書いててちょっと不安なんですが、舞台が元々異世界なだけで別世界に行く訳じゃないし。
時間は経ってるんで死にループって感じでもないし。正しい呼び方があるのかな。
そこんとこどうなんでしょ(´・ω・`)
悔やむ心と出口のない迷路
俺は死んだはずだよな?
……なんかこれ毎回言ってる気がするな。
視界がぐるぐる回転してるような気がして、その後一番初めに気づいたのは鬱蒼とした空気、続いて背後に感じる泥の感じ。背中が冷えていて、服の内側が嫌な湿り方で貼りついてて、ちょっとでも首をひねれば頬を草が掠めてく。
──てことはここ屋外か?
「あー……──マジかよ」
やっぱり──声が違う。喉を震わせたときに感じる声の出方というか、喉周りの筋肉のつき方が違うところまで分かった。着てた服の重さだっておかしい。もし俺がマドリーを決死の覚悟で救い出すことに成功しそのまま気絶したとして、こんな重装備着せる意味はないし、外に放置する意味だってない。
いや、もうこの現象は四回目なんで、もう流石に見当がついているんだが……。
三回限定の現象で、前回のあそこで終わりなんてことにならなくてよかったのはそうなんだが……。
つまり、これって──
「また……ってことだよな」
──じゃあ、約束は守れなかったってことか。
奥歯が軋む。あの瞬間、俺は本気で生きて戻ると信じてた。なのにこうなってるってことは、酒家の跡取り息子としてのアシェルは死んだってことだ、それは否定しようがねえ。つまり、リアンとの「絶対生きて帰る」って約束は、まあ、俺が反故にしちまったってことで間違いない。
あー……クソ……。約束守れないってこんな感じなのか。流石の俺でもちょっと罪悪感というか、申し訳ないというか、何とも言えない気持ちが浮かんでくる。俺に処刑名簿を届けられなかったタリエもあの時こんな気持ちだったんだろうか。そりゃ凹むか。
最後の記憶はマドリーを腕に抱えて窓突き破った瞬間だ。あれ以降の記憶は何故か残ってない。
ただ、物凄い風が吹いた気がした。ありゃなんだ? 偶然凄まじい突風が家の中から吹いてきて、それに吹き飛ばされて頭を打ち、意識を失ってそのまま死んだ? んな都合の悪すぎることあり得るか?
思い返せば直前でマドリーが「開けちゃダメ」みたいなこと言ってた気もする。あの時は煙を吸い込みすぎてて頭がマトモに回ってなかったが、もしかしたら多少の学がある奴にだけ分かる謎の現象があるのかもしれねえ。
生憎、学のない俺には知りようもない現象だが。まさかそんなことが失敗の原因なのか? んなもん防ぎようがねえじゃねえかよ……。
で、今のこれだ。
「……リアン……マドリー」
名を出したところで、人っ子一人いない森の静けさしか返ってこない。
というかそもそも。マドリーは無事なのか? 酒家は、リアンは今後どうなるんだ? 結局下手人は誰だ? 今後の両家の関係は? 息子が死んだことに対して、親父はどう……いや、親父はいいか、顔も見たことないし。
とにかく気になることが多すぎる。死んでも死なねえのは良いことかもしれねえが、前の俺がどうなったかを確認できねえのはどうにも不便だ。
ぶっ倒れたまんまそこそこ時間が経って、思考も冷静になってきたし、体も落ち着いてきた。少なくとも、これからすぐに点呼が始まるとか、まだまだ仕事が残ってるだとか、トラウマに魘されて呻き声を上げるみたいな状況にはなってない。周りに急かしてくる人間がいないのは幸か不幸か、今はまだ分からないままだな。
とにかく。俺は死んだ。これは四回目。今回も成り代わった。そこだけははっきりさせよう。
とりあえず立って、目的を見つけて動き出すんだ。何もしないままなのは時間の無駄でしかねえ。過ぎたことをうじうじ後悔し続けても、状況が改善する訳じゃねえんだ。
気合入れろ俺! よし!
*
状況は思ったより絶望的かもしれねえ。
てかだんだん察しはついてきたが、もしかしなくてもこれ、遭難してるだろ。
「おーい! 誰かいねえのかー! いたら返事してくれー!」
葉の塊に飲まれて、遠くの鳥が一回羽ばたいたっきり静まった。もうこれで二桁になる確認だが、返事が返ってきたことは一度も無い。いよいよマズイ。
さっきまで「人が急いてこないのは幸か不幸か」だなんてのんきに考えてたが、結論は出た。間違いなく不幸だ。自分の今の状況を誰にも聞けねえ。おかげでどうしていいか、何をすればいいかの当たりをつけることすらできなくなっちまってる。
今回の俺だが、どうやら「探検家」か「冒険家」か。呼び方は分からねえが、多分未知の場所を探索していく仕事に就いてるんだと思う。
ぶら下げられた右の小袋は、火打ち石とか、乾いた苔とか、松脂の塊とか。どれも角が丸くなるくらい使ってあった。火に困った生活の道具じゃなく、野で一夜を越すための定番が揃ってた。
背負ってた袋には、針と太い糸、小さな錐、薄い包帯、止血の粉。ほのかに樟脳と酒精の匂いがする。現場で裂けた布や皮を縫って、応急で動きを戻すための寄せ集めだ。それに採取用の小刀、小槌と細い杭、革の香袋からは獣避けの強い匂い。これは狩りとかの道具ってとこか? 盗賊が人専門だから細かいことは分からなかった。
酒精があるってことは今回の俺は下戸じゃないらしいな。尤もこの状況から酒が飲めるとこまで辿り着けるのかすら怪しいが。
肩から斜めに回ってたロープは、八の字で巻いて、最後だけ二重の止め。ほどいてみたら、芯まで蜜蝋が染みてて、濡れても結びが死なないようにしてある。結び目の作りが無駄なく締まるから、完全に手癖がある。
食い物は干し肉と乾いた硬パン。なんとも心もとない。これまでの人生で普通に食事できるのが当たり前だったことを思い出すと、今の状況がいかに危機的か分かりやすい。
水袋は軽い。振るとぴちゃ、と浅い音しかしない。皮の縁は手入れされてるのに、中身の減りようがおかしい風に見える。この体の元の持ち主は長居する気じゃなかったんだろう。やっぱ遭難だなこれ。
「字がくすんで読めねえし……何のための手記だよ……」
確信だったのはコイツの手記だ。行った場所、巡った内容を事細かに記録して丁寧にまとめてやがる。これで実はお堅い貴族なんてことありえねえだろう。もしかしてだとは思うがまた真面目野郎の体に入ったな俺?
ただ、肝心の内容については字が小さすぎて、湿気ったとこから潰れてやがった。おかげで読めねえ。もしかすると初めの方でずっと寝っ転がってたから湿気りだした、なんてことはねえよな? もしそうだったらなんて判断ミスだよ。
この森に入ってすぐのことも書かれてたが、当然中身は読めねえ。しかも序盤も序盤で書くのを諦めてやがる。まあ遭難してもずっと冷静に記録取り続ける方が狂ってるかもしれねえが……今の俺にとっては万が一の生命線だったんだ、半端な仕事してくれちゃ困るぜ。
てかそもそもこの森どこなんだよ。地図の一枚でも持ってろよ畜生。
状況は、思っていたより厄介だ。
遭難中ってことは、水を確保できなきゃ、日暮れを越えられない。火は起こせるかもしれねえが、湿りと煙で居場所を晒すことが現状安全なのかどうかも分からない。
じゃあさっさと死んで次の人生に期待するか? それも悪手だ。今回はいけたが、この成り代わりがどういう条件で起こってるのかも分からねえ。いい加減この謎も調べなきゃいけねえが、この問題が解決してない以上、簡単に次の人生を期待するのはリスクがデカすぎる。
それに前の人生で散々逃げねえって自分に言い聞かせたばっかりなんだ。ここで同じことして何になる。やり残したことは山ほどあるのに、ここで幕切れなんて後味が悪いなんてもんじゃない。
気を強く持てよ、俺。自分の意思で死を望んだりするな。とにかく生き延びる手段を見つけて、できることならそのまま目的を達成するんだ。
考えすぎて余計な燃料まで食い尽くしてもいけねえ。とりあえず今はそれだけでいい。
*
起点として、枝に布を結んだ。ここから西寄りへ進むと決めて、最初の樹に十字の刻みを深く入れる。そこから三十歩だけ進み、止まって振り返って、さっきの刻みが見えるか確かめる。葉に隠れて見えにくいな、次は二十歩ごとに切り替えるか。
低い枝は左手で押し上げ、右頬に当たる棘は袖で払って。体力を温存するために呼吸は四歩で吸って四歩で吐くに揃え、余計な音を出さないよう歩幅を一定にして足音を殺す。で、二十歩進んでは刻みを足す——この繰り返しで外に繋がる道を探す。
にしても、さっきから一向に出口の手応えがない。斜面を下れば何かに突き当たるだろって理屈で、緩い下りを拾ってみたが、湿りが深くなるだけ。逆に登ってみれば、見通しが一瞬よくなるくせに、葉で天井がすぐ閉じる。
風は向きを変えてばっか、陽は時々差すが葉に砕かれるおかげで影の形すら掴みづらい。地図があれば笑い話だろうが、今の俺には刻みと布しかない。いやまあ地図があったところで現在地が分かんねえんだが。
やれることをやってるつもりだが、出口はまだ見えない。結構深刻な遭難だなこれ。
とりあえず外に出たらどうしようか。今の俺にはやり残したことが山ほどあるからな、全部片づけていかねえと。
まずマドリー。外へ押し出した手応えは確かにあったが、そこで俺の意識は切れた。生きてると決めつけるのは楽だが、まあ確認が要るよな。だから、街に降りたらとりあえずあの薬家へ向かおう。生きてればそれでよし。死んでれば…………考えたくないな。
リアンはどうなってるか。アイツはやれる奴だ、時期こそ遅れるが当主になるための準備を進めることになるだろう。元々あの席を狙ってたんだ、よっぽどの心残りが無い限り酒家は上手くいくと思う。だから別の体になっちまったが──アイツにすることは、ちゃんと生きて帰ってきて、約束を果たせなかったと謝罪することだ。俺の名前を出すかどうかは……後で考えよう。
ベラは……きっと無事ではあるだろうが、文官どころか酒家のアシェルまで死んじまったってなるとまたショックを受けるんじゃないだろうか。できない約束だってさせられたし、「文官のアシェルは死んだ、嘘をついてすまなかった」ってのは言わねえといけねえよな。ちょっと今から気が重いな……。
その後は王都だ。ソラナとタリエとルシア。ルシアは十中八九大丈夫だろう。兵士の俺が死んだのはかなり前だし、文官の俺にはほとんど接点もない。酒家の俺なんか存在すら知らねえ。今頃元気に偉い兵士になるための道を突っ走ってるだろうな。
タリエもきっと大丈夫だ、あの真面目さなら周りから変に警戒されることも無いだろう。俺とベラに毒を盛った連中の下で働いてるかもしれねえってのはちょっと不安だが……一応様子を見て、何なら今の俺の境遇を相談してもいいかもしれない。アイツは秘密を喋るような奴じゃねえし。
問題はソラナだな。アイツ今、無職の可能性があるんだよな。見知った文官アシェル以外の男に急に話しかけられても、前みたいに仲良くなれるかどうか怪しいし。警戒心の強いアイツに対して、無策って訳にもいかねえが、今ここで考えて出るような案でも上手くいきそうな気がしない。まあこればかりは現状見なきゃなんともならねえからな。判断するのは後からでも遅くねえだろ。
考えすぎて口の中が乾いてきた。どうしてこうもじっとりしてやがるのに、口の中は乾いてくるんだ。さっさと水源を見つけねえと、今考えてた目標だってどうなるか分からねえのにどうしてこうも……。
ああ待て、後ろ向きになるな。優先は水、次に食糧、次に火、最後に寝床。考えすぎるな。
そうこうしてると腹も減ってきた。
前まで自由に食事できてたことを思い出せば、バレク家での立ち位置は相当恵まれてたんだな、と他人事みたいに思えてくる。中の上だなんて言って悪かったな、今と比較すれば上の上だよ、あの家は。
文官の頃は昼の休憩時間だなんて飯を食うための時間が存在してたし、探せばすぐ飯屋なんて見つかった。兵士の頃は味こそ薄いがきちんと同じ時間に食堂に集まれば腹を満たせる。盗賊の頃は……ちょっと思い出したくない。
そう考えれば今の状況はなんとも味気ないというか。規則に縛られるのは大嫌いだが、過度に自由過ぎるのも考え物だな。また一つ勉強になったよ。
また二十歩歩いて、木に刻む線は胸の高さ。十字も見飽きたし、斜め二本をずらして入れよう。自分でも一目で分かる形で。
斜面の向きがまた少し変わって、根の帯が見慣れない絡み方をした。湿りの薄い匂いが強くなって、喉の奥に唾が溜まる。ああクソ、歩きにくい。たまに見える獣道みたいなもんでも、ある程度踏み固められてるってだけでありがたく思えてくるから困ったもんだ。
足元に絡まった根を解いて、解ききれない奴は切り落として、そのまま疲れ切った状態で顔を上げて──
──布が巻かれた木が目に入った。
「………………ふざけんなよ」
木に背中を当て、額に手を当てて、指の温度で目の奥の熱を押し下げる。
……こんなとこですぐ諦めるのか? 今日死ねば史上最速記録だぞ? まだだ、まだやれる。次は角度を変えよう。水の気配に付き合いすぎるな。もうひと踏ん張り、のはずだ、多分。
*
顔を上げる。布が巻かれた木が目に入る。また、まただ!
畜生がよ、何で逆向きに回って同じ結果に……いやそうだ、前に進んで戻ってくるなら後ろに進んでも結果は同じじゃないか。どうした俺、こんな簡単なことも分からなくなってるのか?
胸の高さの十字。自分でつけたやつだ。始めた時から何も変わらない。笑えねえ。ここで木を蹴るのは子どもの癇癪だと分かっているのに、踵が少し浮いちまった。
歯が勝手に鳴って、喉の奥が熱い。なのに、口の中がまた乾いてる気がする。そこらの植物からも水分は取れるかもしれねえが、正しい方法もどれが毒かも分からねえ。だからそれは最終手段だ、解禁はそう遠くないかもしれねえが。
角度を変えよう。逆じゃなくて左右に。もしかしたら楽な獣道に誘導されてるだけかもしれねえ、次は獣道を見つけても無視して進んでこう。
それか木に登るか? 上から見ればせめて何か分かるかもしれねえし……と思って、やっぱりやめた。腕を上の方にあげた瞬間微かにしびれた。疲れがたまってる証拠だ。これでこんなに高い木を登れる訳がねえ。
泥が靴の縁を超えて冷たさが滲む。肩紐が骨に擦れて痛い。位置をずらす度に歩調が乱れる。乱れた歩調を呼吸で締め直すけど、それで頭の中が空回りして、何のために歩いているのか分からなくなりかける。
足が石に乗り、滑って膝が折れる。地面に両手をついて、泥の冷たさで我に返って──なんでこんな呼吸が浅くなってんだ? さっきまで早かったろ、なんでだよ。
ああダメだ、一から始め直そう。間隔がぐちゃぐちゃになってる、今のままじゃ判断力が落ちていってそのまま野垂れ死ぬだけだ。
新しい布を別の高さに結び替える──だけなのに、結び目がうまく決まらない。泥で滑るのと指が震えるのと。歯で引き締めて、舌を噛んで、それで気付けにして結び直して。ああクソ、また足が根に乗って絡まった。手息が荒れる。
やっぱり諦めるべきだったのか? 成り代わった瞬間、状況が絶望的なら持ってる刃物で首を掻っ切るべきなのか?
今のとこ時間の無駄だ。さっさとマシなところで生き直すのを待つ方が……いや、そんな実験で消費するみたいな命の使い方をしたくない。そういう手段を取れるようになったころには体が無事でも、心が完全に死んじまう。そうなりゃ、良いところに成り代われても上手くいける訳がない。
でもどうする? だんだん辺りは暗くなってきた。いよいよ時間切れが迫って来てる。
いっそのこと小鳥の鳴き真似でもして、寄ってきた獣と一緒に血と肉を賭けた勝負でも持ち掛けてみるべきか? 勝てるのか、俺?
マジで、マジでどうすれば──
『ねエ、何やってるのサー! このままじゃ本当に死んじゃうヨー!』
──は?
『ああ、しゃべっちゃっタ。でもこれはしょうがないよネ。なんだか様子がおかしすぎるもノ』
俺は疲れすぎて幻でも見てんのか? 目の前に青白い火球がいくつも、宙に浮いてやがる。俺の周りでくるくる回って、声まで聞こえた気がしたぞ。おとぎ話じゃねえんだ、そんなのあり得ねえのに。これも何かの名前がついた現象だっていうのか?
……なんなんだ、これ?
やっとファンタジー・冒険っぽい要素が出てきた気がしますね。
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