【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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魂を閉じ込める森と狩りの結果

 薄暗かった空が少しだけ明るくなってた。木の隙間から色が増え、地面の輪郭がはっきりする。

 水場を見つけられた俺はなんとか夜を越すことができた。荷の中身を出して、濡れに弱いものを上へ寄せ、縛り直し。食べられる奴だけそれ用の袋に移して、柔い蔓の先は布に挟んで潰れないようにした。水は浅いところで掬って飲んで、残りは小瓶へ。

 準備が済んだら探索開始だ。今の俺はほんの少しだとしても、食べ物とか、身を守る道具とか、外へ続く情報を見つけなきゃいけない。またこの水場に戻ってこれるよう、辺りの木に切り込みを入れて目印を刻みながら。

 

 白い光はまだいる。頭の上をぐるぐる旋回して、距離を取る気配はない。

 昨日の今日でもう追い払うのは無駄だと分かった、逃げ切るのも無理だ。じゃあ諦めるしかねえ、うざったいが割り切った方が気が楽ってことだ。コイツらがまとわりついてくる生活に早いとこ慣れねえと。

 

「おい。付いてくるのは勝手だがな、前に割り込もうとするな。危ねえだろ」

 

『大丈夫だヨ。すり抜けるからぶつかったりしないシ』

 

「ちげーよ。前が見えなくて危ねえっつってんだ」

 

 歩き始めてだいぶ経って。そんな中で丁度今知ったが──すり抜けんのかコイツら。じゃあ殴りつけようと思っても何もできねえのかよ、ズルくねえかそれ。

 やり返したくても何もできない現実に頭を悩ませつつ、水辺から離れて下流へ沿って進む。足の置き場は硬い帯を選び、柔らかい所は踏まないように。石の上は滑らないよう乾いている方を。蔓が多い場所は遠回りして避ける。食える奴を見つければ食える分だけ採って袋に入れる。

 動けば動くほど腹はすくが、動かなきゃいずれ詰むからな。とにかく動いた分を補える以上の食糧を手に入れることが先決だ。安定した食糧供給方法を見つけてからが、脱出へ向けた本格的な行動開始の合図になる。

 

 周囲を浮かぶ光が『これも食べられル』『あれも食べられル』なんて言ってくるが、もう信用できねえ。今助け船を差し出してる奴が「生きる派」か「死ぬ派」か、俺には見当がつかねえんだ。本当に食べられるかもしれねえし、また猛毒かもしれない。

 だから、とりあえず今は危険性を取って無視に徹するべきだと判断した。集めるのは昨日食べられると分かったものだけ、俺でも知ってるようなものだけ。手っ取り早く群生地でも見つかれば話は早いんだが、まあそんなにうまい話も無いらしい。

 

『ねーネー、どこまで行くノ。前より遠いトコ?』

 

「どこまでっつったって、俺の知らない場所なんだから答えられる訳ねえだろ」

 

『そりゃそうダ。キミは何故かこの辺の地理を丸っと忘れてるみたいだシ。……あレ──』

 

 森は下へ緩く傾いている。湿りはまだ強いが、根の張り方が変わり、土の手触りが硬くなる。枝の間から冷たい風が抜けた。

 

『──ねェ。結構進んだよネ。まだこの先に進むつもリ?』

 

「進むつもりだぞ。今のままじゃ食糧が目標量に比べて足りなすぎる」

 

『そっカ。いつのまにカ、思ってた以上に奥まで来ちゃったネ』

 

 ……ん? 

 気づいたら、さっきまでついてきてた光たちが、俺の三歩後ろからついてくるのを止めていた。

 

『これは善意の忠告なんだけド、そこから先は進まない方が良いヨ』

 

『うン、そろそろ引き返す方が賢明だネ』

 

「は? なんでだ?」

 

 変にもったいぶった言い方。何かやらかしたような気がして、思わず焦りが出てくる。

 思えば、さっきから摘める芽が一本も見当たらねえし、他の目ぼしいもんも途切れっぱなしだ。古くて節の硬い植物が増えてきてる。水の入った小瓶は残り四分の三といったところ。別に先にはまだ進めるはずだが、目印もしっかり残しているし。

 

『この先は食べ物が一つも無いんダ。木の実も芽もきのこも出ない。僕たちでさエ、目を凝らしても見つからないくらイ、無イ』

 

『水も無いネ。さらに進んでモ、その瓶を新しく満たすことはできないヨ』

 

 ……なんだそりゃ、急に。

 

『ここから先は真の迷いの森と呼ばれる場所でネ。入れば最後僕たちだって出てくることはできなイ』

 

『理由は分からなイ。方向感覚が狂うのカ、侵入者を餌にする奴がいるのカ、見えない壁があるのカ』

 

『とにかくここから先は本当に誰も帰れない道なんダ。先へ進めバ、キミの持つその袋の中身が最後の食事になるヨ』

 

 それに続いて他の奴らも口々に警告を口にする。言い方はいつもと大して変わらないが、からかってるような様子が見えない。生きる派の意見か死ぬ派の意見か分からねえが、コイツら全員の意見が一致してるってことは、本気でやべえとこ……ってことなのか。

 

「……今から戻れるか?」

 

『戻れるヨ。一線さえ越えなきゃ向こうから牙をむくことはなイ』

 

『真の迷いの森で迷い人の結果も分からないまマ、多分死亡ではいお終いってのは一番つまらない展開だからネ』

 

『死ぬ派の連中だってそんなの望まないシ、そもそもあそこに近づくなんて外に出るよりあり得なイ。ほラ、戻ろうカ』

 

「……分かった。そこまで言うなら今日はここで打ち止めだ。帰ろう」

 

 光たちはさっきまでの嘲りをすっかり潜ませて、慎重に誘導を開始した。

 普段は喋りかけないって言ってたから、俺と会話しながらの移動で気づかなかったのかもしれない。運よく光の一つが、ここまで近づいてることに気づいて、急いで引き返すように提案したんだろう。

 

 ……ていうか、そんな罠まであるのかこの森は。

 誘導なしじゃ自由に探索することもできねえじゃねえか。どうなってやがんだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 つい一昨日まで俺は、探検家アシェル(仮)として、理由も分からずこの森に立ち入り、遭難してた。

 で、今の俺がその体に入り、水場を忘れるだの、手記が読めないだの、真の迷子になりかけるだの、人様の体で醜態を晒しまくってる訳だが。

 

 ──そもそも、俺のこの『成り代わり』は何なんだ? 

 

『おオー。やっと火が付いたネ』

 

『なんで道具の使い方まで忘れてるのかナ』

 

「うっせえ。暖を取るのにそこまで記憶使う気が無かっただけだろ」

 

 毎回死ねば発動して、気づけば別の人間の体に成り代わってる、目覚める場所も対象も選べずに。次にどういう人間になるのか、元の体の持ち主はどうなるのか、そもそもこんなこと起こしてる元凶は何なのか? まるで見当がつかねえ。

 この森のことを散々変な要素の入り混じった奇妙な場所だと罵ったが、よく考えれば未開なだけの深い森であって、俺の今の現状の方が遥かにあり得ねえ。

 今回の対象は探検家で、道具の配置や結び方はきちんとしているのに、地図や手記の中身は俺には読めない。読み方そのものが抜けてる感じだ。

 つまり、体に染み込んだ手順は残って、頭の中の知識は消える。そして、俺の方の記憶、所謂盗賊としてのやり方や、面倒事を避ける勘はそのまま。そういう風にできてる。

 

 もしかしてこれは夢なのか? 目が覚めれば、俺はまた盗賊としての一日を開始して、したくもないのに盗みを働いて、ボスにそれを全部献上して、腹いせに殴られる日々に戻るのか? 

 いやいや、そんな訳ねえ。ほんの数分の睡眠の間に何週間もの時間を追体験なんて、できる訳がねえ。それでも今の状況よりはよっぽど可能性があるが。

 

『なになニー?』

 

『どうしたノ? 何か考え事してるノ?』

 

「そうだ。ちょっと黙っててくれないか」

 

 白いのを視界の端に追いやって、頭の中をひっくり返す。

 毎回成り代わる人間が、「アシェル」って名前のドがつく真面目人間ってのもよく分からねえ。俺の元々の名前もアシェルだ。一人二人ならともかく、そんな偶然何度もあることか? 

 もしかすると、アシェルって名前の人間にだけ成り代われる仕組みなのか? それともそんな人間最初から存在してなくて、周囲が勝手に「そういう人間がいた」って勘違いをしだすのか? 

 頭を捻ってもまるで先に考えが進まない。マドリーとか、タリエとかならこの現象の答えを知ってたりするんだろうか。

 

 元の体の持ち主はどこいった。死んだ訳じゃなさそうだ、もし死んでるならこの光たちの中にこの探検家の魂も混ざってることになるはず。

 コイツに家族がいたのか、仲間がいるとしてどう連絡を取ればいいのか、もしいるなら教えてほしいんだが。そんな奴が名乗り出てこないってことは多分、そういうことなんだろう。

 

「いない、よな……? 俺の知り合いは、この中に」

 

『いたらとっくに口挟んでるヨ』

 

『もしかしたら時間が経ちすぎて忘れてるだけなのかもネ』

 

 ああそう。多分いないで確定だろう。あんまり無暗に希望を持ち続けるもんじゃない。

 

 この成り代わりが発動する条件は何だ? 俺が死ぬだけか? 制限とかはあるのか? 何回死んでも毎回発生する? 成り代わることで体に大きな変化が生まれたり、逆に大きな問題を背負わされることはあるのか? それが分からねえ。

 もしかしたら、きちんとした条件があって、今までそれを毎回満たしてたから偶然生き残れてるだけだったりするのか? 

 じゃあ次死ぬとき、運悪く条件を満たせてなかったらそこで終わり、なんて惨いことがあり得るってことになるのか? 

 

 なんだ、今までに何が共通してた。

 毎回「俺は死んだはずだよな?」って言ってたことか? いや、そんな発言盗賊の頃にした覚えはねえ。なのに盗賊から見習い兵士に生まれ変わってるってことは、可能性も薄そうだ。

 じゃあなんだ? 生きた期間か? 一番短かったのが、兵士の頃か。あのときは三~四週間近く生きていられた気がする。もしかすると三週間未満だったり、一年以上だったりすることでこの現象が再現できなくなる可能性もあるのか? 

 死因が毎回違うことは原因になりえるか? 今までの死因は同じやつ一つもないよな。同じ死に方した瞬間ゲーム終了だったりするのか? ええと──

 

「首切り、出血、毒、あとは……炎か? 炎なのかあれ?」

 

『急にどうしたのサー』

 

『自殺方法を考えてたノー?』

 

 ええい、うるさいうるさい。自殺方法なんざ考えてねえ。今記憶を整理してる最中なんだ。

 一回目の死亡は処刑で首を落とされたからだ。首は頭と繋がってるし、残りはそれ以外だ。この二つがぶった切れたことで両方を動かすことができなくなって、そのショックで死んだ。

 二回目の死亡は刺された後の大量出血だ。あれで血が足りなくなって、肉体の状態を維持するための力を失っちまって機能不全で死んだ。要は出血死だな。

 三回目の死亡はベラと一緒に飲んだあの猛毒だ。あれで体の中のありとあらゆるものをぶっ壊されて根本的に肉体を破壊された。てことは毒死か。

 四回目の死亡は謎の風に押し出された上での謎の死だ。あの状況からみて、火とか爆発とかが関わってるのかもしれねえ。つまるところ焼死か爆死。

 確かに四回とも死因が違う。これか? これが条件なのか? 誰か知ってる奴がいたら教えてくれねえか。

 

 結局、今のままじゃどれが条件なのか分からねえ。

 俺の言動に依存してるのかもしれねえし、俺の生きていられた期間で決まるのかもしれねえし、俺が違う死に方をしてたから見初められたのかもしれねえ。

 ただこれは裏を返せば、これら全部が条件になりうるってことだ。だから今の状況に納得がいかねえってなってすぐ死のうとすれば、期間を満たしてなかったってことで、最悪そのまま成り代われずに死亡が確定しちまうかもしれない。

 となると、俺はこれまで以上に今後の動きを気にして生きていかなきゃいけねえってことだ。間違っても真の迷いの森に突っ込んで数日いかずに野垂れ死んだり、刃物の使い方を間違えて血をドバドバ流したりしちゃいけねえ。そうなりゃ最悪、次に成り代わることはできなくて、マドリーの安否確認やリアンとの約束とかを守ることができないまま、無念にも死んでいくことになる。それだけはゴメンだ。

 

「……ああクソ、じゃあやっぱり食料が足りねえな。例の森まで近づくのは避けたいが、もう周りにはあんま無かったし……」

 

『おオ。元に戻ってきタ』

 

 とにかく肉だ。血を作るためにも今は肉を食べなきゃならねえ。葉っぱや木の実だけで生活しても体がどんどん細っていくだけだろう。

 これまでに何度も獣道があったこと自体は確認できてる。待ち伏せしてたらその内生き物が通るかもしれない。そこを不意打ちで突っ込んでいって、持ち帰ってバラせば、衛生的な問題はあれどとりあえず肉が手に入る。

 

「よし、行ってくる」

 

『あレ。また出るんだネ』

 

 光たちを一瞥して、顎で合図をすると待ってましたと言わんばかりにぞろぞろと群がってくる。コイツら、暇すぎて俺が一々行動を起こすのが楽しみになってるらしい。

 好都合だ、俺はあの森の奥に行って迷子になって、そのまま食うもんに困ってぶっ倒れるつもりはねえからな。一線とやらを理解してるコイツらを連れて行って、危ない瞬間を止める役割に徹してもらうとしよう。

 

「ああ。ちょっと『狩り』をしなきゃならなくなってな」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 持ってた刃物はそこらで見かけた棒に突き刺して縄で縛った。簡易的な槍だ。獣と対峙するってんだ、今はとにかくリーチの有利さがものを言うだろうしな。

 

『君の不思議な言動のおかげで賭けは過去一の盛況っぷりでネ。死ぬ派は来る一週間目に向けてキミを誘導する準備を着々と進めているみたイ』

 

「そうか。ところで俺がここに来たのはいつだったか分かるか」

 

『五日前だネ。おかしくなったのは二日前かラ』

 

 そうか。元の体の持ち主はこの森に入って遭難して、その状況から少なくとも三日間は生き延びてたってことだな。で、俺に代わって、散々迷いながら一日夜を越し、今が五日目だと。意外と頑張れてるじゃねえか。

 で、賭けの内容は『俺が一週間生き延びられるかどうか』。上等だ、今回の俺は少なくとも絶対三週間は生き残ってやるつもりだからな。あと二日以内の死を望んでる連中の度肝を抜いてやろう。

 

「一週間経ったらどうする」

 

『次の賭けが二週目を生き残れるか、に変わるよ。滅多にないし、もっと激しく盛り上がるね!』

 

『僕の見立てだと君は二週目もクリアするだろうネ。三週目は無理かナ。それに賭けてみるヨ』

 

「言ってろよ」

 

 聞くんじゃなかった趣味悪い。生き残ったらもう一回かよ。そうなったら光たちの数もさらに増えそうで憂鬱だ。明るすぎて夜中とか眠れなくなるんじゃねえか。

 あと三週目は無理って言ったお前、そこのお前だ、多分。覚えとけよ。

 

 ……ほんとにお前だったよな? 見た目も声も一緒だから分かんねえんだけど。

 

『デ、今は何をしてるのかナ?』

 

「獣探しだ。ぶっ倒して俺の今日のメシにする」

 

『へェ、そウ。やっぱり君は今日死ぬに賭けるヨ』

 

「てめえほんとふざけんなよ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ──見つけた、見つけたはいいが……。

 獣道を歩いてるのは獅子に似た、俺の何倍もありそうなクソデカい四足歩行の化け物だった。

 

「(じょ、冗談じゃねえぞ! なんだあの化け物、デカすぎんだろ……!?)」

 

 俺の中からは「生き物狩って俺の血肉にしてやろう」って気持ちがもうすっかり消え失せていた。そんな俺を横に、目の前でいくつかの光の球が跳ねる。

 ……もしかするが、コイツらって他の奴らにも見えてたりしないよな? 見えてたら自分の居場所晒すことになっちまうぞ? んな間抜けな死に方したくねえぞ? 

 

『だから言われてたよネ。キミは今日死ぬっテ』

 

「(そうならそう言えって……ああ、そうかお前は『死ぬ派』かよ!)」

 

 クソが。あの化け物の正体だって、どうせコイツラは知ってたはずだ。

 ただ、細かいこと言えば俺は諦めて帰るだろうと予想したんだ。だから『死ぬ派』のコイツは黙ってやがったんだな! 

 

『あッ、それを言ったのは僕じゃないかラ。僕のせいにしないデ』

 

「(分かんねえよ分かる見た目しろよ!)」

 

 ……ってうわ! 気づかれたじゃねえか! ああクソ、逃げるぞ!




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