【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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酒の消れ目と遅い客人

 よし、逃げるか。

 そろそろ切り上げ時だろ。印が要る紙はいらない。銅と銀を小袋に移す。火打ち、布、紐、短い鉛筆。上着は薄いのを一枚。これだけあれば王都までは野宿しつつ進めるか? 

 

 かねてからの目標だった「バレク家の酒を飲む」は、多種多様な障害がありつつ、つい先日あっさりクリアできちまった。

 問題1の「酒の知識がない」については自分でもちょっとだけ勉強したし、何より既に知識のあるリアンが手伝ってくれたために解決できた。問題2の「酒を造る環境が無い」も上に同じ。こうしてみるとリアンが有能過ぎるな。初手で弟を手懐けたのは間違いなく英断だった。あの頃の俺を褒めてやりてえ。

 問題3の「酒が飲めない体質」はリアン&家の連中との実験によって安全に飲める方法を発見。問題4の「トラウマ」も目の前で何の支障もなく酒を飲んだベラを見たことでなんか解消されちまった。案外あっさりした幕引きだったな。原因はただの思い込み、結構些細な事でそれを見直せたってことなのかもしれねえ。

 

 つまり、これで俺がこの場所に残る必要性は無くなったといえる。これ以上この家に残ってても、家を継ぐ気が無い長男なんざ邪魔なだけだしな。

 

 それに、この前ベラと会ったときに「今度はアシェルにも来てくれるよう頼んでくれないか。彼とは個人的に会いたいんだ」なんて言伝を頼まれちまった。

 残念ながら無理な相談だ。俺というアシェルは生きてるが、文官としてのアシェルはもう死んでる。一応俺が生きているとは信じ込んでくれたが、実際調べりゃ王都には文官の俺の死体があるはずだ。自分で言ってて訳分かんねえなこれ。

 とりあえずその場は「できたらな」みたいな曖昧な返事だけして誤魔化した。ベラに悪いがあれで終わりってことにしてもらおう。彼女の無事は確認できたし、できもしない約束するより離れる方が先決だ。

 

「実行は……明日だな」

 

 薬家の人間が一人、窓の向こう側にある客間から見えた。マドリーの護衛だ。あの部屋には若いのが不用意に近づかないよう釘を刺してある。

 結局あの時貰った小瓶の酒は帰る前に飲み干しちまった。そのことをマドリーに伝えたら「家まで待てなかったの?」って言われた。飲むって先に言い始めたのはベラだからな、言わねえけど。

 それでマドリーは一旦保管してある完成品を持ってもう一度、今度は自分からバレク家の方にお邪魔すると提案してきた。確かに予備が三人で実験したあの貸し部屋にあるって言ってたからな。それを回収してこっちにくる腹積もりらしい。

 あの護衛は酒家の人間に薬家のご令嬢を一人で入れる訳にはいかないっていう意味合いで送られてきた人間だ。マドリーと一緒に来ればよかった気もするが……まあ、これから仲良くするにあたって、酒家に薬家の人間一人置いて問題が起こらないかを試してるのかもしれない。薬家の人間はうちを相当野蛮人の集まりだと思ってる節があるし。別に間違っちゃいないが。

 

 つまり! そういうのを踏まえた、これからの俺の段取りはこうだ。

 まず今日のうちに、リアンとこっちに来る予定のマドリーに話をつけておく。俺は目標達成したし、元々家督を譲るつもりだった。ちょっと無責任かもしれねえが、俺が就いたところで上手くいかないのは目に見えてるし、リアンとも既に約束済みなんだ。マドリーは俺を気に入ってるから困るかもしれねえが、まああのチョロさだ。リアンとも打ち解けてたし二人ならなんとかやれるだろ。

 次にマドリーが持ってきた酒を正式にご賞味といこう。酒家の連中も味が全く変わってないことを知れば、新しい商品として打ち出せるのは間違いないと確信する。その功績を全部丸ごとやる代わりに俺もちょっとだけ肖ろうってワケだ。それだけ飲んで、ここを去ることにする。最後の晩餐って奴だな。

 次は王都でソラナ、タリエ、ルシア探し。特にソラナはもしかしたらだが無職になってる可能性が高い。無事ならいいが、「これからもよろしくお願いします」って言ってた後輩が病んでそのまま野垂れ死にでもされたら目覚めが悪いなんてもんじゃないからな。犯人探しはしねえ、余計なことに首突っ込んでもう一回あの毒を食らうのはゴメンだ。

 そのままタリエとルシアの様子も確認して、何事もなければ後は自由だな! 盗賊時代から続いた苦労と規則に縛られた人生から俺は解放され、前までよりほんの少し好き勝手生きれるようになって、時折流通するバレク家の飲める酒を買って暮らす。これが最善、よし! 

 

 万が一引き留められる可能性を考慮して、顔も知らない親父殿には事後報告ってことにするか。手続きとか色々あるかもしれねえからさっさと済ませちまおう。

 途中問題が起こるかもしれねえが、まあ大丈夫か! 元々今回の人生は容易に抜け出せる舞台なんだから、明日の朝には王都行きの街道を歩いているだろうさ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 客間の前を通れば、半開きの扉から護衛が一人静かに腰を下ろしてるのが見えた。立てかけた槍は壁から離してある。俺が足を止めると、すぐ立ち上がって会釈した。若干の不信感や疎外感が表情に現れてるが、きちんと隠そうとする意図が見られる。礼儀正しいな。

 

「あの客人見たか? 薬家のとこだってよ」

 

「見たぞ。どんな奴かと思ったが、意外と普通だったな」

 

「もっと鼻につくかと思ってたけどよ。そうでもねえな」

 

「リアン様の言う通り、悪い奴ばっかじゃねーってことか」

 

 少し進めばうちの若い奴らの噂話が聞こえてきた。噂話好きだなコイツら。

 内容はさっき来てた護衛の人間に対するものだ。普段はあーだこーだ言って嫌ってたが、実際に目にしてみると「そこまででもないな」ってなったらしい。

 むしろ俺からすれば何で碌に会ったこともない奴らのことをそこまで嫌えるのか不思議だが。まあ薬家の人間もうちのこと嫌ってたはずだからな、礼儀正しい姿を見て考えを改めたのかもしれねえ。

 

「今日向こうのお嬢ちゃんが来るんだって? ヤな奴だって聞いてるが」

 

「ちっと冷たいが家業には熱心なんだってよ。仕事も早いらしい」

 

「そうなのか? なんか印象変わったわ」

 

 薬家に対する意識改革はリアンの影響が大きいのかもしれない。

 ヤな奴だって言ってたのもアイツだが、実際に対面して向き合ってから考え方を改め出したのもアイツからだ。単純だから流されやすいし、それで思ったことをすぐ外でも言うんだろう。おかげで、同じく単純なうちの奴らもそれに流されてきてるんだ。

 聞けば薬家の方でもマドリーが意識改革を促してるらしい。「まあ、野蛮ではあるが。責務に対する熱量ならうちに負けていない」と語り、薬家内での対立意識みたいなのを徐々に削いでるんだとか。

 この調子だと両家は自然に近づくな。親父たちの構想が現実のものになる日もそう遠くなさそうだ。

 

「若、最近ちっと飲めるって聞いたぞ」

 

「ほんとかよ。前に倒れかけたって話、あれ嘘か」

 

「嘘じゃねえだろ。飲み方を変えたんだと。リアン様が様子見てるってさ」

 

「へえ、次期当主としての自覚が芽生え始めたのか?」

 

「かもな。もう前の、頭の固いだけの若とは違うって周りも言ってたぜ」

 

 ……問題はこれだ。うちの中で俺に対する苦手意識まで徐々に薄れ始めちまってる。

 目当ての酒造りに思ったより時間がかかりすぎちまったことと、それまでに家の連中を何人か巻き込んじまったことが原因か。前の俺とは完全に違うってことが露呈しはじめてるらしい。

 別にただ認めてもらう分には構わないが、問題は「さっさと出ていってくれ」と認識されにくくなっちまうことだ。時間をかけすぎるとこれが「出ていかれると困る」に変わっちまうかもしれない。そうなりゃ抜け出すのは一気に難しくなる。

 ただ、今はまだ大丈夫だろう。流石に今の時点で俺を擁護する人間が俺を嫌う人間を上回ってるなんてことは無いと思う……根拠はないが。

 

 だからそのためにも、俺は今のうちにリアンを見つけて話をつけておく必要があるワケなんだが──っと、いたいた。

 回廊の先、荷置き場の手前でリアンを見つけた。こっちを向いた瞬間、お互いに目が合う。向こうも気づいたのか、顎が僅かに上がった。

 

「兄貴! ちょうどいい、探してたんだ。ちょっと話がしたくて」

 

 息を切らせつつこっちまで走ってくるリアン。奇遇だな、向こうも俺に話があったのか。

 

「いいぞ。俺もお前に話したいことがあったからな」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 俺の部屋に俺とリアンだけ、扉は閉めてある。これからする話はこの家の将来に大きく関わる話だからな、事情を知ってるリアン以外が耳にすればいくら俺を嫌う人間が多いからって問題になることは避けられねえ。

 とりあえず、こっちの話題は重いんだ。先にリアンに話させよう、そう思って視線をやった。頷くリアンが口を開く。

 

「兄貴。俺、後継ぎは兄貴でいいと思ってる」

 

「そうか」

 

 そうか、後継ぎを俺に……。

 

 ……………………ん? 

 

「……は? おま、何、言って」

 

 頭の中全部ぶっ飛んで、やっとのことで出てきたのがそれだった。

 は? 俺に、後継ぎを? おいおいおいおい、なんだそりゃ、話が違うだろ……!? 

 

「……な、なんでだ? お前、あんなに後継ぎのこと、喜んでたのに」

 

 やっと絞った声は妙に低かった。そりゃ当然だ。俺はリアンがいるから安心してここを出ていけるって思ってたんだ。コイツもそれに賛成してたし、とにかく嬉しそうだった。

 今更嫌になった? いやいやまさか、そんなはずない。コイツは家のことをしっかり考えてる。俺と違って、やっぱり嫌になったから責任取る立場には就きたくないだなんて言い出すような奴じゃないはず。

 リアンは一歩も詰めてこない、腕も組まない。目だけ真っ直ぐで、間を置かずに続けてくる。

 

「もし家を継ぐのが、前の兄貴だったら絶対に嫌だった」

 

 待て、待てって……。

 こんなの予定にない。もっと単純な話だと思ってたのに。何を急に今更──

 

「家業見ねえで頭硬いまんまで、ただ理解の無い奴だった。あんな奴に任せたらうちは次の代になった瞬間に潰れる、そう思ってた。だから俺がやるつもりだった。けど今は違う」

 

「いや、待て、今はって、お前」

 

「家の仕事にもちゃんと向き合ってて、前みたいな理解の無い奴じゃない。飲めないのに飲めないなりのやり方を探して、自分の身を使って努力してる。薬家とも話を繋いだし、あんなにマドリーを嫌がってた皆だって今じゃ考え変えて、前向きに家をデカくしようって思うようになってる」

 

 そういうつもりじゃない。俺はそんなふうに見られたくてやってたんじゃなくて、ただ自分の飲みたい酒を造るために周りを利用してただけだ。そんな「良い人」のアシェルは誤解だ。

 そもそも俺は「渡す」側で話をしに来たんだ。責任も名義もリアンに譲って、俺は何不自由なくここを出る。そう決めてここまで組んだ。「お前が望むから苦渋の決断で家督を譲り渡した優しい兄貴」じゃねえんだよ。なのに、何をお前……! 

 

「俺は、完全にお前に譲るつもりで」

 

「それは分かってる。前はそう運ぶつもりで俺も動いてたよ。けどな、兄貴。今の兄貴は背ぇ向けないでやってる。だから今の兄貴なら大丈夫だ、俺だって安心してついていける」

 

 やめろ。今それを重ねるな。頭の中で散らばってた言葉が、余計に遠ざかっていく気がする。クソ、驚きと焦りで思考がまとまらねえ。どっから切れば──ああ、無理だ。

 俺の作戦は元々コイツが後を継ぐ気がある前提で成り立ってた。今のリアンにその気はない。なら、家督を譲る理由がなくなっちまう。俺が継ぐ、以外の正当性のある選択肢がなくなっちまう。

 

「なんで今、なんだよ」

 

 情けねえ。分かってるが、それ以外の言い方が出なかった。

 

「今日言わねえと、俺が迷うと思ったんだ。だから今言った」

 

 そうかよ。そう聞くと、余計に逃げ場が消える。俺の都合と向こうの都合が同じ場所を刺してきて、足が動かなくなる。

 沈黙。時計なんか無えのに、時間だけが重く長く伸びていく感じがする。

 目の前には期待した顔のリアン。ついさっきまでどうにでもなるなんて甘い考えでいたのに、あの顔のおかげでそんな余裕が全部吹き飛んじまった。

 

 どう、する。どうする。どうするどうするどうする!? 

 上手いことこの責任から逃げられて、相手も納得する言い分が準備できて、かつその後の俺の自由も保証されてる道。

 んなもんあんのか? でも、そうしなきゃ俺はいよいよバレク家当主で、マドリーと結婚して、何人もの家の人間支えて生きていかなきゃいけなくなる。

 ……俺は、どうすべきなんだ? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 死ねばいいのか? 

 

 死ねば俺は次の体に生まれ変わるんじゃねえか? 今まではずっとそうだった。盗賊も兵士も文官も、理由は分からねえが、俺は何故か死ねば次の人間として成り代わってる。

 死んだなら家督なんてどうやっても継ぎようがないし、俺は全く無関係の人間になるからここまでの問題を簡単に解決できる。バレク家の面々には悪いが、物理的にも遠くへ逃げられるし、いずれ苦しんで死ぬぐらいなら今楽な死に方を決めてしまえば──

 

「どうしましたか、アシェル殿、黙り込んでしまって──」

 

「うおおおお!!? 馬鹿なこと考えるな俺!?」

 

「うわあああああ!? ど、どうしたんですかアシェル殿ぉ!?」

 

 目の前で薬家の護衛の男が跳ねる。

 化け物を見るみたいな目だ。やべ、流石に今の反応はまずかったか。

 

「す、すまねえ。落ち着いて考えられる場所が欲しかったんだ。部屋には弟を置いてきたし、他のとこにもうちの連中がいるから、人がいねえ場所ってなるとこの客間だと思って」

 

「え、私って人と思われてない?」

 

 ──一瞬、馬鹿な発想が滑り込んだ。死ねば楽だ。死ねば別の所に行ける。そこでなら誰にも何も言われない、だなんて。

 俺は何を考えてんだ! さっきのリアンの顔を見てよくそんなこと考えられたな!? それだけは違うだろ、発想がイカレてる。より良い生き方のために周りの人間全員無視して死にに行くなんて、行動からしてまず矛盾してる。次だって確実に成り代われる確証すらないのに。四回目の人生で頭がおかしくなってやがる。状況が後先迫りすぎて冷静な考えができなくなってるんだ、落ち着け、俺……。

 

「(やっぱり酒家はよく分からない……。もしかするとお嬢の婚約者は昼間から酩酊しているのか?)」

 

 とにかく冷静になるんだ、いつも俺はなんとか危機を乗り切ってきた、はずだ。だから今回もよく考えれば全員が綺麗に納得できる着地点が見つかるはずだろ。

 おかげで目の前の、ただでさえライバル家の中にポツンと一人先行するよう命じられて肩身の狭い思いをしているただの護衛を怖がらせちまってる。

 

「……本当にすまねえ。ちょっと予想外のことが起きちまって、情緒不安定だったんだ」

 

「そ、そうですか……。少し、いや本当に驚きましたよ……」

 

 ぐ……。こっちを見る目が怪訝だ。なんだこの空気感、俺がホームのはずなのにどうしようもなく気まずい。

 

「その、そういえばマドリーはまだか? いつになったら来る」

 

 とりあえず場の嫌な空気を紛らわせようとして、話を変えた。実際、マドリーはまだ来てない。そろそろ約束の時間だ、なのに影も形も見えないのはちょっと変だ。

 遅刻かもしれねえが、マドリーに限ってその可能性も薄い。あの女は自分から約束を取り付けておいて遅刻するような奴じゃない。

 

「そうです、ね。少し遅すぎる気がします。そろそろ時間だ。お嬢は時間ギリギリに来るような人じゃない」

 

「だ、だよな! 思ったより運ぶ酒の量が多くて、困ってるのかもしれないな!」

 

 少し茶化してみた。相手は笑わない、滑った。空気がまた気まずくなる。畜生、なんでそんな反応するんだよ。

 居たたまれなくなって俺は立ち上がり、窓を開けてみた。場の空気が悪いなら、せめてもの抵抗として外の空気を入れてみよう、そう考えて──

 

 ──遠くの方で上がる煙に気が付いた。

 

「なんだ……あれ」

 

「煙……? ボヤ騒ぎでしょうか。それで時間がかかっているのかも」

 

 違う。あの煙が上がってる場所。コイツは知らねえだろうが俺とリアン、そしてマドリーは知っている。三人で実験をしたからだ。

 あの貸し部屋、あれがある場所だ。もし火事なら、火元はそこだ。

 

 マドリーは同じ部屋を借りて、そこに予備の酒を保管してるって言ってた。

 今日アイツはその酒を回収してこっちに来る予定だった。

 まさか、まさかだとは思うが。でも、そんなことが。

 

 ──俺の胸の中でまた一段と強烈な、嫌な予感がした。




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