」

 

「はは……全くですよ、なんで主役が一番無関心なんですか?」

 

「悪い悪いって、皆に会えるってなって楽しみだったんだよ……おはよう、皆」

 

 

 

「ええ、おはようございます──アシェル先輩」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 王子アシュレムが死亡したって話が公式に発表され、今日で早一か月。

 まあ結論から言えば──俺はなんとか無事に生き残ったらしい。

 公的には「視察に向かう道中で、光明の教会の信者を引き連れた没落貴族に襲撃されて死亡」ってことになってるが……こうして何の問題もなく飯屋で食事してることを知る国民は数えるほどしかいねえ。

 

「にしても、ここの飯はこんな美味かったかな。前はそんなこと無かったんだが」

 

「そういえば、あの兵士も先輩だったんですよね。あの時は不満そうでしたが……」

 

「じゃあ俺の舌が肥えたのかもしれねえなあ」

 

 ここは兵士の頃にタリエと寄った飯屋のはずなんだが……多分味の感じ方が変わったってのは俺の中の価値観ごと変わっちまったってことなんだろうな。

 リアンとカルも満足げだし、昔の俺の感性が死んでたって考えるのが妥当か。

 

「それにしても先輩。ソラナさんの件……本当に驚きましたよ。まさかあの、行方不明だったソラナさんが……」

 

「んっ……!? あ、ああ、そうだな……」

 

 急にタリエがソラナの名前出すからビビっちまった。

 いや俺も最初に聞いた時は心底驚いたけども。

 

 というのも、結構絶体絶命だった俺の元に現れたのはソラナだったらしい。

 ノエリスの時みたく、俺のことを呪いで追跡して見つけたそうで。本当に死ぬ気の無かった俺にとっては助けが間に合ってくれて万歳というか、ソラナには感謝してもしきれないってとこなんだが……

 

「そうそう! そのソラナってねーちゃんが助けに来たんだろ? しかも、その人が現れた瞬間、周囲の連中がピタッって動き止めたっていうんだから不思議だよな!」

 

「……そうだな。俺も後から聞いたときはびっくりしたぜ」

 

「それに……あの貴族も。その、ソラナって人に、切りかかろうとして……急に胸を押さえて倒れたって話。偶然にしては出来すぎだよな……」

 

「ま、まあ、日頃の行いが悪かったんじゃねえか? 天罰的な?」

 

 完全に呪いなんだよなあ……。

 話を聞けば聞くほど心当たりしかねえんだけど。

 

 自棄になった貴族と暴走しかけの信者たちに対し、俺は仮死状態になることで切り抜けるって案しか思いつかなかったが──もしその場所に突如ソラナが現れたら? 結果は……考えてみれば当たり前のものだった。

 ソラナは教会の幹部だ。信者たちはソラナを見れば一気に攻撃性を失い、追従するに決まってる。一時的に自分達を扇動してる貴族より、見慣れてた正式な幹部の命令の方が重要なのは当然だ。

 そうなりゃ敵は件の貴族しかいない訳で……そうなっちまえばもうソラナの敵じゃない。条件次第じゃ伝説の魔女を追い詰めることだってできるのは既に証明されてる。その貴族がどうなったかは、まあ……考えないようにしてる。

 

 そのままソラナは、暴徒が沈静化して自由になった護衛たちと共に、俺を連れて急いで撤退したらしい。おかげで俺の回復も間に合ったって話だ。

 人見知りなソラナにしては頑張ったと思うが……搬送する時に「た、多分これ、私のせいで、だ、だから、償いを、しないといけなくて!」ってずっと言ってたらしい。何のこと言ってるんだろうな……心当たりあるけど。

 

 まあ、そんな裏の事実をコイツらには言ってないが。

 ソラナの名誉のためにも、アイツが教会の幹部だったことや呪いが使えることなんて、言える訳がない。おかげでコイツらの間では、ソラナは「突如現れて俺を助けてくれた恩人」って立ち位置になってる。

 俺としちゃソラナが皆と険悪な関係にならないってのが嬉しいよ。

 

「……って、おいタリエ! 何勝手に人の皿から肉取ってんだよ!」

 

「あ、すみません先輩。先に僕が食べるので……うん、大丈夫です。どうぞ」

 

「はあ? なんか食い意地張るようになったよなお前。そんなキャラだったか?」

 

 

 

 まあ何はともあれ、俺は生き残れた。

 俺の死体の偽装も上手くいったようで。おかげで当初の目論見通り、エリザベトの支持率は盤石になり、本人からも許可を得て──俺は晴れて自由の身になった。王族から、身分を隠した平民って立場に収まることができたって訳だ。

 

 ……で。

 

「……なあ。さっきから思ってたんだが、なんで皆、俺のことそんなに見てくるんだ?」

 

「ぐっ……」

 

 一番見てたリアンが唸るが、別にリアンだけじゃねえ。

 タリエもカルも、飯もそこそこに俺のことジロジロ見てくる。目が合うと逸らすくせに、俺が視線を外した瞬間にまた視線を感じる。

 

「いや……その、先輩。やっぱりその格好、元からは想像できないというか……」

 

「そ、そうそう! すげえよな! パッと見じゃ絶対男に見えねえって!」

 

「……ああ。知らない奴が見たら、間違いなく美女だと思うだろうな」

 

 ああ、「これ」のことか。

 

 今の俺は、ロエマ直伝の化粧を使いこなして、完璧に「女装」してる。死んだことになってる王子が堂々と街を歩くわけにはいかないからな。流石に性別が違うなら、俺をかつての王子だと思ったりはしねえだろ。

 まさか俺もかつての化粧の知識や、女になった時の経験がこんな風に生きるとは思いもしなかった。訳を話した時のロエマは「素材が良いから!」ってノリノリだったが。

 

「俺も最初はぎこちなかったが、慣れれば悪くねえぞ? 誰も俺だって気づかねえし」

 

「そりゃ気づかねえよ! 俺だって最初、兄貴の隠し子かと思ったもん!」

 

「隠し子って。俺いくつだと思ってんだ。計算合わねえだろ」

 

「女だった時のお前が成長すれば……こんな感じなのかもな……」

 

「まあその時イメージしてるからな。肉体もあれより年上だし」

 

「でも先輩、本当に綺麗ですよ。その……ちょっとドキドキするというか……」

 

「……お前は何言ってんだ。中身は俺だぞ?」

 

 問題は俺を見る目に若干色が混ざって感じるようになったことだ。前にも増して重さを感じるように……ん? いや、重さ自体は変わってねえ気がするな。あれ? 

 ……ま、中身は変わってねえから安心しろ。そのことはコイツらだって百も承知のはずだが……ロエマの指導が徹底的すぎたのかもしれねえな──

 

「──あちっ……!」

 

「あっ兄貴! 熱いなら俺がふーふーする前に食うなって言ってるだろ! ほら貸せ!」

 

「いやいいって、ガキじゃねえんだぞ。むしろてめえが俺にされる側だろうが」

 

 

 

「そういや皆は最近どうなんだ? カルのことは分かるが」

 

「アシェル……」

 

「いや変な意味じゃなくて。俺とお前同じ家に住んでんじゃん」

 

 エリザベトの王位をほとんど確定させ、本人に「このような形は非常に不本意なのだが……」とか言われながら隠居を許可してもらい。

 今の俺はカルの店で受付嬢として、日々を暮らしてる。勿論、受付の時も女装するから「嬢」だ。前と違うのは──嫌な客が来た時に、カルが代わりに対応してくれるようになったってとこか。

 

 カルの工房は、俺たちが使ってた隠れ家を新たな拠点として使うことになった。

 あそこは人通りも少ないからカルにとっても気が楽だし、どっちもロエマの持つ物件だから状態自体はあんまり変わってない。元々写本って単価が高えし、客自体は固定客がいれば普通に食っていけるからな。

 それに客と言えばだが──俺の仲間たちも入用の時はカルの工房を利用するようになった。まさしく固定客がついたと。

 勿論エリザベトも利用してる。カルの工房は王族御用達になった訳だ。カルが親父さんから受け継いだ大事な仕事だって言ってたが、これならその親父さんも満足だろう。

 

「僕は順調ですね。上層部が一掃されたおかげで、風通しも良くなりましたし。今は胸を張って働けてます」

 

 タリエは文官に復職したらしい。

 元々コイツは上層部への不満から国に仕える意味を見失ってて、そこに投獄のコンボが決まって行先がかなり危うかったんだが……逆に言えば、無罪を勝ち取ってかつ上層部から腐敗が取り除ければ、働く意義をまた見出せるってことだ。

 それどころか、俺の政務を秘密裏に処理してた業績がエリザベトの目に留まり、信用にも足りるってことで、今じゃ王城勤務らしい。ヒラからの投獄からの王族直下って、異例の出世コースだな。

 

「俺は酒家の後継ぎとして頑張るぜ! 実質、兄貴との共同経営みたいなもんだからな! 頼りにしてるぞ!」

 

 リアンはバレク家の後継ぎとしての未来が確定した。

 本来あった両家の関係改善のための縁談は、両家協力の元に出来上がったあの酒のおかげで必要なくなったらしく。リアンが次期当主を嫌がる理由もなくなって、今は後継ぎのための勉強に励んでるそうだ。

 前聞いたときはまだ不満な点があるって言ってたが、俺が「うちの家族の話なんだから、酒造りに関しては俺にも一枚噛ませてくれ」って言ってから以降はすげえ前向きらしい。不満はどこ行ったんだよ。

 

 まあでも、皆順調そうだな。

 ……あれ、水が無くなってら。注いで来るか──

 

「──水か? 俺が行く。ここは二階の席だし、アシェルは立つ必要ない……」

 

「え? いや、水ぐらい一人で入れて来るけど……」

 

「いいから、座ってればいい。高いところは……危ないから」

 

「お、おお? 過保護じゃねえ?」

 

 

 

 ところで──今夜は仲間たち全員で集まってパーティーの予定がある。

 皆忙しいと思うが、こうして呼びかけるとすぐさま返事をくれて、今では定期的に集まるようになった。

 

「ふう、ごちそうさん。美味かったし、もっと食いたかったが……夜もあるしな。これだけにしとくか」

 

 パーティーになれば夜遅くまで楽しむことになるし、腹の空きは多い方がいい。

 今日起きるのが遅かったのだって、前日から楽しみで眠りが浅くなったからだ。ますます普通の人っぽくなってるな、俺。いいことだけど。

 

「夜なあ……俺としちゃ、こうやって男だけで集まるのでもいいと思うんだけど」

 

「まあ、男じゃないとできない話もありますからね。僕もこの集まりは好きですよ」

 

「俺は、アシェルがいるからいいが……賑やかだと緊張するし……」

 

 ん? あれ? そうなのか、お前ら? 

 集まるのは仮にも美女ばっかりなんだし、男だからてっきり嬉しいもんだと……カルはそうか、人が多いのはちょっと気まずいか。

 

 

 

「(まあ僕は、よく先輩と二人きりでご飯に行ってますし……)」

 

「(まあ俺は兄貴としょっちゅう二人だけで遊んでるからなー)」

 

「(俺そもそもアシェルと一緒に住んでるし……贅沢か)」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 工房に戻ったら、男衆でパーティーの準備だ。

 つっても、男だけじゃ華がねえって言うか、地味なもんしかできねえっていうか──ん? 

 

「あ、あの……ごめんください……」

 

 おお、ソラナだ。一番手が扉からひょっこりと顔を出してる。

 かつての──教会の地味なローブ姿とは打って変わって、今日は随分と小ぎれいな恰好をしている。髪も整えられてるし、どこか晴れやかな表情だ。

 

「いらっしゃい、ソラナ。早いな」

 

「は、はい! アシェルさんに会えるのが楽しみで、その……早く来すぎちゃいました……!」

 

 顔を赤らめてモジモジする姿は、かつての自信なさげな後輩そのものだ。

 とてもじゃないが、敵をすぐ呪い殺そうとする女とは思えねえ。

 

「こんにちは、ソラナさん」

 

「ひゃっ!? た、タリエくん……!」

 

 ……で、ソラナはかつての知り合い──特にタリエとベラに怯えるようになった。今だってタリエが声をかけた瞬間、ビクッと肩を震わせて、素早く俺の背中に隠れてる。

 タリエはソラナの正体を知らないから、純粋に再会を喜んでるんだが……ソラナの方は、かつての知り合いにめちゃくちゃ様変わりした自分のことを知られるのが大層気まずいようで。確かに俺も、かつての盗賊仲間に女装してるとこ見られたら恥ずかしいかもしれない。そういうヤツか? 

 

「元気そうでよかったです。行方不明だった時は本当に心配でしたから」

 

「あ、あはは……ご、ご心配おかけしました……」

 

 前に聞いた話じゃ、もう「光明の教会」とは離反したらしい。

 実際に教会は力を失いすぎて、信者のほとんどは脱退。一部は後続の組織を設立したそうだが……前とは教義も大きく変化して、今は前みたいな厄介集団じゃなくなってるらしい。

 何はともあれ、ソラナが自分の意思で「教会は間違ってる」と気づき、無事に縁を切れたようで俺としちゃ満足だ。曰く「教義より信じるものができた」らしい。

 今は別の仕事に就いてるらしいし、無職云々で俺が焦ってたのが心配無用だってぐらいに一人立ちしてる。

 

 にしても、別の仕事って何やってんだろうか。次は危ない目に遭わないとといいが。

 案外、「アシェル教」の教祖とかやってたりして……自惚れ過ぎか。

 

 

 

「ごめんくださ~い! アシェルちゃん、来たよ~!」

 

「失礼致します。ご主人様」

 

 次に来たのはロエマとレミだ。二人とも、見るからに高そうな服に身を包んでる。

 ロエマは大家業で成功してるから分かるが……思い返せば、ガルトン邸を出てからのレミも一応めちゃくちゃ金持ちなんだよな、理由は言わねえけど。二人揃って金持ちオーラが半端ねえ。

 

「ロ、ロエマさん! そ、その……いつもお世話に、なってて……」

 

「あらあらカルくん、そんなに緊張しなくてもいいのに。変わらないわね~」

 

 この元隠れ家、現写本工房はロエマのものだし、カルは相変わらず頭が上がらない。

 家賃も格安……というかタダ同然にしてもらってるらしいし、無理はねえか。大家と店子ってより、パトロンと芸術家みたいな関係に見えるな。昔と違って、俺がいなくても対応できるようになってるのは成長か。

 

「ご主人様。本日の警備につきましては──」

 

「レミ、今日はパーティーだぞ。護衛とかいいから」

 

「承知致しました。では、お傍に」

 

 レミは私服なのに、俺の斜め後ろに直立不動で待機し始めた。

 毎回会う度にこういう会話をしてる気がするが……何すればいいか分からねえってよりかは、俺に「こうしてろ」って指示されるのを期待して、この話をしてる気がする。メイド服じゃなくても中身は変わらねえな。

 

「アシェルちゃんは今日も可愛いわね~。教えたこともしっかり実践してるし、お姉ちゃんは嬉しいわよ~?」

 

「うっ……ロエマさん、撫でないで……」

 

「え~、いいじゃない。ほら、くるっと回ってみて?」

 

 ロエマは俺を見るなり抱き着いてきて、頭を撫で回してきて……俺の女装姿がお気に入りらしいが、俺は子供じゃねえぞ。「可愛い」はねえだろ。

 ていうか、俺の女装はあくまで、事情を知らないヤツらに正体がバレるのを阻止するためであって、可愛くなりたいとかそういう訳じゃねえんだが……。

 

「……あ、そういえば。ここならもう女装する必要ねえよな? 着替えるか」

 

 身内しかいないんだし、わざわざ窮屈な格好をしてる必要もない。

 仲の良い相手が女装してるのを見るのもキツいだろうし、さっさと着替えちまって──

 

「だ、ダメよアシェルちゃん! ここで脱ぐなんて!」

 

「へ? いや、別に俺男だし……」

 

「ダメだってば! ほら、着替えはあっちの部屋で!」

 

 お、おおっと。

 凄い剣幕で止められて、別室に押し込まれちまった。

 いや、俺男なんだけど。乙女の恥じらいとかを考えてるならだいぶ想定違いだぞ。

 ロエマの中で、俺はもう完全に妹扱いになってねえか? 

 

 

 

 着替えを済ませて戻ると、もうマドリーとネルが到着してた。

 

「遅くなってごめんなさいね。準備に手間取ってしまって」

 

「ア、アシェル兄……! その、この服、見て! どう!?」

 

 二人とも、めいっぱいおめかししてる。

 マドリーはここ一番って感じのドレスで色気を漂わせてるが、ネルの方は慣れないドレスに戸惑ってるのか、動きがぎこちない。マドリーに着せられた人形みたいだな。

 うっすら化粧も乗ってるし、リアンの言ってた「準備」ってのはこれのことなんだろうな。

 

「おう、二人とも似合ってるぞ。綺麗だ」

 

「ふふふ、ありがとう。貴方に褒められるのが一番嬉しいわ」

 

「え……綺麗? 本当に? やったぁ!」

 

 ネルは顔を真っ赤にして喜んでる。可愛い妹だ。

 マドリーは余裕の笑みだが……俺としちゃ、ちょっと気まずいというか。

 

「アシェル。分かっているわよね?」

 

「分かって、ます……」

 

「よろしい。これからも薬を飲むときは必ず私と一緒。飲むのも私が作った薬だけにすること」

 

「……はい」

 

 まあ、当然。俺が仮死状態になるために薬を飲みまくったことに相当キレたみたいで。

 ソラナが連れられた後、意識が戻った時に見た──安堵と激怒の両方を備えたマドリーの顔は今でも忘れらない。マドリーはキレるととにかく怖いってことを学んだ日だった。もう俺は無理な乱用はしねえ。マドリーが怖いし。

 おかげで薬を飲む時は必ずマドリー監修のもと、マドリーが作った以外の薬を飲むことは禁止になった。当然の判断だと思う。俺としても悪いことをしたと思ってるから、何も言えねえし。

 

「ねえリアン、ちゃんとアシェル兄に変な虫がつかないように見張ってた!?」

 

「あん? 言われなくても見てたぞ! てか、兄貴はそもそもお前のもんじゃねー!」

 

 ネルはリアンと楽しそうにやいのやいの言ってる。楽しそうだな。

 二人ともまだ子供なんだし、同じくらいの年齢で息の合った二人だと騒ぎたくなるんだろう。リアンに仲の良い友人ができたことは良いことだし、ネルも普通の人間みたいに気を許せる相手ができたことを喜ぶべきだな。

 

 

 

「遅れたな。酒とつまみを買ってきたぞ」

 

 次にやって来たのはベラだった。

 他の女性陣とは違って、あまり着飾らず、動きやすそうな服で来ている。手には酒瓶を何本もぶら下げて。飾らないところがベラらしいな。

 

 ベラもタリエと同じく、王城での官僚として復職したらしい。エリザベトから信用されたこと、裏の有力者と繋がりがあったこと、吏長時代の経験があること、全部あって昔よりずっと上の役職に就けたみたいだ。

 前と違うのは、腐敗した上の連中と関わらなく良くなったことで目の周りの隈が無くなったことだ。グロス家で療養してからは気にしてなかったが、俺が文官だった時のベラは隈が酷かったからな。今思えばあの頃から面倒な手合いを相手にしてたんだろう。

 

「おい! なんでよその酒なんて買ってくるんだよ! うちの酒があるだろ!」

 

「バレクの酒はお前が準備するだろ……だから私は別のを買ってきただけだ」

 

 そして酒を買ってきたとなれば当然リアンがつっかかってくる。

 あー……あの酒はこの前二人で初めて飲んで気に入ってたヤツだな。あれは、文官の頃以来久しぶりのサシ飲みだったし、色々飲み比べしようってなって、二人でかなり酔ってたはずだが……よく覚えてるなお前も。

 

「これはアシェルが前に『美味い』と言っていた酒だ。お前の家の酒とは違う良さがある」

 

「なんだと!? うちの酒が一番に決まってんだろ! ていうか兄貴はなんでよその酒飲んでんだよ!」

 

 おっと。

 俺にまで火が飛んできたぞ。

 

「まあまあ。楽しむのは私とアシェルだけだから、お前は気にしなくていい──だろう、アシェル?」

 

「いや、まあ……そうだな」

 

「がーん……!」

 

 いや、悪い、リアン。

 美味いもんは美味いんだから仕方ねえんだ。お前の酒をより良くするためにも他の酒の味を知るのは大事だから……たまに浮気するのも許してくれ。

 

 

 

「──お待たせ、アシェル!」

 

「やあ兄上。遅くなってすまない」

 

 で、最後に到着したのは、ルシアとお忍びのエリザベトだった。

 全員で集まろうと思ったら王族まで来ることになるってのは中々どうして……おお近い近い近い。相変わらず距離感がおかしいぞ、ルシア。夢が叶ってからぐいぐい来るなお前。

 おい後ろ見ろ、お前の本来の主人がすっげえ呆れた目でお前を見てるのには気づかねえのか。

 

「久しぶり、アシェル。会いたかった」

 

「ほんの数日前に会ったよな?」

 

「……それでも、私は相棒だから。元々、あなたと一緒にエリザベト様をお守りするものだと思っていたし……本来は毎日ずっと隣り合わせで」

 

「ああ分かった分かった!」

 

 にしても相棒って距離感じゃねえと思うんだが。

 お前ってこんなに周りの視線気にしないヤツだったっけ。今エリザベト以外の全員から殺気じみたものを感じるのは気のせいか? 特にレミとか、合図さえあれば今すぐに殺してやろうって目つきしてるけど。

 

「兄上、王位継承の準備は順調だ。反対勢力も一掃されたし、支持もより強固なものとなっている。約束通り──兄上のおかげで、私は王になれそうだよ。その身を捧げた献身に──本当に感謝している」

 

「おお、そりゃ良かった。頑張った甲斐があったな」

 

「全くだ。ただ……ルシアがうるさくてな。『次はいつアシェルの所へ行くんですか』『今日は行かないんですか』と、毎日毎日……」

 

「エ、エリザベト様! そのことは秘密だって……!」

 

「私の護衛よりも兄上の心配をしているのではないかと疑いたくなるぞ……はあ」

 

 お、おお。

 お前も大変だな。

 エリザベトは俺の死に目に会ったことが無いし、「壊れた」経験が無いからルシアの一挙一動が大袈裟に見えるんだろう。俺も大袈裟だと思うけど。

 

 タリエとカルでも見てほっこりしよう。

 二人とも、いずれ国王になるエリザベトを前にしてガチガチに緊張してる。タリエにとっちゃエリザベトは一番上の上司だし、カルにとっちゃ今の工房の中で一番羽振りの良い顧客だしな。

 だよな、普通は王族がいる時ってこういう反応だよな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「……こうして見ると、随分賑やかになったもんだな」

 

 王女の近衛兵って夢を叶えたルシア。

 王城の文官って位置まで出世したタリエ。

 色々あって新しい人生を歩んでるソラナ。

 不安から解放されて順風満帆のベラ。

 酒家の後継ぎとして努力中のリアン。

 名家の令嬢として磨きのかかったマドリー。

 俺という主人を見つけられて満足なレミ。

 誇りある家業を立派にこなしてるカル。

 トラウマを克服して今を楽しんでるロエマ。

 最低だった人生から普通を手に入れたネル。

 そして、王になることが確約されたエリザベト。

 

 毎日、特に規則に縛られることも無い、受付嬢の暮らしをして、夜は美味い酒と美味い飯。そして、気の置けない仲間たちとの会話を楽しむ。

 史上最高の暮らしってやつだ。

 

 盗賊として生きてた頃には想像もできなかった光景だ。あの頃は人生なんて大したものじゃない、クソみたいなもんだって思ってたし、事実あの時まではそうだった。

 それが今はこうだ。結局「成り代わり」については何が原因だったかは分からねえし、これから俺がどうなるかも分からねえけれど──今は俺のことを知ってくれてる仲間たちもいるし、きっとなんとかなるって気がする。

 

 ここにノエリスもいれば完璧なんだが……まあ、いつかアイツにも会いに行こう。アイツには色々聞いておきたいこともあるし、成り代わりの解析ももう一回やってほしい。

 眷属がこうやって自分だけ楽しそうにしてるのを見ても良い気分じゃねえだろうけど……アイツだって、俺の大切な仲間なんだ。ずっと一人で寂しくしてるだろうし、もうあんな寂しい思いをしなくていいようにしてやらねえと。そのためには色々やらなきゃいけねえことがあるけど、まあそれぐらいなら大した問題じゃないよな。

 

 これからも、問題は色々起こるかもしれねえ。俺の人生ってどれも最初から最後までトラブルだらけだったし、多分それが今後解決するってこともねえんだろうけど。今までもずっと乗り越えられてきた、根拠はねえが……きっとこれからも大丈夫だ。

 コイツらとなら……どんなことだって、なんとかなる気がするんだ。

 

「じゃあ、皆……かんぱ──」

 

 

 

 ──ギャオオオオオオオオッッ!! 

 

 

 

「……え?」

 

 な、なんだ急に? 

 なんかすげえ音が聞こえたような……。

 地震か? いや、違う。今の音、空から聞こえたぞ。

 工房全体が揺れた感じするし、窓もビリビリ鳴ってる。タリエが持ってたグラスの中身が零れてるし、エリザベトが悲鳴上げてルシアにしがみついてる。俺の幻聴って訳じゃなさそうだ。

 

「はぁ、はぁ……て、敵襲! 総員、戦闘配置! 兄上を守れ!」

 

 なんだなんだ、マジで敵襲か!? せっかく良い感じだったのに!? 

 エリザベトも判断が早えよ。外に控えてる護衛が一斉に剣抜いた音が聞こえたぞ。

 

「先輩! こっちへ!」

 

「兄貴は俺が守る!」

 

「アシェル兄! 逃げるよ!」

 

 ああ待て待て、何が来たかも分からねえのに焦って行動したって意味ねえだろうが! 

 何だ、何が起こったんだ。窓の外には何がいる、何が来てる──

 

 

 

『アシェル!』

 

 ……なにあれ。

 羽の生えた……でっかい、トカゲ? 

 

 ていうか、この声……。

 

『やっと見つけた! あの女の追跡魔法の通りだ! アシェル、待たせてゴメン! なんとか魔力が回復したから、キミを迎えに来たよ! 一緒に帰ろう!』

 

 ──ノエリスじゃねえか!! 

 

 

 

 耳の奥が破れるかと思ったぞ! 

 あんなデカい図体になったせいか、声までデカくなってやがる! 

 いや嬉しいけどよ、嬉しいんだけど──タイミングと登場の仕方が派手すぎるぞ!? 

 いつもの空のど真ん中にこんなデケエ生き物が現れたらパニックになるに決まってんだろ! 

 

「アシェル! 下がってて! あの化け物は私が十秒で倒してみせるから!」

 

「あの大きさなら目元を狙う良い練習になりそうです──ご主人様、戦闘の許可を」

 

「……あれ? 呪いが、効かない? もうちょっと、強くすれば、いい、のかな……?」

 

 おおお……。

 ちょっと目え離した隙にうちの戦闘力高い三人衆が殺意ドバドバ漏れ出しながら並んでるんだけど。なんかちょっとロマンある組み合わせ……じゃなくて! 

 

『──ん? 誰だいキミたち? まあいいや、ボクのアシェルを返してもらうよ!』

 

「『ボクの』!?」

 

 なんだなんだ、今叫んだのはどこのどいつだ。

 ノエリスの台詞に反応しそうなヤツがいっぱいいるから誰が言ったのか分からねえぞ。

 

 ああもう、なんで俺は毎回こうなるんだ。

 確かに問題が起こらずに済む暮らしにはならねえだろうって思ってたが、まさかこんなにすぐ次の問題が転がり込んでくるとは思わねえじゃねえか。そもそもなんでトカゲに羽が生えてるんだよ! 

 

 仕方ねえ。ここで放置すりゃ全員無傷じゃ済まねえし、せっかく隠居生活ができるって思ってたのにまた悪目立ちする生活に逆戻りだ。ここでこの状況を止められるのは──どっちの事情も知ってる俺しかいねえんだから。

 

 俺の人生こんなのばっかりだな! 

 おかげで退屈せずに済みそうだよ! 

 

 

 

「待て待て待て! 全員攻撃すんな! ノエリス、とりあえずお前もこっちに来いよ!」

 

 

 

 

 

『俺は死んだはずだよな?』 おわり




これで完結です。
多分これで大体の伏線は回収できたと思います。
毎日投稿と銘打っているのに度々遅刻していましたが、それでも感想や意見や評価やここすきや誤字報告をして応援してくださった皆々様には非常に感謝しております。
一つ一つに大喜びしていましたので。

長くなりましたが。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



あと余談ですが10話ほど追加で後日談を書こうと思います。
毎日投稿できるかは分かりません(´・ω・`)

また、次回作『僕のくせにボクの邪魔しないでよ!』を書いています。
2026/05/25に完結しました。興味ある方いらっしゃいましたら、読んで頂けると幸いです。

文章練習でまたいくつか後日談を書こうと思うのですが、需要ありますか?

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