【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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次回作の後日談と合わせてなんとか毎日投稿を続けていたのですが、ついに維持できず前回途切れてしまいました。
毎日投稿してた時の私はマジでどう時間を作っていたのか……(´・ω・`)


Q. もしあのニアミスを回避できたら?

 今回の探索の良かったポイントは、潤沢な水場を見つけられたってことと──運よくあの怪物に一度も出会わなかったってこと。

 逆に悪かったポイントは……。

 

『あー、戻ってるネー』

 

『だから言ったでしョー、川が途中で消えるかもってサ』

 

『消えるどころか振り出しに連れてくるとはネー。器用な川ダ』

 

「……どういうことだよ」

 

 いや見覚えどころじゃねえぞこれ。

 何時間も前に確かにここを通った、日の差し方も影の伸びる向きも。俺はずっと歩いてたはずなんだ、なのになんで同じ場所に立ってる。偶然似た地形が二つあっただけだと思いてえが、苔の濃さも岩の欠け方も二股の角度も、何もかも一致してやがる。んなもん偶然で揃うかよ。

 ……しかもこれ、一度目じゃねえんだぞ。

 

「こっちだ。来た道を逆に辿るぞ」

 

『過去最高に足掻くネー』

 

 この光景は今日でもう四度目だ。川沿いを下り続けてると何故か出発地点と同じ光景にぶち当たって。川の終わりじゃなくて始まりを見に行こうと逆向きに進み続けてもまた同じ光景にぶち当たって。川の分岐点を見つけたからその先にも行こうとして……また同じ光景で。

 で、今のこれ。また同じ場所まで戻って来た。半日近く、足が痛むのも無視して、ひたすら歩いて来たのに──またあの倒木だ。苔の濃い側、欠けた岩、二股の水。意味が分からねえ。

 どの方角から攻めても、どんな歩き方をしても、必ずこの一点に巻き戻される。まるで世界が……ここに折り畳まれてるみてえな。なんだか、不思議な力が働いてるような。

 

『これは賭けが盛り上がるヨー。いつ諦めるかで新しく賭けようカ』

 

『僕は今日中に諦めるに一票ダ』

 

「好き勝手言いやがって」

 

 お前らにとっちゃ俺がどれだけ歩こうが何に絶望しようが、ぜんぶ見世物の続きなんだろうが。今までで一番出口が近いと思ったのに、結局一番遠かった。

 ……ああ、そういうことかよ。やっと分かった、これが川の正体だ。怪物に追われなくたって、川を辿ったって、どのみち駄目だったんだ。この森はただ深いだけの森じゃねえ。出ようとする奴を、ぜんぶ振り出しに巻き戻す、そういう仕組みでできてやがる。道理で出られたヤツがいない訳だよ。

 

『やっぱりネー。出口なんて初めから無いんだヨー』

 

『これで賭けは続行ダ。よかったよかっタ』

 

 お前らは気楽でいい。死んじまえば飯も水も出口も要らねえもんな。

 ……いや待て。ここで腐ってどうする。今日は無理だった、川も駄目だった、それだけの話じゃねえか。膝は笑ってるし喉は渇ききってるが、地面に手をつきゃまだ立てる。立てるなら終わってねえ。川が駄目なら別の手を探すだけだ。

 獣道、崖、地形、あの『真の迷いの森』の正体、調べてねえことなんざまだ山ほど残ってる。この森に誰よりも詳しくなってやる。ここで座り込んで腐るくらいなら、最初から三週間も足掻いてねえんだよ。

 

「言っとくぞ。俺は出ていく。今日でも明日でもねえかもしれねえが、必ずだ」

 

『オー、こわいこわイ』

 

『その目、賭けが楽しくなるネー』

 

「勝手に賭けてろ」

 

 こんな倒木も、こんな川も、もう見飽きた。

 次に来るときは攻略法の一つでも掴んでからだ。森の奥はまだ暗いが、座り込んでるよりはマシだろ。まだ終わらせねえぞ。

 

 俺はいつか絶対、必ず出口を見つけ出してやる。

 今に見てろよ。次の週まで俺がこんな場所に残ってると思うなよ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……そう、思っていたのに。

 あれから──もう十年が経っちまった。

 

「ん……朝か」

 

 探検家の朝は、早い。

 日が昇りきる前に目を覚まして、まずは伸びをひとつ。つってもこの森に朝日は差し込んでこないし、外は暗いままだが。十年もこんな生活を続けてりゃ、体内の時計が勝手に合うようになる。

 ……まぁ、探検家ってのはこの体の元の持ち主の職業であって、森を探検して、外に持ち帰って報告するからこそ探検家なんだろうが。十年も同じ森から出られねえ奴はもう探検家でも何でもねえ。ただの森の住人だ。

 

 寝床は枯れ草と乾かした蔓で編んだやつだ。最初の年は地べたで寝て体じゅう痛めてたが、今や下手な宿より寝心地がいい。起き抜けに腰を叩いても、もう鳴らねえ。

 会話相手もウィスプしかいねえから独り言や思考がどんどん多くなっちまった。一人が長すぎて頭がおかしくなってきたか。慣れってのは怖えな。慣れるつもりはなかったんだが。

 

『おはよーネー』

 

『今日も生きてルー?』

 

「おう、おはよ。お前らもよく飽きねえな」

 

 ウィスプの挨拶も、もう風景の一部だ。十年前はこの青白いのが鬱陶しくて仕方なかったのに、今じゃ寄ってこねえと逆に寂しいまである。腐れ縁ってのはこういうのを言うんだろうな。

 自作の水筒……乾かした瓢箪に蜜蝋で栓をつけたヤツを提げて水場へ。今や動線なんざ考えるまでもねえ、足が勝手に最短を選んでくれる。

 途中で仕掛けた罠を覗けば、案の定、小型の獲物が一匹かかってた。首がきれいに締まってる、苦しまずに逝けたなら何より。もうすっかりこのチビも俺の朝食の常連だ。手早く外して腰に下げ、水を汲んで、ついでに顔を洗う。これが朝のルーティン。

 このチビ、殺した数でいえば人間より多いんじゃねーの。ははっ。

 

「んじゃ今日はどういう飯にすっかねー」

 

『遊び心あるネー』

 

「当たり前だろ。十年ずっと同じ味食ってられるか」

 

 つってもほとんど違いはないだろうが。

 何はともあれ拠点に戻って朝飯の支度だ。採ってきた植物を地面に並べるとこから全ては始まる。

 

 この丸葉は先だけ柔らかいから生でいけるが、茎は硬いから捨てる。十年前にその身で味わって確かめた知識だ。黒い粒の房は柔らかいのだけ選んで皮と種を出す、酸の後に薄い甘みが残るやつ。

 薄茶の実は中ぐらいの大きさを選ぶ、でかいのは渋くて食えたもんじゃねえ。白くて甘い匂いのするキノコ──これは絶対に口に入れねえ。初日に死ぬほど吐かされた。今は乾かして粉にして、傷口の周りに塗れば獣避けにもなる。毒も使いようってわけだ。

 

 止血なら、綺麗な花を咲かせるあの植物の細い葉を石で叩いて煎じればいい。腹を下したときは、紫色の木を探せ。その苦い根を少しだけ齧ればいい。火で炙ると甘くなる根もある。眠れねえ夜には、この花を湯に浮かべて香りを嗅ぐ。

 全部、この十年で一つずつ体に刻んだ知識だ。

 

 獲物を捌くのは自作の刃物──森で拾った硬い石を、別の石で気の遠くなるほど研いだヤツ。皮を剥いで、内臓を分けて、肉を切り分ける。塩は岩肌の白いとこから削り取って、水に溶かして煮詰めて作った。器も木をくり抜いた自作。

 何から何まで自前だ。自分でもここまでやれるとは思わなかった。

 

 そういや俺、なんでこんなに森のこと詳しくなってんだ。こんなとこすぐ出てやるって言ってたじゃねえか。いやその意気が続いたのも初めの二年ぐらいだったって記憶してるが。

 俺は元々ただの盗賊崩れだぞ。植物の知識も毒も、生き物の捌き方も塩の作り方も、誰に習ったわけでもねえのに……今じゃ息するみたいに体が動いてる。

 へぇ。自分の適応能力にほれぼれするね。道理でどこでもやっていける訳だよ。さっさと足洗えばよかったぜ。

 

 

 

 飯を食ったら装備の手入れだ。

 

 着てる服はとっくに元の探検家の服じゃねえ。獣の皮をなめして、植物の繊維で縫い合わせた自作だ。針も骨を削って作った。刃物の刃こぼれを研ぎ直して、ロープの擦り切れた部分は蜜蝋を染み込ませた新しい繊維で編み直す。

 一日でも怠ると、いざってときに道具に裏切られる。これも盗賊の頃に骨身に染みた教訓だ。

 

 罠の総点検をして、頭の中の地図を更新する。もうこの森の地形は、目をつぶっても描ける。水場、群生地、獣道、崖、岩場。

 あのデカい化け物の縄張りも初めの三年で全部頭に叩き込んだ。初めの頃は何度かニアミスしたが、勝てねえのは骨身に染みてる。だから対処は一つ、近づかねえ。それを繰り返してたら自然に鉢合わせることも減っていったし、「とあるウィスプ」が安全な方に誘導してくれることもあった。

 あのウィスプが毎回同じ「特定のウィスプ」なのかは分からねえが、向こうも俺に愛着みたいなもんがあるんだろうか。今の俺は賭けが成立しないくらいのカードだからな、「死ぬ派」なんてもう単語自体が懐かしいくらいだ。

 

『今日も真面目だネー』

 

『こんな生き方してて楽しイ?』

 

「うるせえ。今だって着いてきてるくせによく言うぜ」

 

 午後は探索だ。

 

 行ったことのねえ方角に少し踏み込んで、見たことのねえ植物があれば観察する。葉の形、匂い、汁の色、虫が寄るかどうか。怪しいやつは絶対に口に入れず、適当な獣の餌場に少し混ぜて様子見だ。

 都合良い獣がいないときは、まあ、慎重に少量から試す。十年前、ウィスプの嘘に乗って毒キノコを食わされたあの日から、口に入れる前の手順だけは異常に丁寧になった。

 

『そっちじゃないヨー、こっちに珍しい生き物がいるヨー』

 

「『真の迷いの森』の方向に誘導すんな。そっちに何かいる訳ねえだろ」

 

『……バレたカー』

 

 嘘の道案内も、もう慣れたもんだ。どのウィスプが何を企んでようが、行き先は自分の地図で決める。コイツらの言葉で動くことはもうねえ。

 最初の一週間で死ぬ死ぬ言われてた男が、今や森の主気取りだ。

 

 

 

 日が傾いたら拠点に戻って火起こしの作業。乾いた苔に火種を移して、濡れた葉を上にかぶせて煙を散らす。十年経っても、火の起こし方だけは初めの頃とおんなじだ。

 肉を炙りながら、火を見てると、一日の張り詰めたもんがやっと緩むような気がする。外のことを思い出せるのはこういうときだけかもしれない。

 

「十年……十年、か……」

 

 十年経ったが、ルシアは、近衛兵になれたかな。

 あの真面目さなら、今頃とっくに偉い兵士になって、憧れの王女様の傍に立ってるかもしれねえ。朝の走り、まだ続けてんのかな。俺無しでもまあなんだかんだうまくやれてんだろうと思うと、ちょっと寂しいな。

 

 タリエとソラナは無事だろうか。どっちかは職を失った可能性があるんだよな。

 初めの二年ぐらいはソラナが心配だったが、最近はタリエもちょっと不安になってきた。アイツは知り合いのアシェルを既に一人失った身だからな。常時テンションが暗めのソラナと違って、ショックな出来事に慣れて無さそうだ。ソラナが慣れてそうって言えば偏見にしかならないんだが。

 

 ベラは回復できたんだろうか。

 あの毒からよく生き延びた女だ。トラウマもとっくに克服できてたし、あの薬酒だって飲んで見せてたから、後は薬家の腕次第でどうにでもできそうだが……俺が嘘ついたままだってのが引っかかるなぁ。

 

 リアンとマドリーは。家業を継いで、酒家と薬家、上手くやれてるか。

 あの火事の後、マドリーは助かったのか……そこだけは、未だに確かめられてねえ。リアンとの約束も、結局守れなかった。十年経っても未だに引きずっちまってる。なんならこれのせいで悪夢を見ることだって少なくなかったし、今じゃあの元気な弟分と美人な婚約者を思い浮かべるだけで背筋がゾクリとすることもある。

 

 まぁでも。声も、口調も、まだはっきり覚えてる。

 俺が思ってる以上に、俺は皆に未練があったってのが、この十年での収穫か。

 

「よくできた森だぜ……ほんと」

 

 俺はもう、ここから出られねえ。

 

 十年だ。川も、崖も、地形も、あらゆる方角も試した。でも全部無駄でしかなかった。何をやろうとしても森の外まで辿り着ける気がしねえ。

 最初の頃は死のリスクもあったが、ある程度生き延びるルーティンが確立できた瞬間からそういった危ないイベントは一気に数を減らしちまった。まるで誰かが、お気に入りのおもちゃを壊さないよう気を配ってるみたいに。

 そして俺は、生きるためにそれを受け入れてる。そんな自分がなんて滑稽なものか。

 

 でも、せめて。せめてあいつらは、外でなんだかんだ上手くやっててくれよ。

 ルシアもタリエもソラナもベラもリアンもマドリーも、全員。そうじゃなきゃ、俺がずっと外に出られない現状が──全部後悔の十年間に変わっちまう。

 人とは出会えず、ウィスプとだべり続けて、そこまで美味くもない飯をただ食って寿命を一日延ばすだけの日々を繰り返してた自分が嫌になる。

 でもやっぱり、あの「成り代わり」の発動条件が分からない以上……。

 

「……ああ、クソ」

 

 ……ま、火でも見てよう。今日も一日、終わりだ。

 明日はなんか、いいことあるといいな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ま、また嵐かよ。

 空の暗さと風の唸り方で分かる、この様子じゃじき雨も来る。寝て起きたらこれだってんだから最悪だぜ。四年に一回ぐらい嵐がよく来る季節があるんだよなぁ……。

 森の嵐は、何度くぐっても侮れねえ。この十年でいったい何度やられたか。最初に食らった拠点ごと吹き飛ばされて、ずぶ濡れで一晩中震えてた。あれ以降だったか、拠点をデカくしすぎないように気ぃ配ってたの。

 

 けど今は違う。何をどの順でやればいいか、もう体が全部覚えてる。

 まず火だ。火種だけは死守する。乾いた苔に移してから、くり抜いた木の器をかぶせて、その上に平たい石。これで雨に殺されねえ。

 次に食料、干し肉と乾いた実は獣皮の袋に入れて高いとこへ。水に浸かったら腐っちまうからな。多少濡れるのは覚悟の上で、備蓄が減りすぎないように気を配ることが先決。

 最後に寝床の補強、蔓で組んだ骨組みに、なめした皮を重ねて、四隅を岩で押さえる。風で持ってかれねえようにしねえと。ここがやられるだけで快適度が天と地ほどの差だ。

 

『嵐だヨー』

 

『今日もすごい風だネー』

 

「お前らは濡れねえからいいよな」

 

『でも視界は悪いシ、キミの姿が見えにくいのはちょっと不便だヨ』

 

「ウィスプに目なんざねえだろうが。視界って、何で見てやがんだ」

 

 ウィスプは雨でも消えやしねえ。風に流されもしねえで、相変わらずふわふわ浮いてやがる。

 羨ましいこったよ。こっちは雨が首筋に入ってくるたび、ぞくっとするってのに。お前らは濡れたまま眠る危険性も不快さも全部忘れちまったんだろうな。

 

 まぁいい。さっさと備えを終わらせちまえばそれも大した問題じゃ……。

 

「ん……?」

 

 なんだ今の。気のせい……じゃねえよな。

 いま一瞬、向こうの方が──ちらっと光ったような。

 

 なんだあれ。火か? いや、俺の拠点の火じゃねえ。あっちはちゃんと石をかぶせて隠してある。ウィスプの青白さとも違う、あれはもっと──黄色い、揺れる小さな、光。

 この森に、俺の知らねえ明かりなんざあるはずがねえ。十年だ。地形も光源も、全部頭に入ってる。あんな風に光る植物や生き物がいるならこの十年で俺がとっくに見つけて味を確かめてるはずだ。生憎光る食材は覚えがねえ。

 確かめずにはいられねえ。雨で足元がぬかるんでるが、ちょっと可能性が過ぎっちまった以上、あの光源の正体を突き止めないことには始まらない。多少危険だとしても、それだけ知る価値のある情報だ。

 近づくほど、はっきりしてくる。さっきからずっと揺れてる。手元で守られてる小さな炎だ。誰かが、火を抱えてる。

 

 

 

 ──人だ。

 

 

 

 ありゃ、人だ。間違いない。あんな形の木は近くにねえ。

 嵐の中、座り込んでる。膝を抱えて、手元の灯りだけを必死に守るみたいに。ずぶ濡れで、震えてる。ここのウィスプたちじゃ到底真似できない人間らしさ。

 

「……っ、……!」

 

 ……こ、声が出ねえ。

 十年ぶりだぞ。俺以外の人間を見るのが。

 

 ウィスプじゃねえ、自作の道具でもねえ、本物の、生きてる人間。喉の奥がつかえて、なんて言えばいいのか分からねえ。嬉しいのか驚いてるのか、自分でも整理がつかねえ。声の出し方すら、一瞬忘れちまった。久しぶりすぎて。

 てかこいつ、ここまで辿り着いたってことだよな。当たり前だが、外からこの森の奥まで。なら、こいつが来た道を逆に辿りゃ、外に出られるんじゃねえか? 俺も一度は自分の身で試したが、記憶が曖昧でできなかったあの手法、それを別の人間との協力で再現できるかもしれない。

 十年、振り出しに巻き戻され続けた俺が、初めて掴んだ手がかりかも──

 

 ──いや、待て。焦るな。

 

 今こいつに必要なのは、希望論じゃねえ。震えて、濡れて、心細くて、たぶん死を覚悟してる。その状態の迷い人に、いきなり詰め寄ったところで怯えさせるだけだ。

 ……ふっ。妙な気分だな。十年前は俺がこっち側だった。ウィスプに囲まれて、水場も食えるもんも分からず、すぐ死ぬと笑われてた。あの頃の俺に、今のこいつを助けてやれる知識なんざ何一つなかった。

 

 でも今は違う。この森の水場も、食えるもんも、毒も、獣の縄張りも、嵐のしのぎ方も、全部知ってる。十年かけて、一つずつ体に刻んできた。あの足掻きも、あの絶望も、適応しすぎだと自分で呆れた日々も、全部──こいつの前に立つ、この瞬間のためにあったみてえじゃねえか。

 

「──おい、あんた!」

 

 頼れる先駆者が、この森で生き延びる術を教えてや──

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ──る……ぞ……? 

 

 ……んあ? 

 ……綺麗な布団、見慣れた俺の部屋、寝間着の俺。

 

 

 

 …………………………またかよ。

 

 

 

 なんか、今回のは、随分寂しい夢だったな。今までのも大概酷い結末ばっかだった気がするが、よりにもよってなんで迷いの森から出られなくなって十年間孤独なんて病んだ結末見てんだよ。

 あんなもん、風邪引いたときですら見やしね……。

 

「! アシェル……起きてたのか」

 

「な……カル?」

 

「熱は、どうだ……下がってるな」

 

 ……熱? 

 

「えーっと……?」

 

「……まだ、目が覚め切ってないのか。なら、寝てていいぞ」

 

「お、おう」

 

 ……そうだ。

 

 そうだった。

 

 俺は風邪ひいてたんだった。

 ここ数日王都全体に酷い嵐が直撃して、運悪く外に用事で出てた俺とリアンとネルは思いっきり雨に降られちまったんだ。で、リアンとネルが風邪ひきやがったから移らねえように俺は用事もさっさと済ませて工房に帰って……その間もずっと雨は止まなかったから、体が冷えて。それで風邪ひいてカルがつきっきりで看病してくれてたんだ。

 で、今見たのは、所謂「風邪をひいたときに見る夢」……。

 

 ……だからあんなだったのかよ。

 

「あー……寝るのは、いいや。今そんな気分じゃねえし」

 

「……悪い夢でも、見たのか?」

 

「あれ……もしかして結構魘されてたか?」

 

「まあ……『寂しい』って、たまに、聞こえてた」

 

 は、はぁー……? 

 

 マジかよ。そこまで普通に声に出てたのか。恥ずかしいどころの話じゃねえぞ? 

 俺はてっきり十年以上孤独だと思ってたから、「寂しい」なんてガラじゃない感情も素直に口にしてたってのに。現実じゃどうあがいてもそんな時間は経ってねえんだから……あれは俺が常日頃から無意識に思ってた感情ってことになるじゃねえか。

 それが夢なんて不本意な出力で同居人に筒抜けだったって? ふざけんなノエリス、お前の作った魔法の森のせいでとんでもなく恥かいたぞ。

 

「あー……言っとくが、カルだけじゃ物足りないって思ってる訳じゃないぞ?」

 

「分かってる。アシェルが、今の暮らしに満足してくれてることぐらい」

 

 ん。なんだ、分かってんのか。

 なら恥かいたことは別にいいや、お前が気にしてたらどうしようかと思ってたんだ。カルってそういうところ気にしそうだから。

 

 やっぱり一人ってのは寂しいからな。

 今こうして一緒に住んでくれてるカル然り、他の仲間達皆然り。皆がいることに慣れすぎちまって、皆がいない状況ってのに極端にビビっちまってたのかもしれねえ。

 あの暮らしだって場所にさえ目を瞑れば大概自由な生活だったはずなのに。いくら上手く対応できるからって、それだけじゃ意味がないんだ。

 今の俺は仲間達がいない状況に、酷く敏感になっちまってる。夢のおかげで自分のことを振り返るだなんて思ってもみなかった。とはいえ二度とあんな夢見たくないが。

 

「じゃあ、まだちょっと寝てるか。病み上がりだし」

 

「……いいのか? さっき……」

 

「いいっていいって、そこで作業続けてくれ。起きたら手伝うから」

 

 そんな怪訝な目で見るなよ。

 お前が看ててくれたって聞いてこっちは結構安心できたんだ。

 

 寝ててもすぐ側に誰かいるって分かれば、あんな夢見ずに済みそうだし。

 それなら安心してもうひと眠りできる、だろ?




A. ルシアは二度と会えないアシェルを想って病む。
  タリエとソラナとベラは二度と会えな(ry
  リアンとマドリーは(ry

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文章練習でまたいくつか後日談を書こうと思うのですが、需要ありますか?

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