【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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薬家での出会いと今までで一番美味い酒

「私の名前はベラだが……どうかしたか? 薬の時間ではない?」

 

 ──ベラだ。ベラがいる。似てるとかじゃなくて、本人だ。見た目はある程度変わった、若干生気が抜けて痩せた感じがする。声だって掠れてて前と全く同じって風じゃないが、それでも間違いなくベラだ。

 生きてた……のか? 夢じゃないよな? でも、強力な毒物に蝕まれて、王都からやってきたってことは、多分間違いない。

 

 そうか! 生きてた、生きてやがったのか、この女! ああ、良かった! 

 胸の奥が一気に膨らんで、外へこぼれそうになる。あの夜に俺と死んじまったんじゃないかって思い込んでたのが、一瞬で剝がれていく。急いで何か言おうとしたが、上手く舌が回らない。平静なんてまるで取り繕えそうにない。

 

「いや、その、薬は、今じゃない。俺は」

 

「なら、数値を取りに来たのか? 見たところ、道具を持っていないようだが……」

 

 そう言いかけたところで、ベラの目つきが変わる。さっきまでの調子が引き締まって、俺を一つずつ確認するみたいに視線が動く。ここに出入りする人間とは癖も装いも違うことに気づいたのか。目に見えて体が強張っていくのが分かる。声の底も少し低くなる。

 

「……薬家の者ではないな? どこの誰だ、誰に通された?」

 

「いや、待て、待ってくれ」

 

「まさか追っ手か? こんな遠方まで私を追ってきたのか?」

 

 そう言って睨みつけてくる。かつて吏長として上司然としていた頃の目力は感じさせないが、それを思わせるような圧と微かな恐怖心が見え隠れしてる。

 そうか。コイツは上の知っちゃいけない情報を知って殺されかけたんだ。薬家の人間じゃなくて、自分の名前を知ってる謎の人間が来たら警戒するのは当たり前だ。クソ、違う、怖がらせるつもりじゃなかった。ただ俺は話をしに来ようと思って、部屋に来たらそこにはベラがいて、それで……ああもう! 焦りすぎだ俺! 落ち着け! 

 両手を見える位置に上げる。汗で掌が冷たいし、喉も鳴る。だけど、とりあえず何か言わなきゃ。俺は敵じゃないって言わなきゃいけねえ。

 

「悪い。脅かすつもりはない。俺は、えっと……シェラだ、シェラっていう」

 

 偽名が勝手に出る。テンパっちまってアシェルを適当に作り変えたみたいな単語が口から飛び出してきた。

 なんだ? なんで別人の名前を出した? クソ、今になってもう戻せない。とにかく心臓がうるさい。

 

「シェラ、か……。聞いたことのない名前だが」

 

 抑えた声。疑ってる。当たり前だ。俺は深く息を入れて、胸の震えを押し込む。口が先に走る。

 とにかくどうすれば信用される? どうすれば警戒を解いてもらえる? 今の俺にはあんたに聞きたいことが山ほどあるんだ。ここで選択肢を間違えちゃいけねえ! 

 

「──俺は、アシェルの知り合いだ。あんたのことは、アイツから聞いてる」

 

「っ……!!」

 

 ベラの睫毛が止まる。目を見開いて、震える足で一歩後ずさりした。

 お互い何も言わずに固まっちまって、何の音もせず。唯一俺の心臓の音だけが、ベラにまで聞こえるんじゃないかってぐらいデカい音で響いてた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 沈黙が割れたのは、ベラの喉の奥で小さく空気が擦れる音だった。限界が来たらしい。息を大きく吸って、吐くより先に言葉が出た。

 

「……知り合い、ということは。彼の生前の友人、ということか……?」

 

 掠れた声。言いながら、自分で答えを作って落ち着こうとしているのが分かる。外から来た人間への警戒は消えていない。けど、今はそれより俺の名前の衝撃の方が強いらしい。

 違うってすぐ言えばいいのに、声が引っかかる。なんで偽名なんか出して誤魔化したのか、自分でも分からねえ。ただ、もうこれで通すしかねえ。

 

「友人、で……いや、そうだ。そう思ってくれて構わねえ。けど──」

 

「証拠は、証拠はあるか? お前が追っ手ではなく、彼の友人だという証拠が」

 

 げ……マジか。

 喉に硬いものが引っかかったまま、頷くことも首を振ることもできない。だって、証文も合言葉も用意していねえんだ。懐の中にあるのはマドリーが書いてくれた見取り図と酒の入った小瓶だけ。

 いや、そうじゃない、大丈夫だ。落ち着け俺。俺とベラの二人が知ってる、逆に二人にしか心当たりの無さそうなことを言えばいい。ベラが言いふらしでもしない限り、情報源は必然的に文官の俺しかいなくなるんだ。そうなれば信じざるを得ないはず。だから、言うべきなのは──

 

「──ああ、アイツからの証拠用の伝言だ。『医務の小札は二人が閉じ込められてた扉をこじ開けるのに使っちまった。紛失扱いになってるなら押収庫の一番奥の扉を探せ』って」

 

「……っ、そうか。どうやら事実、のようだな……」

 

 膝の上で組んでいた指がほどけ、爪の白さがゆっくり消える。ここでやっとベラの警戒心が薄れていく気配がした。

 代わりに目の焦点が揺れて、唇が硬く結ばれた。後ろめたいような表情をした後、喉が上下して、ベラが一度だけ深く息を入れる。

 

「──すまない。私の責任だ。私があの場所に彼を引き入れた。上の都合に巻き込んだのも、私だ。毒の入った酒に気づかず、机に置かせたのは、私の判断だった。あなたの友を死なせたのは、私だ。すまない」

 

「っ、おい、何を急に」

 

「止めないでくれ! 私は、私のせいで彼を、死に追いやってしまったんだ!」

 

 急に頭を下げるベラ。声は低いのに、言葉は途切れない。掌が膝の布を握って皺を作って、落ちかけた視線を必死に持ち上げ直してる。

 なんだなんだどうした急に。あの瞬間だって俺は別にお前のせいじゃないって──いや、あの時は二人とも意識が朦朧としててお互いの声が聞こえてなかった。だから、コイツは俺の発言が慰めなのか恨み言なのかも分からないまま今日まで過ごしてたんだ。

 

「本当は変だと思っていたんだ、古い友からの急な贈り物で、まるで初めから準備してたみたいに。味も変だった、私の知る味とは少し違った。でも私は、彼に美味い酒だと言った手前、見栄を張ってしまって、それを黙っていて……!」

 

「待て、落ち着け! それはあんたのせいじゃない!」

 

「違う! 私のせいで彼は死んだんだ! 彼は私の倍以上の毒を飲んで、それで私は生き延びた! なのにっ、今も私はこうしてのうのうと療養なんかして! 彼への裏切りを想えばこんなこと、するべきじゃないのにっ──」

 

「いやいや生きてる! 生きてるから、アシェル!」

 

 ベラの顔が上がる。震える口元が「何を言っているんだ」と叫びそうな状態で止まってた。いやまあ、文官としてのアシェルはマジで死んでいるんだが。んな野暮なことは言わねえぞ。

 俺は両手を見える位置に開いたまま、腹に力を入れ直す。舌の乾きが邪魔をするが、飲み込まずに続ける。落ち着こうとしても無理だ。ここで変に濁らせたくない。

 

「……は? 何、を……」

 

「アイツは、生きてる。別に死んじゃいない」

 

「……生き、て……る?」

 

 灰色の眼がこっちを捉え直す。眉間の力が抜け、口元がわずかに開く。吸い込んだ息が細く擦れて、胸の起伏がゆっくり大きくなる。手が膝の布から離れて、指先が宙で止まる。

 

「本当だ、生きてる。前は酒だって飲んでた。俺は──アイツから直接、今の話を聞いてここへ来た。だからあんたのせいじゃない」

 

 ベラの喉がひくついて、吸った息が外に出ない。灰色の眼に水が溢れて、瞬きを忘れたみたいに固まったあと、一気に頬を伝った。指先が宙で迷って、それから自分の口元を押さえる。肩が震え、堪えようとした声が洩れる。

 そのままベラは、膝に力が入らないのか、椅子の端に手をついて身を折った。背の筋が小さく波打って、零れる音が止まらない。袖で拭おうとしても追いつかず、濡れた布がさらに濃くなる。強張っていた首筋から力が抜け、顎が胸に落ちた。

 

「……そう、か……生きている、のか……」

 

 言うたびに息が詰まって、音が途切れる。両目の端から新しい涙が落ち、手の甲に弾けて濡れを増やす。肩の震えが細かくなって、息を吸うたびに胸が引かれる。顔の筋肉の張りが解けて、目尻が柔らかくなっていった。

 

「よかった……本当によかった……」

 

 ……ここは何も言うべきじゃないな、多分ここで新しく何か言っても耳に入らねえだろうし。背中の一つでも撫でてやるか。

 あの夜の彼女は、やっぱり俺を巻き込んだと責任感を感じていたようだったから、今この瞬間を邪魔したくもねえし、な。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ありがとう、もう、落ち着いたよ」

 

「そりゃよかった」

 

 背を撫でていた手をそっと離す。呼吸はまだ不揃いだが、さっきよりは落ち着いている。俺は掌の汗を拭う場所もなく、指先をゆっくり握って開いた。

 

「……で、悪いんだが、アシェルが気にしててな。いくつか伝言を頼まれてる。いくつか聞きたいんだが、いいか?」

 

 これだ。さっきまで落ち込んでたところ悪いんだが、この瞬間を待っていた。

 元々トラウマについて聞きに来たつもりだったが、ベラに会えた衝撃で諸々吹き飛んじまった。だが別に、トラウマ以外でも聞きたいことは山ほどある。

 ただ、それを俺が直接聞くわけにもいかない。中には文官のアシェルじゃなきゃ知りえない内容の質問だってあるからな。だから、馬鹿正直には聞かず、「アシェルが知りたがっていたから伝言する」という名目で、自由に質問させてもらう。

 

 俺に言われて、少し頭を整理するためか、ベラは少し考え込み、少し微笑んでから小さく頷いた。喉の動きが見える。言葉を作る前に息を整える癖が戻ってきている。

 

「まず、あの夜の後、お前がどうしてたか。その、どうやって助かったのか、とか」

 

「それについては私こそ聞きたいのだが。間違いなく私より彼の方が危険な状態だったはずなのに……まあ、いいか」

 

 おうおう気にすんな。実際にはマジで死んでるし、多分墓とかも建てられてんだろ。でも俺の意識は生きてるからな。難しいこと考えず自分のこと話した方が楽だぜ。

 

「──あの夜の後、私は微かに息があるところを近隣の住民に発見されて、急いで搬送されたそうだ。なんとか一命は取り留めたが、全身が猛毒に侵されている状況だったらしい。実際ありとあらゆる部分が不調で、復職どころかもっと単純な仕事ですら手につかないぐらいには」

 

「へえ」

 

「それで、恥ずかしい話なんだが……当時の私は狙われている身でな。誰かにまた狙われる可能性が頭を過ぎって怖くなり、一度は王侯貴族に忠誠を誓ったつもりだったのだが、逃げてしまった。そして、非常によく効く薬で有名なこの地に足を運び、なんとか苦痛を和らげようとして、今に至る訳だ」

 

 「蓄えだけはあるからな」と自嘲気味に笑うベラ。抑えた調子だが、はっきりしている。

 なるほどな。助けが間に合って、王都から逃げてきたのか。今ここにいるのも納得だ。マドリーが快方に向かってるとも言ってたし、もうベラは大丈夫なんだろう。良かった、安心だな。

 

「今でもたまに、上からの手がまだ伸びているのではないかと──つい、そう思ってしまう。さっきも、あなたを見て最初に浮かんだのは、追っ手だという疑いだった。失礼だった」

 

「気にすんな。そう見えるのも無理はねえ」

 

 いや、それは俺でもそう思うだろう。別に全く気にしちゃいない。こちとら家の人間から冷や水ぶっかけられ続けてきたバレク家長男様だぞ。んな扱い慣れっこだ。

 じゃあ次。

 

「えっと……アシェルは二人の後輩のことも気にしてた。それについては知ってたりするか? タリエとソラナってんだが」

 

 これだ。多分ベラはルシアのこと知らねえだろうから聞けねえが、タリエとソラナのことなら知ってるかもしれねえ。あの二人は俺がいなくなった後どうしてるのか、俺の懸念事項の一つだ。

 ベラは一拍だけ目を伏せ、正面に戻す。言葉を選ぶ気配が薄くなり、若干の諦めのような口調でゆっくりと。

 

「……すまない。彼らは元々私の部下だったが、当時の私は上から無理やりに解雇されていた状態で、後にどうなったかは把握できていないんだ」

 

 流石に無理だったか。まあクビになったことは俺も知ってる。さっきの話を聞くに、わざわざ辞めさせられた職場に戻って確認しに行くなんて猶予もねえだろうし。

 と思ったが、俺の反応を見てベラが慌てて言葉をつづけた。

 

「ああいや、待ってくれ。風の噂だが、あの夜以降、書記官の二人が酷く精神を病み、うち一人は仕事に手がつかなくなって切られたという話を聞いたことがある。その二人がタリエとソラナかどうか分からないが、可能性はあるかもしれない」

 

 ん、そうなのか? マジで? たった数日で俺が文官時代に耽々と狙っていた「病気によるクビ宣告」を成功させた奴がいるのか? あの二人だとソラナの方が可能性高そうだが、中々やるな。

 

「……そうか、アシェルには伝えておく、ありがとな」

 

 ──ああ、じゃない、違う違う。てことはどっちかは無事だが、どっちかは無職になってる可能性があるんだな。やっぱり王都には様子を見に行く必要がありそうだ。

 よし、とりあえず次。

 

「じゃあ次なんだが。あんたには何かのトラウマがあると聞いてる。気を悪くするかもしれないが、それをどう対処してるかだけ教えてほしい」

 

 本命。文官時代の俺としてはともかく、今の俺にとって一番重要な情報。これも勿論ベラから聞いておかなきゃいけない。今までの話を聞いた感じだと、結構強く心残りになってて、そもそも対処自体できてないのかもしれないが……まあ、聞くだけならタダだし。

 

「……ああ、うん、対処か──できていないな」

 

 ベラは目を伏せ、すぐに戻した。声は落ち着いているが、手の甲の筋が少し浮く。

 

「私は酒を飲めなくなった。匂いがどうこうというより、彼を巻き込んだのは私だという罪悪感で、喉より先が動かない。そういう感じだ」

 

 言い切ったあと、ベラは息を一度だけ深く入れた。肩がわずかに下がる。言葉を増やさないあたり、もう十分伝えたという判断なんだろう。

 

「あー……なるほど。そういえば、これも伝えとけってアイツが言ってたな」

 

 俺は腰を浮かせず、両手を見える位置のままにして、声の調子だけを整える。

 

「『あの夜のおかげで、今の俺には新しい目標ができた。だからお前を責める気はない、むしろ感謝してる』──ってな」

 

「そう、言っていたのか……?」

 

「ああ。『気にしてるようならそっちの方が迷惑だ』って繰り返してたぞ」

 

「そ、そうか。そうだったか。フフ……そうか、あの男……」

 

 ベラの視線がこちらに戻る。灰色の眼が小さく揺れて、すぐ据わる。喉が鳴り、吸う息が深くなる。膝の上で重ねた指が、ほどけずに落ち着いた。

 俺が頷くと、彼女は目を閉じて、ゆっくり開いた。鼻で息を整え、指先の力が抜けたのが見て取れた。そして笑って──

 

「ありがとう。憑き物が取れたみたいに、楽になった。おかげですごく良い気分、何なら少し飲んでやりたいぐらいの気分だよ」

 

そうかい。元気になってくれてあんたの知る『アシェル』もきっと喜んでるよ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ところで、その瓶は何だ? 薬か?」

 

「ああ、これか? こりゃ酒だ。薬じゃねえ。悪酔いしなくなるような薬を少し混ぜてあるが」

 

「酒? 何かに使うのか?」

 

「いや。ただの試飲用だ」

 

 ふと指が伸びた先を見ると、マドリーから貰った小さな瓶が目に入る。

 そういやコイツ初めは投薬の時間と勘違いしてたな。俺がこの瓶を持ってたのがそれの原因だったのかもしれない。

 

「じゃあ少しくれないか?」

 

 …………ん? 

 

「いや、なんでだよ。お前療養中だし、トラウマだったじゃねえか。それに俺の酒だぞ」

 

 何言ってるんだコイツ? 

 いや、飲めなくなったって言ってたが、元々コイツは酒相手になるとだいぶ性格が変わるんだった。

 

「まあいいじゃないか、なんだか久しぶりに飲みたい気分なんだよ。少しぐらいならバレないだろうし、この分はアシェルへのツケにしておいてくれ」

 

「おい、お前、大丈夫なのか」

 

 一瞬頭の中に血を吐いて倒れたかつてのベラの姿が思い浮かんだ。いつもうちの酒を飲もうとしてたときに、苦痛と一緒にセットで思い出していた、俺の目的を阻むノイズだ。コイツのトラウマは酒そのものだが、俺のトラウマは毒によって倒れたことへの恐怖だ。今は飲んじゃいないが、ベラと酒って組み合わせで意識してもないのに思い出しちまったぞ……って。

 

「貰うぞ」

 

「あっおい」

 

 見ると、ベラがもう盃を手にしていた。小瓶の口を自分でひねって静かに注いでいる。止めようとした時には、もう唇に当たっていた。喉が一度だけ上下して、肩の線がゆっくり落ちる。俺が何か言うより先に、口元が緩んだ。

 

「……ああ、美味いな。これは……バレクの酒か? 良いとこの奴じゃないか。今回は味もきちんとしてる」

 

 短く言って、もう一口。顔色も変わらない。指も震えない。息が深いまま、目の奥だけが柔らかくなる。

 ──倒れない。吐かない。血の匂いがしない。俺の頭にこびりついていた場面が、音を立てずに崩れた。胸の真ん中から固さが抜けて、背中の汗がすっと冷える。

 

 毒の夜と、今のこの一杯は、同じじゃない。自分の中で何かが再構築されていく音がした。

 ベラが盃を卓に戻し、俺の手元を見る。

 

「……飲まないのか?」

 

 喉が鳴った。怖いのは分かってる。だが、今目の前で無事に飲んだ女がいる。トラウマを抱えて、それを克服したばかりの女が。

 盃を取った。縁を少し濡らしてから、腹を決めて口をつけた。舌の横に広がって、喉を滑る。引っかかりがなく、熱だけが真っ直ぐ落ちていく。薬は入っているはずだが、味は崩れてない。

 

 息を吐く。胸の奥が軽い。飲めた、飲めちまった。飲めないはずだったのに。

 なんだよ。思っていたよりずっと、楽じゃないか。

 

 ベラが口元を緩めて、少しだけ身を乗り出す。

 

「美味いだろ?」

 

「っ、ああ──美味い、すごく美味いよ」

 

 これはそう、あの夜飲んだ奴よりも、ずっと。

 今まで飲んだ中で間違いなく一番美味かった。




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