【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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怪しい紙束と掴み取る平穏

「確認したところ、お前の保管物から押収した紙束は、巡行計画、警備交代の刻限、緊急時の誘導路等、祝祭に関する機密について記された書物だったそうだ。これから、兵舎の離れの仮取調室に連れていく」

 

「嘘だろ……」

 

 冗談きついぞ……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 俺ちゃんと箱空にしたはずだよな? なんでそんなもんが出てくる。

 

「いずれも内部配布限定の実施票なので、見習いの所持は絶対にあり得ません。分かりますね? 見習い兵士アシェルさん」

 

 そりゃつまり、「僕はあなたが祝祭で攻撃を計画してる・あるいはそのスパイじゃないかと疑ってます」ってこと。

 

 俺の箱から変な書類が出てきた次の日の朝。目の前に座って、「今回の件はすぐ終わりそうで、手続きもきっと早いでしょう」と呟いてるのは王国の文官タリエ。

 コイツと会うためだけに、昨夜は詰所の牢で夜を越すことになっちまった。制服も脱ぐことすらできず、汗かいたまんま放置だ。

 自己紹介はお互いさっき済ませた。まだ若い、少なくとも今の俺の体よりは全然若い、いかにも新人って感じの男だ。ちょっとこっちを見下してる雰囲気あるが、そういうのは逆に御しやすい。そんなやつが相手なのは不幸中の幸いか。

 机の上には厚い束が真ん中に置かれている。角が俺の方に向いている。コイツが俺を今こんな状況にしてる元凶。

 喉が乾いて、唾を飲む音まで自分に聞こえる。表では普通の顔を保つが、内心は結構ヤバい。

 

「さて、色々聞きたいことはあるのですが、まず。入手経路は?」

 

 どうする。黙るか。適当言えば嘘になる。何も考えず喋る嘘が後で自分の首を絞めるのは分かってる。

 ただ、それだと疚しいことがあるって認めてるようなもんだ。黙り続けるのも良くない。

 じゃあ、言うことは一つ。素直に「分かりません」って言うことのみ。

 

「知らねえ。こんな紙、今の今までお目にかかったこともねえよ。だから分からねえ」

 

「そうですか。では、順に説明します。あなたの木箱は昨日の朝の点呼後に施錠を確認。鍵はあなたの腰紐。破損痕はありません──だから『あなたの管理下』と判断されます」

 

 俺は入れてねえ。鍵はかけた。昨日の時点で空にしてた。てことは他の誰かが入れたんだ。それは間違いない。

 目的はなんだ。こんな一見習い兵士を本気で恨む奴がいたのか? にしちゃ手が込みすぎてる。こんな書類準備するのも大変だ。嵌めるにはデメリットが強すぎる。

 じゃあ、書類自体は別の目的で準備されたもので、要らなくなったから押し付けた。押し付ける相手は誰でもよくて、偶然俺に白羽の矢が立った。これが当たりか? 

 元のこの体の持ち主が敵の国のスパイで、これはスパイ活動のための機密文書って線も考えたが……もしそうなら、スパイの仕事を命じた黒幕がこんなヘマを前に行動を起こさない訳がねえ。実際、今までの暮らしでそれっぽい「仕事の命令」や「同じスパイからの接触」とかは来なかった。命令が来ないスパイは仕事になっていない。だから多分違うはず、その線は一旦捨てる。

 

「勿論、今の僕の言葉は理解できますよね?」

 

 頷く、頷くが……納得いかねえ。

 畜生。言い方がなんかイヤミったらしいんだよコイツ。愚痴もわざと聞こえる声で言ってやがるし、性格が捻くれてる。言葉はきちんと整ってるおかげで余計際立つ。戦うだけの兵士と違って僕はちゃんと勉強してますって言いぐさ、俺をバカだと思って相手してるんだ。別に自分を賢いとは思ってねえが。

 

 教練からの減点とかは正直どうでもいい。だが、ここで選択肢ミスってもっかい牢獄行きだけはごめんだ。この状況は絶対に抜け出さねえと。

 いっそのこともう逃げ出すか? 端からここを抜け出すつもりだったんだ。それが今になっただけかも。

 ……いや、流石に無理があるか。ただでさえいつもより警戒態勢になってる。走るのは得意でも、今はただ狩られる側だ。

 それに、俺はまだ自分の始末がついてない。牢で斬られた「俺」。あれがどうなってるのか、まだ確かめられてない。

 

「あなたは否認。──では、ほかに言えることは?」

 

 じゃあ逃げるのは無しだ。するとしても最終手段。

 嘘ついて誤魔化せばいずれボロが出て、かばいきれなくなる。

 黙ったってただの見習い兵士を擁護してくれるヤツなんていやしねえ。

 だから今は、この紙からなんとか俺が犯人じゃないって証拠を見つけ出す。これが生き残るために選ぶ、多分最善の道、のはずだ。

 

「……その束、表だけじゃなく裏も見せろ」

 

「裏?」

 

「一番下の紙だ。裏面」

 

「理由は?」

 

「これを置いてた机が分かる」

 

「……?」

 

 タリエが眉をちょっとだけ上げてから、束の下から一枚抜き取り、手元の真ん中に置いた。裏は制服の油が染みたのか少し汚れてるが、それだけじゃない、薄い灰の粒が散っている。指は出さない。触ったら痕が増えるからな。目だけで追う。

 

「煤だ。油皿の煤なら縁に溜まる。これは中央に散っている。灯りの真下で紙をめくった。低い天井の部屋ってことだ。梁から落ちる煤。この兵舎は油皿が壁寄りだ。ここでついた煤じゃない」

 

 相当無理すればできなくもないが、わざわざ自分が不利になることは言わなくていい。

 文官は俺との会話を記録するのに必死だ。素直なのか、それとも会話は全て記録する取り決めなのか。どっちにせよ俺の意見をちゃんと聞き入れてくれるなら歓迎だ。

 

「なるほど。記録に『兵舎で準備されたものではない可能性』と残します。ですが、あくまで書類の状態が異なるだけであなたの無実を示す証拠ではありません」

 

 チッ。やっぱこれだけじゃダメか。決定的な証拠じゃねえと。考えろ。もっともっと。

 俺には選べる手段が限られてる。だから「紙が教えてくれること」を積むだけ。足し算だ。足し算を重ねて、最後に引き算で俺を外す。

 

「あのねぇ。聞きたいのはこちらなのですが」

 

「分かってる。終わったら喋るって」

 

「あーはいはい。そうですか……」

 

 次の紙を一枚貰う。今度は紙の端に俺の名前があった。筆跡まで似ている。似すぎている。ご丁寧なこった。書いた覚えは無いから嵌められた、でほぼ間違いは無いか。

 窓の光で斜めから見る。横画の毛羽立ちが均一。なぞった線はこうなる。起筆と止めに息がない。

 

「窓、近づけてくれ」

 

「……どうぞ」

 

 机が窓の方へ押しやられ、光が強く入った。毛羽立ちは逃げない。裏の紙面に細い擦り傷。硬い板の上でなぞればこういう傷が付く。

 

「なぞってる」

 

「それは、写しという理解で良いですか」

 

「写しだ」

 

「──そうですか。記録には『写しと判断』とします」

 

 タリエの声は淡々としている。淡々としているが、ちゃんと俺の言うことを聞いている。性格こそ捻くれてるが、まだ若いから真正面に来る。正面に来るなら、正面で返せば理解させられるはずだ。

 

「綴じ穴。手で開けてる。軍のがどうかは知らないが、正規の書類が今更全部手打ちってのはおかしいだろ」

 

「ここで綴じられた可能性は……ああ、そうか。兵舎で準備されたものではない、のですよね」

 

「そうだ」

 

「──『正規の書類では無い』と記録します」

 

 メモを取る音。細いペン先の音。

 クソ、だが弱いな。他に無いか。

 

「まとめますよ、アシェルさん」

 

 タリエが顔を上げる。少しだけ顎が上がる。背伸びして強く見せたい年頃の角度。

 

「機密の実施票が、あなたの木箱から出た。鍵はあなた。破損なし。あなたは入手経路を語らない。兵舎で準備されたものではない、写しの疑い、綴じの道具の差──いずれも検討の余地はあります。ただし、それでも容疑を晴らすには弱い。あなたの抵抗は無駄に終わると思いますが」

 

 重い。そこは動かない。

 重い上で、俺がやるのは一本ずつ釘を抜くことだ。全部抜けたら、残るのは「ここで俺が作って、俺が持っていた」という図の否定だけになる。否定した上で、誰が入れたかは分からないだろうが、それで十分だ。犯人探しは俺の仕事じゃない。俺はここで終わればいい。

 だから、探せ。何か、何か無いか。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「そろそろいいです? いい加減自白してほしいのですが」

 

「待て、待て。まだ待ってくれ」

 

 机を指でコツコツ叩きながら、タリエは俺が考えるのを邪魔してくる。

 クソ、そもそもあんな紙いつ入れられたんだ。朝制服を着る前なのは間違いねえ。一回木箱を開けて制服を取り出してるし、そのときはあんな紙きれ無かった。

 それが証明できれば、まだなんとかやりようが──

 ……あ? 

 

「……待て、そうだ、朝だ。あの紙が入れられたのは昨日の朝以降だ。証明できる」

 

「は……? どうしたんです、何を根拠に」

 

 俺はタリエが言い終わる前に一番下にあった紙の裏面をもう一度見せた。

 そうだ。一番下の紙の裏面。制服の油が染みて汚れが移ってた。

 タリエは渋い顔のまま、俺が付き出した紙を見る。見慣れた色だ。見習い制服の色。同じ汚れだ。

 今回だけはこの兵舎の洗濯制度の周りの遅さに感謝だ。

 

「兵舎の制服の汚れが付いてる。帯になってるだろ。制服の折り目の幅だよ。見習いの畳み方、決まってるだろ」

 

「だから何です。同じ箱に入ってたなら当然でしょう」

 

「違う。裏面だけだ。ちょっと擦っただけで汚れが移る。なのに裏面にしかねえ」

 

「──裏だけ?」

 

「ずっと前からあるなら、他の紙とか、表にも同じ帯が付くだろ。もし制服を上に被せて隠したにしても、重さで油が沁み出て表まで汚れるはずだ。だが、一枚も付いてない」

 

 タリエの眉が少し動く。

 

「てことは俺が最後に制服取り出した後に入れたってことになる。最後に取り出したのは昨日の早朝だ」

 

 目が細くなった。意地悪というほどじゃないが、簡単には頷かない顔。

 

「……まあ、そうだとしましょう。続けて」

 

「だから、時間が絞れる。昨日の朝の点呼前、俺は箱から制服を出した。入れるならその後しかあり得ねえ」

 

「──『朝以降に投入』と。しかし、それが何の説明になるのですか。それなら朝以降入れただけでは」

 

「俺は他の見習いと一緒の予定で動いてんだ。点呼、飯食って、午前の訓練、午後の訓練。休憩時間も俺は砂地の訓練場から出てない。箱に近づくタイミングはねえ」

 

 逆に言えば、俺が箱に近づけない時間ってのは他の誰かが近づける時間ってことだ。鍵だって上官が予備を持ってた。あれがあれば俺でなくたって開けられる。

 タリエは自分の板にメモを置く形だけ取って、視線は紙から離さない。年下のくせに、飲み込みは速い。

 

「……確かに、点呼の後、あなたが兵舎の寝室に入った記録はありません。昨日の訓練にも遅れずに問題なく参加している。それは確認が取れています」

 

「だろ」

 

 朝起きて制服を取り出した後、すぐ入れるってのはあり得ねえ。常識的に考えりゃ分かることだ。

 朝入れるなら、起きた時点で既に書類を持ってるってことになる。つまり、書類を手に入れたのは昨日の夜だ。なら昨日の夜に入れればいい。わざわざ一晩寝かして入れる必要性は皆無。

 

「……では、朝に制服を取り出したのは? あなたの言い分は尤もですが、一番疑わしいのは、制服を取り出してから点呼の間まで空白時間が存在していることです。その時間に書物を準備して、自分の箱に隠すこともできるはず。これを説明できないのであれば、あなたの疑いが晴れた訳ではありません」

 

「ハッ」

 

 来たよ! そう言われるだろうと思っていた! 

 逆にそこさえ説明できて、かつ証拠を見せられて、かつ相手を納得させられれば、もう俺には書類を木箱に入れる時間が存在しないことになる。俺は見習い兵が持つことを許されない書類を「持っていた」のではなく「持たされていた」、冤罪だったと証明できるワケだな。

 そして、その答えはもう準備できてるのさ。

 未だ疑いを抱えつつ、すっかりその気で俺を詰めていた状況が覆されそうで、若干難癖じみた言い方になってるタリエに俺はこう言った。

 

「ルシアって女の見習い兵を呼んでみな。ソイツが説明してくれるさ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「……真犯人が見つかった訳ではないので依然捜索は続けます。あなたの疑いも完全に晴れた訳じゃない。ただ、とりあえずは証拠不十分なので監視をつけるという条件で嫌疑を当面解きます」

 

「おう。いつでも見張ってもらって構わねえぞ。疚しいことは事実無いからな」

 

 仮の取調室を出たすぐの石床は冷たく、靴の音がよく響く。俺のアリバイが固まったせいで、タリエは詰める材料を失った。若さゆえの微妙に高いプライドとこの後追加で捜査をしなきゃいけないってストレスで、俺の事をすごく嫌そうに睨んでいる。視線は刺すが、刺すだけだ。

 ま、俺を嫌おうが事実嫌疑は解除されたワケだし。もう一回嵌めようにも今度は警備がついてる。俺を見張る役が、逆に俺を冤罪に引っ掛けにくくしてくれるってことだ。

 一度無実を証明してるのにもう一回同じ方法で俺に書類を押し付けても、ますますやったのは俺じゃないって裏付けるだけ。

 完璧だ。完璧にこの状況を切り抜けた。

 

 事情が知らない奴らの目は厳しくなるかもしれないが、生憎俺はそんなことどうだっていい。完全に真犯人が見つかれば俺を責める流れはどうせ消えるし。

 あー。未熟な文官の恨めしい目つきが気持ちいいね。

 

「規則です。完全な嫌疑の解除まで、監視員を二名付けます。移動は勤務票どおり。勝手な外出は禁止。点呼後に毎回、詰所で短い聞き取りを行います」

 

「はいよ。勝手に逃げたりはしねえよ。逃げる理由がない」

 

「押収物は、別件として保管します。もしあなたがスパイなら、きっと困るはずですが……」

 

「おう。持ってけ持ってけ。なんならこの場で破り捨ててもいいぞ。俺には要らないもんだからな」

 

「う、うぐぐ……!」

 

 思ってた反応と違って面白くないのか。タリエは喉の奥で変な声を漏らし、すぐに咳払いで誤魔化した。肩が一回上下して、顔つきが仕事の顔に戻る。板と筆を胸に抱え直し、言葉を選ぶように唇を結ぶ。

 

「……先ほどは、強く疑いました。最初からあなたを犯人だと決めてかかっていました。職務とはいえ、言い方も含めて行き過ぎでした。すみません、アシェルさん」

 

「……おお」

 

 驚いた。

 このまま恨み言をいくつか吐いてお別れかと思ったが、まさか謝れるとは。

 普段の性格がイヤミったらしいだけで、根は素直なのかもな。

 

「仕事だろ。謝るくらいなら、俺に貸し一つだと思っとけ。俺の箱以外もちゃんと見て回れよ」

 

「……肝に銘じます」

 

 素直に頭を下げた。深くはないが、逃げない角度だ。

 

「じゃ、戻るぞ」

 

「ええ、どうぞ」

 

 廊下を突き当たりまで行けば、兵舎の空気に戻る。

 見張りの影が少し遠くで俺を意識している。邪魔なほど近くも、油断するほど遠くもない位置だ。こういう距離感は嫌いじゃない。向こうはあくまで仕事、俺だって何も変わらない。

 

「あれで終わり?」

 

 背後から声。振り向くとルシア。いつも通りの顔だ。目だけが一瞬、俺の胸の留め具を見る。それから元に戻す。

 

「終わり。監視のおまけ付きだ」

 

「ねえ、ほんとにあれでよかったの? 私、朝に二人で走ってるって言っただけよ?」

 

「十分。おかげで助かった」

 

「そ、本当かしら。まあ私は初めから疑ってなかったけど」

 

 彼女は「口は悪くなったけど、あなた基本は真面目だからね」なんて俺に言いつつ、見張りにも短く目配せする。

 別に真面目やってるつもりはない。成り代わったことを隠そうと、周りに合わせていくうちに自然とそう見えるだけだ。

 ただ、約束を反故にせず、朝の走りに付き合ってたのは大正解だった。あれのおかげで今俺はこうなった。ルシアには感謝すべきだな。

 

 完璧、十分な結果だ。嫌疑も晴らせた。警備を振り切って今すぐ逃げ出すなんて最終手段も取らなくて済んだ。もし真犯人が見つかればタリエ文官の貸しもより強固になる。

 初めはどうなることかと思ったが、大きな問題にならなくて万歳だ。

 午後は普通にやる。終わったら飯。できれば固いパンじゃないやつ。無理なら固いパン。まあ食えるならどっちでも。

 装備室へ向かって進んでいく。安堵のせいかもしれないが、押した扉は軽かった。石床を叩く見張りの靴音が、距離を取ってついてくるのが昨日と違うところ。

 ともかく俺は生き延びた。今日はとりあえず、これでいい。




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