青白いのが三つ、四つ、肩の高さでふわふわ浮いて、勝手に口を揃えた。
『ねぇねェ、キミ、さっきから同じとこ回ってるよネー』
『さっきの川になんで戻らないノ? 水が欲しいんでしョ?』
『道具だっていっぱいあるのにサ。なんで使わないノ? 死にたくなっタ?』
「な、なんだお前ら……!? どっから湧いて出やがった……!?」
なんで浮いてる。なんで喋る。光だろ、お前ら。思わず一歩後ずさって、かかとが根に引っかかった。勢いで体が後ろへ傾き、近くの幹に片手を突き立ててどうにかこらえる。
声は近いのに、どれがどれだか分からない。数えようと増えるし、数え直すと減った風にも見える。冗談にしては悪趣味がすぎるぞ。俺を知ってるみたいな口ぶりも訳分からない。さっきから輪を描いてたのは認めるが、ずっと見られてたのか?
木肌のざらつきだけは現実だ、でも目の前の青白い玉が現実なのか俺の疲労が見せてる幻なのかどうかは分からない。三つ、いや四つ、肩の高さをふらふら泳いでいる。
『ボクたチ? ボクたちはここで死んだ人間の……なんだロ、魂かナ?』
『多分そうだよネ。生きてた頃の記憶なんてもうほとんど無いけどサ』
『どうモー、ボクたち魂だヨー。急に出てきてごめんネー』
「た、魂だ……? んなもん信じろって……?」
姿は? 名前は? どっちも分からないのに、そんな訳分からねえ存在信じろっていうのかコイツら?
視界の端で光が丸くなって、また細くなる。どれがどれの声なのか区別がつかない。全員が声色も高さも、喋り方まで似せてきやがる。腹の中が落ち着かなくて、息の出入りが乱れたままだ。
「その、まず、説明しろ、お前ら。フツーは魂だけで動いたりしねえだろ」
『説明しろって言われてもねェ?』
『ボクたちにも分かんないからねェ?』
『根拠のない仮説ならあるけど……聞ク? 聞くよネ?』
もう仮説でもなんでもいい、とにかく今は俺を納得させてくれ。気に入らなきゃあとで燃やしてやるかもしれねえが。俺は魔法だとか幽霊だとか精霊だとか、そういうおとぎ話や宗教神話みたいなものを信じるほど子供じゃねえんだ。だからこんなもの急に見せられてもすぐに理解なんざできねえんだよ。
青白い玉は距離を測るみたいに上下して、俺の肩より少し上にぞろぞろ並んだ。
『この森の奥にはネ、こわい女が住んでてサ。森に入って死んだ人間を拾っテ、こうやって浮かせて遊んでるって噂があるんだヨ』
『違うヨ、神さまの気まぐれでネ。ここは戻す途中の川で、からっぽになった殻がふやけて光ってるだけっていうのが事実だヨ』
『どっちも違うヨ。人が死ぬト、どの道ここまで落ちてくるんだヨ。ここにいる奴だけが気づいただけサ』
「あー……そうか、結局はよく分からねえってことだな。変なこと聞いて悪かったよ」
『あっキミ信じてないネ。キミはきっと早めに死ぬヨ』
何だとコイツ、ただの喋る光の癖に。
自分で言って、少しだけ気持ちが静まった。連中の声が一様に軽いせいか、腹の底の熱が妙に冷える。怒鳴ってもどうせ要領を得ないなら、怒鳴る手間も無駄、逆に凝り固まった緊張が解かれてさっきまでの焦りが鳴りを潜めていく。
コイツらのことは──よく分からない。敵なのか味方なのかも、現実なのか幻なのかも、現象なのか空想なのかも。
ただ、やっと出会えた会話のできる存在でもある訳だ。丁度今の俺には一つ聞きたいことがあった。これの答えによっては何か利用価値があるかもしれないと踏んで。
「──じゃあ、この森から抜ける方法は知らねえか。知ってたら教えてほしいんだが」
聞いてみた。
『うーん……知らないなァ』
……………………ふう。
何やってんだよ俺、こんなとこで変な光と駄弁ってる余裕なんてものがあったのか? さっさと出口か水を探しに行かねえと。
『あレ? それで終わリ?』
「ああ、時間取らせて悪かった、じゃあな」
結局コイツらは役に立たなかった。
正体が何なのかは分からないままだが、明確に分かったことが一つ。頭がおかしくなる前にこんな場所からはさっさと出ていくべきだってことだな。
*
「畜生! ついてくんじゃねえよ!」
なんなんだコイツら! 移動できる範囲の制限とかねえのか!?
逃げても逃げても普通についてきやがる。ていうか俺よりずっと速え!? 俺と違って浮いてるから地形が障害にならねえってことか? なんだよそれ!
『いいじゃン。どうせ誰もいなくて困ってたんでしョ?』
『並んで漂うだけだっテ。近寄りすぎたら、キミが草につまずくからネ』
「見たことねえ謎の光に囲まれて、嫌がるなって方が無理だろ! 何の用があるんだよ、ほら! 散れ!」
視線が上下するたび、こいつらの揺れが視界の端に張り付いて離れない。追われてるというより、顔の前で延々と指を鳴らされている気分だ。間合いを詰めると散って、離れると寄ってくる。虫の群れみたいでどうにも気色が悪い。
『何の用、って言われてもネー』
『良いんじゃなイ? 喋っちゃってモ。姿まで見せちゃったんだシ』
『それもそうか。むしロ、たまにはこういうのもいいかもネ』
光は何だかこそこそと話し合ってやがる。話し合いながらでも俺への補足が途切れてないあたり、目をつけられた以上もう逃げ切るのは無理なんだろう。
もうとっくに数を数えるのはやめた。増えたり減ったりするのに付き合ってたら頭が崩れる。にしてもアイツら、さっきから何の話を──
『ねぇねぇ聞いてヨ。僕たちはずっとここにいてネ。外に出ることだってないシ、もう退屈で退屈で仕方ないんダ』
「急に何の話だよ!」
『まあまア、落ち着いてっテ』
光の一つが話しかけてきた。
俺の右頬へぴったりくっつくように沿って動いて、右目が眩しい。
『だからネ。僕たちはここに迷い込んできた奴が一週間生き残れるかどうかの賭けをして遊んでるのサ』
………………?
は? 賭け? 迷い込んだ奴で? 一週間生き残れるかどうか?
「………………趣味悪いなオマエら!!」
何だコイツら、迷い込んだ人間がどういう末路辿るか賭けるって。俺はコイツらのことをよく知らねえが、これ人間に変換すれば相当な性悪だぞおい。
『悪いって言われるト、だいたい当たってるネ。だから余計に盛り上がるんダ』
『何日持つカ、火が使えるカ、夜明けを無事に越えられるカ、そういう言い合いって楽しいでしョ?』
『勝っても何も無いけどサ、暇すぎてこれぐらいしか楽しみがないんだよネ』
……退屈を紛らわせるために俺を使う理屈はよく分かった。要するに俺は客や道具でもない、ただの見世物で、見世物の寿命に賭け金は要らないが、暇つぶしには十分なんだと。胸クソ悪いにもほどがあるぞ。
普通に気分悪くなってきた。元は盗賊だったはずの俺だが、ここまで露悪的な趣味に首突っ込んだことはねえぞ。どっちもどっちって言われりゃそれまでだが、それでもコイツらの気持ちは理解できそうにない。ずっとここにいるって言ってたが、要は森の中から出られないと思考回路は狂うってことだな。なおさら早く出ねえと。
撒けないとは分かっているが、足が自然に次の方向を決め始める。できるだけアイツらから離れられるように、右へ左へ。
『普段はこうして話しかけることはないんだけどネ。君が急に変な行動を取り始めるから皆驚いてたんダ』
『昨日まで使ってた川辺に戻らズ、急に同じとこをぐるぐるっテ』
『生きる派はこんな急変で死なれたら堪らないって言ってサ』
『死ぬ派もこんな風に死なれても面白くないからってサ』
『だから話しかけてみることにしたノ。一人じゃなくて良かったでしョ?』
「ああ良かったよ。勝手に盛り上がってろ」
なるほどな。元の体の持ち主だった探検家のアシェル(仮)が急に変な行動取り始めたから、『生きる派』と『死ぬ派』がこんなんじゃゲームにならねえってことで口挟んできやがったのか。良かったって気持ちより、なんだこれって驚きの方が遥かに強かったんだがな。
動きやすい獣道に切り替えて、生い茂った植物の壁は避けて、なのに逃げても逃げてもアイツら追いかけてくる。俺の次の動きを読まれてるみたいに。
『ネ! 良かったでしョ! だって僕らの誘導のおかげデ──』
言葉が耳に届く前に視界が急に開ける。木々の陰がほどけて、奥の暗がりに細い光が走った。
な、なんだ? もうほとんど陽は出てねえはずだろ。葉の反射にしては不自然だぞ?
「──っ、これ、は……」
顔に当たる風が一段冷えて、汗の塩が肌の上で急に小さく縮んだ。苔の匂いが濃い。石の匂いがその下から押し上げてくる。目の高さより少し下、根と石が段を作り、その隙間を透明な水が滑ってる。
──そういうことかよ。見世物がすぐ終わるのが退屈だから、盤を長持ちさせるために俺は誘導させられてた、ってこと、か。
『ほラ! 昨日の水場まで戻ってこられたでしョ!』
*
癪だが、非常に癪だが。俺はあの謎の光たちの誘導で水場に戻ってくることができたらしい。戻ってきたとはいっても、元の体の持ち主が溜まり場にしてただけで、俺自体はこの場所初見なんだが。
触れてみれば──確かに水だ。この冷たさはどう考えても幻じゃない。触れた指の先から火照った熱が逃げていくようで、今の状況が夢じゃないことを俺に教えてくれる。
じゃあアイツらも本当に存在する光ってことか。俺の疲労が生み出した幻と幻聴じゃなくて、ちゃんと現実に存在する超常現象。マジかよ、そんなおとぎ話みたいなものが普通に存在してたのかよ。新種の生き物として王都に持って帰れりゃ大金持ちになれるかもな。まあ、それはここから帰れることが大前提だが。
背後で、白い粒の群れが薄く笑う気配を増やした。石の縁を揺れる光が俺の肩の高さに輪を作る。鬱陶しいがもうだいぶ慣れてきた。
「見てるだけなら黙ってろよ。ここに連れてきてくれたことは感謝するが、お前らの腹が黒すぎてあんまり関わってほしくねえ」
『酷いなァ』
『助けたのにねェ』
「……チッ」
石の角で指先の砂を擦って落とし、濡れた手をズボンの脇で拭う。繊維の粗さが皮膚に残って微妙に痛い。なんで探検家はこんなごつい重装備じゃなきゃいけねえんだ、もっとこう…………いや、こりゃ理不尽だな。ちゃんと理由があってこういう装備してるに決まってる。何かにぶつけたくて冷静じゃなくなってるな、俺。
「……お前ら、本当に外に出る道知らねえのか。ああやってふわふわ飛べるなら、上からの景色でどこが外かぐらい分かるはずだろ」
息は落ち着いてきた。だからこそ、今のうちにもう一回ちゃんと訊いておこう。ここで黙ってやりすごしても、次に同じことになるだけだろうし。
『さっきも言ってたはずだけド、知らないネ』
「なんでだ」
『僕たちね、外に近づくとどんどん光が薄くなっていくんダ。外に行こうとした連中は皆帰ってこないシ、多分外に出ちゃうと消えるんだと思ウ』
『消えたらどうなるかなんて分からないからネ。そんなことするぐらいならずっと森の中で迷い人探してる方がいいヨ』
『外への道にそもそも近づきもしないかラ、たとえ教えたくても教えられないんダ。ごめんネ』
……なるほど。
コイツらを外で見たことが無いから疑ってたが、そもそもコイツらは外に出られないんだな。だから森の外でコイツらを見ることもないし、噂話として聞くこともない。この森に入った人間なら情報を持ち帰れるだろうが、出口が分からないことと、何度も同じとこぐるぐる回っちまう迷路みたいな構造のせいで外に出られねえ、と。生きて帰ってきたやつがいねえから、より一層情報が秘匿されてるってワケだ。
で、俺はどういう目的があったかは知らねえが探検家としてこの森に挑戦し、まんまと敗北して遭難中のアシェル君(仮)ってことだな。序盤から詰みすぎだろお前。
石の段に手をついて腰を起こす。こうなったら仕方ねえ、なんとか外へ出る方法を探しつつ、今はここで安定して生き延びるための方法を模索する。これが俺の今一番の目的になるってことだな。
『外に出たいんだネ。希望を失ってないんダ』
『でもキミ、きっとすぐ死ぬヨ。一週間は持つかもだけド、外に出るのは無理だろうネ』
「言い切るなよ。そりゃ『死ぬ派』の願望込みだろうが」
根拠も無しに気の落ちるようなこと言いやがって。人の生き死にを横から見るだけの奴らは楽でいい。
『ごめんネ。悪かったヨ。言い方がちょっと強かったかもネ』
『──そうダ! おわびにここらにある奴で食べられるもノ、教えてあげル。長持ちはしないけド、空腹の足しにはなると思うヨ!』
……聞くだけは聞いてやるか。
水源が手に入った今、次に手に入れなきゃいけねえのは食糧。水の中に生き物は見つからなかったし、植物はどれが食えて、どれが食えないのか分からねえ。その辺マドリーに聞いておくんだったな。不勉強だとは思わないがこうなるって分かってれば聞いてたのによ。
「……分かった。頼む、教えてくれ」
『いいねいいネ! 素直だネ! 良いことだヨ!』
白い粒がちらつきながら、水の縁をゆっくり横切った。
物珍しいのか、光はどんどん集まってきて、口々に指示を出してくる。
『それそレ。水の流れの端にくっついてる丸いその小葉だネ。先の柔らかいとこだけちぎって噛めるヨ』
「……先だけ、な」
二枚だけ摘んで歯で潰す。
……まずい。実にまずい。まずいが、何も食べねえよりはマシだ。茎は硬かったから吐いて捨てた。
『そこの石の脇にぶら下がってる黒い粒の房が見えル? 指で押して柔らかいのだケ。実は食べられるけド、皮と種は出してネ』
触ってみれば確かに柔らかい。硬いのもあったから指で選んでもぎ取った。
口に入れた瞬間、酸が先に来るが後で薄い甘さが残る。こっちはけっこうイケるな。さっきの青臭さのおかげで、質素だが逆に美味く感じる。
『ネ、そコ。薄茶の束がいくつか重なってるノ、見えル? あれ実なんダ。大きいのは渋いかラ、丁度良いぐらいの大きさのを選ぶといいヨ!』
「欲張りすぎるなってことだな」
言われて、中ぐらいの実を手に取って、いくつか抱えていく。
コイツら結構ちゃんと教えてくれるな。食べちゃダメな奴とかはきちんと教えてくれるし、正しい食べ方も教えてくれる。
さてはコイツらもこの森で死んで魂になっただけの昔遭難した人間なんじゃねえか。だからこういう飢えの凌ぎ方を知識として知ってやがるんだろ。早く死なれたら盛り上がりように欠けて困るってのは事実らしいな。
『そうそウ。それとあとハ──』
同じ倒木の根元、白くてつるっとした綺麗な傘が一本、根元が袋みたいに膨らんでいるのをいくつかの光が指す。
『そのきのこも食べられるヨ。匂いが甘いのが目印だネ』
*
「おえっ、うっ、おええええっ!!」
『アー、出たネー』
『派手だネー』
「う、てめ、このやろ、んぐっ、ざけんな……!」
腹から突き上げる波が来て、堪えきれず吐いた。酸っぱ苦いのが喉元を焼いて、鼻に回って、目が勝手に滲む。二度目で胃が空になった気がしたが、体はまだ出そうとする。水を掬って口を洗うが、手が震えて半分以上零しちまった。
なんだよ、俺たちに生きててほしいんじゃなかったのかよ! 畜生が、全員同じような見た目しやがって、やっぱりコイツら一瞬でも信用できねえ!
『耐えるネー? 毒物の経験があるノー?』
「くそっ、はぁっ! げぼっ……!」
吐き気がだんだん収まってきた──流石に文官のときに飲まされた毒ほどじゃない。あの毒に比べれば、確かにキツイが、なんとか耐えられる範囲だ。んな経験に助けられる日が来るとは……ともかく!
「げほっ……っ、おいてめえ! 人の事バカにしやがって! ふざけんなよ!」
『当たり前じゃン? 死ぬ派の奴らのこと真面目に聞いてる方がおかしいのサ』
『やめなヨー。コイツは誰が生きる派か分かんないんだヨ。しょうがないんだっテ』
石を拾おうとして、指がうまく閉じない。
力が入らないわけじゃない。が、妙に指先の感覚が鈍い。
このクソ野郎が、おかげで成り代わり初日の夜から最悪のスタートだ。
「てめえ覚悟しろよ……! あんなもん教えやがって……! 俺と勝負しやがれ!」
『悪いけド、教えたのは僕じゃなくて別の奴だヨ。彼はもうとっくにどっか行ったけド』
「んなこと言われても誰が誰か分かんねえよ火の玉野郎!」
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