あんなにウィスプ共に言われてた一週目だが、特に問題もなく俺は生き延びちまった。
あ、ウィスプってのはあの光たちの名前だ。いつまでも光光って言ってたらややこしい気がしたから、自分の中でだけウィスプって呼ぶことにした。
一週目最終日になるにつれて露骨に『死ぬ派』が散々煽ってきたり、変な方向に誘導してきたりする奴も増えてきてたが。利がありそうな提案でも徹底的に無視するか、他のウィスプ全員に確認取って情報の真偽を擦り合わせるようにしてたら勝手に口を挟む連中は減っていった。でたらめな嘘教え込んでもまず信用されないってのが分かってきたらしい。
『二週目も中盤の峠を越したネ。二週間生き延びる人はほとんどいないんだけド、キミの適応能力は目を見張るものがあるヨ』
「そりゃどうも」
肩の高さで二、三匹のウィスプが明滅する。相変わらずの調子だが、ここ数日はからかいの中に変な空気が混じってるように感じてた。真顔っていうと違うが、浮かれ方の種類が前と違う。
「そろそろ『生きる派』に乗り換える奴も増えてきたんじゃねえか?」
『そうだネ。賭けも白熱してきテ、一週目の頃の倍ぐらいの数がキミに注目してるんじゃないかナ』
『僕も最近生きる派に切り替えた口だヨ。ここまで安定してる人は久しぶりダ』
『このまま最高記録更新まで行けバ、死んで魂だけになってもすぐ受け入れられると思ウ』
「結構だ。その頃には出ていってやるよ」
食糧の探し方もかなり慣れてきた。獣道は極力避けるようにして、『真の迷いの森』には近づかないように。それでも上手くいく巡回ルートを今の俺は見つけている。
肉だって手に入った。流石にあの怪物を相手にするのは無理だが、ちっこい動物程度なら負けることもない。縄やら枝やらで作った自作の罠で引っ掛けて、一日一匹程度なら腹に入れられるようになった。
盗賊の頃からある程度器用な方だとは自覚してたが、まさかこの一週間足らずでここまで上手くやりくりできるとは思わなかった。四回の人生を経てきたという経験が、今の俺を動かす力になっているのかもしれない。
おかげで、今日を入れて三日分くらいの食糧は何とかなるぐらいに貯蓄ができた。もうすっかりプロだな。
火は小さく。火打ち石と火打ち金を薄い角度で擦って、脂が染みた布に火を移す。煙がまっすぐ上に行かないよう、焚き場の上に濡れた葉をかぶせて。下は温い、上は目立たない。
こういう小細工は、盗賊やってた頃の極貧暮らしが役に立つな。倉庫の裏で火を使っても煙を立てないやり方なんて、嫌でも身につくような環境だ。こっちじゃ見張りの目がない代わりに、出会ったら終わりの怪物がいる。やることは同じ。
「──よし。これでいい」
『二週目っテ、いつも面白くなるんだよネ』
『長めに続く人ハ、このあたりの行動で差が出るヨ』
「いいから離れてろ」
ウィスプは風で飛ばされはしないが、その場の感情でぐるぐる動き回る。それで火の上に顔を出されると、火加減が判断しにくい。手で払う仕草をすると、素直に横へ流れた。今日はまだ機嫌がいいのか、それともこいつらが『生きる派』だから俺の邪魔にならないようにしてるのか……。
──まあ、どっちでもいいな。俺の仕事は安全の確保と出口の探索だ。
肉の仕上げが終わったら、午後の巡回に移る。
保存の段取りはついた。残りは、今日のうちに拾える葉と実、罠の見直し、新しい罠の仕掛けと探索範囲の拡張。広げるといっても、川から離れすぎない範囲に限るが。
「じゃあ行ってくる。誰か生きる派の奴ついてこい」
『言われなくてモ』
『目の前で飛んでいイ?』
「てめえ死ぬ派だろ。邪魔すんな」
『ちェー』
*
そういえば、今までの四つの人生はどれも『嫌な予感』で幕切れだった気がした。
『ありャ、また黙り込んじゃっタ』
『キミはよく考え事をするネー』
うるさいウィスプ共は無視だ。
盗賊の人生ではこの予感に従わず、見張りの半歩を無視したせいで捕まった。
兵士の人生では予感に従ってルシアを助けに行き、そこで刺されて死んじまった。
文官の人生では嫌な予感を勘違いと処理して、その後毒で倒れることになった。
酒家の人生ではこの予感がありつつ、それを乗り越えてやると決心して失敗した。
もしかして、俺がただの経験則で感じてると思ってたこの『嫌な予感』ってのは、成り代わり現象にも関係してるんじゃねえのか? これを感じちまうと、強制的に俺が死ぬイベントが発生するっていう。俺が死のイベントに嫌な予感を感じてるんじゃなくて、嫌な予感を感じることで死のイベントがすぐ近くに出現する仕組みなんじゃねえか?
……ん? でもタリエとソラナが監禁されてた時にも同じ予感がしてたが、あの一件自体は結局俺の死に関係しなかったな。
じゃあやっぱり俺の経験則が生み出した才能なのか? それとも嫌な予感がしてもやりようによっては回避できるってことなのか? やっぱり分かんねえ。
なんか頭こんがらがってきたな。
『無視しないでヨー』
『ノリ悪いナー』
『僕たちが死ぬ派になってもいいノー?』
「ああもう。分かったよ」
コイツらは俺が『真の迷いの森』に近づかないための見張りだ。あそこにはいくらウィスプでも近づきたがらねえから、周りのウィスプの数が減ったかどうかで踏み込みすぎてることを察せる。
これは『生きる派』『死ぬ派』に関係しない特性だから別に連れてく奴に指定は要らないんだが。まあ、どっちかって言われれば自分の生存に前向きな奴を連れてる方が俺の精神的にも楽でいいだろう。
川音が細くなったり太くなったりするのを背で拾いながら、昨日と順番をずらして罠場を回る。低い枝の影が地面の粒を粗く見せて、実の柔いのと固い奴の差が分かりやすい。今日は柔いのが少ないな。
『今日の罠は昨日より低めにしておくんだネ』
「低い方が見えにくくて気づかれにくいからな」
最初の罠は空振り。踏み板がずれて、落ち葉だけがげっそり凹んでいた。
二つ目は当たり、短く処理して枝に隠れるように吊るしておく。袋に入れないのは重さを分散するためだ。帰りのときに回収する。
三つ目の石落としは石の重さが足りなかったのか、罠こそ動いていたものの獲物はそこにいなかった。しまったな。
落胆する俺をよそに、ウィスプたちは好き勝手に会話を続ける。
『生き延びた最高記録っていくつだったっケ?』
『覚えてなイ。十二週間とかじゃなかっタ?』
……十二週間。……よく生きたなソイツ。
──って、ああ、気にするな俺。やるべきことは色々あるだろうに……。
「──ん?」
木の群れをひとつ抜けたところで、視界の先に白いのが一点。
いや、白って言うより、青白い。ウィスプの色だ。
これまでもウィスプはそこら中で目にした。自由に宙を舞って移動できる特性のおかげで、森の中を縦横無尽に好き勝手移動しまくる。
だからこんなところで野良のウィスプを目にするのも別におかしいことじゃない。おかしくないはずなんだが……。
『……』
……いや、おかしいな。アイツ、ウィスプの癖に動かねえぞ。
コイツらは基本的に喋りたがりで、同じ性格をしてて、同じ見た目をしてて、同じ場所に止まろうとはしない。
なのにあのウィスプは左右にも上下にも揺れねえ。明滅ははっきりしてるが、その場から動かないまま。風で葉が目の前を過ぎ去っていっても位置が変わらない。
ただ、そこに浮いている。浮いたまま、微動だにしない。
……ああいう個体もいる、ってことか?
*
『あッ、珍しいネ。あれは新入りダ』
「……新入り?」
肩の横に数匹が下がってきた。俺と同じ、あの黙り込んだウィスプを見てる。視線の先にいる例の一匹は相変わらず止まったまま。
遠目にも、あいつは他の群れと違って見えた。
『そうそウ。要は最近死んだ人間の魂ってことサ』
『まだどういう状況か分かってないんだろうネ。いずれ記憶を失って僕たちみたいになるんだヨ』
『喋らない奴はつまらないシ、できるだけ早く僕たちと同じように染めなきゃいけないんだよネ』
『そうと決まれば早速カレにもお話をしに行こうカ。死んでから長く放っておかれると僕たちの中で孤立しやすくなっちゃうんダ』
「ちょっ、待て、待ってくれ」
何だって? じゃあアイツはお前らウィスプと違って、ある程度会話が通じ、かつ外からやってきたときの記憶を持ってるってことじゃねえのか?
もしそうなら、アイツはこの森を抜け出すためのとにかく重要な情報源になるぞ。他の有象無象に染められて、記憶を無くしたただのウィスプになって、結局何も分からないままで終わっちまう、なんてのは困る。
だとしたら、コイツらが接触する前に俺が先に話をしねえと。
『なんで待つノ? 早く染めに行きたいんだけド』
「待て! お前らはここで待ってろ。俺が先に話をしてくるから。いいか、待てよ、いいな!」
『……ふーン。じゃア、ちょっとだけネ』
ちょっとだけ、その言質を取ったことを確認して振り返り、不満気なウィスプたちを置いて走り出す。急いだせいで枝が額を少し掠めていった。
止まってる一匹は周りの騒ぎを無視してて、俺が目の前に出てきても、やっぱり動く気配を見せない。初めてウィスプに出会ったときみたいな、未知の存在を前にしたとき特有の距離感を見誤りそうな感覚に包まれる。
「なあ、そこのあんた。聞こえるか」
間を置いて、落ち着いた高さの声が返った。
『はい。聞こえています』
──伸ばしも飾りもない。敬語だ。本当に他のウィスプたちと違う。からかいの癖が一切ない。こっちに興味を持ってる風にも見えない、淡泊な喋り方。
「ここで、何してる」
『何もしていません。貴方が近づいてきたので、それに応えました』
「……証明できるか? 生憎だが信じられねえ」
『申し訳ありません。今の私はそれを証明できる手段を持ち合わせていません』
──クソ真面目な回答。嘘でも何でもでっちあげりゃいいのに、「証明できないからごめんなさい」だと。ウィスプにしては固すぎる。人間の頃の性格がまだ抜けてないってことか……?
いや、でもそんなことはどうだっていい。俺が聞きてえのは二つだけだ。こいつがどこの誰で、どうやってこの森に入ったか。もう一つは、外と連絡を取れる手段を持っているか。どっちか一つでも掴めば、出るための手掛かりになる。
指先に汗が滲む。つまり俺は、コイツに「お前は死んだ訳だが、お前の持ってる情報を俺に渡してほしい」って交渉しなくちゃならねえワケだ。目の前のウィスプは自分が死んだかどうかも、なんでこうなってるのかも分からねえはず。言葉を選ばねえと最悪逃げられる可能性もある。逃がしたら終わりだ。今俺にはコイツと他のウィスプの違いが分からねえんだから、逃げられたらもう次話しかけるチャンスはなくなって──
『──そういえば、貴方がここへ来てそろそろ一週間になりますね』
「………………はっ?」
なんだそれ。何言ってやがる。
足が勝手に半歩後ろにずれた。だって、その口ぶりだと、俺がここに来る前から死んでた人間……ってことになるよな? で、俺の様子を見てたって? そういうことか? 何のために?
……いやでも、俺がここにいるのは一週間じゃないぞ。丁度今、二周目の半分まで来てる。ウィスプたちもそう認識してる。
頭の中で日付を並べ直す。夜明け前に火を起こした回数、肉を仕上げ切った回数、罠を掛け替えた回数、昼と夜の数。どれも指標になる。感覚じゃない、ちゃんと数えられる出来事だ。そうだ、「そろそろ一週間」って言い方はおかしいはず。確かに、俺が成り代わったって前提を考えれば、実際に俺がいた日数は違うが──
「──待てよ」
『はい』
「……『俺』が来て、そろそろ一週間。そう言ったよな?」
『はい』
俺の成り代わりは元の体の持ち主がこの森に入ってから「五日目の朝」の出来事だった。あの朝の手触りははっきり残ってる。あれが境目だ、数えるならそこからになる。
俺は今、二週目の半分をもう越した。具体的には今日で四日目だ。つまり、七日+四日+半日。「一週間と四日と半日」ここにいることになる。
じゃあ、俺が成り代わってから、今現在に至るまでの時間は、成り代わり前の五日を引けばいいから……六日と少し──────『そろそろ一週間になる』。
コイツ。なんでそれを──
「だ、誰だお前……? なんで、そのことを知っている……?」
思わず後ずさりした。背中に冷えが走る。
どういうこった。冷やかしじゃない。成り代わりという前提を掴んでないと、この計算は口に出ない。拾い聞きでも無理だ、日数の線と俺の境目を知ってなきゃ分からない。
てことはコイツ、俺が『成り代わってること』を知ってやがる。
いや、違う。知ってるんじゃない。敬語で、真面目で、俺が成り代わったことを知っていて、つい最近この森で死んだ人間。群れに染まり切ってなくて、俺が来た辺りからの日付を掴んでて。
条件が揃うたび、候補が削れていく。吐き気がするほど筋が通る。まさかって否定しそうになったが、否定できる材料が俺にはない。
てことは、それって、つまり──
『私の名前はアシェルです』
コイツ、元の体の持ち主だ……!
*
マジか。マジかマジかマジか! それなら話は別だ!
今は一旦外への出口とかの話はどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、俺にはもっと、もっともっと大事な話がある。今の俺の状況に根本から関わってる、とにかく大事な話が──
「そ、そうか。じゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが──」
『話は終わっタ?』
突然、背後から声がかかった。振り返る前に、複数のウィスプが俺の横に割り込んでくる。アイツらの光が「元のアシェル」の周囲を囲み始めた。
「な!? 待て、何してる!? 俺はこれから聞かなきゃいけねえことが──」
『エ? もう十分喋ったでしョ?』
『カレ、早いとこ染めなきャ。馴染むのが遅いと僕たちと上手くやれないシ』
『今のうちに連れていかないト、キミの影響でカレに変な癖がついちゃうかモ』
「は? ちょっと待て、何勝手に──おい! やめろ! どこ連れて行きやがる!」
おいおいおいおい、ふざけんなよ。さっき待てって言ったじゃねえか、なんで急に、今からこの成り代わりのことについて聞くつもりだったのに。
ウィスプたちの光がぐんと動く。元のアシェルを囲むように取り巻いていた連中が、すうっと一斉に奥へと流れ始めた。まるでこっちの声なんて聞こえてないみたいに、まっすぐ。
クソ! 宙を飛んで移動できるってのは反則だろ! てめえらは俺にすぐ追いつけるだろうが、こっちはそんな速く移動できねえって!
「待てって言ってんだろ!」
すぐに後を追った。けど奴らの移動は人間の歩きとは違う。浮いて、滑って、何の音もしないで、ただどんどん離れていく。
「おい! 止まれよ、クソッ!」
踏み荒らされた下草が足に絡む。細かい枝が顔にかかる。腕で払いながら、森の中を強引に突っ切る。止まれとも、返せとも、話をさせろとも、とにかく色々叫んでみるが誰も聞く耳を持たない。
とにかく、引き離されるのはマズい、次会える保証だって無いのに。あれだけの情報を持ってる存在を、あんな曖昧な理由で、何の前触れもなく持って行かれるなんて。
「ふざけんな! アイツが俺にとってどれだけ重要か分かってんのかよ!」
こっちだって見失わないように必死だ。どこで曲がったのかも分からねえが、俺はただウィスプの光が微かに見える方向を目印に追いかけ続ける。
でも、どれだけ走っても追いつけない。ウィスプたちは森の中の起伏を無視して、緩やかに上っていく。木々の間を縫って、どんどん先へ進む。
「待てってば!! 話がまだ──っ!」
木の間を抜けた先、急に視界が開けた。
そこでようやく気づいた。
「──っ!?」
道の先が、断崖だった。いや、この崖自体は探索で知ってたが、危ねえから近づかねえようにしてたんだ。それがまさか、今このタイミングで、そんな……。
足が止まる。っていうか、止まらざるを得ない。俺はこんな底すら見えないような、濃い木々の影と、霧のような靄で覆われている谷を飛んでいける訳じゃない。
でも、あの連中は止まらない。当たり前だ、アイツらは宙を舞えるんだから。崖の先まで浮かんで、ふわりとそのまま向こう側へ渡っていく。
そうか。
アイツらは俺が飛べないこと分かってるから、ここに来れば確定で撒けると判断して……。
「おい、待てッ!!」
叫ぶ。声が響く。でも、それだけだ。
元のアシェルも含めたウィスプたちは、もう崖の向こうへ。向こうにはまだ木々が続いてる。俺からじゃ見えない。手を伸ばしたって届かない。足を踏み出せば落ちる。どうあっても、もう、追いつけない。
「……ッ、くそッ! 待てよ!! 戻ってこい!!」
なんでだよ、あと少しだったのに。話の途中だったじゃねえか。まだ染まってないからなんだって言うんだよ。なんでこんなあっさり連れて行かれるんだよ。
聞きたいことが、山ほどあったのに……!
なのに、俺の声は、ただ誰もいない崖の下に響くだけだった。
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